【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第八章最終話です


第三話:僕たちは笑う。生きてる悲しみを拭い去るように、祝福するように

 

1.

 

 

 深淵の中で、命が瞬いている。

 その踏み込みが奔っている。 

 その殺気が煌めいている。 

 練り上げた魔素が炎を形作る。

 振り翳す剣閃は、大気を灼き切る、命の輝きそのものであった。

 大地を見失う世界である。

 縦と横の感覚がない。

 隣に立つものの姿が朧げである。

 音が遠く、近い。

 距離感というものが、この世界だとひどく曖昧であった。

 だというのに、集う英傑たちの連携は凄まじい練度である。

 十年共に戦ってきた仲間のように、息が合っている。

 お互いの視線、敵意、殺気を完璧な読み切っていた。

 踏み砕く衝撃、金属の擦れる音、気合一閃。

 彼らが醸し出す光の音の悉くが掠れて、光と音自身がその存在を認識できずに、世界に消え入っている。

 『深淵』を纏った絶望の化身()に、英霊たちは臆せずに向かっていった。

 向かっていっては、弾かれる。

 弾き飛ばされる。

 攻撃は何ひとつ通じていない。

 恐るべき連携は、あらかじめ来る場所とタイミングを測っていたように防がれていた。

 返しに見舞う神の炎は決して防御できず、鉛のような重さで、被弾箇所にずるりずるりとめり込んでいく。

 勝てない。

 力の差がありすぎる。

 だが、誰ひとり諦めていない。

 そんなことは、対峙した瞬間に誰もが理解していた。

 だが、それがどうした。

 そんなものは、もう、数えきれないほど乗り越えている。

 彼らは、藤丸立香を信じている。

 そして、藤丸立香はそれに応えんと彼らを鼓舞している。

 もう、藤丸立香は分かっている。

 本来、この神は倒すべき敵ではないことを、もう分かっている。

 セラフィックス事変の根本的原因は、そこで倒れる女性──殺生院キアラであることは、もうわかっている。

 魔神柱ゼパルによって運命を狂わされた存在。

 同情はするが、しかして、彼女の現在は人類を滅ぼさんとする、愛欲の獣に成り果てている。

 見た目は、美の化身のような女性である。

 倒れ、血に塗れる姿すら美しい。

 目を閉じ、血溜まりに沈む姿が芸術のそれである。

 女性的な艶かしい肉体は、無意識にあっても色欲を唆るポーズをとっている。

 生きている。

 かろうじてだが、まだ生きている。

 ならば、今ここで、真っ先に。

 彼女の首を取ることが、最善ではないだろうか?

 カルデアの目的は、セラフィックスの事件の究明と、特異点の解決にほかならない。

 キアラが作り出した特異点たるこの世界は、キアラの存在を滅することで時間点から消えるだろう。

 目の前の邪神は、この特異点に由来しない。

 それは誰にも、一眼で理解できた。

 ()()は、この存在は。

 特異点などに、存在を拠らない。

 歴史改変を行うにせよ、わざわざ時間を歪めて、自身の存在を世界に観測させる必要がない。

 そんな必要がないほど、持ちうる力がこちらとは隔絶し過ぎている。

 ならば、剣を向けることは愚行に違いない。

 その心臓に杭を打つ必要はないのだ。

 総じて、余計なお世話に違いない。

 無策無縁のまま、神に弓引く行為が自殺に他ならないのは、これまでの戦いで承知している。

 結局、カルデアには見覚えもなく、縁も由来もない邪神とは戦う必要も義理もないのである。

 

