【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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最終章はじまりです


キズナソング
第一話:強い人だと想っていた、あなたがこぼした涙


 

0.

 

 

 深淵、開闢、白光、降誕

 糸を紡ぎて世界を綴じる

 生まれ堕ちては沈みゆく 掬い上げるは魔天の徒

 幸あれ 幸あれ 救いの手

 祈り願うは 幸福を

 混沌 灰塵 血色に朗々

 生まれ落ちしは 三度の福音

 再誕の獣に 愛を与え給う

  

 望めよ されば与えられん

 主よ どうかお許しあれ

 今宵 身許に近づかん

 

 

1.

 

 

 仰け反って血を吐く神の身体。

 纏う黒炎がゆらめき、背後に作り出したものは、殺生院キアラであった。

 殺生院キアラの細腕が、神を貫いている。

 彼らの前に立つ、エミヤ[オルタ]はらしくなく呆然とした。

 彼らの後方にいる、藤丸立香が倒れたままそれを見て、驚愕を浮かべている。

 

「俺の……」

 

 神が、喋った。

 

「俺の深淵に、溶け込んでいたとは……」

 

 はい。

 殺生院キアラは恍惚に顔を歪めて、短く答えた。

 返事に秘める魂に、艶かしさがあった。

 全能者を欺き、その身に致命を負わせた自らの有能さに、酔いしれているかのようだった。

 

「全能者さまのおっしゃる通り……ここはなんと、心地が良いのでしょうか」

 

 全てがある。

 この黒の中に、全てが。

 絶望も、死も、病も、老いも、嫉妬も、渇望も。

 愛すらも。

 おおよそこの世を形成し、滅ぼさんとする『怪物』の全てがそこにあった。

 理解する。

 これは、元々黒ではない。

 キャンバスから捨てられ、忘れ去られたものたちが、無造作に混ざり合い、結果として黒になっているのだと。

 絵の具の色を混ぜれば混ぜるほど、混沌とした色に近づき、暗く、闇のように沈むのと似ているか。

 

 キアラはその混沌を形成する粒を、ひとつひとつ味わうように、その身に纏う。

 常人には不可能なことであった。

 この世の全ての情報にその身を投げ入れることは、瞬時に自我の崩壊を招くはずである。

 世界と溶け合うことは、個を無くすことと同義である。

 自己の存在が普遍的に世界に満ちる。

 それによって引き出される全能。

 しかし、それは人の身に余る力だ。

 全能になるが故に、何もできなくなる。

 常在普遍というものに、一個の命、ひとつの人格は悉くノイズとなる。

 

 だが、殺生院キアラは、光り輝けるもの。

 だが、()()殺生院キアラは、『人類悪(ビースト)』なのだ。

 人類の愛憎の総和体(トータリティ)

 だからこそ、耐えられる。

 もとより、キアラは単一のキアラのまま、地球を支配せんとしていた。

 この世界において、かの吸血姫、タイプ・アースの大元に比肩する存在へと、独力で辿り着かんとした欲望を持ち、それを叶えんとした輩である。

 

 だから、耐えられる。

 死も、苦痛も、病すら、今のキアラは愉しめるのだから。

 

「しかし、まあ……」

 

 神は、しかし。

 神の言葉は、しかし。

 

「こういう工程も、アリか」

 

 諦めの言葉ではなかった。

 呆れる言葉であった。

 賞賛の色も、愛の色もなかった。

 ただ事実を、事実と受け入れる、機械的な無地である。

 仕方あるまい、と嘯いた。

 何のことだと、キアラは思った。

 潔い、負け惜しみの言葉だと思えない。

 だが、ここからは何もさせない。

 既に神の権能に接続した。

 神の力を、この身に馴染ませた。

 あとは、このまま食らい尽くすだけ──

 

「──なっ……!」

 

 腕が、動かない。

 

「!?」

 

 腕だけではない。

 身体も、動かない。

 足が、棒のようだった。

 意志が、四肢に向かわない。

 固定されている。

 殺生院キアラという存在の、意識以外の全てが、ここに固定されている。

 

