鬼殺隊の襲撃から、幾ばくかの時が経過した。
命を落とした者も大勢いたが、弔いも既に終え、悲しみ胸に抱きされど前を向いて進んでいた。
都市にも火災といった被害はあれど、その復興に皆が力を合わせて取り組んでいる。
何より真っ先に修復されたのが、無惨が住んでいた部屋の上にある神社だったというのは、この街の住民性の表れだろう。
その無惨は太陽を克服したのを良いことに、再建に勤しむ民をそっちのけで、街の甘味を梯子していた。
悲願を達成したからと言って、街そのものに大きな変化があるわけではない。
元々君臨すれども統治せずで生きてきたのだから、政や経済に大きな影響などなかった。
遊び歩いていようが問題はなく、咎めるものも居はしない。
あったとすれば、日の下を歩く
「つまり、私たちの本来のお役目は、既に終わったわけだよねぇ」
神子たちが日中を過ごすために作られた地下室に神子たちが集結していた。
無惨が太陽を苦にしなくなった所で彼らが日の下を出歩けるわけがなく、無惨が日光の耐性を与える道理も、またなかった。
それゆえ彼らの生活に変化はなく、しかして状況は大きく変化していた。
元来、神子は無惨の
太陽を克服し、その変化を克服する必要がなくなった以上、彼らの存在意義も同時に消失したのだ。
「そうね。大変喜ばしいことだけど、寂しさを感じるのもまた、人情という物かしら」
無惨が悲願を叶えた。それは大変喜ばしいことだ。
しかしその気持ちとは裏腹に、最早無惨に食べてもらえなくなる悲しみも抱いていた。
「仕方あるまい。今度から我々は全く別の形で、我らが神に一層の貢献を捧げるほかあるまいよ」
とはいえ、そのまま腐るわけにもいかない。無惨が見出した神子という誇りを胸に。
「そうね。それになにより! 私たちの働きを神がお褒めになってくださったのだから、それ以上求めるなんて不敬ってものよ!」
一人の神子の発言に、うんうんと全員が頷く。
なお『なかなか役に立つから、まだ生かしておいてやる』が、無惨の全発言であるが、彼らにとっては法華経の全文すら超える有難いお言葉であった。
「そういうわけで、私たちも張り切っていくわよ!」
おおーっと、仲良く掛け声を上げる彼らは、今日も今日とて街を発展させていく決意を固める。
神により相応しい土地にするために。神がより住みやすい街にするために。
「良し。まずはあの
「神の
「異議なし。奴は危険すぎるからな。人員はこちらが見繕おう」
決意を新たにした彼らが最初に考えるのは、神のお膝元に暮らす化物への対策であった。
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更に時は流れて十七世紀。新たな幕府が開かれたころ、無惨は江戸城の一室で密談をしていた。
「出来ぬ、というのか?」
「いや、決してそういうわけでは……」
「ではやれ。このような小さな島で引き籠っていては、世界の大きさに付いていけぬぞ、タヌキ」
位人臣を極める幕府の将軍位。そんな人物に脅迫染みたことをして求めていたのは、西洋文化、とりわけ科学知識について。
断れば物理的に首が飛ぶことが分かっている将軍は、次代に託そうとした海外との国交の縮小――いわゆる鎖国――が頓挫したことに頭を抱える。それは同時に、知識と共に入ってくるであろう、かの宗教への対策を考えねばならなくなったことを意味しているが、そんなことは無惨の知ったことではない。
将軍からすれば拒否したいが、しかしそんなことをすれば自分の命、さらには折角開いた幕府の命脈すら絶つことになる。
いずれ大阪方とは決定的に敵対することは分かり切っている。お互いを滅ぼしかねない戦の際には、目の前の人非ざる者が率いる戦国最強の傭兵集団の力が喉から手が出るほど欲しいし、何より敵に回したくなかった。
選択肢はもとより存在しない。
天下人であろうとも、人間である以上鬼に敵う道理はない。
ただ、頷くしかなかった。
「そうか。ではせいぜい長生きするがいい。忠告だが、あまり鯛の天ぷらは喰わないことだ」
言いたいことだけを告げて、無惨はさっさと城を後にしたのだった。
せめてもの反抗として、必ず鯛の天ぷらを喰い続けることを、将軍はここに誓う。
このような感じで、無惨は時の権力者に圧力をかけるようになっていった。
食性の変質、日光克服を遂げ、化物の命日を記念日として祝った無惨は、まさにこの世の春を満喫していた。
