法華経転読   作:wash I/O

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第3話 教育者∞……第二章“巧妙な方便”

 “嘘も方便(ほうべん)”という言葉がある。良きにつけ悪きにつけ「ときとして嘘が必要な場合がある」という意味で用いられる成句であるが、ここに見える“方便”という漢語は仏典由来のもので、辞書的な意味としては、仏が衆生を教化・救済するために用いるさまざまな方法(大辞林)ということになっている。

 

 つまり、嘘も方便というのは、ここで言う“さまざまな方法”の中には“嘘”も含まれる、というのが元来の意味となる。

 

 サンスクリット語では“ウパーヤ”であったこの“方便”という語自体は、必ずしも法華経を嚆矢とするものではなく、原経典成立史的にも漢訳史的にも先行して確認できる語であるが、これを我が国において人口に膾炙させたのは、その名に方便の語を冠する妙法蓮華経方便品第二、すなわち法華経第二章“巧妙な方便”の存在が大きい*1

 

 ここまで繰り返し述べてきたように、法華経は文面上は歴史上の釈迦が直接説いたもの、として書かれているが、有り体に言えば、これは法華経執筆者にとっては“嘘”である。

 

 つまり、彼らがそう自認していたように、彼らが阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得た仏の集団であるとすれば、法華経そのものが“嘘も方便”、すなわち法華経教団が彼らが信じるところの真理へと衆生を導くべくついた壮大な嘘であった、ということになり、事実そうなのであるが、もちろん、第二章表題となる“巧妙な方便”は、そのような意味でつけられているワケではない。少なくとも、法華経の文面上、法華経執筆者は自身が嘘をついているとはまったく認めていないし、ひょっとすると、嘘をついている自覚すらなかった観もある。

 

 では、法華経が、まさに本論が始まる章の章題にまで採用して述べようとした“方便”とは実のところ何であったのか、そこにはどのような意味が見出せるのか。これを、法華経第二章“巧妙な方便”から探るのが第3話のテーマ、ということになる。

 

 法華経本文に耽溺する前に、本章の法華経全体における位置づけを概説しておきたい。本章は伝統的に法華経前半の眼目を為す要文と見做されており、これを押さえて読まないとワケがわからなくなるからである。まぁ、押さえたからワケがわかる、というモノでもないのがアレゲなのだが。

 

 

                    *

 

 

 天台教学では、妙法蓮華経二十八品を前後半各十四品に分け、前半を迹門(しゃくもん)、後半を本門(ほんもん)と呼ぶ。これは天台大師が言い出したことではなく、妙法蓮華経を漢訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)の直弟子である道生(どうしょう)(生年不詳〜434年没)が、師の訳出に注釈を添えた『妙法蓮華経疏(みょうほうれんげきょうじょ)』にまで遡る伝統的な解釈であるらしい。天台では、前述したように方便品第二を以って迹門の(かなめ)とする。

 

 そのような権威ある解釈に対し、ボク如き凡愚の者が異を唱えるのはまことにもって畏れ多いこととは思いつつ……いや、んなこたぁまったく思ってないのだが……私見では、法華経を本迹二門に分ける解釈は、その内容から考えて、特に法華経の書き手がそれを以って何を言わんとしたか、という観点で読むと、天台教学の解釈は間違っている、と思っている。

 

 まず、何を以って天台の伝統的解釈を間違いとするのかについて述べる。念のために言うが、あくまでも浅学不才な趣味人の戯言である。真に受けないように。

 

 本迹二門論は、法華経に記録された釈迦の発言を釈迦の直説であることを大前提として、“久遠実成(くおんじつじょう)”すなわち妙法蓮華経でいうところの如来寿量品(にょらいじゅりょうぼん)第十六が言う「釈迦は永遠の昔からずっと仏だったのだ」という命題が、文中の釈迦自身の言葉で主張されているか否か、を以って本迹二門を分かっている。もうこの時点で普通の感性の読者は振り落とされていると思うが、ボク個人の趣味であるからして構わず続ける。

 

 が、そもそもこの久遠実成は何の根拠も伴わない、良く言えば法華経執筆者の信念、悪く言えば戯言の類なのであって、その壮大無比なプロットに心奪われるのは、隋代を生きた天台大師智顗(ちぎ)にしてみれば無理なからぬところ、と共感を示した上で、それでもやはり、これを軸に内容を判じる発想がそもそもナンセンスだ、と言わざるを得ない。

 

 一方で、法華経全体を何部かに分けて考えた方が理解に資する、というのは、その内容からしても成立史から考えても妥当である。では、どう分類するか。

 

 序章は、既に述べた通り、登場人物を含む背景を後から辻褄合わせすべく作られたプロローグと考えられるので一旦除外する。

 

 法華経の本論は、本章、すなわち第二章に始まる。ボク個人の読みとしては、理論面における法華経執筆者の主張したいことは、概ね本章に集約されている、と見ている。以降、第三章から第九章は、本章で示された主張を手を換え品を換え敷衍したものに過ぎない。その中核となる概念がまさに“方便”であり、そのような意味において、妙法蓮華経ベースになるが、第二章が方便品、続く第三章が比喩品、と題されているのは、決して偶然ではなく、そこにこそまさに執筆者たちの言わんとするところが凝集されているゆえなのである。

 

 これに対して、第十章、すなわち本稿第1話にて読んだ“法を説く師”以降は、書き手の関心が、自分たちが信じる理論から、自分たち自身の日々の言動、及びそれを下支えするところの信念へ移っている、と読める。その極限に、前述した久遠実成が現れる。詳細は追ってそのときに論じたいが、言うなれば久遠実成は、彼らの信念を宇宙内在の究極原理とすることで、彼らへの一切の反論に対して一方的に下された不可能宣言になっている。これが、第十七章まで続く。

 

 第十八章以降は、第三章から第九章が第二章の敷衍であったのと同様に、第二章から第十七章までの全主張に対する敷衍として暫時加わったものと考えられ、ゆえに、これらは総じて独立性が高い。第2話で読んだ第二十四章“あまねく導き入れる門戸”が、後世において“観音経”として独り歩きしたのも、直接的にはそのためである。

 

 これを法華経の成立史の観点から再整理すると、おそらくは以下のようになる。

 

 原初の法華経は、第二章あるいはその偈のみであった。これに徐々に敷衍的な部分が付け加わっていって、第二章から第九章までで成る“原法華経”が完成したものと考えられる。おそらくこのプロセスは、数年から数十年をかけたゆっくりとしたものだったろう。

 

 これを奉じる法華経教団に対し、ある時点でその他の小大乗教団からの反撃があり、その対応の要に迫られて比較的短期間に一気に論述されたのが第十章から第十七章と考えられる。これは、この部分が一貫した伏線を有する完成度の高い物語として読めることに裏付けられる。

 

 その後、第二章から第十七章までの法華経が、教団にとって十二分に既成事実化した後に、これをさらに敷衍し、ときには図らず内在してしまった自己矛盾を解消したり、他教団に対する個々の脆弱性を補完するために、第十八章以降が徐々に追加されていったと考えると、この部分の各章の独立性の高さに納得がいく。序章と末章もこの過程において自然発生したものであろう。

 

 以上を通じて何を言いたいか、と言うと、畢竟、法華経の主張するところは、今回転読するところの第二章“巧妙な方便”に集約されるのだ、という点である。これが、前述した天台法華教学の伝統的正統解釈から逸脱するものであることは、予め宣言しておく必要があると考え、ボク個人の法華経全体に対するパースペクティブをここに開陳した次第である。

 

 

                    *

 

 

 そのとき、世尊(せそん)は深く真実の理を思念し、正しい智慧をもって、かの深い瞑想から立ち上がられた。立ち上がられて長老の舎利弗(しゃりほつ)にお告げになった。

 

