【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第八章というか最終章①です
原初のプロットとだいぶ変わってしまったこのお話を、まだ読んでくださる心広い読者の方々には感謝を。
どうか最後までお楽しみください。



第零話:僕たちは弱い、涙を流すから。いろんな気持ちが人を殺すから


 

■正義の味方

 

 

 重要なのは、選ぶことだった。

 誰の声を聞き、何を手に取り、どこに向かうのか。

 

 誰を救い、誰を殺すのか。

 

 まだ、正義の全能感を信仰していたオレが飛び込んだ世界は、暗闇の中にいることも同然の世界だった。

 道徳はドブに捨てられ、善意は金銭にすげ替えられ、生きることが血を流すことと結びつく世界。

 生きるためには強くあらねばならず、狡くあらねばならず、だが、決してそれだけでも生きていけない世界……

 正しさの基準が存在しない場所で、求められる救いの是非を知ることはできない。

 地に足をつけ、同じ場所に立ち、同じ視座から覗く限り、その瞬間の正義を切り取ることは、人の身に余る所業だった。

 その瞬間の行いを、完全なる『善』だと謳えるものがいるとすれば、それは人理万象を天から見下ろし、過去から未来を知り尽くす『全知全能の神(いとたかきもの)』だけだろう。

 

 だから、選ぶしかなかった。

 自分の意思で。

 自分の意志で。

 

 銃を選んだ理由は、効率よく人を殺せるからだった。

 二丁拳銃にしたのは、より多くの人を殺せるからだった。

 

 初めは、剣や棒を使っていた。

 理由は二つ。

 命を奪わない、自衛の手段として。

 十代の頃に打ち込んだ、剣道と弓道の延長として、手に馴染むものだったためだ。

 ──自衛の手段、などと、全く甘ったれた考えだ。

 あの頃の青臭さは、英霊の身に堕ちてなお、思い返す度に吐き気を催す。

 戦地で、貧困国で()()()()()()など、まったくもって正気の沙汰の外であった。

 

 童貞を捨てたのはすぐだった。

 その時、オレが手を下したのは、ひとり。

 だが、そのひとりを殺さねば、百人が死んでいた。

 無論、オレも含めて。

 たったひとり。

 この世に存在する価値のないクズではあった。 

 だが、ひとりが死に、結果、百人が生き延びた。

 青臭くも全てを救わんと妄信する青臭い若者が、この世に正義はないのだと確信するには、その、たったひとつの命で充分だった。

 

 それでもなお、人の世の本質から目を背け、正義を求めて邁進した。

 立ち止まることはできない。  

 殺しても、殺しても、救うべき者たちは、後から後から沸いて出てきたからだ。

 救っても、救っても、殺すべき者たちが、後から後から湧いて出てきたからだ。

 終わりのない地獄だけが、オレが選択した世界だった。

 奪い取った命と、救い上げた命。

 毎夜毎晩、どちらも等しくオレの肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

 もっとやれ。

 もっと救い、もっと殺せ。

 

 亡霊たちは、ただひたすらに、オレの足を急かした。

 

 守護者となったことは、必然だったのだろう。

 決して運命などではない。

 なぜなら、オレは自ら望んで抑止と契約したのだから。

 流れる運命に身を任せ、理想に溺れるために契約したのではない。

 とめどなく流れる運命の河中で、自らの存在を一点に縫い付けるために、オレは契約したのだから。

 

 守護者となっても、やることは変わらない。

 選択。

 赴く場所は違っても、選ぶことは変わらない。

 より大勢を生かすために、少数を切り捨てる。

 全体を生かすために少数を殺す。

 自らの身体がひび割れるほどに摩耗したオレは、ある種の悟りに至る。

 トリアージと呼ばれる概念は、特に人の世に限定される行いではないと。

 枝先に実った無数のりんごの中で、収穫を待たず腐ったものは、その場で切り捨てられる。

 放置すれば、他のりんごを腐らせてしまうからだ。

 腐食は伝播する。

 小さな足の引っ張り合いを放置すれば、それがやがて、その種全体を存続の危機に晒す行いへと昇華されるのは、この世界では特に、珍しいことではない。

 ことはこの地獄に置いては、医学的発展の陰に、夥しい非人道的実験の失敗があることは、もはや目に見える日常のそれである。

 

 選択。

 オレは選んできた。

 効率よく選ぶために、オレが握るものは、自然と、剣や弓から銃になっていた。

 

 銃は、殺すことにのみ特化していく。

 銃が、剣や槍や弓と決定的に違うところは、著しいアップデートの際に高められる殺傷能力と合理性の比例が、他に比べて桁違いに近しいところにある。

 より強く、より速く、より多くを殺す。

 それを、人の意を介さぬ領分で、お手軽に叶えていくのが銃である。

 剣も槍も弓も、ある程度以上の殺戮を行うためには長い修練を必要とする。

 それを扱うためだけの修練だ。

 しかし、銃にはそれがない。

 もちろん狙った的に当てるためにはそれなりに練習が必要だが、そのコスパの良さは他の武器とは一線を画す。

 

