バブみのあるニュートとメスガキなドラコでフォイフォイして欲しいだけの話です。
ティア・マルフォイは目を覚ます。
この日、例のあの人は死んだ。私達にとって、否、私にとって酷く複雑なもので。
ずっと両親が慕っていた存在だった。ずっと私を縛る存在だった。ずっと、私の生きる理由だった。そういう家に産まれたから、そういう教えを受けてきたから、そういう考え方しか知らなかったから。理由なんていくらでもあって、でも結局は“ティア・マルフォイ”だから、で全ては語れる。
張り詰めていた息を吐き出すような勝利だった。目線の先では、ひっそりと、静かに誕生した英雄。ボロボロの体で、崩れ落ちた城を前に悪は倒されたと囁く。
3人の仲間達が笑い合うその姿をただ見ていた。そこに黒い影がそっと現れたのも。
みんなのヒーロー。
とある死喰い人がその杖を彼に伸ばしたのも。
この世の救世主。
それに気づいた誰かが目を見開いたのも。
私の▫️。
だから、これくらいいいよね?
「マルフォイ!!!」
その声が悲鳴に似てた。投げ出した体はポッターと杖先を繋ぐ直線上。不思議と痛みは感じなかった。力の抜けた体が拾い上げられる。ポッターだ。
「なんで!」
なんで?なんで…だろうなあ。ぼんやりと空を見上げる。今にも降り出しそうな重い空だ。
「お前は僕を嫌ってたはずだろ!?」
きらきらと輝くエメラルドが眩しくて目を閉じた。音が遠い。ああ、嫌いだとも。理解が出来なかったから、私の全てを否定するから、お前の傍は息がしづらい。それでも、何でかな、お前のその悔い残すことはないと言わんばかりの顔がムカついたんだ。命と引き換えに巨悪を倒しました、なんて立派な英雄譚見たくもない。このままお綺麗な英雄なんかにしてやるもんか。今まで散々邪魔してきたんだから、今度は私が邪魔してやるさ。
「ざまあ、みろ。」
精々、私の死を抱えて生きてくんだな。
ぽつり、頬に雨が堕ちた。
目を覚ました。古臭いベットの上で身を起こす。息を吸って、吐く。見渡した部屋は変わらず“私にとって”時代遅れのデザインで。こんなんじゃビンテージ好きを嘯く田舎者のテンションだって上がらない。
ティア・マルフォイ。それが私の名前だ。聖28一族の1つに産まれたルシウス・マルフォイの実子にして跡継ぎ。英雄(“私達にとっては”呪いの子)と同時期に生を受け、そして、1人死んだ。あの淀んだ空も、あの光の歓喜も、あの生々しいまでの終わりも、全部覚えてる。それでも私は息をしていた。この、100年ほど前の世代で、また私は同じ名を得た。
時代は違えど、魔法は変わらない。母親の杖をおもちゃ代わりに振れば“既に”有った古書はふわふわと浮いた。ふにゃふにゃと喃語しか話せぬ口でもこの程度であれば英雄ではない私だとしても無言呪文で事足りる。例え、他人の杖であってもこの血に宿る純粋なまでの豊潤な魔力を正しく使えば容易いことだ。
杖を“置いてきてしまった”と慌てて姿を現した母親はこんな初歩の初歩を見て。赤子が杖を持ってることなど目に入らなかったかのようにガリガリの頬を萎びたトマトみたいに染めてよろこびを顕にした。
「ああ、ああ!ティア、私の喜び、私の天使!貴方は私の宝石よ!!」
興奮のせいか、赤子にするには荒々しい仕草で抱き上げたその人に思ったのは、違うな、それだけだった。だから
ーーーーー!!!!!!
癇癪を起こした。だって違うのだ。嫌なのだ。気持ち悪くて気持ち悪くて仕方ない…!!私の親はお前ではない!私の時代はここでは無い!!私の欲しいものはこれじゃない!!!私の、私の、私の!!!!