 法華経第二章“巧妙な方便”は、以上の書き出しに始まる。

 

 連載第1話で取り上げた第十章、第2話となる第二十五章では、釈迦……繰り返すが、法華経教団を代弁するキャラクタであって、歴史上の釈迦その人ではない……の直接の対話相手は空想上の“菩薩(ぼさつ)”だった。対して、本章から次章にかけて釈迦の相方を務めるのは、歴史上の釈迦の弟子の一人で、智慧第一、すなわち、その中にあっても智慧が最も優れていた、とされる舎利弗である。

 

 このように言うと、他章に比較して、第二~三章には史実性があるのではないか、と誤解されるかも知れないが、そういうことではない。たしかに舎利弗は、既に触れた『仏本行集経(ぶっぽんぎょうじっきょう)』を含む他仏典群にもその名の現れる、おそらく実在したとして間違いない人物ではある。が、法華経が成立した1~2世紀頃からすれば、伝説的な釈迦の直弟子の一人であるに過ぎない。

 

 逆に、現代の我々は、菩薩という語を超常的な神仏の一種と考えてしまいがちであるが、法華経執筆者たちにとっては、仏となることを目指して修行している人々の中でも特に利他行に優れた人々、ひいては自分たち自身をそう呼んでいるものであって、本章に現れる舎利弗に対して、その実在性において取り立てて差異が意識されているワケではないのだ。

 

 一方で、法華経中に舎利弗を含む、実在したと考えられる釈迦の弟子の名が現れる場合に特有の意味合い、というものは確かにある。結論から言えば、彼らは概して、既にその語意を解説した声聞(しょうもん)独覚(どくがく)を象徴するキャラクタとして登場する。

 

 この、仏の覚りを目指すに際して採ったアプローチの差から分類される中でも、特に声聞・独覚をまとめて二乗(にじょう)と呼ぶ。天台法華教学においては、妙法蓮華経方便品第二はこの二乗の成仏可能性を保証したものであるとして、法華経前半(迹門)の眼目を為す要文である、とするのであるが、確かに字面上の意味合いはまさにその通りなのであるが、法華経執筆者たちの真意を慮るとき、それとは質的に異なる本音まで想像を逞しくする必要がある。

 

 如来(にょらい)が悟られた仏陀(ぶっだ)の智慧ははなはだ深遠にして理解しがたく、入りがたい。一切の声聞や、辟支仏(びゃくしぶつ)にとっては知りがたいところのものである。

 

 釈迦が開口一番、言い出すのが上引用である。一切の声聞や、辟支仏が、ここでいう二乗に当たる。つまり、二乗には仏の智慧は決して理解できないのだ、との、いきなりの断言である。この言明は、声聞・辟支仏(独覚)がそれぞれアプローチは異なれども仏の境地を目指す人々、と理解する我々にとっては、俄かにその真意がわからなくなるものである。彼らにとって仏の智慧が理解不可能なものであるならば、いったい他の誰が理解できるというのか。

 

 舎利弗よ、如来のみが一切の法を教え、如来のみが一切の法を知っておられるのである。

 

 これがその答え。妙法蓮華経の同じ部分の方がより端的に示しているので引いておくと、唯仏与仏乃能究尽(ゆいぶつよぶつないのうくじん)、つまり、ただ仏のみが能く究め尽くす、と言っている。仏の智慧の真なるところは、他ならぬ仏のみの知るところであって、他の誰にも理解できないのだ、と。しかし、そんなことを言って何になるというのか。誰にも理解できない智慧、そんなものは、あってもなくても同じではないのか。

 

 このわかりにくさは、直接的には法華経執筆者が、この主張を何を目的におこなっているのか、文面からは理解しにくいことに起因している。が、少し遡って、以下に示す「なぜ仏の智慧は二乗には理解できないのか」についての釈迦の説明から、その背景を垣間見ることはできる。

 

 舎利弗よ、もろもろの如来・応供(おうぐ)正等覚者(しょうとうかくしゃ)が密意をもってお説きになられた言葉を知ることはむずかしい。なぜかというと、諸仏は自ら実証された法を、種々の巧みな方便と知見と、因縁や譬喩や依り所や言辞の解釈やかりそめの設定などを用いて教え示されたからであって、それは、それぞれに適した巧みな方便によって、あれこれに執着している衆生たちを解き放たせるためである。

 

 回りくどい言い回しになっているが、分解すれば以下のようなことである。

 

 第一に、法華経執筆者およびその同時代人から見たとき、歴史上の釈迦が説いたとされる……実際には釈迦を起点として、連なる人々によって積み上げられてきた……教説は、その字面上の意味合いの背後に密意、すなわち、明言はされないが、表面上のそれとは別の真の目的があるのだ、とする主張である。

 

 第二に、諸仏、つまり、歴史上の釈迦を含む仏典成立に寄与してきた人々は、その真の目的を達成すべく譬喩やかりそめの設定を示したのであって、すなわち、仏典それ自体は真の目的そのものではなく、そこへ向かうための方便である、とする主張である。これが本章のキータームとなる。

 

 第三に、その方便はあれこれに執着している衆生たちを解き放たせるために示されたのであるが、ここで言われるあれこれとは、実はここまでに積み上げられた仏典、そのもののことを言っている。ここに、法華経教団の問題意識の中核がある。

 

 本章の釈迦の第一声に言われた、仏の智慧を理解することが出来ない一切の声聞や、辟支仏とは、つきつめれば、法華経教団から見た自分たち以外の仏教出家者全般を指している。あくまでも法華経教団の主観である、と断った上で、彼らは自分たち以外の出家者たちを、仏典を学んだりそれについて思惟することに執着するあまり、ここに言う“仏の真の目的”を見失った人々だ、と批判的に見ていた。本章冒頭の釈迦の断言は、法華経教団のそうした問題意識を釈迦に仮託し、同様に、彼らから見て真の目的を見失っているように思われる出家者の立場を、釈迦の弟子中智慧第一と称された舎利弗に仮託したものなのである。

 

 これが、本章を読み解く上での大前提になる。

 

 伝統的に、天台法華教学では前述した通り、本章を二乗の成仏可能性……これを二乗作仏(にじょうさぶつ)という……を論じたものであると位置づける。つまり、この後本章では、こうして釈迦から仏の智慧の理解不可能性を指摘された二乗に対し、さらなる逆転が示されるのであるが、それは追々見ていくこととして、天台法華が本章を迹門の要とする最大の理由は、本章が説かれる以前は二乗は不作仏、つまり、決して仏にはなれない、とされていたものが、本章において二乗作仏が示されたからである、というところに尽きるのであるが、私見であるが、この解釈は根本的におかしい。

 

 以上見て来たように、そもそも二乗不作仏それ自体を言い出したのが本章だから*2である。法華経以前は二乗不作仏であった、と言っているのは、法華経それ自身なのだから、これは完全な循環論法である。しかもその動機が、前述したように、法華経教団が在家からの施与を得る上でライバルであった他出家者集団に対する鞘当てであったことはほぼ疑いない。

 

 では、これらの主張は、所詮は法華経教団が施与……平たく言えば、額に汗して働く人々が彼らを有り難がって恵んでくれる食べ物……の独占を図ったプロパガンダに過ぎないのであろうか。ある一面において、答えはイエスである。が、そのために彼らが弄んだ論理が、今日まで連綿と続く法華経信仰のセントラルドグマの発端となったのであり、そこには確かに、紀元1~2世紀の人々が考え出したとは俄かに信じ難い飛躍した思考過程を見出すことができ、実際、それが後世多くの人々を善悪良否様々な実践へと誘ったのである。

 

 果たしてそれはどのようなものであるのか。

 

 

                    *

 

 

