【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

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三百年前、あるいは七百年後

 神子の一人が無惨の下まで歩み寄り、恭しく(こうべ)を垂れる。

「神よ。()()の皆様が集まりましたので、これより上奏の儀に移りたいと存じますが、よろしいでしょうか」

「ああ。たまにはこの私が直に聞いてやろう。手抜きの者がおらんとも限らんしな。光栄に思え」

 気のない返事を返しながら、頬杖を突きつつ蜜柑を一房口に運ぶ。大正時代の物より小粒*1であったが、その甘味を殊の外気に入っていた。

 無惨の好物だと認知されてからすぐさま量産化を図られたのは言うまでもない。

 

「はっ!我ら一同この日のことを命消え果てるその時まで忘れることはございません」

 いちいち言動が重たい。そう思う無惨だが、二百年近く経っても変わりはしないのだから、言った所で無駄だという諦観の念も抱いていた。

 

 光陰矢の如し。

 神子が生まれてから二百年。

 すなわち、無惨がこの地に根を下ろし三百年を数えたということ。

 

 それだけの時があれば、日ノ本という小さな島国も大きく変わる。

 隆盛を極めた平家は源平の戦いの果てに滅亡し、勝者たる源氏の棟梁が征夷大将軍に任命され、後の世で鎌倉幕府と呼ばれる武家政権*2が樹立した。

 

 当然、無惨はその結果(歴史)を知っている。それどころか二十世紀初頭の日本史まで知る、まさに生き字引。その知識のおかげで、領地を――対外的に――治めている武士は常に勝ち馬に乗り続けた。

 だが当初、無惨はその知識を伝えるつもりはなかった、正確に言えば戦争に首を突っ込むという考えそのものが頭になかったのだ。何故なら無惨は天下統一や己が名を轟かせる、といった野望・自己顕示欲というものを持ち合わせていない。むしろ自分の情報なぞ極力晒したくないとすら思っていた。千年間の潜伏生活で培われた部分もあるが、彼は本質的な部分で秘密主義者であったのだ。

 

 であれば、わざわざ目立つ真似などするはずもなく。どこかで戦が起こっても何のその。神たる無惨がそうである以上、武士の基本姿勢が傍観や中立となるのは当然であった。

 

 とはいえ寄せる時代の波に、完璧に無関係とはいかない。それほど広いわけではないが、地力や戦力は全国随一と言っても過言ではない。そんな勢力がまだどちらにも与してないと知れば、味方に引き込もうとするのは自明の理。

 参戦しなければどうしようもない状況――断れば大軍挙げて攻めてくる、などと脅されれば、中立などとは言っていられない。

 そんなことがあれば手ずから育てた便利な土地を、むざむざ手放すことになるやもしれない。報告を受け懸念を抱いた無惨は、溜息を吐くと参戦を命じた。無論、勝てる方の陣営側に。

 

 結果的に、無惨に仕える武家は常勝軍団として名を馳せた。源平合戦終焉の地で、検非違使に与した水軍の活躍は記憶に新しく、未だ語り草である。

 そして無惨への崇拝は一層と篤くなった。()()に従えば必ず勝てるのだから。本人にその気はなくとも勝利を授けたのは確固たる事実。勝ち戦となれば兵士も生きて帰れる可能性が高まるのだから、不満などあろうはずがない。

 結果良ければ全て良いとは、至言である。

 

 

 賜わされる必勝の神託。そのために必要な外の情報を集める神の目と耳こそが、我らである。

 その心意気から忍びの者たちは自らを『耳目』と呼ぶ。

 

「神からお許しが出ました。耳目の方々、御前に」

「はっ!」

 

 続々と入ってくるは、間諜のため津々浦々に散っていた草の者たち。

 

 今から始まるのは、耳目たる彼らが集めた情報を伝える報告会。

 常であれば神子の一人に報告して終了であったが、直接聞こうと無惨が気まぐれを起こしたため、この場が設けられた。

 耳目の者たちは急遽決まった会議に面倒、などとは欠片も思わず、直々に報告できる幸運に落涙する。

 

 鬼ではないため無惨はその心を読めないが、耳目はおしなべて神子と同類なのだ。

 神たる無惨のために働けることを、至上の喜びとする狂信者たちである。故に彼が口に出した手抜きの者など、居るわけがなかった。

 

 ずらりと並び平伏する耳目の者たちを、一段高い所から見下ろす無惨。感慨なく旋毛を眺め、また一房蜜柑を食べる。

 

 準備が整ったと見た神子が開始を告げ、進行を務める。

 

「まず初めに尋ねます。最優先事項について、誰ぞ知り得た者は居ますか?」

 

 最優先事項。

 無惨が諜報部隊を作った目的そのものである。

 外界はもとより鬼や鬼殺隊の情報すら、その前には些事である。

 

 その問いに応えるものはいないが当然だ。もし居たならこの会議(茶番)が始まる前に神子に報告を上げ、既に無惨の耳に届いていることだろう。あくまで形式上聞いただけである。

