【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:太陽が昇り、罪と罰を照らす。悲しみを糧に明日を迎えるだろう。

 

■神を撃ち堕とす日

 

 

 倒れ伏していた。

 うつ伏せに。

 手に、冷たい感触がある。 

 確かめるように、銃を握る。

 意識の浮上に合わせるように、身体中が軋んでいた。

 首が痛い。

 何があったのか──?

 朧げな記憶を探る。

 

 光であった。

 熱であった。

 神の掌から広がったものは、真黒な光であった。

 闇の天幕はあっという間に空間を縁取り、自分達を取り囲んで、空域を密閉した。

 英霊としての視覚、アーチャーとしての五感を駆使しても、前が見えない。

 それは絵の具の黒のように、如何なる色を混ぜても、全てを覆い尽くして飲み込んでしまう性質を持っていた。

 向こうが見えない。だが、迫り来るもののカタチがはっきりと分かった。

 迫り来るのは、黒に黒を重ね続けた暗黒の束である。

 膨大な光と熱が空間を歪め、縁取った力場をそれごと押し潰して破壊し、粒子が重なりすぎて物理質量さえ発生させて、破壊の波状となって全方位に押し寄せている。

 めぎっ、めぎぃつ、と音がしている。

 分厚い布が限界以上に引き絞られ、繊維がひとつひとつ千切れていくような音だった。

 重厚な塊となった光熱は、恐るべき速度とエネルギーを持って電子を飲み込んでいる。

 その様子が、見えないのに、見える。

 視界を覆い尽くそれが、全てそれなのだと理解していた。

 津波のように、押し寄せてきている。

 いやなほどにスローモーションに見えていた。

 脳も感覚も身体機能も不思議なほどに鋭敏になっていた。

 なっていたのだが、対応のしようがなかった。

 身体が、どういう行動を取ればいいのか判断してくれていない。

 当然だ、自分達ではこれを回避できない。 

 相殺手段もない。防御? 無駄なことだ。

 個体を構成する子物質を砕き、光子を失わせる闇を前に、何を持って防げるというのか。

 全域を余すことなく鮨詰める光が、どんな未来を齎すのかは明白極まる。

 突如として天地が反転し、空に向かって落ちるような、回避不可能の死と滅びだ。

 神の言葉が真実なら──それを問うのはもはや愚論だが──この闇色の光はそれだけに留まらず、天地をひっくり返すだけに飽き足らず、全てを死と滅びに飲み込んで超越し、新たなる再誕を果たすものであった。

 それでも、エミヤ[オルタ]は銃口をむけていた。

 できることはない。

 救いはない。

 これに、銃弾を打ち込んでなんになるというのか。

 結果は分かりきっている。

 無駄だと確信を持っている。

 身体は諦めている。

 死を、受け入れかけている。

 だというのに、その心は、この場においてなお悪あがきを行った。

 だというのに、その心の底で、暗い希望を燻らせていた。

 声も上げず、淡々と引き金を引いた。

 

 それに感化されたのか。

 あるいは、最初から決めていた行動なのか。

 引き金を引いてから、銃弾が放たれる刹那。

 二人の前に、超越者が出ていた。

 その太く、広い背中が二人にはわかった。

 超越者もまた、恐怖を持って、向かいくる光と相対している。

 "無無開闢"と、超越者はつぶやいた。

 ボソリと、祈るような声に聞こえた。

 すると、超越者の全身から、闇色の光に向かって、白色の光が伸びた。

 

 そして、二つの光はぶつかる。

 そして──

 

「…………」

 

 つまり、整理すると。

 自分は、超越者の光によって助かったということだろう。

 だが、超越者の光では、神の放つ闇色の光を相殺しきれず、余波で弾き飛ばされ、そのまま気絶していたのだろう。

 指は、動く。

 手は、動く。

 足は、少し震えているが、動く。

 首はひどく痛むが、動く。

 呼吸は、できる。

 まだ、生きている。

 とりあえず、それは間違いなさそうだった。

 

 腕で地面を掴んで、体を持ち上げた。

 バキバキと、身体の中からさまざまなものが擦れて砕ける音がする。

 だが、立てる。

 顔を上げた。

 銃を握った。

 立ち上がって、それを見た。

 

 戦っている?

