【完結】無惨様の、強くて(?)ニューゲーム!   作:和尚我津

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ある人物の後日談です


蛇足
ある化物の幸福


 最近、悩んでいることがある。

 

 いや、最近では個人差が出てしまうから駄目だな。妻には常々、言葉が足りない、詳細が分からない、子どもたちが真似をするからやめなさい、と言われている。

 

 なので何時何時からとはっきり言うならば。

 この街を見守る()の土地神に御目通りしてから、である。

 次男が産まれる前だから、時間にすると三年程前か。

 

 そういえば妻から、一年前のことを最近と呼ぶのはやめなさい、とも言われていたな。

 ではどういう言葉が適切であろうか。

 

 いや、本題から逸れてしまっている。

 とにかく、悩んでいることがある。

 

 悩みの種は、大工の人足として働いている今この瞬間にもいる。

 鬼殺隊などという賊を追い払って以降、頓に増えてきた移住希望者たち。その人たちのための家の建材を運んでいる最中であるが、何気ない風を装って視線をぐるりと巡らせる。

 そうすると、私の視界から隠れるように、物陰に隠れる人影がちらほら。

 その周囲を()()()と、幾度も見たことのある顔ぶれが並んでいる。

 

 境内都市の有力者、いや支配者層に位置する三人の神子様たち。御方々(おんかたがた)にお仕えする従者たちであった。

 

 入れ替わり立ち代わり、人数の増減もあるが、彼らは常に付かず離れずの距離で、私に付き纏っている。

 

 端的に言ってしまえば、私は監視されているわけだ。

 

 最初のころは、外から来た人間全員に対して行う警戒網のようなものだと考えていたが、近年増えてきた移住者、加えて我が妻子の周りで見たことは一度もなかった。

 

 つまり、私だけが特別、ということ。

 多分、悪い意味で。

 

 何を隠そう、私は神子様方から嫌われている。

 面と向かって言われたことはないが、放つ気配が何よりも雄弁に語っていた。

 警戒と嫌悪。余り向けられたことのない感情で新鮮ではあった。嬉しくはない。

 

 困ったことに、私には全く心当たりがない――というわけでは、ない。

 

 思い出すは、初めて神と御目通りした時のこと。

 

 色々と驚きに満ちた日であったことを覚えている。

 外見は人に近いが、まるで違う構造をした神の肉体。

 話したことも見せたこともない『呼吸()』への言及。

 だが最も驚いたのは、神を目撃した瞬間。

 

 神という存在に驚いたのではない。驚いたのは、他ならぬ私自身に対して。

 

 ――私はこの男を斃すために生まれたのだ。

 

 我が裡から湧き出た、狂暴なまでの確信に対してであった。

 

 心に生じた突拍子もない、悟りというには余りに野蛮な思考に、しばし愕然とした。

 何も言わずとも私の考えを読んでくれる妻は、一体何を考えているのだと頭を叩いてくれたが、全く以ってその通りである。

 

 何故か私は、初対面であるはずの者《神》を、殺そうとしていたのだ。

 私の知らぬ一面を、まざまざと見せられたようで。

 

 幸いといっていいのか、体が突発的に動きだすような衝動性はなく、心を落ち着かせれば何ら問題はなかった。

 

 だが、私が神に対して殺意を抱いたのは否定しようのない事実。

 その殺意をもしかしたら、神に見破られたのかもしれない。斯様に眼力のある御方であれば不思議ではない。

 

 私見ではあるが、土地神は私を嫌っているわけではない。生物としてより根源的な感情。そう、恐れ(・・)を私に抱いている。

 

 例え神であれ、己を殺そうとするものに対して恐れを抱くのは当然の話だろう。

 そして、神に仕える者(神子)が神を害そうとした私を毛嫌いし、警戒を抱くのに何の疑問があろうや。

 

 警戒させた結果がこの監視なのであれば、納得がいく。納得しかない。

 

 まあ、つまりは、身から出た錆なのだ。この状況は。

 自分が犯した失策を思うと、頭を抱えそうになる。

 誰にも文句を言えないからこそ、悩みはより深くなる。言えるとしたら、自分自身にだけだ。

 

 とはいえ流石は神。殺そうとした相手にたいしてであっても、寛大な心で家族が移り住むのをお認めくださった。

 いくつか条件を提示された時には戦に出る覚悟を決めたものだが、戦うよう命じられたのは今までに一回こっきりであり、その理由も()()から人間を守るためであるのだから、やぶさかではない。

 暴力や刀は好まない。だが、悪鬼たちを討つためとあらば、躊躇はなかった。

 

 幸い、私の力でどうにかなる程度の敵で助かった。

 

 

「おい! 痣の旦那は何処だい?!」

 

 建材を全て運び終わり(あし)を頂戴した、ちょうどその時。

 息を切らして私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ここにいるが、如何した?」

「あぁ! 良かった! 牧場(まきば)の方に今すぐ来てくれ!」

 

