ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは期待される。

 

見たことの無い顔だった。聞いたことの無い声だった。そこには僕の知らない君がいて、僕の知らない誰かがいた。そして気付くのだ。僕が知る君はほんの一部だってことに。

 

 

 

 

 

 

 

彼女は甘いものが好きだ。口では糖分は苛立ちがなんたらとブツクサと言っているが、それを抜きにしても好んで食べてるのはその嬉しそうな雰囲気を見れば容易にわかる。

彼女はヴァシーを大切にしてる。ヴァシーっていうのは彼女の近くにいる蛇で、オムレツが好き。彼女曰く気付いたら側にいて離れないから仕方なく許してるらしい。

彼女は優しい。いや、ちょっと嘘。身内には優しい。他人には何も言わないけれど、近くの存在には容赦なく棘言葉を放ってくる。ここだけ聞けば優しさとは程遠いけど。僕はこれが彼女の優しさだと思う。他人はどうなっても構わないから何も言わないし、関心も抱かない。下手に近付けば攻撃するけど。それに比べて、身内にはある意味遠慮がない。傍にいることが当たり前だからこそ、そこを更に居心地良くしようと我儘だろうと忠告だろうと言葉にするのだ。

だから、まあ、僕も少しは、片足、爪先くらいは彼女の内に入れてるのではないかと思うわけで。

 

「いや、だからっていつもの警戒心はどこにやったの…。」

 

目の前にはシンプルなソファの上で本片手に目を閉じる人。顔前…20センチ手前で手を振るけれどピクリとも動く気配はない。これは…寝てる。

起こそうかと少し机越しに近付けた手は、キュッと寄った眉間に跳ねるように引っ込んだ。起きてない?起きてない、セーフ。いや、起こした方がいいんじゃないか?なんてまた堂々巡り。

抱えた頭はそもそも何で自身が彼女の家(一軒家)に居るのか考え出した。

 

 

 

 

 

 

本の執筆活動を始めてから数年。僕は休暇の度に色んな国を旅した。魔法省の給料は週に2シックルしかなくても、取材旅行という名目があれば出版社がお金を出してくれたし、何より新しい魔法生物をこの目で探しに行けるのは最高としか言いようがなかった。こんな好待遇だったのは決して僕が期待されていたわけでも、魔法生物に興味を持ってもらったわけでもない。僕が彼女からの紹介だったからだ。

僕は恵まれた人間だと思う。こんなイラつかせる僕に良くしてくれる人もいるにはいるし。一応昇進だって出来ている。給料は少なくて、正直苦しいけど。でも、そう、恵まれているのだ。その中でも特に僕が恵まれたのは、彼女ーティア・マルフォイと知り合えたことだろう。

彼女は優秀な魔女であり、究極の探求者だった。至高の効率主義者でもあった彼女は友人関係においても無駄を省くような人で、そこに滑り込めた僕は我がことながら理由が分からない。一時期はそれはもう顔も合わせないほど嫌われていたけれど。また何があったのか。学生時代程ではないが、距離を縮められたと思う。

声をかければ返事をしてくれるようになったし、見なかったフリなんてしない。執筆について質問すれば罵倒されるし。初対面で突進した二フラーは逆さに吊られたし。寝ぼけ眼で出勤すれば顔面にアグアメンティ。建物内で溺れるかと思った。

あれ、これもしかして嫌われてるのでは?少し不安になったけど、そんなことはないと思い直す。彼女は他人に時間を割くその時間を嫌悪するような人間なのだから。彼女にとってどうでもいい話(執筆活動や魔法生物について)でも反応を示すということは多少は僕にも関心を持ってくれる証拠だ。

 

閑話休題。

 

まあ、そういう訳で休みさえ取れたら僕は比較的気軽に魔法生物探しに出掛けられるようになったわけ。なんていったって“あの”ティア・マルフォイの紹介だ。彼女の機嫌を取っておいて損は無い。つまり僕のこの現状は立派なコネということで、彼女に向ける感情を考えればこんなに情けないこともないんじゃないか、そう思う日々である。

 