 声聞や独覚には仏の智慧は理解できないのだ、との断言で始まる法華経第二章“巧妙な方便”の冒頭部の結びに、“十如是(じゅうにょぜ)”の名で天台法華信仰者の間では有名な一節が現れる。妙法蓮華経からその部分を引いてみよう。

 

 所謂諸法如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等。

 

如是、すなわち、()くの如し、と十個述べられるのでこれを十如是と呼ぶ。所謂諸法、すなわち、いわゆる諸々の法……声聞や独覚には理解不可能でただ仏のみが知りえる法とは、に続いてこの十如是が示されるのであるが、実は、この十如是はサンスクリット語原典に対応する箇所がない。厳密に言うと、原典では五つであり、かつ、直感的である。

 

 それらの法が何であり、いかにあり、何に似ており、どのような相をしており、どのような自性をもっているか

 

 漢訳妙法蓮華経を物した鳩摩羅什は、何か思うところがあってこの一節を大幅に増補し、かつ、分析的な体裁を加えたらしい。この背景については諸説がありどれが妥当とも判じ難いのであるが、敢えてその判断は避けて、羅什がそのようにしたくなった理由に想像を廻らせてみたい。

 

 以下、例によって私見に過ぎないのであるが、全般的に法華経の文面は、他の仏典に比較して、極めて情緒的であり分析的な視点を欠いている。読者諸兄には、八正道(はっしょうどう)十二支縁起(じゅうにしえんぎ)六波羅蜜(ろくはらみつ)(あるいは十波羅蜜)といった仏教由来の用語をご存知の方もおいでかと思うが、これらの語が示しているように、全体として俯瞰した場合の<仏教>には、普段我々が明確に意識していない物事を、やたらと分析的に分類し「それはn個の~からなる」とする言明が無闇に多い。

 

 これは、歴史上の釈迦がそう言ったから、というよりは、釈迦が、普段明確に自覚されないところを自覚的に思惟することを弟子達に勧めた……これとて史実かどうかはわからないが、少なくとも<仏教>に形を与えていった人々の多くがそのように考えていたことは、現代に伝わる経典群から読み取れる……結果、それを弟子達が経典として書き遺すに際し、いわばその副作用として表れたものであろう、とボクなどは考えているのであるが、対して法華経の記述は全般的にそういう傾向に乏しく、直感的あるいは情緒的な表現を中心に話が進むという特徴がある。

 

 この点は古くから問題視されていたようで、要するに「法華経は自身を最高の経典だというワリには、教理的な内容に乏しいではないか」との批判があったのだが、他ならぬ天台大師が『法華玄義(ほっけげんぎ)』において、唯如来設教の大綱を論じて微細の網目を委しくせず、あるいは前の経に已に説くが為の故なり、すなわち、法華経は本当に重要なことのみを論じて細目には触れないのだ、なぜならそれらの細目は法華経以前の経で説き終えている*3のだから、と、いささか苦しげな弁明を遺している。

 

 強いて天台大師と異なることが言いたいワケではないが、敢えて別の見解を示してみたいと思う。

 

 天台は、歴史上の釈迦が法華経を説いた(厳密にはその正確な伝承が法華経に成った)と考えているので以上のような弁明をしたと思うのだが、繰り返し述べているように、法華経を作ったのは法華経教団であり、その内容は、当然のことながら彼らの能力によって制約を受けている。で、法華経に分析的であったり教理的であったりする表現が、皆無でこそないものの少ないのは、そもそも執筆陣にそのようなことを書く能力が欠けていたからではないか、と不遜なことを考えてみたりするのである。

 

 前段でのべた「二乗不作仏論は法華経教団が在家からの施与を得る上でライバルであった他出家者集団に対する鞘当てであった」とする指摘を思い出して欲しい。ここで言う“他出家者集団”こそが、まさに、八正道や十二支縁起といった、よく言えば分析哲学風の仏教を重んじた人々であり、悪く言えば、思弁哲学としての仏教を弄びつつ、その難渋さで以って在家からの施与を既得権益化していた人々でもある。

 

 予め断っておく。言葉尻の印象による善悪良否の価値判断を一旦停止して次下の拙論を読んで欲しい。

 

 結論から言えば、法華経からはある種の“反知性主義”の臭いが感じられるのである。

 

 法華経が書かれた当時のインドには、仏舎利(ぶっしゃり)信仰に端的に表れるような釈迦の遺徳に対する恋慕渇仰が未だ息づいており、そのエネルギーは、具体的には“施与”という形で、仏教を専従的に研究する出家者集団へ流入していた。一方で、声聞あるいは独覚と呼ばれた彼らの実践は、一般庶民の目線からすれば、俄かには意味のわからない専門用語を諳んじ、内輪の哲学談義に盛り上がる閉鎖的なものに見えていたに違いない。

 

 これに対するカウンターカルチャー(の一つ)として法華経の言説が生まれる。彼らの言い分はこうだ。教理的かつ難渋な用語の氾濫が、我々が敬慕する釈迦が望んだことであろうはずがない。そんな用語を弄ぶだけの学者連中=二乗に、仏陀の真意など理解できようはずもない。釈迦が衆生を救済すべく生まれた仏陀であるならば、その真意は我々にも容易に理解できる単純明快なものであるはずだ、と。

 

 本章において釈迦の対話相手に、その弟子中智慧第一とされた舎利弗が選ばれていることも、決して偶然ではない。本章の釈迦は舎利弗に対し「おまえたち声聞・独覚には決して仏の真意は理解できない」と宣言するが、これは同時に、法華経執筆者たちが他の出家者“学派”に対しておこなった宣戦布告にもなっている。

 

 ボクがこれを反知性主義、と呼ぶのは、不適切な対比であることは承知の上で言うが、たとえば今日においてアインシュタインの相対性理論に対してトンチンカンな反論を提出するトンデモさんたちが、しばしば似たような言辞を弄するからである。曰く「宇宙の真理が(私に理解できない)難渋な数学であるはずがない、もっと簡単なものであるはずだ」というアレだ。ただし、この比喩において、一方の相対性理論およびそのオルタナティブは実験を通じてその妥当性が検証できる性格のものであるのに対し、<仏教>の教説はどこまでいっても思弁哲学であって、部々分々の論理の妥当性はともかくとして、教説全体の真偽の検証などというものは本質的に不可能である、ことには注意が必要である。

 

 とまれ、これが法華経に存外分析的な視座が欠けており、情緒的な論が幅を利かせている直接の要因ではないか、とボクは考える。つまり、法華経執筆者は、そもそも伝統的な分析哲学的な仏教用語を扱えなかったか、扱えはしたがそれを用いると反知性的な支持者を失うばかりではなく、正統権威を有した対立出家者との際限ない揚げ足取り合戦に陥り、そうなると権威に欠ける側=法華経教団が敗北すること、が見えていたので、敢えて分析哲学的な用語を使うことを避けたのだ。おそらく真相は後者の方だろう。

 

 ここで話が冒頭の十如是に戻る。鳩摩羅什の生没年には諸説あるが、4世紀後半の人である。彼の妙法蓮華経訳出は、法華経の成立からは短く見積もっても200年以上経てからおこなわれている。また彼の学識の多くは、分析哲学的な<仏教>を大成させた中興の祖である龍樹(りゅうじゅ)、原語でナーガールジュナ(2世紀後半のインドの人)の論に依っていることがわかっている。羅什の視点からすれば、法華経が、何か従来の他経典とは質的に異なったことを論じていることは容易に読み取れたろうが、そこに龍樹のような分析的な視点が欠けることは、彼からすれば甚だ不整合なことに思われたに違いない。

 

