法華経転読   作:wash I/O

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第5話 二十四字の法華経 ……第十九章“常に軽侮しない”

 “二十四字の法華経”と呼ばれるものがある。

 

 いきなり脱線するのだが、昔からボクを知っている人は、実はこの二十四字の法華経(のパロディ)を既に見ているかも知れない。拙共著『鉄道模型シミュレーター4エキスパートガイド』(工学社,2006年)の奥付、編集後記に冗談半分に載せていたからである。図らずもこのことが、ボクが十数年前から今とさして変わらないことを考え続けていた……進歩がない、とも言う……ことを証しているのであるが、それはさておき。

 

 我深敬汝等不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道当得作仏。

 

 以上が妙法蓮華経常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)第二十所収の、二十四字の法華経と呼ばれる一節になる。その意味するところは追々見ていくとして、今回は法華経第十九章“常に軽侮しない”を転読(うたたよみ)していく。

 

 この一節が、二十四字の法華経、と呼ばれるのは、もちろんこれが妙法蓮華経ベースで漢字二十四字から成るからであるが、これに特に別称が与えられているのは、この部分が法華経全体を要約していると見做すからである。このような章句を“略法華経(りゃくほけきょう)”と呼び、天台教学においては、ここまで本連載で触れた部分でいうと、第十章の“衣座室(えざしつ)三軌(さんき)”であるとか、第二章の“十如是(じゅうにょぜ)”も略法華経であるとされる。

 

 日蓮遺文に目を向けると、実に多くの遺文がこの我深敬汝等~当得作仏の一節、またはその趣意を引いていて、彼がこの章句に深い思い入れを抱いていたことがわかる。なお、遺文中にはそのものズバリ“略法華経”の語を見出すことができないが、真贋不詳ながら『日興記』中に、

 

 御義口伝(おんぎくでん)に云く、此の廿四(にじゅうよ)字と妙法の五字は替われども、其の意は之れ同じ。廿四字は略法華経なり。

(引用に際し句読点を適時補った)

 

 つまり、師日蓮から口伝で承ったところによれば、この二十四字が略法華経である、との言明で、逆に、これ以外の法華経の伝統的に要文とされる章句で略法華経とされている箇所はない。

 

 <仏教>史に目を転じると、同じく日蓮遺文から引くが、

 

 仏法の中に、内薫外護(ないくんげご)と申す大なる大事ありて宗論にて候。法華経には「我深く汝等を敬う」、涅槃経には「一切衆生悉く仏性有り」

(『崇峻天皇御書』より、同上)

 

と、彼が大なる大事として併記しているように、法華経の影響を受けて紀元4世紀頃に成立したと考えられる『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』の一切衆生(いっさいしゅじょう)悉有仏性(しつうぶっしょう)もまた、直接的にはこの章句から派生したと考えられる。

 

 つまるところ、今日の大乗<仏教>が、自身を絶対平等主義者であると主張するとき、その出発点は今回扱うところの法華経第十九章“常に軽侮しない”に遡るのだ、と言っても、それが唯一無二ではないにせよ、決して過言ではない。

 

 例によって例の如く、本文への耽溺に先立ち法華経成立史の観点から本章の位置付けを確認しておきたい。

 

 現在伝わる法華経全二十七章(妙法蓮華経は二十八品)が、どのような順序で成立していったと考えられるかについては、連載第3話の冒頭で概説した。つまり、法華経が第二~九章から成る第一期、第十章~十七章から成る第二期、第十八章以降と序章を加えた第三期の三段階を経て成立した、と捉える史観であるが、この観点から考えると、本章は第三期、すなわち、法華経の教義が第一~二期を経て概ね確立されて以降、それを補うべく追加された中にあっても早い時期の経典であろう、ということが推測される。

 

 もっとも、法華経の第十八章以降が必ずしも章番号順に追補されたとは言えないのではあるが、本章は法華経第三期の特徴である独立性の高さ(本章のみを抜き出して読んでも話が完結している)を前章以前と比較して顕著に示す一方、第二十一章以降が第一~二期の章に対する直接的な言及を失うのに比べて、特に第二期とのつながりを考慮したと思われる記述が散見される。この二点から、本章(および前章・次章)は、法華経第二期成立から間もない時分に、第二期に包含されて然りであったが不足するか欠けていたと考えられた部分を補完すべく書かれたものではないか、とボクなどは考えている。

 

 有り体に言えば、前話で扱った第十二章“よく耐え忍ぶ”を含む法華経第二期は、法華経教団の運営継続が関心の中心となった結果、第一期の理論的・教義的な主張とのつながりが弱い感もある。特に、古来殉教の章として読まれてきた第十二章が、法華経教団の部外者に対する存外冷ややかな目線を伝えていることは既に見た通りである。

 

