「こちらは本日の供物でございます、神様」
「そうか」
ぞんざいな返事で、出された料理に口を付ける無惨。
野盗たちを蹴散らし、意図せず村を救った結果、彼は下にも置かれぬ存在として扱われていた。
立場で言えば、かつての無惨の部下である童磨と同じ。すなわち現人神である。
神社の地下に設けられた日が一切差し込まぬ石室。そこが無惨の居城となっていた。
身の程を弁えぬ人間崩れを挽肉に変えた後、村の者から聞き出した先の部屋に、断りなく転がり込んだ。
日傘替わりの仮宿のつもりであったが、次の日から生き残った村人たちが供物として食料を持ってくるようになったため、そこに腰を据えることとした。
面倒を嫌う無惨からすれば、なにもせずとも食料が確保できる状況が生まれたのだから否はない。
どこからともなくふらりと現れ、神通力によって――速過ぎる無惨の攻撃は、普通の者たちからはそう見えた――村を救い、神社へと帰っていく見目麗しき男性。村人から見れば、無惨は神様以外の何物でもない。自ずから無惨の世話役を供することは、自然の成り行きであった。
畏敬を抱き、怒りを買わないようにと、最初の数日は恐る恐ると侍っていたが、無駄に騒ぎ立てたり邪魔さえしなければ問題ないことが分かってから、より積極的に奉仕するようになっていった。
無惨は酷い癇癪持ちではあるが、火種がなければ流石に弾けることもない。
人身御供の恐れを抱いていた者も中には居たが、幸いにして無惨からは人喰いとしての性質が消えており、普通の人間と同じような食事で充分であった。しかも一人前。
総括すると、恐ろしい面を持ってはいるが逆鱗に触れさえしなければ問題ない、欲のない謙虚な神様という、かつての鬼殺隊の面々が知れば憤死しかねない評価を受けていた。
無惨からすると己を害する意志も力もない人間の行動など、気にも留める必要がないだけだが。
とまれ、無惨はこのような事情で一日を地下で過ごしていた。
食事を終えれば村の者が速やかに膳を片付ける。訪れるは闇に包まれた、一人静かな時間。思索するにはもってこいの環境であった。
「ふむ、食事の手間が減るのは良いことだ。好きな物を食えるというのも、生物として優秀な証。その点で言えば、かつての私は人間より劣っていたことは認めねばならんな」
何もせずとも食事は供される今の環境は、無惨からしても願ったり叶ったりだ。
かつての食事では、どうしても食べ方が汚くなってしまう点も、実は無惨の気に入らないところであった。
そういう意味では、人食いを抜けたことは好都合である。
「しかし、あの藪医者めは全くの期待外れであったな……」
思い起こされるのは、都から逃れた日のこと。
まさか最善だと思われていた手が、失策であったとは夢にも思わず。
医者の醜態は思い出すだけで腸が煮えくり返す代物であったが、流石にここで野放図に暴れ回るのを許すほど無惨は矜持を捨てていない。
「だがやることは変わらない。太陽を克服するまではな」
過ぎてしまったことをあれこれ考えても仕方がない。
思考の向きを過去から未来へと変える。
太陽を克服すること。それは幾星霜経とうと変わることのない大目標。
ではどうするべきかと考えるも、答えは既に出ていた――ここで千年、何もせずに過ごすと。
そもそも無惨が千年間鬼を増やしていたのは部下や仲間を作るためではない。太陽に焼かれぬ鬼を生み出し、その性質を取り込むためだ。
十二鬼月などを定めていたが、それは目障りな鬼殺隊を排除するために
無惨は知っている。今から千年後の大正時代、念願であった太陽に打ち克った鬼を生み出すことが出来たことを。
いつどこで
青い彼岸花もまったくの期待はずれと分かった今、探すつもりも毛頭なく。
それまで余計なことをする必要は皆無。
ならば、あとは千年待てば良いだけ。
無惨はそう結論づけた。
「千年後、あの娘が生まれ、大きくなった所を鬼に変えて喰らえば問題ない。完璧だな」
焦ることはない。無惨が唯一恐れた化け物が死した際に、証明されていることがある。
時間は己の味方である、と。
次話は明日5/16(月)18時ごろを予定してます。