コハルとヒフミが「ナマモノと生もの」ですれ違いコミュニケーションする話

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コハルとヒフミが「ナマモノと生もの」ですれ違いコミュニケーションする話

 朝イチの補習授業部教室にて。

 阿慈谷ヒフミは喜色あふれる声色を上げた。

 

「聞きましたよ、コハルちゃん!」

「…………?」

 

 正義実現委員会に仮復帰を果たした下江コハルは、頭上にハテナマークを浮かべた。

 

「生ものの摘発に一役買ったみたいじゃないですか!」

「!?」

 

 猫目になったコハルは、昨日のとある出来事を思い浮かべた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【トリニティ学園・廃校舎のとある教室】

 

「かくほー!」

「ぎゃああああああああ!?」

 

 淑女とは思えないような絶叫をかき消すように、正義実現委員会メンバーたちがとある教室に突撃する。

 大規模なガサ入れだ。

 正義実現委員会は学園内の風紀を著しく乱す行為を取り締まるために存在する。

 

 どうやらここでは秘密の集会が行われていたようだ。

 教壇には売買予定だったのであろう本が積み上げられていて、それらは正義実現委員会の手により回収されていく。

 秘密の集会に参加していた淑女たちは、拘束された手足をジタバタさせてもがく。

 普段のお嬢様然とした様子はそこになく、一人の人間として必死の抵抗を行なっていた。

 

 彼女たちにとっては、それほどまでに価値のあるものなのだろう。

 先生のナマモノ同人誌は。

 

 しかし現実は非情だ。

 正義実現委員会は教壇に積み上げられたナマモノ同人誌をゴミ袋にポイポイ放り込んでいく。

 淑女たちは涙を呑んで、正義実現委員会は風紀を取り締まって。

 本来であればそれだけの話であった。

 

 しかし今回のガサ入れには、ちょっとしたイレギュラーが存在していた。

 

「(……ちょっとくらい)」

 

 風紀実現委員会にあるまじき発想、しかし悲しみに暮れている淑女たちに思うところがあったのだろうか。

 下江コハルは、騒動に乗じてナマモノ同人誌をちゃっかり拝借していた。

 しれっと同人誌を収めたカバンを彼女は大事そうに抱える。

 

「(有効活用、しなくちゃね……!)」

 

 本当に淑女たちに思うところがあったのだろうか?

 コハルの本心はコハルにしか分からない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 この間わずか0.5秒。

 コハルはいたって平静を務めて(本人がそう思っているだけ)、いつも通りの調子で応答した。

 

「え、えっと? もうそんなに噂になってるわけ?」

「はい! ニュースサイトにも取り上げられてましたよ?」

 

 委員会も今回の事態を重く受け止めているのだろうか。

 ナマモノ同人誌流通を抑制するため、報道部に情報を流して、それがヒフミの目に留まったのだろう。

 ナマモノ同人誌を横領した事実は頭の片隅に追いやって、むしろ、自分の活躍が親しい友人が知ってくれたという高揚感をコハルは味わっていた。

 

「そ、そうね。危険物はちゃんと私たちの手で管理しなきゃだもん!」

「ふふふ。委員会の皆さんのおかげで、トリニティの治安が保たれていると言っても過言ではないですからね。」

 

 ヒフミは感慨深いものがあったのか、腕組みをして満足げにうなづいた。

 苦楽を共にした仲間なのだ。

 コハルの成長を目の当たりにして思うところもあるのだろう。

 しかしヒフミはこうも繰り出した。

 

「でも少し、残念でもありますよね……」

「?」

「実は私、生ものが結構好きなんです」

「!?」

 

 とんでもないカミングアウトにコハルは全身が総毛立ち、とてつもない緊張状態に陥る。

 目の形はお決まりの猫目である。

 しかしそんなコハルの様子に気づかず、ヒフミは話を続ける。

 

「何ていうのでしょうか、こう、普通では味わえないような、ちょっと背徳感のある感じがたまらなくて……」

 

 いつまでも語ってしまいそうなヒフミの話を、コハルは止める。

 

「ちょっ、ちょっとちょっと! そんなのダメに決まってるじゃない!?」

「あはは……委員会メンバーのコハルちゃんの前で言うことではなかったかもしれませんね」

 

 ヒフミは苦笑した様子で続けた。

 

「やっぱり、焼かないとダメですよね」

「焼くのはもっとダメーーーーー!!!!!」

「!?」

 

 コハル、渾身の叫び声が教室にこだまする。

 あまりの絶叫にヒフミは困惑するが、構わずコハルはまくし立てる。

 めっちゃ早口である。

 

「貴重なものなんだから大事にしないとでしょ!? 焚書なんかなおさらありえないでしょ!?」

「(ふんしょ……? 調理法かな?)」

 