 前述したように、十如是の成立背景には諸説あるので、ボク如き浅学不才のものが判じるに値わないのではあるが、その直接の動機が何であるにせよ、根っこの部分には、大前提として羅什に、仏説は龍樹の著作同様に分析的であるべきだ、という信念があり、その上で分析的でない法華経を訳出したため、本人も企図しない粉飾が加わったのではないか、と考えることは、さほど的を外しているとも思わない。

 

 この傾向は、法華経を全仏典の集大成と見做す天台大師の解釈によって、より強化されることになる。決して中村師を悪く言いたいワケではないが、師も天台の末流、日蓮宗の僧侶であられるからして、前掲書の本章訳注を読むと、ここまでの部分に登場する各種用語について、やたらと詳細な解説がなされているのであるが、これらは、法華経が先行経典から概念の名前だけを借りて列記しているものを、師が天台以来の解釈に従って、他経典で解説されたその意味を示しているものであって、原典にせよ漢訳にせよ、法華経自身がそれを解説しているワケではないのである。

 

 そして、概念の名前だけを借文して、そこに情緒的な論述を加えるのは、今日も変わらず反知性主義の常套手段なのである……念のために断っておくと、見る人が見れば、ボクもその一人であることにはちゃんと自覚がある。むしろ、二千年前からそうだ、ということに、我々は驚嘆すべきであるのかも知れない。

 

 さて、さきほど「言葉尻の印象による善悪良否の価値判断を一旦停止せよ」と書いた。反知性主義、というと、知性に反する、と書くのであるから、それだけでそれは悪いものだ、無価値なものだ、と読者諸兄は感じるかも知れない。が、反知性主義そのものは絶対悪ではない。これを論証するのは連載の本旨ではないので詳述は避ける。

 

 ボクとしては、法華経が反知性主義を潜在させている、ということ念頭に置いた上で、法華経教団が何を訴えたのか、の方に着目したい。さらに法華経本文を読み進めていけば、彼らが反知性主義の暗黒面、すなわち、無知な大衆に対する煽動家に過ぎなかったのか、あるいは、何か異なる新しい価値を生み出し得たのか、が明らかになるはずだ。

 

 

                    *

 

 

 十如是に続き、ここで()が挿入される。その訴えるところは冒頭部と同じ二乗不作仏説の繰り返しとなるが、少し趣の異なる句を含むので、そこから見ていくことにしよう。

 

 それを示すことは不可能で、それを説く言葉もない。だれかにその法を説き示し、その説き示された法を理解する、そのような衆生はこの世界には見当たらない。信力堅固な菩薩たちを除いては。

 

 上引用部は、底本の註によるといささか論理の混乱している難読箇所であるらしく、複数ある法華経現代語訳間でも揺れているそうであるが、とりあえずここでは中村師訳を受容しておくこととしたい。妙法蓮華経の当該部、是法不可示。言辞相寂滅。諸余衆生類。無有能得解。除諸菩薩衆。信力堅固者。もほぼ同意となっている。

 

 言わんとするところは、冒頭長行部同様に、当の仏のみが仏の真意を知り得るのである、とする主張であるが、ここに信力堅固な菩薩たちを除いては、との但し書きが加えられる。ここでいう菩薩が法華経執筆者自身を指しているのは明白である。注目すべきは、ここでその菩薩を信力堅固としているところだ。

 

 日蓮教学ではこれを“以信得入(いしんとくにゅう)”、すなわち「信を以って入ることを得る」と称する。日蓮自身が直接依った経文は続く第三章に登場するのであるが、それはここで言われていることを敷衍したもの、と言うことになろう。つまり、仏典の記述を己の知性で以って解釈し理解することには凡人には限界があるので、それをそのまま信じることを以って如来の知見に入るのだ、とする主張である。この点については、日蓮は正しく法華経執筆者の意図を喝破したものと見える。ただし、それが普遍的に正しいことか、と問えば、有り体に言えばこれは「思考停止して妄信しろ」と言われているように取れなくもないから、注意が必要である。

 

 とまれ、前稿でも指摘した法華経の反知性主義的な一面をここにも垣間見ることができる。法華経教団が、難渋な分析哲学を弄ぶ声聞・独覚(を気取る人々)に対し、強い嫌悪感を抱くと同時に、その対極として、無心に仏陀の遺徳を信じる自分たちこそが真の菩薩なのだ、との自負を抱いていたことがわかる。

 

 この後、偈はこの世間のすべてが、舎利弗と等しいものたちで満たされ、彼らが一緒に思い量ったとしてもと、かなり無理のある場面を想定しつつ、それでも仏の真意を汲み取ることは不可能なのだ、を始めとした同様の言明を繰り返す。最早、これが知性主義に対する徹底的な否定を狙った反語表現であることは明らかだろう。

 

 そして、舎利弗に対し大信力を起こすが良いと勧めた上で、偈の末尾に至ってキーワードが登場する。

 

 私は世間において多くの法を説き、あれこれに執着している人々を解脱させるため、覚りに至る三つの乗物を説き示す。これが私の最高の巧みな方便である。

 

 キーワードの一つは言うまでもなく本章々題にもなっている“方便”であり、もう一つは三つの乗物、すなわち“三乗(さんじょう)”である。三乗とは、声聞・独覚の二乗に、菩薩を加えて三乗と呼んでいるのであるが、ここまで敢えて触れずにきたが、この二乗・三乗に見える“乗”の字は、ここでの表現を借りれば覚りに至る乗物のことを言っていて、サンスクリット原典の“ヤーナ”がこれに当たり、やはりその意味は乗り物のことである。

 

 もちろんこれは比喩である。法華経教団に限らず、当時の仏教者は、釈迦の教え(とされるもの)を、人間を至上の悟りへと導く乗り物に喩えることを好んだようだ。余談だが、いわゆる浄土思想、つまり、我々の生きる世界とは異なる別世界(西方極楽浄土)へと救済されるとの観念は、直接的にはこの乗り物の比喩の副作用によって生まれたように思う。得阿耨多羅三藐三菩提、つまり、至上の悟りを“得る”という観念に縛られている限り、この発想は生まれまい。悟りを得ることが、悟りの無い場所から有る場所への移動と観念され、仏の教えがその間を空間的に移動する手段=乗り物、と観念されたがゆえに、ある種の異界信仰として浄土思想が生まれるワケだ。

 

 閑話休題。

 

 法華経執筆者はここに至って「三乗は方便である」と釈迦に言わせている。偈の末尾に示されていることから、これが彼らにとっての結論、関心の中心であることが明白となる。では、この言明で以って言わんとしていることは何なのだろうか。

 

 三乗とは、声聞・独覚・菩薩のことである、と既に述べたが、これをより平たい表現に直せば、お釈迦様が「よく学びなさい」「よく考えなさい」「人助けをしなさい」と言った、ということに他ならない。そして、これが方便である、というのは、これら三つそれ自体は、手段であって目的ではない、ということが法華経教団の主張ということになる。逆に言えば、少なくとも法華経教団の人々の主観からは、他の出家者集団のやっていることが自己目的化した学習・思索・救済に見えていたのだろう。これが、法華経誕生の原点である。

 

 このように噛み砕いてみると、彼らの主張がさほど突飛なものでないことが次第にわかってくる。たとえば、我が国において受験戦争の弊害が指摘されるようになって久しいが、これはまさに自己目的化した学習に対する批判である。受験戦争は、真に目的とするところは次代の日本国家を背負って立つ人材を競争の中から輩出することであって、他者よりも少しでも良い学歴を身につけてふんぞり返ることではないだろう、と言われればまさにその通り。同様のことは、独覚を現実問題から遊離した為にする哲学、菩薩を自己満足に陥った偽善的ボランティア、と読み替えれば、そのまま現代の我々にも当てはまる。

 

