第9話となる今回取り上げるのは、法華経第八章“五百人の比丘に対する予言”(妙法蓮華経
第二章“巧妙なる方便”において、法華経教団のセントラルドグマとするところが語られることは既に見た(第3話)。改めて以下に整理してみたい。
・三乗(声聞・独覚・菩薩)は一仏乗へ導くための方便である。
・一仏乗とは、衆生をして仏知見へと開示悟入するものである。
これを私的に平易な表現に改めると、
・学べ、考えよ、救え、は手段であって目的ではない。
・教育者∞となれ。
と展開されることも、既に述べた通りである。法華経第一期の残り部分、つまり第三章〜九章は、大雑把にまとめれば上記の命題に対し二種類のアプローチで以って敷衍をおこなっているものと言える。
第一のアプローチは、一乗真実三乗方便をたとえ話を通して繰り返し説くもの。ボク自身、これを説明するために“教育者∞”の譬喩を用いた。法華経を書いた人々も、自分たちの信念を伝えるのに“開示悟入”や“如我等無異”のような端的な断言では事足りないことを自覚していて、様々な角度から繰り返し譬喩を使って述べることで、その浸透を図ったものと思われる。こちらは、言っていることに納得できるかはともかく、比較的その意図が現代の我々からも理解しやすい。
対して第二のアプローチは、釈迦の言葉を騙って物語中に登場する弟子たちに「未来世において仏と成る」との予言を与える、という、一見してその意図が現代の我々の感性からは理解しにくいものになっている。この予言を、釈迦の立場から見た場合は“授記”、弟子の立場からみた場合は“受記”といい、いずれも“じゅき”と読む。
第二章において、伝説的な釈迦の弟子であり知恵第一と称された舎利弗が、法華経教団から見て権威主義に陥り硬直化していると見做された対立声聞衆を表象するキャラクタとして扱われることを見たが、どうもこの第二のアプローチは、その延長線上の発想に基づくもののようである。つまり、法華経第三章〜九章において受記を得る弟子たちもまた、具体的には対立声聞衆を指している。
論敵の成仏を予言する、というのも妙な話であるが、法華経の文面上は、いずれの授記に際しても、それぞれの弟子が法華経を信受し、歓喜したことを見届けて受記に至る、という構成が共通しているので、私見ではあるが、どうもコレは、法華経教団から対立声聞衆に対して発せられた「成仏したくば我らが軍門に下れ」という降服勧告として書かれたものらしい。詳しくは実物の例を示しながら改めて論じよう。
第三章〜九章において、上記2つのアプローチ、すなわち譬喩と授記は入れ代わり立ち代わり文面に現れるため、何章が譬喩で何章が授記、と一概に立て分けることは出来ないのだが、概ね、第三章〜五章が前者、第六章〜九章が後者を中心とした内容となっている。
第八章“五百人の比丘に対する予言”は、そういう意味では授記を扱った章であり、章題もそれを表している。と言うワケで、転読の第一のポイントは、法華経における授記の具体例を通じて、その定型フォーマットを理解すると共に、そこから垣間見える書き手の本音を邪推して楽しもう、というものになる。
第二のポイントとしては、本章に登場する法華七喩の第五“
*
法華経第八章“五百人の比丘に対する予言”の主人公は、第二章の舎利弗同様に、実在したと思われる釈迦の直弟子で説法第一と称された
彼は本稿中に既に一度登場している。第十二章“よく耐え忍ぶ”の
そのとき、長老の富楼那弥多羅尼子は、
「世尊よ、実に素晴らしいことです。
上引用が本章の書き出しとなる。ここに、法華経第三章~九章に繰り返し描写される授記の典型を見ることが出来るので、この機会に詳細に見ておくことにしたい。その上で、以降、転読を通じて繰り返し登場する授記の場面は、サッと読み流すようにしようと思う。
まず引用下線部(1)。受記する者の前提条件の第一は、第二章“巧妙なる方便”に示されたところの如来の密意と方便の教説、これを受け入れていること、になる。釈迦の教えを受け入れていることが条件になるのは当たり前じゃないか、と言ってしまえばそれまでだが、法華経に登場する釈迦が法華経教団の見解を代弁するキャラクタに過ぎず、また、彼らの言う方便とは、つまるところ、対立する声聞衆が後生大事に継承してきた仏典の学問的習得であることを思えば、これがかなり一方的かつ独善的な服従勧告であることがわかる。
