【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】 作:ロウシ
■神は七日をかけて世界を創られた
鮮血が噴き出る。
女の、胸からだ。
転移して、到着した瞬間。
色が消え──
音が乱れ──
景色が変わる──
意識と意識の狭間を縫って訪れる空白の一瞬に、引き金は引かれていた。
エミヤ[オルタ]の放った無造作な弾丸は、
ぶぶお、と血が飛んだ。
赤い血である。
遅れて意識の到着を果たしたイシュタルの目が、理解に追いついて見開かれた。
ゴウは、止めなかった。
超越者の男も、止めなかった。
殺生院キアラが崩れ落ちる。
その瞬間に、エミヤ[オルタ]は再び引き金を引いた。
二発目は左の二の腕に当たり、三発目は右の太腿を撃ち抜いた。
重心を揺さぶられて、豊満な体を揺らしながら、殺生院キアラは仰向けに倒れた。
「…………」
「…………」
誰も、何も言わない。
イシュタルを除いて、呆気なさすぎるとさえ、思ってもいない。
エミヤ[オルタ]は銃を降ろさない。
まだ、銃口は倒れたキアラに向いている。
「聞いてたより──」
ようやく声を発したのは、超越者の男であった。
感嘆としたリズムがあった。
「いい女なんだなァ、その子」
その表情が、満足げに笑っている。
笑みが分厚い。
エミヤ[オルタ]は答えず、代わりにゴウが言った。
「そうだろう? そうだろうとも。良い子なんだよ、本質は──」
淡々としたやりとりであった。
うんうんと頷きながら、ゴウはエミヤ[オルタ]に視線を投げた。
エミヤ[オルタ]は、露骨に不満そうな表情を浮かべていた。
「おまえさんの増悪と嫌悪は理解できる。だから、俺も彼女も先手は譲った」
圧のある言葉であった。
まさか、それがわからないわけはないよな?
発せずとも、そういう言葉が続いていた。
エミヤ[オルタ]は不満気に、ふん、と鼻を鳴らした。
「もちろん。だが、神の全能で救われることが決定づけられた者がこの程度で死ぬなら──神の奇跡も大したことはない……というだけの話だろう?」
皮肉をたっぷりと込めた言葉であった。
鋭い、灰色の目つきがゴウを睨んだ。
それを見て、くく、とゴウは笑った。
「
キアラの声であった。
ゴウたちの視線が彼女に戻る。
キアラは普通に立ち上がっていた。
血は、まだ流れている。
いや、わざと流しているように見えた。
なぜなら、胸に手を当てて十分に血を塗した後、血の滴る指先を開いて、そこから引く糸を舌に吸わせる仕草が、いかにも煽情的でエロチズムに溢れていたからだ。
美しさすらあった。
神々しくさえあった。
さながら、禁じられた絵画のようである。
細めた金色の目が、怪しく光っている。
こちらにきませんかと、誘っているのだった。
「それで、どうするのよ……? 全能なり神通力で倒すんなら、さっさとやっちゃいなさいよ」
イシュタルが言った。
額から頬にかけて、冷や汗がひと筋垂れている。
ゴウに対してである。
ゴウはそうだな、と身の入らぬ声を返した。
「ただ──一応二つ、改めて聞いておこうと思ってね。殺生院キアラ、センセぇを返す気は、ないんだよな?」
「は──」
キアラは笑った。
悪意のある笑い方であった。
否なことを、否なことを。
瞬いた。
全能者さまにはもうお分かりでは?
この世界の
心臓から追い立てて、つま先に移し、哀れな哀れな魔神柱のゼ……なんとか様と共に、そこから棄ててしまいましたの。
ですから、如何に全能者さまのお頼みであっても、
それに──本当に全能者さまが全能者さまならば、ご自分で創り出せばよろしいのでは?
言葉は、綺麗だった。
口調は、美しくさえあった。
血に塗れて輝く目は、恒星のようでさえあった。
だが、込められているのは増悪に等しかった。
投げかけられる言葉は、甘く鋭い刃の様相を示していた。
その異様を見てとったのは、ゴウだけではない。
ゴウは──
ふっ、
と笑って見せた。
と、深い暗い笑みを携えて、深淵から滲み出る言葉をこの世界に広げた。
笑顔には違いないが、ぞっとする表情であった。
キアラの言葉が、何か開けてはいけない禁忌の扉を開いたのか。
目が、黒黒と光っていた。
闇色である。
本来は、全てを飲み込む色である。
だが、この時ばかりは、闇の光は飲み込むのではなく、射殺す光線となって、殺生院キアラに伸びている。
そこで、腰を引かないのが、殺生院キアラのずうずうしさである。
「だが、イシュタルの言うことはごもっとも。オレに対してではなく、キアラに対してだがね」
冷たい声であった。
「おまえ、どうやって、俺に勝つつもりだい?」
首を傾けて、口角を横に広げて、白い歯を見せて、悪魔のような顔で、ゴウが言った。
彼我の戦力差が分からんほと、バカじゃないだろ?
