ヒロとウサギのアポカリプス世界冒険譚   作:やみくらげ

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27話 朱妃7

 

 

 青雲剣から衝撃波が放たれる。

 

 空気を伝う無形の衝撃。

 床を這うような低い軌道。

 

 狙うは機械種セイオウボの下半身。

 虎を模した強靭な四足。

 

 

 もちろん手加減しての攻撃。

 破壊してしまっては意味が無い。

 それに、敵ながらここまで俺に優しくしてくれた彼女を、

 一刀の元に切り捨てるなんてできない。

 

 だからこそ、下半身を狙うのだ。

 重要な部位が集中しているであろう頭部や胸部ではなく、

 致命傷にならず、それでいて体勢を崩せる場所。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 重い衝突音。

 俺が放った衝撃波が機械種セイオウボの下半身へと直撃。

 その巨体がビリビリと震え、脚部がわずかに浮き上がる。

 

 

「あうっ!」

 

 

 

 機械種セイオウボの口から驚いたような声が漏れる。

 そして、その巨体が大きく揺れ、上半身が斜めに傾く。

 

 

 よし、効いた!

 では、次だ!

 

 

「青雲剣よ! 土だ!」

 

 

 畳みかけるように次なる攻撃を重ねる。

 青雲剣の剣先を床へと向け、地水火風のうち、『土』の力を解き放つ。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴッ!!

 

 

 地鳴りとともに床が隆起。

 機械種セイオウボを囲むように、6本の巨大な土柱が一斉に突き出した。

 

 一本一本が長さ8~9m。

 人間であれば、ただの1本でも押し潰されてしまうような太さだ。

 

 6本の土柱は互いに絡み合うように伸び、

 セイオウボの脚部と腰部、さらには胴体を拘束。

 

 まるで巨大な獣を捕らえる檻。

 

 

「くっ……」

 

 

 セイオウボの巨体が軋み、動きが止まる。

 完全に拘束できたわけではない。

 土柱は今にも砕かれそうなほど、ミシミシと悲鳴を上げている。

 だが、数秒あれば十分。

 

 

「今だ!」

 

 

 床を蹴り、セイオウボへ向かって全力で駆ける。

 

 敵を怯ませ、動きを阻害。

 そこまでして、ようやく俺は全高15mの巨大ロボへと向かっていくことができる。

 

 近づけば近づく程、その巨大さが絶望的なまでに視界一杯に広がる。

 

 見上げるだけで首が痛くなりそうな巨体。

 女神像を思わせる上半身。

 しかし、顔は鋭い牙を備えた獣面。

 複数の獣を混ぜ合わせたような異形。

 

 どのような勇敢な戦士でも立ち向かうにはそれなりの覚悟が必要。

 もしかしたら、大半の者は途中で怖気づくかもしれない。

 

 普段の俺なら、向かっていくなんて不可能。

 その場で怯えて一歩も踏み出せなかったに違いない。

 

 けれども、今の俺は、巨狼、黒司教を難なく打倒し、

 この身に宿す『闘神』スキルの効果を実感したチート系主人公。

 

 この世界はゲームの中だと強く思い込み、

 今、この時だけと時間を絞れば、

 俺は勇敢な戦士にも勝る勇者となる!

 

 

「青雲剣! 風だ!」

 

 

 走りながら青雲剣へと命令。

 今度、行使するのは俺を敵の元へと運んでくれる『風』の力。

 

 俺の足元で空気が渦を巻き、破裂音が鳴り響く。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 爆発的な勢いで巻き起こった風が、

 俺の身体を空高くへと押し上げる。

 

 

「うおおおおおっ!」

 

 

 10m以上の高さまで一気に上昇。

 目前に迫る機械種セイオウボの機体。

 

 狙うは、彼女の右手に握られた『血塗られた短刀』。

『短刀』と言っても、俺から見れば巨大な剣に近い大きさ。

 

 巨体に相応しいパワーで振るわれたら、人間の身体など真っ二つ。

 俺の『闘神』の防御力なら耐えられるかもしれないが、付随する能力が厄介。

 封印した3つと比べるとまだマシな方だが、五感を失わせる能力は危険極まりない。

 

 

「まずは一つ!」

 

 

 空を駆けながら『短刀』の刀身に叩き付ける形で青雲剣を振り抜く。

 

 

 ガキンッ!

