ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは悪夢の中。

 

気付けば、森の中にいた。見たことがある。……禁じられた森だ。

何処か安定しないというか、ふわふわしているというか、あれ、僕は夢見てるのだろうか。ぼんやりと辺りを見渡す。なんか、そう、写真でも見てる気分だ。もちろんマグルの動かないものではない、魔法の写真だ。

 

「ナイトメア、君だろ。」

 

心当たりの名前を呼んだ。薄らと漂う霧を掻き集めるように渦を巻き馬を形作った。真っ黒な彼女は静かに僕を見る。

この子は最近保護した魔法生物だ。悪夢を見せるというその性質から害悪だと処分されそうになっているところを間一髪で助けた。とりあえずトランクで治療を施しているがいつかは安全な森で放す予定だ。

ここは、僕の夢ではない。それだけは何となく察していた。では、誰の夢か。これも、何となく察してしまっていた。

 

「ここは、」

 

言ってしまってもいいものか、悩んで目を泳がせた。けれど静かなその目が僕の思考を肯定する。

 

「ティアの、夢の中なんだよね。」

 

恐らく、僕以外の人間を警戒したナイトメアが暗闇に怯えた子供が親に縋るように僕を引っ張ってきたんだと思う。

見渡したそこはやはり見覚えしかない。これが、彼女の夢。これは既に悪夢なのか、それともこれから悪夢となるのかはわからない。僕は魔法生物と話せるわけではないから。

 

「彼女は悪い人じゃないよ。出て行こうか。」

 

もちろん、僕も、ここに居ちゃいけない。夢って言うのはその人の深層心理だから。他人が入ってはいけない領域だ。

促した僕を無視して、ふいと視線を逸らす。流されるように動いた僕の目は見慣れた金を捉えた。それに思わず着いていく。いつの間にか黒い馬の姿は消えていた。

 

黒い見慣れたローブを揺らしながら少女は歩いていく。僕が見えてないのか、こちらに一切視線を向けない彼女は酷く見慣れない顔をしていた。幼く拙いそれは彼女ではないようで、どうしようもなく人間臭い。

気付けば足を動かしていた。前を歩いていた少女は迷いなく木々をすり抜けていく。ああ、このまま進めば、あの、僕らの思い出の場所がある。でも彼女はあの頃と違ってバスケットなんて持ってなくて、その手にはあの頃のように分厚い本がある。

 

ピタリ、足を止めた。その顔を覗き込めば、驚いた瞳と目が合って。でも僕を見ていない。僕ではない、その奥。それをひたすらに見つめて、一度強く目を閉じた。伏せた顔は悩むように眉間に皺を寄せる。そして、ごくり、唾を飲み込んだ。

その視線を追う。そこに居たのはローブに包まれて、身を縮こませる誰か。足元に覗く黒がその人物が“彼”だと教えていた。木の根元で何かを耐えるように、隠れるように、背を丸める。

体をどこか硬い動きで彼女がすり抜けていった。やはり僕は幽霊らしい。彼女はフードを目深に被り、黒を揺らして歩いていく。そして、少年と木越しに背中を向けて腰を下ろした。

ビクリ、少年の肩が揺れる。それでも頑なに頭が持ち上がることはない。彼女も落ち着かない様子でローブの裾を弄っていた。1つ、深呼吸。

 

「…あー、ハロー、少年。」

「っ、こんなところまで僕をバカにしに来たのかマ」

「マート。」

 

彼女のらしくない挨拶に少年は勢い良く怒鳴り返そうとしたのが分かった。それを遮る聞き覚えのない名前。

 

「私はマート、いいな?」

「はあ!?君は!」

「マートだってば。聞き分けの悪いヤツ。」

「な!お前なんなんだよ!どっか行けよ!」

「やーだね。私は私のいたいところにいる。そういうならお前がどっかに行けよ。」

「…っ。」

 

喧嘩のような応酬。彼女は兎も角、少年は彼女を嫌ってることがよく分かった。それでも少年は動こうとしない。

 

「ま、お前がどうしようとどうでもいいけど?」

「なんなんだよ…。」

「お前のことなんて呼ぼうか。」

「僕は、」

「あ、マールな。私はマートだし、丁度いいだろ。」

「お、ま、え、な!」

 

自分勝手な彼女。その姿は僕の知る彼女とはだいぶ違うように思えた。なんと言えばいいのか、“らしい”のだ。年相応というか、どこか軽いというか。それに怒る少年も年相応に声だけでもわかる幼さがあった。