 無論、ここでボクが言いたいのは、だから法華経教団の主張は妥当である、などといった拙速な結論ではない。現代の我々と、細部は異なれども同じような社会矛盾を紀元1世紀頃のインドの人々も抱えていて、それに対して問題意識を持った法華経執筆者たちの思考過程もまた、決して神秘的でも深遠でもなく、極普通の人間が極普通に考える域から大きくはみ出してはいなかった、ということである。

 

 ではどうするのだ、という点についての彼らの主張はもう少し後に出てくるので、ここは今しばらく本章に沿って読み進めることにしよう。

 

 偈が終わると、これを聞いていた釈迦の修行時代からの同志とされる阿若憍陳如(あにゃきょうじんにょ)をはじめとする声聞たちがざわめきはじめる。彼らは阿羅漢(あらかん)、すなわち声聞の最高位であり仏陀の教えを学び尽くしたとされる人々……先の現代との対比で言えば、東大で博士号を取得といったところか……とされるのであるが、その彼らが「自分たちは悟りを得たはずであるのに、今、世尊がおっしゃっていることが自分たちには理解できない」と独白するのである。

 

 これは明らかに、法華経教団から声聞的な出家者集団に向けて発せられた嫌味である。おまえたちは、難渋な哲学用語を諳んじて我偉しとふんぞり返っているが、我々の言わんとすることがわからないだろう、と言っているのだ。個人的には、当時の声聞的な人々にとって、こうした主張はおそらくは想定範囲内であって、その妥当性はともかく、何らかの論理的な反論があったはずだが、反論があった事実は法華経から読み取れる(これは次話で扱う)が、その内容まではわからない。というか、この態度にも示されているように、反知性主義的な性格を有する法華経教団は、そうした反論を論理的に分析して更なる止揚を目指すような発想はなかったろう、という気がする。

 

 それはともかくとして、彼らが戸惑うばかりであるのに対し、智慧第一の舎利弗は、智慧第一と称されるだけに……まぁ、法華経教団のプロパガンダキャラクタだ、と言ってしまえばそれまでなのだが……戸惑うことなく理知的な言動を取る。曰く、

 

 世尊よ、いかなる因、いかなる縁によって、世尊はいくたびも、もろもろの如来の巧みな方便と智慧と法の教示を繰り返し称嘆されるのでしょうか。「私ははなはだ深遠な法を悟った」と仰せられ、また「如来が密意をもって説かれたことは知りがたい」と、たびたび賛嘆されるのでしょうか。私はかつて世尊から親しくこのような教説を聴聞したことがありません。ここにいる四衆もみな疑惑と疑念につつまれております。世尊よ、如来はいかなる意図によって、如来の甚深の法をたびたび称嘆されるのか、お説きください。

 

 そもそもこの一言だけがあれば、本章のここまでの内容は要らなかったんじゃないか、と思うほどの再要約である。流石は智慧第一(いや、違う)。

 

 そしてこの舎利弗の台詞は、ここまでの要約であると同時に、法華経教団が他出家者に対して暗に求めている態度でもある。現時点では何を以って彼らがそこまでに自信過剰であるのかは明らかではないが、智慧第一の舎利弗ですらこうして釈迦にその密意を説くことを求めるのであるから、現代の声聞たちも法華経教団に同様に教えを乞え、と言っているのだ。

 

 愉快なことに、次下からは舎利弗が偈で以って釈迦に教えを乞う。ミュージカルかよ、と。まぁ、さしずめ「♪教えて~お爺さん♪」といったところか。困ったことにこの偈が妙法蓮華経ベースで四十四句、二百二十字に及んでいて、しかも基本的に釈迦を褒めたたえるばかりで無内容……厳密に言えばそうでもないが、本筋ではない……なので、ここではサラッと流す。

 

 で、舎利弗がこれほどまでに歌って踊って(いや、踊ってはいない)みせたのに、これに対する釈迦の返答は以下の通りそっけないのである。

 

 舎利弗よ、やめよ。この意義を述べたとしても何になろう。なぜなら、舎利弗よ、もし私がこの意義を説いたとしても、神々を含む世間のものたちは驚き、疑うであろうから。

 

 えーっ!!ここにきてジラすのかよ!?

 

 釈迦のジラしに対し、再び舎利弗が教えを乞う。突き詰めればこれは法華経執筆者の一人芝居なのであるから、いささか滑稽な感がなきにしもあらずではあるが、二度目の乞いに対する釈迦の再びのジラしはなかなか興味深いことを言っている。

 

 舎利弗よ、この意義を説いても何の役に立つであろう。舎利弗よ、この意義を説き明かすならば、天をはじめとするこの世間のものたちは驚き、疑いをいだくであろう。また、増上慢(ぞうじょうまん)比丘(びく)たちは、大きな坑に堕ちこんでしまうであろう。

 

 途中までは前段と同じであるが、末尾に法華経教団の本音が垣間見える。増上慢というのは、見慣れない言葉かと思うが漢訳仏典にしばしば見られる語で、悟りを未だ得ていないにもかかわらずさも得たような偉ぶった態度、またはそのような態度を取る人……要するにボクのような嫌なヤツ、のことを言う。もちろん、ここで言われている大きな坑に堕ちこんでしまうとされる増上慢の比丘とは、法華経教団から見た同時代の論敵のことを指していると考えて間違いあるまい。

 

 う~む、どっちが増上慢なんだ?と首を傾げたくなるが、捨て置こう。

 

 メゲずに舎利弗が三度教えを乞う。またも偈がやり取りされるが、キリがないので割愛。ここに至って釈迦は、ついに舎利弗の乞いを受け入れて如来の密意を説こうと宣言する。

 

 ちなみに、このやりとりを天台教学では“三止三請(さんしさんしょう)”と呼ぶ。この前後の流れでは釈迦は二回しか止めてないじゃん、とか思うのだが、これは冒頭のやり取り、つまり、二乗には仏の密意はわからん、と断言した直後に舎利弗よ、この程度の説明で満足するがよい(これについて問うのを止めよ)との言葉があり、妙法蓮華経ではこれを含むすべてを止舎利弗(ししゃりほつ)と表記しているからである。

 

 殊更説明するまでもなくこの修辞は、三国志演義における劉備玄徳の諸葛亮孔明に対する三顧の礼と同じ効果を狙ったものであろう。もう少し簡略化された形になるが、天台教学における後半部(本門)の要、如来寿量品第十六(第十五章)の冒頭にも、同じような三唱される繰り返しが見られる。この点において、方便品と如来寿量品が法華経の要であると喝破した天台大師の解釈は、決して的を外しているワケではない。つまり、この三唱の後に示される部分が、法華経を書いた人が主観的には一番言いたかったことだからである。

 

 まぁ、言いたいこと、と、正しいこと、は必ずしもイコールではないのであるが。

 

 かくして、ついに釈迦が本章の本題に入ろうとするのであるが、その前にちょっとした幕間劇が入る。少し長いのであるが、非常に興味深い部分なので以下にそのまま引くことにする。

 

「舎利弗よ、そなたは、いま、三たびにわたってまで如来に懇願した。舎利弗よ、このように請い願うそなたに私は説かずにおくであろうか。それゆえに舎利弗よ、明らかに聴き、よく心に留めるがよい。私はそなたに説くであろう」

 世尊がこの語を仰せられるやいなや、そのとき、その集会の中から、増上慢の五千人の比丘・比丘尼(びくに)優婆塞(うばそく)優婆夷(うばい)が席からたって、世尊の両足を自らの頭に頂き礼拝して後、その集会から退き去って行った。なぜかというと、これらの増上慢のものたちは、不善根のために、いまだ得ていないものを得たと思い、いまだ悟っていないものを悟ったと思っているからである。彼らは自分に過失のあることを知って、その集会から立ち去った。しかし世尊は黙然としてそれをお許しになった。

 

 この下りについて、まず、天台法華教学における伝統的な解釈を示しておく。

 

