【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

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これより鬼および鬼殺隊の独自設定が多く入っております。
ご注意ください。


静かな喧噪

 月すら見えぬ暗い夜。これ幸いと輝きを放つ星の灯りも、深い森の中には決して届かず。いくら目を慣らした所で木々の輪郭すら定かにはならない。

 一寸先は闇。その言葉をそのまま現実に置き換えたような場所だった。

 

 その闇の中を、疾走する足音が二つ。

 剥き出しとなった根は不規則な(うね)りを作りだし、堆積した落ち葉が地表を隠す。例え目が利いても足を取られることは必至であろう。

 

 視界不明瞭。足下不如意。

 その中を淀みなく走り抜けることなど、人間業では叶うことなく。

 

 であれば、その中を淀みなく駆ける彼らは一体、何者なのであろうか。

 

 よく耳を澄ませば、足の音は大地を蹴るに留まらず、時には上へ上へと昇っていき、ともすれば遠く離れた腐葉土を弾くことすらある。

 まさに縦横無尽に跳ねまわっている。

 

 常であれば静かに、しかしてはっきりと響く虫たちの調べが、今は無粋とばかりに止んでいる。森の中に弾むのは、駆けて、跳ねて、広大な森を狭いと言わんばかりに奏でられる、足音だけの二重奏。

 

 その演奏が一つ、甲高い金属音を鳴らして、不意に止んだ。

 

 森の中にぽっかりと空いた広場のような場所で、二人の演奏者は向かい合う。

 

 開いた林冠から注ぐ微弱な星の光が、両者の姿を世界に映し出す。

 片や、何十年も着尽くしたような(つづれ)を身にまとう男。

 片や、刀を片手に、背中に滅の字が入った着物の男。

 

「年貢の納め時だ。覚悟しろ、鬼舞辻無惨」

「死ぬのはテメェだぁ!鬼モドキの鬼狩り野郎が!」

 

 褸の男はその言葉に、美しい顔を苦悶に歪める。

 切れ長く吊り上がった目。すうっと通った高い鼻梁。波打つような黒髪。

 その容貌はまさしく、鬼の始祖たる鬼舞辻無惨であった。

 

 滅を背負った男――鬼殺隊が最高幹部たる柱、その一角に名を連ねる剣士は、敵の首を刎ねんと刀を八相に構える。

 刀身に映った自らの顔を、耳の横に生えた目(・・・・・・・・)で見てふと思う。

 やはり醜いな、と。

 

 彼がそう思うのもむべなるかな。

 月光が映し出した彼の顔には、目玉が疱瘡のように無数に生えている。凡その人間には嫌悪感しか与えられない容姿であろう。鬼モドキというのも言い得て妙だ。

 とある薬(・・・・)の副作用によるものだが文句は言えない。全ては鬼を、真なる鬼舞辻無惨(・・・・・・・・)を斃すため。

 同時に彼は察していた。今回が限界だと。これが最後の鬼殺だと。

 ゆえに、全てをこの一戦に注がんと決意する。

 

 睨みあう両者。高まる緊張感。

 何か一つでもあれば、すぐさま破裂する殺気の塊が出来上がる。

 不用意な一手が死を招く達人同士の決闘のように、二人は容易に踏み込めなくなっていた。

 

 只人では打開ができぬ膠着状態。ならば状況を動かすは、人ならざる力に他ならない。

 

 突如として褸の男が大きく口を開く。

 吐き出すのか。噛みつくのか。対峙する剣士は柄をしかと握り警戒を最大にまで強め――左足を喰われた(・・・・・・・)

 

 鬼に近づいたことで得られた無数の眼球。柱として鍛え上げられた知覚能力は増えすぎた視界に振り回されることなく、細大漏らさず全てを見切る。絶対視野と自負するその網を掻い潜った一撃に虚を衝かれながら、隊士の体は倒れていく。

 

 見えないのも当たり前。

 獏・現映(うつつうつ)し。

 喰われたという錯覚(・・)を引き起こす血鬼術なのだから。

 

 崩れる柱。迫りくる鬼。

 流石は隊士の頂点に座する者。すぐさま幻術だと見破り、力が抜けて傾げた体を強引に建て直す。だが一手遅い。

「死ねヤァ!」

 褸の男は両腕を刀に変形させ、鬼殺隊のお株を奪うかのように、首を狙って振り抜いた。

 

「ぐぅっ!」

 避けることを諦めた柱は、辛うじて生き残ることが出来た。

 一刀は日輪刀で防ぎ。もう一刀は……左腕を盾にすることで。

 

