第1話 成仏大安売り……第十章“法を説く師”
記念すべき(?)第1話は、法華経第十章“法を説く師”(妙法蓮華経
日蓮著『
又、伝教大師、八幡大菩薩の奉為に神宮寺に於て、自ら法華経を講ず。乃ち、聞き竟て大神託宣すらく「我法音を聞かずして、久しく歳年を歴る。幸い和尚に値遇して、正教を聞くことを得たり。兼て我がために種種の功徳を修す。至誠随喜す。何ぞ徳を謝するに足らん。兼て我が所持の法衣有り」と。即ち託宣の主、自ら宝殿を開いて、手ら紫の袈裟一つ、紫の衣一を捧げ、和尚に奉上す。「大悲力の故に幸に納受を垂れ給え」と。是の時に、禰宜・祝等各歎異して云く「元来、是の如きの奇事を見ず、聞かざるかな」此の大神施し給う所の法衣、今山王院に在るなり。
冗長になるが、語意を補いつつ現代語訳してみよう。
また、伝教大師=最澄は、八幡大菩薩へ奉るために宇佐の神宮寺において、自ら法華経を
念のために言っておくと、以上の出来事が歴史的事実であるはずがないし、そもそも、この記述の真実性自体はどうでもいい話だ。注目すべきは、このような言説が何者かによってなされ、語り継がれ、何らかの説得力を以って通用した、という点である。
扶桑略記の成立は11世紀末、日蓮が八幡抄を書いた時点(1280年)まで、およそ200年の開きがあるし、さらに元ネタであると考えられる『傳教大師傳』まで遡れば、少なく見積もっても300年を経た伝承である。いくら現代とは時間の流れ方が異なる中世の話とは言え、これだけの期間を経てなお有効な伝承というのは、それだけ人の心を捉えていたことの証しであろう。
さて次に、これを引いた日蓮が、それをどのように読んだのか、諫暁八幡抄の続く一節から読み取ってみたい。
法華経第四に云く「我が滅度の後に、能く竊に一人の為にも法華経を説かん。当に知るべし。是の人は則ち如来の使なり。乃至如来、則ち衣を以て之れを覆い給うべし」等云云。当来の弥勒仏は、法華経を説き給うべきゆへに、釈迦仏は大迦葉尊者を御使として衣を送り給ふ。又伝教大師は、仏の御使として法華経を説き給うゆへに、八幡大菩薩を使として衣を送り給うか。
ここでも手間を惜しまず現代語訳しておくことにする。
法華経の第四巻にこうある。「私=釈迦が死んだのち、ひそかにたった一人に対してのみでも法華経を説く人がいるとすれば、その人は如来=釈迦の使いであると知りなさい。如来は衣でもってその人を覆うことでしょう」と。未来において仏となる
法華経第四とあるのは、第四章のことではなく、伝統的に八巻の巻物として書写された妙法蓮華経の第四巻のことを言っていて、ここに本稿で取り上げるところの法師品第十が含まれる。そこからの引用は、日蓮は一続きのように書いているが、実際には我滅度後~則如来使と乃至如来~覆之は、
続く弥勒云々の下りは法華経由来ではない。日蓮が自身の典拠を示していないので断言はできないが、一般には『
なお、仏本行集経を素直に読む限りにおいて釈迦が迦葉に与えた衣は、八幡神が最澄に与えたとする紫……伝統的に最高位を示す貴色である……の衣、ではなく、“
いささか脱線が過ぎたが、つまるところ言葉は悪いが、日蓮の言っていることは“衣”つながりの語呂合わせ、ということになる。このエピソードの意味合いは、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
とまれ、日蓮は、おそらくは天台教学の伝統的な解釈に則って、法師品には、釈迦の死後に法華経を説く者は如来使であり、仏はその人を衣で覆うのだ、とあるし、この話は弥勒伝衣の話とも通じるので、釈迦の垂迹である八幡神もまた、法華経を説く最澄に衣を与えたのだ、と考えたのであり、これは、そもそもの八幡賜衣伝説を創作した人……おそらくは最澄にそう遠くない弟子筋の誰か……も、ほぼ同様の連想からこのエピソードを大師傳に盛り込んだのだろう、と考えることは出来る。
では、そもそも法華経第十章“法を説く師”は果たしてそういうことを本当に言っているのだろうか、違うとしたら本当は何を言っているのだろうか、を読み解くのが、法華経
なお、念のために申し添えておくが、ボクがやりたいのは、大師傳作者や日蓮が法華経を読み間違えているという指摘、では決してない。法華経成立と日蓮の間には千年の時間の隔たりがあり、この間にその意味合いが変化するのはむしろ当たり前のことであり、逆にまったく変化していないとしたら、そこにこそ超自然的な何かを見出さねばならないことになる。
法華経と、それに連なった人々の言行を突き合わすことでわかるのは、究めれば以下の二点に尽きる。