俺が既に、未来を決定づけてるのも、知っているだろう?
だが、こうやって対面してるってことは、少なからず俺に一杯くわせる法論が出来上がってるものと見てるが……
一体どうやって?
何をするつもりだい?
無知啓蒙な俺に、是非教えてくれよ。
「まさか、色仕掛けで落とそう──なんて、言うつもりじゃないだろうな?」
「あらあら、色仕掛けで堕ちてくれるんですか? だったら私、どんなハードでセンシティブなプレイでも、張り切ってご奉仕致しますが……」
冗談はよせ、とゴウは笑う。
それで楽しめるのは、おまえだけだろうが。
キアラはふふ、と笑った。
二人とも、笑っていた。
深く、人の猜疑心を掻き立てる表情であった。
魔性対、魔笑。
魔人対、邪神。
その力の規格はともかく、その気質を問うならば、二人はよく似ているのかもしれなかった。
そうですわね、とキアラは言った。
「とりあえず、私に何かあれば、このSE.RA.PHがまとめて吹き飛ぶようにはしていますが……」
「なんだと……」
反応したのは、エミヤ[オルタ]であった。
言葉の意味をその通りに受け取って、自身への愚弄に気づいたからだ。
『キアラに何かあれば』
ということは、先ほどの射撃によるダメージは、やはり全くないと言うことだ。
あれは、キアラにとっては異常足り得るものではないのだと、遠に言っているのだ。
もっと要約すると、
あれは、ワザと撃たせたし、
あれは、ワザと当たったし、
あれは、ワザと血を流したし、
あれは、ワザと倒れたのだ。
そこまではまだいい。
だが、真実はあの振る舞いは、ゴウの言葉通り──エミヤ[オルタ]の増悪と嫌悪に対する、労いでさえあったのだ。
それは、流石に一線を超えていた。
「あら、今更お気づきになられたのですか、無銘の人……ふふ、致し方ないことですかね? そのボロボロの霊基では、もう、碌に、五感すら働かないのでしょう?」
ぎり、と歯を噛み締める。
ここまでで散々思い知り、認めざるを得ないことがあった。
己に感覚はなくとも、感情は残っていた。
エミヤ、とゴウが呼んだ。
じろり、とエミヤ[オルタ]はゴウを見る。
「おまえさんのせいじゃない。おまえさんの力が足りないとか、そういう話でもねえ。今の殺生院キアラには、並の英傑では一万騎集まれど倒せまい。存在の規格がそもそも違うワケだから、おまえさんが気にするとこは、そこではねえよ」
「……なんの慰めにもならんフォローだな」
「悪いな。ただの事実だ、しょうがねえ」
「…………」
話、戻してもよろしくて?
「悪いね、どうぞ続けてくれ」
つまり、私の身に何かあれば、その時点でSE.RA.PHはドカンと大爆発!
SE.RA.PHの中にいるすべての存在は、アナタ方を除いて誰も生き残れません。
「まぁ……ここ、現在地は深海なワケだからなァ。カルデアのマスターくんたちは、万が一爆発で死ななくても外に放り出された瞬間に圧死、もしくは溺死するわな」
「ええ、その通りです『
「なるほどねェ。 BBちゃんたちがゴウにやたら協力的だったのは、そういうことかい」
だが、横から口挟むけどよ、キアラさん勘違いしてねぇか?
こいつ、ハナっからおまえさんを……いや、元のおまえさんを救えりゃあ、あとはどうなってもイイってやつだぜ?
カルデアの被害とか、こいつからしたら関係ないもん。
そこら辺は、どうすんのよ?
それは、キアラが掌を仰向けに広げると、そこにひゅっ、と現れた。
鳥籠であった。
だが、入っているのは鳥ではなかった。
中に、人がいる。
女性であった。
「トラパイン」
ゴウが言った。
女性の名前らしかった。
彼女は現状の唐突さに気づくと、弾かれたように格子にしがみついて何かを叫んでいる。
「そうです。彼女は、アナタや BBが敬意を払い、生かすことを定めていた
セラフィックスの、通信士であった。
カルデアとの通信を担当していた。
ゴウが、かつて、「何があっても生きなさい」と優しく説き伏せ、この事件の影のMVPと挙げたのが、彼女であった。
事実、彼女はセラフィックスの環境が末期に陥っても、アルミロがもはや管制塔から追い出されても、ひとり、孤独にカルデアへの通信を試みていた。
そして、自身が霊子──電子に分解される中でも冷静に、カルデアに通信を届けてみせた。
肉体が子物質レベルに分解されてなお、ここに姿があると言うことは、 BBが助けたか、あるいはキアラが拡散する霊子を拾い上げて肉体を再構成したのか。
「ああ、副所長さま──アナタが格別に目をかけていた虫も、まだ生きていますよね?」
アルミロのことである。
つまり、キアラは自身に何か起こった場合、神が寵愛を向ける虫までも死ぬのだと言いたいのだ。
「ええ、もちろん虫たちが人質になるとは思っていません──思っていませんが、万が一の保険……とでも申しておきましょうか。ええ。彼らに対し、全能者さまが、手塩にかけて
そして、この世界は今、私の世界。
全能者さまの世界の、全能者のルールに則るなら、全能者は他者の
ですから、ええ。
それを鑑みれば、彼女も充分人質……虫質足り得るかと、考えたものでございます。
じろり、とキアラの目が籠の中のトラパインを見て、ゴウへと目を配らせた。
ゴウは目を伏せて、沈黙していた。
エミヤ[オルタ]がそれを見て、チッと舌打ちする。
イシュタルは、背筋に寒いものが這い上がる感触があった。
次の瞬間──超越者の男が、エミヤ[オルタ]とイシュタルを抱えて飛び去っていた。
ふは、
ふ、はは……
笑い声であった。
地の底から、グツグツと煮えたぎり、静かに地表へと込み上げるようなそれであった。
「ふはははははははははあああああっ!!!!」
大口を開けて、神は笑っていた。
その作戦の滑稽さに?