 だが、藤丸立香は戦うことを選択した。

 エミヤ[オルタ]が、それを望んでいるからだ。

 バカな行いである。

 バカな理由である。

 エミヤ[オルタ]は所詮、いちサーヴァントに過ぎない。

 ましてや、カルデアの思想に全面的に賛意を示す類でもない。

 藤丸立香のことをお人好しと吐き捨て、カルデアの非道を見慣れたものと切り捨てる。

 目的を成すためには手を汚すことを躊躇しない。

 人を、息を吸うように殺せる。

 無愛想で、斜めに構えていて。

 かと言って、黒髭やモリアーティのように、悪辣とした自身の行い(正義)を愉しむ心もない。

 ひとつ、正義をなす度に、心をナイフで抉っている。

 英霊の座に落ちても変わらない。

 己の霊基が砕ける寸前まで成っても、変わらない。

 要素を上げるとつまらない男、つまらない英雄そのものである。

 本人が無銘の男を望んでいるとは言え、それに殉ずるありさまは、傍目からすれば痛々しくすらある。

 だが、それでも。

 エミヤ[オルタ]という男は、自らの使命の達成に()()()()妥協がないのである。

 やれやれと重い息を吐きながら、呆れながらも、成すべきことを成すのである。

 自身の存在を混沌をもたらす者と自嘲しながらも、相対する悪を無条件に許す男ではない。

 新宿の後、召喚されたエミヤ[オルタ]は、なんだかんだとカルデアに留まり、世界が課す謎とカルデアに降りかかる試練を共にしている。

 やれやれと呆れながら。

 そういうところは、エミヤと同じなのだ。

 ニヒルに笑い、斜に構え、ため息を吐きつつ、呆れながらも、結局はやるのだ。 

 悪の行いに失望と憤怒を覚え、胸の内ではそれを打ち倒したくてたまらない──

 そういう、幼稚な正義感を、いつまでも心に燻らせる男。

 オルタに成り果てて、殺人者に堕ちても、その本質に翳りはなかった。

 だから、藤丸立香はエミヤを信じている。

 藤丸立香というお人好しは、そのエミヤが、目の前の神を倒さねばならないと覚悟しているなら──それに報いる努力をしたいと願う男であった。

 

「それは、オレに寄り過ぎてるぞ、マスター」

 

 不意に、言われた。

 エミヤ[オルタ]のそれは、藤丸の心を見透かした言葉であった。

 マスターと、サーヴァントの間に稀に起こる、記憶や感情、思考の共有。

 それが、今、たまたま重なったのだろうか。

 藤丸は、うんと頷いた。

 エミヤ[オルタ]の皮肉を、いささかも否定しない。

 むしろ、その目はエミヤ[オルタ]の言葉を肯定すらしていた。

 

「理由があるから、信じてるわけじゃないよ」

 

 信じてるから、理由なんて後からどうにでもなるんだ。

 ダ・ヴィンチがエミヤを嫌っていない。

 マシュが、エミヤを嫌っていない。

 カルデアの召喚式に倣うなら、嫌なら退去すればいいのに、エミヤはしていないだろ?

 理由なんて、後からいくらでも思いつく。

 オレは、エミヤを信じてるよ。

 

 エミヤ[オルタ]は片眉を大きく上げて、目を見開いた。

 放心に近い気分であった。

 信じるという()()()()()()()()

 その()()()()()()()()()()()()

 それでは、まるで──

 

 フッ、と口元に笑みを含んだ。

 それを見て、藤丸は少し頬を紅色させた。

 やっぱり、少し、カッコつけ過ぎかな……?

 照れ臭そうにこぼした。

 エミヤ[オルタ]は全くだ、と答えた。

 その言葉に、棘がなかった。

 どこか、嬉しそうであった。

 

「感動的な話の最中にすまないが──」

 

 ずるり、と神が二人の正面を覆った。

 神の身体から広がる深淵の炎が、二人の視界を埋め尽くす。

 トリスタンが妖弦を張り巡らせ神の四肢に斬りつけ、ウラド三世が地面から打ち出した槍の束で神の胴体を串刺しにする。

 だが、ものともしていない。

 神の言葉を妨げられない。

 