第一には、およそ二千年前にこういう不可思議な話を書き残した人たちがいた、ということ。第二に、その不可思議な話に、千年乃至は二千年の時を超えて続く人々に何かをさせる力があった、ということ。これらについては疑いようのない歴史的事実である、というのがボクの認識……あるいは、これを“信仰”と言うべきであるかも知れないが……である。
そして、言うまでもなく、ここで“何かをさせる力”と呼ぶそれは、超常的・神秘的な何かを観念しているワケではまったくない。むしろ、それらのテキストを書いた人たちは我々と同じ、喜怒哀楽も希望も絶望も普通に抱え込んだ人間である、という前提の元、その人たちが我々よりも少しだけアレゲな世界へ踏み込んで書き記した言葉が発端となり、そこから生じた連鎖反応を持って“何かをさせる力”と便宜上呼んでいるに過ぎない。そしてボクは、キリスト教の聖書その他の宗教テキストもまた、まったく同じ認識で読むものである。
たとえば、今日は全世界的にクリスマスらしい*2が……そういう日にボクはいったい何を書いとるんだ、という気も今更ながらするのであるが……知っている人は知っているように、本日を以ってイエス=キリスト生誕の日とする根拠、さらにはその生誕を皆で祝わねばならない理由、は、実はキリスト教信仰のセントラルドグマ的には特にないのであって、これはキリスト教が汎地中海世界化していく過程において、偶然の連鎖が生み出した代物に過ぎないのであるが、それが現在において、こうして読者諸兄をしてクリスマスを祝わしめているのであり、これをボクは“何かをさせる力”と呼んでいるのであって、そこには、我々が意識上で認識しているものとは別に、意識下に訴えかける普遍的な何かが潜んでいるに違いないのであるが、普通の人はそこを敢えて自覚的に意識しようとはしないのである。
ボクが“趣味的に”強く関心を抱くのは、まさしくその意識下の部分、テキストや伝承の目に見える部分の底に埋もれてしまい、良くも悪くも我々の思考様式を束縛しているにも関わらず、その正体が莫として掴み難い何か、の、わずかばかりの掘り起こしである。その中でも本稿で以って法華経を取り上げるのは、特に法華経が優れているから、という理由ではなく、単にボクの個人史においてたまたま縁が深い経典であったから、であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ、と諒されたい。
以上、前置きが長くなったが、ここに述べたような視座を踏まえて、法華経第十章“法を説く師”を読み進めてみよう。
*
そのとき、
法華経第十章“法を説く師”は上引用の書き出しではじまる。世尊、すなわち釈迦が薬王菩薩摩訶薩を代表とする八万人の菩薩……設定上、他に無数の聴衆がいることになっている……に語ったとされること、が第十章の内容、ということになる。
いきなりの脱線で恐縮なのであるが、以降の内容を理解する上でどうしても必要になると思われるので、まず、そのとき、つまり、法華経第九章が終わった時点までに、どのようなことが語られているか大雑把に触れておきたい。
大前提として、法華経を書いた人々が、“仏”というものを“成る”ものだと考えていたことを抑えておきたい。つまり“成仏”とは、現代の標準的な日本人が考える“死ぬ”の意ではなく、法華経においては文字通り“仏に成る”の意であったということである。同じことを漢訳の妙法蓮華経では
これは阿耨多羅三藐三菩提を得る、ということだが、阿耨多羅三藐三菩提はサンスクリット語のアヌッタラ・サムヤク・サンボーディの音写で「無上の正しい覚り」ほどの意となる。つまり、彼らにとって仏とは、それが具体的にどのような覚りであるかはともかくとして、無上の正しい覚りを得た人、のことであり、同時に、どのようにしてかはともかくとして、その無上の正しい覚りは、得ることができるもの、と観念されていた。
この見解は、必ずしも<仏教>史を通じて絶対普遍的なものではない点に注意が必要である。狭くは、仏とは歴史的実在としての釈迦のみを指す、と考える人々がいた。もう少し広く考えて、釈迦が説いたとされる仏典に描かれる超越的な存在のみを仏と考え、自分自身がそれになるとは夢にも思わなかった人々もいた。また、無上の正しい覚りを得ることで仏となることが出来るのだ、と考えてはいるものの、同時に、それは普通の生身の人間には決して到達不可能なものだ、と考える人々もいた。
つまり、法華経を書いた人々には、同じ<仏教>の中に、見解を異にする論敵がいた、ということである。