 対して本章は、後に我が国でいわゆる“本覚(ほんがく)思想”として大成……本覚思想自体が仏教史上で筋目正しいと言えるのか、思想自体に価値を認め得るか、の判断は一旦捨て置こう……するところの、涅槃経の章句でいう一切衆生悉有仏性のルーツでもあり、当然のことながらそれは、法華経全体の根になっている第二章“巧妙なる方便”における彼らのセントラルドグマの表明ともつながってくるはずである。

 

 もう一点、触れておきたいことがある。

 

 現代の法華経について何かを書く著者が、特に本章に触れる際、宮沢賢治を引き合いに出すことが多い、と言うか、ほぼ例外なくそうだ、と言っていいかも知れない。底本著者の中村師も、下巻解題に『雨ニモマケズ』を全文引いている。

 

 活字にされる際は省略されるのが普通なので知らない人は知らない話かも知れないが、宮沢の自筆原稿では、有名な結びの句、サウイフモノニ ワタシハナリタイの次頁に、いわゆる日蓮の十界曼荼羅……宮沢による改変が加わっているのでそれそのものの模写ではない……が書かれていることは結構有名な話である。また、同詩中に表れる謎の存在デクノボーとは、法華経本章が示す常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)、その人を指しているというのが通説である。これは直接的には、宮沢が、田中智学が率いた国柱会の影響下にあったことによる。

 

 宮沢がどのような思想を抱いていたか、は、それはそれで興味深いテーマではあると思うが、ボク個人はあまり関心がない。むしろ関心があるのは、現代において法華経、特に本章に触れるに際して、どうしてこうも宮沢の名前を出す人が多いのか、また、その人が同じ文脈中において、関東軍参謀石原莞爾もまた国柱会々員であったことや、二二六事件の思想的指導者であった北一輝、に言及することがほぼ皆無なのか、の方である。

 

 彼らは、戦前の日本において日蓮法華主義を奉じた同時代人であり、この中で、特に宮沢のみを法華経の影響を受けた著名人、として取り上げるのは、恣意的に過ぎるのではないか、というのがボクの関心事である。有り体に言えば、そういう恣意的な取り上げ方をする人は、宮沢の思想……ボクは彼はちょっと変だと思う……に特に関心があるワケではなく、単に童話作家としての宮沢の名声を利用しようとしているだけなのであって、そういうことをする人は根本的に信仰心や探究心に欠けている、とすら思う。

 

 もし、真に信仰心や探究心があるのであれば、宮沢を宮沢に為さしめた法華経が、何故に同時代的に石原や北をも生み得たのか、の方にむしろ関心を抱くべきであって、そのことに無関心なまま法華経を褒めそやす者は、無自覚のうちに自身が石原や北の後を追うのであるから。これは、最澄と日蓮の関係にも当てはまる重い話題ではあるのだが、本連載を続ける中で、核心に至ることが出来ないとしても、その外殻にでも少しなりとも触れることが出来れば、と願うテーマではある。

 

 以上の諸々を念頭において、法華経第十九章“常に軽侮しない”の転読(うたたよみ)に取り掛かることにしよう。

 

 

                    *

 

 

 まず、本章の登場人物を確認しておこう。釈迦……例によって歴史上の釈迦、ではなく、法華経教団を代弁するキャラクタである……と、対話相手となる得大勢(とくだいせい)菩薩である。なお、これまた例によって例の如く、得大勢菩薩は序章を除き本章のみに名前が現れる。ちなみに、この得大勢菩薩は、浄土系経典において観世音菩薩と共に阿弥陀如来(あみだにょらい)脇士(わきじ)に挙げられる、勢至(せいし)菩薩の異名である。

 

 加えて、本章は釈迦が一方的に得大勢に語り掛ける体裁になっており、極端なことを言えば、得大勢がいなくとも話は成り立っている。現代の我々の感覚から考えると奇怪な修辞であるが、当時としては、釈迦が誰かに話しかけるという体裁、それ自体が、その釈迦の説法が実際に歴史上においてなされたのだ、とする証明を兼ねていたと考えられるので、おそらくは本章もそのような意識の下に書かれたものであろう。同じ理由から、ここに阿弥陀三尊の一人となる勢至菩薩が登場すること、それ自体には、特に深い意味はないように思う。

 

 それにしても、我が国の中世においては、日本浄土宗の開祖法然(ほうねん)こそが勢至菩薩の化身であると観念されたのであるが、その勢至菩薩が、法然を忌み嫌った日蓮が深く思い入れを抱く本章に登場している、というのも、何とも皮肉な話ではある。

 

 得大勢よ、この道理によって、やはり、このように知るべきである。もし、このような法門を誹謗し、このような経典を持つ比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷たちを罵り、悪口を言い、虚言を語り、粗暴な言葉で話しかけるようなものたちには、言葉では説明しがたい不幸な報いを生ずるであろう。

 

