ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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お待たせしました。原作いっきまーす!!!!


第二章 Shapeless snake
ティア・マルフォイは利己主義者。


 

タラップから降り立てば、そこは異国の地。アメリカだ。マグルの中に混じって歩を進める。よろり、私のトランクにボストンバッグをぶつけた男は船酔いでもしたように懸命に足を動かしていた。人間らしからぬ青ざめた顔は東洋的で見慣れない。チラともこちらを見ることなく過ぎ去った男は歩くことに精一杯という様子に溜息を吐いた。

 

私は来たくもなかった場所で息をしてる。

 

 

 

 

 

 

 

デスクの荷物を片付けていく。これは私物。これは提出。これも私物。ああ、ここにあったのか、道理で家にないわけだ。これもダンボール。えっと、これは借りたままの資料だから返してこなくては。

体中にこもった空気を吐き出さないように口を引き結ぶ。周囲は「次の場所でも頑張れよ!」「またご飯行きましょうね。」「お前ならすぐ戻れるって!」慰めるように、憐れむように声をかけてくる。それにぐるぐると渦巻く不快感を諌めた眉だけで表現して。声だけは「ええ。」それに留めた。そんな形だけの言葉ならば何も言われない方が幾分かマシだった。

惨めな思い事閉じたダンボールの上に返すべき分厚い本を重石替わりに置く。今開かなければそれでいい。持ち上げようと差し込んだ指は聞こえた声に動きを止めた。

 

「皆、調子はどうだい?」

 

そんな言葉と共に入ってきたのはこのMACUSAが誇る闇払い、パーシバル・グレイブス長官。私たちアメリカ合衆国魔法議会魔法法執行部の憧れの部長だ。

 

「今日は皆に紹介したい人がいてね。」

 

そう硬質な容貌で優美に口角を上げて、一歩横にズレた。そこから現れたその人をどう表せばいいだろう。静かに佇む彼女に感じたのは咽ぶような愁傷だった。青白い肌に黒とボトルグリーンを纏い、ブロンドと言うには薄い金糸の下でスレートグレイを瞬かせる美貌。瀟洒で典麗で凄艶な幽寂。相反する秀美を集めた彼女はただそこにあった。

 

「彼女はティア・マルフォイ。君たちは知ってるね?今日から半年私の近くで薬学について意見を交わすことになった。」

 

私ーポーペンティナ・エスター・ゴールドスタインの愛称であるティナと似た響きを持つ音。長官の告げた名前に息を飲む。それはその名を聞いた誰もが同じで、それぞれが驚愕を露わにしていた。

それもそうだろう。だって今、この魔法界で彼女を知らない人はノーマジが想像するような何処ぞの山奥に潜む偏屈な魔法使いくらいだから。魔法薬学の進歩を推し進めた天才。彼女が作り出した、又は改良した魔法薬がどれほどの人を救ったのか数え切れないほどだ。私と殆ど変わらない年齢でそれだけの名声を受けてる魔法使いなど殆どいない。

そして、それがこんなうつくしい人だとは思ってなかった。メディア嫌いで知られる彼女は取材を受けることなどなく。才色兼備とはこういうことを言うのだと知った。類まれなる美貌と傑出する才能。彼女は何を持っていないと言うのだろう。

満足気に目を細めた敬愛する上司と冷たく凝然とした彼女に覚えた感情を飲み下した。

 

「やあ、ミス・マルフォイ!その御高名はかねがね!お会いできて光栄です。」

 

そう一歩前に出たのは同期と言って差し支えない闇払いの男。少し軟派なところがあるが、まあ実力はあるのだ。少々、その、“オアソビ”が過ぎるだけで。着崩したスーツでその青白い華奢な手を取り、キスを贈ろうと掌を差し出す。挨拶だ。

 

「は?」

 

しかし、同僚は唇は愚か、指一本さえ触れることはなかった。その喉元に杖の切っ先が向けられたからだ。時が止まった様だった。

思わず仰け反った男の後を追うように彼女は間を詰める。杖先を向けるのは敵対を意味している。まさかティア・マルフォイを装った偽物ではないか、懐に伸ばしかけた手は微動だにしないグレイブス長官と彼女の笑みに停止した。

彼女はその品のある顔を歪める。先程までの無表情が嘘のように皮肉げにその小さな唇の端を上げた。蛇のような悽然たる瞳が不快を告げていた。

 

「ほう。私に見てもらいたいというのはコイツらか?道理で痴鈍そうな顔触れだ。特に目の前の猿。私に好意がないことも察せないのか。コイツの目は曇りガラスなんだな?ああ、失敬。磨けば向こうが見えるガラスと比べては哀れだな。安心しろ、お前は磨いても見えるのは薄汚い欲だけだ。」

 

可憐な唇から吐き出された毒はこの一室を凍らせた。そんな中でも表情の変わらない上司を尊敬すればいいのか、彼女の豹変にピクリとも動じないことに慄けばいいのか回らない頭で考えてしまった。

 

「まあまあ、単なる挨拶じゃないか。」

「この国の挨拶は人を不快にさせることで友好を示すのか?そこら辺の幼子の方がまだまともな親交をするぞ。」

「とある島国には郷に入っては郷に従えという言葉があるらしいが?」

「私に合わせろと?ほう、随分大きく出たな。」

「大きい?こちらとしては小さな進言だが?」

 

肩を竦めた長官をギロリと睨みつけた彼女は一度眉間に皺を寄せるとゆっくりと杖を分厚いローブの中に引っ込めた。彼女の視線が逸れると警戒するように静かに後ずさった同期の足は止まることなく障害物のない限界まで距離を取る。まるで何処かで聞いたノーマジの熊対処法みたいだ。