 急いだ様子に、促されるまま足を運ぶ。

 道中話を伺うと、どうやら産気づいた馬がいるようだが、気を立たせていて全く人を近寄せようとしないらしい。

 このままでは母子ともに危険。そう判断して急遽私を呼びに来たようだ。

 

「来たかっ!? 毎度すまねぇが頼むぜ兄ちゃん! 礼は弾むからよ」

「そのようなものは不要……いや、やはり受け取らせていただく」

「そうしとけ! カミさんに叱られたくはねえだろ?」

 

 呵呵大笑する馬飼いの横を通り過ぎ、今も暴れ回る馬へと向かう。

 その腹を()()()と、今にも産まれ落ちようとしている命が見える。

 

「縄を離してくれ」

 

 動きを抑えようとハミに繋げた縄を引っ張っていた者たちに声を掛け、荒ぶる馬に近寄っていく。

 

 一歩近づく。

 馬は未だ歯を剥いて威嚇してくる。

 

 一歩近づく。

 鳴き声は荒く、目も血走っている。

 

 一歩、近づく。

 されど暴れることなく、私が近寄るのを許す。

 

 その頬に手を当て、ゆっくりと撫でていく。何度も。何度も。

 

 目は和らぎ、荒ぶる呼吸は落ち着き、そして最後は、甘えるように頭を擦りつけてきた。

 

「彼らは君や子どもを害そうとしたわけではない……むしろ助けてくれようとしたのだ。どうか、分かってくれないか……?」

 

 語りかけるも返事はない。ないが、纏う空気が変わったことは、誰の眼にも明らかである。

 

 その後は人々の協力もあり、仔馬は無事この世に産まれ、自らの足で立ち上がった。

 

 新たな命の誕生。いつ何時であれ、その光景は常に眩しいものである。

 

「おい痣者。学神子様がお呼びだ。付いてこい」

 今日はやけに他人に呼び出される日だ。

 そう思って振り返った先に居たのは、私を監視していた者の一人であった。

 

 

 

「なるほど。この(ひしお)の中の生き物と、この餅の中の生き物は、似て非なるものなのね?」

「はい」

 

 呼び出されて向かったのは、何かの蔵。中は腐ったものや、反対に食欲をそそるような、様々な臭いで満たされていた。

 中でも特にうまそうな匂いをさせた液体を見せられ、中で生きているものを答えさせられた。

 

「じゃあ、本命はやっぱりあっちかしら?」

「それが分かったってことは、いよいよ増産が可能ってことかな?」

「だとは思うけど、生き物の力を利用して作るものだから、時間は相応に掛かるわね。一年二年、最悪十年とか」

「私らには割と一瞬なんだけど、普通の人にとっちゃ長いよねー」

 

 二人の神子様が姦しく話している横でただ立っているというのは、なんというか肩身が狭い。

 とはいえ、このようなことは度々ある。

 

 私の目について知った神子様方に命じられ、色々と()()()()見てきた。

 生きた体の中で起きている動きを詳細に語り、なぜ疱瘡になるのかも観察させられた。

 私自身、目を凝らさねば見えないような小さな生物*1 が、肉体に入り込んだだけで、あれほど重篤な症状を引き起こすとは思ってもみなかった。

 

 学のないこの身では良く分からないが、それが学問発展の一助となっていると言われれば、否とは言えない。

 たとえ、この場にいる全員から睨まれている、針の筵のような状態であっても。

 

「ご苦労様。もう貴方は帰っていいわよ」

「はっ」

「はい、これ付き合ってくれたお礼。持っていってね」

「ありがたく頂戴します」

 

 渡されたのは確か『かすていら』なる南蛮菓子。妻や子どもたちが大好きな菓子を貰って、頬が緩む。

 

「ところで貴方、刀を握ったりはしていないでしょうね?」

 

 唐突に、脈絡なく、不意に、そして余りに真っ直ぐに、条件を破ってないかと問いだたされる。

 緩んだ頬が、即座に引き締まった。

 

「いえ……そのようなことは、まったく」

「そっかぁ。まあ家庭持ちが、そんな無責任なことしないよねぇ」

「当たり前すぎることを聞いてしまったわ。失礼したわね」

「いえ」

 

 察しがよいとは言えない私であっても、はっきりと読み取れる。

 

 ――余計なことはするなよ貴様。 

 

 その言葉に、私は頭を下げ続けるのであった。

 

 

 

 

「ただいま帰った」

「あら、おかえりなさい」

「あっ! おかえりとーちゃん!」

「おかえりーっ!」

 

 陽が赤く染まるころ。帰宅すると、息子たちが勢いよく抱き着いてきた。

 

