【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

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戦わずして勝ち、そして負けた

「でかしたっ!!」

 その日、無惨の歓喜の声が石室に反響した。

 彼が他者を、しかもただの人間を称賛するなど、前代未聞の出来事である。

 

 時は征夷大将軍が鎌倉殿から室町殿に移った頃。

 無惨が住まう地は、鎌倉時代を迎えて盛んに行った貿易の結果、更に高まった経済力や軍事力を背景に、境内都市として絶対的な自治権を朝廷や幕府から獲得していた。利権を確保する名目上、神道系宗教の総本山となったが、元より民は全て無惨の神人(じにん)に近い生活を送っていたので、大きな変化はなかった。

 度々領地に戦禍が迫ったことに――正確には無惨に迷惑を持ち込んだことに――責任を感じた、一人の神子の働きによる物である。元より高い国力で政権からの影響をある程度無視していたが、今回の件で完全に突っぱねることが出来るようになった。

 元寇という外敵が迫り、挙国一致で対応している最中であっても、知らんぷりできたといえばわかりやすいか。

 

 

 そのような変化に目もくれず暮らしていた無惨に、一つの吉報が飛び込んできたのが、つい先ほどのことである。

 

 無惨は珍しく、心の底から喜んだ。これほど心を弾ませたのはかつての大正時代、日光を克服した鬼を見つけた時以来か。興奮の余り、傍にいた神子の首を刎ねたほどだ。

 

 跳んでいく首を羨ましそうに見ながら、耳目が言葉を紡ぐ。

「お褒めの言葉を頂き、恐悦至極にございます。この栄誉、末代まで語り継がせていただきます。耳目として果たすべきことを成したに過ぎませんが、一助になれたのならこれほどの喜びはありません。そして何より、おめでとうございます、我らが主よ」

「貴様こそ人間如きの身でありながらよくやった。何か欲しいものがあるのなら後でそこに居る者に伝えておけ。褒美を取らす」

 無惨直々に激賞を与え。あまつさえ褒美を授けるというのだから、その狂喜は推して知るべし。

 

 無惨がここまで喜んだ理由は、耳目が持ち帰った情報にある。

 それこそが、耳目が結成された理由である最優先事項について。長きに渡って待ち続けた報せが今日、やっと届いたのだ。

 鬼殺隊の本拠地とは違って見つかるとは思っていたが、いざその時が来ると気持ちが踊って仕方なかった。

 死を恐れる無惨にとってはもしかすると、日光克服より大事な案件になるかもしれない。それほど重大な情報であった。

 

 

「……して、神は如何なされるおつもりでしょうか?」

 首を拾って繋げた神子がそう問いかける。無惨の喜びこそが至上の喜びと言い切るのが神子という存在。無惨の姿に感激しながら、これからの動向を伺った。

 無惨は笑みを深め質問に答える。

「知れたことだ。残さず滅ぼす。私手ずからな」

 牙を剥き出しにする容貌はまさに鬼そのものであった。

「神の御心のままに」

 百年前の女医の件に続き、またしても無惨自身が動く。その宣言に神子と耳目は今度こそ驚くことなく(こうべ)を垂れ、粛々と準備に乗り出していった。

 

 

 

 無惨の百年振りの遠出に、今回は多数の耳目が付き従った。以前は案内役に一人のみであったが、頭数が必要になると判断して連れてきたのだ。

 船で近くまで移動し、多数の関所で時間を取られながらも、

 先発組が道中の宿を確保し、夜道を駆けて街から街へと梯子していく。彼も気が急いているのか、現地に到着した時には耳目を全員振るい落としていたほどの強行軍であった。

 

 目的地に到着後は一転して落ち着きを見せる。自らは宿に篭り、耳目を使った対象の調査に時間を掛けた。気が短い無惨だがここが肝要だと、今すぐにでも動き出したい気持ちを抑えこむ。僅かな漏れすら許さぬという無惨の強い意志が垣間見えた。

 幸いにして、この手の調査は耳目の得意分野である。数百年の間培われた諜報員としての技能が余すことなく発揮されていた。

 

 一日。十日。万全を期すため無惨はひたすら好機を待つ。そしてその時が訪れた。

 目標となる武家。彼らの屋敷に家人が全員揃っていることの確認が取れ、ついに無惨が動き出す。

 

 搦手(裏門)、くぐり戸、隠し通路に至るまで、武家屋敷の構造も全て筒抜けであり、大手(正門)を除いた全ての出口に耳目を配置し、万が一にも討ち漏らすことはないよう、無惨はこれでもかと周到に準備を終えた。

 

 深夜、無惨は堂々と大手へと歩を進める。

「止まれっ!ここを何方の屋敷と心得――」

「知っている。だから来たのだ」

 当然、門番を務める侍に呼び止められるが、その程度で止まるはずはなく。

 門番の体を消し飛ばし、勢いのまま門を破壊する。騒ぎを聞きつけ侍たちや女たちが、ぞろぞろと集まってくる。

 その光景に無惨は思わず笑みを浮かべる。

「わざわざ集まってくるとは都合がいいな」

 誰一人として逃すつもりはないのだから。

 

 

 

 その日、一つの武家が一族郎党皆殺しにあい、歴史から消滅した。

 不幸にも鬼に狙われたのは、新興の武家であった。

 先の天下の趨勢を決める戦にて功績を上げ、地方の守護から姓を賜った新参者が一家。

 これから更なる手柄を上げて、立身出世を望んだ矢先の出来事であった。

 

 その武家の名は――『継国』といった。

 

 

 

