法華経転読   作:wash I/O

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第23話 絶対反論不可能……第十五章“如来の寿命の長さ”

 さて、いよいよ法華経の本丸中の本丸、第十五章“如来の寿命の長さ”(妙法蓮華経如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)第十六)の転読(うたたよみ)にとりかかる。執筆開始時は、よもやここまで辿り着けるとは思っていなかった。我ながら時折発揮される自身の馬鹿げたハマり方に呆れる限りなのであるが、それはさておき。

 

 以前に触れたように、天台法華教学においては、本章を以って法華経後半部“本門(ほんもん)”の要と見做す。ボク個人はこれを妥当だとは思っていないが、以下見ていくとわかるように、書き手自身もまた本章を、唯一無二ではないにせよ、自分たちの主張の中核と考えていたのは間違いないと思われる。

 

 日蓮は、彼の教学中、人本尊開顕/法本尊開顕と並び称される主著のなかで、それぞれ以下のように書き遺している。

 

 一切経の中に此の寿量品ましまさずば、天に日月の、国に大王の、山河に珠の、人に神のなからんがごとくしてあるべき

(開目抄、引用者が句読点を補った)

 

 末法の初は謗法の国にして悪機なる故に、之を止めて、地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て、閻浮の衆生に授与せしめ給う

(如来滅後五五百歳始観心本尊抄、同上)

 

「(釈迦の説いた)すべての経典の中にもし寿量品(本章)がなければ、天に太陽や月がなく、国に王がおらず、山河に珠がみつからず、人に神が寄り添わないようなものだ」「(釈迦は)末法は悪い時代なので、これ(他世界の菩薩が布教の許可を求めたこと)を止めて、地涌の菩薩を呼んで寿量品の肝心となる妙法蓮華経の五字を世界中の人々に遺したのだ」ほどの意味となるが、他にも随所において、彼もまた本章こそが法華経の最重要箇所であると論じている。

 

 特に、日蓮本仏論を擁する宗派においては、本章がその根拠とされ、それは「文の底に秘し沈められた」真理なのだ、という意味で“文底秘沈(もんていひちん)”と称されるのであるが、以上例示した後世の天台法華教学が高く評価したものとは、いったい何だったのか、その評価は妥当なのか、妥当でないとすれば、実のところどうなのか……といったあたりが、本章転読(うたたよみ)のテーマと、ということになる。

 

 さて、どういった結論に至ることやら。

 

 

                    *

 

 

 そのとき、世尊はすべての菩薩の大衆に仰せられた。「善男子らよ、そなたたちは私を堅く信じるがよい。如来の語る真実の語を信受するがよい」。

 

 本章書き出しは上引用に始まる。この「私を信じなさい」という釈迦……クドいが、歴史上の釈迦本人ではなく、法華経教団を代弁するキャラクタである……の前置きが三度繰り返される。対して、

 

 そのとき、かの菩薩の大衆は、弥勒菩薩摩訶薩を上首とし、合掌して世尊にこのように申し上げた。「世尊は、その意味をお説きください。善逝はお説きください。私たちは如来の述べ説かれたことを信受するでありましょう」。

 

との、弥勒菩薩を筆頭とした返答が、やはり三度繰り返される。

 

 察しの良い人はお気づきのように、これは法華経第二章(第3話)前半の三止三請(さんしさんしょう)と対になった表現であり、天台法華教学では“三戒三請(さんかいさんしょう)”と称されることもあるのだが、次下から展開されるところの論が、少なくとも書き手主観においては、読み手・聞き手にもっとも注目して欲しい点であり、かつ、それは理解するものではなく信受、すなわち、理屈抜きに受容されるべき天下りの真実として観念されていることがわかる。

 

 念のために前章からのつながりを確認しておきたいと思うが、第十四章“菩薩の大地からの出現”において突如出現した六万恒河沙(こうがしゃ)地涌(じゆ)の菩薩が釈迦滅後の布教を担うのであり、そのために釈迦が彼等を教え導いたのだ、ということが示され、対して、弥勒菩薩が衆生を代表して、覚りを得て四十余年しか経ていない釈迦がどのようにしてこれら無数の地涌の菩薩を教化育成したのか、と問うたところから本章は始まっている。

 

 既に述べたように、地涌の菩薩は法華経教団第二期の指導層を表象していると考えるのが妥当であり、第十四章は教団内の世代交代を示すと同時に、彼等の一般大衆に対する布教活動を聖別する目的があったと考えられるのであるが、これが、本章次下の主張……天台大師が法華経本門のセントラルドグマと見做したそれ……の伏線としても働いているところに、ボクなどは本章書き手の良くも悪くも確信犯的な筆力を感じるのであるが、では、その主張とは何なのであろうか。

 

 そのとき、世尊は、彼ら菩薩たちが三たびも請願するのを知られて、彼ら菩薩たちに仰せになられた。「それならば、善男子らよ、そなたたちはよく聞くがよい……

 

と、最大級の上から目線を放ちつつ釈迦が語り出すのは、以下のような事柄になる。

 

