私が住まう地には『神』が住んで居られる。
私がこの世に生を受けるずっと前、私の曽祖父が生まれてすらいないほどの昔の話であるが、未だ村と言える規模であったころ、賊徒共に襲われていた所に神は御降臨され、神通力を以て住人達をお救いになられた。その後神はこの土地に腰を据え、人々に知識と豊穣を齎してくださった。街の住人であれば知らぬ者はいない話である。私も子供の頃に母から寝物語で聞かされ、それ以降毎夜話を強請って困らせたものだ。
そして神は今もなお、我々を見守ってくださっている。
人知を超えた力と知恵を備え、老いず変わらず、決して死なず。幾星霜を経てもその美しき
余所者たちは木像やら巨木、もしくは見たこともない不確かな何かを、神や仏と呼んで崇めているらしいが、はっきり言って正気の沙汰とは思えない。
ただの物や想像の中にしか居ないナニカが、彼らに何かをしてくれたというのか?有り得ない。
そんなあやふやなものを信仰しているのだ。狂人ないし異常者なのかと勘繰ってしまうのは仕方ないことだろう。
だが私は、私たちは違う。
我々は神を見て、知って、齎される恵みを享受しているのだから。
だが彼らから学べることもある。彼らを狂人や異常者に仕立て上げたもの――すなわち無知というものの恐ろしさだ。
この街に生まれずあの御方を知らねば、私も彼らと同じように、海の物とも山の物ともつかぬナニカを神と呼んでいたのやもしれぬのだ。想像するだけでぞっとしない。
この街に生まれ、神を知ったこと。間違いなくそれが、私の人生にとって最も幸運な出来事であったと言えるだろう。
あの運命の日を迎えるまでは。
時を経てもなお鮮明に思い出せる。
我らが神から私――いや我々が直々に選ばれた日のことを。
恐れ多くも、神の血を頂戴した時のことを。
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神の御前、そこで私を含め十名の人間が頭を垂れていた。
後から聞いた話だが、あの場に集まったのは街でも特に信心深い者たちであった、らしい。
私は別段、信仰が特に篤いとは思っていないので、神には何か他に基準があったのではと思っているが、結局良く分からなかったし、神の崇高なる御心を理解できるとも思っていない。
分かっていることはただ一つ。私は極めて幸運であった。それだけだ。
御前に招かれ、そのご威光に触れ、あろうことか同じ空気すら頂戴している。私はその望外の幸運を噛み締めて、深く深く伏せていた。
感謝の言葉を述べたかったが、それは無作法というもの。
神の許可なく発言するなど許されることでなく、下々の言葉で御方の御耳を汚すなど言語道断。
高鳴る我が鼓動ですら、御耳に入る前に止めたいというのに。
御前に侍り、どれだけの時間が経ったのだろうか。
一刻、一日、一年。百年と言われても納得しただろうし、同時に物足りなかったと思う。
「貴様ら、今すぐこの場で死ね」
唐突に、前置きも何もなく、神にお告げを賜った。
神のお言葉。その意味を理解するのに、瞬きの時も要しない。
神は我らの死を望んでおられる。
理解してすぐ――私は簪を抜きとり、首に突き立てんとした。
神ははっきりと、私たちに死を命じられた。ならば、速やかに死ぬのが道理というもの。そこに疑問を挟む余地はない。理由など、死んでから考えればいい。
しかし、簪が我が首を貫くことはなかった。
何かが弾ける音と共に、顔に水のようなものが掛かった。
そのような些事を気に掛けることなく、神の命を遂行しようとしたが、右手から簪が消えていた。
というより、
ああ、なるほど。先の破裂音は右手が吹き飛んだ音で、掛かったのは水ではなく血だったのか。
どこか他人事のように状況を把握するとともに、我が子を失くした母親のように、残された右腕が私にしか聞こえぬ悲鳴を上げた。
周囲の者にも絶望を伝えようと、その悲鳴は私の口から外に出ようとしたが、そのようなことを決して許さぬと嚙み殺した。
平時ならともかく、今私の前には神が居られる。であれば、耳障りな音を入れるわけにはいかない。
私の右手なぞどうでもいい。神が望まれているのは私の死だ。これ以上時間を掛けるわけには……。
「もういい。止めよ」
簪を探しても見つからず、やむなく剥き出しになった骨で喉を突こうとした所で、神から制止の御声が掛かった。
御下命を果たせなかった絶望が身を襲ったが、神の御言葉を無視するわけにはいかない。
脂汗が止めどなく全身から流れ出る。そのような見苦しい顔を神の視界に入れるわけにもいかず、消えるように、恥じ入るように顔を伏せた。
「動けたのは半数か。まあ十分だろう」
半数。ああ、気にしてはいなかったが、既に五人は命を絶っていたのか。なんとも羨ましい限りだ。いやこの場合は我が愚鈍を憎むべきか。
ふと意識が段々と遠くなっていることに気付いた。右手から血が流れ過ぎたせいだろうが、命が解かれた今死ぬわけにはいかないし、そもそも神の前で気を失うなどという無礼な真似など許されることではない。
「面をあげよ」