一方で、当時の仏教者の間で概ね共通見解として共有されていたことのひとつに、普通の人間が仏に近づく方法として、以下の三つがあるという認識がある。今後も頻出する語句となるので、その三つにここで触れておきたい。
第一に
第二に
第三に菩薩。冒頭に登場した薬王菩薩もそのような人物とされるワケだが、これは、自分が仏の悟りを得ようとするよりも、むしろ他者のそれを支援したり、あるいは直接的に救済することを通じて、自身を仏に近づけていこうとするアプローチを取る人々をいう。
第九章までの法華経は、この互いに相異なる三つのアプローチを統合する試みになっていて、直接的には釈迦の言葉で以って……もちろん、本当に釈迦がそういったのではなく、法華経を書いた人が釈迦の言葉を騙ってそう主張するのであるが……声聞、独覚、菩薩それぞれの道を極めた人に対し「あなたは未来に仏になるだろう」という予言を与える、という体裁になっている。この予言を
さて、第十章に話を戻す。
釈迦は薬王菩薩たちに対し、ここに集まった声聞、独覚、菩薩、その他の人々、さらには人間ではないファンタジックな存在諸々が、第九章までを聞いているのを見ていたか、と問いかける。これに対し、薬王菩薩が「見ております」と応じる。この釈迦の問いかけを聴衆が追認する、というやり取りは、やはり法華経の中で頻出する修辞で、語られている出来事の事実性を強調すべくやっているようだ。もちろん、現代的な感覚で言えば何の証明にもなっていないのであるが、少なくとも当時のインドではこれでよかったらしい。
そして釈迦は語りだす。
薬王よ、彼らはすべて菩薩摩訶薩であり、この大衆の中にあって法華経の一詩句を聞くか、一句を聞いただけでも、あるいは、一度でも
ちなみに、同じ部分の妙法蓮華経を引くと、
如是等類咸於仏前。聞妙法華経一偈一句。乃至一念随喜者。我皆与授記。当得阿耨多羅三藐三菩提。
となって、前述した得阿耨多羅三藐三菩提のフレーズがここにも登場していることを確認することができる。
さて、これは何を言っているのか。
一言で表現するならば、言葉は悪いが「成仏の大安売り」とでも言うべき言明である。これを素直に信じるならば、たとえば今、得阿耨多羅三藐三菩提という法華経最頻出フレーズの一つを知ったあなたも、それを語ったボクも、まさに得阿耨多羅三藐三菩提してしまったことになる。そんな単純なことでいいのだろうか。結論から言ってしまえば、それでいいのだ、というのが法華経の基本スタンスである。
が、追々触れることになるが、同時に法華経は、普通の人=俄かに成仏することが出来ず現世において種々の苦しみの中に生きて行かざるを得ない人々は、この単純明快な言明を信じることが出来ないがゆえに、種々の苦しみの中に生きて行かざるを得ないのだ、という循環論法を、手を変え品を変え繰り返し説く経典でもある。
とまれ、ここではその意味に深入りはせずに、ともかく法華経にはそう書いてあるのだ、法華経を書いた人たちは、どこまで本人たちが本気であったかはともかくそういうことを主張していたらしい、とだけ理解して先へ進もう。
続けて釈迦はこうも言う。
薬王よ、
また出てきたでしょwww
それはさておき、先の引用とほとんど同じことを言っているのだが、実はかなり異なることを言っている。着目点は如来が入滅されたのちにであり、やはりこれも法華経中の頻出フレーズの一つになるのであるが、要するにこういうことだ。
言葉通りに受け取る限りにおいて、法華経が書かれた時点であっても、法華経に書かれている出来事は、釈迦本人が語る体裁を採っている以上、遠い過去の出来事なのである。妙法蓮華経では前引用部に於仏前という句があるが、これは「仏=釈迦の前において」と読めるから、釈迦その人に神秘的な力があって、その釈迦が語る法華経の一句なりともを聞くがゆえに阿耨多羅三藐三菩提を得るのだ、という解釈をすることが出来る。
と言うことは、昔は釈迦がいたから成仏することが出来たけれども、今はもう釈迦はいないから無理だね、ということになってしまう。
が、もちろん法華経を書いた人が言いたいのは釈迦の神秘性ではないのである。如来=釈迦が入滅=死んだのちに、というのは、法華経を書いた人たちにとっての現在なのであり、そこに釈迦本人はいないのであるが、その状態にあっても、法華経テキストのたった一詩句を聞いただけで阿耨多羅三藐三菩提を得るのだ、というのが、彼らの真の主張なのである。
つまり、ここに法華経教団……法華経執筆グループをこう呼ぶことにしよう……の二つの信念を知ることができる。
