【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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最終話前編です


第二話:誰もがみんな幸せなら、歌なんて生まれないさ。だから世界よもっと鮮やかな悲しみに染まれ

 

0.

 

 

 二〇一四年、都心某所。

 朝であった。 

 地平の果てから雲の隙間へと、陽光がのそりと顔を出し始める時間。

 日の出と共に押し出される風が冷たく、涼しい。

 街には早くも、仕事場に向かう人の姿がちらほらと見え始めていた。

 部活動の朝練に勤しむためか、学生の姿も多い。

 健全な日常が広がっていた。

 

 都心から少し外れた場所。

 立地を少しでも効率的に使わんと直角に建てられた一軒家がぽつぽつと並び立つ。

 住宅街である。

 家々の前に横たわる、アスファルトの舗装がだいぶ削られている。

 家の多くが今風の、木造りであることがいかにも自慢らしい、ちょっとお洒落な装いである。

 表札にそれぞれの個性があった。

 ある家の、ベランダの手すりに取り付けられたパラボラアンテナが、景観にロジカルなギャップを持ち込んでいる。

 都心と比べると、風が強くない。

 

 家のひとつ。

 扉が開いた。

 優しい動きであった。

 からん、と取り付けてあった鈴が鳴る。

 

「それじゃあおじさま。行ってきます」

 

 靴を履きながら、玄関に通じる廊下に向けて、その女性は言った。

 髪の長い女性であった。 

 女性にしては、背が高い。

 茶色のゆとりあるロングスカートを穿き、黒い一本線の入ったベージュのセーターを着ていた。

 手首のところで膨らみがあり、肩のラインも一段丸く見せるそれは、傍目には美しさが目立つ彼女に、愛嬌に留まる可愛らしさを備えさせている。

 薄く、化粧をしていた。

 形を少し目立たせる程度にアイラインを引き、ほんのり薄く、口紅を乗せていた。

 指が細く、長い。

 爪先まで丁寧に手入れされており、色形が良い。

 手提げバッグが薄いピンクの革製であった。

 シックで上品な収まりの良さを保ちつつ、傍目には丸く広がるような可愛らしい色合いである。

 美しさの際立つ成人女性ではあるが、随所に可愛らしさを無理なく忍ばせていた。

 

 玄関の奥から、ああ。と声がした。

 低い、男の声であった。

 

 女性の名前は殺生院キアラと言い。  

 男の名前はアルミロと言った。

 

 

1.

 

 

 目の前で、炎の塊が蠢いている。

 それは、『殺生院キアラ』である。

 神の力を飲み込まんとし、逆に深淵に飲み込まれ、身動きが取れなくなっていた。

 全身から沸き立つ感情が、むき出しのままで固まっている。

 衝動と、慟哭の虚像であった。

 それを見る、エミヤ[オルタ]の目が冷たい。

 見下す視線からは怒りが引き、代わりに注ぐのは憐憫の情であった。

 虚像となった『殺生院キアラ』の表情は、何かを訴えている。

 血の涙を流しながら、大きく口を開けて叫んでいる。

 だが、その声も心も、もはやこちらには届かない。

 

 ──哀れな女だ。

 

 エミヤはポツリとつぶやいた。

 知らずと溢れたものだった。

 本心である。

 自らの心に永遠を沈殿させた怪物。

 手に負えぬ魔性そのものだと思っていた。

 だが、こうなれば他愛のない存在である。

 より高位の存在に良いように弄ばれ、滅ぶことできず、()()()()()()()()()()さえ許されぬ有様となれば、この地に根ざす小さな命となんら変わりがない。

 

 藤丸立香には、悲惨な光景に映った。

 エミヤの視線。

 キアラを見る憐れみの目が、細まっていく。

 扉を閉めるように、目の光が沈んでいた。

 投げかける憐れみから、自身への問いかけに変わっている。

 今のエミヤの顔は、徒労をつかまされたような、虚脱した感情へと変化している。

 

「終わった──ん、ですよね……?」

 

 未だ実感の湧いていない声であった。

 藤丸の問いに、そうだ、と神は答えた。

 神が仰向けに掌を開くと、そこに、殺生院キアラごと炎が収束し、ビー玉ほどのサイズになった。

 

「どうする気だ」

 

 エミヤのそれは、

 その女を、と言う意味であり。 

 どう処分するのだ、という言葉であった。

 

「ふさわしき世界に、連れて行く」

 

 全能者には、全能者に相応しき世界がある。

 この世界にとっても、その法則は変わらんのなら、この女は魔天に連れ行き、そこで解放する。

 

「……大丈夫なの?」

 

 メルトリリスの言葉であった。

 こうして無力化されているとはいえ、殺生院キアラの執念と力を知り尽くす、彼女だからこその。

 神は、深く頷いた。

 

「神の世の深淵を知れば、いくら彼女であっても、変な気は起こさぬよ」

 

 それは、確信めいた口調であった。

 断定している。

 いや、それも当然であろう。

 神の発する言葉に疑いはない。

 微塵の疑いも持ってはならない、全能神の真言であるのだから。

 