続いて引用下線部(2)。以下は必ずしも法華経文中に直接言及されていることではない、と断った上で話を進めるが、法華経全篇を通して最初に受記を得るのは前述した舎利弗になってる。以降、受記される者は必ず、直前に受記を得た者に少なからず言及し、賛辞というか祝辞というか、とにかくそのような発言をするのが定型になっている。
法華経中の釈迦は、そのような誰がしかの発話を受けて、その人物に対する授記へと進む。ここから鑑みるに、引用下線部(3)ともつながるのであるが、受記の要件として、前述の(1)に加えて、自分以外の誰かが受記を得たことに驚き、かつ喜び、賛意を示すこと……これは端的に“共感”と言い換えてもよいと思うのだが、とにかく、そのようなものを、法華経教団は想定していたようである。
そして、そのことは法華経第一期を通して明に暗に繰り返される一乗真実三乗方便の主張に比して、地の文中で説明されることが皆無であるところを見ると、どうも法華経教団にとって、他者の成仏への共感が自身の成仏の要件となるとするこの観念は、言及するまでもない自明のことであったか、あるいは、彼ら自身そのことに無自覚なまま語っていた可能性が考えられる。
思うに、抽象化すればこれは、ある信念の体系に参加することそれ自体が慶事であり祝意を以って迎えられるべきである、ということなのであって、その適否良悪はともかく、多くの宗教や擬似宗教(自己啓発セミナー等)にも同様の傾向を見出すことが出来る。また、広く世俗まで視線を向ければ、入社・入学・入会儀礼等も同様なのであって、ボクのような共同体への参加意識に乏しいスタンドアローンな人間ですら社交辞令としてはそういった言辞を弄するのであって、存外これは、人間という種にハードワイヤードされた観念であるのかも知れない、とすら思うのであるが、脱線しそうなので一旦捨て置く。
最後に引用下線部(4)であるが、狭くは法華経教団、そして広くは当時の仏教者は、それが何者であれ仏陀と見做される人物に対しては最敬礼で応じるべき、との観念を共有していたようである。ここで示されているのは前話にも登場した
続いて富楼那は、ここまでにおこなわれた法華経の説法を褒めたたえる。つきつめればこれは法華経教団による自画自賛なのであり、虚しい限りであるので上引用ではその冒頭までを引くに留めた。ちなみに、ここに見える善逝というのは、善く覚りの彼岸へ逝くお方、ほどの意味で、要するに世尊同様に釈迦に対する敬称なのであるが、どうにもボクはこれを“
冗談はさておき。
これに対し、文中の釈迦は富楼那弥多羅尼子が心に願っていること……彼も前章までの他声聞同様に受記が欲しいのである……を察して語り始める。曰く、富楼那は弟子中でも説法第一である、と。その熱心さ、理解力、解釈力、説明力が賞賛され、説法については如来を除いて富楼那をしのぐものはない、とまでされる。まぁ、何と言うか、出来レースだ、と言ってしまえばそれまでなのだが、とりあえずここは素直に、法華経教団もまた、釈迦およびその伝説的な弟子の遺徳を偲んでいたのだ、と善意で解釈しておくことにしよう。
比丘たちよ、そなたたちはこれをどのように考えるであろうか。彼はただ私の正法を護持するだけのものであると思うであろうか。
既に読者諸兄は法華経独特のこの語り口に馴染んできただろうから、この先の展開は予想可能ではないかと思う。
比丘たちよ、私は過去世における九十九億の諸仏のことを知っているからである。そのときに、富楼那は、実に、それら諸仏・世尊の教えのもとで、正法を護持したのである。それはあたかも、現に私のもとにおけるがごとくであった。
無論、ここで言われているのは、釈迦と富楼那の前世の因縁である。つまり、富楼那は富楼那として生まれる以前から釈迦の弟子であり、前世においても説法第一で釈迦の布教を助けて共に修行を積んで来たのだ、とされる。