第一に、釈迦その人に唯一無二特別の神性があるのではなく、その説いた内容、法華経教団にとっては自ら創作したところの法華経々典、にこそ唯一無二特別の神性があるのだとする考え方である。字面上は、絢爛豪華な仏菩薩がてんこ盛りなので典型的多神教に見えてしまいがちであるし、それに連なる現代教団の多くも実態としてそうである法華経信仰であるが、少なくとも執筆者自身が尊ぶのは、自ら創作したそれらの仏菩薩といったアイコン、キャラクタ、ではなく、それらを通して表現される理念の方であり、そのような意味において、法華経信仰は本質的に無神論的であり、彼らが尊崇する理念が、漢訳経典のいう“法”、サンスクリットで言えば“ダルマ”ということになる。
第二に、他ならぬ彼ら自身がその法華経を創作したのであるから、法華経教団は、彼ら自身が阿耨多羅三藐三菩提を得たのだ、という強い確信を抱いていた、と言っていいだろう。そして、それをそのまま「ボク、阿耨多羅三藐三菩提を得ちゃった」と当時のインドで……これは現代だってそうだと思うが……主張しても誰も耳を傾けてはくれないので、彼らは釈迦の名を騙ってそれを表現するしかなかったのであり、こうして生まれたのが、今読んでいる法華経である、ということになる。
空恐ろしいことに、考えようによってはこれだけで法華経のほぼすべてを語ってしまったに等しいような気がしないでもないのであり、同時にそれは、ある意味において一詩句を聞いただけでも、あるいは、発心して随喜したとしても、これらの善男子あるいは善女人たちは阿耨多羅三藐三菩提を得るとの授記が、必ずしも空文でないことを証ししているように思わないでもないのであるが、だがしかし。
それがわかったから何だと言うのか。え、今、ボクもあなたも仏なん?阿耨多羅三藐三菩提を得たん?まったく実感が湧かないではないか。が、法華経教団の言い分に従えば、そのように素直に信じることが出来ず疑ってしまうことが、ボクやあなたが末代の凡夫である証し、ということになってしまうのである。
うーむ、一詩句でわかったような気もするけども、どうにも不十分なのでもう少し読み進めたいが、それをするってことは、一詩句で得阿耨多羅三藐三菩提だと断言する法華経を信じていないことになっちゃうじゃん、というのは自己矛盾も甚だしいのではあるが、そもそもボクの目指すところは得阿耨多羅三藐三菩提ではなく、単なるツッコミ芸なのであるから、そこは気にせずに読み進めていくのである、あははー。
*
法華経に限らず、仏典においては似たような内容を繰り返し述べる……つまり、リフレインである……ことで、その内容の真実性を強調する修辞が多用される。言い換えれば、仏教典というのはおしなべて冗長だ、ということであり、これを一字一句読む……これを
本稿は“
目下精読中の第十章においても、しばし「法華経の一句なりとも聞く者は成仏するのだ」という言明がぐだぐだ(ぉぃ)繰り返されるのであるが、少し毛色が異なる論述が登場するあたりから読みを再開することにしよう。
だれかある男子あるいは女子がこのように言うとしよう。「さて、いかなる
これも、ここまで言っていることと一見してほぼ同内容ではあるが、やはり一捻りが加わって新しい意味が付け加えられている。法華経を書いた人々が何を言いたいのか、については、ここで言われている未来世とはいつのことなのか、一詩句でも受持し書写するかの善男子あるいは善女人とは具体的に誰のことであるのか、を考えれば一目瞭然である。
法華経中の釈迦から見た未来世とは法華経教団にとっての現在であり、その現在の時点で法華経を奉じる善男子あるいは善女人とは彼ら自身のことに他ならない。要するに「オレたちこそが正しい覚りを得た、尊敬されるべき如来である」というのが彼らの主張、ということになる。より厳密に言えば、彼ら自身を含む、法華経に賛同する人々がそのまま仏なのだ、ということであり、これは前回述べた彼らの二つの信念の一方、阿耨多羅三藐三菩提を得たのだ、という強い確信、の裏返しの言明ということになろうか。
今一瞬「言葉の意味はよく分からんがとにかくすごい自信だ」という古いアニメの台詞が脳裏を過ぎったのだが、事実、古来より法華経に対する揶揄的な批判として「法華経は自画自賛するばかりで中身がない」というものがある。ここでいう“自画自賛”はまさにその通りで、上引用のような、釈迦やその他の仏菩薩の権威で以って遠回しに自分たち=法華経教団を賞賛する表現が、法華経中には頻出する、というか、突き詰めればそれしか言っていない観すらあるのであるが、では“中身がない”のか、ということになると、それは本稿全体のテーマということになるかと思うので、ここでは拙速な結論は下さずにおくことにする。
