【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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最終話です。ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました


最終話:ありふれた小さなキズナでいい、そっと歩みを合わせてゆく僕ら。街中に溢れるラブソングが少し愛しく思えたのなら、素晴らしい世界【挿絵追加】

 

■人と人の歩みは一度広がり離れ、また繋がっていく

 

 

 殺生院キアラが、十四歳の時であった。

 医者の助けをキッカケに、御山を降りたのは。

 信者──亡者の追走を躱し、医者から手渡された手包を握りしめて、キアラは外の世界へと飛び立った。

 手包の中には、これから先、キアラが頼るべき相手が記してあった。

 そのほかには、電話番号と住所と。

 一万円札と五〇〇円から一円までの小銭がいくつかである。

 キアラはふらつく足取りで、初めて見る街街の華やかさに見惚れていた。

 行くにも来るにも、人が多い。

 信者のそれ以外で、行列というものを初めて見た。

 ある程度のことは医者から教えてもらって知ってはいたが、やはり、道を縁取るように並べられている自動販売機の実物を見た感動は、計り知れなかった。

 ふるふるとかぶりを振って、電話を探した。

 警察には行けない。

 それは念を押されていたし、キアラにも理由はわかる。

 警察に行けば、間違いなくあそこに連れ戻されてしまう。

 幸い、二〇〇〇年代に入ったばかりのこの時代では、まだ電話ボックスは現代に比較すると、普遍的な産物であった。

 打ち捨てられたような都会の角。

 忘れ去られた場所にある電話ボックスに入った。

 たどたどしい手つきで小銭を入れる。 

 電話をかけること自体、初めてであった。

 手紙に記された番号をひとつひとつ確認しながらボタンを押す。

 受話器の先から、リズミカルな電子音がした。

 キアラはごくり、と唾を飲み込んだ。

 

『もしもし──?』

 

 そして、確かに声がした。

 低い、男の声であった。

 キアラの心臓がどきりと跳ねた。

 言葉に詰まった。

 言うべきことが、喉元で渋滞していた。

 あっ、あの……と、しどろもどろであった。

 

「た、助けてください!!」

 

 ようやく出たものは、率直な気持ちであった。

 しまった! とキアラは思った。

 この電話の先にいる人は、突然知らぬ人から電話をかけられているはずだ。

 そこに、第一声が「助けて」とくれば、不審に思ってしまっても不思議ではない。

 

「あのっ、そのっ……」

 

 しかし、次の言葉が出てこない。

 目から、涙がこぼれていた。

 詰まっていた感情が、声と共に吐き出されていた。

 こんな風に、人と電話できる時がくるなんて、思いもしなかった。

 助けを呼べるなんて、思わなかった。

 

『殺生院キアラさんかい?』

 

 ────!

 

 その声が、キアラの名前を呼んだ。

 慌ただしい口調になっていた。

 受話器の向こうから、ガサガサと、手元に何かを手繰り寄せる音がする。

 

『今、どこにいるんだ? 迎えに行くから、教えてくれないかい?』

 

 話は聞いている。

 そうも言った。

 待っていたんだ、とも。

 

「はいっ! は、はぃづ……!!」

 

 キアラは泣いていた。

 掌で鼻と口を覆い、泣きながら、こくこくと頷いた。

 自分のいる場所から見える、目印になりそうなものを伝えた。

 いっときの間の後、電話の向こうの男は分かった。と言った。

 

『幸い近くのようだね。すぐに迎えに行くよ、大人しく待っていてね。怪しい人に声をかけられても、ついて行ってはダメだよ!』

 

 キアラは頷いた。

 

「あ、あの……あなたのお名前は──」

『ああ、私の名前はアルミロという。ちょっと前から、()()()()、キアラさんのことを頼まれていたんだ』

 

 

■天使にラブソングを

 

 

「アルミロさん。あなたに頼みたいことは、他でもない」

 

 BBに連れられた先でであった神は、アルミロの目を見据えて、言った。

 

「殺生院キアラを、護ってほしいのだ」

 

 その言葉の意味を、聞いた瞬間はとてもじゃないが理解できなかった。

 神はアルミロの戸惑いに対し、それは、想定していたことだとでも言うように、にやりとした笑みを見せた。

 

「あの子が、転写転生を果たした末の話だよ」

 

 神の言い分はこうだった。

 