 それは、眼前に広がるものは、戦いではあった。

 

 キアラは、立っていた。

 その額側面から仰々しい角が生えている。

 獣。

 まだ成体とは言い切れないが、人類に滅びを与える絶大な力は顕現していた。

 だが、身体に纏わりつく黒い炎にもたつき、それを振りほどいてはより大きな炎に身体ごと飲み込まれて、見えない壁に叩きつけられていた。

 叩きつけられ、磔にされたその上から、さらに炎をぶつけられ、空間を破ってその向こうに吹き飛んだ。

 

 対角線上に、炎の根元に深淵の神はいた。

 黒い炎を纏い、ゆらゆらと揺らしながら、悠々と歩いている。

 その道中、四方八方から次々と叩きつけられるキアラの魔性魔天の全能を、炎で悠々と塗りつぶして飲み込んでいる。

 

 戦いにはなっている。

 だが、勝負になっていない。

 

「絶望は、無駄だよ」

 

 淡々と、神は言う。

 底冷えするほどに、冷たい声であった。

 エミヤ[オルタ]には、その声は遥か遠くの次元に存在するものが、空間に反響して心の中に、直接届いているように聞こえた。

 耳から、血が流れていた。

 鼻からも、血が流れていた。

 口からも、血が溢れていた。

 喉が、潰れている。

 声を聞いただけで。

 目も、潰れそうだった。

 その姿を見ているだけで。

 

()はね、キアラ」

 

 優しい声であった。

 死に誘う甘さがあった。

 脳が蕩けるような、深さがあった。

 

「私は、絶望と死の先に()()ものなんだ」

 

 私はね。

 世界の果ての、さらに先にいるものなんだ。

 全てのものが。無すら、世界の有無や時間の有無に関わらず、()()にある限り、()に向かって堕ちていく。

 有限も、無限も、物質も、霊も、信仰も、神も、零も、死すらも、等しく。

 私はね、キアラ。

 万物必定の、死と滅びと、創世と終焉の、その向こう側にあるものなんだ。

 私にとってはね、キアラ。

 人や神や、星の堕ち行く愛や絶望や滅びはね、通過点なんだ。

 

 誰かが誰かを愛すれば──私は強くなる。

 誰かが何かに絶望すれば──私は強くなる。

 誰かが死に向かって歩み、因果輪廻の果てに再誕すれば──私はもっと強くなる。

 

 それは、全てが私を構成するための通過点で、どれもが、私の、ほんの一部分でしかないんだ。

 それを尊び、それに呑まれて、それによって滅ぶようなものではないんだ、私は。

 それを並べて、ドレッシングをまぶして、ひと息に飲み干すのが、私の、神としての好物なんだ。

 舌が蕩けるような甘味と言っていい。

 万物万象の堕ち行く究極が、私の(はら)の中なんだよ、キアラ。

 

「それ、は、っ……さぞ、素敵、な……場所なの、でしょうね……!」

 

 そうだよ。とても、心地がいい。

 万物万象はここ()以上に堕ちる底がないのだから、時間の果てにも存在する私の元には、全てが寄り添い集まって来るんだ。

 だから──とても気持ちがいいんだよ。

 

 それを、()()()は黙って聞いていた。

 

 全てが集まったものが、神の正体であった。  

 愛も、絶望も。

 希望も、正義も。

 犠牲も、救いも。

 向かう先は等しく()()なのだと、神は謳っていた。

 その、ほんの一部がヒトのカタチをしているものが、この邪神の全てであると嘯いた。

 それを思い知った時、既に遅かった。

 眼球が破裂し、耳が溶けて、喉がちぎれかけて、手足の骨が砕けていた。

 皮膚が溶けている。

 肉が液状化している。

 痛みはない。 

 闇にの中にいることは、包容だった。

 エミヤに、失われた快楽を想起させるように、優しく頭を撫でてくる。

 すべて、ひとつになろう。

 みんなここにいる。

 こわくないよ。

 

 ──ふざけるな!

