【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

20 / 23
今回含め、残り2話です


鬼滅の刃

 男衆の決死の活躍により火事の延焼は抑えられ、天を焦がすような炎は、街の一角でのみ燃え続けている。

 

 その焦熱地獄の中で鬼殺隊(鬼モドキ)と、神子()と、兵士(人間)の戦いは、未だ終わることなく続き、勝敗という天秤が一つに傾こうとしていた。

 

 勝利に近付く者たちの名は――鬼殺隊。

 

 されど鬼を滅ぼさんとしていた者たちの姿は、もうそこにはなかった。

 

「ひゃは、ははっははは! 美味い! 人間は美味いな!」

「死ね! 死ね!! 鬼は死ね!!! それに与する人間も、死んじまえ!!!」

 

 暴虐に残虐に、笑い声をあげるは鬼殺隊の面々。

 木菟引きが木菟に引かれる。鬼狩りたちは今まさに鬼に堕ちんとしていた。

 彼らの顔は最早、忌み嫌う悪鬼そのものであった。

 

 この決戦のために準備された鬼成丸は特別製であり、今までにない能力の向上を隊士に齎していた――かつてないほどの侵食の速度と共に。

 

 全身甲冑の神子()が頭を文字通り消し飛ばすが、何事もなかったかのように刀を振るい、頭部が盛り上がり再生していく。

 

 鬼モドキには有り得ぬ再生力は、彼らが(まこと)に鬼に近付いていることの証左であった。

 

 その代償に人としての理性は消えていき、鬼としての本能が強くなっていく。

 最後に残るは()を殺すという使命と、人を喰らう本能のみ。

 このまま放置しておけば、いずれは互いを敵と認識し殺しあうことだろう。

 

 だがその時を迎えるより前に、神子()兵士(人間)たちは、殺される。

 

 鬼を殺すために生まれた鬼。

 彼らの嘲笑の声は重なって、今や遠くまで響いていく。

 

 神子たちは未だ健在なれど、迫る夜明けの時間に焦燥がじりじりと募る。

 巨躯の神子も金棒からくすねた日輪刀に持ち替え、鬼モドキたちの首を狙うが多勢に無勢。焼け石に水であった。

 

「ちっくしょう! この化物(ばけもの)どもがぁ!」

 

 戦う兵士たちの口から罵詈雑言が飛び出すも、それは未だ人間である者たち全員が抱いている気持ちであった。

 

 なるほど殺しても死なず、高笑いを上げながら無造作に命を奪っていく彼らは、化物と呼ぶに相応しかろう。

 

 しかし彼らは知らない。真の化物がどんな存在なのかを。

 

「は、ははっ!殺せ、コロセぇ! ハハハハハっ――」

「――何が面白い? 何が楽しい? 命を何だと思っているのだ?」

 

 化物とは即ち、この男のことである、ということを。

 

 

******

 

 

 見るも無残な姿に成り果てた神の社。

 瓦礫の山の上に立つは、鬼の頂点に座す男、鬼舞辻無惨。

 

 その美貌にはしかして。疲労の色を濃く滲ませている。息は切らして整わず。全身からは絶えず汗が流れ続ける。

 

 薄明の下、重たく淀んだ空気に似つかわしくない、拍手の軽い音が響き渡る。

 

「見事です。無惨様。鬼殺隊の精鋭たち、その悉くを葬り去るとは」

 

 子憎たらしい笑みを伴って現れたるは、文字通り全ての元凶である医者の男。

 

 ずずっ。

 

「ふん、この程度で私を殺せると思っていたのなら、貴様の頭は随分とおめでたい出来をしているな」

「まさか。ご察しの通り、彼らはあくまで布石です。鬼舞辻無惨、貴方を殺す(喰らう)ためのね」

 

 ずず、ずずっ。

 

 無惨は力任せに振った結果、半ばで折れた日輪刀を遠くに投げ捨てると、キョロキョロと周囲を見渡し、苛立ちのまま舌打ちを一つ打つ。

 段取りが違うではないかと、声に出さず苦言を呈す。

 

 ずず、ずずずっ。

 

 何かを引きずる音が周りから――いや廃材と化した神社の中から聞こえてくる。

 