「ウラド三世。敬虔なクリスチャンのおまえが、『至高者(いとたかきもの)』の心臓に刃を立てるのか」

「ニュアンスを読み取って欲しいものだが、信ずる神の違いだ。おまえは全能の『至高者(いとたかきもの)』ではあるが、私の神ではない」

 

 追撃とばかりに神の身体に杭を打つ。

 だが、神は止まらない。

 ずるりと、その腕がエミヤ[オルタ]の側頭部を殴って飛ばし、そのまま掌を藤丸の額に向けた。

 

「少し、眠っていてもらおうか」

 

 そう言った。

 瞬間に、神の腕を、太い手が握った。

 手は、藤丸の背後から伸びていた。

 手首、腕、肩と、藤丸の視線が昇っていく。

 背後に立つのは超越者の男であった。

 彼は、神の腕の向きを力ずくで捻じ曲げ、返す空きの手で神の脇腹を横殴りに振り抜いた。

 神は造作もなく吹き飛び、ウラドの槍束に、粘ついた炎の残滓が残った。

 

「あなたは……」

「少しだけ、加勢する」

 

 短いやりとりであった。

 超越者の男は、藤丸に視線を落とさない。

 引力を秘めた黒い眼光が射抜く先は、神の行方に固定されていた。

 

「……おまえがでしゃばるのは規約(ルール)違反ではないのか?」

「先にルールを破っているのはおまえだ。例えおまえに彼らを殺す気が無かろうと、異なる世界で無為に無限力(全能)を振るうことは、禁忌に等しい行いだろうが」

「俺に勝てると思うのか?」

「俺たちは、勝てる勝てないで、戦う相手を変えるだなんて教育は受けてないモンでね」

「そうか。やはり、どうしようもなく。おまえはニンゲンなのだな……」

 

 鋭い言葉と、鋭い視線が神に投げられた。

 藤丸は『超越者(ビヨンダー)』の言葉に疑念を抱く。

 殺す気はない?

 

「藤丸立香、言っているだろう。俺はカルデアなどどうでもいいと」

 

 意気に報いることはしよう。

 しかし、本質的に、おまえたちは俺の目的には関係がない。

 これ以上面倒をかけるなら、腕のひと振りで、全てを薙ぎ払うことも辞さんぞ。

 

()()()()()()()言うなよ。()()()で神の縛りを自身に設けたのは、おまえ自身だろうが」

 

 『光あれ(ビッグバン)』は、あくまで俺がそこにいたから使ったんだろう?

 俺がいる限り、開闢の光熱程度からなら、エミヤとイシュタルはとりあえず助けられるからな。

 なにせ、俺が助けに動くことも、全てわかってたんだろ。

 

「なら、俺も……俺の力を使って、最低限、この子を守るぐらいのことはさせてもらう」

「…………」

 

 神は押し黙った。

 身を包む炎のゆらめきが大きく、ゆらめきの間隔が速くなっている。

 二人を睨みつける視線が鋭く、細く尖っていた。

 無言ではあるが、尻もちをつきたくなる迫力があった。

 事実、神は眼光に力を滲ませていた。

 広がりゆく視認世界に、己の世界を上書きする力である。

 超越者(ビヨンダー)による同種の力の阻害がなければ、藤丸立香の五感と四肢、思考はとうに爆散しているだろう。

 

 戦いが再開した。

 神の身体から、全域、全方位に向かって炎が吐き出された。

 

 

2.