 

 

 澄んだ金属音が響き、『血塗られた短刀』の刀身に亀裂が走る。

 そして、そのまま刃が半ばから砕け、赤黒い破片が宙を舞う。

 

 

 よし!

 だが、まだ終わりじゃない。

 あとはもう1本の武器さえ破壊すれば……

 

 

 再び『風』を纏って空中にて姿勢制御。

 身体を大きく捻って、反対側の腕に握られた『鋸』へと青雲剣を向ける。

 

 

 反対側の手にある鋸へと斬りつけるには距離が遠い。

 しかし、俺の手にある青雲剣は、距離を選ばない遠近両用万能武器。

 

 

「青雲剣よ!」

 

 

 空中で青雲剣を袈裟懸けに振るい、再び衝撃波を飛ばす。

 透明な刃が大気を切り裂き、『鋸』の中央へと命中。

 

 

 ギャリィンッ!!

 

 

 巨大な鋸刃が真っ二つに折れ、

 回転しながら床へと落ちていった。

 

 

「やった!」

 

 

 彼女が持つ厄介そうな武器を2つ破壊。

 残る3つは、機械種セイオウボ自身がこの戦いには使わないと封印済。

 これで事実上、彼女の武器は全て失われ、無力化したも同然。

 

 そう考え、『勝った!』と確信。

 喝采を口にして勝利を喜んだ……その瞬間、

 

 

 今まで自らの身体を抱き締めるように折り畳まれていた三本の腕が、突如として動き出す。

 

 

「うおっ!」

 

 

 左右から2本の巨大な腕が迫る。

 空中で身体を捻り、風で身体を動かして紙一重で回避。

 

 太い指先が鼻先を掠め、凄まじい風圧が頬を叩いた。

 

 

 危なかった……

 

 だが、避けた。

 そう思った時には……、すでに遅し。

 

 

 俺の逃げ道を塞ぐように、肩口から伸びた1本の腕が待ち構えていた。

 

 

「しまった!」

 

 

 空中での無理な姿勢。

 短刀を斬り、身体を捻り、さらに衝撃波まで放った直後。

 さすがに続けて回避できる余裕は残っていなかった。

 

 巨大な手が俺の身体を包み込む。

 同時に、青雲剣が手から離れた。

 

 

「あっ!」

 

 

 空色の剣が重力に引かれて落下。

 乾いた音を立てて床へと落ちる。

 

 

 まずい!

 

 そう思う間もなく、

 俺の身体は持ち上げられ、

 セイオウボの顔の前まで運ばれた。

 

 

 朱色に輝く双眸。

 獣のように裂けた口元。

 そこから鋭い牙を覗かせながら、

 機械種セイオウボが楽しそうに笑う。

 

 

「あらあら、油断大敵ね」

 

 

 まるで獲物を前に舌なめずりする肉食獣。

 けれども、声音だけは艶やかで、どこか優し気に聞こえる。

 

 

「折角、武器を破壊したのにね。3つの武器は封印すると言ったけど、この3本の腕まで使わないとは言っていないわよ」

 

「ごもっとも……」

 

 

 反論の余地が無い。

 武器を持った腕は警戒していた。

 だが、今まで動く気配を見せなかった3本の腕については、完全に意識の外。

 

 あえて彼女はそうしていたのだろう。

 俺を油断させるために。

 

 見事にしてやられた形。

 今の俺は処刑を待つ罪人に等しい。

 

 

「さあ、坊や」

 

 

 セイオウボの声が、甘く耳へと流れ込んでくる。

 

 

「ここからの選択肢は2つよ。このまま妾に絞殺されるか……それとも白兎ちゃんと一緒に妾の従僕となるか……」

 

 

 その言葉と同時に、彼女の背後の空間が揺らめく。

 