 冒頭、釈迦はまず上引用を問わず語りに話し出す。いきなり随分なご挨拶であるが、それはさておき。ここでこの道理とされているものは、前章となる第十八章“説法師の功徳”(妙法蓮華経法師功徳品(ほっしくどくほん)第十九)で論じられたことを指しているようである。同章は章題が示すように、釈迦の死後にこの法華経を語り継ぐこと……要するに法華経教団自身の活動……に絶大な功徳があるのだ、ということを言っていて、上引用の断言はその裏返しということになる。引用次下は、前章の内容をそのまま要約した言及になっている。

 

 本章冒頭がこのような発話から始まることの意味は、追って考えてみることとして先へ進もう。続く段から本章の本題へと入っていく。

 

 まず、威音王仏(いおんのうぶつ)なる異世界……三千大千世界観におけるこの娑婆世界とは別の世界……の仏陀が紹介される。言葉通りに受け取ると、威音王仏は入滅と出現を数千億年に渡って繰り返し、その異世界において仏法を説き続けたということになるが、これはその偉大さを過剰に示そうとする誇張として、いちいち真に受けずにサラッと聞き流してよかろう。ともかく本章主題の舞台設定となるのは、

 

 その世尊が入滅されたのち、正法が滅し終わり、像法も隠れ滅しつつあるとき

 

である。

 

 ここで大乗仏教における正像末(しょうぞうまつ)の歴史観に触れておく必要があるだろう。これは体系的には法華経よりも後に成立する『大方等大集経(だいほうどうだいじっきょう)』あたりから明確になってくる概念であるが、狭くは歴史上の釈迦の入滅を起点とし、以降の時間経過に沿って正法(しょうぼう)像法(ぞうぼう)末法(まっぽう)と遷移するにつれて仏法の効力が減衰していく、とする考え方である。

 

正法仏陀の教えとその修行、それによって得られる結果すべてが備わっている時代。
像法仏陀の教えと修行が、正法時代を真似ておこなわれている時代。
末法仏陀の教えと修行が無力となる時代。

 

 大雑把に言えば上表のような感じになる。厳密には正しくない比喩ではあるが、とりあえずは、仏法には仏陀を起点とした賞味期限がある、と考えてよい。

 

 なお、念のために付記しておくと、妙法蓮華経に関していえば“像法”の文字が19箇所において今日知られている意味で使われているのに対し、“末法”は僅か2箇所に表れるのみであり、かつ、今日の意味とは異なり、単に“遠い未来”という意味合いで使われているように見える。従って、法華経成立時点においては、像法の概念は既に存在していたが、いわゆる“末法思想”的な意味においての“末法”の観念および語法はまだ生まれていなかった、と考えるのが妥当だろうと思う。

 

 閑話休題。この賞味期限が、歴史上の釈迦に対してのみならず当時のインド人が三千大千世界として観念していた異世界においても同様と考えられていたのが、彼らの想像力の逞しさを証して余りあるのであって、しかも、これが輪廻転生観とも結びついている。「入滅と出現を数千億年に渡って繰り返し」と書いたのがそれで、

 

(数千億年の繰り返し)

   ↓

 威音王仏出現(正法のはじまり)

   ↓

 威音王仏入滅

   ↓

 正法が滅していく

   ↓

 像法の始まり

   ↓

 像法が滅していく

   ↓ 常不軽菩薩の時代

 仏陀不在の時代

   ↓

 再び威音仏出現(以下、繰り返し)

 

 本章の舞台は、上記のループが何千億年も繰り返された果ての、常不軽菩薩の時代と書いた段階の話、ということになる。とにかく常軌を逸したスケール感ではあるが、ともかくそういうものなのだ、と割り切って先へ進もう。

 

 この舞台設定に本章の主人公が登場する。

 

 その教法が増上慢(ぞうじょうまん)比丘(びく)に攻撃されたとき、常不軽という名の菩薩の比丘がいた。

 

 常不軽(じょうふぎょう)菩薩というのがそれで、妙法蓮華経における章題も、これに由来して常不軽菩薩品となっている。そして、この常不軽菩薩がいたときに、同時に、威音王仏の教法を攻撃する増上慢の比丘もいた、というのであるから、これはもうお約束の黄金パターンなのではあるが、ここでは拙速に結論せずに、やはり、ともかくそういうことなのだ、としておこう。

 

 本章の釈迦は、傍らで耳を傾けているとされる得大勢菩薩に問う暇すら与えず、さらに一気にまくしたてる。

 

 得大勢よ、何ゆえにその菩薩摩訶薩が“常不軽”と名づけられるかというと、得大勢よ、その菩薩摩訶薩は比丘であれ、比丘尼(びくに)であれ、優婆塞(うばそく)であれ、優婆夷(うばい)であれ、そのだれを見ても彼らに近づいて、このように言うのである。

「尊い方がたよ、私はあなた方を嘲り軽んじません。あなた方は軽んじられません。なぜかといいますと、あなた方は皆、菩薩の行を実行なさい。そうすれば、あなた方は如来(にょらい)応供(おうぐ)正等覚者(しょうとうかくしゃ)となられるでしょう」

 