 まず、世間の人々や神々(と書いてある)は、釈迦が生まれた王族の城を出て菩提樹の下で覚りを得た、と思っているだろうが、実はそうではないのだ、ということが言われる。この“菩提樹の下での成道”というテーゼは、互いに微妙な差異を含む多くの先行経典、伝記の類の中でも、概ね共通して言われている仏教の大前提のようなものであるので、これを言下に否定するというのは、のっけからなかなか大胆なことを言っていることになる。

 

 逆に言えば、その大胆な主張をするつもりがあったればこそ、本章に至るまでに宝塔や地涌の菩薩といった奇瑞が必要になった、ということでもある。この点について、法華経第二期の書き手は徹底して合目的的であるようにボクには見える。

 

 さて、では、どうだと言うのか。

 

 ほんとうには善男子らよ、私が阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得てからすでに無量百千万億那由他(なゆた)阿僧祇(あそうぎ)の劫が経っているのである。

 

 この一文だけを唐突によむと、それなりに、な、なんだってー!!>ΩΩΩ、な言明であるのかも知れない。が、ここまで転読を続けてきた我々は曲がりなりにも、法華経を書いた人々の数字のスケール感が基本的に狂っており、無茶な桁数を弄ぶきらいがあることを既に理解しているので、それほどのインパクトはないかも知れない。

 

 が、真正直に読めば、ここにはこれまで本連載を通じて登場して来た桁表記、すなわち、無量・百・千・万・億・那由他・阿僧祇すべてが登場し互いに掛け合わされている。これは、法華経全篇を通じて示される時間の長さの中では、比較することに意味があるかどうかはともかくとして、疑いなく最大のものではある。また、次下以降しばらく、この時間の長さがどれほど桁違いであるかを示す修辞が続くことからも、書き手自身が、ここで言われる釈迦成道以来経過した時間を、法華経中最長の時間尺度にしようとすることに自覚的であることも読み取れる。

 

 ザッと要約すれば、五百千万億那由他阿僧祇の世界の塵という塵を、一粒ずつ手に取っては東方へ向かい、五百千万億那由他阿僧祇の国を通り過ぎる毎に一粒ずつ置く、ということを繰り返し、すべての塵を運び終わったとして、塵を置いた国、置かずに通り過ぎた国、すべての国の数を合計しても、釈迦が覚りを得てから経た劫の数に及ばない、というのがその修辞であり、ご丁寧にもその中程において、弥勒菩薩にそれらの世界は無数で、数えることもできず、心の働きの及ぶところではありませんと言わせている。未来世の成仏が約束されている弥勒菩薩ですら思議することが叶わない数、という彼の権威を利用した表現であることがわかる。

 

 ここで言われる法華経中最大桁数の数値、時間の長さを、天台法華教学では“五百塵点劫(ごひゃくじんてんごう)”と呼ぶ。聡明な人は既にお気づきかと思うが、細かい字句こそ異なるものの、ここで使われている修辞は、第七章(第21話)冒頭において示された三千塵点劫(さんぜんじんてんごう)のそれとほぼ同じである。五百塵点劫と三千塵点劫を、この語の字義のみを以って比較すると、三千塵点劫の方がより長い時間のように思えてしまうが、これは正しくない。三千塵点劫の三千は、三千大千世界の三千であるのに対し、五百塵点劫の五百は五百千万億那由他阿僧祇の世界の五百であるから、桁のみの比較で百万那由他阿僧祇ほど五百塵点劫の方が長いことになる。

 

 さらに言えば、続く論述の中に、

 

 如来はそれほどの長い久遠の過去世に覚りをひらき、とても数で量ることのできないほど長い寿命をもち、常に存在している

(下線は引用者による)

 

とあることから、三千塵点劫が遠い過去のある時点、を指していたのに対し、五百塵点劫は永遠、とこしえ、エターナル、を一語で表すサンスクリット語の語彙が存在しなかったか、あるいは、存在はしたのだけれども一語でそれを言ってしまうと安っぽいし有難味に欠くので、敢えて到底思議不可能な超々巨大な数値を想起させることで以って表現しようとしたもの、と理解するのが妥当だと思う。

 

 ここまで、法華経が好き放題に示す呆れんばかりの根拠なき大言壮語をたくさん見て来たが、これはその極限とも言えるそれと言えよう。

 

 そして、ここまでの流れ、つまり、前章において六万恒河沙の地涌の菩薩が出現し、彼等を教化育成したのは釈迦であるとの断言に対して弥勒菩薩が疑問を呈し、その答えとして、三戒三請のやり取りの後に、やはり弥勒菩薩の権威で以って釈迦の成道以来五百塵点劫の時間を経ていること……これは言い換えれば、釈迦は永久不変に仏陀である、ということになる……が示されるのであるから、本章の書き手の主観においては、法華経第二期の論述を通して最も主張したいことがコレである、ということについては疑問の余地がない。

 

 問題は、だから何なんだという点である。

 

 信仰の立場で読む場合においては、仏様は無始無終永遠不滅の存在なのである、とするこの言明は、百歩譲って有難い何かであるかも知れない、と認めてもよかろう。が、法華経教団は別にこれを証明したワケでは決してない……そもそも、神の存在同様の証明不可能命題である……し、これを主張することにどのような価値があるのか、今ひとつ不明瞭である。

 