 水面に波紋が広がるように空間が歪み、

 やがて縦長の裂け目が生まれる。

 

 裂け目の奥に見えたのは、ここではない別の世界。

 

 深い森。

 幾重にも連なる山々。

 灰色がかった空には、翼を広げれば小型飛行機ほどもありそうな三匹の巨大な鳥が飛び回っている。

 森の中を駆け抜ける黒い狼の群れ。

 木々の枝から枝へと飛び移る猿達。

 水辺には、人間を丸呑みにできそうな鰐や大蜥蜴までいた。

 

 自然豊か、と言えば聞こえは良い。

 だが、俺の目には、巨大な猛獣達が跋扈する危険地帯にしか見えない。

 

 

「妾が作り上げた世界……『崑崙』で、楽しく過ごしましょう」

 

 

 セイオウボは裂け目の向こうを示しながら、穏やかに語りかけてくる。

 

 

「きっと妾達の仲間も喜んで迎え入れてくれるわ」

 

 

 仲間?

 あの巨大な鳥や狼や鰐達のことだろうか。

 歓迎の意味が、俺の知るものと少し違っていそうな気がする。

 

 まあ、たとえ襲って来たって、俺や白兎が黙って食われるわけはないのだが。

 

 

 

「まずは妾が育てた桃をご馳走しましょう。そうすれば、坊やは不老の存在となり、妾と共に永遠の時を生きることができるのよ」

 

 

 不老。

 常人ならば、心が揺れたかもしれない。

 老いず、永遠の時を生きられる。

 それは古来より、人類が追い求め続けた夢。

 王も皇帝も、賢者も英雄も、そのために莫大な財宝や命さえ費やしてきた。

 

 『崑崙』は中国神話では西王母が住むとされる仙界であり、

 西王母が勧める桃というのは、食した者に不老不死を与える『仙桃』に違いない。

 

 西王母は崑崙にて『仙桃園』を管理しており、その木々に成る実が『仙桃』と呼ばれ、西遊記にも登場した不老不死ともたらす伝説の果物。

 

 この世界の機械種が神話や伝説を正確にモチーフにしているのならば、

 桃を食べれば不老になるという話も分からないでもない。

 

 

 しかし……

 

 

 その人類の夢はすでに入手済み。

 仙術スキルによって俺の身体は仙人に近い存在に。

 どこまでの効果があるのかは正確には分からないが、

 少なくとも不老に近い存在になっている可能性は高い。

 

 今さら不老で心を動かされることはない。

 絶世の美女と永遠にイチャコラできるという所には、

 心惹かれるモノはあるけれど。

 

 

「何を悩む必要があるの、坊や?」

 

 

 セイオウボが顔を近づけ、俺の表情を覗き込む。

 

 

「このままギュッと絞め殺されるより、ずっと良いはずよ」

 

 

 俺を掴む手が、ギシギシと音を立てた。

 

 モーターの唸り。

 金属同士が擦れ合う低い音。

 掴む力を強め、脅しているつもりなのだろう。

 

 全高15mの巨大ロボットに捕らえられた。

 普通ならば絶望的な状況。

 

 どれほど鍛え上げた強者であろうと、

 巨大な鋼鉄の手に握り潰されれば、無事では済まない。

 

 

 だけれども、

 

 

 

「意地を張るのはよしなさい。もう逃れる手段は無いわ」

 

 

 セイオウボは優しく諭してくる。

 

 おそらく、彼女の従僕になったとしても、

 そこまで酷い扱いは受けないのだろう。

 

 むしろ、不老の桃まで振る舞ってくれるというなら、

 破格の待遇かもしれない。

 

 でも、それは俺が目指す場所とは違う。

 俺は白兎と一緒に、この世界を旅しようと決めたのだ。

 

 仲間をたくさん集め、

 お宝を一杯手に入れて、

 ドキドキワクワクするような冒険の旅を。

 

 

 チラリと白兎へと視線を向ければ、

 耳をフリフリ必死に声援を飛ばしている姿が見える。

 

 白兎が俺をどこに導こうとしているのかは知らない。

 白兎が過去、どこで俺に会ったのかも分からない。

 

 けれど、白兎は白兎なりに俺のことを第一に考えてくれているのは間違いない。

 

 あの荒野で白兎と出会い、一緒にこの世界を旅しようと約束。

 共に数々の苦難を乗り越えつつ、ここまで来ることができた。

 

 だからこそ、俺は白兎とこのアポカリプス世界を巡るのだ。

 たとえ美女が一緒でも、狭い世界に閉じ込められた生活なんて真っ平御免!