 お気づきかとは思うが、上引用中の鍵括弧で囲まれた常不軽菩薩の発言部分が、妙法蓮華経でいう我深敬汝等不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道当得作仏。すなわち“二十四字の法華経”に当たる。超時空スケールから一気に目的の一文にたどり着いてしまったのでちょっと悪酔いしてしまいそうな感すらあるが、つきつめればこの釈迦が言いたかったことは、我々の住むそれとは異なる宇宙、異なる時代に「皆さんを軽んじません、なぜなら皆さんは仏様になるからです」と言って歩いた奴がいた、ということに尽きるようである。

 

 この常不軽菩薩の発言が、涅槃経の一切衆生悉有仏性とほとんど同内容であることには、特に説明は不要だろうと思う。問題は、で何なんだ?という話になるのだが、まだ、前段において触れられた増上慢の比丘に役割が与えられていない。もちろん、彼らが常不軽菩薩に対して何らかのリアクションを返すのである。

 

 しかし、彼のその言葉を聞いた多くのすべてのものたちは、彼に対して腹を立て、憎しみ、いみ嫌う心を起こし、悪口を言い、罵るであろう。

「何ゆえに、この比丘は、問われもしないのに、われわれに、われわれを軽んずる心がないなどと告げて言うのだろう。われわれに、われわれが阿耨多羅三藐三菩提を得るであろうなどと、偽りの、求められもしない予言を語るのは、かえって自らを軽蔑させるものである」

 

 前話末において、今日、勧持品二十行の偈として知られる一節が、おそらくは法華経教団が自ら体験した対立声聞衆からの非難を反映したものだろう、ということを書いた。本章の上引用は、第十二章のそれと比べると抽象的で具体性を欠くので、ボク個人としては、ここに示される常不軽菩薩のエピソードが必ずしも法華経の書き手たちの実践を反映したものとは考えておらず、むしろ理念的な極論を示したものであろうと思っているのだが、それがいずれであったとしても、以下のことは言えると思う。

 

 第一に、やはり法華経教団は、自分たちの主張を受容しない人々は、法華経教団に対して立腹し、憎悪しているがゆえに受容しないのであって、自分たちの教説に問題や不足があるからではないか、という立脚点を持とうとはしなかったのだろう、という点である。

 

 第二には、ここでいう受容されない彼らの教説とは、誰しもが阿耨多羅三藐三菩提を得ることができる、に尽きるのであって、それを信じることが出来ないことこそが、自分たちの主張を受容しない人々の問題点である……少なくとも法華経教団主観ではそう考えていた、という点である。

 

 総じてこれは、本章冒頭において釈迦……繰り返し言うが、歴史上の釈迦ではなく、法華経教団の主張を代弁するキャラクタである……が問わず語りに断言した、罵り、悪口を言い、虚言を語り、粗暴な言葉で話しかけるようなものたちには、言葉では説明しがたい不幸な報いを生ずるであろうへとつながる。つまり、第十二章にみた法華経教団の外部に対する存外冷ややかな目線がここにも含まれているように見えるのであるが、ここからもう一歩踏み込んだ展開が見られるのが本章の見所であり、後の世の人々の心を捉えたのもその点であろうと思うのである。

 

 かの菩薩摩訶薩はこのように誹られ侮蔑されながら、多くの年月が経過した。しかし、彼はだれにも憤怒せず、敵意をいだかない。そして、彼をこのように罵り、瓦石や杖を投げつける人々に、彼は遠くから声を高らめて言ったのである。

「私はあなた方を嘲り軽んじません。あなた方は菩薩の行を行じなさい。如来となるでしょう。」

 こうして常にこの言葉を聞かされていた増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷たちは、彼に“常不軽”という呼び名をつけたのである。

 

 こうして常不軽菩薩の名の由来が示される。

 

 文字通り読めば、他の多くの仏菩薩の名がその徳を表象したものであるのに対し、常不軽のそれは対立者から投げかけられた嫌味、あるいは蔑称、として観念されていることになる。思うにコレは、伝統的に仏教出家者が糞掃衣を敢えて纏うことに誇りを見出していたのと同様な心性が働いているようだ。これを謙譲の美徳と見るか、被害妄想的ナルシズムと見るかは微妙なところではあるが、本章の書き手が第十七章までの法華経第二期に対する反省としてこれを設定したのはほぼ疑いなかろう、と思う。

 

 繰り返し述べて来たように、観念論から成る法華経第一期(第二章~九章)に対し、法華経第二期は、字面上のファンタジックな展開とは裏腹に現実的な実践論、組織的な運営論を念頭に構成されたと考えられる。そして、彼らの行き過ぎた自説への傾倒は、その裏返しとして、自説に賛同しない人々に対する、蔑視とも取れる視線を胚胎(第十章、第十二章を参照)するに至った。

 