さて。おそらく法華経の書き手の意図としては、これは、繰り返し述べていることであるが、輪廻転生観が当たり前に受け入れられていた古代インドにおいて、過去世の因縁を賞賛することが相手に対する最大級の賛辞として通用していたことに倣ったものなのであって、それ以上の深い意味はない、言わば定型句に過ぎないものだったと思うのであるが、個人的には、この手の修辞が授記の記事にいちいち付いて回っていることは、彼らの真に目指すところとは噛み合っていないような印象を受ける。
見てきたように、本来的に法華経教団が成仏の要件としていたのは、(1)一乗真実三乗方便の教説を信受すること、(2)受記を得ること、(3)受記を得た人に共感すること、(4)釈迦と法華経に礼を尽くすこと、であるはずなのだが、ここに示された因縁話を言葉通りに受け取る限り、この4つに、(5)前世において釈迦と共に修行したこと、が加わることになる。言うまでもなく、この(5)は本人の努力ではどうにもならない類の話になり、いささか筋が悪い。
もちろん、本章の書き手が富楼那に対してやっているように、前世の因縁話はいくらでも捏造はできる。が、そうであるからこそ、逆に、恣意的に特定個人を排除する論理としても利用できてしまうのであって、実際、後の世の話となるが日蓮がその暗黒面に足を掬われていることは、ご存知の方はご存知のことであろう。たとえば……
我が弟子等の内、謗法の余慶有る者の思いていわく、此の御房は八幡をかたきとすと云云
上引用は日蓮が、自身の弟子の一部が「師匠は八幡神を
この日蓮のケースとの対比から考えられるのは、少なくとも法華経第一期の執筆陣は、このような文脈で前世譚を持ち出すことが孕む問題に対し、無自覚だったのだろうということだ。逆に、法華経全体で考えると、この問題に対して自覚が芽生え解決策が模索されたからこそ、第十九章“常に軽侮しない”(第5話)において、輪廻転生観をも方便として活用し、理想としての絶対平等と実際には不平等な現実との矛盾を超克する、という発想が後に生まれたのだのだ、と言えるかもしれない。
*
以下見ていくものが、狭義の授記、すなわち、釈迦による弟子の未来世の成仏の予言、の定型フォーマットとなる。念のために申し添えておくが、もちろんこれは、法華経を書いた人たちが手前勝手に言っていることであって、歴史的事実ではない。
彼はこのような菩薩の修行をなしとげ、無量にして数えきれない劫ののちに阿耨多羅三藐三菩提を悟るで あろう。彼は“法の光明”と名づける正しい覚りを得た、尊敬されるべき如来となり、知と行を具足し、覚りの彼岸に逝ったお方であり、世間をよく知り、無上のお方であり、人々を訓練する調御師であり、天と人間との教師であり、仏陀、世尊としてこの世に現われ、この仏国土に出現するであろう。
まず、法華経の釈迦は授記の相手に名前を付ける。上引用下線部がそれで、富楼那は”
未来仏に固有の名前が前以って与えられること、それ自体は法華経の専売特許ではない。たとえば、浄土教は
その中にあって法華経の特筆すべき点は、やたらめったら授記が乱発され、それぞれにユニークな名前を与えるあまり、当然のことながら中には「そんなんアリですか?」と言いたくなるような無理矢理なモノが混じってくるところである。その具体例についても、追って授記系の他章を
また、比丘たちよ、そのときに、その仏陀はガンジス河の砂の数に等しいほどの三千大千世界を一つの仏国土となすであろう。その国土の大地は掌のごとく平坦で、七宝をもってつくられ、山稜はなく、七宝づくりの楼閣が建ち並んでいるであろう……
順序はいろいろであるが、続いて、その未来仏が住む世界について、何やかやと粉飾がおこなわれる。敢えてこれを“粉飾”と呼ぶのは、未来仏の名前ほど、個々がユニークでないからで、有り体に言えば中身がないからである。
面白いのは、平坦でや山稜はなくに見られるように、どうも法華経を書いた人々にとっての理想郷には坂道がないらしい、という点だろうか。この表現は他の授記にも繰り返し現れるので、存外彼らは体力に自信がなかったらしい、ということがわかる。七宝云々は、彼らの想像力の範囲内で最も贅を凝らしたものがそれだ、ということに尽きるのだと思うが、この文脈の中に問題の一節が登場する。
