【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第七章最終話です


第三話:こんな頼りないこの僕があいつに向かっていくなんて、馬鹿だって言いながら泣いてたね。だけど、信じてくれるなら僕は誰にも負けないから

 

0.

 

 

 どこでもない場所であった。

 見渡す限りの黒に包まれた世界である。

 距離も、時間も感じない。

 そのせいか、食欲もなかった。

 かろうじて平衡感覚はあった。

 立っていられるため、座り込めるために、地面があることはわかる。

 欲求の中で、睡眠だけは取れたのだが、これは彼の意図したものだろうか。

 二〇三〇年現在──セラフィックスの副所長、アルミロがいる場所のことであった。

 彼は、もうずっと、二〇一七年からずっと、ここにいた。

 アーノルドたちに追い立てられ、自身以外のスタッフが殺され尽くしたあの時。

 ボロボロのアルミロの前に現れたのは、BBであった。

 元凶の一角。

 アルターエゴの頂点存在。

 恐怖に引き攣り困惑するアルミロに、彼女はゴウの名を出し落ち着かせた。

 

 ひじょーに遺憾なんですけど、私、今。

 一応彼の眷属みたいなものなんですよね。

 ひじょーに遺憾ですけどね!! 

 

 とぷりぷりと怒りを滲ませて説明をすると、彼女は有無をいわせずステッキを振るい、アルミロを連れ去った。

 彼らが最初に降り立ったのは、ゴミ捨て場であった。

 セラフィックスの、ゴミ捨て場である。

 電子領域的には最下層に存在するクラッシュスペースである。

 破損したエネミーが、物言わぬデータとしてそこかしこに転がっていた。

 そこそこの広さがあった。

 壁は平坦でとっかかりがない。

 見上げる。吹き抜けの天井は到底登れそうもない。

 ──殺される!?

 アルミロはそう思った。

 しかし、身構えるアルミロの背後から、その肩に手が降りる。

 手のひらが大きく、細く細やかな指の感触があった。

 どきりと飛び跳ねて、腰から落ち、首だけを振り向かせたアルミロに、その男は笑っていた。

 慌てることなく久しぶり、と言った。

 

 ゴウであった。

 

 その顔つき、雰囲気が、労働者としてのゴウとは変わっている。

 かと言って、『図書館』などでたびたび見せていた、神としてのゴウとも言い難かった。

 労働者の時にはまとめてオールバックにしていた髪が、四方八方にばらついて伸びていた。 

 黒混じりの銀髪。

 白髪ではない。艶やかさがある。

 油と煤でいつも汚れていた皮膚は、瑞々しい潤いを含んで張りに張っている。

 ラフな襟付きのシャツを着て、袖を肘先まで捲り上げている。

 そこから覗く腕は、やはり太く大きい。

 身体の大きさが、少し小さく感じた。

 上着もパンツも、腰まできちっとボディラインが見て取れるからか、たぼっとした作業服に比べると幾分か引き絞られたように見えるのだ。

 

 浮かべるのは、はにかむ笑顔である。

 見下ろす目は、人としての光である。

 妖艶な、神としての魔性ではない。

 アルミロの知る限りでは、セラフィックスに従事していた無垢なゴウが、神のコスプレをしてそこに立っているようだった。

 

 その雰囲気に抱き止められて、アルミロは落ち着きを取り戻した。

 ごほごほと咳を吐いた。

 ゴウはそれをみて安心したようにふ、と息を吐くと、BBに視点を合わせた。

 

「はーい。これで、アナタの頼みは完了です! 報酬は一体何億QPでしょうかねーっ?」

 

 BBちゃん! 今から楽しみです!!

 と言った。というか叫んだ。

 半ばやけっぱちに聞こえる声であった。

 抑揚が皮肉めいていて、微かな怒りが滲んでいる。

 視線はゴウを睨みつつ、声の矛先は定めていないという具合である。

 ゴウはぼりぼりと頭を掻いた。

 しょうがなさそうに顔を傾けて、ありがとう、と返した。

 BBにとり、これ以上にない皮肉であった。

 

「そうむくれるなよ。約束通り、お前さんのデータを二〇一七年のカルデアまで繋げてやるからさ」

 

 殺生院キアラにも、カルデアにも知られずにね。

 そう言って、ゴウは目の前に手をかざした。

 手のひらの向こう側に、ぶぅんと音を立てて、モニターが浮かび上がる。

 電子世界に浮かび上がるそれは、薄い板のようであった。

 そこに、〇と一で形成された図面がずらずらと並んでいた。

 

「ご、ゴウ……わ、私は……ッ!」

 

