デュエルこそ全ての世界にやってきて、心が軋みを上げながら、順応していく自分に全力で目を逸らす、ある決闘者のお話。
目を覚ましたら。
「――ねぇ、起きてよぉ。スクール遅れちゃうよ?」
誰かがいた。
俺はそれを知っている。
――『ガスタの巫女 ウィンダ』である。
心臓が急停止するのではないかと言うほど驚愕し、
実際に一度、意識を喪ったのが、今から大体一ヶ月ほど前のこと。
どうやら俺は、遊戯王の世界にやってきたらしい。
最初は俺の頭がおかしくなって特殊な裁定でも適用されたか、ついにソリッドヴィジョンが実現したか、程度の考えであった。
というかむしろ、その方がまだマシだったと言えるだろう。
単純な話、その場合は別に、俺を取り巻く環境が変化したわけではないからだ。
けれども、実際はそんなことはなく。
俺は、いきなり別世界、それも俺からしてみれば訳の分からない世界に、放り出されてしまったわけだ。
簡単に言えば、それは今までMTGをしていたのに、いきなりDMをはじめるような物だ。
どれほどトンチンカンなことか。
……そもそも、遊戯王がそのまま職業として成り立つ世界を、現実の世界とすれば、訳がわからないことになるのは当然のことなのだ。
――なぜ、訳がわからないか。
それを語るのは、簡単ではないが、しかし、ある一冊の本でもって大凡の想像へ至ることが可能となるだろう。
その名も『デュエル学指導論』
デュエル学なのだ。
しかも指導がなされるものなのだ。
内容は、小学校に就学したばかりの児童に、デュエルとは如何なるものかを噛み砕いて伝えるための物。
そのために、一度教える側が、デュエルの基礎に立ち返る必要がある。
幼かった頃のあれこれを、大人になって立ち返ると、そこには深い意味と、経験から成り立つ理論が存在しているものだ。
――俺には、全く理解が出来なかったけれど。
遊戯王。それは世界の全てであり、我々人類を取り巻くあらゆる現象の、明と暗を明白とするための文化である。
我々の日常で起こった全ての諍いは、デュエルの結果によって解決されるべきである。
それはデュエルが、多くの場合勝者と敗者を確実にするからであり、デュエルという存在が、この世界において何よりもポピュラーかつ生活に根付いたものであるからだ。
じゃんけんを思い浮かべて頂ければ分かりやすい。
テレビのチャンネル権を争うために、我々はじゃんけんをする。
これは勝敗の結果が明らかであるからだ。
無論、じゃんけんそのものはポピュラーであるが、「正当性」は薄い。
そして同時に、基本的にじゃんけんは運の要素が大きいのだ。
そこで我々はデュエルを行う。
デュエルは神聖であり、何よりじゃんけんには足りない正当性がある。
そこで我々はデュエルを行い、自身の正当性を掲げるのである。
これによってもたらされた結果は絶対であり、また書類や契約よりも確固たる信頼性を持つ。
このことは既にデュエルが自身の一部となっている学生諸兄には、自覚的に意識することは難しいわけであるが、発達段階にある児童においては……
さて、幾つの突っ込みどころを見つけることが出来ただろう。
俺は零である。
この本を読んだ時、俺は真面目に突っ込みどころを考えることをやめた。
理解しようにも、そもそもこの世界にとっての当然が、俺の当然とは異なるのである。
いわゆる「カードが違います」というやつだ。
それが「世界が違います」となってしまえば、笑い事にもなりやしない。
――俺の言語センスが、異次元の言語に侵されつつ在るのと同様に。
世界は、俺をあっというまに飲み込んでしまったのだ。
ちなみにあえていうが、「カードが違います」はマジで洒落にならない。
後、俺は「同じカードなのに裁定変更によって効果の運用法が違う」って、まだ許してないからな。
具体的には――――
♪
特に何の事はない昼下がりのこと。
本当に、世界は残酷なほど鏡合わせで、そこに映る世界は、俺の世界と寸分違わず同一なのだ。
憎たらしいことに。
――空に、『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』が飛んでさえいなければ。
「んー、いい風だねぇ」
あたかも当然のように。
――彼女は“宙に浮かびながら”それを言う。
窓から思い切り顔を出し、ここは建物の二階だというのに、気負う様子すらない。
現在俺は、馴染みのカードショップにいる。
元々俺の世界にもあった、デュエルスペースに32人が座ることのできる、中規模な店舗であった。
