【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

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本日2回目の更新になります。

今回を含め、最終回まで残り5話です。


全て止まった

 無惨と医者の激突から時は流れ。

 日ノ本は応仁の乱や明応の政変を経て、群雄割拠が鎬を削る戦国時代に突入していた。

 ある者は版図拡大を、ある者は御家存続を、またある者は天下統一を目指し、刃や筆を用いて戦いに明け暮れている。

 

 良かれ悪しかれ、誰もが影響から逃れることは出来ない。それは治外法権たる境内都市であっても例外ではなかった。

 さしもの無惨も今回ばかりは無関係を決め込まず、来たる時代のうねりに先んじて下知を飛ばしていた。愛着などという高尚な念ではないが、六百年に渡り住み慣れた地をわざわざ捨てるつもりもなし。彼が好むは『不変』であればこそ、変化を退けるため働きかけるもまた当然。誰よりも先んじて乱世に備えていた。

 

 大いなる激動は大多数の者にとっては危機であるが、限られた者にとっては好機にもなりうる。彼がつかみ取るは当然後者。

 戦模様の変遷を知る無惨は、いち早く南蛮から鉄砲を入手。これを量産し、兵士となる領民たちに訓練を施し、射手を養成。傭兵として実戦の経験も積んでいた。

 また『耳目』の情報網から選ばれた有力諸侯、または無惨が指名した大名などに対して、少数ながら高額で売りさばいていた。

 

 積極的に行っていた外国との貿易、そして無惨の未来知識によって獲得した強みである。

 

 元より発達した医療と豊富な食糧生産を背景に、数多の人間を抱え高い経済力を持っていた土地に、傭兵業と銃の貿易という特需が加わった結果、領地は大いに沸きあがる。

 治める大名すら居ない土着の宗教都市であったが、その力は他の追随を許さぬものへと変貌していた。

 

 

「くそがぁぁっ!」

 そんな好景気と反比例するかのように、無惨の機嫌は地の底を這っていた。

 日の光は頂点を超え、やっと下り坂を半ばまで下りたという所。大地を通して響き渡る神の怒りに人々は特に気にも留めず、吹き飛ばされる神子は恍惚の笑みを浮かべていた。

 当の無惨の口周りは、自らの唾液と吐瀉物で汚れている。

 

 医者と遭遇してから二百年、太陽を克服した医者を喰らうがため、無惨はひたすら配下の鬼の肉を喰い続けた。

 食べられる量の増加を狙い、一日に喰らう頻度を嫌々ながら増やしもした。全てが日光克服のために。

 

 結果として、無惨は掌程度の大きさまでなら、鬼の肉を喰らうことが出来るようになった。

 

 それが()()()の話であり、その時から今に至るまで、僅かたりとも喰える量が増えることはなかった。

 

 かつて配下の鬼で見られた、食の頭打ちとでも言うべきものに、彼は遭遇していた。

 我慢を重ねてしたくもない努力をしているにも関わらず、進歩が見られぬ現状に、彼の怒りは収まることを知らず。

 必要なこととはいえ結果が目に見えぬ状況に、短い堪忍袋の緒が耐えきれるはずもなく。

 

 日に何度も癇癪を起こしては周りのモノに八つ当たりをし、局所的な地震を引き起こしていた。

 当初は恐れ慄いていた領民たちも、何十年も続けば慣れるというもの。産まれてきた子供たちの中には、それを子守歌代わりにしてきた者たちも多い。

 

 いつものように暴れ、いつものように気を落ち着かせた無惨は、かつてより広くなった居室に腰を下ろす。

 無闇矢鱈と長年暴れた結果、地下室は縦横に広がりを見せ、今では地下室の更に下に部屋が出来るほどであった。流石の無惨も日光を遮る天井に向けて攻撃したことはないが。

 

「くそっ!早くあれを持ってこい!」

「はっ!」

 

 無惨は不愉快そうに口を拭う。

 吹き飛んだ頭をくっ付けた神子は、素早く無惨に口直しの菓子と茶を差し出した。

 一切れをまるまる頬張り、抹茶を一口啜り、二切れ目を齧る。

 南蛮から伝わった『かすていら』なる菓子を、無惨は(いた)く気に入っており、間食となる時間での口直しには(もっぱ)らこれを食していた。

 

 人間や鬼には存在しないフワフワとした食感と甘味に舌鼓を打ちながら、されど彼の気持ちが晴れることはない。

 

 無惨の現状は閉塞していると言って過言ではない。

 日光を克服するために医者を喰らう必要があるというのに、そもそも食べることができないのでは話にならない。畢竟、医者と戦っても勝つことができないのだ。

 無論、無惨が負ける可能性は極小。無惨の力はそれほどまでに隔絶している。

 

 だが逆に言えば、僅かながらにも()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そもそも鬼同士の戦いは泥仕合になりやすい。不死身の肉体を持つ者同士、そうなるのも当然の事。

 そんな鬼同士の戦いでの決着の付け方は、大別して三つ。

 

 一つは、血鬼術による無力化。

 かつて無惨の部下だった者たちで言えば、上弦の弐や琵琶女が該当するだろう。凍らせて身動きをとれなくする、または異空間に閉じ込めて封印する、といった風に。

 

 二つ目は太陽光による殺害。

 相手を日光の下に突きだして焼き殺す。無惨が医者に取った方法がこれだ。

 

 最後が、相手を喰らいつくすこと。

 回復が間に合わない速さで相手を喰らいつくし消化する。かつて無惨が掛けた共食いの呪いはこれを助長するものであった。

 

 翻って、無惨に当てはめて考える。

 彼の血鬼術は戦闘用ではなく、医者を狙っているのはそもそも太陽を克服しているがため。必然的に最後の手段を取るしかないが、しかして碌に鬼の肉を喰うことすらできない。

 