 

 エミヤは、その手を振り払った。

 そして、立ち上がった。

 足が砕け、溶け、中腰になった。  

 それでも、血を流しながら、睨みつけた。

 

 ──ふざけるな!!

 

 骨が露出した指で銃を握った。

 ぼろりと、くすり指が落ちた。

 胴体から、朽ち果てた霊基が露出して、そこから剥き出しになった古傷が一斉に表層化した。

 全身に広がるヒビ。

 そこに、それを見つけた闇が、染み入っていく。

 お陰か、筋繊維ひとつ動かすたびに、身体が崩壊する実感がある。

 死に──それより先に向かうという、確証がある。

 しかし、エミヤは立ち上がった。

 その心が、怒りに震え、闇の中で燃え上がっていた。

 

 無辜の民の想いが。

 善を願った、ただ純粋な命が。

 それが失われることの、全てが!

 あまつさえ──その魔性すらが!!

 ただただ、おまえを強くするためだけの、茶番だったというのか!!?

 

 そんなことのために。  

 オレの中に、女の永遠が根差したと言うのか!?

 オレの中に眠った枯れ果てた正義すらも、おまえにたどり着くための犠牲だったと言うのか!!?

 英霊英傑の救いも悲劇も、全て、おまえの一部分に過ぎないと……!?

 

「虚仮にするのも、大概にしろ……」

 

 声が、出ていた。 

 喉は、確かに潰れていた。

 もはや、息をすることすら困難だった。

 だが、確かにその言葉は神の世界を震わせて、神の耳に届いた。 

 

「──ほお、喋れるのか」

 

 感心したような言葉であった。

 こちらに、振り向いた。

 指一本動かさずに、神の炎がキアラを抱き上げている。

 既に、死に体であった。

 

 ──キアラではなかった。

 

 エミヤは、もう、それを確信していた。

 自分がここにきた理由を。

 なぜ、別の自分を差し置いて、マスターと共に自分がここに送られたのか。

 BBはなぜ、自分を選んだのか。

 抑止はなぜ、自分をここに降臨させたのか。

 

 殺生院キアラを殺すためだと思っていた。

 いずれ獣になるものを、殺すためだと思っていた。

 セラフィックスの非道を、それごと闇に葬るためだと思っていた。

 

 だが──違ったのだ。

 

 オレがこの世界に召喚された理由。

 対象に銃口を向ける。

 不思議と、手は震えていない。

 使命を確信したからか?

 迷いが消えたからだろうか?

 それとも、震えるほど神経が残っていないのか?

 そのどれかかもしれないし、あるいは全てだろう。

 そんなことをわかる必要はない。

 必要なのは、わかってしまったただひとつの殺戮のために、余すことなくこの身を捧げることだ。

 すなわち、

 

「おまえを、殺す……」

 

 

 

 『神を撃ち落とせ』

 

 

 

 抑止はそう言って、オレを送り出したのだ。

 

 

 

 

■集結、収束、帰結、帰路

 

 

 何が起こったのか?

 藤丸立香たちには、何もわからない。

 とてつもない光で包まれて、ものすごい熱波からガウェインたちに守られて。

 訳もわからないまま、大きな衝撃があった。

 とてつもない衝撃だった。

 立っていられなかった。

 弾き飛ばされた。

 藤丸だけでなく、全員が。

 そして、ゴロゴロと転がった。

 

 ちょうど敵対していた鈴鹿御前すら、訳もわかっていなかった。

 全員が、一撃でボロボロの状態になった。

 衝撃の余波はじっと佇んでいた。

 空気が歪んでいた。

 頭を抑えて立ち上がると、空から、ぽつぽつと、水が落ちてくるのに気づいた。

 

「そ、そんな──!!」

 