 一方で、少し考えればわかることだが、自説に賛同しないものを軽蔑する、という態度は、本来的に彼らが理想とした“教育者∞”とあからさまに矛盾するものである。対話相手が自分の言っていることに理解・賛同を示さないからといって、軽蔑し切断操作してしまうのであれば、法華経教団が増上慢と見做しその権威主義を嫌った声聞(しょうもん)衆と何が違うんだ、という話になってしまうからだ。彼らは、それに気付かないほど阿呆ではなかった。これが法華経第三期において本章が増補された直接の理由であろう、とボクは見る。

 

 この視点に立つと、次下の論述がより興味深く読める。

 

 さて、得大勢よ、常不軽菩薩摩訶薩は死の時が迫り、命の尽きようとする時に臨んで、この“妙なる教えの白蓮華”の法門を聞いた。しかも、この法門は、かの世尊の威音王如来・応供・正等覚者が二百万億那由他の詩句を二十回も説いたのであった。そして、かの常不軽菩薩摩訶薩は、臨終のとき、空中から届いてくる妙なる音声によってこの法門を聞いた。

 

 例によって、冗長かつ過大な数字の修辞が用いられているので本質を見落としそうになるが、この一節は法華経教団が抱いていた信念のユニークな一面を垣間見せてくれる。

 

 ここで言われる妙なる教えの白蓮華の法門は、そのものズバリ法華経のことに他ならないのであるが、素直にこの一節を読む限りにおいて、常不軽菩薩はあらかじめ法華経(の主張)を知っていて「私はあなた方を嘲り軽んじません。あなた方は菩薩の行を行じなさい。如来となるでしょう。」と他者を礼拝する行をおこなっていたのではなく、この行をおこなった結果として法華経に出会った、とされているのである。

 

 これは、抽象化して言えば、理論があってそこから導かれた実践がある、のではなく、実践が先行しその実践が適切であったがゆえに理論に出会った、という構図になる。ここではこれを指摘するに留め、その意味するところは、もう少し読み進めてから改めて論じることにしたい。

 

 とまれ、常不軽菩薩は……前引用部からは、彼に法華経を説いて聞かせたのが(入滅して久しい)威音王仏なのか、それとも、どこからとなく法華経が聞こえてきたのか判然としないのであるが……その福徳によって六根清浄を得て、寿命が二百万億那由他年延びたのだそうである。

 

 さきほども登場した那由他(なゆた)というのはサンスクリット語の音写で、とてつもなく大きな数字の桁を表す。一説には1060とも1072とも言われるが、まぁ、あまり真面目に取り合う必要はない。ともかく、常不軽菩薩は、自らも法華経を人々に説くようになった。思うに、彼の寿命が延びる、と言うのは、法華経のエッセンスが語り継がれることによって継承されていくことを言っているのであって、字義通り(事実上の)不老不死になったという意味ではなかろう。

 

 以下、同じ意図で言われるのだと思うが、先に常不軽菩薩の礼拝に対し罵り、瓦石や杖を投げつけて応じた増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷たちは、ついに常不軽菩薩に帰伏するに至る。つまり、前述の那由他は、単に法華経の時間的永続性のみを言っているのではなく、彼を一つの起点として、法華経が空間的に他者へ拡散していくことも言っているのであろう。桁数が馬鹿げているのは、時間と空間を掛け合わせているからなのだ。

 

 そのことは、さらに続く論述からも裏付けられる。以下、雑多なのでいちいちの引用は避けるが、その後、常不軽菩薩は今度こそ寿命が尽き……つまり二百万億那由他年!!が経過したのだろう……また異なる世界に転生して日月燈明王(にちがつとうみょうおう)なる仏陀の下、法華経を説く。また二百万億那由他年!が経過し、次は天鼓音王(てんくおんのう)の世界で、更には雲自在(うんじざい)王の世界で……と百千万億那由他の説法遍歴を繰り返す。オラフ・ステープルトンやグレッグ・イーガンもびっくりの途方も無い法螺話……もとい、スケール感である。

 

 そして、唐突に、この物語の真意が釈迦の口から告げられる。

 

 かの常不軽と名づける菩薩摩訶薩は、誰か別の人であろうという疑惑、疑念、不審をそなたはいだくかもしれない。しかしながら、得大勢よ、そなたはそのように見るべきではない。それはなぜかというと、得大勢よ、そのとき、その折の常不軽と名づけられた菩薩摩訶薩は、実に私であったからである。

 

 な、なんだってー!!>ΩΩΩ

 

と驚いてみせるのは、最早いささか白々しくもあるが、仏典において釈迦の前世譚として語られるエピソードというのは、書き手にとっては真理中の真理であり、聞き手・読み手に対して最も強く主張したい事柄であることは疑いない。

 

 以上のことを通じて私見を述べれば、天台法華教学において法華経本門(後半十四章)の要とされるのは第十五章“如来の寿命の長さ”(妙法蓮華経如来寿量品(にょらいじゅりょうぼん)第十六)であるが、これは、法華経の書き手の思いを慮った読み方としては間違っている。既に述べたように、同章は法華経第二期の書き手たちが論敵に対して一方的に断言した虚しい勝利宣言に過ぎない。これは、この時期の彼らの関心事が主に組織防衛にあって、自分たちの理念の深堀りにはなかったからと考えられる。

