鬼死傀生
鬼。
人を喰らい、人より永き時を生き、人知を超えた膂力と能力を備えた存在。
人から鬼へと零落した結果、日の元を歩くこと適わず、虎視眈々と闇の中から
最初の鬼にして、他全ての鬼を生んだ張本人。平安の世に生まれ、大正の時代まで生き延びた鬼の首魁。
鬼舞辻無惨。
限りなく完璧に近い生命を自称し、何を犠牲にしても頓着することなく、永遠と不滅を求めた男である。
強大な力を誇り、滅ぶことないと思われた存在が、今まさに滅ぼうとしている。
鬼から人を守るため。人を喰らう悪鬼を討つため。何よりも――彼を討つために生まれた組織、鬼殺隊。
曲がることもなく、折れることもなく、なにより諦めることなく研がれ続けていた彼らの刃が、ついに無惨の首に喰い込んだのだ。
あと数瞬の後には、太陽に焼かれ、無惨の千年に及ぶ生に終止符が打たれることだろう。
ただひたすらに己の生にのみ執着してきた存在は、唐突に現れた終着点を目前にして、ある言葉を振り返る。
『想いこそ不滅』
それは、ある狂人が今際の際に残した言葉。
打倒無惨のために文字通り全てを擲った者が放った、妄執という重みを含んだ言の葉。
まさにその言葉の通り、無惨を追い詰めたのは、滅ぶことなく受け継がれ続けた想いが生んだ刃であり、その事実に無惨は感動すら覚えていた。
求めていた不滅はここにあったのだと。
故に無惨は、
自らの消滅はもはや免れぬことを受け入れた男は、だがそれでもと、目前の
『――――――――――――――――――――本当か?』
託そうとして、踏みとどまる。
『本当に私は、脆弱な人間たちのように自らの想いが続けば、それで満足なのか?』
託そうとした。自らの想いを
受け入れた。自らの消滅を。
残るのは、我が想い。消え去るは、我自身。
『否!否否否っ!!』
その事実を、受け入れようとした結果を、無惨は否定する。
間違えた、目的を。
履き違えた、対象を。
『生き残りたいのは私の想いなどではない!私なのだっ!!』
不滅。永遠。確かにそれ
だが無惨の原風景、あの病床で求めたのは、そのような綺麗な言葉などではない。
もっと原始的で単純なこと。
『不滅?永遠? 違う!私はただ――死にたくない!』
――死にたくない。
それだけだ。
『想いを託せばそれでよい?ふざけるな!そんなもので満ち足りぬからこそ、私はあのとき、病苦の中、生に手を伸ばしたのだろうがっ!!』
死にたくないから、死にたくないのだ。
生きたいのではない、死にたくないのだ。いつまでも
永遠など、不滅など、それをただ着飾った言い方に過ぎない。
無惨の根本は、千年経とうが変わらず、その言葉に帰結する。
『私は死なぬ!死なぬっ!こんなところで――死にたくない!』
無惨は、心の中で、心の底から、叫んだ。
これこそが鬼舞辻無惨。
何かを成すために生きたいのではない。ただ死にたくないという意志だけで生きる、人の中から生まれた怪物である。
原点を見つめ直した怪物は、かつてないほどの危機を前に、貪欲という言葉ではまるで足りない生への執着を、死の恐怖からの逃避を――強い意志を発揮した。
さて、話は変わるが、鬼とは人の時に抱いた意志や願いが反映される存在である。
生き方に。容姿に。――
千年受け継がれた狂気を孕んでいようが、相手は所詮は百年――無惨の十分の一すら生きていない小童。その程度の男の言葉に揺さぶられるような
想いなどという
だが違う。彼は己が願いを、原点を見つめ直した。
揺れかけた意志を抑え、翻って永き生で最も意志を強くした。
原初の鬼が、最強の鬼が、生への執着を、死の恐怖からの逃避を叫んだ。
ひたすらに強く、強く。
死にたくないと、叫んだのだ。
強靭なる意志に
戦うための力ではない。
絶対の死を目前にして、なお死から逃げるための、死という運命を否定するための力。
その名を――
『私は――絶対に!死なぬっ!』
――血鬼術
******
「――――――――――っ!!!」
「うおっ!?」
屋敷の隅々にまで響くような大声を間近で聞いた男は、思わず手に持っていた物を落としかけた。
「私は――絶対に死なぬっ!死なぬ!死なぬ!死にたくない!こんなところで!」
「お、落ち着いてください無惨様!」
なお叫び続ける無惨を見て、手近の机に道具を置いた男が宥めるべく近づき、無惨の肩を掴んだ。
「落ち着け?!落ち着けだと!?この藪医者が!元はと言えば誰のせいでこうなったと――」
「ど、どうかされましたか?」
急に鎮火した無惨を見て、男は困惑した様子を隠せない。目的通り静まったとはいえ、余りの落差に戸惑ってしまったのだ。
一方、無惨もまた困惑していた。肩を掴んだ男の顔に見覚えがあったからだ。
その顔は、無惨を鬼に変え、無惨自身が殺した、医者の物であった。
続きは5/7、18時ごろ予定