 舎利弗の三止三請を受けて、釈迦は、如来の密意であるがゆえに、説き明かすことが返って衆生を惑わす恐れもある究極の真理を、時が来たと判断して説くことにした。が、そのとき、過去世からの善からざる因縁によってそれまでの二乗・三乗の教えに満足していた人々は、そのことを真正面から指摘されることを恐れてその場から立ち去った。釈迦は、その人々にはまだ真理を受け入れる準備が出来ていないのだから、と考えて、敢えて呼び止めずに見送った。

 

 これを天台教学では“五千起去(ごせんききょ)”と呼び、主に、自身の思い上がりによって、より博識な人物からの教授の機会を失することを戒める逸話として取り上げられる。それはそれで、自身の日々の生活の実践へのフィードバックとしてよろしい読み方であるとは思うが、この天台の解釈は、やはり、ここに現れる釈迦を歴史上の釈迦と見ているからこうなるのであって、この下りの真意は、これを書いたのは釈迦を騙る法華経教団の人間である、との前提で読まないとわからない、と、ボクなどは思うワケである。

 

 では、この下りの真意は何か。例によって例の如く、あくまでも私見であると断って書くが、二通りの考え方が出来ようかと思う。

 

 第一には、五千起去は実際に起こった出来事であるとする捉え方だ。もちろん、釈迦在世の話ではない。法華経教団のメンバーが、ここまでの議論、もしくは本章次下に示されるところの彼らが信じる如来の密意を、当時の主流派声聞衆に対し、それが辻説法なのか討論会なのかはわからないが開陳したことがあって、声聞衆が実際に一斉に席を立って退去した、というような事件があったのではないか、という話である。

 

 もちろんこの場合、五千という数は粉飾されたものであろうが、空想の産物にしては釈迦の弟子の一部なりともが説法の場から退去するというのは、あまりに突飛かつ生々しいものであるから、むしろこれを法華経教団が実際に自ら体験した出来事であると考えた方が筋が通るような気はする。また、既に見た第十章の記述もそうした事件の存在を匂わせている。

 

 一方で、同じ第十章から読み取った彼らの自意識と実践のちぐはぐさを踏まえると、もう一つの可能性も考えておく必要があろう。つまり、五千起去は実際には起こっておらず、法華経執筆者が、彼らの信念を主流派声聞衆に開陳したとすればこのようになるだろう、と想像したものである、とする考え方である。

 

 いずれが真相か……もちろん、ボクがまったく的外れなことを言っている、という可能性もあるがここでは捨て置く……はわからないが、ここから導かれる結論は大きくは変わらない。それが事実であるにせよ空想であるにせよ、読む人が読めば(あるいは聞く人が聞けば)ここで言われている増上慢の五千人の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷*4が誰を指して言っているのか、当時は明白であったろうと考えられる。そして、これを釈迦在世に仮託してこのような形で経文として吹聴されてしまえば、どれだけ法華経教団の主張に素晴らしさがあったとしても、少なくとも主流派声聞衆は法華経教団に合流するどころか、対話の席につくことすら困難となったはずである。

 

 つまり、この五千起去は、法華経教団による主流派声聞衆に対する事実上の絶縁状になっている。ある意味において、天台大師の好意的な受け取り方とは真逆だ、とすら言えるかも知れない。

 

 また、このような態度、すなわち自分たちの信条を最高のものと定義し、以って論敵を見下して一方的に対話不可能性を突きつける物言いは、現代の教条的・原理的な宗教集団にもまま見られる傾向であることは言うまでもあるまい。ここでもまた、我々は、我々人類の思惟が二千年を経てさして進歩していないという事実を知るのである。

 

 天台法華教学が、本章をして二乗作仏を示した妙法蓮華経迹門の要としていることを繰り返し述べてきた。詳しくは次稿以降で見ていくが、成仏できない二乗に対して、本章で示される一乗に信伏することで成仏が許されるからそうだ、というのが言い分なのだが、以上見てきたように、少なくともボクは本章をそのようには読まない。法華経教団は、この五千起去を書いたことにより、意図してかせざるかはともかく、主流派声聞衆を自分たちの運動から締め出しているのだ。

 

 

                    *

 

 

 ようやく法華経第二章“巧妙なる方便”の本題まで辿り着いた。ここまでの引張りが濃厚だっただけに期待するところ大な人もいるかも知れないが、予め断っておくと、そんなに劇的に凄いことが語られるワケではない。

 

 また、この部分は法華経全体を通して最も冗長度が高い……言い換えれば、こなれていない、と言うか、整理されていない部分に当たる。思うにこれは、法華経成立史の早い段階でこの部分が書かれ、後にセントラルドグマとして固定化されて容易にブラッシュアップすることが彼ら自身をしても出来なくなってしまったからではないか、と思うのであるが、そういう事情なので、逐一読むことを避け、要旨抜粋で進めていくことを諒されよ。

 

 舎利弗よ、いつか、もろもろの如来はこのような妙法の教えを説くのである。舎利弗よ、たとえば、優曇鉢の華はいつか、あるときに現れるが、そのように舎利弗よ、如来もまたいつか、あるときに、このような妙法の教えを説くのである。舎利弗よ、そなたたちは私を信ずるがよい。私はあるがままに説くものであり、相違なく説くものである。

 

 本論部分の釈迦……ひつこく言うが、法華経教団を代弁するキャラであって、歴史上の釈迦ではない……の第一声は上引用の通り。

 

 まず大前提として、法華経執筆者のみならず、当時のインドの人々の間で広く受容されていた世界観を押えておく必要があるだろう。彼らは今我々が住んでいるこの世界を“サハー”と呼んでおり、これが漢訳音写されて“娑婆(しゃば)”になるのだが、同様の並立する世界が事実上無限に渡って存在すると考えていた。これを漢訳経典では“三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)”という。

 

 上引用のもろもろの如来は、この三千大千世界それぞれに現れる仏陀のことを言っており、その観点からすると、歴史上の釈迦は、三千大千世界に無数におわす仏陀のうち娑婆世界に現れた一人、ということになる。従って、引用部初句が言っているのは、仏が妙法の教えを然るべき時が至れば説く、ということが、三千大千世界に共通する法則だ、とする、いきなりの、超宇宙大の言明なのである。しかも、ここで言われている妙法の教えとは、法華経執筆者たちの信念=法華経の内容、に他ならないのであるから、おそらくこれは人類史上最大級の大言壮語の類ということになろうか。

 

 これを優曇鉢(うどんぱつ)、サンスクリット語でウドゥンバラと呼ばれる、三千年に一度咲くといわれる伝説上の花に喩えているのは、言っている本人としては、妙法を説く仏に出会うのは稀有なことなのであり、ゆえに尊崇せねばならない、と言いたいのはわかるが、ここでも法華経の論理が極めて情緒的・文学的であり、分析的論理性やスケール感の統一が度外視されていることが確認できる。

 

 その上で私を信ずるがよいと言われても、とりあえず話半分でよければ承ります、としか応じようがないのであるが、とまれ、ここでは彼らの思考が存外雄大であったことを理解できれば十分である。

 

 ところで。

 

 現代の仏教者、またそれに連なる新宗教の関係者が、しばしばこの三千大千世界観を以って「仏教は現代天文学の知見を予見していた」と発言するのを散見するのであるが、確かに、地球のみが唯一の世界なのではなく、同様の世界が事実上無限大に広がっていて、現時点では確認されていないものの、我々同様の知性が宇宙に無数に存在するであろうとする観念は、現時点では証明も反証もなされてはいないが半ば常識化しており、ソレとココで言う三千大千世界が通じている、と言われれば、それはそうかも知れない。が、ボクはこれは三重に間違っていると思う。

 