 ここでいう“価値”とは、たとえばユダヤ・キリスト・イスラム教、すなわち、アブラハムの宗教における唯一神のそれと比較した方がわかりやすいように思う。ヤハウェ、アッバ、アッラーフ……まぁ、何でもいいのではあるが、その存在を仮定する価値とは、なぜこの世があるのか、なぜ人がいるのか、なぜ人の世界はこうであるのか、なぜ人の世界には順守すべき規範があるのか、等の、自然科学が決して与えてくれない答えが得られることである。それが正しいか間違っているかは、どうでもいい、というか、何を以って正しいか間違っているかを判断できようか。

 

 対して、法華経が主張する「釈迦は永遠不変に仏陀である」とするこの“仮定”は、アブラハムの宗教における“唯一神仮説”のような何らかの有益性を持つだろうか、というのが、ここでボクが問うてみたいことだ。法華経教団が、これを言うために随分なエネルギーを投資していることは、ここまで示してきた通りである。それに見合う何かがそこにあるだろうか。

 

 この“永遠の釈迦”を、後の天台法華教学は“久遠実成(くおんじつじょう)”と呼ぶのであるが、ボクの見るところ、久遠実成の主張は法華経の他の部分の論に対して無視し難い矛盾を多く孕んでいるように思われる。本稿では、これを列挙すると共に、自分たちで作り上げた経典の破綻の危機を犯してまで、法華経教団が久遠実成を主張せねばならなかった理由、を勘繰ってみたい。

 

(1) 地涌の菩薩の教化育成に久遠実成は必要か?

 

 繰り返し述べているように、久遠実成の主張は、前章となる第十四章“菩薩の大地からの出現”を前振りとし、六万恒河沙の地涌の菩薩の教化育成をおこなった釈迦の寿命は永遠でなければならない……とは明言はされないが、論理としてはそれ以外の意味には読めない……という流れで登場する。確かに、物語としてはよく出来ている。が、これは書き手本人たちが思っているほど必然ではないのではないか。

 

 法華経第一期、すなわち第九章までの中で繰り返される授記の下りを思い出して欲しい。この定型フォーマットの中に「釈迦と受記者の過去世の因縁が語られる」というものがあった。授記に際して、法華経中の釈迦はほぼ例外なく、自分と受記を得る弟子の前世以来の因縁が浅からぬことに言及している。

 

 そもそも、この主張自体が法華経全体の論旨と折り合いがよろしくないことは既に指摘した通りではあるのだが、それらの授記が述べられている時点で誰もこの過去世の因縁を疑問視していないのは、前章〜本章の弥勒菩薩たちの疑念とは不整合である。地涌の菩薩たちもまた「釈迦が過去世に渡って共に修行してきた仲間である」としても、特に問題は生じないからだ。

 

(2) 大通智勝(だいつうちしょう)如来の授記は何だったのか?

 

 論点(1)に限って言えば「過去世の釈迦は自身の未成道を方便として後の弟子たちを導いたのだ」とすることで、無理矢理整合できないワケではない。事実、本章にはそれを匂わす記述がある。

 

 如来が衆生たちを導くために説く言葉は、あるときは自身を現わしたり、あるいは他身を現わしたり、あるいは自らを根拠としたり、あるいは他人を根拠とするなどして説くのであるが、如来が何を説かれたとしても、如来の説いたそれらの法門はすべて真実なのであって、この点について、如来には虚言はないのである。

 

 随分な物言いのように思えるが、百歩譲って仰せの通りであるとしても、なぜ敢えてそこまで話をややこしくする必要があったのか、との疑問は残るのであるが。

 

 対して、第七章“過去世の因縁”において語られるところの大通智勝如来が、自身の末子であった過去世の釈迦に授記を与えたとされる逸話との不整合はかなり深刻である。この物語の中で、釈迦は自身が大通智勝如来からこの娑婆世界において阿耨多羅三藐三菩提を会得するとの予言を受けたと明言しているからだ。

 

 さらに言えば、同じ物語の中で大通智勝如来の十六王子は、自身は成道しないまま法華経を説き続け、その説法を聴聞したその人々のなかには、今日もなお声聞の地位にあるものがいる、とされているのであるから、逆に言えば、声聞の地位を脱しているものもあって良いのであって、その中に地涌の菩薩が含まれると考えれば、久遠実成を主張する理由がやはりなくなってしまう。

 

 天台法華教学は、この矛盾を「化城喩品第七は法華経迹門であり、本門寿量品の前ではやはり方便なのである」と強弁して回避するのであるが、この主張は三重におかしい。第一に、迹門・本門の区分けは後世の彼らが定めたもので法華経の書き手自身が言っていることではないのだから、これは自身の仮説で他の仮説を立証しようとする循環論法である。第二に、仮に天台法華教学の言う通りだとしても、本門寿量品の主張もまた「方便ではない」ことの立証にはならない。第三に、これが最も重篤なところとなると思うが、次下に示すように、彼らの言う本門の中にも矛盾があるのだ。

 

(3) 常不軽菩薩はどうなるの?