 

 

 ガウェインが渾身のガラティーンを振るう。

 太陽の力を秘めし聖剣は、しかし神の素手に掴まれた。

 

「恒星を創り──舌の上で転がす俺に、太陽の力で挑むのか?」

 

 ガラティーンの刃を強く握り、ガウェインごと翻し、そのまま空に放り投げる。

 吹き飛ぶガウェインを見る神の目に、おびただしい量の光熱が収束する。

 トリスタン琴を鳴らして妖弦を飛ばした。

 神を包むようにと撒き散らされた妖弦は、摩訶不思議と神の掌に吸い込まれるように集まって、握り込まれる。

 そのまま、トリスタンごとガウェインのいる空に放った。

 二人が宙空でぶつかる寸前に、細く、綱糸の太さまで引き絞られた恒星の熱波が二つ、放たれる。

 熱線は超光速に達し、如何に円卓の騎士たちとはいえ反応できるはずもなく、二人の胸と腕をそれぞれ貫いた。

 

「がはっ……!!」

「ぐ……っ……!」

 

 重力──がこの世界にあるのか定かではないが、落ち行く二人に神は追撃と手をかざす。

 

「させん!」

「ダメです!!」

 

 ウラド三世が槍を振るった。

 刺した鋒から地面を走る槍畳を、しかし、神はふと踏みで破砕した。

 パッションリップがその目に神を収め、力を込める。

 このまま空間ごと潰すつもりだ。

 視認できる範囲にあれば、この能力は対象の力は問わない。

 が、

 

「──ッ、ダメっ! リップ、やめなさい!!」

 

 メルトリリスが叫ぶと同時に、パッションリップの顔が後方に弾けて、眼球が割れて、瞼が裂けた。

 

「あっ──あ、ああああっ!!」

「俺の全存在を視認しようとすれば、そうもなろう」

 

 人は、海の大きさを『大きい』とは認識できる。

 宇宙を大きいと認識はできる。

 距離を取れば、その全景を見ることもできるだろう。

 だが、それだけでは海や宇宙の深度までは見通すことができない。

 表面的に彩られるカタチや大きさと、その内部に広がるカタチと大きさは必ずしも一致しない。

 認識領域の規格の問題である。

 この神の本質は部分的な集合無限。

 目に見える部分のヒトのカタチや大きさの()()は、所詮見るものの眼球が脳に届け、錯覚させるまやかしに過ぎない。

 

「なーっ! よくもリップをおおおおおおうっ!!?」

 

 タマモキャットが神に放った大火球が、神が手をひねるとタマモキャットに向かって進路を変える。

 間に挟まった玉藻がなんとか相殺するも、ひと息を入れる間も無く神から伸びる炎がタマモキャットをなんなく吹き飛ばした。

 

「く……っ! その炎、ちょっとズルすぎませんか!?」

「天照大御神の分霊のひとつか……本体ならば、多少なりに俺にも対抗できただろうに」

 

 玉藻の脳裏でかちん、と音がした。

 ()()、私を見ていない。

 そのセリフで滲み出た苛立ちを、しっかり言葉に乗せて、半ば悲鳴のような声で、玉藻は言った。

 

「はあーっ!? 私では役者が足りねぇと申しますかこの邪神野郎様は!? 言っときますけどねぇ! 私、ヒトの世に降りて大・満・足! してますから後悔なんてございませんことよ!! ご主人様(マスター)やマスターと出会って、私の中には、神の世ではちょーっと理解し難い力に満ちてますもの!!」

「ほう、それは?」

「愛!!」

「…………」

 

 キャットと同じように神の炎をぶつけられて、ぎゃふん!! と玉藻は同じように吹き飛んだ。

 神はそちらを見ずに、振り下ろされたメルトリリスの脚を掌で受け止める。

 

「メルトリリスか、おまえには礼を言わねばなるまい。おまえが時間逆行を行ったことを起点に、俺は()()()救う術を見出せたのだから」

「あら、腐っていて(よこしま)とはいえ、全能の神ともあろうお方が、ヒトが命懸けで行ったことをさんざ勝手に利用していおいて、その謝礼のつもりにしては──誠意も謝意も貧相ではなくて?」

「これでも、おまえには随分と気を遣っていたつもりだが? 全能者の気を揉ませたという事実を箔として、電子の海に帰るがいい」

「お断りよ!!」

 