そんな僕がイギリスに帰ってきたのは数刻前。今回も珍しい生き物に会えてホクホク顔の僕はそっとトランクを撫でた。

検知不可能拡大呪文がかけられたそれは僕の必需品だ。この中に出会った魔法生物を保護している。彼らを調査し始めてから自分で作ったものだ。彼らにとって過ごしやすいように個々に合った空間を違和感なく配置して、尚且つ気象や季節の変化も取り入れたそこは僕にしてはなかなか上出来なんじゃないかと自負している。これを魔法薬学の権威となりつつある彼女に見せれば、ぎゅっと眉を寄せて頭が痛いというように顬を抑えていた。「…お前は馬鹿なのか?」「え、なんかおかしな所あった!?」「ああ、分かった。馬鹿と天才は紙一重ということが。お前は馬鹿だ。」何故か、呆れられた。

 

今回の旅行ではまた新しい魔法生物に出会った。その特性上、悪とされがちなその子を紆余曲折の末、保護することになったのだ。その過程で杖は折れかかったため、先程杖メーカーに修理を頼んできたのだ。そこの店主にはそれはもう渋い顔をされたが、ハンカチで補強した杖を使い続ける勇気は僕にはない。

まあ、正直何も無い懐が落ち着かないが明日の朝一には仕上げてくれると言っていたので一晩の我慢だ。さて、それでは大人しく家に帰ろうとアパート前までやって来て、気付いた。

 

「鍵、どこ…。」

 

胸ポケット、なし。ズボン、なし。靴の中、なし。カバン、あるかもしれないが探すのは無理がある、…なし。二フラーのお腹、なし。

 

え、どこ。

 

まずいまずいとあちこち探すがどこにもない。ならば大家さんに、と足を向けようとして、そういえばオーストラリアに行ってるんだっけ、と思い出した。旅の前に言っていた気がする。アロホモラで開けようにも、そもそも杖がない。今取りに行ってもほぼ折れかけからまあ折れかけくらいにしか戻っていないのは予測できることだ。

どうしようかと考えて、仕方ない、宿を取るかと踵を返した。トランクで過ごそうにも、トランクを置く場所を確保しなくてはならない。何が悲しくてホームタウンで宿泊費を払わなければならないんだろう。とぼとぼと石畳を歩きながら薄っぺらな財布を出す。これじゃあ、マットレスがほとんど機能してないようなベットで眠るしかなさそうだ。

そう肩を落としていた僕の前に現れたのは、例の彼女だった。正確には偶然すれ違おうとしていたのが彼女だった、だけど。

 

「あ。」

「あ?」

 

顔を上げて、ピクリ、眉を動かす。それは多分どうしてここにいるんだとか、何やってるんだとか、そういう意味があったんだと思う。

 

「久しぶり。」

「ああ、久しぶりだな。お前のことだからまた訳の分からん場所で怪我でもして動けなくなってるんだと思ってたよ。」

「え!あ、今回は!そんなこともなくもなくもなかったけど…。」

「どっちだ。」

「…まあ、ちょっと…。」

 

思わず逸らした視線の隅で彼女が溜息を吐き出す。未知の魔法生物となると怪我はつきもので、命の危険を感じたのは1度や2度ではない。

 

「で?お前はこんなところで何してるんだ。帰るには遅い時間だぞ。」

「えーと、その、うん。」

 

それは君もではと言いそうになる口を誤魔化して空笑う。風で微かに香る濃厚な青臭さはちょっとアングラ寄りな夜市に行っていたことを窺わせた。

 

「家…入れなくなっちゃって…。」

「お前それでも魔法省の人間か?」

「…ごめん、なさい…。」

 

事情を説明すれば、何故か彼女の家にお世話になることになっていた。いや、鍵開けしてもらえればと思ったのだが、「私に盗人の真似事をしろと?」その一言で黙らされた。

実際、杖なしで安物ホテルでは休める気がしない。だからこそ有難いけれど、申し訳なさとほんの少しの疑心。それが顔に出てしまったのか。「誰でもホイホイ泊めるビッチだとでも思ってるならお前をそこらのスラムに身ぐるみ剥いで放り込むが。」全力で首を横に振った。同時に男として意識されてなさに落ち込んだ。

 