 

 法華経第十九章“常に軽侮しない”は、その所収位置からしても、冒頭に前章となる第十八章“説法師の功徳”への言及があることからしても、本章以降に成立したことを疑う余地はない。

 

 第十九章では、釈迦がその過去世において常不軽菩薩が我深敬汝等不敢軽慢、所以者何、汝等皆行菩薩道当得作仏、の二十四字の法華経を行じたことが、彼の成道の因となったことを匂わせている。ということは、素直に読めば、釈迦は常不軽菩薩であった時点では成道していなかったことになり、久遠実成と矛盾する。

 

 前述したように、第十九章が成立したのは第十五章以降であることは確実で、ボクの読みが正しければ、法華経第三期になって第二期までの不足部を補うべく書かれたものであり、事実、続章となる第二十章“如来の神通変化”では、第十四〜五章の書き手がうっかり失念した、地涌の菩薩に対する滅後の付嘱がキャッチアップされている。

 

 ということは、法華経第三期の書き手には「地涌の菩薩=自分たち自身が釈迦滅後の布教を任された存在である」とする第十四章のテーゼは自覚されていた一方、「釈迦は久遠実成した永遠の仏陀である」とする第十五章のテーゼは伝わっていないことになる。仮に伝わっていたのであれば、第十九章では「既に仏陀であった釈迦が、仮に常不軽菩薩の姿を現じて衆生を導いた」と明言すべきであるし、それが暗黙に了解されていたのだとしても、であれば、同章が本筋には関係のない威音王仏に言及する必要がなかったこととなり、矛盾する。

 

 愉快なことに、上記の矛盾を理由に「第十九章はもっと早い時点で成立していたのだ」という議論をどこかで読んだ(大変申し訳ないことに、あまりにアホらしいので、どこで読んだか忘れてしまった)。書き手のみならず、読み手まで循環論法に陥ったら、その無限ループは止めようがないではないか……まぁ、大なり小なり法華信仰というのはそういうものなのであって、かの論者も、ボクなどよりはよほど信仰心が篤いのであろう。

 

 法華経を成立させた本人たち自身が必ずしも理解・受容していない命題を、後世の我々が真に受ける必要性があるだろうか。

 

 

                    *

 

 

 以上、大雑把に三点に絞って言及したが、これらのみが久遠実成説に伴って生じる矛盾だ、というワケではない。また、以上の指摘をおこなう理由は、久遠実成説を否定するため、ではない。久遠実成説を否定するには、そんな馬鹿なの一言で十分なのであって、以上のことを論じる必要などない。そもそも、久遠実成は証明不可能命題なのであるから、これを否定することもまた不可能なのである。

 

 ここまで長々と法華経内部に生じる矛盾に言及したのは、冒頭にも書いたように、法華経教団が久遠実成を主張したのには、こうした矛盾を孕んででも……第十九章に限って言えば、これは完全にプロットミスであるように思うが……これを主張せねばならない、強い動機があったに違いない、ということを示すためである。少なくとも、上記問題点(1)〜(2)については、書き手自身に自覚があったはずだ。あったればこそ、

 

 如来が衆生たちを導くために説く言葉は、あるときは自身を現わしたり、あるいは他身を現わしたり、あるいは自らを根拠としたり、あるいは他人を根拠とするなどして説くのであるが、如来が何を説かれたとしても、如来の説いたそれらの法門はすべて真実なのであって、この点について、如来には虚言はないのである。

 

 先にも引いた、この回りくどいエクスキューズが挿入されているのである。

 

 さて、ここで少し視点を転じてみたい。あなた、他ならなぬこの電波文を読んでいるあなたに問いたいのであるが、あなたは本稿においてボクが論じた、久遠成道説と法華経全体の矛盾の話が理解できただろうか。誤解のないように申し添えるが、これは貴兄らの理解能力を疑って言っているのではない。ボク自身、4ヶ月かけてようやくここまで読み解いたのであるから、その結果だけを示される側にこれをすんなり理解しろ、という方が土台無理な話なのである。

 

 で、飛躍も甚だしいことは自覚の上で言うのであるが、本章書き手の意図そのものも、実はそこにあったのではないか、というのが、ボクの読みとなる。

 

 既に触りは述べていたのであるが、結論から言えば、久遠実成は法華経教団の信念そのものではなく、法華経教団に対する教義上の反論を封じるための、これまた“方便”であった、とボクは見ている。

 

 第二期以降の法華経教団が、自分たちに対する批判に対して極めてナーバスであったことは随所に見られる。いくつか例をあげれば、第十章の如来の衣に至る下り(第1話)であるとか、第十二章の二十行の偈(第4話)であるとか、第二十一章のダーラニーの効用(第7話)などがこれに当たる。

 

 これらを通じて、法華経教団は自身に対する批判者を、体裁上は救済の対象として上から目線を注ぎつつ、内実は愚か者、あるいは臆病者、ときに魔に魅入られた者呼ばわりするのみであり、批判の中身についてはまったく詳らかにしていない。よってこれは想像するしかないのであるが、法華経教団の母体であったろう出家者集団が、単に権威的に振る舞い既得権を行使するのみの搾取者であったと考えるのはファンタジーに過ぎるのであって、彼らは彼らなりに、彼らの奉じる仏教の伝統に基づいた論理的な反駁を法華経教団に対しておこなっていた、と考えるのが妥当であろう。これは、法華経第一期の譬喩群が、概ね対立声聞衆を何とかして自説に取り込もうと説得を繰り返していることからも裏付けられる。