 メルトリリスの鋭い剣閃の連打を素手で弾いていく。

 そこに、ウラド三世とエミヤが混ざり、激しい近接戦が展開された。

 いい判断だ。

 と神は言った。

 

「俺にとっては、空間に作用する力などより、直接殴りにこられた方が、よっぽど怖い」

 

 言いながら、

 エミヤの腹を掌底で打ち、

 ウラドの後頭部に回り込んだ肘を当て、

 メルトリリスの側頭部に『ゆらぎ』を加えた手刀を刺す。

 三人は時間差なく、神から遠ざかった。

 なんということか。

 それは、誰が思ったか。

 この神は、悪戯に巨大な力を振り回すだけでなく、しっかりと戦う技術も備えているのか。

 

「あら? じゃあやっぱり、この子が最適解ですね」

 

 ふっ、と神の姿を影が覆う。

 次の瞬間、それは、空から降ってきた。

 神を、神のいた場所ごと押しつぶした巨大なもの。

 どしん、と空域が震えた。

 その質量がハッタリではないことを伝える。

 

「わ、悪い人! これで倒せたんですよね? わ、わたしっ、役に立ちました!!」

「はいはい、役に立ちましたよー。後でBBにいーっぱいご褒美もらいましょうねえ」

「うん! えへへ……」

 

 キングプロテアであった。

 首を傾げて、背を反らして、それでもまだ、顔が見えないほど巨躯になっている。

 その、おそらく肩から、ひらりと降り立ったのは、カズラドロップである。

 

「アルターエゴ!?」

「カズラドロップ!? な、なんであなたが……!?」

「BBからの要請ですよ、メルトリリス。本当は来るつもりはなかったんですが……知っての通り、私たちは上級AI(BB)には逆らえないので、仕方なくですよ」

 

 と、そこまで言って、また、世界がずしん! と大きく揺れた。

 思わず跳び上がるほどの質量が地面にぶつかり、波打った。

 プロテアが転んでいた。

 尻もちをついたのだ。

 いや、転んだのではない、()()()()()のだ。

 まるでガリバー旅行記のワンシーンであった。

 呆然とその光景を見る彼らを、ああ、と言う神の言葉が貫いた。

 

「最適解だとも。質量に事実上の上限のないキングプロテアは、確かに、成長しきっていれば、この世界で俺たちに物理的なダメージを与えうる唯一の存在と言っていい」

 

 神は、プロテアの踵を掴んでいた。

 物理的な膂力。それも片腕で、この大質量を持ち上げて転がしたのだ。

 深く沈んだ場所から踵を掴んだまま、神が昇ってくる。

 

「させ──!!?」

 

 警戒網を最大に広げて、メルトリリスとカズラドロップがなにかをする前に神は無造作に腕を振るった。

 キングプロテアは、軽く、片手で放り投げられていた。

 

「ああっ! み、みんな避けてーっ!!」

 

 プロテアは背中から地面に落ちた。

 それだけで、ぶわり、

 また、恐るべきエネルギーが炸裂した。

 

 

3.

 

 

 何もかもが、通じない。 

 例えば、ウルクのティアマトもそうではあった。

 例えば、時間神殿のゲーティアも、そうではあった。

 だが、この神は、なまじヒトのカタチと大きさであるが故に、藤丸立香が味わうその絶望感は、彼らとは格別であった。

 

 皆、倒れた。

 何度も何度も立ち上がった。

 その度に倒され、炎に飲まれ、吹き飛ばされた。

 藤丸の時間感覚では、ヘタをすると一昼夜程度は経っている。  

 それだけの時間、戦い続け、ようやくわかったことは、やはり到底敵わないという現実である。

 通じていないわけではない。

 傍目には。

 神は、のけぞるし、吹き飛ぶし、倒れもする。

 神の攻撃と攻撃の間には隙があるし、乱戦では誰かが神の攻撃を受ける間に、誰かの攻撃が神を貫いている。

 だが、神は疲弊しない。休まない。

 もはや攻撃する方が目に見えて体力が減り続け、神の手数や質は一向に衰えず、始まりからこの瞬間まで均一であった。

 藤丸立香本人は、超越者のお陰で無傷ではあった。

 だが、送り込む魔力が枯渇している。

 つまり、体力も生命力も著しく消耗し、膝をついて顔を伏せている。

 顔も身体にも、脂汗がびっしりと浮いていた。

 呼吸が苦しい。

 