「ティア!ティア!素晴らしいわ!!こんな魔力暴走!こんなに魔力が豊富だなんて!!」
……私の名前は同じなのに…。
家具飛び交う中、高く笑う声に力を抜いた。
ードスン、ドスン、ガシャ、ド、バキッ、バササ
それにニコニコと笑った母親はマグルの絵本に出てくる下品な魔女みたいに嬉しそうに杖を1振り。それだけで全ては元通り。なんて都合のいいことだろう。私の精一杯の怒りでさえも無かったことになる。そして、母親は嬉しそうに私を揺りかごに戻し、去っていった。
どうせ父親にでも報告するのだろう。あの子供はこんなにも素敵なものを持っていましたよ。マルフォイ家に相応しい子供ですよ。それを産んだのは私ですよ。女の私など必要なかったくせに。
だから、故に、諦めた。ここには何も無い。私が愛したあの家族も。私を愛した家族も。私が認めて欲しいと願った父も。私がその温もりを求めた母も。私が生きてほしいと祈った誰かも。
抱き締められても安心できない。褒められても誇れない。教わっても慕えない。共に過ごしても喜べない。なんだこの歪な関係は。気持ち悪い。薄々思っていた感情ははっきりと根強く私に植え付けられた。
もしかしたら、そんな気持ちで使った魔法。この年で他人の杖で魔法を使えば褒めてくれると分かっていた。褒められることは好きだ。けれど、やはり、誇らしげに喜ぶ母親を見ても心はピクリとも動かなかった。
私はきっと未来に何か大事なものを落としてきてしまったのだと知った。
そんなことに気付いたとしても私はそれを拾いになどいけないし、それを落としていたよと差し出してくれる人もいない。
体は成長していくのに、心がそれに伴わない。理不尽なことばかり知ってしまった心はただ腐っていくのを待つだけだ。
同じ名前の似た体に押し込められた私は前よりずっと上手く生きてる。マルフォイらしい見た目で着飾って、息女として淑やかに振舞って、“既に教わった”ことを誰よりも早く吸収して。
マルフォイ家の真珠。魔女の中の魔女。気高き血の姫君。
全部、全部、私を示す名で。全部、前にはなかった呼び名だ。
あの時代、私が産まれた頃、例のあの人が倒された。1人の赤子によって。だからこそ、女児として誕生した私が跡取りになった。もう1人子を儲ける余裕はあの陣営の家系にはなかったのだから仕方ない。それでも母も父も精一杯の愛で育ててくれた。
けれど今は違う。例のあの人は未だいない。男系の家系であるマルフォイ家に欲しいのは女児よりも正当な後継者となる男児だ。だからこそ、ティア・マルフォイは綺麗に美しく誇り高きマルフォイ家の純血として完璧でいなくてはいけない。いつか、近い未来、純血を作り出す為に家を出る。私は必要じゃない。
「ティア、」
“今の”父親が私を呼ぶ。“以前”何度も肖像画で見た顔だ。目だけでわかってるなと問う。今日はクリスマス。我が家はホストとして豪華絢爛に品行方正に身分相応の華々しいパーティを開く。…くだらない。
「マルフォイ家に恥じぬ振る舞いを。」
カーテンシーと共に下げた顔でわらった。
クリスマスの夜、去年だったら家でワクワクとプレゼントでも待ってたのに。ああ、あの時貰った図鑑は最高だったな…。読み返したくなってきた。帰ってもいい?ちらと見た両親はヒッポグリフについて見知らぬ貴族に熱く語っている。だいぶ引かれてるの気づいてる?