 

 一方で、特に第二期以降の法華経においては、在家衆が信仰集団に取り込まれ、同時に彼らの内部において出家者集団出身の人材が不足していたことから、法華経教団に対する批判は、第一期の時分における一乗真実vs三乗方便のような理念的なものから、経典の暗唱読誦に必ずしも通達していない在家衆法師の、片言隻句に対する揚げ足取りや単なる暗唱の間違い探しへ横滑りしていったであろうことは想像に難くない。実際、第二十六章に見られる信仰形骸化への危機感は、まさにその裏返しであろう。

 

 これらを総じて鑑みるに、本章に示される久遠実成は、それが何を含意するにせよ、書き手自身の第一義的には、俄かに反論することが困難な壮大なビジョンを示すことにより、究極的には法華経教団の組織防衛を図ったものであろう、とボクは読むのである。

 

 前述したように、読者諸兄におかれても、たちまちに久遠実成説に反論するのは、法華経全篇を通じて現代タイムトラベルSFも真っ青なほどに時間線が錯綜していることもあって、困難であろうと思う。無論、そんな馬鹿な、で事は足りるのであるが、それこそ法華経教団の思う壺なのであって「(体裁上は)釈迦の直説であり、弥勒菩薩も頭を垂れて承る真理を信じぬ不信仰者め!」とレッテルされてしまうのである。今日の我々には痛くも痒くもないレトリックであるが、当時において、しかも組織防衛のみを目的とする場合、これで必要十分なのだ。

 

 そもそも法華経教団の連中は、繰り返し指摘してきたように、証明と説明、反証と反論を混同している。むしろ、混同しているがゆえに、ここに辿り着くことが出来た、とも言えよう。

 

 もちろん、ここに述べた解釈が、一般に通用している本章の解釈をかなり逸脱したものであることは承知の上でこれを言っている。が、根拠なくこれを言っているワケでもない。本章は、久遠実成を宣言した後は、そこから派生して然りの話題……たとえば、久遠の釈迦はアブラハムの宗教における唯一神として世界創造の主とされてもよさそうなものだが、そういう方向には話は進まないし、法華経中でこれまた繰り返し言及される他世界・他時代における法華経との関係性にもまったく触れられることがない……を丸っと無視して、法華七喩の末尾を飾る“良医病子(ろういびょうし)”へ進んでしまう。

 

 詳細は追って見ていくが、良医病子の譬喩の趣旨は「なぜ釈迦は死んだか」を説明することにある。人間である以上、死は必然であるが、久遠実成の釈迦は永遠の仏陀、何でもかんでも出来てしまう不滅の如来なのであるから「なんで死ぬねん?」という疑問は当然起こるのである。前述したような、神話級の教義的視点に進まず、久遠実成説に対する“最後の疑問”に話が進むことこそ、書き手の目的が、久遠実成そのものを主張することではなく、久遠実成を主張することによって法華経教団に対するすべての反論を封じるところにあった証拠である、とボクは読む。

 

 そして、ボクはこれをかの書き手を侮って言っているのではなく、その目的のためにこれほどの法螺話を創作した彼は、やはりキレッ切れである、ということが言いたいのだ。

 

 善男子らよ、今、私は、ほんとうには入滅することがないのに、衆生にはまさに入滅すると説く。それはなぜかというに、善男子らよ、私はこの方法で衆生たちを教化しようとするからである。

 

 本章後半は上引用の書き出しに始まる。前述したように、如来の寿命は無始無終永遠不滅であるとする久遠実成説に対して、当然の如く最初に浮かぶ疑問、つまり「歴史上の釈迦は死んだではないか」との反問を先手を打って封じることが、書き手の真意であったろうと、ボクは読むのであるが、ひとまずは法華経教団の言い分に耳を傾けてみよう。

 

 私が入滅することがなく、はなはだ久しい間、この世に在住すれば、衆生たちはいつでも私に会うことができるから、善根を植えることをせず、福徳を失い、貧苦になり、欲楽に耽り、盲目となり、邪見の網におおわれ、如来はいつでも存在しておられると思い込んで、ほしいままの思いを生じ、如来には会いがたいという思いを起こすことがなく、また、私たちは如来のお近くにいると思い、三界の苦から脱れるための精進を起こすことがなく、そのために、願わくは、如来に会いがたいという思いを起こさないことがないように、と。

 

 冗長な物言いであるが、一言で要約すれば、釈迦が死なないと衆生が釈迦の存在に甘えてしまうので良くない、ということのようである。

 

 釈迦の権威に寄りかかって好き勝手なことを言ってきたオマエがそれを言うかという気がしないでもないが、無始無終永遠不滅であるはずの如来が入滅する理由付けとしては、納得できるかどうかはともかく、よく考えられた理屈ではある。

 

 しかし、この論理に従うと、人間としての寿命を80年で終えたとされる釈迦はともかくとして、比べるのも馬鹿らしくなるほどの長い寿命を持つとされた法華経前半で受記を得た如来たちの下の衆生は苦労が多そうである。あれ、同じく如来である彼らの寿命もまた、無始無終永遠不滅じゃないとおかしいんじゃないのか。これまた、久遠実成説に伴う矛盾の一つになる。