 

「で?マール、こんなところでジメジメと。なんだ?いじめられたか?」

「君には関係ないだろ。」

「ああ、もちろん。あるわけないだろ。」

「…。」

 

軽い調子で肩を竦める少女に苛立ったようにほんの少し顔を上げた少年は、やがて諦めたように脱力した。

 

「なら、ほっといてくれ。」

「ほっといてくれ?そのつもりさ。お前は自意識過剰だな。私が態々相手してやるとでも?」

「このっ!」

「私はここに“偶然”読書に来ていただけだ。そこに“偶然”陰気な誰かがいて、“偶然”本が面白いから夢中になって、“偶然”何の話をしたのか忘れるだけさ。」

 

ぱらり、彼女は重い本を開いた。これみよがしに響いた紙のすれる音はわざとらしい。

 

「“マール”、私はお前を知らないし。お前も“マート”なんて知らない。だろ?」

「…ああ、何処ぞの我儘で嫌味なクソお嬢様のことなんて知らないさ!1シリングもね!」

「よろしい。」

 

不発となった嫌味に少年はまた沈黙した。彼女は時折、本を捲る。少年は居心地悪そうに手元の草をブチブチと抜いた。2人ともフードのせいで表情は見えない。それでも気を抜いているように見えたのは気のせいか。

風が吹く。少女の緑の内側で揺れる金と、少年の赤の内側で引き結んだ口元が、微かに見えた。

 

「僕は、別にすごくないのに、何で皆期待するの。」

「へえ?それは気のせいだ。現に私はマールに何も期待などしてない。」

「…うるさい。皆、僕をすごいっていう。羨ましいっていう人がいる。なんで。」

「お前は全くすごくないぞ。だって現にこんなところで1人で拗ねてる。」

「拗ねてない!」

「いーや、拗ねてるね。だーれも僕を理解してくれないんだ〜って悲劇のヒロインぶってる。まったく、喜劇だと思わないか。」

「うるさい!何にも知らないくせに!」

「ん?ああ、そうだとも。知るわけないだろ。“マート”と“マール”は初対面なんだから。」

「ふざけるな!」

 

徐々にヒートアップしていく少年に対して切れ味鋭く少女は意味のわからない理論を押し通していく。少年の様子からして2人は知り合いであるはずなのに、小馬鹿にするように少女は“はじめまして”を主張する。

 

「ふざけてないさ。初対面なんだ、知ってやろうとしてるんだから、意地を張って貝みたいに無駄に閉じた口で好き勝手囀ったほうがお前も都合がいいだろ?」

「な!僕はお前に知って欲しいなんて思ってない!そもそもお前が原因だろ!?お前のせいでスリザリンから目をつけられてるし!よくわかんないうちにスリザリンへの対抗馬みたいにされてるし!そもそもスリザリンもグリフィンドールも嫌い合ってるくせに絡みに行くんだよ!」

 

うん、確かに。

爆発したように怒鳴り出す少年に頷く。僕の時もよく彼女に突っかかっていくグリフィンドール生を見た。反対にスリザリンは彼女が眉を顰めるから彼女に倣う形で相手にしていなかった。それを“お高くとまってる”と更に気に食わなかったようだが。

 

「僕なんて両親のことは知らないし、マグルの中で育ったんだぞ!魔法のことなんてやっと理解できるようになってきたとこだし、ルーン文字?分かるわけないだろ、赤ん坊の落書きの方がマシさ!それなのにみんなみんな僕を英雄だとか言うし、羨ましいっていう!なら変わってあげるよ!両親もいないご飯も服だって満足に貰えないこんな僕で良ければね!しかもよくわかんない内に例のあの人と宿敵みたいにされてるし!変に期待されてる!そもそも例のあの人って何だよ、普通に言えばいいじゃん。呪いの何かなわけ?僕は言えるよ、僕は言える、言うよ!?」

「…。」

「ヴォルデモート!!」

 

鴉がカァカァ鳴く。ヴォ、ヴォ…ヴォルモーロ??誰だ…?何かの小説の主人公か?フルネームだとしたらヴォル・モーロということかな。モーロなんてファミリーネームなかなかないだろうに。

 

「ほら、ほら、言えた。どうだ、言えたぞ。ほら、何も起こらない。……何も言わないの?」

「…。」

 