なんでこんなことになったんだろう。そう思えど、答えは同じ。“かの有名な高貴な血、マルフォイ家のクリスマスパーティに招待されたから”。母さんがヒッポグリフの新しい生態を発見した故の、一時的な興味だ。来年にはきっとみんな忘れて、新しい奇抜なカボチャみたいなドレスのデザイナーが呼ばれてるだろうに。
母さんがプレゼントを飾るみたいに結んだ蝶ネクタイを弄る。遠目にはテセウスがその要領の良さで器用に同年代とおしゃべりしてる。ほっぺを赤くしてるあの子だって数年後にはテセウスのことなんか初恋として消費してボーイフレンドを作ってるんだ。
ギラギラ眩しいシャンデリアから目を逸らしてフリルやら宝石やらで膨らんだ人影の中で何かを探す。魔法生物が隠れてたりしないかな。妖精くらいならいてもおかしくないんじゃないか。さすがマルフォイ家の屋敷しもべは演奏の質が違うな、よくわかんないけど。
そうやって視線をあちこちに移す僕は落ち着きなく見えただろう。証拠に誰も話しかけてこない。まあ、そっちの方が僕としてもいいし。
そんな時、何かキラキラしたものが視界の隅に入った。ゴールドよりギラギラしてなくて、宝石より目に痛くなくて、ガラスより反射しないもの。それは、小さな女の子の形をしていた。自分と同じくらいの女の子。豪奢な椅子に行儀よく座ってる姿はまるで人形みたい。どこかの家の女の子はこんなビスクドールを大事そうに抱えてたっけ。
キラキラ、キラキラ。絵本で見たユニコーンの仔馬みたいな綺麗な毛並みにスウェーデン・ショートの鱗のような青白い肌は遠目にもすべすべとして見えた。
でも、それよりも、何よりも目をひかられたのはその瞳。何に例えたらいいのか、どうしようもなく、心惹かれて、逸らせない引力を持つそれ。
なんだろうか、近くをふよふよとロウソクの炎が舞う。ああ、そうだ、これは灰に似てる。1度だけ、見たことがある。あると言っても絵画の中だけだけど。不死鳥の死の瞬間。不死鳥の命が燃え尽きたあと、そこに残る灰にどうしようもなく似てる。
「きれいだ…。」
呟いた言葉は意識するより早く熱気を帯びた空気に溶けた。人間のはずなのに、人間じゃない。そんな特別な空気を持った子。どこまでも純粋で、どこまでも不純なその子は、絵画にだっていない。動くあの住人達よりこの子は人間らしくない。だからこそ、美しい。
ただ呆然とその子に見惚れる。瞼なんかどっかに行っちゃったみたいに瞬きすら出来ない。綺麗なその子の静かな目がこっちを見る。そして、
ふ わ り
口元に弧を描いた。元来、笑顔は威嚇から来たと言われている。友好関係を気づく上で必要とされる表情は敵対を示す顔だった。それを僕は身を持って知った。
「ハァイ、ミスター。」
するり、隙間を縫うように距離を詰めたその子は想像よりずっと小さかった。静かな灰が僕を見る。
「私はティア・マルフォイ。我が家自慢の葡萄ジュースも取らずにキョロキョロして。何か物珍しいものでもご覧になって?」
「え、あ、え。」
右見て、左見て、後ろ見て。彼女が話しかけてるのは僕?そんな気持ちでその子を見れば、肩をすくめるように綺麗な眉尻を器用に片方だけ上げる。どうやら僕で合っていたらしい。
「え、っと…は、ハァイ。」
片手を上げるけれどそれをちらと見た灰はまた僕のつまらない青を覗き込む。そろそろと手を下ろす。怖くて目を逸らした。
「ミスター、お名前は?」
「あ、その、えと…ニュート。ニュートン・スキャマンダー。」
「ほう。かのスキャマンダー家の方でしたか。噂はかねがね。」
その噂とやらはヒッポグリフにしか興味が無いとか、危険な魔法生物を愛してやまない変人一家とかそんな所だろうと少し伏せた顔を顰める。やっぱりこの子も人間で、めんどくさい。これだからお貴族様は嫌なんだ。濃い血に絡まれる僕を周りの子供は気の毒そうに見て、知らんぷり。そうだよな、僕なんかを助けてくれるわけない。
「誇り高きヒッポグリフと共に生きてる立派な一族だとか。」
「…え?」
そろり、上げた目線の先には変わらぬ灰。そこに陰りも嘲りも見下しもない。ただ事実だけを告げるその口元に形だけの笑みを浮かべる綺麗なその子は知らない。
ヒッポグリフを、この子は誇り高いと言った。危険視される魔法生物に眉を顰める人々は知らない、その生態を。さも当たり前のようにバカにすることもなく淡々と。
それがどんなに物珍しいのかこの子は知らないのだろう。驚いた僕にその折れそうに細い小首を傾げたのだから。
「ヒッポグリフを…見たことあるの…。」
だから、問うた。眠くなるような古い本か、年寄りの愚痴でしか知る機会のないであろうあの美しい生き物が好きなのだろうか。この高い身分を持つような魔法生物のような彼女は。
「ええ、」
ティア、誰かが彼女を呼ぶ。そちらには性格を表すような細くて針金みたいな金髪を持った男の人が厳かな仕草で1つ頷いた。それを見た彼女は躾られた蛇みたいにするりと身を翻す。
「おかげで腕に爪を立てられたわ。」
レースで透けた真っ白な傷一つない腕を揺らしながら。