 

 それはともかくとして、「如来が入滅するのは衆生の教化のためである」とするこの考え方を敷衍すべく示されるのが、法華七喩の第七“良医病子”ということになる。例によっていささか冗長なので、趣意抜粋にて読み進めてみたい。

 

 まず、あらゆる病気を治癒させることのできる医師がいる、とされる。これが“良医”だ。かれにはたくさんの子供がいて、あるいは百人であるとしようと言われていて随分とお盛んなのであるが、彼が留守の間に、子供たちが誤って毒を飲んでしまう。これが“病子”ということになる。例によって、父である良医が釈迦を表象しており、対する病子が衆生に対応することは既にお気づきのことであろう。

 

 さて、毒で苦しみ悶える子供たちのところに良医が帰って来て、早速解毒のための薬を調合する。一部の子供は父を喜び迎え、素直に薬を飲んで苦しみを脱する。が、ほかの一部の子供は、父の帰宅は歓迎するものの、毒が効きすぎて意識が顛倒しており、本来は色も香りも味も好ましい与えられた薬を、好ましくないものと誤認して飲むことがなく、苦しみ続ける。

 

 そこで良医は考える。

 

 彼らはこのたいへん素晴らしい良薬を飲まず、それなのに私を喜び迎えている。私は今、この子供たちに巧みな方便を用いて、この良薬を服用させよう。

 

 法華経を貫くキーワード“巧みな方便”がここに登場した。どうにもこの流れは、第三章の三車火宅(さんしゃかたく)の譬喩に見える、悠長な作り話が想起されてなんだか嫌な予感もするのであるが……ともかく、良医の方便を承ろう。

 

 よい子たちよ、私は年老い、老い衰え、衰弱している。そして、私には死の時が近づいている。しかし、子供たちよ、お前たちは悲しんではならない。落胆してはいけない。私はお前たちにこのたいへんすぐれた良薬をここに置く。もし欲し求めるならば、この薬を服用しなさい。

 

 んなこと言う暇で無理矢理飲ませろよ!

 

 いや、失敬。きっとこの薬は自ら欲し求めなければ効かない、そういう薬なのである。というか、これは冗談で言っているのではなく、後で効いてくる伏線にもなっている。

 

 ともかく、良医は上引用の言葉を残して他国へ旅立ち、そこから子供たちに偽りの手紙を書いて「父は死んだ」と知らせるのであった。この手紙を受け取った良薬を飲まなかった子供たちは、間断なく悲しみに悩まされることによって、その顛倒した意識が正しい意識になり、ついに父の良薬を飲む。

 

 彼らは服用して、彼の病毒から救われるであろう。

 

 ちなみに、この部分が妙法蓮華経では即取服之(そくしゅぶくし)毒病皆愈(どくびょうかいゆ)となっていて、これが以前に少し触れた(第15話)江戸の日蓮宗寺院で流行った病除けの御札の文言の由来となる。ご覧の通り、由来の物語と病気の快癒とは直接には関係がない。なお、この御札には薬王(やくおう)菩薩の姿絵とされるものが描かれることが多かったそうだが、薬王菩薩も薬とはまったく関係がない。

 

 閑話休題。ここで譬喩物語は終わり、釈迦はどこかで聞いたような気がする台詞を口にする。

 

 善男子らよ、そなたたちはそのことをどのように思うであろうか。かの医師がその巧みな方便を用いたことについて、誰か、それは虚言であると挑発するであろうか。

 

 これに、対する諸菩薩……ここでは明示されないが、当然その筆頭に弥勒菩薩が想定されている……が、世尊よ、そのようなことはありません、善逝よ、そのようなことはありませんと応じるのであるが、これまた三車火宅の譬喩そのまま、であり、良医病子がそのセルフパロディになっていることがわかる。

 

 さて。

 

 ボクも本章の釈迦……クドいが何度でも言う、歴史上の釈迦ではなく、本章のキレッ切れな書き手の代弁者である……にならって、読者諸兄に対し、

 

 善男子らよ、そなたたちはそのことをどのように思うであろうか。かの釈迦がその巧みな譬喩を用いたことについて、誰か、それは妄言であると挑発するであろうか。

 

と問うてみたい気分なのだが、まぁ、それはともかくとして。

 

 百歩譲って言わんとすることはわかるとして、久遠実成などという大仰なことを断言した次下で言うことがソレか、的なチグハグ感は否めない。そして、我田引水ではあるけれども、久遠実成の主張それ自体には書き手の真意はなく、ただそれを以って法華経教団に対する反論可能性を封じることこそが真の目的である、とするボクの読みを前提に考えると、そのチグハグ感がいささか和らぐように思えはしないだろうか。

 

 本章の長行部分はここで終わり、以下、章末までがかの有名(ご存知ですか?)な“自我偈”になっている。ここまで本連載では、同趣旨を繰り返す偈の詳読は割愛してきたのであるが、特に有名な偈文であることでもあるし、それ以上に、後世に影響を与えた章句も散見されるので検討を加えてみたい。

 

 

                    *

 

 