 セラフィックスの全ての人間は、事件が終わると共に同時間軸の過去へと転写され、事実上の転生を果たす。

 セラフィックスは二〇一七年を迎えることなく解体され、そこに勤めていたものは必然的に、別の人生を送ることになる。

 本来それに、殺生院キアラは含まれないのだが、神の全能を持ってそれを可能とする。

 だが──アルミロにはセラフィックスの解体の少し前から、やってほしいことがある。

 

「それが、殺生院キアラの保護……ですか」

 

 そうだ、と神は言った。

 

「殺生院キアラが世に羽ばたくのは十四歳。つまり西暦二〇〇六年に前後する。俺はその時代にアルミロさんを、記憶と年齢をそのまま送り込むことになる」

「…………!」

 

 ひとりだけ、今の経験と年齢のまま過去に遡る。

 それは、本来アルミロが歩み直すはずだった寿命を、その分縮める行いであった。 

 アルミロは俯いた。

 目を、閉じていた。

 口を固く結んでいた。

 神は、何も言わない。

 ただ、アルミロの言葉を待っていた。

 アルミロも、何も言わない。

 彼は文句を言わなかった。 

 代わりに、ぐっと噛み締めると、ふっと肩の力を抜いて項垂れ、はあ、と息を吐いた。

 理解と納得を飲み込んだ、覚悟のため息である。

 

「……これが、私の代償なのですね」

 

 人を救おうとした。

 『蝿の王』の下で。

 それは、間違いない。

 純粋な善意から。

 それも、間違いではない。

 だが、それはあくまで『神』という外的要因が導いたものの結果である。

 本来、凡夫では出会うこともままならない超常存在の警鐘ありきの行動であった。

 正史世界。

 アルミロには、なんとなく分かっていた。

 神が『図書館』で見せてくれた正史の絵図に従うならば、自分はきっと、あそこで死んでいたのだと。

 醜く、人に絶望し、ベックマンの比ではない、最悪の事態を招きかけていたのだと。

 

 結果的に、SE.RA.PHでは、セラフィックスのスタッフを救うことはできなかった。

 だが、今この瞬間まで、アルミロが正しく人の道を歩めているのは、神の真言の賜物ではある。

 だから、その代償なのだろうと、アルミロは理解していた。

 

「……すまない」

「謝らないでください……むしろ、私は感謝しています」

 

 それは、本音であった。

 正確には、本音でもあった。

 神が自らに強いることの難易度。

 未来に思い描く不安が、素直な感情を妨げている。

 

 ともかく、そうして、アルミロは十四歳のキアラを引き取った。

 

 手続きは驚くほど簡単に済んだ。

 厄介そうな部分で躓くことがなかった。

 アルミロは、これも神の導きであると納得し、()()()()に来てから、肌身離さず持ち歩いているロザリオに祈った。

 

 

 

 

 アルミロとの生活は、キアラの人生を小さく押しとどめていた。

 キアラは、できる限り迷惑にならないよう気を遣っていたが、それをアルミロは嫌った。

 学校にも通わせ、奨学金を借りてでも医学の道を志すと話したときも、それ自体を否定はしなかった。

 

 概ね仲は良かった。

 

 なにより、アルミロはキアラから見て、最初は不思議な人であり、そして今なお不思議に思うことがある人であった。

 最初。 

 一緒に住むようになってから思ったのは、アルミロはキアラに一切の肉欲的なものを抱いていない、と言うことであった。

 もちろん、いくら美少女とはいえ十四歳の子供に劣情するなどその方が世間一般ではおかしいのだが、キアラは自身の持つ魔性の気質をなんとなしに理解していたし、御山にいた頃に、歳の行った信者の男に、()()()()()()を向けられることは常であった。

 

 だが、アルミロからは、そういう視線を向けられることが全くなかった。

 代わりに、たくさん怒られたし、沢山のことを学んだ。

 それはすなわち、世の中の常識についてである。

 そこに関連づいて、たった一度だけ、大げんかをしたことがあった。

 

 キアラが大学を卒業して、海外で活動したいと言ったのだ。

 その時、キアラはいつものようにアルミロが二つ返事でOKを出すものと思っていた。

 だが、アルミロはそれだけは頑として反対したのだ。

 キアラは、生まれて初めて育ての親の怒りを目の当たりにした。

 それでも、カッとならず、論理的に言い返した。

 

 私は、困っている人たちを無償で救いたいのです!

 私は、本当に助けが必要な人たちの助けになりたいの!