往生際の悪さに?
神は、そんなものが、とでも言いたげに。
背を反らせて、顔を見上げさせて、いっそ清々しいほどに笑っていた。
その身体から、めらめらとこぼれ出すものがあった。
一見、炎のようであった。
ゆらりゆらりと不定形で揺らぎ、しかし、地面にべとりと重く這いずるそれは、泥水のようでもあった。
腕から生じるそれは、雷のように鋭角に天へ昇った。
共通しているのは──黒色ということ。
黒色の、何か計り知れないエネルギーが、胸から、腹から、首から、腕から、足から、吐き出されていると言うこと。
悍ましい光景であった。
光り輝けるキアラの世界に、上から墨をぶちまけているような遠慮のなさがあった。
超越者の手から離れ、マアンナに寄りかかるイシュタルが、呆然とその光景をながめている。
彼女には、神の身体から溢れ出るエネルギーの本質が理解できていた。
「ははははっ……! いやあ、色々とさ、考えていたんだよ」
ひとしきり笑い終え、ゴウは俯いた。
吐き出す言葉すら、黒い炎が宿っている。
キアラは目を離せなかった。
確信があった。
目を離した瞬間に、あの黒い炎が全てを飲み込み焼き尽くすという、どす黒い未来の確信である。
光り輝ける世界が、黒い炎に接触した部分から貪られている。
「仮にもサーヴァントで解決させなきゃとか、一万騎で足りないなら百万騎呼ぶかなとか、この世界の正規に則って、抑止に働きかけて
どれも、たわいないことのように、神は言う。
顔を、というより、俯いたまま目線だけを上げた。
黒黒とした炎の中で、ぎょろりと歪んだ眼光がキアラを睨め上げた。
「だけど──人質ときたかと。なら、もういいか。そっちが下劣無法で来るのなら、こっちも下劣無法に振る舞っていいか」
そこまで聞いて、キアラはやっと、理解できた。
ここまでで、神は、
SE.RA.PH化──
終末的社会の形成──
ビーストの幼体化──
月の聖杯戦争──
そして──ここでのやり取り。
すべて、神は先んじて知っていた。
だが、そのすべてに置いて、キアラに
だが、たったひとつだけ、
たったひとつだけ──神が、キアラに先んじていたことがあることに気づいた。
それが、『
「そうだよ」
ゴウは言った。
笑っていた。
声も、心も、おどけるように。
「殺生院キアラ。おまえより、早いんだよ。俺がセラフィックスに降り立ったのは、おまえより早いんだよ」
二〇一四年。
この世界のキアラがセラフィックスに降り立った時、
そして──既に、自らの力を恒常的に発し続けていた。
三人の魔術学者たちは、セラフィックスには常に『深淵』があると分かっていたのだから。
超越者が、時間軸の外からこの世界を見た時──二〇一四年から二〇三〇年まで、『深淵』は根付いていたのだから。
まさか──
愕然とした現実。
そうだよ、
と黒い炎の、自らが生み出した『深淵』に包まれながら、ゴウは言った。
「セラフィックスは二〇一四年より前から、既に
この世は我が世。
それが、神の世界だ。
神が認識しうるもの。
神が感じうるもの。
神が存在する場所。
それはもう、既に神のものである。
自らの世界を、既に、神はセラフィックスに発生させていた。
恒常的かつ、二〇一四年にようやくセラフィックスに降り立った殺生院キアラにとっては、それがセラフィックスの自然の状態であるために、気づきようがなかった。
さて、じゃあ始めようか。
と、神は言った。
眼前まで持ち上げ、仰向けに広げた掌の中に、光球が生まれでて、少しづつ大きなる。
世界には混沌があった。
そこに、神は降り立った。
そして、まず、神は言われた。
『
そうして、世界に光が生まれた。
そうして、世界は創世を齎す極大の光と熱に包まれた。