 第一に、三千大千世界観(および輪廻転生観)は当時のインド人のそれであって<仏教>の発明によるものではない。<仏教>はその世界観を当初は比喩として活用していたものが、仏典の伝承を重ねるうちに既成事実化したものである。よって、これを先見の明として称揚するのであれば、当時のインド人全般に対してそうすべきであって、仏教のみを褒めるのは、法華経同様の根拠なき自画自賛に過ぎない。

 

 第二に、元来の仏教*5は、三千大千世界があるとかないとか、死後の生命があるとかないとかは、他ならぬ私が生きていく上で目下の問題ではないので拘う必要なし、との立場だったはずである。無論これは、釈迦が現代宇宙物理学を無価値と判じるだろう、と言っているのではない。当時に比較して我々の認識可能範囲は飛躍的に拡大されたのであり、認識されるものはあるがままに学べ・考えろ、が釈迦の基本姿勢であったはずだから、彼もまた宇宙物理学に関心を示したであろう。が、究めれば、宇宙物理学そのものは一人ひとりが生きていく上の問題とは関係がなく、むしろその学問的正統への執着が人を苦しめるのであれば忌避すべきである、という点は同様であったろう、とは思う。

 

 第三に、百歩譲って三千大千世界観が現代天文学に通じているとして、だからどうだと言うのか。空を見上げれば今も三千年前もかわらず星はまたたいているのであり、我々が住むこの大地もあの星々の一つではなかろうか、という着想さえあれば、その実証性はさておき似たような観念には至るはずである。それを言ったからといって、それを言ったものの他の全知見が正しいことの証明にはまったくならない。むしろ「仏教は現代天文学の知見を予見していた」などと軽々しく発言する人間に対しては、疑ってかかることを個人的には推奨する。

 

 とまれ、そのような意味において、法華経教団もまた、仏教の出発点である釈迦の立ち位置からはかなり逸脱していることが見て取れるのであるが、これまた別の文脈で既に論じたことではあるが、釈迦の出現を契機として東アジアで発展した思考様式を<仏教>と総称する観点からすれば、法華経がその結実点の一つであるということは言えるだろう。

 

 閑話休題。

 

 この後、三乗には如来の密意はわからない、とする冒頭部と同様の言明が再びなされた後、以下のことが言われる。

 

 如来・応供・正等覚者はただ一つの目的、ただ一つのなすべきことのために世に出現されるからである。すなわち、大いなる目的のために、大いなるなすべきことのためである。

 

 やっと、如来の密意に辿り着いた。以下、似たような表現が繰り返されて冗長なので、主意抜粋するが、ここで言われる大いなるなすべきことは以下の五つである。

 

 ・衆生たちに如来の知見を開かせる

 

 ・衆生たちに如来の知見を示す

 

 ・衆生たちを如来の知見に入らせる

 

 ・衆生たちに如来の知見を悟らせる

 

 ・衆生たちを如来の知見の道に入らせる

 

……これだけもったいぶって、言うことがコレかよ、とか思ってしまうボクはやはり増上慢なのだろうか。まぁ、そういう冗談はさておき。

 

 これを天台法華教学では“四仏知見(しぶっちけん)”と呼び、動詞句のみを四つ連ねて“開示悟入(かいじごにゅう)”とも言うのであるが、ご覧の通り、原典からの翻訳では知見の数は五つである。底本訳注によると、この部分は写本・訳本間で揺れがあるらしく、四仏知見と五仏知見のどちらが正しいとも一概に言えないようである。いいのか、如来の密意とやらがそれで?

 

 いや、とりあえず良しとしよう。そもそも分析的視座を欠く法華経においては、このような言明に際しての数には深い意味はないのである。敢えて我見を以って超訳すれば、仏の密意、大いなる目的とは「人々の主体性で以って如来の知見をどうにかさせること」ということになろうか。主体性で以って、を挿句しているのは、おそらくは模範を示すの意であろう“示”を除き、すべての動作の主体は仏ではなく衆生に置かれているからである。

 

 そして、ここで言う“如来の知見”もまた「人々の主体性で以って如来の知見をどうにかさせること」なのであるから、これを代入展開すれば、

 

 仏の大いなるなすべきことは『人々の主体性で以って「人々の主体性で以って「∞」をどうにかさせること」をどうにかさせること』である。

 

ということになる。

 

 以上が、ボクの解釈による法華経のセントラルドグマであり、本章は以下延々と続くのであるが、結局のところこれを超えることは何も言っていないし、それは、法華経全篇を通じてすらそうである、というのがボクの理解である。そして、このボクの理解が万が一にも正しければ、法華経を書いた人は、何がキッカケかはともかく、これこそが仏の知見であり密意であり大いなる目的である、と確信するに至り、それを表明するために(合わせて、以って在家衆の支持を得て食いつなぐために)法華経を書いた、ということになる。

 

 結局のところ、本章表題のいう“巧妙な方便”とは何だったのか。

 

 実は、既に中盤の偈の末尾でそれは示されていたのであるが、その時点では、法華経教団にとっての如来の知見が何であるか明らかではなかったため、その意味するところははっきりとしていなかった。

 

 私はただ一つの乗り物に関して衆生のために法を説くのである。それはすなわち仏陀の乗り物であって、舎利弗よ、そのほかに第二あるいは第三の乗り物はまったく存在しない。舎利弗よ、あらゆる十方の世界においても、このことが根本の理法なのである。

 

 以上は、前稿に示した四 or 五仏知見の初出に続けて現れる一節となる。

 

 ここで言われているただ一つの乗り物、天台教学ではこれを“一乗(いちじょう)”または“一仏乗(いちぶつじょう)”と呼ぶのであるが、これは既に見た声聞・独覚・菩薩の三乗に対比して言っている。つまり第二あるいは第三の乗り物はまったく存在しないというのは、三乗は一乗のための巧妙な方便である、というのが法華経教団の主張の核心であり、これをあらゆる十方の世界……これは先に触れた“三千大千世界”の別の表現である……の根本の理法と言い切っているのであるから、またも突如として宇宙大の断言でもってコレが言われていることになる。

 

 一乗だの三乗だのと抽象的な表現になっているのでいまひとつ意が掴みにくい。以下、くどいようだが私見であると断った上で、読み解いてみよう。

 

 三乗が平たく言えば「よく学びなさい」「よく考えなさい」「人助けをしなさい」になる、ということは既に述べた。対して一乗とは何であったか。ここで前稿末で超訳したことをもう一段噛み砕こうと思うが、

 

 人々の主体性で以って「人々の主体性で以って「∞」をどうにかさせること」をどうにかさせること

 

 これが畢竟何を言っているかというと、まず、自分自身は、自らの意思……これは責任と読み替えてもいいと思うが……で以ってそれに取り組まねばならない。何者かからの強制であったり、利益誘導であってはならない。で、何をするかと言うと、自分ではない誰かが、自らの意思で以って他の誰かに、今まさに自分が彼また彼女に伝えようとしていることを伝えることができるようになるように明に暗に導きなさい……ボクの言語能力の限界から他の書き様が思いつかないのであるが、概ねこのようなことであろう。

 

 やや矮小化し過ぎかも知れないが、一乗を「教育者を育て得る教育者、を育て得る教育者……以下無限ループ……でありなさい」と読み替えてもいいかも知れない。繰り返し書くのに不便なので、以下これを「教育者∞でありなさい」と略記することにする。

 

 すると、三乗は一乗の方便だ、とする言明はどのような意味になるだろうか。

 

 「よく学ぶこと」「よく考えること」「人を助けること」は、手段なのであって、この手段を尽くして「教育者∞でありなさい」

 