 とはいえ、求めた物を持ち帰ってこれなかったのは事実。神子がいつものように平謝りをする。

 

「申し訳ございません。此度も神がご所望されたものを得られませんでした」

「まだか。まあよい。あと三百年、貴様らに時間をくれてやる。その間に必ずや見つけ出せ」

 

 無惨も不満はあれど焦りはない。しかるべき時までに見つかればよいのだから。

 

「それでは、皆様方が集めた全てを、簡潔に述べなさい」

 

 ある種お約束なやりとりが終わった後、神子の音頭に従って耳目の者たちは順繰りに口を開く。

 

 

 冒頭は鬼殺隊と鬼について。

 最優先事項を除けば、無惨が最も関心を払っている事柄でもある。逆に言えばついででしかないのだが。

 彼らが得た情報の中に、目新しいものは存在しない。進展はないが、それに対しても無惨は怒らなかった。

 人間に対する評価や期待が低い分、彼らに対する沸点は低くなかった。情報を纏めて報告に来た神子の体が砕かれることは何回もあったが。

 かつては千年間無惨自身が従えた存在と、千年間鬼ですら捕まえることが出来なかった組織でもあることも加味されていた。

 鬼殺隊は外部に情報を漏らさないし、鬼に関しては眉唾もいいとこ。鬼である無惨からすれば鼻で笑ってしまうような話ばかりなのだ。

 百年近く掛けて得られたものはせいぜい、鬼には首魁が居て、それを討つために命すら擲つ奴らが多数在籍している、という引退したという隊士の証言くらいなのだから、その進捗は推して知るべし。

 どちらも無惨の怒りを買っている組織。いずれは両方とも潰す予定ではあるが、優先順位は三番目ゆえに、急いでもいなかった。

 

 

 次いで、報告は地方の情勢へと移っていく。

 ナントカという武士が御家人となった、どこそこに守護が置かれたなどといった情勢から始まり、流行の品やモノの流れについて続けて報告していった。

「以上のことから、都の方では鎌倉方を攻める算段を立てているのではないかと愚考いたします」

「ああ、そうか」

 これらの情報から無惨は戦の勝敗を予見しているのだと耳目や神子は思っているが、戦および勝敗そのものを知っている無惨からすれば『ああ、あの戦が起こるのか』と思わせる程度の参考情報でしかない。役立っているには違いなかったが。

 

 そして最後に報告されるのは、在野の人材について。

 彼らが着目しているのは腕力が強いなどの肉体的優秀さではなく、この時代では余り重視されていない学問的な優秀さであった。(しがらみ)もあり断られることも多いが、条件の良さから勧誘に乗ってくれる者もいる。

 ちなみにこれは神子の発案である。学問や技術の発展を望む無惨の意図に応えたものであった。

 無惨からすると『適当にやっておけ』という話であったが、この日ばかりは事情が違った。

 

 算術、建築、天体、医術、薬学。

 次々と挙げられる白駒空谷の徒の名前。その一つを聞いて、無惨は眉を顰める。

 

「そうか。忘れていたな」

 

 常であれば名など聞いておらず、勧誘なり何なり好きにさせていたが、この日は無惨の気まぐれで偶々その名が耳に入った。

 不運としか言いようのない出来事であった。

 

「何か、気になることがございましたでしょうか」

「ああ。私が直に其奴に会いに行く。案内せよ」

 

 神の決めたことに否はない。だが神自ら足を運ぶなど、彼らにとってはまさしく、驚天動地の出来事であった。

 

 

******

 

 

 誰そ彼(黄昏)時の道を一人の女が歩いていく。夕焼けに照らされた横顔は美しく、見知らぬ者がすれ違えば、ハッと息を飲むことであろう。

 彼女は医者であり、その足の向かう先は病人がでたという宿。今目の前で足早に先導を買って出ている女性が、夫が急に倒れ込んだので診てもらいたいと訴えてきたのだ。

 時はもうじき日が暮れるというころ。女医は日を改めてからと思っていたが、大変だからすぐに来てほしいという言葉、何より提示された多量の金子と食料を前に、渋々ながらも承諾した。数えで三つとなった子供のために、少しでも蓄えを作っておきたかったのだ。女性の身の上故に乱暴狼藉の危険はあれど、もしもの備えとして薬を塗った簪や短刀も持っている。薬を調合したら、魍魎野盗の類が出る前にすぐに宿を後にするつもりでもあった。

 それらの事情によりは天秤は片側へと傾いた。

 

 最近富みに痛み始めた胃の腑を抑え、ついに彼女たちは宿へと到着した。

 宿について通されるは一番奥の部屋。日が最も当たらない場所。

 

「主様。ご希望の女医を連れてまいりました」

 襖の外から妻の女性が声を掛ける。

 女医は思わず首を傾げる。旦那を呼びかけるには他人行儀過ぎるし、呼称にしても奇妙に過ぎた。されど持ち前の聡明さから地域差によるものだろうと納得し、深く考えることはしなかった。

 

「そうか、入れろ」

「はっ!」

「失礼いたします」

 