 

 

 そして、何より……

 

 

 どう考えても、まだ自分が負けるとは思えなかった。

 

 

 

「セイオウボさん、1つお聞きしたいのですが?」

 

「なあに?」

 

「俺を、本気で締め上げていますか?」

 

「…………」

 

 

 セイオウボが沈黙。

 その朱色の目が、ギラリと挑戦的に輝いた。

 

 

 ギュギュギュギュギュッ!!

 

 

 俺の身体を掴む手から、激しい駆動音が響く。

 関節部が唸り、金属が軋み、先ほどよりも明らかに強い圧力が加えられた。

 確かに、肌に感じる圧力は増した。

 

 

 だが………

 それだけ。

 

 

 痛くない。

 苦しくもない。

 

 金属で構成された巨大な手は、

 俺を握り潰そうとしているはずなのに、

 まるで真綿で包み込まれているかのようにしか感じられない。

 

 駆動音からして、手加減しているようには思えない。

 セイオウボは間違いなく力を込めている。

 

 それでも、全く痛みを感じない。

 というより、俺自身、捕まっているという感覚さえ薄かった。

 

 俺の腕よりも太い指。

 見た目だけなら岩石さえ砕きそうなのに、

 俺が少し力を加えれば、こちらから簡単に壊せてしまいそうに思える。

 

 

 

 ガシッ!

 ガシッ!

 

 

 左右から、さらに2本の手が俺を掴んできた。

 

 俺が平然としていることを不審に思ったのだろう。

 セイオウボが追加の腕を投入してきたのだ。

 

 計3本の手が、俺の全身を包み込む。

 

 

 ギギギギギッ!!

 

 

 先ほど以上の駆動音。

 だが、3本に増えようとも結果は変わらない。

 

 

「…………」

 

 

 俺は平然とした顔のまま、セイオウボを見つめ返す。

 

 どうやら、その態度が彼女の矜持を刺激してしまったらしい。

 さらに2本の腕が加わり、計5本の手が俺を取り囲む。

 

 

 腕。

 脚。

 胴体。

 逃げ場が無いように、全身をがっちりと締め上げてくる。

 

 

 それでも……

 

 

 無意味だった。

 何の痛みも感じない。

 

 

 あの巨狼、機械種オルトロスに襲われた時と同じ。

 

 あの時も、鋭い牙に噛みつかれたはずなのに、

 俺の身体には傷一つつかなかった。

 

 つまり、結論は1つ。

 どうやら俺は、この全高15mの巨大ロボットよりも、遥かに強いらしい。

 

 

 

 そうと分かれば、いつまでも大人しく捕まっている必要はない。

 

 

 両手と両足。

 全身へと一気に力を込めて……

 

 

「フンッ!」

 

 バギンッ!!

 

 

 俺の身体を締め上げていた5本の手が、一斉に弾け飛んだ。

 

 指が砕け、手の甲が裂け、内部の部品が火花を散らしながら宙を舞う。

 俺は拘束を引き裂き、軽々と脱出を果たした。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 セイオウボの声が震える。

 砕けた自らの手を見つめて呆然。

 

 

 まさか、人間1人を握り潰せないどころか、

 逆に5本の手を破壊されるとは思ってもいなかったのだろう。

 

 だが、流石にその立ち直りは早く、

 俺が床へと降り立つより先に、

 その朱色の眼光が再び鋭さを取り戻す。

 

 

「逃がしません!」

 

 

 半壊した手の1本が振り下ろされる。

 巨大な掌が、俺を叩き潰そうと迫る。

 

 

 俺は逃げずにその場に立ち止まり、

 両足を床へ踏ん張り、頭上へと両手を伸ばした。

 

 

 ガシッ!!