 鬼の剛力により吹き飛ばされる柱。水を切って跳ねる小石のように、幾度も地面をぶつかり転がってゆく。

 強力な鬼の一撃すら防ぐ特殊な隊服によって斬られることはなかったが、左腕は鬼の剛力によって、見るも無残な姿に変わり果てていた。

 修復は開始しているが、彼は未だ鬼ではなく、極めて鬼に近い人間。即死さえしなければどれだけ重篤な傷でも完治するが、それもすぐさまにとは行かない

 無論、敵が回復するまで待たねばならぬ道理などこの世にない。褸の男はトドメを刺すべく猛然と詰め寄っていく。

 

 二人だけの激闘。二人だけの演奏。その終わりが近づいていた。

 森に入ってから今まで、聞こえてきたのは彼らが鳴らす音だけ。

 

 

 だからだろうか。何かが空気を裂く音が、やけによく聞こえたのは。

 

 

 何の音だと褸の男が視線を横に向ける。そこに映るは、闇に溶け込む黒き蜘蛛の巣。

 

 否。それは待ち受ける蜘蛛の巣に非ず。男を捕えるべく擲たれた、漆黒の網である。

 

「っち、この程度っなにぃ!?」

 

 広げられた網の手から逃れんとするが、第二波は既に放たれていた。

 

 掛け声もなく合図もなく、しかして完璧な連携を以て、夜闇を裂いて幾本もの矢が飛翔し、男の体に突き刺さる。

 右目。心臓。両の膝。

 致命傷たる傷も、鬼の体を持つ男にはかすり傷に等しい。瞬く間に復元される。だがその一瞬の間に、網は男を包みこんだ。

 

「こなくそっ!なんで千切れねぇ!」

 

 男はすぐに網を千切ろうと力を籠める。しかし網はびくともしない。

 網の素材は、鬼殺隊の隊服と同様の物。あらん限りの力を籠めた先の一撃であっても、隊服を斬ることが出来なかった。であれば彼にこの網を斬れる道理は、ない。

 

「うおおぉぉっ!!」

 

 ならばと拘束からの脱出を試みるが、森から飛び出してきた新たな鬼殺隊士たちが、槍を突きだし地面に縫い留める。

 

「この、クソ雑魚どもがぁ!」

 

 拘束されても這い蹲っても鬼は鬼。その人外の膂力で槍持ち達を振り回し吹き飛ばす。

 

 しかし、褸の男の抵抗もそこまで。

「う……ぁ……」

 どうにか膝立ちになった男の前に居たのは、先まで対峙していた異形の姿の鬼殺隊士。

 

「――っ!」

「死ね」

 

 何か言わんと口を開いたが、褸の男の首はそれより早く、斬り捨てられた。

 鬼の辞世の句に、興味はないと言わんばかりの鋭さだった。

 

 灰となって消えていく褸の男。

 それを見届けた鬼殺隊士たちは歓声を上げ、トドメを刺した異形の男は、膝から崩れ落ちる。

 

「六画様!」

「先生っ!」

 

 その様を見て、鬼殺隊士たちは急いで男に駆け寄っていく。

 鬼の力によって五体は既に完治している。だが侵食(・・)が限界を超えんとしていることを察していた男は、彼を先生と呼び慕う継子(つぐこ)の少年を近くまで呼び寄せる。

 柱として、最期の責務を果たすために。

 

「今この時をもって……六画目の柱を……お前に託す……この意味が分かって……いような……?」

 芽生えた食人欲求を、右手を噛み砕いて抑えながら、鬼へと堕ちかける男(・・・・・・・・・)は意志と、柱としての地位を継子に託す。

 

「……っ!はい、先生!」

 

 悲愴な覚悟を秘めた継子、いや新しき柱は日輪刀を抜き放ち、男の首に狙いを定める。

『鬼殺隊士が鬼になる、またはならんとした場合、速やかにその首を斬るべし』

 それが隊律であり、堕ちた前任者の首を斬ることは、柱となった者の最初の仕事であった。

 

「あとは……任せた」

「……承知仕った!御免!」

 

 優しくするりと、男の首は両断された。

 男の死に顔は、満ち足りた様子を見せている。

 

 しんと鎮まった森の中、すすり泣く声だけが、良く聞こえた。

 

「丁重に、亡骸を運びましょう。六画様」

 

 涙を流しながら、一人の鬼殺隊士が声を上げる。

 鬼になりきる前に死んだが故に、異形の姿のままではあるが遺体は残るのだ。人間であることを証明するかのように。

 

 残った死体を持ち帰ること。それもまた、鬼殺隊士たちの仕事の一つだ。

 

 首のない遺体は白布に包まれ柱に抱えられる。

 落とされた異形の首も籠に入れんと一人の隊士が近づいていく。暗がり故か、死した柱の男から流れた血だまりに足を踏み入れてしまう。その瞬間、その隊士の下半身が弾け飛んだ

 