 

 対して、法華経第三期、すなわち第二期までの法華経が教団内において十二分にドグマとして定着した後に、その至らぬところを補うべく加えられたとみられる第十八章以降において、要となるのは本章、つまり、第十九章“常に軽侮しない”である、とボクは見る。所以は以下の通り。

 

 既に見たように、法華経第一期の要となる第二章“巧妙な方便”において示されたところの、仏知見を“教育者∞”と捉える見解は、それはそれで<仏教>史におけるブレイクスルーではあったが、本質的には、新興の法華経教団から見て既存権威であった声聞衆に対する反骨心から生じた反知性主義の産物に過ぎなかった。

 

 であるがゆえに、第一期で成立した理念をコアとして誕生した組織の防衛を主眼に据えた法華経第二期は、本来的な理念に反して、彼らの運動=法華経、に賛同にしない人々に対して必要以上に攻撃的であり、また、自身に対しては「我々こそが釈迦に選ばれた布教者である」との選民思想的な過剰な自意識を胚胎するに至ってしまった。

 

 法華経第三期は、物語としての完成度は高いながらも上記のような問題点を孕んでしまった第二期に対する改善を目指して編まれたものと見るのが妥当であろう。既に見た第二十四章“あまねく導き入れる門戸”は、典型的な新興宗教の布教メソッドである、と言ってしまえばそれまでのものではあるが、布教者たるものは我偉しとふんぞり返るのではなく、“観世音”の精神で以って被布教者の救済をおこなわねばならない、と勧めている点においては、本章同様に、法華経第二期が抱え込んでしまった教団外部に対する見下し目線を超克する試みなのだ。

 

 そして、上に述べた第二十四章にも通じることになろうかと思うが、前述したように、本章の書き手が、実践が理論に先行するという視座を持っていたことにも改めて注目すべきであろうと思う。常不軽菩薩に仮託された二十四字の法華経は、現代的な文言に改めれば「すべての人間はその内在的可能性を尊敬されるべき存在である」ということに尽きるのであり、要するにこれは今日の我々が極当たり前に感じているところの人権感覚・平等観に他ならないのであるが、彼ら自身がそれを実践したかどうかはともかくとして、このことを、理念として「皆等しく仏である」と語るのではなく、無理解に耐えつつ常不軽菩薩によって行じられた他者への礼拝、という実践を通じて語ったところに、少なくともこの時点における法華経教団のこのテーマに対する本気度が表れている、とボクなどは思うワケである。

 

 事実、ここに生まれた理念は、後の『大般涅槃経』の一切衆生悉有仏性の宣言に受け継がれていくのであって、これを<仏教>史上における一つの画期と見做すのは、決して大袈裟ではない。ボクが本章をして法華経第三期の要である、と主張するのはそのような意味において、である。法華経教団自身が本章編纂を通じて、法華経第一期のセントラルドグマに潜在していたにも関わらず気付かれることなく、法華経第二期の拡充においても見落とされた、二十四字の法華経を“発見”した、と考えるからだ。これは、彼ら自身にとっても、衣裏繋珠(えりけいじゅ)(詳しくは第9話にて)だったのである。

 

 

                    *

 

 

 ここまで本稿では、法華経の書き手がさも当たり前のように書き記すところの輪廻転生観、すなわち、人間(あるいはすべての生命)は、その実体が何であるかはともかく、死んでは生まれ、生まれては死ぬを繰り返すのであり、また、我々の五感では把握不可能ではあるものの、連続する生死は何らかの因果関係によって結ばれている、とする考え方、を無批判に受け入れてきた。

 

 改めて言うまでもなく、少なくとも現代の我々は、この輪廻転生観もまた、“方便”として読むべきである。

 

 ここでいう方便は“嘘”という意味ではない。仏教の本義……便宜上こう言うが、ボクはこの物言いが好きではない、と付言しておく……から言えば、輪廻転生観に対しても無記、すなわち、その命題が真であるか偽であるかは人間にはわからないし、その真偽は人間の生にとって決定的な問題ではない、とするのが原則である。真偽不明の命題であるが、我々が何がしかの考え方を理解し、それを我々自身の行動や思考の原理として採用する上で、その命題が有用であるならば活用しよう、という意味においての“方便”である。

 

 これを前提として、もう少し法華経第十九章“常に軽侮しない”を読み進めてみよう。

 

 さて、得大勢よ、そのとき、その折、かの菩薩摩訶薩を軽蔑し、侮辱した彼ら衆生たちはだれであろうか、という疑惑、疑念、不審をそなたはもつかもしれない。

 

 常不軽菩薩が、他ならぬ釈迦の前世(の一つ)であったとされることを前稿において見た。すべての人に対し「すべての人間はその内在的可能性を尊敬されるべき存在である」と信じるのみならず、たとえ周囲の無理解を受けようともそれを実践を通して示すことが仏陀の成道の因となった、と法華経教団は考えるに至ったワケだが、続いて言われるのは、遂には常不軽菩薩に帰伏したとはいえ、当初は無理解を示すのみならず、暴言・暴力で応じたとされる増上慢がどうなったか、という話になる。上引用の表現が、常不軽菩薩は私(釈迦)であった、と表明される際の修辞と対になっているのは一目瞭然である。

 

 これについても、読者諸兄には一旦本稿を読み進めることなく、この後どのようなことが語られるか想像してみて欲しい。……想像しましたか?