以下、とにかく法華経を受持する者は尊敬されるべきだ……要するに、オレたちは尊敬されるに値するのだ……ということがぐだぐだと繰り返され、遂には以下のような言明に至る。
かの善男子あるいは善女人は阿耨多羅三藐三菩提を成就したものと知るべきであり、如来と等しいものであり、世間の人々を利益し慈しみあわれむものとして、誓願の力によって、この法門を広く説き明かすために、この
ピュアな信仰心で以って読めば、これは感動的な一節なのかも知れない。今目の前で法華経の一句一偈なりともを説いている人がいるとすれば、その人は本来は極楽浄土……厳密には違うのだが、仮にこうしておこう……で遊んでいてよい福徳の持ち主であるところを、そうでない人々を救うために、自ら望んで、敢えてどうしようもなくくだらないこの世に生まれて教えを垂れているのであり、それは仏様の慈悲ゆえなのである、と言っているのであるから。
が、ここまで述べてきたように、そのありがたい善男子あるいは善女人は、これを書いた本人たちのことを言っているのであるから、これを聞かされる側の立場としては、こんな恩着せがましい物言いもないのである。現代風に言えば「何、その上から目線!?」とでも言うべきか。
そして、この文脈に日蓮が『諫暁八幡抄』に引いた一節が登場する。
如来である私が入滅したのちに、この法門を説き明かす場合に、ひそかに内密に説くにしても、まただれか一人に対してであっても、この法門を説き明かし、知らしむるものは、如来の仕事をなすものであり、如来によって遣わされたものと思うべきである。
参考までに、妙法蓮華経の漢訳当該部を引くと以下のようになっている。
我滅度後。能窃為一人説法華経乃至一句。当知是人。則如来使如来所遣行如来事。
日蓮がこの一節を引いた意図が、伝教大師最澄こそが法華経を正しく解釈した人であること、ひいては日蓮自身がその正統継承者であること、を主張するところにあったのは明らかだが、こうして法師品原本の文脈の中でこの一節に至ってみると、幾分ニュアンスが異なることにお気づきいただけるのではないか、と思う。それをより鮮明にすべく、上引用に続く一節にも目を向けてみよう。
これに反して、薬王よ、ある悪人が悪心をもち、不善の心を起こし、害心をいだき、如来の面前で
非常に回りくどい表現になっているが、釈迦本人を面前で一劫……仏典で頻出する数万年に及ぶ長い時間の単位……に渡って罵倒するよりも、法華経を受持する人に一言悪口を言う方が罪深い、との主張である。一見して、前引用部に対して不自然なつながりになっているが、結局のところここで言うこのような法を説くものたちや、この経典を受持するものたちが、他ならぬこの文章を書いている本人たちだ、という前提で読めば、その背景がわかってくる。
つまり、何が原因かはここでは捨て置くとして、法華経教団の悪口を言う人が少なからず存在したのであり、彼らはそれを快く思っていなかったのである。そして彼らは、自分たちに対する悪口に対して真っ向から議論することを避け、釈迦の権威で以って、少なくとも彼らの教団内部的には封殺してしまおうとした、ということだ。
このように考えると、日蓮の引用部に含まれる、ひそかに内密に説くにしても、まただれか一人に対してであってもとの句の意図も明らかになる。要するに、法華経教団は、彼らの信念を大きな声で公言したりたくさんの人に対して演説すると、少なからぬ悪口が返って来ることを自覚していたのだ。この挿句は、その悪口に耐えられない教団メンバーに対するフォローなのである。
あくまでもボク個人の感想であるが、何と言うか、非常にちぐはぐな話である。
以上の読みが正しければ、法華経教団は、自分たちこそが阿耨多羅三藐三菩提を得た、人々から尊敬されるべき存在である、との、高慢なまでの自意識を有し、しかも、本来自分たちは仏国土に生まれるべき尊貴な存在であるにも関わらず衆生への慈悲ゆえにに自ら望んでこの世に生まれてやったのだ、とまで嘯く一方で、それを公言すると悪口で応じられると怯え、しかも相手に反論するでもなく内輪向けに「悪口言うヤツは罪深いんや」と言って自身を慰めていたことになる。
何じゃそりゃwww
いや、失敬。しかし、こうして書き出してみると、ここで言う法華経教団の人々がいかにも幼稚で愚かな人々に見えてしまうかも知れないが、これもあくまでもボク個人の見解である、と断った上で言うが、自身失笑しつつも、これを以って彼らを蔑む気にはなれないのである。というのも、上記のような自意識が自分自身を含む現代人全般にまったく無縁である、とは到底思えないからである。たとえば、他ならぬあなた自身が、上に示したようなことをまったく考えたことがない、と断言できるだろうか。