ふんすふんすと息巻く少年とその背後に位置する少女が僕には見えていた。静かに本を膝の上で開く華奢なその影。そう、こっくりこっくりとうたた寝する少女の姿がバッチリと見えて、思わず口をすぼめた。なんか、可哀想だ。

 

「ねえ、」

「っ!…そうか。」

「そうか?それだけ!?僕はあいつを呼んだんだぞ!呼んだんだ!それを君はそうか、それだけ!?」

「私はお前が何しようがどうでもいいからな。」

 

…話聞いてなかったくらいだもんね。木を境に温度差が激しい。ほんの少し、少女は眠そうに目を擦る。

 

「じゃあ、私に何を言って欲しいんだ。」

「それは…。」

 

言い淀む少年に少女は面倒そうに溜息を吐いた。そこに座った当初の緊張感はなかった。肩の力を抜くような、そんな息の吐き方で彼女は細く呼吸する。

 

「言っただろう、マール。お前と私は初対面だ。お前のことなんて知るか。お前の生まれも性格も見た目も、望みも宿命も、何も、な。」

「そんなこと言われたって、君は、」

「私はマート。いいか、マートだ。お前の知り合いにマートはいるか?」

「嘆きのマート…ルなら。」

「あんな陰険眼鏡女と一緒にするな。兎も角、私とお前は初対面で、死ぬまで他人だよ。」

「死ぬまで?」

「ああ、死ぬまで。」

「そっか…。」

「そうだ。」

「そっか。」

「ああ。」

 

優しい風が吹く。少女はくあり、猫のように欠伸をした。少年は背を反るように伸びをした。

 

「さて、親愛なる他人よ。お前はこんな日は何をするか知ってるか。」

「…クディッチとか?」

「馬鹿め、こんな天気のいい日にあんな野蛮なスポーツを出すな。自殺志願者か?」

「な!クディッチ楽しいだろ!?」

「楽しい楽しくないじゃない。お前知らないのか?あれほど死者が出るスポーツはマグル界を合わせても見つからないぞ。アホほど死んでるのに禁止にならないスポーツが野蛮以外のなんと言える。」

「え、そうなの。」

「…お前知らずにやってたのか…。」

 

呆れたように溜息を吐いた少女と心底驚いたように動きを止めた少年。テンポのいい会話は酷く楽しそうだ。それでも2人は決して振り返らない。自身から見える空を見上げて生き生きと話す。吹いた風が2人の口元が描いた弓月を見せた。

 

「正解は昼寝だよ、昼寝。」

「!?君がかい!?」

「お前は私の何を知ってるって言うんだ。」

「…それはそうだけど…。」

「暖かい日差し、緩い風、丁度いい木陰。ほら寝るには最適な環境だ。」

「はは、確かに。うん、こんな日に起きてるのは勿体ない!」

「だろ?寝れば嫌なことも多少マシに思えるさ。無くならないがな。」

「そこは無くしてよ!」

「残念、他人には出来ない相談だ。」

「もー!」

 

ああ、そうだ。ここは僕と彼女の秘密の場所だ。道理で違和感を感じなかったのだ。あの木は、彼女がいつも背にしていた大木だと、やっと気付いた。

少年が眼鏡を摘み目に浮かんだ涙を拭うほど笑う。声も音もなく、少女が、彼女が笑う。僕の見たことない無邪気さで。

 

ここに僕はいない。知らない少年と心地のいい空間を作り出す彼女は僕が惹かれた灰じゃない。でもどうしようもないほど綺麗で。

 

これは、僕にとっての悪夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました。机に突っ伏して寝ていたらしい。目の前で眠る彼女は変わらない。絵画よりも絵画らしく。魔法生物の中で深く呼吸をする姿はうつくしい。

一つ、息を吸ってトランクに手を伸ばした。薄く開いたそこからは黒い影が覗いていて。この子が自身に夢を見せていたのだと改めて確信する。

 

「もうこんなことしちゃダメだよ、ナイトメア。」

 

柔らかくその黒を押し戻す。そっとトランクを閉めた。もうこんな夢を見ないように。見せないように。

 

「…ハ…ィー…ッタ…、」

 

ぎゅっと眉を寄せた彼女がもう悪夢を見なくていいように、そう嘯いて。

 

「お願いだから、」

 

淡く弧を描いた口元が紡ぐ名から耳を塞いで。

 

「人間にならないで。」

 

僕のうつくしい魔法生物でいてくれよ。

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