 

 では続きをどうぞ。

 

 得大勢よ、その衆生たちとは、実に、この会衆の中の跋陀婆羅(ばつだばら)を首とする五百人の菩薩たち、獅子月(ししがつ)を上首とする五百人の比丘尼たち、思仏(しぶつ)を上首とする優婆夷たちであって、それらすべてのものたちは阿耨多羅三藐三菩提を得て、決して退転しないものとなっているのである。

 

 さて、諸兄の予想は的中しただろうか。

 

 まず、見慣れない語句を少し説明しておこう。跋陀婆羅、獅子月、思仏は、ここでは列挙される集団の上首(じょうしゅ)、すなわち、集団を代表する人物またはリーダー的存在、の個人名あるいは称号として示されるもので、特に深い意味はないと思ってよい。言わんとするところは、遠い過去の異世界において、常不軽菩薩に暴言・暴力を以って応じた人々が、今この法華経が説かれる法座に同席していて、かつ、既に阿耨多羅三藐三菩提を得ているのだ、ということに尽きる。

 

 決して皆様を侮って言うワケではない……もちろんボクも常不軽菩薩に倣って皆様を礼拝するものである……が、期待を裏切られた人が多数ではないか、と思う次第である。と言うのも、そもそも本章は冒頭において、このような法門を誹謗し、このような経典を持つ比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷たちを罵り、悪口を言い、虚言を語り、粗暴な言葉で話しかけるようなものたちには、言葉では説明しがたい不幸な報いを生ずるであろうとのミもフタもない断言から始まったからである。おかしいじゃないか。不幸な報いなのか、無上の覚りなのか、どっちなんだ、と。

 

 が、私見では、これは輪廻転生観を方便として活用したなかなかに深い言明なのである。我田引水に過ぎるとは思うが、これはアブラハムの宗教、すなわち、ユダヤ・キリスト・イスラム教と比較すると面白いので、まぁ、話半分に読んで欲しい。

 

 ここまで述べてきたように、本章における常不軽菩薩のエピソードは、創作した人々がそこまで自覚的に考えていたかは定かでないものの、結果的に<仏教>における平等観の源流の一つとなっている。

 

 アブラハムの宗教における平等観は、宗派毎に細部は異なるといえども、唯一絶対の神を前にすれば、向かい合う人間は皆平等である、との観念を共通の前提としている。これは、法華経第十五章における“久遠の釈尊”同様に、反論不可能な真理主張の修辞としては、極めて有効なものであると言って良いと思う。

 

 一方で、この言明には原理的な限界がある。唯一絶対の神を決して認めない、という人がいた場合、どうなるか。無論、現代的かつ穏健的な信者は「それでも神はすべての人を愛しておられます」と言うだろう。が、各宗派の標準的な信者が、アブラハムの宗教同士の間柄ですら、自派以外の信者に対して存外不寛容であることは、皆様ご承知の通りである。神は自身を否定する人を許すかも知れないが、人は自身の信じる神を否定する人を許せないのだ。これが、人間以外の絶対他者を平等観の前提とする場合に、必然的に抱え込んでしまう原理的な限界である。

 

 対して、本稿で見てきた法華経第十九章“常に軽侮しない”における、信仰を共有しない他者、すなわち、常不軽菩薩に暴言・暴力で応じた増上慢への言及はいささか異なる様相を示している。確かに、本章冒頭において彼らに対する不寛容な言明は見られるものの、究極的に彼らは法華経の座に迎え入れられている。これを可能にしているのが、方便としての輪廻転生観である。

 

 つまりはこういうことだ。

 

 少し頭を冷やして考えれば、それがどんなに優れた理念であろうと、唯一絶対を称する神であろうと、あまねくすべての人間に受け入れられるのは無理なのであって、その無理を通そうとすれば、十字軍だの聖戦だのに行き着くのは必定なのである。が、本章に示された平等観は、輪廻転生観をバイパスすることでそれを回避している。法華経の理念に共鳴しない人はいるだろう。が、それはそれで(共鳴しない人の不幸を予見しつつ)構わないとされる。

 

 得大勢よ、このように、この大利益のある法門を受持し、読誦し、説き教えることは、菩薩摩訶薩たちに阿耨多羅三藐三菩提を悟らしめることになるのである。このゆえに、得大勢よ、菩薩摩訶薩は、如来の入滅されたのちにこの法門を常に受持し、読誦し、解説し、書写し説き示すべきである。