「ああ、この音が何か気になりますか? とはいえ無惨様も気づいているご様子ですが。御覧になられますか?」

 

 返事を待たず、廃材と化した木片の一部を、文字通り蹴り飛ばす。

 その下から現れたのは、変形した医者の肉体。そして、それに引きずられ捕食されている、無惨に殺された鬼殺隊士の遺体。

 

 精鋭たる彼らの強靭なる肉体が、医者の栄養として取り込まれていた。

 

「やはり強き者の血肉は良い栄養となる。これだけの数となるとまさに格別ですね。いやはやしかし、私も食人を克服した際には注意せねばなりませんね。まさか人や鬼の血肉が弱点になるなど、想像もしておりませんでした」

「貴様の貧弱な想像力ではそれが限界であろうな。そのせいで余計な労苦を負ったぞ」

「でしょうね。今まさに、その弱点を突かせてもらっている最中でございますし」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる医者。不良を隠せぬ無惨。

 彼の言うとおり、無惨が浮かべる不調の様子は、医者の策略によるもの。

 特製の鬼成丸で鬼と成り果てた鬼殺隊士は、不死に近い体で延々と無惨に襲い掛かった。その程度の障害であれば無惨には何も意味をなさない。歴然たる力の差があるからだ。

 

 ゆえに、隊士の役目は無惨を仕留めることにはなかった。

 

 彼らはこの作戦が始まる前から、ある薬を服用していた。

 

 医者は当初、女医の鬼や蟲の柱が作り出したような鬼、ひいては鬼舞辻無惨を弱体化させるような薬を作成しようとしたが、ここで一つ懸念が生まれた。

 無惨は医者と同じく鬼の肉体を持っているが、果たして同一と見なしてよいものか、という懸念である。

 食性や日光の耐性に大きな違いが出ている以上、例えば藤の花が同じように無惨に効くとは限らない、と考えたのだ。

 

 そこで医者は、無惨の性質に目を付けた。

 医者は前回の戦闘の記憶から、無惨が他者の血肉を取り込めなくなっていることを看破していた。

 

 好き嫌いで喰えないだけなら、何ということはない。

 だがもし喰えなくなっていたのなら。取り込むことに何らかの不都合が生じていたのなら。

 それは付け入る隙となる。

 

 そうして作り出されたのは、何もせずとも鬼に吸収される薬。言い換えれば、無理矢理血肉を鬼に取り込ませる薬であった。

 返り血を浴びるだけで、血煙を吸うだけで、肉片が付着するだけで、鬼の体に――無惨の体に浸透するように。

 

 他の鬼であれば無駄に喰わせるだけで、何の効果も期待できない。鴨が葱を背負って来たようなものだ。

 だが、人や鬼の肉を取り込めない無惨に限って言えば、この薬は絶大なる効果を発揮する毒薬へと変貌する。

 

 

 いうなれば、強制吸収薬。無惨にしか意味をなさない、特級の毒薬。

 隊士たちは無惨を弱らせる。そのためだけに己が命を擲ったのだ。

 

 この薬と鬼成丸との組み合わせは、一言で言えば凶悪。

 頭がもげようと、力の差を見せつけられても、頓着することなく無惨に喰らいつき続ける隊士たち。

 無惨には遠く及ばず、幾度も微塵に潰される。されどその度に飛来する血肉のカスが無惨に付着する。それだけで無惨は筆舌に尽くし難い苦痛に苛まれていく。

 

 (あずか)り知らぬことだが、経口以外からの肉の摂取は、普通に食べる際の何倍もの苦痛を無惨に齎す。

 医者が打った策は、図らずも最も効果的に無惨の力を削ぎ落としていった。

 

 無論医者の予想が誤っていて、薬が不発に終わる可能性もあったわけだが、その時は一目散に逃げ去っていたであろうことをここに伝えておく。

 

 大正時代の経験から無惨も毒は想定していたが、他者の血肉を取り込まない以上、警戒する必要がないと甘く見ていた。

 