さらに、比丘たちよ、そのときは、この仏国土には悪趣がなく、また女人もいないであろう。
第4話で触れたのがコレで、全女性に対して失敬なことに、こともあろうか、女人と共にこの世界に存在しないものとして
もちろん、これを以って「法華経は女性蔑視のトンデモない教えだ」とするのは適切ではない。これが法華経教団内で問題視されたからこそ、第十章以降の法華経第二期において是正が試みられたのであるから。一方で、是正の経典補完がおこなわれたにも関わらず、本章の記述が改訂されないままに今日まで伝わっていることは興味深い。穿った見方をすれば、教団内にどうしても過去の伝統に縛られて女性蔑視を捨てられない人たちがいて、彼らの手前、第二期の改革派も第一期経典の改訂にまでは手を出せなかったのかも知れないし、もっと言えば現代の我々だって女性蔑視を克服できているわけではないのだから、受け手も含めてこういう文言に常にニーズがあり続けた結果だ、とも言えるかも知れない。
閑話休題。
この他、未来仏の住む世界の説明において、同じく繰り返し現れる表現に、“食べる”という行為がなくなる、であるとか、仏道を行じれば食べなくてもよくなる、というモノがある。法明如来は後者のケースで、
また、比丘たちよ、そのとき、その仏国土におけるこれらの衆生の食物は二種類あるであろう。二種の食物とは何かというと、すなわち、“法を喜ぶ”という食物と、“瞑想を喜ぶ”という食物とである。
とある。
ガンジス河の砂の数に等しいほどの三千大千世界からなる仏国土、などという途方もない話をしつつ、食い物の心配をしているというスケール感のちぐはぐさに眩暈すら覚えるのであるが、これも、本章を書いた人の日常の関心事が反映されたものと考えて良かろう。
彼らは比丘=食を乞う者、であったはずで、とは言え食わねば生き永らえることは出来ないから、そもそも食べなくて済んだり、仏道修行がそのまま食事になる世界、というのは、彼らにとって理想郷なのである。有り体に言えば、彼らは少なからず、在家の人々に食を乞う日々に存外うんざりしていたのだと思う。ならテメーで畑の一つでも耕せ、とか思うが。
さて、もう一つ、授記の定型フォーマットに含まれる要素を見ておこう。
そして、その劫は“宝石の輝き“と名づけられ、その国は“完全に清浄なもの”と名づけられるであろう。仏陀の寿命は無量
未来仏のみならず、劫と国土にもユニークな名前が与えられるのである。如来の名だけでも大変なのに、それぞれの如来にさらに二つユニークな名前が付くのだから、法華経を書いた人たちは随分と面倒な修辞を選んだものである。
考えようによっては、この劫と意味が被っているのだが……というか上引用では、この部分において時間の長さの意味で劫を使っている……上引用末尾に示した仏陀の寿命もまた、授記にほぼ確実に含まれる要素になっている。無量、
すなわち、法明如来の寿命……これが常識的な意味においての人生なのか、法明如来の説く教えの有効期間であるのか、は文面からは判然としない……は、無量×阿僧祇×劫ということになって、最早それを見積もる意味すら見出だせないモノになっている。と言うか、こんなこと、言明する必要があるのだろうか。
それはともかく。
歴史上の人物としての釈迦の寿命は、諸説あるがだいたい80年だったろう、ということになっている。これが事実であるとして、当時のインドとしては破格の長寿であったろう、とは思うが、ここで述べられる法明如来とは比較するのも馬々鹿々しい。まぁ、そもそも言葉通りに受け取る限りにおいて、別の宇宙で実質上無限の寿命を有する法明如来が、人類であるはずがないのであるが。
では、その教説の有効期間と考えるとどうか。しかし、天台大師や日蓮、その他の大乗仏教を奉じた人々が信じていたように、仏滅後二千年を以ってこの娑婆世界は“末法”に入った、とされる。と言うことは、釈迦の法の寿命が「天上天下唯我独尊」と叫んで生まれたと伝えられる誕生の瞬間から始まる、という無理な定義を持ち出しても、それはせいぜい2,080年にしかならない。う〜む、不甲斐なくないか、釈迦?