 血で汚れた服を着替え、耳目たちを後処理という名目で残し、無惨は一人帰路に就く。

「……く、くくく、ははは、はーはっはっはっはっはっ!!」

 女医を手ずから殺した時とは異なり、無惨の心中は喜びで溢れ返っていた。

 さもありなん。無惨にとって恐怖の象徴である『化物』が、産まれることなく消え去ったのだから。

 

 時を遡ってから向こう、頭の片隅には化物の影が一時も離れず存在していた。

 無論、無惨は化物と会うつもりなど毛頭ない。戦うなどもっての外だ。命が幾つあっても足りないし、次も逃げ切れる保証もない。

 だが奴がこの世に産まれおちれば、遭遇してしまう危険性は常に孕んでいる。

 

 千年待てば日光は克服できる。しかしその間に化物と会えば殺されるやもしれぬ。

 どうすればいいのか思い悩み、無惨ははたと思いついた。

 

 そうだ。産まれてこなければいいのだと。

 誰かが言った。戦って勝つより優れたるは、戦わずして勝つことだと。

 全く以ってその通り。奴の先祖を殺してしまえば、奴は産まれてこないの(戦わずして勝てる)だから。

 

 膝を打った無惨は行動に移した。

 人間どもに下地たる知恵を与え、その中から芽吹いたものを諜報員に仕立て上げた。

 色々と情報を集めてきていたようだが、耳目と呼ばれる彼らの存在意義はあくまで『継国』という武家を探すこと。それ以外は全て些事である。

 それもこれも全ては化物に勝つため。

 

 なお、耳目が探しきれず時間切れを迎えた際、大陸まで逃げていたことは想像に難くない。

 

 とにもかくにも、天敵排除の成功に、無惨は一人酔いしれる。

 長らく患っていた目の上のたん瘤が、今ようやく消えたのだから、喜びも一入(ひとしお)と言った所だろう。

 

 弾むような足取りで山道を登る無惨。

「はははっ!実にいい気分だ!化物はこれで消えた!あとはあの娘を喰らいさえすれば……あ?」

 その足取りが、突如としてぴたりとやむ。

 

 かの化物が消えた。その事実は喜ばしいことだ。無惨の命を脅かすのが真実、太陽のみとなったのだから。

 故に次なる思考が唯一残された課題である太陽克服に移るのも自然な事。悲願を達成するには、彼の少女を取り込まなければならない。

 

 ところで少女は、不完全な日の呼吸を使う隊士の妹である。無惨はそのことを知っている。

 

「待て……化物が産まれてこないということは……あの娘も産まれてこないということ、か?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()の妹だと、知っている。

 

 言うまでもないことかもしれないが、化物と少年の隊士に、血縁関係はない。少年と少女の先祖が偶然、化物と知り合いだっただけという、極めて薄い繋がりだ。

 

 だが無惨はそんなことを知らない。

 化物と同じ痣、同じ日の呼吸、同じ耳飾り。それら客観的な事実からのみ判断するしかなく、血の繋がりを感じさせても仕方のない要素でもあった。

 

 この場どころか今の世に、無惨の勘違いを正してくれる者は誰も居ない。ゆえに無惨の中では、両者の血縁関係は肯定される。

 

 少年と少女の先祖に当たる化物、その先祖に当たる人物たちを抹殺したのだ

 そこから導き出される結論は即ち化物の消滅と――日光を克服した少女の消滅であった。

「~~~~~~っっ!!」

 天国から地獄とはまさにこのこと。

 

 無惨の今の心境を語るのなら、戦わずして勝ち、そして負けた。と言った所だろうか。

 

 深い後悔が彼を襲うが、全ては後の祭りである。

 もっと深く考えていれば、早く気づいてさえいれば、このような事態は避けられたのに……とは言えない。

 

 無惨にとって太陽は言わば憎悪の象徴。だが化物は恐怖の象徴なのだ。

 気づいていれば最初は少女のため、抹殺を躊躇うだろう。だがいざ『継国』の家が見つかった時には、やはり化物への恐怖から皆殺しにしたはずだ。

 彼にとって化物と会わずにすむのはそれほど魅力的な話であり、己が肉体の六分の五を焼かれた時の恐怖は、一生涯拭えないものであった。

 女医を殺さず手中に収めていた可能性ぐらいはあったやもしれないが、それも過ぎた話だ。

 

 山肌の一部の崩壊と共に無惨の癇癪も終わりを告げ、歩みと思考を無理矢理前に向ける。

 とはいえ、特別考えることはない。前回同様手あたり次第鬼に変えるのみ。

 

 手始めに街の人間を全て変えるかと、物騒なことを考える無惨の進行方向から、足音が聞こえる。

 とりあえずはコイツから鬼にしようと変形させ、踏みとどまる。

 その顔に、見覚えがあったからだ。

 

「探しましたよ、無惨様」

 

 その声も、無惨には聞き覚えがあった。

 

「幸運にも貴方様を見つけましたが、何日も同じ街に滞在しているものだから、少々待ちくたびれましたよ」

 

 無惨の表情が能面のように固まっていく。

 

「さあ、それでは無惨様、私と一緒に来てもらえませんか?」

「見て分からぬのか?今の私は頗る機嫌が悪い。疾くその口を閉じよ――この藪医者めが」

「ふふっ。交渉決裂ですか。では力づくで連れていくと致しましょう」

 無惨を鬼に変えた医者が、柔和な笑みを浮かべ、彼の道を塞いでいた。




ちょっと流れが粗い気がするので後日修正するかもしれません。
次話は来週を予定しています。
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