「――え?」

 

 呆然とした声を上げて倒れ込み、絶叫を上げた。

 

「――敵襲っ!敵襲だっ!総員警戒しろぉっ!」

 

 柱となった少年は、即座に異常を告げる。

 内心謝罪しながら遺体を放り投げ、すぐさま刀を抜き放つ。

 

 残りの鬼殺隊士も続くように鞘走らせ、周囲に気を巡らせる。

 そんな彼らを嘲笑うかのように、悠々と足を鳴らしながら近づいてくる者が一人。

 

 雑に剥がされた獣の皮を纏う様はまるで野党のよう。

 星灯りに晒された、見下すようなニヤケ面を見て、鬼殺隊が吠える。

 

「……鬼舞辻、無惨っ!」

「いかにも。儂こそが鬼舞辻無惨じゃ」

 

 現れた鬼は、柱が命を懸けて斃した鬼と全く同じ顔をしていた。

 

 先と同じ影武者(・・・)か。それとも探し求めていた真なる鬼舞辻無惨(・・・・・・・・)なのか。彼らには見当もつかない。

 だがどちらであっても鬼殺隊が成すべきことは変わらない。

 鬼の首を刎ねること。ただそれだけだ。

 

 とはいえ、状況は鬼殺隊にとって圧倒的に不利。

 

 鬼殺隊の戦闘教義に正々堂々や真っ向勝負などと言った、綺麗な言葉は存在しない。

 生物としての基本性能が天と地ほども違う相手と戦うのだから、それも無理からぬこと。

 だからこそ鬼殺隊は埋めがたい差を埋めるため、策を練り、数の利を生かし、()にも頼るのだ。

 先の一戦はその象徴ともいえるだろう。

 日の高いうちから有利に戦える場所を見繕い、息を潜ませ、罠を張り、敵に備えた。

 この広場は鬼殺のために作られた必殺の空間。鬼は偶然この場に足を踏み入れたわけではない。戦いながら柱に誘導されたのだ。

 不意の遭遇戦などでは決してない。事前の準備により勝つべくして勝つ、言うなれば狩りのようなもの。

 鬼という超越的存在を相手にする以上、策も持たずに正面から戦うなど正に愚の骨頂。そのような状況に持ち込まれた段階で、戦術的に敗北しているのだ

 今のように。

 

 それでも、彼らにはただ一つ、戦う力が残されていた。

 超常なる相手と対等に戦うための、禁忌の力が。

 

 新たなる柱は即断する。

「皆、丸薬(・・)を飲め!」

 

 応という掛け声と共に、彼らは懐から血色の丸薬を取り出し、躊躇せず嚥下した。

 直後、彼らの体から牙が伸び、角が生える。

 その様は鬼のようで、しかして鬼に非ず。

 人の身でありながら鬼に近付き、忌まわしき力をその身に宿す。

 遠からぬ未来、鬼に堕ちるも覚悟の上で。

 

 これこそが鬼殺隊が持つ最強の刃にして最終兵器。

 誰が呼んだか、鬼成丸。

 ある医者(・・・・)が作り出した、毒を以って毒を制す(鬼と成って鬼を殺す)ための劇薬である

 

 未だ侵食が浅い彼らは異形ではないが、その膂力や回復能力は人間の時とは比べ物にならない。

 

「があぁっ」

「おっと、危ない危ない」

 

 事実、最初に反撃したのは倒れ伏していた鬼殺隊士。間一髪薬の服用が間に合った結果、盛り上がった肉が欠損部位を埋め、命を繋いだのだ。

 

 最早脆弱な人の子ではない。鬼の力を備えた七人の鬼殺隊士。

 それに半包囲されてなお、新手の鬼は余裕を崩さず。

 

「良かろう。儂の血騒陣(けっさいじん)で纏めて葬ってやろうかの」

 

 両陣営でぶつかる空気が重さを孕み、ねっとりと纏わりついていく。

 

 忌避すべき鬼の力に手を染めても鬼殺を行う鬼殺隊。

 矜持か、はたまた別の思惑か。堂々と迎え撃つ鬼。

 

 一触即発。どちらかが壊滅するまで終わることのない激闘を予感させる。

 

 

 

 

 

「妙な臭いがしたから野暮用帰りに立ち寄ってみれば、なんとも不愉快極まる光景だな」

 だが残念な事に、その激闘は始まることなく終わりを迎える。彼の者の登場によって。

 

 森から現れるは、夜闇よりなお深い黒に染められた直垂を着こなす美丈夫。

 鬼舞辻無惨。

 今宵、鬼殺隊がその顔を見るのは三度目。違うのは、そこに載せられている感情。一人目は苦悶。二人目は軽侮。三人目は……憤怒であった。

 