 ゴウを見上げるアルミロの声が乱れている。

 言いたいことがたくさんあった。

 言わなければならないことがたくさんあった。

 後悔と無念が、込み上げては喉で渋滞していた。

 

「よくやったよ」

 

 万感の想いに先んじて、ゴウが言った。

 

「アルミロ、悪いがずっと見てた。お前さんは、よくやった」

 

 労いの言葉であった。

 そして、ゴウにとってはただの事実であった。

 アルミロは口を結んだ。 

 言葉ではなく、うめき声が細々と漏れ出した。

 感情が定まらない。

 悲しい、悔しい。少し怒りがある。

 だが、ホッとしている。

 アルミロからすれば苦々しく矛盾したものが、心中で渦巻いていた。

 よくやったよ。と、ゴウはもう一度言った。

 

「SE.RA.PHの惨状は、なるべくしてなったことだ、誰も悪くない。お前さんは最善を尽くしたし、最後まで諦めなかった」

 

 充分だ。

 神の心を動かすには。

 俺の心を震わせるには。

 

「だから、少し休んでてくれ」

 

 お前さんには、まだやって貰いたいことがあるからな。

 ゴウの言葉にアルミロは落ち込んだ顔を上げた。

 その目に、涙が滲んでいた。

 弱気で、くしゃくしゃになっていた。

 

「わ、私に……頼み……む、無理だ! 人外の闊歩するセラフィックスで、も、もう! わ、私にできることなど、もう……」

 

 よしよし。

 あやすような口調であった。

 そして、言葉が足りなかったな、と続けた。

 

「お前さんに、SE.RA.PHでやってほしいことは、もうないよ」

 

 動揺に口をくぐもらせるアルミロに、改めて、同じ意味のセリフを言った。

 

「何も、SE.RA.PHでやってほしいことがあるんじゃねぇよ」

 

 …………?

 

 その言葉は、アルミロの理解を超えていた。

 どういうことなのか見当もつかない。

 時間の断絶したこの世界から、自分のようなただの人間が抜け出す方法は無い。

 死ね、ということか?

 もう用済みと。

 考えが悪い方に転がり落ちていく。

 アルミロは恐怖から、歯をカチカチと打ち鳴らした。

 

 BBが、はぁ〜っとため息をついた。

 その音はあまりにわざとらしく、恐怖に彩られたまま、アルミロがそちらに視線を投げた。

 BBは頭を抱えていた。

 眉を顰めて、長い髪を憂鬱に靡かせていた。 

 キリッと、BBはゴウを睨んだ。

 アルミロにとって、それは、恐れを知らぬ表情であった。

 

「貴方、いくらなんでもチートやりすぎですよ! これじゃあゲームも戦略もクソもない……いや、これはゲームじゃないですけど! ううん、そんなレベルじゃありません! センパイたちの出る幕、全部奪っちゃうんですか!? 控えめに言ってサイテーですからね、それ!! 私たちに対するアンチ・ヘイトです!! それはちょっと、最低系SSそのものです!! 私はそういうの嫌いですし、BBちゃんだって、流石に怒っちゃいますからね!?」

 

 ステッキで指して矢継ぎ早に攻め立てるBBに、ゴウは、

 

「知るか」

 

 と吐き捨てた。

 

「俺も、エミヤたちの前じゃあ格好つけてしのごの言ってるが、ここにいる目的は最初っから変わらんのだよ。初志貫徹さ。それはこの世界の殺生院キアラの望みを叶えること。それ以外は、俺にゃあどうでもいい」

「まぁまぁまぁー! BBちゃん信じられません! 聞きましたアルミロさん!? これが俺TUEEを履き違えてやりたい放題やった後、低評価爆撃を食らって界隈に逆ギレ散らかす男の本音ですよ!! 許せます? こんな横暴!! いや、許せませんよね!!? ストライキも辞さない覚悟ですよ!! アルミロさんが!!」

「私!?」

「……風評被害も甚だしいなぁオイ」

「わ、私には、この子もゴウも、何を言ってるのか、さっぱりなのだが……」

 

 アルミロには何がなんだかわからない。

 ただ、ひとつ、確かなこと。

 それは、これから、ゴウが何がとんでもないことをやろうとしているということだ。

 

「あ、あの……」

 

 アルミロはよろけながら、ゴウに尋ねた。

 

「あ、アーノルドたちは、無事なのか……?」

 

 時間が、止まった。

 それは、ゴウは当然として、BBですら、目をギョッと見開いて、信じられないものを見る表情で固まっていた。

 

「え、嘘でしょう? 貴方、あの小人に殺されかけましたよね……?」

 

 恐る恐る、と言ったふうに、BBが尋ねた。

 とてもカルデアのマスターやサーヴァントたちには見せない言動である。

 ゴウはんん〜と唸って、顔を伏せた。

 たまらない表情が浮かんでいた。

 真剣な声で、ああ、とアルミロは言った。

 

「確かに、私は彼に殺されかけたが……断絶したセラフィックスで、まともに組織運営できていたのは彼らだけだ……! 今は狂ってしまっていたとしても、彼らだって、助かるのだと知れば──」

「とうに全滅したよ」

「────ッ!!」

 

 残ったスタッフたちも、最終的には殺し合ったよ。

 お前のせいだ! 