 口に布を巻き、開けられた襖から室内に入る。

 女医は流行り病の可能性を鑑み、細君は外に留め、一人で患者の下へ歩み寄る。

 

 室内は薄暗く、蝋燭の火だけが怪しく照らす。

 見れば窓には板が立てかけられ、ただでさえ弱い夕日の灯りは入ることなく遮られていた。

 

「久しいな、――」

 

 まずは換気をと思い立ち、窓に向かう彼女を呼び止めるかのように、名が呼ばれた。

 部屋の奥。最も暗い場所から発せられた、聞き覚えのない声で。

 急いだせいか、米神から一つ、脂汗が流れ落ちる。

 

「えっと……申し訳ございません、以前お会いしたことがございましたでしょうか?」

 

 彼女は記憶力に些かの自信があったが、いくら辿っても思い当たる節はない。

 よほど特徴のない人物であったのか。そんな考えを、覇気に満ちた声色が否定する。

 一度会えば忘れ難き人間、いや生命体であろう。漠然と彼女はそう思った。

 

「いや、()()()()()とは初めて会う」

 

 奇妙な言い回しに女医の困惑は深まっていく。

 生唾一つ飲み込んで、やけに喉が渇いていることを自覚する。

 徐々に順応していく視界に、男の姿が映し出される。

 

 美しい顔をした、暴力的なまでの生命力を持つ男――鬼舞辻無惨の姿が。

 

 医者とは最も縁遠き存在ではないかと思わずにはいられない。

 なるほど肌の色は確かに白そうだが、この男が病に掛かったなど冗談にも程があると、女医は笑った。

 

 笑った、つもりであった。

 顔の筋肉は強張り動かず、されど歯の根は震えてやまない。

 

「あ、なたは、何者、ですか?……目的、は?」

 

 震える手で抜いた短刀の、なんと心細いことか。

 されど彼女は気丈にも誰何(すいか)する。話を続ける。僅かにでも生き永らえんとするために。

 

「私が何者かを答える気はない……だがそうだな。理由くらいは話してやろうか」

 

 無惨は徐に立ち上がり近寄っていく。危険が迫れども、女医は動くことが出来なかった。さながら、蛇に睨まれた蛙のように。

 

「三百年前、あるいは七百年後。貴様は刃向かったのだ、この私にな。鬼の身でありながら鬼狩りに協力し、その賢しらさで作った薬を打ち込み、私を死の淵まで追いやった。今日やってきたのは他でもない。その許されざる大罪の、精算に来たのだ」

「な、にを言っ、て……?」

「理解しなくてもいいし、する必要もない。重要なのはただ一つ――貴様は今日、ここで死ぬのだ」

 

 彼女の涙ぐましい努力は実を結ばない。せいぜいが瞬きの間、命を延ばしたに過ぎない。

 その一瞬は全て、夫と幼い子供への感謝と謝罪に、費やされた。

 

 

 

 

 夜の帳が落ちた道を、無惨は一人歩いていく。

 彼の心に喜びはない。怒りはない。落胆もない。

 因縁の女医を始末したことに、何の感慨も抱いてはいない。

 なぜなら、脅威ではないから。

 

 かつての大正、確かに彼女は恐るべき薬で彼を追い詰めた。

 しかし、それは彼女が鬼であったから起こった脅威である。

 あの薬を生み出すには、鬼の長きに渡る命を使うほかはない。

 在りし日は側近でもあった女。その腕前を知っているからこそ、その推量には自信を持っていた。

 

 つまり今の彼女は、多少医術の心得がある、ただの人間。

 そのような者を恐れる無惨ではなかった。

 

 神子や耳目は、今回彼が動いたことに大きく驚いていたが、無惨自身に大層な理由など存在しない。

 偶然、名前を聞いたから。

 ただ、それだけ。

 知らなければどうでもいいが、存在を知ったからには無視するのも気持ち悪い。だから殺した。

 本当にそれだけ。

 

 言い換えれば不運でしかない。耳目が集めた情報の中に入ってなければ。名前が神子の所で止まっていれば。無惨が気まぐれで耳目の報告を聞こうとしなかったら。

 病で短き生成れど、彼女は今も生きていただろう。

 不運。全くの不運。

 

 一回目の時の中も、そして今回も、彼女は余りに不幸に過ぎた。

 しかし、そのなかで唯一、救いがあるとするならば――それなりに不幸に、それなりに幸福に、彼女の息子がその人生を全うできたことであろう。

 

 

 

 帰り道、突如として漂った、人のような、されど鬼でもあるような血の香りに誘われ、無惨は森へと足を向ける。

 

 その果てにいた光景に、鬼の姿に、無惨の心は一瞬にして、凪から嵐へと変貌を遂げた。

 

「妙な臭いがしたから野暮用帰りに立ち寄ってみれば、なんとも不愉快極まる光景だな」

*1
現代で言うところの小蜜柑

*2
この種の政権を『幕府』と呼び始めたのは江戸中期以降。定着したのが明治以降とのこと





次話は今週末を予定しています。
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