 法華経第十五章“如来の寿命の長さ”の末尾部分は、後世に“自我偈(じがげ)”と呼ばれることになる、妙法蓮華経ベースで百二句五百十文字から成る偈になっている。この呼称は、同じく妙法蓮華経如来寿量品第十六の当該部が、自我得仏来(じがとくぶつらい)、すなわち、私は無上の覚りを得、それより以来……の句で始まることに由来する。

 

 天台法華教学は殊の外この偈を重視しており、今日においても法華信仰者の中では、法華経の他の部分には馴染みがなくともこの偈だけは読誦する、という人も少なくない。また、天台法華系宗派に限らず、葬儀における読経にこの偈が用いられることも多いと聞く。

 

 今回はこの自我偈を詳細に読んでみたい。まず、いきなりであるが、結句を先に確認しておこうと思う。

 

妙法蓮華経:

 毎自作是念(まいじさぜねん) 以何令衆生(いがりょうしゅじょう) 得入無上道(とくにゅうむじょうどう) 速成就仏身(そぅじょうじゅぶっしん)

 

中村師訳:

 どのようにして彼らのすべてを菩提に近づかせるか、どのようにして、仏陀の特質を得させるか、思いをめぐらし、衆生たちのために、それぞれに適切な教えを語るのである。

 

 詳読に先立ってこの部分に注目したのは、本章においても、法華経教団第一期のセントラルドグマであった“如我等無異(にょがとうむい)”が継承されていることを確認しておくためである。

 

 ここまで読んできたように、本章において第二期の書き手は、如来の寿命は無始無終永遠不滅であり、にもかかわらず釈迦が死んだのは、その死すらも方便として用い衆生を導くためである、と主張している。同時に彼は、釈迦の衆生の導きの究極的な目的は、衆生をして釈迦と等しくして異なることを無からしめることである、と信じていることになる。

 

 仮にその通りであるとすれば、その釈迦の願いが成就すれば、たとえばボクが如来になる、ということになるが、本章の主張によれば、如来は無始無終永遠不滅なのであるから、釈迦の導きがあろうがなかろうが、如来であるボクは無始無終永遠不滅に如来であったし今後もそうだ、ということになってしまう。

 

 はて、これはどういうことなのか?

 

 自我偈は、冒頭に示した書き出しに始まり、概ねここまでの長行部分と同趣旨のこと、つまり、釈迦が仏を得てこのかた無限の時間が経過しており、にもかかわらず歴史上の釈迦が死んだのは、方便現涅槃(ほうべんげんねはん)、すなわち、衆生を導く方便として涅槃=死を現じたのだ、と続く。が、顛倒した知性の愚かな人々は、私がここにいるのを見ないと語るあたりから、長行部分とは少し主張が変化してくる。

 

妙法蓮華経:

 一心欲見仏(いっしんよくけんぶつ) 不自惜身命(ふじしゃくしんみょう) 時我及衆僧(じがぎゅうしゅうそう) 倶出霊鷲山(くしゅつりょうじゅせん)

 

中村師訳:

 それらの衆生たちが純真な真心で、優しく、柔和になり、[一心に仏を見たいと欲し]、身体をも惜しまなくなったとき、私は、弟子の僧団とともに、霊鷲山に自らの姿を現わす。

([ ]内は引用者が妙法蓮華経の意を汲んで補った)

 

 ここで言われているのは、続く妙法蓮華経の句で言えば常在此不滅(じょうざいしふめつ)、つまり、常にここに在って入滅しないと要約することができようが、釈迦の死は方便であるがゆえに、衆生の側が一心欲見仏しさえすれば、釈迦=仏陀は出現するのである、との言明になっている。

 

 私見であるが、これは前段の良医病子の譬喩の読解において「きっとこの薬は自ら欲し求めなければ効かない、そういう薬なのである」と述べたことと繋がっている。同時にこれは、第二章(第3話)に見えた四仏知見(しぶつちけん)開示悟入(かいじごにゅう)においても、衆生側の自発性が前提されていたことにも通じる。思うに、このことと、前述した「我々衆生自身もまた無始無終永遠不滅の如来である」と解せざるを得ない本章の論理、この二つが日蓮の法門に大きな影響を与えている。

 

 日蓮が、一切の万民、皆、頭を地につけ掌を合せて一同に南無妙法蓮華経ととなうべし(撰時抄)と主張したのは、直接的には法華経第二十一章の一節に依拠したものと思われるが、その唱題に際しての信徒が向かい合うところの本尊、すなわち十界曼荼羅の中央に、釈迦如来でも多宝如来でもなく「南無妙法蓮華経日蓮」と揮毫したのは、彼自身の言葉としては明示されていないものの、本章のこの部分に依るのではないか、とボクは考える。

 

 つまり、十界曼荼羅に向かって唱題する行為は、すなわち一心欲見仏なのであり、見ようと欲する仏は久遠の釈迦であると同時に、その釈迦に異なることを無からしめんと望まれた我々自身でもあるがゆえに、南無釈迦牟尼仏ではなく、そのことを我々の伝えた妙法蓮華経と日蓮に南無するのだ、という論理である。日蓮主観においてはその結果として釈迦、すなわち如来が倶出霊鷲山することは必然であり、それは、我々自身が如来となって霊鷲山において法華経を講じる、すなわち、自らもまた釈迦に続いて他者の成道を導く者となる、ということを意味するのである。