しかし、この世界の場合それは、「母体となる大型デパート」の「一階分」をまるまる借りきった、超大型店舗となっていたのだ。
田舎のいわゆるイオンなどを知っていれば、“洋服を売っているスペースがまるまるデュエル関連のスペースとなっている”と言えば、その大きさが解ってもらえるだろう。
「……危なくないのかー?」
「そう見える?」
ふふ、と楽しげに笑って、彼女はくるりと宙を舞った。
宇宙空間を遊泳するかのような動きで、スイスイとこちらへ近づいてくる。
――空の雲間に、『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』が消えていくのが見えた。
「見えん。俺には人が空を浮遊しているように見える」
「――もう。何度も言ってるじゃない。私は人間じゃないの」
――さて、彼女はある事実を知っている。
俺が“この世界の人間ではない”ということだ。
この世界で目覚めてすぐ。
混乱の極みにあった俺は、自分の状況を手近に居た相手にまるまる全て語った。
その内容は、言ってしまえば「お前は二次元の存在で、俺は三次元から来た」という頭のおかしさが「ブラック・ガーデン」の裁定の量レベルだったのだが――
――彼女は。
「私は“精霊”。カードの精霊、『ガスタの巫女 ウィンダ』なんだよ?」
――“それくらいよくあることだよ”と返してみせたのだ。
「……いやまぁ、解ってるけど」
「それに、私にとっては今の貴方も貴方だし、昔の貴方だって貴方だよ?」
俺はこの世界にやってくる際、“この世界の俺”に融合する形でやってきたのだ。
融合である。
憑依ではない。
なぜなら、この世界にやってきて一ヶ月、なんだかんだ順応してきている俺がいるのは、“この世界の俺”が、今の俺に馴染んできているからなのだ。
そうにチガイナイ。
ソウ、キット……
「……まぁ、ありがとな」
「ふふふ、癒やされちゃってもいいんだよ?」
「癒やし……なのかなぁ」
――この世界に、俺と言う存在が迷い込んだ事を知っているのは何人かいる。
カードの精霊である『ウィンダ』を除けば、その何人かは、元の世界でも、俺と親しかった者達だ。
両親とか、部活の後輩とか――そして。
「……ふぅん」
今、俺は“彼女”に付き添ってこのカードショップを訪れている。
休憩スペースで、缶ジュースを飲みながら、どこかアンニュイな雰囲気の美少女が一人。
俺の幼馴染である少女だ。
なんやかんや在った俺の事情を知っている一人である。
どうやら、何かの新聞を読んでいるようだ。
――重装光学新聞フォーカス・スクープ。
俺はその文字を見なかったことにした。
「何読んでるんだ?」
「今日の一面。見る?」
彼女は何気ない様子で新聞を差し出した。
なになに……
“行方不明となっていたスクールの学生八名が無事発見”
『一年前から行方不明となっており、異世界へと行っていた学生八名が無事発見、保護された。学生は十歳から十四歳の歳も通うスクールもバラバラの、何の接点もない八名であり、捜索届けが出た当初は別々の案件であると見られていた。
しかし、行方不明となった学生は同じ異世界にいることが判明。――――』
「……つまり?」
くるりと、彼女の方を見て、問う。
もはや思考を捨てた哀れな男の姿がそこにあった。
元より、どこか気怠げで怠惰な少女である。
面倒そうに、何より他人ごとのように、事のあらましを語ってくれた。
面倒くさがりではある。
けれども面倒見のよい少女なのだ。
「異世界に迷い込む、っていったら、大冒険なの。小説とかでも、よくある題材よ?」
……まぁ、そうだろう。
問題は、それが現実でよくあることだ、という点と。
――この世界の小説には、必ずデュエルが絡むという点だ。
剣と魔法のファンタジーならぬ、カードとディスクのファンタジー。
「……まず疑問なんだが、なんで一緒に行動してるってわかったんだ? 異世界だろ? 連絡の取りようなんて――」
「あるわよ。っていうか、今どき異世界でつながらないケータイとか舐めてんの?」
「さいですか」
即答であった。
「にしても、なんだってそんな食い入るように見てたんだ?」
――なんでも、彼女はこの新聞を買いにこのショップに来たらしい。
今日一日、ずいぶんとそわそわしていたけれど、理由はコレだったようだ。
「この迷い込んだ内の一人が“デュエリスター”でずっと状況をつぶやいてたのよ。最終決戦、すごく盛り上がってたのよね。でも、その後全然続きをつぶやいてなかったの」