それをぼうと眺めていた私に一つの視線が突き刺さった。長官の温度を感じない目がそっと瞬く。

 

「ああ、そうそう。ゴールドスタインくん。」

 

柔らかく、しかし厳かに憧れの人は私に声をかけた。

 

「今まで御苦労だったね。」

 

今日、私は誇り高き闇払いから一介の魔法の杖認可局職員になる。理由は、私の、ただの無駄な正義感だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカに来て数ヶ月。言われた通り、大人しく、こちらの魔法薬について見聞を広めているが、なかなかどうして悪くは無い。

アメリカというお国柄か、様々な国の製法が混ざりあっていて面白く、イギリスにはない視点がある。こちらでしか入手出来ない材料も今は輸入品で手に入る時代ではあるが、やはり現地では鮮度が違う。物によっては採取して短時間しか使えないとあって直接では初めて見るものもあった。

今はまだだが、この先ではよく使われることになる数種類の薬草が生息地をアメリカとしていたことも初めて知った。これらは持って帰ってあちらで繁殖させよう。違反?知ったことではないな。

 

「ところで君はこの魔法界をどう思う?」

 

静かにかけられた言葉にアメリカでポピュラーな薬学書から頭を上げた。

相手はこちらではよく共に行動するパーシバル・グレイブス。MACUSAの闇払い長官だ。お堅そうなソイツは四六時中私を視界に置き、監視、否観察している。虫を見るようなその目に何度「お前を虫にしてやろうか。」と杖を向けかけたことか。しかし、我慢しなくてはいけないこともわかっている。そのため最近は咄嗟に取り出さないように杖のホルダーを懐から足の付け根に移したくらいだ。

 

「どう、とは?」

「そのままの意味だ。君の率直な意見を聞かせてくれ。君の鋭い切り口は参考になるからね。」

 

この数ヶ月、別に自身のためだけに動いていた訳では無い。そもそもこれは学生が気軽に出来るような留学ではないのだから、さもありなん。この国にも利点がなくてはいけない。だからこそ、細々と口を出してきたわけではあるが。

それは別に薬学だけの話であって、このようなご立派な評議をするためでないのだ、決して。だが、これの目からは逃がさないという強い意志を感じて、口を閉ざすことの方が面倒になるとひしひしと感じさせる。だからこそ、渋々と口を開いた。

 

「どうとも。」

「…ほう。」

「だって、私には関係ないだろう?」

 

魔法界、もっと言えばこの世の先を知っている。その上で思うのだ。私には何の関係もないと。バタフライ・エフェクト、蝶の羽ばたきが地球のどこかでは竜巻になるらしいが、その蝶自体には全く影響はないのだ。ただ飛んだだけのその動きでどれほどの被害が出ようと人が死のうと優雅に羽を動かし続ける。つまり、そういうこと。

 

「お前は一々魔法界のことを考えて、食事をするのか?シャワーを浴びるのか?ベッドに眠るのか?違うだろう?その時考えるとしても自身のことと、自分に近い人間のことだけだ。そんな図体だけがデカいちっぽけなものについて考えるだけ無駄というものさ。」

 

お前と中身のないディベートに割く時間などないんだよ。それならばこの本でお前を撲殺する方が余程有意義だ。

 

「…私は少々、君を過大評価していたようだ。」

「はっ、勝手にラベルを貼って“評価”とは随分とご立派なことで!お前にどう思われようとも私にはなんの影響もない。私は、私がしたいように望むように動き考えるだけだからな。」

 

どうせ、こいつも私も意見を交えたところで何も変わらない。なにせ、頑固な人間なもので。

 

「私はね。」

 

それでもコイツは自身の意見に余程自信があるらしい。多大な自尊心を滲ませながら、その石のような口角を上げる。

 

「魔法族こそがこの世の頂点に立つべきだと思っているんだよ。」

「…。」

「優れた力を持つ我々がノーマジ…ああ、君達の国ではマグルだったか、彼らに気を使い、隠れ、許容するのは可笑しいではないか。」

「ハッキリと言ったらどうだ。」

「ん?」

 

変わらない表情の中でその目だけが爛々と光る。私はこの輝きを知ってる。

 

「マグルなど死んでしまえばいい、と。」

 

あの方が宿していた狂気の色だ。

 

「はは、なんのことだか。私はただ疑問を呈してるだけだよ。このままでいいのか、とね。」

 

決して肯定はしない。上手い手だ。それでもありありとその殺意が滲み出ている。

 

「私はね、ミス・マルフォイ。魔法族にとって、もっと生きやすい世の中があるんじゃないかと思ってるだけだよ。我が愛する同族にとって素晴らしい世界がね。ああ、そう考えると私と君の意見は似てるかもしれないな。君は、どうだい?」

 

私とお前が似てる?

 

「はっ。」

 

鼻で笑い飛ばす。似てるか?ああ、似ているとも。私も貴様も所詮あちら側の人間だ。自分ばかりで他はどうでもいい利己主義者。でもひとつ違うことがある。

 

「誰かのためなんてお為ごかしで飾ったお前と一緒にするな。私は言えるぞ。私は私の為に何かを殺す。無論、理由もなくすることは無いが。」

 

太もものホルダーを撫でる。そこに収まる木脈が主人の意を汲んでドクリと脈打った気がした。

 

「もしかしたら次に杖を向けるのはお前かもしれないぞ?」

「そうかい。まあ、優秀な魔女である君だ。いつかはわかってくれると信じているよ。」

 

“優秀”な“魔女”である私、か。“優秀”でも“魔女”でもない私なら路上の石のように蹴り飛ばすくせに。

 

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