 以下本章では、釈迦はここでいうところの「教育者∞でありなさい」をいきなり衆生に伝えてもワケがわかるまいと考えたので、相手の持って生まれた性質に応じて、あるときは「よく学びなさい」あるときは「よく考えなさい」またあるときは「人助けをしなさい」と衆生を導いたのであり、これを可能にするのが方便=如来の知見である、と述べられる。もちろん、その目的は釈迦自らが「教育者∞である」ためであり“教育者∞”こそが仏である……大雑把に翻案すれば以上のような感じになる。

 

 一方で、法華経を書いた人々は自分たち以外の当時の出家者を、釈迦の密意に思いを馳せることなく、方便として諭されたところの「よく学びなさい」「よく考えなさい」「人助けをしなさい」に執着した人々だと見ていた。裏を返せば「私はよく学んだ」「私はよく考えた」「私は人を助けた」は、それはそれで立派かも知れないが決して仏ではないし、ましてや、それを鼻にかけてふんぞりかえる連中を我々は仏弟子とは断じて認めない、が、その適否はともかくとして、法華経教団の他出家者集団に対する批判の核心ということになろうか。

 

 逆に、教育者∞であろうとする人は、当たり前のように「よく学ぶ」し「よく考える」し「人助け」もするだろう。法華経教団の言う方便力は、このとき発揮されるそれをも含んで言っているように思う。そして、真にそのように思考し言動する人は、多少の凶事にも心惑わされることなく前進し続けるだろうし、そのことが、他の人に同様の力を身につけさせるための方便力として働くだろう、と言われればそうかも知れない。

 

 無論、これは法華経教団が抱いたと思われる理想に過ぎないのであって、現実にそれですべてがうまくいくか、と問えば、もちろんそんなことはないと思うが、それでも、二千年前の人々が考えたにしては……少なくとも、あの人が磔になって神から我々を贖ってくださったのだ、とする迷信よりは……地に足のついたセントラルドグマであるように思う。

 

 さて、本章末尾には、百四十五句、七百二十五字からなる超長文の偈が配される。ここに、とても印象的な一節がある。あえて妙法蓮華経からこれを引きたい。

 

 舎利弗当知 我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異

 

 書き下せば舎利弗よ、まさに知るべし、我、もとより誓願を立つ、一切衆生をして、我の如く等しくして異なることを無からしめんと欲す。現代語訳すれば「舎利弗よ、私の願いは、みんなが私と等しくなって異なることがないことです」といった具合。中村師訳も概ね同じことを言っている。

 

 これまたあくまでも私見であるが、思うに、法華経を書いた人々の出発点が、案外この章句にあったのではないか、などと妄想してみるのである。つまりこうだ。周囲の権威ある出家者たちの有り様に不満を抱えつつ、それでもなお釈迦を敬慕して止まない彼らは、なぜ我々は不満なのか、何が現状に欠けているのか、と自問自答した。そしてある日、彼らのうちの一人が何気なく「そもそもお釈迦様は何を願って法を説かれたのだろう?」と問う。

 

 この、一見自明のように見えて自明でない問いが、発端だったのではないか。そして、ああでもない、こうでもない、との議論の末に、不意に上に引用した欲令一切衆、如我等無異のフレーズが誰からともなく示される。その瞬間、彼らに衝撃が走ったのであろう。なぜなら、この釈迦の誓願が真であるならば、自分たちもまた同じことを願うべきであり、また、自分たちが輩出するであろう次世代の者もまた同じことを願うべきであり……以下無限ループ。

 

 そして、この“無限ループ”が、三千大千世界や輪廻転生といった、彼らにとっては自明と受け取られていた世界観と結びついたとき、すなわち、この連環は時間的にも空間的に無限に続くのだ、と観念されたとき、彼らはとてつもない感動と歓喜に包まれ、以って、彼らの中でこの命題が、一気に超時空的な真理へと飛躍したのである。

 

 

                    *

 

 

 ボク個人の好みとして、法華経第二章“巧妙なる方便”に示されるところの仏知見、一仏乗の発想は好きである。また、本質的にそれは知性によって論証される類の命題ではなく、提唱者自身にとってもこれは祈り・願いの類なのであって、ゆえに、反知性的に信を以って入れ、とする姿勢にもまた、一定の理解を示したい。

 

 が。

 

 これは同時に危険思想でもある。“無限ループ”というのは、何か無限の可能性を秘めているように感じられるし、夢や希望に溢れたものに感じられるかも知れない、情緒的には。が、たとえば、情報科学的には、無限ループはその別名を“暴走”と言われるのであって、一切の割り込みを受け付けないループ、というのは、極めてタチの悪い状況にもなり得る。物理学的には要するに臨界状態なのであって、平たくいえば核爆発である。

 

 実際、少なくとも本章は「無限ループを駆動せよ」以外のことは特に何も言っていないのであり、そこからは確かに何らかのエネルギーを取り出せるではあろうが、そのエネルギーが必ずしも平和利用されるとは限らない。実際、この無限ループは、その善悪良非は別としても、いわゆる新興宗教の信者獲得メソッドそのものであり、決して手放しに賞賛できる類のものではないことも付言しておくべきだろう。

 

 また、ボクの仮説が妥当であれば、法華経教団によるこの“如来の知見”の発見は、特に彼らとは別に存在したであろう権威的声聞集団への反感を契機に生まれたがゆえに、結果的に強い反知性主義を胚胎するに至った。繰り返すが、知(三乗)を捨て信(一乗)を以って入れ、とするスローガンには一定の共感を示しつつ、敢えて言う。知なき信ほど恐ろしいものはない、と。

 

 彼ら自身がこの問題に自覚的であったならば、法華経を読み進めていけば、この問題に対する“安全弁”がどこかに仕掛けられているはずである。逆に、全篇読み通してみてそれがみつからなければ、彼らは終始その危険性に無自覚だった、ということになろう。これは、今後読み進めていく上で通底する課題となる。

 

 大丈夫だとは思いつつ念のため重ねて申し上げる。

 

 以上はボク個人の見解であり、それ以上でもそれ以下でもない。真に受け過ぎないように。若き日にこの法華経の洗礼を受けたボク自身もまた“教育者∞”でありたい、とは願っているが、本稿に述べたようなそれであるよりは、むしろ、自ら自分なりの答えを見出せる人を育て得る教育者でありたい、と願っている。とか言うと少し格好付け過ぎだと思うが、有り体に言えば、これはボクにとっては菩提心でも菩薩行でもなく、楽しいお遊びなのだ。

 

 以上で法華経第二章“巧妙なる方便”の転読(うたたよみ)を終える。今回の内容を、密意と取るか方便と取るか、決めるのは他ならぬあなたである。

 

*1
厳密に言えば、江戸時代に“嘘も方便”という言い回しが使われだした際に意識されていたのは、方便品第二の次下となる比喩品第三に見える“三車火宅(さんしゃかたく)の譬え”だったらしいが、これについては追々改めて。

*2
 厳密に言えば、大乗教団からの小乗教団に対する論難、という意味において、二乗不作仏は法華経の専売特許ではなく同時期の大乗教団に共通する主張であり、本章はそのバリエーションの一つということになる。今日において本章が二乗作仏の根拠経典とされるのは、ひとえに天台大師の経釈が幅広く受容されたからであって、そのこととそれぞれの説が実際の歴史上のどの段階に現れたのかには直接の関係はない。

*3
 余談になるが、この天台大師の説が、日蓮が主著『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』において、極端な法華経原理主義を採りつつも、彼自身が爾前経(にぜんきょう)、すなわち法華経以前の真実ではない教え、と蔑む余経を引用して憚らなかった背景にある。

*4
比丘とは男性出家者、比丘尼は女性のそれ、優婆塞・優婆夷は在家信者のそれぞれ男女を指す。

*5
釈迦自身の教説に最も近いとされるパーリ語で書かれた経典にみられる「毒矢の喩え」が有名。

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