「……お前らしいっちゃ、すっごくらしいよなぁ」
まぁ、解らないではない。
伝わってくる情報は、デュエリスター(いわゆるツイ……ごふん)での散発的なつぶやきのみ。
かなりやきもきしたのではないだろうか。
そういえば、だいぶ前に目を隈にしてた事があったな。
……これだったのか。
……そんな想像が、容易につくように成った自分がいる。
「【スクラップ】には『ゴッドバードアタック』なんていいんじゃないかしらってアドバイスしたんだけど、使ってくれたかしら」
スクラップに『ゴッドバードアタック』か。
アドバイスの一つとしては、かなり面白いものだとは思う。
【スクラップ】には『スクラップ・サーチャー』というカードがある。
これは“鳥獣族”なのだ。
そして面白いことに、このカードは自己再生効果がある。
この自己再生が行われるタイミング上、『スクラップ・サーチャー』は、単なる壁として残ることが多い。
ここで『ゴッドバードアタック』だ。
単なる壁とするよりも、相手のカードを二枚破壊するこのカードに使用したほうが、有用なアドバンテージとなることは確かだろう。
「だったら他に『BF-精鋭のゼピュロス』なんていいかもな。『安全地帯』何かとのシナジーもあるし」
と、話は何やら割りと真面目な【スクラップ】談義へ移行しそうであった。
そこに、割り込んでくる者がいる。
「――あー、何か、面白そうな話してる!」
この場にいる俺の知り合いは、後一人。
当然ながら、『ウィンダ』である。
何やらストレージを物色していたらしく、面白いカードを持ってきた。
「あら、『サイクロン』じゃない。ストレージに入ってるなんて」
「……それ、俺が大量に売りつけたんだよ」
「……あぁ」
げんなりした俺の物言いに、納得したように同情してくれた。
「えー、いいじゃん『サイクロン』。誰もが枯渇にあえぐ必須カードじゃない」
大嵐もあったよー。
と、楽しげに『ウィンダ』が見せつけてくる。
――瞳がどこか愉しげだ。
……こいつ、俺をからかってやがるな!
そんなにこの世界に来て初めて箱買いした時の反応が楽しかったかね。
「ねーねー。パック買おうよ。いっぱい買おうよー。必要なんでしょ? デッキの補強に!」
「ええい黙れ黙れ。そんな愚かな言葉に流されるものか」
「……誰のセリフだったっけ?」
――俺の心が、軋みをあげて、そして何かに罅が入る、音がした。
ずん、と。
腹の底に、何か、言葉にしがたい、何か。
とても、とても、重く。
とても、とても、言葉にしがたい、何かが、載せられた。
「ぉぉぉああああああああ、ナンデあんなもんんんん……」
「……ごめん」
「やりすぎよ」
幼馴染のため息と、『ウィンダ』のやり過ぎたと言わんばかりの申し訳なさげな謝罪。
そして、俺の慟哭が、周囲の視線など気にすることもなく、盛大に――カードショップに響き渡った。
♪
「……俺はカードを二枚セット、ターンエンドだ」
暫く考え、思考。
――ライフはまだ十分にある。
相手のデッキは瞬間火力ではなく、細かいビートダウンによるアドバンテージで差をつけるデッキ。
とすれば、相手の手札が多い今は慎重にならざるを得ない。
大嵐は……既に使われている。
そのため、遠慮なくカードを伏せられるのが嬉しい状況だ。
さて、展開はおおよその中盤。
相手がまだアドバンテージを十分に持っている。
ならば今、俺がすべきことは、【ガスタ】の高い防御力を活かし、そのアドバンテージを消費させること。
勝負は、ここから数ターンの攻防にあると見た。
――現在俺たちは無料のデュエルスペースを使ってデュエルをしている。
有料無料の違いがあるのだ。
有料の場合、必ずソリッドヴィジョンが使用できる。
大きなソリッドヴィジョンの“立ちデュエル”ができるスペースがあるが、スペースが限られ、常に満杯である。
また、小さなテーブル上の――原作漫画初期のアレが分かりやすい――ソリッドヴィジョンなんかも在ったりする。
これらは設備が高級品なので、有料だ。
また、専属のコーチが、デュエルの後にアドバイスをしてくれたりする。
無料のデュエルスペースでは、電卓やサイコロなど、ひと通りの道具は揃っているが、ソリッドヴィジョンはない。
この無料スペースでも実体化しているカードがいくつかある。
……が、それはカードの精霊が出現しているためである。
現在、『ウィンダ』はモンスターゾーンで、『ダイガスタ・ガルドス』となり、『ガスタ・ガルド』の上で踊りまわっている。