もちろん、これは冗談で言っているのであって、法華経を書いた人が、法の尊さを強調したい余りに用いた途方もない数字が、返って釈迦の聖性を貶めているという皮肉な話なのである。が、これに限らず、次稿以降で改めて論じることになるが、法華経第一期の面々は、自分たちが何を主張しているのか、ちゃんと自覚できていなかった疑いが濃厚なので、コレもまたその一つだと思えば、それはそれでそうでしょう、という話ではあるのだ。
一方で、天台大師や日蓮、その他の、法華経を釈迦の金言、皆是真実と確信し、それを他者にも訴え続けて来た人々、またその末裔には、ちょっとこのことをよくよく考えてみてもらいたい、とは思うのである。法華経が皆是真実であり、かつ、末法思想を奉じる限りにおいて、釈迦の寿命は三千大千世界の諸々の仏陀の中でも比類なき短さになってしまうのであるから。
ま、そんなことを気にする人はそもそも宗教にハマらんとは思うけどね。
*
ここで
世の衆生たちが劣った教えを願い、広大な乗り物に畏れをいだいていることを知って、このゆえに、これらの仏子である菩薩たちが、仮に声聞となったり、独覚を示して見せたりする。
法華経教団は、自分たちの教説に賛同しない人々を、広大な乗り物=一乗に対し畏れをいだいているがゆえである、と考えていたらしい。対比される劣った教えが、いわゆる二乗を指していることは、続く声聞・独覚への言及から明らかである。
彼らの信念に従えば、仏とは教育者∞なのであり、そうあろうとするということは、必然的に、彼らが“衆生”と呼ぶところの自分たち以外のすべての人々、ひいては世界すべてに対して、その実態がどうであれ責任を背負い込むことを含意している。これは奇しくも、と言うよりは、むしろ必然的に、我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ(開目抄、読点は引用者が補った)と嘯いた日蓮のスタンスに通底するのであるが、法華経教団は一乗に参加しようとしない人々を、日蓮にも見えるこのスタンスを背負い込むことに怯んでいる、と見ていたのである。
彼らは、自身も激しい貪欲をもち、憎悪をいだき、迷妄をもっているかのようによそおい、衆生たちが誤った見解に固執しているのを知りながらも、彼らの邪な見解に関わりをもつように見せたりもする。
私の多くの弟子たちは、このように行ない続け、方便をもって衆生たちを苦悩から救うのである。もし弟子たちが教化のために用いた行為のすべてを説き明かすならば、無知の人々は惑乱するにちがいない。
続いて、偈の中にさらりと書き飛ばされているのが上引用になる。これは、大乗仏教に共通して見られる“
煩悩即菩提とは、字義通り、煩悩、すなわち普通の人間の種々に惑い迷わされる心が、即、菩提、つまり仏の悟りに通じるのだ、とする思想であるが、一般的な理解としては、人は特に無理な修行などしなくて良いのだ、とする現状追認を示したものとされやすい。後のいわゆる“本覚思想”もこの系譜上にあるといって良いだろう。
対して、ここで言われているそれはいささか異なるベクトルを有している。彼ら、すなわち、自らも教育者∞であろうと発心した法華経賛同者は、衆生を菩提へ導くべく、方便として自らの煩悩を示すのだ、と言うのである。逆に言えば、たとえ今この瞬間に自身が迷いを抱えていようとも、それは、その迷いがあるからこそ心が通じる誰かに、菩提を伝えるための方便として、ポジティブに捉えよ、という意味でもある。同時にこれは、原則としては煩悩を滅し尽くして寂涅槃に至ることを理想とした、対立声聞衆に対するアンチテーゼにもなっている。
いささか踏み込んだ私釈を加えれば、前々稿に見た授記の前提要件の中に“共感すること”が含まれているのは、ここに通じている。法華経教団にとって授記とは、自身は煩悩を脱した聖者であると嘯く対立声聞衆……真にそうであったか、はわからない、が、少なくとも法華経執筆者はそう見ていたはずである……に対し、法華経教団の衆生救済計画に共感せよ、衆生に共感すべく敢えて自身に煩悩があることを認めよ、同時に、この枠組みを理解できない衆生を惑わさぬようコレを如来の密意とせよ、されば釈迦は汝に授記するであろう、という勧誘メッセージになっている。
これをそのまま言葉で伝えても「伝統的な学習や修行に耐えない青二才の戯れ言」と流されてしまうので、法華経教団は、釈迦の直弟子ですら二乗への執着を捨て、如来の密意、一乗真実、如我等無異の誓願、へ共感・参加することで初めて阿耨多羅三藐三菩提を得たのだ……否、その共感こそが阿耨多羅三藐三菩提なのだ、とする物語を創作するしかなかったのであり、これもまた“巧妙な方便”なのである。
おぉ、凄いぞ法華経!!
だが、しかし。第十九章“常に軽侮しない”を通してみた(第5話)ように、法華経第一期が、理念のみとは言えども抱え込んでいた上述の思想を、法華経第二期は見事に取りこぼしており、かろうじて第三期においてそのリカバリがなされている。つまり、彼らは自分たちの創作物が含意するところを、必ずしも自覚的に理解し尽くしてはいなかったのである。そして、皮肉にも本章末において、彼らは自分たちでそのことを譬喩を通して予見しているのであるが、その話は後に譲り、ここでは偈に続く部分を読んでみることにする。
そのとき、千二百の
かくして、新たな共感の輪が千二百人の声聞……阿羅漢は声聞の最高位、とされる……へと広がる。だがちょっと待って欲しい。本章の表題は“五百人の比丘に対する予言”であったはずだが、千二百人とはこれ如何に?