 

 

 振り下ろされた巨大な手を、しっかり両手で受け止める。

 上から降ってきた自動車を受け止めたスーパーヒーローのような光景。

 

 風圧が俺の顔を叩くが、俺は小動もしない。

 俺の腕が感じた重さは発泡スチロール以下。

 

 しかし、今、俺の身体にかかった本来の加重はいか程だろう?

 瞬間的に何十トンもの重さが圧し掛かってきたはず。

 

 だが、俺は潰されることなく受け止め、

 普通なら砕けてしまうはずの床もヒビ1つ入らない。

 

 完全に上からの衝撃を打ち消したかのよう。

 

 おそらく、170cm未満の俺の身体が、

 何十トンもの衝撃を飲み込んだのだ。

 

 これは物理的にはあり得ない現象。

 もちろん、この世に非ざるスキルの力、『闘神』の力に相違ない。

 

 

「なっ……」

 

 

 渾身の力を込めた一撃を受け止められ、

 またもや驚愕の声と表情を露わにする機械種セイオウボ。

 

 

「今度はこちらの番です!」

 

 

 未だ驚愕の抜けきれない彼女へと構わず宣言。

 

 受け止めた手を両手で掴み、

 グイッと引き込む形での投げを試みる。

 

 言うなれば、変形一本背負い投げであろうか?

 

 テレビでやっていた柔道の試合で何度か見たことがある投げ技。

 相手の腕を引き、腰を捻り、その勢いのまま前方へと投げ飛ばす。

 

 もっとも、今回の相手は全高15m。

 普通に考えれば、技が成立するはずもない。

 しかし、力の差が逆転しているなら話は別だ。

 

 

「せいやあああああっ!」

 

 

 全身の力を使って腕を引く。

 

 巨木を引っこ抜こうとするかの如く。

 山をひっくり返そうとするかの如く。

 

 そして、俺の雄叫びと共に、

 機械種セイオウボの巨体が、ふわりと宙へ浮いた。

 

 

「えっ?」

 

 

 セイオウボの口から、間の抜けた声が漏れる。

 

 俺に腕を引かれるまま、その巨体が俺の頭上を越え、

 弧を描きながら前方へと飛んでいく。

 

 

 

 ドシィィィィンッ!!

 

 

 およそ20m先へ。

 セイオウボは背中から床へ叩きつけられた。

 

 凄まじい振動が室内全体を揺らし、床に細かな亀裂が走る。

 土煙が舞い上がり、視界を覆う。

 

 投げ技というモノは、投げられた対象が重い程、

 地面へ叩きつけられた際の衝撃も大きくなる。

 

 全高15mの巨体であれば猶更。

 そもそも今まで投げられた経験など無かったに違いない。

 

 けれど、それでフィニッシュホールドとはなりえない。

 彼女は1回投げられて終わる程、か弱い存在では決してない。

 

 

 

「まだだ!」

 

 

 俺はすぐさま床に転がる青雲剣を拾い上げて、

 倒れ込んだ機械種セイオウボに向かって駆け出す。

 

 

 まだ勝負は終わっていない。

 

 機械種セイオウボを破壊するつもりは無い。

 だが、こちらが勝ったと認めさせなければ、この戦いは終わらない。

 その為にははっきりとした勝利を見せつける必要がある。

 

 

 土煙の中へと飛び込み、倒れたセイオウボの身体を駆け上がる。

 

 

 腰から腹、

 膨らんだ胸を通り、

 喉元、顎を踏み込み、

 獣面の前まで辿り着き、

 

 彼女が起き上がるよりも早く、

 青雲剣を両手で構え、その切っ先を眉間へと突きつけた。

 

 

「これで………」

 

 

 朱色に輝くセイオウボの瞳と視線が交わる。

 

 驚愕。

 困惑。

 そして、その奥には、隠しきれない喜びを含んだ色が見えた。

 

 

 

「チェックメイトです!」

 

 

 

 俺はそう告げ、勝利を宣言した。

 

 

 

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