「男の懐に、()()()()手を突っ込むものではないよ」

 

 神が、正面を向いていた。

 キアラと向き合っていた。

 たしかに、背後から貫いたはずだ。

 腕は、まだ、神の胴体を貫いている。

 だが、背面ではなく、正面になっていた。 

 神が、前に出た。

 ずぶりと、その腕が神の胸に食い込んだ。

 

「まあ、今回、()()()()()、俺なんだがね」

 

 神が顔の横に持ち上げた左手に、(いず)るものがあった。

 鍵であった。

 朧げにその姿形を視認する藤丸は、記憶に照合するその用途を思い、えっ、と口を開いた。

 

 神は、キアラの胸の谷間に手を突っ込んだ。

 

 

2.

 

 

 深い深い世界だった。

 闇の只中であった。

 何もない世界であった。

 殺生院キアラは、自らの深層に閉ざされていた。

 座っていた。

 体育座りで。

 もっとも、本人には座っている感覚がなかった。

 

 何度も、何度も、脱出を試みた。

 出して欲しいと、何度も訴えた。

 しかし、もはや心身の支配権は、私とは思えぬ『私』が握っており、彼女の耳に、私の声が届いているかすらわからなかった。

 

 図々しくも、共に寄り添ってなんとか生きていた魔神柱のナントカさんは、力も人格も奪い取られ、肉の齎す快楽以外を忘れ、自らが何者かさえ忘れて、あっけなく捨てられた。

 

 私も、ああなるのだろう。

 そう思うと、ただただ怖かった。

 とうとう、声が出なくなった。

 身体を動かすことも、諦めていた。

 何をしても、闇だけしかないからだ。

 目を開けても、闇。

 目を閉じても、闇。

 声を発しても、闇である。

 身動きも取れない。  

 この世界では、そうしようともがいても、自らが手を、足を動かしている実感がなかった。

 ただ、自分の中に残るのは、幼き頃の記憶。

 ずっと、こうだった。

 ただ寝かされ、痛みと苦しみの中、死の足音に怯えて眠った。

 あの頃と、同じ。

 だから、かろうじて耐えられているのだろう。

 一度は耐え切った。

 その経験が、奇しくも、闇の中でキアラの自己を留めていた。

 だが、もはや救いはないだろう。

 肥大化した『私』の力は、喩え用のないほど強大である。

 万能にして、全能。

 タクトを振るう必要もなく、現実を改変する神の如き権能を持っている。

 誰がアレに敵うというのか。

 また、仮に、アレと戦えるものがいるとして。

 その深部に囚われる私に、誰が気づけるというのか。

 

 絶望。

 ただ、意識があるというだけの、絶望。

 ただ、生きている実感だけが在る、絶望。

 殺生院キアラは顔を伏せた。

 伏せたこともわからない。

 涙は、とうに枯れ果てた。

 声は、とうに朽ち果てた。

 絶望に頭を垂れて、ただ、いつか、必然と訪れる死を願っていた。

 

 こつん、

 

 と音がした。

 なんの音だろうか。

 あるいは、幻聴だろうか。

 精神の追い詰められたものが聞く、まやかしの音。

 顔を上げなかった。

 どうせ、何もないのだと、諦めが先行した。

 

 ──センセぇ

 

 声がした。

 自分のものではない。

 ひどく、鈍っていた。

 聞き覚えのある声だった。

 だが、その声が、ここに届くわけはないと握る腕に爪を立てた。

 

 ──センセぇ、無視はツラかばい

 

 また、降り注いだ。

 もうやめてくれと願った。

 これも、あの『私』の罠か何かだと思った。

 放っておいてください。

 放っておいてください!