 

 この視点から見る限りにおいて、日蓮宗過激派が奉じるところの日蓮本仏論は、日蓮本人がどう思うかはともかくとして、必ずしも法華経理解の枠組みを逸脱したものとは言えない。但しこの場合、日蓮が本仏なのであれば、それを信じようが信じまいが、他のすべての人もまた本仏である、ということになろうけれども。

 

 が、以上のことを、本章書き手たる法華経教団自身がそう考えていたか、と問えば、これはまったく別の問題となる。

 

 彼らが、後世の天台大師、日蓮の登場を予期できたはずもないが、彼らに限らず後世の人々が本章、ひいては法華経全体をどのように受容するか、については、十分想像は可能であったはずである。もし法華経教団自身に、開示悟入+久遠実成が、日蓮が信じたようなヴィジョンを含意することに自覚があったのであれば、それが具体的にどのようなものになるにせよ、たとえば自我偈の以降の部分に「ゆえに、今この場(虚空会)にいる者、また、私の滅後にこのことを伝え聞く者、すべてが私同様に久遠の仏陀なのであり、この教説を以ってそのことを思い出せ、確信せよ」的な言説があって然りではないか、とボクなどは思うのであるが。

 

 実際には、自我偈はこの後、如来の素晴らしさを粉飾する語句がしばらく続いたのち、良医病子の譬喩の要約を挟んで、先に示した結句に至ってしまう。

 

 また、以降の法華経の章についていえば、続章となる第十六章については次話に譲るが、つまるところ法華経第三期の章はこれまで繰り返し述べてきたように、ここまでの法華経の落ち穂拾いと、言葉は悪いが組織防衛を目的としたとしか思えない近視眼的な教説を垂れ流すのみである。

 

 従って、本章の書き手、さらには法華経教団は、本章が含意し、後の日蓮が読み取ったそれに自覚がなかった、と断言して良いと思う。“法華経の正しい読み”が、国語の筆記試験よろしく「書き手の意図を読み取りなさい」なのであれば、日蓮は間違っている。が、これほど浅薄な議論もないのであって、要するにこれもまた、法華経教団が自覚のないままに法華経の章句に埋め込んだ“衣裏繋珠(えりけいじゅ)”(第9話参照)なのである。これが“文底秘沈(もんていひちん)”だ、と言うのであれば、そうなのかも知れない。

 

 そして、我ながらクドいな、と思いつつ、それでも重要なことであるように思うので敢えて明らかにしておきたいが、ボクは「この衣裏繋珠ないし文底秘沈を見出した日蓮は正しい」と言っているのではない。ボクが彼を少なからず敬慕するのは、日蓮が法華経本章からコレを発見することにより、結果的に少なからぬ後世の人々を動かしたこと、の方である。たとえば、既に触れた宮沢賢治も石原莞爾も北一輝も、その功罪はさておき、日蓮がいなければ歴史に名を残すことはなかったかも知れない。彼ら(だけではないが)に善悪いずれにせよ、歴史に名を残す仕事を為し得る熱量を与えた、その一点のみを以って、ボクは日蓮を敬慕するのである。

 

 何が言いたいのかと言うと、ボクは、自身が以上のような意味において日蓮ファンであるがゆえに「絶対に正しい法華経を、絶対に正しく読んだ日蓮を、信じている私は絶対に正しい」みたいな顔をしている自称法華経信者各種詰め合わせが反吐が出るほど嫌いなのである。これは、真偽善悪の話ではない。とにかく、ボクはそういう連中が大嫌いなのだ。

 

 が、これを嫌いであるからといって、愚か者であるとして切断操作するのであれば、対立声聞衆を愚か者よ臆病者よと内輪で揶揄するばかりだった法華経教団と同じ轍を踏むことになってしまうので、まぁ、既にかなりヒドいことを書いているので、ボクが想定するそういう人は既にブラウザを閉じて続きを読んでもらえてはいないと思うのであるが、法華経自身がだれか一人に対してであっても説け、と言っていることでもあるから、敢えて以下のことを書き遺しておこうと思う。

 

 自称法華経の行者諸兄に申し上げたい。

 

「釈迦は永遠の仏陀であり、それを信じる者もまた永遠の仏陀である」との命題が正しいものとなるのは、他ならぬあなた自身が如来を現じた場合のみであり、法華経の釈迦と日蓮があなたに望んだのは、まさにそのことである。釈迦を、法華経を、日蓮を、いくら信じても拝んでも如来にはなれない。釈迦も、法華経も、日蓮も、単独ではまったく正しくない。あなたが如来になったとき、はじめて釈迦と法華経と日蓮が正しかったことになるのであり、信仰とは、その責任を自覚的に背負い込むことによって自身の為し得ることすべてを為すこと、をいうのである、と。

 

 まぁ、これは法華信仰に限った話ではなく、あらゆる教条的、原理主義的傾向を有する信仰……宗教とも限らない……すべてに対して、の話かも知れないし、上に書いたような戯れ言で通じるものなら、世の中、何の苦労もないんだけどね。

 

 以上を以って、法華経第十五章“如来の寿命の長さ”の転読(うたたよみ)を終える。

 

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