そのとき、世尊はみ心にこれら大声聞たちが心の内で考えていることを見透かされて、長老の
釈迦は第十二章(第4話)において養母および元妻に対しておこなったのと同様に……と言うか、こちらがその元ネタであり、十二章のそれがここでの修辞を本歌取しているのであるが……阿羅漢たちが口に出すまでもなく、その共感を感じ取って授記を始める。ちなみに、ここに名前の現れる摩訶迦葉は、日蓮の八幡賜衣伝説解釈(第1話参照)にもその名の見えた迦葉その人で、釈迦の直弟子の中では
迦葉よ、この中で大弟子の
ここで千二百人に先駆けて受記を得るのは、第二章において三乗方便が宣言された直後に、釈迦の言うことが理解出来ない、と頭を抱える汚れ役(?)を仰せつかった
素直に読む限り、この世に出現されるとあるので、憍陳如は我らが娑婆世界の未来仏、ということになり、とすると、一説には五十六億七千万年後に下生するという弥勒如来のご同輩、ということになるが、六万二千億の諸仏が出現されたのちというのが、弥勒の先なのか後なのかは判然としない。あるいは、ここでいう六万二千億の諸仏の最初が弥勒なのだとすると、普明如来の成仏は無限遠の未来の話のようにも思える。
また、定型フォーマットに従い、この普明如来の寿命が示されるのであるが、これが満六万劫とあって、前稿で見た法明如来の無量阿僧祇劫に対して随分と見劣りする。まぁ、そもそも“劫”というのが事実上無限なのであるから、それに対する乗数を比較することに特に意味はないのかも知れないが、個人的には無限の濃度の発見者であるところのゲオルク・カントール先生にこれを見せて、ご見解を伺いたいところではある。
さて、次下に至って本章々題の由来が判明する。
迦葉よ、そこには、この同じ“普明”という名号をもつ五百人の如来が出現されるであろう。なぜかというと、五百人の大声聞たちが順次に阿耨多羅三藐三菩提を悟り、そのすべての者たちが同じく、“普明”という名前の如来となるであろうから。
えっ、まさかの名号ネタ切れ!?
しかも、章題の由来はわかったが、釈迦が授記しようとしたのは千二百人ではなかったか。残る七百人はどこへ行ったのだろうか。その答えは、以降しばし続く粉飾語句の末尾に現れる。
迦葉よ、そなたは、今日ここにおいて、自在を得たすべての五百人のものたちと、また、私の他の声聞たちをも、このようなものであると知るべきである。そして、いまこの集会にいない七百人の他の声聞たちにもこの予言のことを説いてやるがよい。
……なんだかなぁ。っつーか、授記の冒頭で千二百人の阿羅漢たちが、いま、私の前にいるって言ってなかったか?
なにはともあれ、続いて、直接に受記を得た五百人の阿羅漢が釈迦に謝辞を述べるのであるが、ここでようやく本題となる
*
比喩、たとえ話というものは、当然のことであるが、それをやり取りする者同士が暗に共有している文化コードに依存している。
文化が共有されていない場合……二千年前の法華経執筆者と現代の我々の場合、まさにそうであるが……まったくその意図が伝わらないか、あるいは、まったく違う意味で伝わってしまうこともありえるし、逆に、その含意するところが別の方法で伝わっている場合、背景にある文化を遡って類推することもまた可能になる。
世尊よ、たとえば、ある男がある親友の家を訪れて酒に酔いしれるか、寝こんでしまったかしている間に、その親友が「この
いささか冗長ではあるが、以上が法華七喩の第五、衣裏繋珠の譬喩の全容となる。本章末では再び偈で以って同じことが言われる。さて、この譬喩の含意するところが理解できるだろうか。まずは、法華経が書かれた時代・場所と我々のそれのずれから来る違和感を、雑把に解消しておくことにしよう。
まず、法華経が書かれた紀元1世紀頃、我が国にはもちろん貨幣経済などというものは存在しなかった。が、上引用の物語から、当時のインドには貨幣経済が存在し、それは他国へいっても通用するものであること、また、耕作地を私有しない者が他国へ行って、労働によって衣食を得ることが出来る程度には習慣が共有された社会連合が存在したこと、がわかる。
さらに、無価の宝珠……ここでいう無価は、価値がない、ではなく、値段を量り知ることができ無いほど高価な、の意である……というような、直接は衣食住に関係しない物品であるにもかかわらず、その希少性で以って貨幣に代えることができたこと、また、他国への旅に際して、そういった宝玉や貴金属を衣服の中に隠し持ち、以って緊急の支出に備える習慣があったことも見てとれる。