 もう構わないで。

 お願いだから……

 私は、あの女から全てを聞いていた。

 あの女は、私を深層に沈める前に。

 目を炯々と輝かせて、私に言った。

 

 彼との日常は、全て、仕組まれたものだった、と。

 神によって、「そうあれかし」と、定められた茶番だったと。

 だから、ぬか喜びする私は、道化極まりないと。

 愉快愉快とあの女は笑っていた。

 

 ──センセェ。

 

 やめてください。

 私を、呼ばないで……

 もう、苦しみたくないんです。

 

 私は、

 私は──

 

 手を、引っ張られていた。

 大きな手で、大きな腕で、少し──油の匂いのする、日に焼けた腕で。  

 顔を持ち上げた。

 やっと、視線があった。

 彼が、いた。

 闇の中で、確かに、彼だった。

 

 迎えに来たよ。

 

 彼は、そう言った。

 私は、唇を噛み締めた。

 感情が、暴れ狂っていた。

 私は、私は……

 

 センセぇ、ごめんね。

 泣かんでくれよ。

 泣かんで、よかよ。

 

 私は──涙が止まらなかった。

 

 手を、ひいてくれた。

 闇の中で、たったひとりで、苦しみの中で。

 誰かに、手を引いて欲しかった。

 さあ、出掛けよう。

 そう、言って欲しかった。

 

 さあ、行こう。

 行こうよ、センセぇ。

 

 ああ、

 ああ。

 ああ!

 

 あなたはなぜ、私が欲しい言葉をかけるのか。

 あなたはなぜ、私がやって欲しい事を、してくれるのか。

 神の歯車に組み込まれた、運命に過ぎないと分かっていても、私の心はときめいている。

 

 ずるい。

 わあっと、私はまた、涙の上から、涙を流していた。

 あんなに泣きたくても、泣きたくても、出てこなかったものが、堰を切ったように溢れ出す。

 あたたかい。

 涙が。

 彼の手が、あたたかい。

 

 センセぇ。

 

 彼が、言った。

 涙で滲む、私の視界が、彼で満たされる。

 

 好きです。

 

 目と目が合った状態で、彼は、言った。

 

 好きです、センセぇ。

 ううん、殺生院キアラさん。

 おいは、あなたが好きです。

 だから──どうか、一緒に、来てください。

 どうか、手を、取ってください。

 

 私は、泣いていた。

 声が出なかった。

 言葉に、ならなかった。

 身体が、泣いていた。

 心も、泣いていた。

 この世界にきて、深淵の中に落とされて、彼以外の何もかもが見えなくなって、私は、()()()泣き叫んだ。

 

 彼は、微笑んでいた。

   

 ま、

 と言った。

 

 センセぇ、ほんと、おぼこかねぇ。

 かわいかよ。

 とっても。

 

 こくり、と私は頷いた。

 何に対する頷きなのか、私もわかっていない。

 

 彼が、私の腕を引く。

 強い力に持ち上げられて、私の身体が彼に引き付けられ……

 

 がくりと、止まった。

 

 私も、彼も、それを見た。

 それは、はっきりと見えた。

 『深淵』が、闇が、私の脚に巻き付いている。

 それは、私の脚から腰に、そして腹に、肩まで昇って、首に手を回し、ものすごい力で私を引っ張った。

 

「か、は……っ!」

「センセぇ!!」

 

 私は息ができない。

 彼は手に力を込めた。

 力と力が釣り合って、私の腕がぴんと伸びた。

 私と、彼が見下ろす先で、それは身体を持ち上げた。

 闇の中から、現れた。

 

 それは、

 

「──逃がしませんよ」

 

 魔天の形相で睨みあげる、

 『殺生院キアラ』であった。

 

 

3.

 

 

「往生際ん悪かヤツばい……!!」

「ええ、逃がしませんとも! 離しませんとも──! 往生際の良さなど、この際棄ておきましょう」

 

 赤黒い目から、ボトボトと墨のようなものを流しながら、『殺生院キアラ』はキアラを持ち上げた。

 

「げほっ! や、やめなさい! は、離して……」

「お黙りなさい!!」

 

 迫真の声であった。

 臓腑を貫く声であった。

 二人の意識を硬直させ、魂をぐっと、引き摺り込む声で合った。

 

「なぜ、あなただけが救われるのですか!?」

 

 それが、本音であった。

 『殺生院キアラ』の眼から、溢れるものがあった。

 血のような、墨のような、黒黒とした涙であった。

 二人とも、声を失った。

 『殺生院キアラ』から、目が離せない。

 

「私も! あなたも! 同じはずでしょう!? 人に絶望し、誰にも手を取られず! 言葉だけを授けられて、肉欲だけを注がれて……」

  

 なのに、なぜ!?