 日増しに大きくなる体に、子どもたちの成長を感じて頬が綻ぶ。

 子らを抱きかかえながら、日銭と牧場で貰った馬の肉、なにより『かすていら』を妻に手渡す。

 

「あら! 随分と沢山と貰ってきたのね! それにこのお菓子も!」

「かすていらだ!」

「かってらー!」

 

 かすていらの存在に色めき立つ家族を見て、思わず微笑む。

 苦労をした甲斐があったものだ。

 

 菓子は夕飯後に食べることが決まり、持ち帰った食材を使って妻が料理を始める。

 

 その間に、息子たちが今日何があったかを話してくれる。

 

 

 数えで四つになる長男は、学び舎で教わったことをはきはきと私にも教えてくれる。

 やはり進んだ街なのだろう。私の知らないことも沢山あり、思わずほうっと唸ってしまうことも多い。

 次男は近所の友達や動物と戯れたことをたどたどしくも語ってくれて、最後には拾った綺麗な石を私にくれた。

 感謝を述べ、兄の笛と一緒に巾着にしまう。長男から貰った宝物も含めていて、ちょっとした重さがあるが、それが心地よい。

 

 妻も料理を作りながら、近所の方と何があったのかを楽しそうに話してくれた。

 病であったころの様子は欠片もなく、私を救ってくれた爛漫さのまま、彼女はそこに居て、そしてその体に、新たな命を宿してくれている。

 妻はまだ気付いていないようだけど。

 

 妻も、子どもたちも、皆が笑っている。

 

 数年前、もしかしたら失われていたかもしれない笑顔。生まれてすらこなかったかもしれない笑顔が、今ここにある。

 ただそれだけで、私は嬉しい。

 

 この幸福の前では、私が抱える悩みなど、ちっぽけな物だと思い知らされる。

 

 彼女と共に生き、子どもたちの成長を見守り続ける。

 愛する者たちと過ごす、長い永い時間。

 それを思うと、私はただただ嬉しくて――笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 そしてその幸せは、今もなお続いている。

 縁側に座り、一人茶を啜る。

 庭先では、ひ孫たちが元気よく遊んでいる。 

 明るい陽射しの中、明るい声が弾み、明るく笑っていた。

 

 生家から離れた時は、ついぞ想像もしていなかった幸福を噛み締める。

 

 大勢居た子どもたちも全員巣立っていき、時折帰っては孫を見せ、その孫はひ孫まで連れてきてくれた。

 隣に彼女が居ないのだけは寂しいが、去年までずっと一緒に付いてきてくれたのだから、感謝しかない。

 

 人生を振り返ってみても、そこには幸福しかなかった。

 街の外では、大きな戦が何度かあったと聞く。そこで失われた命を思えば申し訳ないとも思うが、その場に赴かなくてほっとしている。

 この街に来た当初は、戦場に出る覚悟を決めたものだというのに……。

 

「ああ、なるほど――感謝いたします。神様」

 

 ――そうか。では二つ目の条件だ。それは、貴様の持つ力、その武力、その全てをこの私に捧げること。我が命令においてのみ刀を握り、反対に私の許可なく刀を持つことを禁ずる。この条件を破らば、一家まとめてこの街から出て行ってもらう。貴様にとって何が一番大事なのか、求めるモノがなんなのか、それを良く考えれば、答えは決まっているようなものだがな

 

 

 初めは家族を人質に、戦に出させるための条件であると思っていた。家族のために、それを飲んだ。

 しかし、あの方が言いたかったのはそうではなかった。

 おそらくあの時、私の中には、刀を振るう者()としての矜持が、僅かに残っていたのだ。

 

 武器を手に、勲を求める。そんな野蛮な誇りが。

 

 あの方は、それを捨ててくださったのだ。

 

 私から武器を取り上げて、私が最も求めるべき幸福に続く道を、選ばせてくれたのだ。

 

「これは、礼を伝えねばな」

 

 警戒されているのは知っているが、感謝を告げずにはいられない。

 

 

 すくりと立ち上がり、されど歩み出す前にふと、ぐるりと周囲を見渡す。

 

 何でもない、本当に何でもない日常の風景。

 風が流れ、日が差し込み、その中で愛する者との血を引く子どもたちが笑っている。

 

「ああ……美しいな」

 

 礼を言えなかったのは心残りであるが、あの方であれば、この気持ちも察していただけたと、信じよう。

 

 求めていた幸福に包まれ、美しい景色を目にしながら、愛する妻のもとへと、旅立っていった。

 

 

*1
ウイルス。電子顕微鏡が必要なサイズ




化物「ありがとう神様(私を幸福にしてくれて)」
無惨「ありがとう神様!(あの化物を殺してくれて)
……勘違いタグが必要になってきたかもしれない


Q:透き通る世界とはいえ光学なんだから、電顕レベルのウイルスまでは見えないだろバカか?

A:は? 原作チートさんなんだが?
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