 お前が悪いんだ! 

 お互いにそう罵り合って、最後まで殺し合った。

 そそくさと撤退したアーノルドだけは、さっきまで生き残ってたが……あいつも、もう、キアラに食われちまったよ。

 

「そう、なのか……」

 

 アルミロはずるずるとその場にへたり込んだ。 

 その所作は、全身で悲しみを現していた。

 ゴウは聞いた。

 

「まさか、生きていてほしかったのかい?」

「……死んでほしくは、なかった」

 

 ポツリと、アルミロはつぶやいた。

 罪を、償うべきだと思っていた。と続けた。

 人間が、異常な世界で異常になることは、なんらおかしいことではない。

 普通の日常に戻れるなら、彼らもまた、徐々にだが、普通に戻れたのではないか?

 もちろんPTSDは発症するだろう。

 罪は罪で、償わなければならない。

 それでも、死ぬよりは良いはずだ。

 

 事故前のセラフィックスでは、全員が全員ではないが、おおむね仲良く仕事をしていた。

 裏の事情を知らないとはいえ、あの狭い孤島の上で、社会性を確立して、生活していたのだ。

 あのセラピストも含めて、なんだかんだ歯車はうまく回っていた。

 

 BBの表情が引き締まっていた。

 落ち込むアルミロを見る目が、なんとも言えない色をしている。

 戯けた態度も雰囲気も消えて、ただ目の前の人間に、己の中に存在する感情をくすぐられていた。

 

「な、この子、殺さなくて良かっただろ?」

 

 ゴウの声が降ってきて、BBの目はいつもの調子を取り戻した。

 ふん、と鼻を鳴らす。

 

「やっぱ、いいよなぁ。人間ってのは……」

 

 ツンケンする態度をまるで無視して、ゴウはBBに賛意を求めた。

 それは、人の姿形に生まれたが、決して人ではないものに対する、シンパシーであった。

 

「……まあ、BBちゃんは違いのわかるレディなので、そこは、同意してあげましょう」

 

 唇を尖らせる彼女の脳裏に、浮かぶ姿がある。

 自己の危機的状況を前にしても、他者を想いやる底抜けのおバカさん。

 外見は違いすぎる。

 年齢も環境も、違いすぎる。

 なのに、重なる部分がある。

 BBは目を細めた。

 自分でも気づかないほどに、薄く。

 

 彼女が心中で何を感じ、何を想っているのか。

 十全に察しつつも、ゴウは何も言わなかった。

 

 

1.

 

 

 先にネタバレをしておこうか。

 

 闇の中に移動して、ゴウは言った。

 光なき世界であるにも関わらず、その姿ははっきりアルミロの網膜に写っている。

 

「結論から言うと、事件の結末は、セラフィックスの全員が過去改竄によって別時間に転生することに帰結する」

 

 ──なんと?

 

 またしても、アルミロには理解し難いことであった。

 ゴウは、まあ、最後まで聞いてくれ。と促した。

 

「獣と化したキアラは倒れ、セラフィックスの事件全ては無かったことになる」

 

 ゴウの言い分はこうだ。

 殺生院キアラはカルデアとメルトリリスたちに倒され、SE.RA.PHはこの時間軸からその存在自体が消える。

 セラフィックスでは事件が起こらない、という話ではなく、セラフィックスそのものが早期解体され、勤務するはずだったスタッフたちは抑止の導きによって別の可能性の現在に着地する。

 

 ただし、ただ二つの例外がある。

 

 ただ二つだけ、この時間軸から完全に消え去るものがある、と。

 

「それが、キアラくんなのか……」

 

 その通り、とゴウは続けた。

 

「魔神柱ゼパルと、殺生院キアラはこの世界そのものから消えることになる。これは、この世界から派生しうる時間軸の全てから消えるってことだ。最初っから生まれてこなかった──あるいは、幼少時に病死することになるだろう」

 

 なぜ?