 

 ──と。

 だが、アルミロは断固として反対した。

 議論が白熱し、徐々にその意味を紐解かれて行く。

 そして、

 

「キアラくん。たったひとつだけ、条件がある」

 

 アルミロはとうとうそこまで折れた。

 キアラは内心胸を逸らしてガッツポーズをとっていたが、ここまでは実は、アルミロの想定内であった。

 

「どんな人からでも、どこからでも良い。治療をしたのなら、対価をもらいなさい」

 

 つまり、どんな小さな事でも、無償奉仕をするなと言っていた。

 そこでも、再び論戦を繰り広げた。

 だが、ここに関しては何をどうしようと、アルミロは折れなかった。

 

 結局──キアラは海外に行くことにはなるのだが、アルミロの言う、『どんな仕事でも対価はもらう』ということ。

 そして、『ちゃんと日本に帰ってくること』だけは、守ることになる。

 

 そして、二〇一七年。

 殺生院キアラは都心から少し離れた場所を借りて、小さな心療内科を開いていた。

 海外で目覚ましい活躍を遂げたキアラであったが、アルミロとの約束を守り、とりあえず今は日本に活躍の場を移したのである。

 

 そして、二〇一七年の一月。

 

「それじゃあおじさま。行ってきます」

 

 玄関で靴を穿き終えて、殺生院キアラは振り返った。

 これから、親友のトラパインやマーブルたちと、お茶をしに行くのだ。

 玄関の奥から、新聞を読んでいたアルミロがキアラに視線を向ける。

 

「キアラくん」

 

 不躾な声であった。

 はい? とキアラは尋ねた。

 

「そろそろ──あれだ。良い話のひとつ、貰ってきたまえ」

「うふふ、おじさま。そういうの、セクハラって言うんですよ?」

 

 悪戯めいた口調ではあったが、顔をかしげるキアラの圧力は恐ろしいものがあった。

 アルミロはたじろぎながら、続けた。

 

「エミヤさんちの彼──奥さんの話だと、仕事先で可愛い子を見つけて、今、とても()()()()()なんだそうだ」

「ま、まあ! そうなんですか!? さすがエミヤさん……奥手に見えて、なかなかどうして……」

 

 エミヤとは、キアラが紛争地帯の近くで働いていた時に出会った男のことであった。

 危険地帯に赴き奉仕精神を発揮する日本人は珍しく、同郷の徒としてすぐに仲良くなり、そのままなんやかんやと、今では家族ぐるみでお知り合いである。

 正義感が強く、やると言い出したらやり遂げるまで自分を曲げない頑固者でもある。

 

「キリツグさんの奥さんがね、えらく興奮して電話をかけてきたんだよ。とにかく、誰かに話したくってしょうがない感じだった」

「そ、そうなんですね〜。へぇ〜、あ、あのエミヤさんが……」

「だから、きみにも……ね」

 

 心配するような声であったが、キアラは正直に余計な世話だと思った。

 たしかに、もう自分もそこそこ大人である。

 にもかかわらず、恋人のひとりいたことがないというのは、いささか不健全かもしれない。

 アルミロの言うこともわからなくはないが、やはり、そこに関しては……

 

「おじさま。私は大丈夫ですわ」

 

 にこりと──キアラは笑って、身の内に湧き上がる悍ましい記憶とともに、それを誤魔化した。

 

 

■時がすぎて、喜びが巡る。喜びもまた、歌になる。

 

 

 午後。

 キアラは診療所にいた。

 机の上には精神医学についての本と、五〇〇ミリのお茶のペットボトルと、さまざまな内容のハンコ。

 ボールペンに、ファイリングされた書類諸々が山のように積んである。

 

 お茶の時間が、予想より早く切り上げられたからだった。

 そこそこに世話話が盛り上がり、小さなカップに注がれたコーヒーが冷めきって、ようやく半分を飲んだ頃、トラパインが職場の呼び出しにあって退出したのだ。

 その後もマーブルと二人で他愛無くだべっていたのだが、どうにも話が弾まず、今日はそのままお開きとなったのだ。

 予想より遥かに時間が空いてしまい、キアラは家に直帰するのではなく、診療所に立ち寄ることにしたのだった。

 

 当然、診療所は誰もいない。 

 一月の冬寒さだが、暖房も付いていないため、部屋の中の空気がひやりとキアラの頬を撫でた。

 換気されていないせいか、外よりだいぶ寒く感じる。

 思うより寒かったので、上から白衣を羽織る。

 そして、いつもの椅子に座り、なんとなしにいくつかの書類を整理した。

 そのあと、ぎしり、と深く深く。

 普段は患者の前では絶対にやらない深度で座り込んだ。

 ぐぐっと背を伸ばす。

 静かな世界がそこにはあった。

 天井を見つめる。

 なんだか、不思議な気持ちであった。

 