加えて、彼らが、現代の日本人が考えるほど不労所得というものに嫌悪感を抱いておらず、むしろ労働を忌避していたことも読み取れる。少なからず我々には、働かずして得た衣食よりも、手に汗して得たそれを尊ぶ……これは無論、他者の不労所得に対するやっかみでもあるのだが……傾向があるが、当時のインドの人々、少なくとも仏典を弄ぶような社会階層の人々は、働かずに生活の用が得られるのであればそれに越したことはない、と考えていたようである。これは、同時代的に貨幣経済を有していた古代ローマ帝国の支配層にも通じる価値観とも思われるが、これがインドのいわゆるカースト全階層に共有されていたのか、についてはいささか疑問ではある。
さて、法華経に登場する譬喩は、たとえ話だけが暗喩として投げっ放しにされることは稀であり、大抵は何を言わんとするかが前以て述べられた後に、その説得力を増す目的でたとえ話が持ち出される。本章のこれも同様であり、幸いにして我々は、この物語の書き手がこの譬喩を通して何が言いたかったのかを、ほぼ正確に知ることが出来る。
ここでは、発言者は釈迦ではなく、受記を得た五百人の阿羅漢である。上記のたとえ話は、受記に対する彼らの謝辞に含まれているのだが、この謝辞は彼らの自己批判から始まる。曰く「我々は涅槃を得たと思い上がっていたが、それは真の涅槃ではなかった」と。おわかりかとは思うが、彼らが得たと思い上がっていた涅槃は、すなわち、二乗であり、真の涅槃とは、如来の密意、一乗真実ということになる。つまり、たとえ話のある男は狭くは五百人の阿羅漢、広くは声聞・独覚とされた人々全般を指しており、その親友が狭くは釈迦、広くは仏陀である。ということは、親友が男に与えた宝珠こそは無上の覚り、阿耨多羅三藐三菩提を表象していることになる。ここまでは、いわゆる三乗方便一乗真実の教説を敷衍するもの、として容易に理解できる。
この譬喩の注目すべき点は、男が宝珠を無自覚なまま受け取り、あろうことか自身の衣の裏に縫いつけたままそのことに気付かずにいた、とされる点である。これは直接的には、法華経教団が、彼らの奉じる如来の密意が、彼らの手前勝手な創意によるものではなく、伝統的に蓄積された仏典の中に隠されていた真理なのであり、対立声聞衆はそれを受け取っていながら気付いていなかったのだ、とする主張を含意している。この主張の真偽、つまり、法華経以前の仏典群から法華経の主張が必然的に抽出されるか、という命題の真偽はひとまず置こう。
このような譬喩を使うからには、少なくとも法華経教団は、人があるテキストを自身で弄びつつその含意するところに自覚がない、という状況があり得ることに気付いていた、ということになる。
自分で話したり書いたりしているコトの真意に自覚がない、などということがあり得るのか?という疑問を持つ読者もいるかも知れないが、あなたがそのように考えるのは、ある程度完成した知を一方的に教授される教育制度に慣れ過ぎているからである。本来的に知というものは、ある水準に定式化された時点で、まだ諸人はもちろん定式化した本人ですら気付いていない新たな知への鍵を潜在させている場合の方がむしろ多い、と言うか、その知が真に知であれば確実に潜在させている。
この文脈では不適切な譬喩か、と思いつつ書くが、たとえば、特殊相対性理論は後の一般相対性理論を含意しているが、アインシュタイン本人がそのことに気付いた……おそらく着想はそもそもあったのだろうが、具体化する方法を見出したのは、と言った方が厳密には正しい……のは、一般には特殊相対性理論発表の二年後だと言われている。これは、あるテキストの含意を他ならぬ本人がさらに掘り下げた、ある意味で稀有な例と言える。
ゲーデルの不完全性定理は、後に多くの情報科学系の定理と等価になることが判明する……というか、ゲーデルのそれが一つの道標となって、種々の応用場面においてどのような意味を持ち得るかが次々に明らかにされていったワケだが……が、不完全性定理を定式化した時点でのゲーデルがそのようなことを予見していたワケでは決してなく、むしろその瞬間の彼は、単にダヴィッド・ヒルベルトの出した小難しい宿題を生真面目に解いただけだった。
これらの世紀の天才たちですらそうであるのだから、余人については何をか言わんや。