 とアルミロが聞いた。

 答えたのはBBであった。

 

「はいはーい! BBちゃんが教えちゃいまーす! それはですねぇ、あの女がすぐ近くの未来で『獣』になっちゃったからでーす」

「?」

 

 説明になっていない説明であった。

 アルミロは困り顔でゴウを見た。

 ゴウは苦虫を噛んだ顔でBBを見た。

 

「おまえさあ……アルミロさんは、つまるとこ一般ピーポーなわけじゃん? こっちからすりゃあ、要点かいつまんで、要訣だけ知ってもらってりゃあいいわけでさあ……」

「あら。ここまでご贔屓にしておいて、全容をお教えしないのは義理人情に反するのでは? 無辜の人間大好きしゅきしゅき言うんなら、BBちゃんはそのぐらいはしてあげるべきだと思いますけどね〜?」

 

 BBはしたり顔で話し、流し目をゴウに送った。

 ゴウは眉をピクピクと動かして、不満そうな態度を見せていた。

 

 かいつまんでいうと──

 

 ゴウは言った。

 まだ、眉をピクピクさせていた。

 

「獣ってのは、なっちまった以上、その時間軸で必ず出現する存在なのよ」

 

 つまり、この世界の殺生院キアラを転生させて、別の人生を歩ませたとしても、二〇三〇年になると必ず『獣』へと変質しちまうんだよな、これが。

 これは多元宇宙(マルチバース)規模までなら『この世界』に属する以上、いかなる時間軸でも必ず発生しちまう。

 俺が抑止の説得にあたって、一番手こずってたのがその点なんだわ。

 

「まあ、貴方の目的はぶっちゃけて、『この世界の殺生院キアラ』の転生ですからねぇ。どんなに転生させても結局『獣』に行き着くんじゃあ、抑止の皆様方も納得しないでしょう」

 

 尤も──

 と、BBは声を重ねた。

 

「貴方の全能なら、それ丸ごと改変できそうなものですけどねえ?」

 

 そうはいかねえよ、とゴウは笑った。

 

「これは、この世界の法則そのものなもんでね。よそ者の俺が、おいそれとイジるわけにはいかねえのさ」

 

 人には人の。

 神には神の。

 世界には世界のルールってものがある。

 第一、仮にも殺生院キアラは光り輝けるもの──救世の主になれる規格を持っている存在だ。

 そして、俺が託された願いは殺生院キアラの存在をこの世界に残すことであって、それ以降、俺はこの世界に関わる気はねえ。

 俺が俺の全能を持ってこの世界の基盤を改変した場合、想定外の出来事が起こってしまいかねんのよ。

 

 BBにはわかるだろうが、俺の全能はこの世界の規格には収まらん。

 これは存在の領分(スケール)の話であって、星の内に収まる抑止の強制力より、星の規格を超越する俺の強制力の方が強いっていう、当たり前の話だ。

 つまり、抑止を超越する俺の力と救世の主になりうるキアラの力が混ざり合うと、下手すれば『獣』よりよっぽど厄介な化け物になりかねんわけだよ。

 

 そうなりゃ、俺は無辜の世界を改変し、危機に陥れた罪で、俺の宇宙の『調停者』たちに殺されかねん。

 誰も幸せにならんわけだ。

 

「──で、貴方が動き出したと言うことは、そこについて解決の糸口を見つけたと?」

「そういうことさ、BB」

 

 いささか強引な手段になったがね。

 抑止を納得させるには十分な未来も既に見せた。

 

「正直な話、これは俺ひとりではいまいち確証が持てなかったんだが……幸いにももうひとりの『超越者(ビヨンダー)』が降り立ってくれたおかげで、確信を得たのさ」

 

 つまり、俺の全能を直接使わず、かつ、殺生院キアラを『獣』にせずに世界に存続させる方法。

 これは、やり方として確立できたのは、メルトリリスのお陰でもある。

 

「ふふ、あの子も役に立っちゃったんですね」

 

 神の口から、自らが生み出したアルターエゴの名が出て、どことなく嬉しそうなBBであった。

 

「そ、それで、私はどうすれば……」

 

 アルミロが言った。

 なるほど、確かに自分にできることもやることもない。

 事件の解決どころか、次の人生が決まっているのなら、力無きいち人間の出る幕はないのだろう。

 さらりと語られたことではあるが、目の前にいるのは全能者たちだ。

 その言葉ひとつひとつが、本来、並みの人間が聞くべきではない、運命を紡ぐ因果の糸なのである。

 

 ゴウは、アルミロの方へ向き直った。

 その顔に、薄く笑みが浮かんでいた。

 神の笑みではなく、ゴウの笑みであった。

 

「アルミロさんにゃあ、一番大事な仕事が残っとーよ」

 

 ゴウは、笑っていた。

 その実作戦の内情を既に聞いているBBは、同情に目を細めていた。 

 

 




第七章終わり 第八章枝に続く
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