「……さて、これで、望みは果たされた」

 

 感慨は無い。

 言葉はともかく、物言いは虚無的である。

 機械的な動きで、神は殺生院キアラに──

 ゴウの腕を握る彼女に歩み寄った。

 

 びくりと、殺生院キアラの肩が跳ねる。

 ゴウは腕を動かして、少しだけ、キアラを自分の背にやった。

 

「おまえにも世話になった」

「いや、おいは、その……よ、よかとデス? こんな……」

 

 ゴウは、当然の如く、セラフィックスの末路を聞いていた。

 それは、単に事件が解決するだけでなく、解決の果てに同じ時間線に転写転生を許されることを。

 つまり、セラフィックスでは本来事件に関係なく死んでいた自分が、おこぼれで命を頂いたことを含めて、それを享受していいのか疑問なのであった。

 

 問題ない。

 と神は言った。

 この事件は果ては、セラフィックス事件が無くなるのではなく、セラフィックス自体が無くなるのだ。

 ならば、セラフィックスで失われた命は、何が起因であれ転生するとも、と。

 

「まあ、お前がそれ以外の要因で死ぬなら、それは知らん」

「で、デスヨネー……」

 

 神は、意識をエミヤへ向ける。

 エミヤは複雑な表情であった。

 いや、元々彼は複雑な表情を常とする男であるが、この時ばかりは際立って複雑であった。

 

「……抑止の都合を、無かったことにするのか」

「超常者の気まぐれに、意味を求めることこそ、意味はない」

 

 毅然と、神は言う。

 

「お前の心が私を殺すべきと判断し、お前はそれに従った。だが、私は死なず、ここにいる」

 

 で、あるならば、私からはおまえにそれ以上を求めることはせぬ。

 しいて……おまえにかける言葉があるとすれば、『惜しかったな』を選ぼう。

 

「……フン。どうせこの腕では、銃も剣も握れん」

 

 命拾いしたな、と言うように、エミヤの口元は弛んでいた。

 神は初めて、表情を変えてみせた。

 笑っていた。

 『()い顔だ』と、エミヤにしか聞こえぬ音で、言った。

 

「あの……俺には何が何だか、ちょっとよく、わからなくて……」

「そりゃあ藤丸くんにやぁ、まだはええよ」

 

 隣に並んだのは、超越者であった。

 藤丸が見上げると、その顔に意地悪い笑みが浮かんでいた。

 むうっ、と唸って、メルトリリスに向く。

 どういうこと?

 と尋ねると、

 メルトリリスは視線を逸らして、

 さ、さあ。ご自分の胸に聞いてみてはどう?

 と言った。

 若干不機嫌そうに、口が尖っていた。

 

『はあーい! みなさんお疲れ様でしたー!! やっと終わったエンディングだーってひと息ついているみなさんに、可愛い黒幕後輩系キャラの()()()()として、BBちゃんから労いの言葉のプレゼントでーっす!!』

 

 えーいっ☆

 と姦しく黄色い声と共に、ざあっと波を引くように景色が入れ替わる。

 深淵の只中から、また、あのパネルめいた地面と、海色の天蓋に包まれた、電子空間であった。

 

「BB。お前も、興味深い存在であった」

 

 自己学習する機械的合理性の行き着く矛盾。

 機械的超越点(シンギュラリティ・ポイント)に達するにあたり発生する自己矛盾を、偏愛という、根底から矛盾を孕む感情を基盤とすることで解消する学習型AI。

 

『ひ、ひぇーっ! やめてください視線も言葉もキモチ悪いです!! 邪神にストーカーみたいなことを口でねっとり語られる! BBちゃんの明日やいかに!?』

 

 どの口が、と吐き捨てるようにエミヤは言った。

 藤丸は「はは…」と苦笑いする。

 

「後始末は、任せてもいいか」

『うっわそれ実質"やる"の一択ですよね? 疑問符ついてないですし。神さまだからって職権濫用して良いとでも? やりますけど!!』

 

 やるんだ……とは藤丸立香の思いであった。

 

『そりゃあもう! あの女さえいなければ、BBちゃんにかかれば『セラフィックスのあとしまつ!』なんてちょちょいのちょいっと! A級映画のごとくですよ!』

 

 

2.