 メルトリリスの声だった。

 震えていた。

 視線が、空に向いている。

 藤丸もまた、視線を追った。

 

 そして、それを見た第一声は、悲鳴のような指示だった。

 

「み、みんな──逃げてっ!!!」

 

 天井が砕けていた。

 そこから、水が落ちてきていた。

 一箇所だけではない。

 何箇所もヒビが入って、少しづつ落ちてくる水玉が大きくなっている。

 やがて、それは線になり、太く、太くなっていった。

 勢いが増していった。

 今の衝撃で、SE.RA.PHの外壁が破壊されたのだ。

 だから、マリアナ海溝の圧力に耐えきれず、海水が流れ込んできている。

 

「ちょっ!? BBちゃん、これどういうことよ!?」

 

 鈴鹿御前が水流から飛び去りながら叫んだ。

 答えよりも早く、鉄砲水がどんどんと降り注いだ。

 

「マスター!!」

「ガウェイン卿! なんとかできませんか!?」

「……ッ!」

「な、な、な! フォックスの決戦に横入りならぬ横水! 寝耳に水ならぬ濡れネコに塩水! だーがネコよけにしては些か大洪水がすぎる! このままでは沈没船のザ・タイタニックで大パニックだぞ!! かといって、いくらなんでも海そのものを蒸発させるのはムリムリのムリなのだ!! できなくはないかもしれないが!!!」

「珍しく意見が合いますわね! ちょっと、これ、詰んだのでは……!?」

 

 深海にいるのだから、当たり前だが海水はとめどなく流入する。

 少なくとも、SE.RA.PH全てを沈没させるなど造作もない。

 外壁が圧力に負け続ければ、SE.RA.PHそのものがペシャンコになってしまう。

 そして、いくらサーヴァントといえど、海水の全てを蒸発させるような真似も、深海の恒常的な圧力を消し飛ばすことも不可能だ。

 太陽の力の一旦を扱えるガウェインやタマモキャットでも到底無理な芸当である。

 空間ごと圧縮して破壊する、パッションリップのイデアを海水に使ったところで、焼石に水である。

 

「BB!! 何やってるのよ!!?」

「お母さま! そんな……助けてください! いくらなんでも、こ、こんなのひど過ぎます!!」

 

 天に向かって叫ぶ。

 乗せる感情は怒号ではなく、困惑であった。

 

「メルトリリス! パッションリップ! ダメだ!! 一旦逃げて──」

「逃げ場はない!! 覚悟を決めろ! マスター、令呪を使え!! オレがなんとか食い止める!!」

「エミヤ! や、やめてくれ!!」

 

 あっという間に水没するエリア。

 もはや探索どころの話ではない。

 エミヤの身体から魔力が迸る。

 固有結界なら、ひび割れた空間ごと別領域に塗り替えて、多少は時間を稼げるだろう。

 

 だが、所詮は時間稼ぎ。

 大自然の牙は、星の大海は、小さな存在の小さな力など、まるで素知らぬと押しつぶすだろう。

 

 そして、エミヤがそれを発動する寸前。

 藤丸と、藤丸に味方する全てと、鈴鹿御前。

 それ以外の全てが止まった。

 音も、動きも、全てが。

 

「──ッ!? な、何が起こった……!?」

「これは、時間が止まっている……?」

 

 答えは、すぐに舞い降りた。

 大きな、男だった。

 

「すまんね、カルデアの諸君……」

 

 太い肉。えぐれた顔の傷。

 尾の長い白いバンダナ。

 

 超越者の男であった。

 服が所々破れて、上半身はほとんど裸であった。

 顔にも、身体にもあざがある。

 口の端に、血を拭き取った形跡もあった。

 ひと目で、この時間停止はこの男が起こしたことだと理解し。

 ひと目で、尋常な事態ではないと全員が察した。

 

「エミヤが──ああ、エミヤ[オルタ]くんが、超ピンチだ。急いできてくれるかい!?」

 

 だが、水が──

 と言いかけて、その足音を聞いた。

 

「え、えーい!!」

 