「気は済んだか?」

 

 問いかける神の言葉は、優しさがあった。

 気遣いと、労いと、賞賛。

 少しの、呆れ。

 混ぜこぜになった感情の中に、攻撃的なものはない。

 敵と、見ていない。

 敵と、見做されていない。

 なぜなら、神の言葉は屈辱の響きであるはずだ。

 だが、その屈辱に怒りを燃やし、立ち上がる者が誰もいない。

 立ち上がれないのだ。

 そもそも、意識もない。

 

 神は、藤丸の元へ歩みを進める。

 ずい、と『超越者(ビヨンダー)』が前に出た。 

 だが、藤丸には、かろうじて見上げたその広い背中に、恐怖の色が見えた。

 震えている。

 武者震いの類ではないだろう。

 覚悟を決めているのだ。

 死ぬ覚悟か、戦う覚悟かはわからない。

 どのみち、自分が酷い未来を迎えることを、覚悟しているのだ。

 

 神が、歩みを止めた。

 振り返った。  

 藤丸が視線を追った。

 その先に、立ち上がるものがいた。

 エミヤ[オルタ]であった。

 

「……なぜ、立つ」

 

 疑問系ではない。

 不思議と、断定系の物言いであった。

 既に、神はエミヤが立ち上がる理由を知っているのだ。

 だが、思わず──口に出さずにはいられなかったのだろう。

 だから、疑問系のセリフで、断定系の物言いになったのだ。

 エミヤは、ふっ、と笑った。

 自嘲の混じった、しかし、どこか爽やかな笑みである。

 さあな、とエミヤは言った。

 ひび割れた顔から、肉が剥がれ落ちた。

 呟くように、続けた。

 

「オレにも、わからんよ……」

「……心から敬意を示そう、守護者よ」

 

 踵を返し、神はエミヤへと向かった。

 おまえと戦えたことは、我が生涯の誇りだ。

 歩みながら、愛しさを込めて、そう言った。

 

「敬愛を込めて──()()()()()()

 

 神の炎が不気味に蠢いた。 

 エミヤの前に立つ。

 藤丸は、なんとか立ちあがろうとして、前のめりに崩れた。

 ざり、ざり、と足で地面を掻く。

 膝が立ち上がらない。

 力が、入らない。

 やめろ……声が出なかった。

 

「やめろ……! や、やめてくれ……!!」

 

 絞り出した声は、その視界と同様に掠れていた。

 血の滲む声であった。

 手を伸ばす。

 肩から指先に至るまで、余すことなく痙攣している。

 

「やめろおおおおおおおっ!!!」

 

 藤丸立香の叫びを無視して、神の炎が巨大な肉食獣となり、その口を広げた。

 

 ──そして、神の口から。

 

 どろりと、黒いものがこぼれた。

 

「な……に……?」

 

 神の胸から、腕が生えた。

 背後から、貫かれていた。

 細い腕であった。

 

 神の炎が、ずぶずぶと、その形を作る。

 

「──ああ、なんという僥倖でしょうか。(わたくし)の力と心を満たす全能者さまの、その全てが私のものになるだなんて……」

 

 神の炎の一部がカタチ創ったものは、二対の巨大な角が生えていた。

 グラマラスな身体をしていた。

 その色気を隠す気のない、破廉恥な格好であった。

 金色の目が、人外の光を灯している。

 星を砕く彩光である。

 

 それは、殺生院キアラであった。

 




第八章おわり
最終章、キズナソングに続く
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