 不死同士の泥沼の闘争。それにけりを付けたのは皮肉にも、鬼殺隊の象徴たる日輪刀。

 隊士から強引に奪い取った日輪刀を振り回し、無惨が次々と鬼モドキたちの首を斬り飛ばしていった。

 奪い、刎ね、壊し、また奪いと繰り返していき、地獄のような戦いに終止符を打ったのだ。

 

 肉体には一部の欠損もない。しかしその内側は他者の肉(猛毒)に蝕まれたが如く衰弱している。

 断絶していた医者との力量差が、埋まってしまうほどに。

 

 当然、この好機を医者が逃す訳もない。

 

「彼らは己が仕事を果たした。ならば、せめてその期待に応えてやるのが手向けというもの」

 

 無惨の弱体化。並びに医者を強化する供物(えさ)となる。隊士たちはその二つの役割を全うし、遺体すら喰いつくされこの世から消え去った。

 

 この場に残るはただ二人。

 崩壊した神の社を足蹴にする、二匹の鬼のみ。

 

 

 二度目にして、最後の戦いが、始まった。

 

 

 先に仕掛けたのは鬼舞辻無惨。以前と異なり初手から全力で攻め立てる。

 背中や腿から生えた管での連撃。

 その穂先を見切り、医者は正確に血弾で撃ち落とす。

 

「は、ははっ! 見える、見えるぞ! 貴様の攻撃が!」

「そうか、それは良かったな」

 

 以前は影すら捉えられなかった攻撃が、今の医者の眼にははっきりと映っていた。

 ここに至り医者は確信する。今なら無惨を殺せる(喰える)。今しか殺せ(喰え)ないと。

 

 少々の被弾は覚悟の上で、医者は猛然と間合いを詰める。

 木材は木っ端となり宙を舞い、それが着地するより早く無惨の目前に到達する。頭部を狙い拳を振るう。着弾寸前という所で、医者の体は背後に引っ張られるようにして、無惨から僅かに離れていく。ザクロのように頭を割るはずだった拳は、無惨の皮膚をこそぎ落とすに留まる。

 医者が後頭部に目を生やすと、無惨の管が周囲の空気を勢いよく吸引している姿が飛び込んできた。その引力に先の一撃を邪魔されたと知った医者は、体内に取り込み隠していた人間の手を、その管の前に射出。他者の血肉を取り込めない無惨は、それを見て吸引を解除する。

「やれやれ、じり貧という奴か」

 距離を取ろうと背後に跳躍する無惨。医者も即座に追随する。

 空に躍り出た二人、されど無惨は管を操作し方向を転換。医者に背を向けある場所に向かって走り出す。遅れて医者も血弾を吐き出した勢いを利用して追いかける。

 

 無惨にはもう一つ、敵が居た。白ばむ空を見上げて再度舌打ちを一つ。

 夜明けの時間が、近づいていた。

 

「全く、奴は一体どこで油を売っているのだ?」

「護衛の方でも待っているのでしょうか?! 彼らなら陽動部隊に足止めされていることでしょうね!」

 

 悪態を吐く無惨を、医者は(あざけ)る。絶対強者であった無惨を弱らせ、刻一刻と追い詰める現状は、何物にも代えがたい愉悦を生んでいた。

 

 その状況でも、医者はこの後の無惨の行動を類推する。

(時間制限が近づき、己と同格の強さを持つ者が迫っている中、奴の脳内には当然逃走の選択肢が上っていることだろう。そう簡単に逃がすつもりはないが、超越者という特性を生かして、最悪肉片単位で分裂して窮地を脱するということも考えられる。まあそうなったとしても、肉体の七割以上を私の手で回収できれば十分に奴の魂ごと取り込むことが出来るだろう。どちらを選んだとしても、日の下でも動ける私であれば捜索は容易い。何も問題はないな)

 

 この状況も想定して襲撃の時間も調整していたのだ。医者は僅かな時で無惨への対応を決定する。

 肝要なのは、無惨を追い詰めたここから。彼の挙動を何一つ見逃さないよう備に観察する。

 

 短期で決着を付けに来る闘争か、日中での行動という不利を抱えた上での逃走か。

 果たしてどちらを選ぶのか。

 