今一度気をしっかり保とうと奮起した時、神の相貌を拝謁する名誉を賜る。不甲斐なさを感じるものの、神の命に従い頭を上げた。
その私の額に何かが突き刺さった。
「今より、貴様らに私の血を分け与える」
神の美しい口から、美しい声が発せられる。恥ずかしながら、それを私はぼんやりと見ていた。
「最低限の量ではあるが、貴様らは我が血に耐えられるかな?」
私の体内に何かが流れ込む。いや何かなどではない。先ほど神が仰ったではないか。これは神の血であると。
これから一体何が起こるのか、なぜ私たちにそのような貴重なものを賜るのか、まるで理解はできない。
分かるのはただ一つ。恐れ多くも、神の血を賜るという幸運を、私は手に入れたのだ。
******
あの儀式の果て、私たちは『神子』へと生まれ変わった。
いや、神子と自称するのは、なかなか複雑な気持ちを抱く。
街の誰かが呼び始め、今となっては皆がそう呼んでくるが、我らが神の子であるなどと、恐れ多い呼び名である。しかし神がその呼称をお認めになられている以上、それが今の私たちの名である。
神子になれたのは結局、私を含む三人だけであった。
無様に生き残ってしまった落伍者の五人。そのうち二人は神の血を受け止めきれず命を落としてしまったそうだ。
神の血を受け入れた途端に意識を失くしてしまった私はその場面を見ていないのだが、ぐずぐずに崩れたナニカが、神の血に順応できなかった者の成れの果てだと、神から直々に説明いただいた。
神の命を果たせず、役にも立てずに死んでしまったのは可哀想だが、見方を変えれば神直々にあの世へ送ってもらったのである。そう考えると彼らはなんと幸運な者たちであろうか。
その場には先に神に命を捧げ、死に果てた五人の遺体もあったが、酷く損壊していた。その時は気づかなったが、私たちが神子へと生まれ変わった際に、恐らく
その表情は何やら恐怖や苦悶を浮かべているようにも見えたが、神の命を迅速に果たした彼らがそのような感情を抱くとは到底考えられない。死んでしまうと顔は自然とあのように強張っていくのだろう。
かくして、我らは神から加護を賜り、神子へと生まれ変わったのであった。
その際、我らにお告げになった使命こそが、神子が果たすべき役割であった。
街の者はそもそも勘違いしているが、我々は神の子などではない。確かに、神の血を頂戴し御力の一端を授かるなどという人の身には有り余る、まさに天佑神助の出来事があったが、我らは決して神の神子や使徒などではない。
あくまで我らは供物である。今ですら完璧である神が、更なる完璧を求めるがために、御自らに課した試練。それを乗り越えるために捧げられ、神御自らが拵えた贄なのだ。
贄。そう贄だ。我ら神子はいずれ神に食されるか、用無しとなって御方の手で殺されるか。
神が見事に艱難を乗り越え、更なる玉体を手中に収めた瞬間が、神子の命運が尽きる時なのである。
――素晴らしい。
どのような形であれ、神の役に立つ。その行いに貴賤はなく、人にとって当然かつ最大の喜びであるが、我らにしかできぬ使命があり、その使命に心身の全てを捧げられる。
この使命を果たせるのは世界広しといえど、私を含んだ三名の神子たちのみ。
これ以上喜ばしいことがあろうか。
この望外な幸運に、私たち神子は何度涙を流したことだろうか。
神子へとなれなかった二人も、草場の陰で臍を噛んでいることだろう。
いずれ神はこの試練を克服するであろう。その素晴らしき日を迎えるまで、文字通り身を粉にして奉公し、そして死ぬ。
それが神子と呼ばれる私たち全員の望みである。
とはいえ、ただ手をこまねいてその日を待っているわけではない。そうであるなら無能の誹りは免れられず、神の御力を賜った以上そんな無様な真似はできはしない。
現在、神は御自ら街の者たちに使命と『天恵』を与え、情報を集めておられる。
主目的は人探し。それに加えて鬼殺隊とそれらが狙う鬼についての情報を、神はお望みであった。
以前、神の逆鱗に触れた者も鬼殺隊と名乗る人間であった。恐らくその見識の狭さから、我らが神のことを恥知らずにも鬼などと決めつけ、刃を向けたのだろう。
人探しの方の理由は皆目見当がつかないが、元より神の深謀遠慮を理解できるはずもない。
神子は神と同じく夜にしか出歩けず、只人のように外に出て情報を集める、などということはできない。
だが、彼らが持ち帰った情報を精査し、纏めることぐらいはできる。何人もの報告を受けさせて、神の手を煩わせるわけにはいかない。
それに統合することで、見えてくる情報もある。もしかしたらこれがいずれ神の役に立つやもしれない。
他の二人も各々得意なことで街に貢献し、神子の名に恥じぬ働きをしているはずだ。
「神子様。食事をお持ちいたしました」
「あ!ありがとうございます!すぐに持っていきますので、少々お待ちを!」
思わず声が跳ね上がるのを自覚する。私だけでなく、他の神子も同じような反応を取ることだろう。
この食事の時間は神子にとって、至福の時間に他ならない。
今日もまた、神にこの身を食べていただけるのだから。
次回更新は来週を予定してます。