 巨大な足が、藤丸の横を通り抜けた。

 素足である。

 大きいが、幼子のような肌をしていた。

 長い髪が、ばさりとその横に落ちた。

 ずしんと地を揺らすそれは、その質量だけで人を殺せそうだった。

 

 それは、天井の穴をまず片手で塞いだ。

 そして、ヒビに向かって口と片手で伸ばした超特大のガムテープを切った、ペタペタと貼り付けて、塞いでいった。

 

「き……」

 

 メルトリリスが、名を呼んだ。

 

「キングプロテア!?」

 

 キングプロテアは、振り返って、空いた口が塞がらないメルトリリスと藤丸立香を見下ろした。

 桜の花のような、可愛らしい、童女の笑みであった。

 

「はい! 私、みなさんのお役に立てるように、頑張ります!」

 

 辿々しくも凛々しいそぶりで、プロテアはおーっ! と手を伸ばした。

 その風圧で、藤丸は倒れそうになった。

 ナイスだよ、プロテアちゃん。

 めっちゃ役に立ってる超有能!!

 さいっこうに輝いてる!!!

 

 と超越者の男が顔の横まで飛んで大袈裟に言うと、プロテアはえへへと頬をかいた。

 

「とりあえず、穴は全部プロテアちゃんに塞いでもらうから」

 

 ガムテープで?

 とエミヤが聞くと、

 

「まさか、知らないのかマスターくん。宇宙法則第一原理を!? ガムテープは、どこの世界でも便利だってことを」

 

 いや、それはそうなんですけどね。

 

 

 

■そして罪人は神と踊る

 

 

 撃ち合っていた。

 神は、炎を。

 エミヤは、銃を。

 神は、どっしり構えて。

 エミヤは、その周りを動きながら。

 

 戦いが成立していた。

 手を抜かれているのか。

 エミヤはそう思った。

 

 獣と化したキアラを一方的に嬲れる神が、いち守護者に過ぎない自分と戦闘が成立する矛盾。

 あるいは、神の言葉を借りるならば、抑止と議論の末にたどり着いたはずのここで、抑止の裏切りに対する動揺でもあるのか。

 いや、それはない。

 抑止の都合のいい合理性について、神は理解していた。  

 で、あるならば、神の胸中に渦巻くものは、果たしてなんであるのか。

 考えろ──考えろ!!

 

 力の差は明白。 

 相手は混沌を容易に光で染め上げる全能者。

 こちらはせいぜい、人殺しとヒトもどきを殺すのがうまいだけの殺人者。

 抑止のバックアップがどれほどあろうと、本来戦いが成立する相手ではない。

 では、なんだ──?

 なにが、神の手を緩めている?

 それが、勝機になる勘がある。

 探らねば、知らねば。

 もう、こちらの命は幾ばくもない。

 あるいは、それが狙いなのか?

 

「おまえのことが、好きだからだよ」

 

 神の言葉は、するりと、エミヤの心の隙間に入り込んだ。

 思わず足が止まる。

 そこに、炎が飛んだ。

 

「ぐぁ……が……っ!」

 

 両腕で、いや、片腕で受け止める。

 当然、受け止めきれない。

 左腕は肩から焼き尽くされ、飲み込まれ、消え去った。

 防ぎきれない炎が脇腹と太ももを焦がし、抉る。

 前のめりに、倒れ伏す。

 神が、目の前にたつ。見下ろしている。

 

「言ったはずだ。おまえの増悪と嫌悪は理解していると」

「では……オレが、こうするの、も……わかっていたのか……?」

 

 神は、押し黙った。

 その沈黙を好んで、エミヤは口元にニヒルな笑みを浮かべた。

 

「どうやら、全能者といえど……限界が、あるらしいな……」

「すまんな、それは気のせいだ」

 

 エミヤの腹から、炎が立ち昇った。

 それは倒れたエミヤをその身体ごと持ち上げて、吹き飛ばした。

 

「言ったはずだ。俺(…)の目的は、あくまでひとつだと」

 