「まさか、新手だと!?」

 鬼殺隊は絶望する。鬼舞辻無惨が二人になるという状況に。

「……誰だ、お前は?」

 鬼は困惑する。奇妙な気配を漂わせる、同じ姿をした男に。

 

 驚きを浮かべる鬼と鬼殺隊に、しかして彼は反応しない。

 ただ苛立つままに溜息を吐くばかり。

 

「なるほど。私の名前や姿が知られていたのは、貴様らの程度の低い猿真似のせいか。何の意図かは知らぬが、全く質の悪い話だ」

「貴様、何を言って……?」

「……まさか、まさかまさか――は、ははは、ははははっは!」

 

 思ったことをそのまま口にしたような、要領の得ない呟き。だがそれを拾った鬼は驚愕と、そして歓喜に満ちた声を上げる。

 

「――(やかま)しい!」

 

 直後、轟音と共に、鬼の体が文字通り消滅した。

 血煙だけが、そこに何かがあったことを示していた。

 

「……は?」

 

 新手の登場に再度陣形を整えようとしていた鬼殺隊の動きが、完全に止まる。鬼化して強化された視力を以てしても動きがまるで見えず、気付いた時には鬼が跡形もなく消滅していた。

 

 

「貴様らの浅慮な行動で、どれだけ私が迷惑を被ったと思っている?!何が楽しい!?何が面白い!?私を何だと思っているのだっ!!貴様らの言動、存在、その全てが不愉快だっ!!。疾くこの世から消え去るがよいっ!!!」

 

 爆発するは鬼気迫る怒り。いや、鬼気そのものであった。

 

 人知を超えた鬼の力。それを上回る圧倒的な力。そして増大した存在感や圧迫感を見て、鬼殺隊は確信する。

「こやつだ!こやつが、真なる鬼舞辻無惨だ!

「――っふう。如何にも。鬼舞辻無惨とは私のことだ」

「命を引き換えにしても奴を殺せぇ!」

「やれやれ。いつの時代においても鬼狩りは全く変わらぬな――死ね」

 

 命を賭して刃向かう鬼殺隊士たちだが、その程度で覆るような力の差ではない。

 一瞬にして、命の花が散っていった。

 

 斃れた亡骸を見て無惨は首を傾げる。

 

「しかし、鬼狩りが鬼になるとは。いや(もど)きとでもいうべきか。一回目の時にはこのような薬は手にしていなかったはずだが」

 

 彼は鬼殺隊が手にした力に疑念を抱く。一体、どのような経緯で手にした力なのかと。

 呼吸使いと比べればその力は低い。だがもし呼吸と合わせて使えばどうなるか。

 無惨の脳裏には呼吸を使う鬼(上弦の壱)の姿が、ぼんやりと浮かんでいた。

 

 

「――はっははっはははは、はははははっはははは!」

 

 その思考を破るかのように、鬼の笑い声が高らかと響いた。

 無惨の血から成った鬼ではないが故、殺すことが出来なかったのだ。血を過剰に注ぎ込めば崩壊させられるかもしれないが、それでまたぞろ新種の鬼が出てくる可能性を考えると実行には移せない。

 半ば予期していた結果だが、舌を打つのを抑えられなかった。

 

「はははっははっはははは!やりましたぞ棟梁よ!この儂が、本物の鬼舞辻無惨を――!」

「黙れ」

 

 日輪刀を拾い上げ、再生した首を切り落とす。

 鬼の怪力に任せた一撃で刀は砕け散ったが、それを最期に鬼は灰となり消滅していった。

 

 この場には立つは、無惨一人。

 

「ふん。どうやら鬼も鬼狩りも、面倒なことになっているようだな」

 鬼も鬼殺隊も一回目とは違うことに気付きつつも、無惨は特に気にしていなかった。

 自分の姿形を模倣されているのは気に入らないし、それが原因で鬼殺隊に情報が渡っているのは腹立たしいが、言ってしまえばただそれだけ。

 出会ったら殺すが、自ら探しに行く気は毛頭ない。

 

「貴様らは好きなだけ殺しあうがいい」

 潰すのは日光を克服した後でも遅くはない。

 そう結論付けて、無惨はその場を後にした。

 

 なぜ鬼が無惨の姿をしているのか。なぜ鬼の力を得る薬を鬼殺隊が手にしているのか。

 無惨の思考はそこまで至らない。深い推測などしない。裏で誰かが動いているのか、考えたりしない。

 

 だがそれでいい。考え付いた所で真実など分からないし、分かった所でやるべきことは変わらない。

 必要となれば叩き潰す。それだけだ。

 

 去っていく無惨。それを待っていた虫や獣たちが動き出し、森は再び静かなる喧噪を奏でていくのだった。

 




次話は来週投稿予定です。
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