 なぜ、あなただけが神に救われる!?

 なぜ、あなただけが恋を捧げれる!?

 なぜ、あなただけが愛を注がれる!?

 

「私とあなたで、何が違う!?」

 

 絶叫。

 血を吐くような。

 存在そのものの慟哭であった。

 鬼気迫る表情であった。

 その『殺生院キアラ』の、人生そのものの絶望が、ぶつけられている。

 重い。

 そして、痛い。

 締め付けられる覇気であった。

 

 二人は、答えられない。 

 口を、闇に塞がれているからではない。

 絶望を跳ね返す言葉が出てこない。

 ひとりの人生を狂わせた絶望。

 数多の人間を破滅させた絶望。

 ただひとりの人間として、ここにある二人には、あまりにも大きすぎる問いかけであった。

 

 だから──それに答えたのは、

 

「それはね、『殺生院キアラ』。お前が、現実に生きていないからだよ」

 

 神であった。

 

 

4.

 

 

「私が、現実を生きていない……?」

 

 神は、睨みつける『殺生院キアラ』の視線を、いとも容易く受け止めた。

 

「生きていないだろう。おまえは」

 

 神は、続けた。

 

「現実に生きられないから、妄想に縋って、私以外に、この世に人は無しと……願ったのではないのか?」

「──違います! 私は……」

「アンデルセンの言葉を、聞いていないのか? 存在のベースを魔性菩薩で染め置きながら、都合よく、()()()()()()()()は無視したと?」

 

 アンデルセンの言葉とは、愛と、恋と、現実のさんすくみのことだ。

 打ち砕かれたキアラに、アンデルセンは言った。

 

 恋は現実の前に折れ、

 現実は愛の前に歪み、

 愛は恋の前では無力になる。

 

 ムーンセルとBBたちを取り込んだキアラは、魔人となった。

 つまり、魔性菩薩となり全能に至った。

 しかし、人類に歪んだ愛を向け、恋を知らずに、地に足をつけないキアラは、BBやアルターエゴの叛逆を起点に、ムーンセルの産み出した"不可能存在"たちに敗れることになる。

 

 それは、『殺生院キアラ』とて、承知している。

 だから、今回は自身を愛し、恋を廃し、現実を思うがままにするために、自らが現実(地球)になろうとした。

 

「そもそもこの言葉、変だとは思わんのか?」

 

 何が変だというのか。

 

「愛と恋は、現実を生きる上での調味料(エッセンス)であり、それぞれが敵対する概念ではないだろう」

 

 さんすくみ。

 それは最も有名な例で言うと、ジャンケンのグーチョキパーである。

 どれかがどれかに勝ち、

 どれかがどれかに負ける。

 三つの状態に突出した強さはなく、三種の強さが相性によって均等化される概念である。

 ……そう、さんすくみとは、お互いがお互いに闘い、勝ち負けの元に成立する概念である。

 

「命とは」

 

 神は言う。

 神の視座から。

 

「生きるとは、幾何学的にいうならば、まずそこに根ざす現実が前提としてあり、そこに寿命を持つ生命体が、寿命尽きるまで在ることを言う」

 

 その中で、恋や、愛や、憎しみを育んでいく。

 人間社会に共生するために、ヒトになっていくために。

 時に、誰かの憎しみによって殺され。

 時に、誰かの涙によって愛は永遠となり。

 時に、誰かの情熱が心に不均衡を齎す──つまり、恋となる。

 