己が命を脅かす者が何一つない。この上ない自由を、全力で楽しんでいた。
有り体に言えばハッチャけてる無惨は、強引に文明開化をしようとしている。
彼の主観で言えば、日本という国は大正から江戸に退化していた。
無惨が変化を嫌うのはそれが大概にして退化と等しいから。であれば退化している現状は無惨にとって許しがたい。
無惨の知っている水準まで進化を推し進めようという訳だ。
当然、軋轢が生まれたり歴史に齟齬が生まれる可能性があるが、そんなことに頓着するような男ではない。
無惨はひたすら、やりたいように動いていた。最早この世に、彼の行動を阻害する要因は何もないのだから。
******
それからというもの、概ね最初と同じ歩みを辿っていた歴史は大きく変わり始める。
他国との関係が悪化したり、幕府の将軍が十六代目を超えたりなど、色々あるがこの話には関係ないので割愛させていただく。
元の歴史に則っていれば、大正などと呼ばれていたかもしれない時代を、無惨は生きていた。
「こちらショートケーキとコーヒーになります」
「うん、ありがとう」
「こちら新作の栗ケーキになります。よろしければご試食をば」
「ああ、これはすまない。有難く頂こう」
「いえ、それではどうぞごゆっくり」
オーダーメイドのスーツを身に纏った無惨が、馴染みの喫茶店でティーブレイクを楽しんでいた。
最近のお気に入りがこの店のショートケーキであり、新作スイーツの試食を頼まれるほどに入り浸っていた。
モノクロのテレビから流れるは、とある銃器メーカーのCM。地方の巨大財閥の傘下であり、無惨も大株主を務めている企業のものだ。
ショートと栗、二つの異なる甘味を満喫し、無惨は機嫌よく店を後にする。
外の風景は無惨が知る大正が浅草の町並みではないが、些細な違いだろうと気にも留めていない。
無惨の現在の
睡眠を必要としない無惨は時間を持て余し気味で、いつもであれば部下の力を使って名所名勝、それこそ海外を含んだ様々な場所で食べ歩き染みたことをしているが、今日という日は別件がある。
今日は無惨以外誰も知らない、特別な日であった。
向かう先は、一つの武家屋敷。
歴史は大きく変わっているというのに、かの一族は一回目の時と同じ屋敷に、同じタイミングで暮らしていたのだから、時の流れとは良く分からないものだと、無惨はぼんやりと心慮する。
断りもなく屋敷に入り、いつかのように縁側へと回り込む。
無惨の記憶通りの場所、記憶通りの姿で、一人の男が病床に臥せっていた。
「やあ、待ってたよ鬼舞辻――」
「自己紹介も何もいらない。貴様ら産屋敷を生かしておいたのは、今日この時を迎えるため。これが終われば一族のみならず鬼殺隊を滅ぼすことだけは伝えておいてやる」
男が力を振り絞り起き上がってまでの声掛けを無視し、有無を言わさず無惨は一方的に次げていく。
無惨は終始このまま話を続けていく。
何故なら彼には、問答などする気がないのだから。
「鬼の被害なぞどこにもないのに、なぜ潤沢な資金を援助してもらっていたのか分かるか? 私がそうするように命じていたからだ。未だ隊士を勧誘できているのは驚きだがな」
「それは一体なんのために」
「私はあの間際、一瞬だが己を揺らがせた。貴様が語る『想いこそが永遠』なぞという
「君は一体何を言って」
「だが同時に感謝もしている。あの戯れ言がなければ、私は己を省みることなく、ごもすればあの瞬間に消え失せていたかもしれない。ゆえにこれはケジメであり礼だ産屋敷。今ここに、私は宣言しよう」
完璧に最も近い生物、ではない。完璧な生物が笑みを浮かべて、断言する。
「想いなどは永遠ではない。この私こそが、即ち永遠なのだ」
直後、屋敷が爆発を起こす。
中心に居た病人の体は木っ端微塵に消え果てて、命を賭した一撃は、無惨のスーツに傷の一つも入れられなかった。
「また爆発とは芸のない奴よ。まあ言いたいことは全て言ってやったから構わんがな。もしあの世という所があるのなら見ているがいい。私が永遠に生きる姿をな」
彼は付いた埃を払い落とし、気まぐれで残していた
――さて、では滅ぶがいい鬼殺隊よ。
意気込みも思い入れも何もない、何の気なしに呟いた独り言のような軽さ。
その程度の扱いで、千年近く続いた組織は、呆気なく壊滅した。