同時に、虚心坦懐に考えれば、そのような自意識を持つことでままならぬ現実の苦しさから、完全に逃れることはできないにしても、一瞬でも安らぎを得られるのであれば、それはそれで結構なことではないか、という気すらするのだ。実際、ちょっと本屋に行って平積みされている漫画やライトノベルをザッと眺めれば、似たような観念が法華経の授記よろしく大安売りされている、と言っても過言でないのではないか。
このことの是非はともかくとして、現代社会ではなく、二千年前のインドに生きた法華経を書いた人々が、自覚的にせよ無自覚にせよ、こういうことを書き遺していた、ということは注目に値する、とボクなどは思う次第である。
*
ここで、冒頭からここに至るまでの内容を要約した韻文、いわゆる“
存外、やたらと歌って踊るインド映画の原点はここにあるのかも知れない、というのは冗談だが、ここで脱線して、漢訳経典では原典にならって漢詩……厳密には意味内容を優先して韻が無視されるので漢詩になっていないのだが……で表記される偈の意味合いについて少し考察を加えておくのも無駄ではあるまい。
参考までに、妙法蓮華経法師品第十の最初の偈を以下に引いてみよう。
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。
若欲住仏道 成就自然智 常当勤供養 受持法華者
其有欲疾得 一切種智慧 当受持是経 并供養持者
若有能受持 妙法華経者 当知仏所使 愍念諸衆生
諸有能受持 妙法華経者 捨於清浄土 愍衆故生此
当知如是人 自在所欲生 能於此悪世 広説無上法
応以天華香 及天宝衣服 天上妙宝聚 供養説法者
吾滅後悪世 能持是経者 当合掌礼敬 如供養世尊
上饌衆甘美 及種種衣服 供養是仏子 冀得須臾聞
若能於後世 受持是経者 我遣在人中 行於如来事
若於一劫中 常懐不善心 作色而罵仏 獲無量重罪
其有読誦持 是法華経者 須臾加悪言 其罪復過彼
有人求仏道 而於一劫中 合掌在我前 以無数偈讃
由是讃仏故 得無量功徳 歎美持経者 其福復過彼
於八十億劫 以最妙色声 及与香味触 供養持経者
如是供養已 若得須臾聞 則応自欣慶 我今獲大利
薬王今告汝 我所説諸経 而於此経中 法華最第一
前置きなしにいきなりこれを見せられると読む気も起こらないかとは思うが、曲がりなりにもここまでの内容を大雑把に押さえてきた今では、読もうと思えば読み通せるのではないか、と思う。
たとえば書き出しの爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。は、お経として音読する際は「にじせそん。よくじゅうせんしぎ。にせつげごん。」と読む。書き下せば「そのとき世尊、重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく」となり、「そのときお釈迦様はもう一度大切なことを伝えるために、以下の詩を詠まれました」ほどの意味になる。ほとんどの偈は、この書き出しを伴う*3。
しかし、どうして仏経典はこのような冗長な記述を敢えておこなうのだろうか。
まぁ、これはちょっと考えてみればわかることだが、我々がこれを冗長と感じるのは、全世界史中、例外的に異様に識字率の高い社会に住む我々が、お経を「読み物」と誤解しているからである。現代日本でも葬儀がその様式を保っているが、元来、一般庶民にとってお経は「聞く物」なのだ。
マルチメディアの刺激に慣れ親しんでしまった今日の我々としてはなかなか実感が湧かないものの、少なくとも法華経を含む大乗経典が成立した当時のインド、漢訳経典を手にした時分の中国大陸、そして朝鮮半島を経てそれを紹介された当時の日本において、韻文の朗読は散文のそれに比べて、聞き手にとってはより強く印象に残るものであり、詠み手にとってはより暗唱しやすい、というメリットがあった。偈は、その名残*4なのである。
そして、これを踏まえて考えると、一詩句でも受持し書写するかの善男子あるいは善女人を尊敬すべきであるという自画自賛の主張も、また異なる意味合いを持つことになる。字面のみを追うと、この主張はさも法華経教団が「オレたちにタダ飯を食わせろ」と言っているように見えるし、事実そういう要素もあったとは思うが、同時にこれは、必ずしも識字率の高くない社会において仏典の内容を世代を超えて伝承していくには、その暗唱を専業とする一定の人々を養う必要があったことが反映されているのだ。