「むっ?」

 思考を巡らせる医者の視界の中、無惨の姿が消え去った。

 否。鬼の動体視力は、無惨の行方をしかと捉えていた。

 

「地下に逃走経路でも用意していたのか?」

 

 消えたと思われた無惨は、地下へと潜り込んでいた。

 事前の周辺調査では、地下経路と思しき出口や音響はなかったと報告があったが、もしや抜けがあったのだろうか。

 

 医者の疑問は尽きないが、追わないという選択肢はない。二度とないと言い切れる千載一遇の好機。逃すつもりは毛ほどもない。

 

 勢い込んで突入した地下への入り口。その先に会ったのは、逃走用の通路ではなく、石で作られた一室。強引に拡張されていったような印象すら抱くような広い部屋であった。

 鬼にとって何ら苦にはならない暗闇の室内、その隅に無惨は蹲っていた。

 

「……は?」

 

 余りの光景に、医者は一瞬呆ける。

 なぜなら、数ある選択肢の中で、最も有り得ないと考えていたものであったから。

 

「まさか、籠城のつもり、ですか?」

 

 籠城。援軍が来るか、敵に不都合が起こるかを期待する、守勢の戦法。

 立て籠もり、時を稼ぎ、事態が好転するのを待つ、他力本願の構え。

 

「そうだと言ったら、どうする?」

「愚か。そう言わざるを得ない」

 

 そんなわけはないと思いつつ問いかければ、返ってきたのはまさかの肯定。

 それは愚策だと、医者は切って捨てる。

 

 彼の意見も当然だ。これが人間同士の喧嘩であれば理解できる。大の大人が三人も集まれば仲裁も可能だろう。十人いれば確実だ。

 だが、ここに居るのは鬼。それも、二人しかいない頂点に近い者同士である。

 

「これはいわば(超越者)の頂点争いであり、完璧を得るための戦いであり、即ち最強を決める争いです。そこに余人が介入できる余地はありません。援軍が居たとしても、我々の強さの前には何の意味をなさない。そして私に不都合が起こり、この場を立ち去る可能性など、論じる価値もない」

 彼にとって最も不都合なのが、この場を離れることなのだから、話すまでもない。彼はそう話しを締めくくった。

 

 医者の声音は失望の色を隠してない。この程度の知恵しか持たぬものに、今まで翻弄されてきたのかという、情けなさが籠っていた。

 

「……く、くくっ、ハハハハハっ」

 

 室内に失笑が起こり、次第に大笑へと変わっていく。

 笑うは今まで黙って話を聞いていた男。鬼舞辻無惨。

 顔色の悪さはそのままに、さも可笑しなものを見聞きしたように破顔していた。

 

「何がおかしい?」

 

 医者は内心の怒りを示すように、血弾を天井に向けて放ち、崩落させる。

 蓋がなくなり解放された空気は勢いよく循環し、いつの間にやら昇った朝日を室内一杯にまで取り込んでいく。

 砂塵が収まるころには、室内で日陰となる場所は無惨が座り込む角を置いて他になくなっていた。

 

 逃げ場はないと暗に示されたにも関わらず、無惨は余裕の態度を崩さない。

 

 余裕。そう、余裕だ。

 鬼殺隊の襲撃から向こう、鬼舞辻無惨は常に余裕を備えていた。

 毒で体を蝕まれていようと、自分に迫る力を持った敵が目前に居ようと、彼の行動にはどこか余裕があった。

 

「いやなに。貴様は物を知らんと思っただけだ。随分とまあ見識が狭い。確かに、私は完璧に最も近い生物だ。それに追随する貴様もまた、業腹なれど私と同類と言っていいだろう――しかし、化物(最強)などではない。決してな」

 

 それはかつて、化物と遭遇してしまった時より、決して変わることのなかった考え。

 

「援軍、そう援軍だ。全く以って承服しかねるが、奴の事は援軍と呼ぶほかあるまい。不本意極まりないが奴こそが――」

 

 ――空から一つ、足音が。

 

「――この世で最も、強い者であるからな」

 

 とん、と軽やかな音と共に、日に照らされた一人の男が、鬼の間に舞い降りる。

 現れたのは、存在すら定かならぬ、茫洋とした気配を持つ()()()()()