 愛や恋が戦火の引き金になることはあるが、それ自体が直接的に対峙することは稀だ。

 なぜなら、人生において本来これらの概念は、相互補助あるいは相互互換的な概念だからだ。

 無論、そうではないものもいる。

 逆に、愛や恋などとは無縁──孤高孤独に人生を終え、そこに誇りを見出す者もいる。

 

 つまり、愛恋は等しく現実を形成する要素のひとつでしかない。 

 特殊な状況下でない限り、お互いにつば競り合い、『どちらが強いのか』を決める関係ではないのだ。

 だから、アンデルセンの物言いは極めて妙なのである。

 月の聖杯戦争という環境下では、あるいはそれは通ずる観念ではあるのだろうが、それを普遍的な──天下泰平の世に重ねるには、不適切極まりない。

 

「神たる私から言わせて貰えば、おまえはアンデルセンの言葉の深慮を、読み取れていないのだよ」

 

 現実に生きられぬ。 

 愛を歪曲している。

 恋を、結果的に蔑んでいる。

 

 だから、お前は全能の視座に着きながらも、()()()()()神に至ろうとする愚行を、平然とこなすのだ。

 

「ど、どういうこったい。神サンよ……?」

 

 全能に至ることが、愚行。

 神となり、星の頂点に至ることが、愚行なのか?

 神は、言った。

 淡々とした、鉄のような声で。

 

「この世界の基盤は、少なくとも地球圏に収める万象に限っては──どう解釈しても『強い人間原理』だ。この世界では、光が秒速三〇万キロメートルなのは、地球上に人間が存在するためで、大気中の酸素濃度が二〇パーセントを下回るのは、地球に人間が存在し、繁栄するためだ」

 

 そうでない世界は、そもそも存続できぬ。

 抑止が、それに類するものが、世界の存続を許さぬのだ。

 

 そもそも、おかしいとは思わないのか?

 魔性菩薩の元の世界。

 全能の演算機、ムーンセル。

 あれが、なぜ、月にある?

 なぜ、たかだかひとつの惑星の、ひとつの衛星ごときが、質量比で人と銀河ほども違う太陽系全域の現実を、書き換えられる力を持っているのか。

 なぜ、それが、地球の衛星なのか。

 太陽系全域を覆い尽くす電子空間支配力を持ちながら、なぜ延々と太陽系の情報を算出し続けているのか。

 

 なぜ、宇宙に二〇〇〇億以上ある集合銀河のひとつの、恒星系に()()()()()()()生きてさえいけない矮小な惑星の中で、銀河団規模で影響を及ぼせる『覚者』が誕生したのか。

 

「まさか──考えたこともないワケではあるまい?」

「────ッ!」

 

 『至高者(いとたかきもの)』は、土くれを自身に似せて固め、人を創り出した。

 そして、今現在、この世は人の世だ。 

 全知全能の神も、その息子たる救世主も。

 隔世に旅立ち、宇宙はすなわち生命の世となった。

 ……まあ、並行宇宙のいくつかには、『人』そのものの定義を超克させることで、世の真理を塗り替えた世界もあるようではあるがね。

    

「ならば『殺生院キアラ』よ。人理に寄り添えぬ狂気を抱き、愛を歪曲させ恋に敗れ、現実に生きられぬ、()()()()()()()と成り果てるおまえは、如何なる法論で全能に至ろうと、人の世に勝てる道理などないのだ」

 

 アンデルセンの言葉は、ここまで見通した上での、痛々しいお前に対する労わりの心なのだ。

 だから、ここでも負ける。

 私がいなくとも、お前は人理に負けるのだ。

 

「きっかけはあれど、彼女は負けなかった」

 

 少なくとも、現実逃避はしなかった。

 愛を抱き、恋をした。

 そして、願い、望んだのだ。

 

 望めよ、されば、与えられん。

 

 だから、俺は、神の法に則って、彼女の願いを叶えるために降臨したのだよ。

 

「あまりにも──……」

 