この件は不審な爆破事件として翌日の朝刊に載り、またその裏で多数の行方不明者が出たことも記事になったが、それらは全て時と共に風化していき、いつしか忘れ去られた。
翌日、爆発記事が載っていた新聞をラックに戻した無惨は、カフェを出て大通りを歩む。
これまでに幾度も歩いた道。しかして今までとは、決定的に違うことがある。
状況や景色は異なれど、これまで無惨が歩んできたは一度は生きた
ここより先は無惨も知らない、まさに未知なる道。そう思えば少々怖ろしくもある。しかしその中を生きることこそが、永遠を生きるということ。であればこそ、永遠という門出を祝うに、これ以上相応しい時はないだろう。
「ふっ。いいだろう。生きてやろうではないか、永遠に」
決意を改めて今、永劫を生きるための一歩を、しっかりと踏み出した。
その歩みを、太陽は静かに、照らし続けていた。
――血鬼術、鬼死傀生。
太陽を克服してから数千年が経過したある日、無惨は平安の生家で目を覚ました。覚醒するや否や、布団を跳ね飛ばし、脇目も振らず駆けだしていく。
行き先は屋敷の厨房。驚く女房たちを尻目に、手近にある食料を生だろうがおかまいなく貪り食う。その姿はさながら、地獄に居るという餓鬼であろうか。
ひたすらに喰い続け、限界を超えてまで腹を満たした無惨は、一つ息を吐く。
「――ふざっけるなよ人間どもめがぁぁっぁぁぁあぁっっ!!!!!」
そして、あらん限りの力で咆哮した。
「何故あんなどうでもいい理由で核を使えるっ!? 大地を不毛に変えられるっっ!?!? どうして、食い物がなくなるまで争い続けられるのだ、人間どもはっっぁっ!!!」
前回初めて血鬼術が発動した際の理由が、太陽による焼死であると表現するなら。
此度、血鬼術が発動した理由は飢え。
即ち餓死である。
無惨は飢えを齎した人間たちに、怨嗟を言葉を吐き続ける。
彼の言葉の通り、無惨が生きた二週目の時の果てでは、人類は紆余曲折の末、慢性的な食糧不足に陥り滅びを迎えた。
無惨はその煽りを思いっきりくらい、飢え死に一歩手前にまで追い詰められた。あと少しで死ぬという所で発動した血鬼術によって再び時を遡り、そして今に至る。
「どうやら我が永遠にとって、人間という存在は不要であったようだな」
無惨の心中は今、己を殺しかけた人間たちの怒りに満ちている。まさかこのような方法で殺しに来るなど、さしもの無惨も予想していなかった。
無惨も手を拱いていたわけではない。このままで命に関わると判断し東奔西走していたが、その努力は実を結ばず無駄に終わった。鬼の力も時代の流れには無力であったのだ。
そのせいで彼の怒りは
未来では厚い雲に遮られ、久しく見ていなかった太陽。懐かしさすら感じる日の光を全身に浴びながら、無惨は一つの決断を下す。
「決めたぞ――私は、人間を滅ぼすっ!
まるでどこぞのラスボスのような台詞だが、当の無惨は至極真面目だ。
近づいてくる足音を拾い、無惨は一人の男の顔を思い出し、そして行動に移る。
「手始めに殺すべきは、貴様だな藪医者」
「如何なされましたっ!? 無じゃっ!?」
駆けつけた医者の頭は、豆腐のように砕かれる。
「これでもう、私以外の鬼が産まれることはあるまい」
無惨からすれば散々迷惑を掛けられた相手ではあるが、殺めた所で最早何の感慨も湧かなかった。
人知を超えた力で殺された医者。見るも無残な死体を前に、響き渡る女房たちの絶叫。
それをきっかけに始まるは、慈悲なき鬼の蹂躙劇。
穏やかな昼日中。それを打ち破るように突如として始まった
その悲鳴を聞き流しながら、無惨は思いを巡らせる。
「確かラノベやゲームではこう呼んでいたか? 強くてニューゲーム、と」
なるほど言い得て妙だと笑みを浮かべて、鬼舞辻無惨は今日も今日とて、生き残ることに全力を尽くす。
無惨様の、強くてニューゲーム(三周目)が、またこうして始まるのであった。
これにて本作は完結しました。
ご愛読ありがとうございます。
終盤は大分駆け足気味だったので書き直すこともあるかもしれません。
また、後日談や外伝等も投稿するかもしれませんが、本編はこれにて終了です。
多くの感想ならびに多くの誤字報告を頂き、ありがとうございます。
返信等は行っておりませんでしたが、全て目を通しております。温かいお言葉ばかりで感謝の念に堪えません。
一応、翌日10/28の18時5分にキャラの設定と閑話を投稿する予定です。
本当にありがとうございました。