 

 その姿に、医者は眉を顰め、無惨は苦虫を纏めて噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「遅れてしまい申し訳ありません……神様」

 男は無惨に向き直り、謝罪を告げる。

 

「もうよい。私が以前言ったことは覚えているな。目の前の男がそれだ。それを果たせば許してやる。さっさと働くが良い」 

 視線すら向けず吐き捨てるような態度は、歓迎と呼ぶにはあんまりなものであったが、男はまるで気にも留めない様子で了承を返す。

 

 医者は困惑を隠せない。

 無惨の言葉から、待望の援軍が彼だということは分かる。しかしこの場にはまるで不釣り合い。

 何も感じないのだ。強者が纏うべき強さや気配、存在感を、何一つとして持っていなかった。刀を持っているというのに、剣呑さすらも。

 痣がなければ、街ですれ違っても気づかないほどに。

 

 

 医者は見たまま感じたまま、彼を評価する。ただの有象無象(一般人)だと。

「何者かは知りませんが悪いことはいいません。今すぐここから去りなさい。只人如きが介入できる戦いではありません。命は大事にするべき」

 至高の超越者が対峙する場に、詰まらない邪魔が入ったと苛立ちを浮かべるも、表面上は穏やかに離脱を促す。

 精神が変質しつつあっても、決して虐殺をしたいわけではない。どうでもいい(無辜の民)相手なら見逃すだけの配慮はある。

 

「もういい」

「……そうですか。ではお前も死ぬがいい!」

 

 故に、その配慮は最低限。無碍にする相手に賜わす慈悲はなく、医者は男もろとも無惨に攻撃を加えんとし――

 

「鬼と話すことは――」

 

 斬。

 

「――もう何もない」

 

 ――瞬きの間に、全身を斬り刻まれた。

 

「……は?」

 

 呆然の声を上げる医者。事態に理解が追い付くより先に、激痛がその身に起こった惨状を訴える。

 

「っあ、あぁあああぁ!! 何だ?! 熱い! 熱い熱い熱いぃっ!!!」

「なんだ。お前は初めて味わうのか。喜べ。それが太陽に焼かれる感覚という奴だ」

 

 苦痛に転がり回る鬼を、何の感情も伺わせない瞳で化物()は見下ろす。

 いつの間に抜き放たれていたのか、その手には赫く染まった日輪刀が握られていた。

 

 顔に浮かぶ痣、花札の耳飾り、目にも留まらぬ攻撃、焔の幻。それらすべてが無惨の体にずくずくとした痛みを訴える。とうの昔に傷は消えているというのに。

 

「な、ぜだ……なぜ痛い?! なぜ再生しない?! 日輪刀如きでなぜっ?!」

 

 当然だと無惨は一人ごちる。 ただの日輪刀ではない。化物が振るう日輪刀なのだから、と。

 太陽は確かに極まった強さを持つ無惨すら焼いてくる。なるほど脅威的である。しかし、かの化物が振るう日輪刀に比べれば、なんと可愛いものだろうか。

 何百年も残る傷痕が、彼を焼き続けることなどないのだから。

 

 嬉しいかな悲しいかな。無惨の想像通り、太陽を克服したからといって、化物の日輪刀を無効化する道理は、なかった。

 これはたとえ無惨が日光を克服しても、日輪刀を持つ化物であれば殺せるということを示していた。

 理不尽ともいえるその事実を知っても、無惨には全く落胆の感情は芽生えなかった。己より強いと認める化物の力量を、最強と認めざるを得ない化物の強さを、この世の誰よりも信じていたから。かもしれない。

 

「これで分かったであろう。私たちは化物(最強)などではないということが」

 

 化物(これ)と比べれば、自分たちの強さなどあってないようなもの。無惨には似付かわしくないが、諦観の情がそこにはあった。

 

 痛みにのたうち回り、一向に再生しない傷痕に苛立ちながら、医者は当然の疑問を口にする。

「なん、だ?……そいつは、一体、何なん、だっ!?」

 

 私の方が聞きたいぐらいだ。

 その内心を伏せながら、冥途の土産として適当な言葉を返す。

 