法華経は所詮は文学的思弁の産物であり、アインシュタインやゲーデルの例と対比するのは適切でないとは思うが、定式化された知、という意味では、数学的厳密さを欠くことを除けば、似たようなものである(暴言)。そして、アインシュタインやゲーデルがそうであって、ゆえに自身の業績から更に新たな知を見出していったように、法華経を書いた人々も、人があるテキストを自身で弄びつつその含意するところに自覚がない、という状況があり得ること……つまり、これは“メタ知”とでも呼ぶべき、きわめて現代的な概念なのであるが……には気付いていた。
気付いていたのではあるが。
彼らは、このメタ知認識を、仏教の理解を巡って対立する他派に対して論破のためのみに適用し、自分たち自身の教説もまたそうであり得る、ということに、どうも終始気付かなかったのではないか、というのが本章の転読を通してボクが言いたかったことになる。
たとえば、本章に限って言えば、授記、すなわち得阿耨多羅三藐三菩提の前提要件に“共感”が見出せることを指摘した。実際、法華経全体を通して「法華経の詩句に歓喜する」という表現は数え挙げるのが躊躇われるほどに多用されており、彼らがそのことに重きを置いていたことが読み取れる。そして、これは現代的な教育学の知見、すなわち、教育とは先達が後続に一方的に知を与える行為、なのではなく、教育者と被教育者が共感して分かち合い高め合うものである、とする観念とほぼ等価なのであり、そのような意味において、法華経を書いた人々には二千年の先見の明があったのである。
が。
法華経のどこを探しても、この共感や歓喜をメタ的に論じた箇所はなく、ただ歓喜すれば素晴らしいということが延々と繰り返されるがゆえに、後世に法華経は「自画自賛するだけで中身がない」との批判に晒されることになったのであり、また、少なくないその末裔=今日の仏教者が、ただただ何となく有り難そうな漢文のお経を対価を得るべく葬式で音読するのみの存在に成り下がり、社交辞令程度のお悔やみを述べるのみで、日常的に共感や歓喜をシェア出来なくなってしまったのも、突き詰めれば、法華経執筆者たちが自分たちの教説に含意されていることを定式化し切れず、中途半端に放置した結果なのである。
逆の例を挙げれば、同じ稿で触れたが、受記を得る者の前世譚を捏造することは、書いた本人たちからすれば敬慕する<仏教>の先達の遺徳を称揚する修辞に過ぎなかったであろうが、それを文字通りに読む後世の者からすれば、不可知の前世に成仏の因があるのであれば、自分如きに、あるいは虫の好かないアイツなんかに、成道など不可能ではないか、と思わせてしまっているのであり、事実、たとえば法然が法華経を
つまり、法華経を書いた人々は、自分たちが創作したテキストの含意を十二分には消化し切れていない。本章のたとえ話で言えば、衣裏繋珠を語っている当の本人が、自分自身の衣裏繋珠に気付いていないのである。これ以上に皮肉な話があろうか。
だがしかし。
ボクが言いたいのは、これを以って「法華経は思索不徹底な駄作だ」という話ではないのである。
狭く法華経に限って言えば、第三期の書き手が第二期までの法華経に内在はしているが不徹底な問題に気付き、第十九章“常に軽侮しない”において補完をおこなったことは既に指摘した通りである。気付いている人はちゃんといたのだ。だからと言って「ゆえに法華経は素晴らしい」と言いたいワケでもない。
ボクが言いたいのは、それが法華経であれ不完全性定理であれ、そのままで完成した知、それの真偽正否のみが問われる知、というものは存在しないのであって、どのようなテキストにも衣裏繋珠は隠されているのであり、それを見出すのは、テキストの書き手よりはむしろ、読み手の責任なのだ、ということである。もちろん、論外なテキスト、というものも世の中には多数存在するが、それはそれ、としよう。
前述したように、現代の我々は、ある程度完成した知を一方的に教授される教育制度に慣れ過ぎているがゆえに、日々触れる情報に対し、短兵急にその真偽正否のみを問う思考様式にどっぷり浸かっている。が、ことさらボク如きが指摘するまでもなく、これは知の在り様として決定的に間違っているのであって、いかなる知であれ、そこに含意され未だ定式化されていないものを発掘するのは、過去からの知の遺産を継承するものの義務であると同時に権利なのである。
といったようなコトが、ボクが発見した衣裏繋珠である。コレが言いたかったwww
以上を以って、法華経第八章“五百人の比丘に対する予言”の
ここまで法華経全二十七章中の九章を
法華経が三期に分けて考えることが出来るのに倣い、本連載もここまでの9話を、言わば法華経の“解読篇”として一区切りを設け、次話からは、また異なる視点で以って
と言うわけで、次回法華経転読シーズン2“お笑い篇”にご期待あれかし。