 好きなものを語っていたヒフミは情報量の緩急に翻弄される。

 焚書をちゃんと聞き取れないという渾身のミス。

 二人のすれ違いコミュニケーションは止まらない。

 

「もしかしてコハルちゃんも、生ものが好きなんですか?」

「!?」

 

 カウンターパンチをもろにくらったコハルはしどろもどろ。

 

「い、いや。別にそういうわけじゃないけど……」

「そんな隠すことじゃないですよ! 私とコハルちゃんの仲じゃないですか」

 

 ついうつむいてしまったコハルの両手を、ヒフミはさらに上から包んであげた。

 両手から伝わる体温が暖かい。

 彼女に秘密を隠したままのしておくことが、コハルには申し訳なく思えてきた。

 ヒフミが持ちうる明るさのおかげだろうか。

 コハルは己の胸中を、ほんの少しだけ明かしてみようと思った。

 

「ま、まぁ、少しくらいは……好きかな」

「やっぱり! 私たち、同好の士ですね!」

 

 喜びのあまりヒフミの手に力が込められる。

 もともと親しい仲の友人だ。

 好きなものに共通点があると嬉しさはひとしお。

 なのでついこんな質問もしてしまう。

 

「いろんな種類がありますけど、どういった系統が好きとかありますか?」

「な、中々攻めた質問してくるわね……」

「?」

 

「わ、わたしはその……」

「うんうん」

「……誰かに言ったりしない?」

「はい、もちろん!」

 

「…………………………………………せ、先生とかかなー、なんて」

「…………………………………………?…………………………………………????????????…………………………………………!」

 

 たっぷりとした沈黙の後に、ヒフミの思考回路に閃き。

 

「(なるほど。先生と食べる生ものだったら何でも美味しい、そういうことなんですねコハルちゃん!)」

「そ、その。リアクションくれないと恥ずかしいんだけど……」

「わかりますよコハルちゃん!」

「!?」

「好きな人と一緒に……そのような生ものはきっと!とても美味しいはずです!」

「す、好きとかそこまでは言ってないんだけど……」

「えぇ、えぇ。わかってますよコハルちゃん」

「うー……。恥ずかしい思いしたんだから、ヒフミもどんなシチュエーションが好きとか言ってよ!」

「シチュエーションですか……」

 

 ヒフミは少し考えるしぐさを見せた。

 ややあってから口を開く。

 

「やっぱりベタですけど、仲の良い人と個室で2人きりとかでしょうか」

「ふ、ふーん。案外ふつうな――」

「日頃の感謝も込めて、実際に先生と行ってみたいなぁ……」

「イって……!? 実際に!? そんなの、ダメに決まってるじゃない!?」

「あ、そうですよね。2人きりなんて抜け駆けみたいですし――補習授業部の皆さんで行っちゃいます?」

「なおさらダメーーーーー!!!!!!!!!!」

「!? え、えぇ? だ、ダメなんですか? ちゃんと認可されてる場所でもですか?」

「認可されてるホテルなんてあるわけないでしょ!? ダメったらダメなの!」

「ホテル? まあ確かに、ホテルでもそういうところはありますけど……」

「とにかくダメったらダメ! そ、そんな……え、エッチなことをみんなでやるなんて考えられない!」

「え、え? コハルちゃん、いったい何の話をしてるんですか?」

「だから……! こういうことするつもりなんでしょ!?」

 

 興奮状態のコハルはカバンを漁りだす。

 探しているのはもちろんアレである。

 先生のナマモノ同人誌をヒフミの眼前に突き出した。

 

 どぎついピンク色の表紙を前にしてヒフミは、キョトンとした表情を見せる。

 生ものの話をしていたのに、なんで本が?

 とりあえずページをパラパラとめくってみる。

 

 先生のアレがソレになってソレがああなってこうなってしまって……!?

 

 途端に、ヒフミの顔は真っ赤に染まっていく。

 生ものはナマモノであって、コハルとの間にすれ違いが生じている。

 そのことに彼女は気づいた。

 気づいてしまった。

 

「あ、あの、その。わ、わたしてっきり、お肉とかの生ものの話をしてると思ってたんです……」

「……………………へ?……………………!?」

 

 コハルから、彼女が生きてきた中でもっとも気の抜けた声が漏れた。

 そして事態の深刻さに気づく。

 ナマモノとは生ものであり、つまり先生のナマモノ同人誌が好物であるとバレてしまい……!?

 本能的にコハルは、顔から火が出るよりも先に教室から脱出した。

 

「――――――――ああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?」

 

 キヴォトスの空はどこまでも青く、無情なまでに透き通っていた。

 

『ナマモノと生もの』完




ヒフミが生もの好きという設定は(多分)ないので悪しからず

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