「其奴はば……刃だ。鬼と鬼殺隊、二つの鬼を滅ぼす刃。言うなればそう――鬼滅の刃か」

 

 適当過ぎて思わず本音が零れるところであったと、無惨は内心冷や冷やしていた。化物の不興を買うなど、心の底から御免被りたいのだ。

 

「ふん。まあこれにて貴様への罰は終わりとしよう――手筈は覚えているな? やれ」

「はい」

 散々期待を裏切ってくれた医者を甚振るつもりであったが、化物のせいで間接的に痛みが走ることを知った無惨は、そうそうに手仕舞いすることにした。

 

 医者にとって死神の足音が近づいてくる。

 その鎌から逃れるために、医者は最終手段を取ってきた。

 

「っ!」

 声なき絶叫と共に、無惨と化物の目の前で、空に向かって医者の体が分裂して弾ける。

 無惨を追いかける際に可能性の一つとして考えていた、分裂による逃走に踏み切ったのだ。

 まさか自分がするとは思ってもみなかったが、背に腹は代えられぬと、大幅な弱体化を許容して、逃げの一手を選択した。

 

 

 奇しくも分裂する肉片の数は、かつての無惨と同じく千八百。

 

 

 千八百に分裂し……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『――え?』

 

 医者の思考は白に染まった。

 むべなるかな。必ず逃げられると踏んだ一手が、あっさりと、いとも容易く潰されたのだから。その驚愕たるや、推して知るべし。

 

 無惨は笑う。期待通り、狙った通りの展開に、恐怖で歪んだ笑みを浮かべる。

 

 かつての戦国の時、無惨と化物の殺し合い――というより、化物による一方的な蹂躙――の時分、追い詰められた無惨も医者と同様の手を打ち、見事その凶刃から逃れることが出来た。

 

 当時との違いはただ一点。

 化物の意表を突けたかどうか。ただそれだけ。

 

 化物であれど鬼ならぬ身。思いもよらぬ方法で逃走を図られ、刃を振るうのが一瞬遅れた。

 残ったのは千八百のうち僅か三百。だが刹那すら遅いと言い切る僅かな硬直が、かろうじて無惨の命を繋ぎとめたのだ。

 

 では逆に、その一瞬がなければ。

 奇貨よりなお貴重な、化物の隙が失われていたとしたら。

 あらかじめ、このような方法で逃げ延びるやもしれないと、化物が誰か(無惨)から伝えられていたとしたら。

 

 結果は御覧の通り。

 

 刹那すら遅いと言い切る僅かな硬直がなければ、一つ残さず斬り捨てられていたという事実に、無惨はただ、背中に滝のような汗を流すのみ。

 

 

 唯一生き残った、否、見逃された肉片が今、化物から無惨へと手渡される。

 ちょうど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 他の全てを斬られた結果、この肉片こそが医者そのものと言える。

 

 太陽を克服した鬼そのものが、無惨の手中にあり、それが今、口に運ばれる。

 

『――待』

「待たない」

 

 語るべき口すら持たない医者の声を、誰にも届くはずのないその声を無惨は拾い、そのうえで否定する。

 

 医者の何百年に及ぶ人生の走馬灯は、数多の人たちの顔に集約されていた。

 医者として救ってきた人々が浮かべる笑顔。

 その家族や友人たちが浮かべる、感謝の表情。

 そして、それらを上回って余りある、己が殺して、死地に追いやってきた、隊士や鬼や人たちの死に顔が。

 

 苦悩、後悔、そんな意思ごと噛み砕かれ、飲み込まれた。

 

「……っち。やはり不味いな」

 言葉とは裏腹に、無惨の声音はどこか明るい。

 実感しているのだ、己が体が徐々に変わっていくのを。

 

 無惨の視線がつい、と化物の方を向く。

 意図を読んだ化物が、黙々と無惨の目前に跪く。

「さて、これで此度のゴタゴタは終わりだ。即ち、貴様が武器を持つ理由もなくなった。故に疾くその刀を捨てよ。さあ、さあさあ」

「畏まりました」

 

 言い終わるよりも早く、持っていた日輪刀を瓦礫の山に放り投げた。元より死した鬼殺隊士から拾い上げた刀。思い入れも何もないそれを手放すことに、何の躊躇も感慨もありはしない。