 

 

「ゴウよ。お前は転生後の世界でも彼女を愛すか?」

「もちろん!」

 

 即答であった。

 力強い返事であった。

 

「……横から口突っ込むけどよ、いいのかい?」

 

 超越者であった。

 不憫なものを見る目で、ゴウを見ていた。

 ゴウは怪訝な顔で、何がっスか? と聞いた。 

 能天気な声であった。

 

「いや、腐ってもそいつの依代やってたワケじゃん。そんなやつが、今更人間としてまともな人生歩めるわけないじゃん、って思って……」

「殺生院キアラという人間と歩むには、ふさわしかろう」

 

 さあっと青ざめるゴウをよそに、神は言う。

 

 一度繋がった心は、そうそう離れはせん。

 例え──世界を隔てようとも。

 

 と。

 ちら、と意味深に。

 メルトリリスと、彼女に支えられる藤丸立香を一瞥した。

 

「私は殺生院キアラが『(ビースト)』になる道は絶ったが、殺生院キアラという人間の才覚には一切手をつけておらぬ。転写転生後であっても、そなたは俄然、光り輝けるものであり、そなたの言動ひとつひとつに、抑止が目を光らせるのも変わりはしまい」

「…………!」

「だからこそ、おまえがうんと、幸せにしてやるがいい」

 

 神の目が、柔らかくなった。

 柔和な視線が、殺生院キアラを見た。

 それは、ゴウとも、セラフィックスでのゴウとも違う目であった。

 星々を散らばせた、希望溢れる目であった。

 は、はい! とゴウは言った。

 それを聞き届けて、神は超越者に向き直った。

 そして、傅いた。

 

「『調停者』よ。此度の私の不始末を、そなたに預けたい」

「……あー。あーあーあーあー! そう言うことね……だからおまえさん、俺を呼んだのね」

 

 そうだ、と神は言った。

 神は言葉を続ける。

 真実を。

 

「殺生院キアラを救うためには、どうしてもこの世界で我が全能を振るわねばならぬ瞬間があった。それは、数多に別れた未来(二〇三〇年)においても必然たり得たのだ。だから私は、心を決め、獣となったキアラの出現する世界を()()()()()()()()はリセットしてきた」

「…………」

 

 すなわち、我が力を用いて、異次元たるこの世界に、我が身勝手による三十七万九千六百十一回の破滅を齎したのだ。

 許されて良い罪ではない。

 どうあれ、私はこの世界にとって邪神に相応しき振る舞いを行った。

 

「ならば、相応しき罰を受けねばなるまい」

 

 最初から──

 あの、二〇一四年の日から。

 覚悟していた。

 

「だが、彼女とこの男に罪はない。彼女は願い、私は彼を利用しただけ。どちらも私の全能の果ての生存だが、どうか彼らは見逃してほしい……」

「…………」

 

 神は、超越者に向かって頭を下げた。

 人には、人の。

 神には、神の。

 世界には、世界のルールがある。

 神は、きあらに願われた。

 だが、それはこの世界の規格を超える力を振るうことであった。

 この世界で本来抑止となる存在たちに、牙を立てる行為であった。

 神のルールも、世界のルールも、神は侵してしまっていた。

 

「そ、そんな……神さま……」

「か、神サン! そらぁあかんよ! そやったら、おいも罰は受けるけん!」

 

 キアラとゴウの嘆願は、しかし超越者には届いていなかった。

 超越者の男は首を傾けて、ボリボリと、その太い指で頭を掻いた。

 

「マイったなぁ……」

 

 弱いんだよねぇ、俺。

 そーいうのに。

 

 超越者の視線が、エミヤ[オルタ]に向かった。

 尋ねる目であった。困っていた。

 お前が決めてくれよ。

 黒い大きな目が、ぶしつけにそう言ってきた。

 ふぅ、と小さく細く、息を吐いた後、エミヤ[オルタ]はじろりとゴウを睨んだ。

 びくり、とゴウはビビった。

 

「……責任、とれよ」

 

 ボソリと、しかし迫力のある表情であった。

 その表情のまま、力任せに人を何人か射殺しそうな顔であった。

 お、おう! と戸惑いながらも、ゴウは確かな返事を返した。

 エミヤは目を伏せた。

 それを、超越者は了承と受け取った。

 

 

3.

 

 

「あ、あの──神さま!」

 

 全てが終わりゆく時。

 超越者の力に縛られて、超越者が生み出した移動用の特異点に、神が歩き去る時。

 

 その背中を、キアラは呼び止めた。

 

 神は、足を止めた。

 首だけを振り向かせた。

 横顔に、黄昏が張り付いている。

 寂しそうな顔だと、キアラは思った。

 魔性はどこにもなく、別れを惜しむ、ただ人と変わらぬような顔だった。

 

「あのっ──ありがとうございました!」

 

 そして、精一杯、頭を下げた。

 となりで、ゴウも釣られて、頭を下げた。

 

 神は──

 

 神は、少しだけ微笑んで、

 

「幸せに」

 

 と。

 

「神に願う必要もないほどにね」

 

 と、目を瞑りながら、言った。

 亜次元に進み、光に消えゆくその背中に、キアラとゴウは、頭を下げた。

 

 見えなくなっても。

 しばらくの間。

 

 心に、染み渡る想いがあった。

 

 

4.

 

 

 そいじゃあ、またね。

 

 と男は言った。

 光と消えゆく世界。

 無かったことになりゆく、特異点の中で。

 男は、女に向けて、笑っていた。

 

 女は、はい。

 と頷いて、その目を見つめ返した。

 

 お互いに、心からの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 そして──二〇一四年、一月。

 

 

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