それでいいのかカードの精霊。
――ふと、少しの猶予が出来た俺は、隣のデュエルスペースをチラリと見た。
「……我がターン、来ませい!」
格好をつけてはいるが、かなりのピンチである。
相手フィールド上には『フォトン・ストリーク・バウンサー』そして伏せカードが二枚。
恐らく、コレまでのデュエルの傾向からして、伏せは『魔宮の賄賂』と『神の警告』辺りだろう。
そして、現在ドローしようとしているピンチな彼は、手札も、フィールドも完全に零。
ここから巻き返すことは、不可能に近い。
だが、ピンチな彼の闘志は、一向に鈍っていないようだった。
「ふふふ、引いたぞ。我は『貪欲な壺』を発動!」
――この状況で、起死回生に近いドローである。
いわゆる神引き、というやつだが、引かれた方は“やはりか”といった風の表情である。
かなり悩みながら、一枚のカードを仕切りにめくり、発動するか否かを検討している。
それでは、そのカードが何かあるとまるわかりなのだが……とかく。
「俺は『魔宮の賄賂』を発動、魔法トラップの発動を無効にし破壊!」
「ならば我は一枚ドローさせてもらうぞ」
――『ドラゴンを呼ぶ笛』が墓地へ置かれたのでカードを一枚……いやいや、この世界のアレにそんな効果はない。
そもそもそんな効果は……
「ちょっと、召喚したんだけど、通るの?」
「え? あぁいや。……それは通るぞ?」
「……それは?」
ちなみに、俺の伏せに召喚妨害のカードは一枚もない。
いわゆるブラフと言うやつだ。
……こいつが、ダマされるとも思えないが。
――この世界に、手札事故という概念は基本的に存在しない。
大凡どんな状況においても、“ある程度”なら狙ったとおりにカードが引ける。
無論、ある程度なので引けないこともあるにはあるが、
総じて、あらゆるデュエリストのドロー運は非常に良い。
デッキとしてのコンボが考えられてさえいれば、どんなデッキでも回転することがほとんどだ。
ただし前提として“そのデュエリストにとって相性の良いカードであれば”という言葉が冠するが。
基本的に、デュエリストには生まれた時から持っている宿命と呼ばれるものがある。
それによって、デュエリストはカードに選ばれるのだ。
それにより、それぞれのデュエリストの組むデッキに個性が生まれる。
俺が【ガスタ】を組むのも、幼馴染が今使っているデッキを組むのも、全ては“そのカード郡に愛されているが故”だ。
そしてそれは、ドロー運以外にも影響する。
話は俺が大量に売りつけた『サイクロン』の件に移るが、ようはそういうことだ。
俺は【ガスタ】――風に愛されている。
パックを買えば、『風』に関わるカードが、どっしゃりだ。
結果、箱買によって何が起きたか。
――俺は、スリーブとして使用できるほどの『ウィンダ』と、一生デッキを組むのに困らないほどの『サイクロン』を手に入れた。
――無論、この世界では【ガスタ】以外を運用しない俺にとって、それは無用の長物でしかないものだったことは、言うまでもあるまい。
……それはこの世界において、初めて俺が覚えた、“絶望”であった。
♪
世界は混沌と不条理に満ちあふれている。
ただそれでも、まぁはたから見れば、それは羨ましいとも言えるかもしれない。
“遊戯王”が死ぬほど好きならば、この状況は天国、なのかもしれない。
まぁ実際、俺は元より『遊戯王OCG』が好きだったし、【ガスタ】というデッキも、昔から愛用してきた相棒と言えるデッキだ。
俺の心は軋みを上げる。
それでも、決して退屈ではない日常が流れていく。
それはきっと幸せなことだろう。
――この世界にやってきて一ヶ月。
俺は心のなかでごちるように、自分を納得させるように、そんなことを、思うのだ。
――が。
そんな俺の心を絶望に追いやるように。
今日、カードショップへ行った日の夜。
夜食を買いにコンビニへ出た俺を、“辻デュエリスト狩り”が襲った。
なんとかそれを撃退したのだが。
それを境に、俺は『邪悪なるナンバーズ』達との闘いに身を投じることとなる。
けれどもそれは、もう少し、先の話だ。
いわゆる、カードゲームではよくあることもの。
こういう混沌に満ちて、なおかつなんでもありな世界観は、端から見ていれば楽しそうです。
でも、私は雑魚決闘者なので実際にこの世界に言ったら多分カードの闇に呑まれます。
死にはしませんが。遊戯王なので。
一応、短編ですが後一話位予定。
デュエルするつもりです。予定は未定。