 

 上引用は先に引いた一節の次下であるが、これが何を言っているのかというと、法華経を一句一偈なりとも誰かに伝えれば、それが縁となって、今この人生でなくとも、輪廻転生の先に必ず阿耨多羅三藐三菩提に至るのだ、という意味になる。言い方を換えれば、今たちまちに目前の他者が賛意を示さずとも、来世以降の救済につながる布石となるがゆえに、倦むことなく法華経を説き示せ、ということだ。もちろん、これは客観的な真実ではあり得ない。否、仏教の伝統に従えば、その真偽は決してわからないし、その真偽は我々の生には直接は関係しない、類の言明に過ぎない。

 

 一方で、前稿で論じたように、本章の常不軽菩薩のエピソードが、法華経第二期が結果的に胚胎してしまった教団外部への攻撃性、その裏返しとしての選民思想を中和すべく構想されたと考えるとき、そこにこそ彼ら自身が仏知見と見做した方便力を見るのである。なぜなら、この物語を作った何者かは、多くの法華経教団メンバーが、第二期までの法華経を教条的に解釈し実践するがゆえに、教団外部に対し不必要に攻撃的に振る舞ったり、あるいは我こそは釈迦に選ばれし使命の子、と彼らが最も忌み嫌った増上慢に陥るのを目の当たりにして、そこから彼らを元来彼らが理想とした一乗へ復帰せしめるために、この超時空大の物語を編んだのであるから。

 

 有り体に言えば、釈迦が異世界における前世において、云千億那由他年に渡って常不軽菩薩として二十四字の法華経を行じた、などという話は、嘘八百、与太話もいいところである。いいところであるが、この方便を以って教団メンバーをより真っ当な方向へ導こうとした何者かの誠意は疑うべくもないし、唯一絶対神の権威で以って価値観相容れぬ他者を切断することが常であったアブラハムの末裔たちよりは、人間全体に対して誠意があると認めてよいのではないか、とボクは思う次第である。

 

 なお、ボクは護教論を講じたいワケではないので敢えて申し添えておくが、かのオウム真理教が“ポア”などと称して自身への非賛同者の殺害を正当化した発想は、直接的ではないものの、ここで示した「輪廻転生の末の融和」から派生して真言密教が抱え込むに至った闇の成れの果てである。このことからもまた、目を逸らすべきではないだろう。

 

 さて、本章は以下、例によってここまでの内容を要約した偈で締めくくられる。その最末尾に、ここまでの長行部には含まれない敷衍があるので、最後にこれを引いておきたい。

 

 考え及ぶこともできないほどの千万劫の多くの間、いまだかつてこのような法を聞いたことはない。百億もの仏陀が出現されても、それらの諸仏もこの経典を説き示されることはない。

 このゆえに、独立自存の自在なるお方が自ら進んで広く説き明かされたこのような法を聞いて、繰り返し仏陀にお会いして、私が入滅したのちには、この世において、この経典を説くべきである。

 

 自分たちで創作しておいていまだかつてこのような法を聞いたことはないとは、自画自賛もここに極まれり、な感もあるが、それはさておき。

 

 その自負とも関わってくるが、何はさておき、少なくとも本章の書き手の主観においては、彼らが奉じる法華経こそが、未来永久に語り継ががねばならない価値あるもの、と観念されていた。その法華経の伝承を、教団外部に対し無闇に攻撃的に振る舞ったり、我偉しとふんぞり反る輩に委ねることは、彼には出来なかった。とは言え、そういった人々を切り捨てることは、彼が信じる法華経の理念と矛盾してしまう。

 

 そうしたアンビバレントなせめぎ合いの中から本章は生まれた。現代的な知見から見れば、くだらない作り話に過ぎない本章であるが、事実、本章は既に述べたようにのちの<仏教>に大きな影響を与えたのであり、強いて言えば、現代の仏教者が「私は平等主義者で御座い」と脳天気に振る舞えるのもまた、この名も知れぬ彼の法華経テキストとの真摯な格闘があったればこそなのである。

 

 そして、その格闘が二千年も昔の話でありながら、現代の我々に伝播している現実を鑑みるとき、科学的に真とされる言明にのみ唯々諾々と従う……否、科学的に真とされる言明に私は従っているのだと周囲に対して示し続ける以外に自身の言動の正当性を主張できない、現代の我々の思考方法とはいささか異なる、法華経教団のそれを、丸呑みするのは論外としても、一聴する価値はあると、ボクなどは思うのである。

 

 以上を以って、法華経第十九章“常に軽侮しない”の転読(うたたよみ)を終える。

 

 ちなみに、ボクが拙著後書きに二十四字の法華経を引いたのは、その時点では結構本気でそういうつもり、教育者∞だったからである。まぁ、飽きちゃったんだけども(ぉぃ)。

 

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