 『殺生院キアラ』は、震えていた。

 怒りなのか、唖然としているのか、悲しみ故か。

 はたまた、新たなる快楽の見出したのか。

 言葉が続かない。

 見ている二人には、『殺生院キアラ』が抱く感情がわからない。

 神だけは、理解していた。

 だからか、頷いた。

 その通りだ、と肯定を示す所作であった。

 

「ふふ、ふふふっ……」

 

 『殺生院キアラ』は、笑う。

 

「ですが、『私』は何度でも現れますよ。人類悪(ビースト)として存在する以上──この世は時間線の中では、何度だって、私は……」

「ああ──それは無理だと言っておこう。()()()、おまえの最後で最期の顕現だ」

「なっ──!? そ、そんな、まさか……」

 

 疑念の言葉、不可能問題を解き明かした、神の言葉。

 その解の全てを、自問した瞬間に、『殺生院キアラ』は理解する。

 皮肉にも、自らが獲得した全能は、神の全能と結びつき、彼女に理解を強制した。

 

「────」

「理解が及んでなによりだ」

 

 まあ、この説明。

 このやりとり。

 私には、三七万九六一二回目だがね。

 

 神の言葉は、鉄のようだった。

 

 

5.

 

 

 弾き出された。

 黒い炎の塊から、その二人は。

 静止した神とキアラは深淵に包まれ、動きを止めていた。

 それが突然、爆発した。

 

 反射的に、エミヤ[オルタ]と、彼の次に立ち上がったメルトリリスに支えられた、藤丸立香が身構える。

 飛び出した二人は、抱き合うように地面を転がった。

 大きな男が、少女を抱き抱えている。

 傷付かぬように、その小さな身体を覆うように。

 

「〜ッてぇ……!」

 

 むくりと、少女を胸に収めながら、大きな男が上体を起こす。

 腰と、首の裏を打ち付けたらしい。

 短い黒髪をオールバックにして、左目に三本線の傷があった。

 服装は、ゆとりのある作業服のズボンに、上半身は黒のインナーを着ている。

 分厚いゴム底の、作業用ブーツを穿いていた。

 

 藤丸たちが、見たことがない男であった。

 だが、エミヤ[オルタ]は、その存在がなんなのか、直感的に言い当てる。

 

「神──いや、ヤツの依代か!?」

 

 呼ばれて、腰が上がらぬまま、男はエミヤを見た。

 

「うぃ。アジンさまの依代やってた、ゴウばい」

 

 アジンさま?

 あの、神の名のことか。

 

「それより、センセぇは無事かい!? センセぇ……ってうぇえ!?」

 

 ゴウは、胸にピタリと抱き寄せていた少女を、視界に収めるために引き剥がした。

 少女は、ゆっくりと、目を開いた。

 頬が、少しだけ紅潮している。

 少女ではあるが、幼いが、それはエミヤたちには見覚えのありすぎる人であった。

 

 ──それは、殺生院キアラであった。

 

「な、な、な、なんでちぢんどーとや!? センセぇ!!?」

「ゴウさ──はい? えっ!? な、なんで!?」

 

 炎から出てきたキアラの身体は十四〜五歳程度であり、なんと制服を着用していた。

 紺色のセーラー服に、青色のリボンが可愛らしく、スカートの下にタイツを穿いている、女子中学生服である。

 グラマラスなボディはどこへやら。

 出るところはへっこみ、へっこむところはそのまんまである。

 

「おい、おまえ……」

「ああ、いや!! ちゃう! どげんしたとセンセぇ!?」

「わか、わかりません! み、見ないでください!!」

「うごぉ!?」

 

 羞恥から顎に掌底を打ち込み、ゴウは呆気なく吹っ飛んだ。

 エミヤとメルトリリスは怪訝な表情を通り越して、眉を顰めていた。

 

「なに、この──なに!?」

「知るか……オレに聞くな」

 

 と、そこに答えを書き出したのは、

 

()()が、殺生院キアラの分岐点(ターニング・ポイント)と言うことだ。諸君」

 

 神であった。

 

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