もちろん、仏典にそこまでして伝承していくほどの価値があるのか?という問いは別途存在する余地がある。が、ボク個人の価値観としては、すべての人が血眼になって少しでも良い食べ物、美しい衣服、快適な住まいを得ようと競う社会よりは、その一部の人々がそういった競争から離脱した上で、過去から伝えられてきた伝承の維持に専従する見返りに最低限の衣食住は保障してもらえる社会の方が、文化的には豊かであろう、と思う……のであるが。
前掲の偈に続く本章後半部を読むと、そうした法華経教団の理想とは異なる現実が見えてくるのである。続けて釈迦……念のために言うが、本物の歴史上の釈迦ではなく法華経教団を代弁するキャラクターに過ぎない……は、過去、現在、未来に渡り自分は多くの法を説くのであるが、と断った上で以下のように続ける。
それらすべての法門の中で、定めて、この法華経こそはすべての人々にとって受け入れがたいもの、すべての人々にとって信じがたいものである。(中略)この法門は、如来である私のいる現在においてすらも、多くの人々からそしられた。ましてや如来が入滅したのちの世においては、なおさらのことである。
天台法華教学においては妙法蓮華経のフレーズから
そして、ここで日蓮が『諫暁八幡抄』で引いた残り半分のフレーズが登場する。
如来が入滅したのち、この法門を信じ、
上引用の結句、妙法蓮華経では如来則為以衣覆之と記されている部分が日蓮の引用部になる。やはり、日蓮の引用意図と原典の文脈上の意味は、微妙にニュアンスが異なっていることがわかる。日蓮は、法華経の意図を正しく解釈した者に対し如来が衣で覆うことで報いるのだ、という意味合いでこの一節を引いているが、原典が言いたいのは、これを書き広めている我々は如来の衣に覆われているのだ、との主張である。何とも皮肉なことではないか。
しかも、実は本章中、妙法蓮華経ベースで五百文字ほど後に、法華経を書いた人々がここでいう“衣”にどういう意味を込めていたのか、ちゃんと説明されているのだ。
その菩薩摩訶薩は、如来の室に入り、如来の衣をまとい、如来の座に坐して、この法門を四衆に説き明かすべきである。(中略)如来の衣とは何であるのか。すぐれた
この部分は、後に天台教学において“
と言うワケで、第1話のテーマに掲げたところの「八幡賜衣伝説と法華経法師品第十の関係は?」の答えは明らかになった。
確かに元ネタではあるかも知れないが、語呂合わせ以上でも以下でもない……身も蓋もないが、これが事実であろう。一方で、最澄をして空海との布教競争に敗北せしめ、日蓮をその独特の排他的な境地へと追いやった、よく言えば潔癖主義、悪く言えば被害妄想の源泉が、その原典たる法華経に確かに刻み込まれていることもまた、確認できたワケである。まぁ、そんなの精読なんかせずともそうに決まってるじゃん、と言われればそれまでなのだが、この作業が楽しいんだから仕方がないのである。
*
本章における“如来の衣”が、法華経教団が外部から受けていた論難に対する観念的なバリアを象徴していたことは以上の通りである。
では、彼らはどのような論難を受けていたのであろうか。紀元1~2世紀頃から釈迦在世に遡って書かれている法華経には、直接的にそれについての記述があるワケではないが、本章次下の内容から、書き手の本音を類推することは可能である。
大地のある場所で、この法門が説かれたり、示されたり、書写されたり、書写されたものが経巻とされたり、読誦されたり、たたえ歌われたりするとしよう。薬王よ、大地のその場所には高くて広壮な宝珠づくりの大きな如来の塔が造立されるべきであるが、そこに如来のご遺骨を安置する必要はない。それはなぜかというと、そこには如来の
ここまで述べてきたように、法華経教団は、釈迦その人に特別な聖性が備わっているとするのではなく、その説いた教え、
ここであらためて仏舎利信仰について概説しておくと、仏舎利=釈迦の遺骨……とされるもの……に特別な聖性があるとして、これを納めた塔を信仰の中心とする形態であり、現代の我々が故人の遺骨に墓碑を添えて恭しく扱うのも、直接的にはこれに由来している。法華経成立時分のインドにおいては、出家者集団はそれぞれに分骨を受けた仏舎利塔を拠点に活動をするのが普通だった。直接の影響関係はないと思われるが、奇しくもこの嗜好はキリスト教における聖遺物信仰と軌を一にしている。