 ──と、

 

 ドタバタと、出入り口の先で足音がする。

 慌ただしく、焦っている足音であった。

 尋常の気配ではない。

 

 キアラは恐る恐る扉に近づくと、ノブがガチャガチャと回された。

 キアラは咄嗟に恐怖を覚えたが、ぐっと堪えて言った。

 

「今日は、診察していませんよ」

 

 それは、お帰りください、を丁寧な物言いにした言葉である。

 だが、扉の向こうの誰かは、そんなことはお構いなしであった。

 

「た、たすけてくれんか!? お、おいは、このまんまじゃ殺されっとよ〜!!」

 

 訛りの強い声であった。

 泣きつくような声であった。

 というより、完全に涙声であった。

 演技ではなさそうである。

 なにしろ、迫真がすぎる。

 

 キアラは念の為に、不審者撃退用に備えた長い棒を握って、ふうと呼吸を整えて、扉を開いた。

 

 ごろん!

 とすごい勢いで、それは転がり込んだ。

 文字通り、前のめりに床に突っ込んで、一回転して壁にぶつかった。

 ぎゃふん! と言った。

 大きな──男であった。

 

 いててと後頭部を撫でながら、尻をついた状態の男が顔を上げる。  

 黒い髪を、オールバックにして、後ろ髪を結っている男であった。

 左目に、獣に引っ掻かれたような、三本の縦傷があった。

 白地のTシャツにジーパンという、ラフな格好をしていた。

 アスリートのような、大きくて筋肉質な身体であった。

 

 お互いに、目があった。

 その瞬間。

 

 キアラ心に、何か、得体の知れないものが飛び込んだ。

 重く、強く、そして、温かい何か。

 目を、離せなくなった。

 男も、あるいは同じかも知れない。

 呆然と、キアラの目を、見返していた。

 

 ──いたか!?

 ──こっちにゃいねえ! 向こうだ!! 

 

 止まっていた二人の時間を、ガラついた男たちの声が呼び戻した。

 

「あの……」

「そ、そげんやった! す、すまんセンセぇ! ちょっと匿ってくだされ! わ、わし! あいつらに取っ捕まったら殺されっとよ!!」

 

 男がいうには、ある場所で賭けをしてたのだが、相手が多人数でイカサマを仕掛けてきた。

 それを指摘するともめ合いになって、挙句、賭けも終わらぬうちから命懸けの鬼ごっこが始まってしまったのだという。

 

 厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたい。

 しかし、キアラの胸中に湧き出るものは、懐かしさであった。

 それは、シチュエーションにデジャヴを感じているだけではない。

 

 ──どこかで。

 確信が、あった。

 どこかで、私は、この人に会ったことがある。

 我ながらに意味のわからない思考ではある。

 しかし、不思議と、疑いを持てなかった。

 

「お名前は?」

「へいっ?」

「ですから、お名前です」

 

 匿うのだから、名前ぐらい教えてください。

 キアラがそういうと、男は不思議な爽やかさを纏い。

 

「とりあえず、仲間たちからは『ゴウ』ち呼ばれとーよ」

 

 と、男は言った。

 キアラは──

 

「初めまして、ゴウさん」

 

 笑いながらであった。 

 その胸に込み上げる想いに、頬肉を緩ませて、ほんのりと頬を紅潮させて。

 

「殺生院キアラと申します」

 

 と言った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 求めよ されば与えられん。

 望めよ されば与えられん。

 

 そうして、殺生院キアラの積み上げた二十五年は消え去った。

 こうして、殺生院キアラの積み立てた二十五年は始まった。

 

 二〇一七年、一月。

 場所は、殺生院キアラの仕事場。

 出会ったのは、愛嬌のある、コロコロと泣き笑う大きな男。

 

 その大きな男は、仲間たちとの賭け事で大負けして、追われているのだと言った。

 

 キアラは懸命に泣き落としてくる男に、しょうがないとその時だけは、匿うことにしたのだった。

 

 ──懐かしさと、暖かさが、胸にあった。

 

 男は一瞬呆然としたが、すぐに子供のように無邪気に笑顔になって、ありがとうありがとうと言った。

 

 ──男は、涙を流していた。

 ──キアラも、ほろりと、溢れるものがあった。

 

 そこから。

 そこから、殺生院キアラと、男の。

 

 不思議な関係が、始まったのだった。

 

 

【キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話 完】

 




これでこのお話(の本筋)はおしまいです 
お付き合いいただきありがとうございました!!
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