 そう。どれだけ強かろうと、医者に勝利する術を、無惨は何一つとして持ち合わせていないのだ。

 

 並みの鬼であれば、いやかつての上弦の鬼であっても無惨の力があれば、相手が力尽きるまで猛攻を加え、掌程度に小さくしてから喰らうこともできる。

 だが、医者も曲がりなりにも鬼の始祖の端くれ。その回復力や生命力は無惨の次にくる。いくら小さく潰しても即座に肉体は復元し、すぐさま掌から零れるほどの大きさへと戻るだろう。時間を掛ければ再生限界を迎えるだろうが、無惨の見積もりではそれに必要な時間は最低でも一ヵ月。それほど長期間ともなれば逃げられる可能性の方が高い。

 

 無惨が獲得した食性の変化が、ここにきて大きな足枷へとなっていた。

 

 医者の勝機はそこにある。彼の口振りからすると主食は鬼の肉。無惨を喰らうことに何の問題もないのだ。加えて彼の特性は、無惨の喉から手が出るほど欲している陽光の克服。無惨を貴重な被検体だと認識しているが故に陽光で焼き殺すことはないと考えられるが、切羽詰まればどういう手段を取るのか分からないのは人も鬼も変わらない。

 

 無論、医者が持つ勝機は蜘蛛の糸より細い。そのことを分かっている無惨は己が負けるなどと露ほども思っていない。だが己が勝てないことも同時に理解している。

 負けはしないが勝てもしない。まさに八方手詰まりの状態。

 無惨は不変を好むが、それは変化が大概『退化』を示しているからだ。求めたものが手に入らない不変は、『退化』と何も変わりはしない。

 

 目的を遂げるための努力なら惜しむ気のない無惨だが、流石に徒労感を感じずにはいられなかった。

 百年の間に目ぼしい変化がなかったのだから、致し方もないだろう。

 

 とはいえ、他に出来ることが思いつかないのもまた事実。

 医者であれ他の鬼であれ結局のところ、日光を克服するには鬼の肉を喰う必要がある。

 それが出来ないのであれば、無惨の野望は夢のまた夢であった。

 

 その事実を飲み込むように、また一つ菓子に手を伸ばす。

 

 もはや日常と化した、ここ何十年変わらぬ風景。

 

「神よ。一つ上奏したき事がございます」

「なんだ?」

 

 そこに一人の神子――主に武術や軍事に関して働いている者――が一石を投じた。

 戦国時代に入ってから戦絡みでの報告が多くなっているため、今回もその類いだと無惨は予想を付けていたが、内容は全く違うものであった。

 

 曰く、新たな神子として推薦したいものが居るから拝謁の許可を願いたい、とのこと。

 

 その内容に無惨は僅かに驚きを覚える。

 神子たちは有能な人間を無惨の前に連れてくることがままある。その人間を神子として推薦するためだ。

 人間の仲にも、失うには惜しいと思わせるほど、極めて高い能力を持っている者は居る。彼らが推薦するのはそのような人間たちである。

 よくあることであり、それ自体に驚いたわけではない。

 

 驚いたのは、その神子が推薦するに能うほど、肉体的に優れた人間が居たということ。

 

 鬼である神子は、その肉体性能が人とはまるで異なる。最も貧弱な神子であっても、戦場では一騎当千の働きを見せることだろう。人間にも強弱はあるが、神子からすれば誤差でしかない。

 そのせいか、今まで肉体性能で推薦された人間はいなかった。

 

 推薦されるのは主に学術的分野に優れた人間。軍略に富んでいたり、算術に長けていたり、などなど。

 事実、謂わば武力を担当する神子からの推薦というものは、今までなかった。

 

 その神子が初めて推薦した人物。無惨は僅かながらに興味を抱いた。

 

「いいだろう。連れてくるがよい。」

「はっ!ありがとうございますっ!近くで待たせているが故、すぐに連れてまいります!」

 そういうとその神子は、部屋の外にいる世話役の一人に連れてくるように命じた。

 

「分かってはいると思うが、血を与えるかどうかは私が決める。いいな?」

「全ては神の御心のままに」

 当然であると神子は頭を下げる。

 推薦されたからといって神子にする必要はない。というより、今まで推薦された人間が神子になった前例は存在しない。

 

 ある種、惰性でのやり取り。

 時間を持て余し気味の無惨からすると、ちょっとした見世物小屋感覚であった。

 

 ――無惨はこの時の甘い見通しを、長く後悔することになる。

 

 近づく足音を聞き、無惨は到着したことを察する。

 足音が多い気がすると無惨は思っていたが、聞き間違いではない。神子候補ともいうべき人間は、何故か赤子と嫁を連れてきていた。

 勝手な行動をしたその人間に神子は顔を顰めるが、無惨は特に気にすることなく家族連れでの入室を許可した。

 

 無惨は視線を入り口から外して、最後の菓子を食べ始めた。目を閉じ何口もかけて十分に味わった後、温くなった抹茶で流し込む。

 

「揃いましてございます。神様」

 

 頃合いを見ていた神子が声を掛ける。

 菓子の甘さと茶の苦味を堪能している間に、件の家族は横並びで平伏していた。

 

「面をあげよ」

 

 はてさてどのような面か拝んでやろう。無惨は一声掛けて許可を出して――その思考を停止させた。

 

「御目通りいただき、誠にありがとうございます。私の名は時任――」

 

 その顔を。

 その声を。

 その痣を。

 その耳飾りを。

 忘れたことは、一度としてなく。

 

 消したはずの、産まれることすら出来なかったはずの化物の姿を見た瞬間、七つある無惨の心臓が、全て止まった。

 

 

 

 




次話は翌日10/24の18時5分、投稿予定です。
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