そして、連れてこられたのは壁。え、と思ったのも束の間、彼女が杖でトントントンと慣れたように叩くと立派な扉が現れた。なんというか、“らしい”家というか。こんな仕掛けが施された家、どれだけお金がかかってるんだろう…。

そうして通された部屋はそれはもう品があった。本当に、それ以外に言いようがない。家具は必要最低限でシンプルなはずなのに、その一つ一つが洗練されていて。

 

「夕餉は?」

「え、あー、まだ。」

「あっそ、私は腹が減ってないから、紅茶くらいしか出さないぞ。」

「あ、うん。」

 

そう言いつつ出してくれたのは茶菓子という名のサンドイッチだったし、紅茶は時間を考慮したのかミルクたっぷりな甘いものだった。それで腹を満たして、一息。

 

「…本は、どうだ。」

「え?まあ、順調…かな。ちょっと終わりが見えてきたよ。やっと、って感じだけど。」

「確かに鈍いな。」

「うっ。」

「まあ、薄っぺらにやれば1ヶ月で終わる。お前は、そうじゃないってことだろ。」

 

そっとその長いまつ毛を伏せながら、ミルクティで温めた吐息混じりに囁かれた言葉。彼女にしては柔らかい音だ。こんな声を聞ける人間はどれほどいるだろう。

 

「うん。」

 

カップで隠した口元はきっと緩んでいて。この空気がどうしようもなく好きだと思うのだ。僕も彼女もあまりお喋りではない。必然的に訪れる沈黙は決して気まずくなることはなく、ただ優しい静けさが漂っていた。居心地の良いそれが僕の勇気を押し潰す。この関係を変えたいと思ったことは無いのかというと嘘になる。このうつくしい生き物をそっとトランクにしまい込めたらどれほど幸せだろうと何度も思う。彼女の魅力は僕だけが知っていたいのに、理性的な部分がだからお前はダメなんだと嗤った。彼女はきっと僕なんかが釣り合わないくらい素敵な人なのにその本当の魅力に気づいてる人間が少ないことに安堵してる僕は汚い人間だ。

 

「僕、皆に餌あげてくるね。」

「ん、好きにしろ。」

 

本から顔を上げることの無い彼女に気が抜けて、慌ててトランクに身を躍らせた。こんな、僕が持ってしまった感情に歪んだ顔が見られてませんように。こんな身の丈に合わない独占欲に染まった顔なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、そういう訳で、(杖なしだったためいつもより手こずった)餌やりを終えて、トランクから這い出ればそこには無防備な彼女。彼女の家族のヴァシーは器用に彼女の腕に巻き付き、肩を枕に寝ていた。流石だ。

 

「あ、こら、テディ!」

 

カバンから飛び出したモグラのようなそれは一目散に見事な金に飛びつく。本能に忠実な二フラーは彼女の肩を流れるそれに幸せそうに包まれる。サラサラと零れる金糸を抱いて嬉しそうだ。

一方彼女は一瞬瞼をピクつかせた。こちらの肩はビクついた。起きるかと思いきや、また深い呼吸を繰り返す。案外しっかりと寝ているらしい。

 

引っ込めた手をそっと、そっと伸ばした。近付けては、止めて、近付けては、止めて。そして、肩から零れるその美しい髪を指先でなぞった。柔らかい。

 

「ねえ、少し、期待してもいい?」

 

眠ってる彼女にしか聞けない僕は意気地無しだ。でも、こんなの期待する。彼女にとって、少しは安心できる人間になれてるんじゃないかって。眠ってる間くらい、身を任せられる存在になれてるんじゃないかって。そう自惚れてもいいかな。

 

3つの寝息が部屋に響く。そっと机に頬杖をついた。変わらず綺麗な寝顔だ。青白い肌と合わさって相変わらずビスクドールのように美しい。灰の目は閉ざされてしまったけれどそれでも彼女の美しさが損なわれることは無かった。

 

穏やかな部屋で、気付けば目を閉じていた。姿勢が徐々に崩れ、テーブルに突っ伏す。あーあ、このまま夢でも繋がれば、もっと彼女が理解できるのに。

 

「、おや…すみ…」

 

ゆっくりと意識を落とした僕の隣で、そっと黒い影が身じろいだことも気付かずに。

 




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