上引用から伺い知れるのは、どうも法華経教団はその仏舎利を欠いていたのではないか、ということである。比丘=食を乞う者である彼らは、本質的にその生活の糧を在家からの喜捨に依存していたが、もちろんその喜捨は無限に存在するワケではないから、<仏教>について異説を構える出家者集団同士は、その喜捨を奪い合う競合相手となる。このとき、それが本物であれ贋物であれ仏舎利を所有していない、というのは、自身が尊敬されるべき=衣食住が保障されるべき比丘である、ことを主張する上で圧倒的に不利だったと想像される。
法華経の言う「個人としての釈迦ではなく、その説いた法・理念にこそ仏教の神髄がある」とする主張は、現代的な感覚からするとむしろ仏舎利信仰よりは進歩開明的な言明であるように見えるワケだが、穿った見方をすれば、仏舎利を欠いた法華経教団が、その日の飢えを凌ぐために苦し紛れに編み出した詭弁であった可能性も否定できないのだ。
この法門を聴聞しない限り、彼ら菩薩たちは、ほんとうには菩薩の行によく通じたものではないのである。しかし、この法門を聞き、聞きおわって信受し、深く志を興し、よく理解し、受持する人々は、そのとき、阿耨多羅三藐三菩提に近づいたもの、近くにいるものとなるであろう。
彼らはさらに一歩踏み込んで、仏舎利を所持する教団であっても、法華経を受容しないのであればそれは悟りから遠ざかるのだ、とまで主張している。本章ではこのことを表現するのに、今日において“
ここで言うこの法門を聞き、聞きおわって信受し、深く志を興し、よく理解し、受持する人々というのは、出家者集団に食べ物を届けてくれる人々であり、この文脈における近づくべき阿耨多羅三藐三菩提とは法華経を書いた出家者のことであるのは明らかだから、要するに彼らは、在家からの衣食住の提供の独占を目論んだのだ、と見做されても無理はあるまい。しかもそこに“穿井の譬喩”が添えられているのであるから、これは単に彼らが「そうであればいいな」と消極的に望んだことではなく、かなり本気で「他説を唱える連中に麦一粒も残すまじ」と積極的に取り組んでいた試みであることがわかるのである。
同様の意図からか、本章末では(1)法師=法華経を説く者が大衆の中にあるときは、釈迦がその支持者を周囲に遣わすだろう、(2)法師が山林で孤独に修行するときは、釈迦本人が現れて助けるだろう、と述べられている。ここまで論じたことを踏まえて考えれば、(1)は法華経教団のシンパに対するリップサービス……あなたたちは釈迦に遣わされた方々なのです!……であり、(2)は後日に新たな奇跡譚を捏造するための前振り、ということになろうか。いずれにせよ、一見有り難い法門を説いているかのように見えて、彼らが教団経営に腐心していることが透けて見える。
さて。
法華経教団が、仏舎利信仰を無視して万人の成仏可能性を主張したがゆえに既存権威から攻撃された、がゆえに反撃したのか、それとも、法華経教団が在家からの喜捨を独占しようとしたから他教団から反撃を受けたのか。その前後関係の真相は定かではない。が、背景にこのような事情があることはほぼ間違いないだろう、とボクは考えている。考古学的な証拠を以って主張しているワケではないから、この解釈が唯一無二だ、などと言うつもりはないが、少なくとも、法華経は神秘の釈迦の直説であり、ゆえに皆是真実なのである、との主張よりは、手前味噌ながら蓋然性が高いだろう。
一方で、法華経執筆者たちの並外れた想像力・構成力・筆力は認めざるを得ない。現代の知見を通じて振り返ればこそ彼らの隠された本音が透けて見えるが、法華経成立当時の人々、天台大師や日蓮の視点から、これらを見抜くことは困難であったろう。さらには、実は冒頭で引用した、彼ら自身が仏舎利を所有していなかったことへの言い訳の記述は、続く第十一章への伏線を兼ねていて、本連載の序で紹介した“宝塔の出現”は、この直後に起きるのであり、しかも、その種々の奇瑞すべてが第十五章で示される“
法華経成立時分の我が国では、まだ文字すら存在せず、かろうじて稲作が始まったばかりであったことを考えれば、同じ時代のインドに、こういう良くも悪くも破天荒な物語を編み、しかもそれがさも世界の真実であるかのように嘯くことが出来た集団がいた、というのは、それ自体が一種の奇跡とすら思えはしないか。まぁ、同じ頃に地中海地域では新約聖書信仰が生まれてるんだから、単に日本列島が遅れてただけで、人類は環境条件さえ整えば皆同じところにハマるのだ、って話でもあるんだけども。
結びでいささか発散し過ぎた感がなきにしもあらずであるが、以上で法華経第十章“法を説く師”の