 そして、返り血を浴びることが、剣や槍や弓と比べると、少ないのだ。

 

 オレは選び続けた。

 選び続けた。

 

 だから、あの時も、選んだだけだった。

 

 屋上から飛び降りる女。

 善人を騙し、居場所を与えるフリをして支配し、命を握り、神の如く振る舞っていた女。

 本性を曝け出した女は、最期に、哀れみと慈愛と恍惚の眼でオレを見ていた。

 それは、オレの心臓を貫く光だった。

 見通す眼であった。

 オレは、罪なきものを殺した。  

 ここに辿り着くまでに、屍で道を開いた。

 大勢殺したが、それは選択したに過ぎない。

 選択の結果、殺さざるを得なくなり、殺しただけだ。

 全て、選択に、過ぎなかったはずだ。

 そういう意味では、抑止にとっては、なんら変わらぬ犠牲のはずだった。

 

 だが、全てが終わった後、胸中に到来したものは虚無であった。   

 ようやく込み上げた感情と理性は、罪悪感と、嫌悪感であり、見えたものは、かろうじて縋り付いて積み上げた正義の残り滓が、心臓に食い込んだ女の光によって、音を立てて崩れさる光景であった。

 

 選択した。

 選択することに、善悪はない。

 それは天秤に意義に似ている。

 天秤はそのものの質を測るために存在する。

 だからこそ、天秤それ自体が、自らが測るものを善か悪かで差別しない法則に似る。

 選択の結果が世に混沌をもたらすことはあっても、それは人類の存続のためには必要な悪であった。

 

 だが、女の光が体内で蠢いている。

 オレの魂に、あの女は置き土産を残したのだ。

 それは、あるいは称賛の褒章なのだろう。

 あの女の本質を見抜き、その危険性の真実を暴いたのは、あの世界ではこのオレだけなのだから。

 だから、魂の底に染み出る苛立ちと嫌悪は、オレの慧眼に対する、女なりの賞賛でもあったのだろう。

 

 かくて、女はオレの世界にとって、永遠となった。

 

 セラフィックス──SE.RA.PH。

 並行世界の聖杯戦争を模したこの特異点で、オレは神に出会う。

 

 全能者。

 人理を見渡し、理解はできないが──人に、神なりの愛を示す、全知全能の神。

 あの女より、遥かに鋭く心を貫く心眼を持ち、その場にありながら遥か過去から未来までも、見通して把握する超越者。

 

 なぜ──

 

 オレの心は乱れていた。

 

 なぜ──今更なのだ。

 

 全てに諦めをつけられたのは、全知全能の神など、この世にはいないと信じていたからだ。

 『仕方なかった』と過去を切り捨てるのは、過去は変えられないという、人理万象の法則に従ったからに過ぎない。

 救えなかったのは、正義が分からなかったからだ。

 正義が存在しない世界で、正義を求める異常な振る舞いがすなわち殺人へと成り果てるのを受け入れたのも、全てはそうするしかなかったからだ。

 

 オレに──力がなかったからだ。

 オレは、神ではなかったからだ。

 

 なぜ、今更なのだ。

 なぜ、あの女なのだ。

 なぜ、あの女が救われるのだ。

 なぜ、彼らは救われなかったのだ。

 

 神の言葉は全てが真実だ。

 全てが真実に成ってしまう。

 神の行いは常に、世界に働きかける時、因果を逆転させる。

  

 神の言葉という結果が先にあり、未来に向かって進む事象が、その言葉に向かって帳尻を合わせるのだ。  

 

 神は選択しない。 

 神の選択に制限はない。

 神にあるのは全能。

 すなわち、自らのための世界。

 

 神が──この男が、あの女を救う気である以上、あの女が救われることは既に決まった未来になっているのだ。

 神は言った、そうあれかし。

 世界は頷く、そう在れ化し。

 既に、現在という過去でありながら、遥か未来において、あの女は救われている。

 

 ならば──

 

 オレは、引き金に指をかける。

 景色が入れ替わる。

 的を見る必要もない。

 ただ、引き金を真っ直ぐに引く。

 

 ならば──

 

 放たれた銃弾。

 真っ直ぐに飛ぶ。

 オレは選択した。 

 オレの選択に従って、殺意を乗せた無情の弾が飛ぶ。

 

 女に向かって。

 

 ならば──ここでオレが殺してしまっても、かまわんだろう?

 

 女の胸に銃弾がめり込む。

 鮮血が、飛び散った。

 

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