 すぐさま、刀は無惨の手で徹底的に破壊され、粉微塵と成り果てた。

 化物に日輪刀など、鬼に金棒どころの話ではないからだ。

 

 非武装の化物を見て、無惨はこの場で殺してやろうかと思案するが、即座に却下した。化物と医者の一連の攻防、いや一方的な蹂躙を見て戦おうとするほど血の気は多くなく、何より死に急いでいなかった。

 

 そのため、無惨は当初の方法で化物を殺すことにした。

 ――飼い殺しである。 

 

 そのための縛りは、既に与えてある。

 

「分かってはいるだろうが以降貴様は私の許可なく刀を始めとした武器を持つことを禁じるこの決定は例え何があろうと守らねばならない最重要項目だ肝に銘じておけ分かったな? 分かったと言え」

「承知致しております」

 

 有無を言わさぬよう流れるように一方的に告げるは、化物に課した二つ目の条件。

 

 その条件とは、武装の制限。

 この街で暮らす限り、化物は武器を持つことができない。ただ一つの例外は、無惨の命が下った時のみ。

 

 要するに、化物を此度の鬼殺隊や医者との戦争にのみ利用し、それ以外では飼い殺すための条件である。

 例外を設けてはいるが、適用させるつもりはまるでない。

 

「この禁を破ったならば家族ごと貴様を追放する……妊婦の身で放浪を続けるのはさぞや辛かろうなぁ」

「はっ。全く以ってその通りで」

 身重となった化物の妻を出汁にしてまで無惨は念を押す。家族への情を利用することに抵抗を抱く無惨ではない。化物に対してならば、なおさらだ。

 

 この街への転入を認めてから、化物につけた監視からの報告で家族を何より大事にしていることを無惨は知っている。

 だが同時に、化物が二つ目の条件を提示した際、僅かだが難色を示していたのも覚えている。

 重しが不十分であり、不満を抱き武器を持つ可能性もあり得た。そうなった場合でも四六時中見張らせておけば、殺される前に逃げだすこともできるだろう。無惨はそう考えていた。

 

 非武装、家族という重し、鬼を使った監視網。

 上記を以って無惨は化物を飼い殺し、いざという時の逃げ道を作っていた。

 

 

 なお、条件提示の際に化物が難色を示していたのは、戦争に駆り出されるための条件だと思っていたからで、武器を取り上げられることに関しては一向に構わないのだが、無惨がそれに気付くことはない。

 無惨からしても、禁を破っても追放する気はまるでない。こんな危険物、所在不明の方が精神衛生に悪い。だったら部下に監視させたまま、化物が寿命を迎えるまで雲隠れしていた方が遥かにマシなのだ。しかしそのことを、化物が知る余地はない。

 

 彼らはすれ違ったまま、欠片も理解しあうことはなく、しかし互いにとって最良の結果を得ることとなった。

 

 

 そんな締まらない話が終わり、ついに無惨は、運命の時を迎える。

 

 肉体の変化が完了したのを感じ、天から差し込む日の光に向けて手を伸ばす。

 ゆっくり、ゆっくりと伸ばし、爪先を闇から出す。

 そのまま伸ばし続け、手の甲、手首、肘まで進ませる。

 

 何度味わっても嫌な、肉が焼かれる痛みは、全くなかった。

 

 一歩一歩、恐る恐ると日向へと歩みより、全身を日光に浸す。

 

 暖かな熱を浴びながら空を見上げると、そこにあるのは、山間から顔を覗かせたお天道様。

 

 光に慣れ、徐々に広がる視界。目の当たりにした光景に、思わず微笑みが零れる。

 

「ああ……いい朝日だ」

 

 千年を超える時の果てに見た、日に満ちた世界は、ただ美しかった。

 

 

 鬼舞辻無惨の、永い長い夜は今、明けた。

 

 

 




この作品では以下の通り威力を設定しています。
原作柱の赫刀<(大自然の壁)<太陽<(原作チートの壁)<化物の赫刀


次話(最終回)は翌日10/27の18時5分、投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。