 つまり、おまえを殺すことは目的ではない。

 神を信仰せぬものの願いなど、傾聴に値せん。

 おまえに付き合う気も、殺す必要も価値もない。

 ただ、俺はおまえさんが好きだから、おまえさんの気がすむまで、付き合っているだけだ。

 

「そうか。では、地獄まで付き合ってもらえるか? なに、共に逝けば寂しくもなかろう」

「残念だが、地獄はもう知り尽くしている」

「奇遇だな……オレもだよ」

 

 軽妙な会話であった。

 気づけば、エミヤの身体は脈動していた。

 無論、ズタボロである。

 傷も、体力も回復していない。

 喉だって潰れたまま。

 目だって、見えていない。

 だが、ある種の集中力が高まっているのか、その心には高揚の向きがあった。

 だからか、手に取るように自分と、世界の動きがわかる。

 

 そこに、弓が飛ぶ。

 超音速の弓だ。

 神の直ぐ手前に落ちた。

 

「なに……!?」

 

 驚いたのは、エミヤであった。

 その横を、何人かがすり抜けていくのを感じる。

 

 ポロン、と琴の音がする。  

 重金属のがしゃりとうち鳴る音がする。

 むにょんむにょんとやわらかい肉球の弾む音がする。 

 しゃなり、しゃなりと優雅な布の擦れる音がする。

 

「はああああっ!!」

 

 勇ましい声が、神へ正面から飛び込んだ。

 振るわれた剣は太陽の力を秘める。

 しかし、神の炎は容易くそれを止めてみせた。

 と、ほぼ同時に、神の側部から剣戟が轟く。

 それは、神の素手によって、容易く止められた。

 

「ちょっ! 結構マジでやったんだけど、素手で受け止めるとか反則っしょ!?」

 

 焦りにしては軽快な声が響く。

 その声の主と、太陽の剣は飛び退いて、彼らに並び立った。

 

「エミヤ、遅くなってごめん」

 

 背後から聞こえた声に、エミヤは──

 

「全くだ。マスターならば、もう少しいいタイミングで来てほしいものだよ」

 

 皮肉を叩かれて、しかしマスターはうん、と言った。

 

「おお、おお! なんだかデミヤが素直になっている!? これはお天道様もビックリして明日は大雨警戒注意報だあっ!!? いやいや青天の霹靂で実に散歩日和だワン!」

「全く無茶しますわ。少しだけ傷を治しますのでじっとしてくださいまし」

 

 玉藻の前に回復を促され、彼らはとうとう並び立った。

 壮観な図式である。

 

 だが、神は決して足をすくめたりはしない。 

 はあ、と深く、ため息を吐いた。

 

「お初目にかかる、カルデアのマスター」

「あ、あなたが……!」

 

 藤丸の前に、鈴鹿御前が立ち塞がり、その言葉を遮った。

 

「ちょーっと、マスターストップ。会話なんてしない方がいいヤツだわ、コイツ」

「ええ、その点については珍しくパチモンに同意見ですわ。見るも毒。聞くも毒。歩く仕草のひとつが毒……神の世でも、ここまで類稀に『アレ』なのは珍しいですわね」

「まるで殺生石になったどっかの狐みたいねー」

「あら、喧嘩お売りなさっているのかしら? この状況で?」

「べつっにいー?」

 

 きゃいきゃいと騒がしいこともあれど、その場にいる全員が神と向き合った。

 

 エミヤ[オルタ]の隣に、エミヤが立つ。

 お互いに、睨み合う。

 沈黙。しかし、場の状況を理解し合い、エミヤはオルタに手を差し出した。

 

 言葉は、ない。

 オルタはエミヤの手を取って、立ち上がった。

 

「やれやれ、これではまるで、俺がラスボスのようではないか」

 

 ()()は、炎をゆらめかせて、はーっと大きなため息をついた。

 

 

 神の背後に倒れ伏す、ズタボロになったキアラがいる。

 その金色の目が、喧騒に立てられて薄く、薄くだが、開いていた。

 

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