ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは拗ねている。

 

海上を泳ぐ船はもう少しすれば、目的地に到着する。行き交う人々は上陸に向けて右往左往と準備を始めた。老夫婦はその波に押し流されないよう隅で身を寄せあい、幼子は逸れないよう母親と強く手を握り合う。そんな中、ベンチに座る僕は遠くに見える栄えた陸地に目を細めた。

僕が目指すアメリカにはちょっとした用事が有ってやってきた。それが終われば自身の懐かしきマザーランドに帰国する予定だ。

 

そんな僕、ニュート・スキャマンダーには悩みがある。約一年前に飛び出してきた祖国に座す女性のことだ。きっとその人は今日も悠々とソファに座り、紅茶片手に小難しい文字を追っているのだろう。…逃げ出した僕のことなど忘れて。

喉を摩る。この息苦しい感覚にも慣れてしまった。尖りそうになる唇を覆って溜息を吐き出す。小さな貧乏揺すりくらい許して欲しい。

彼女の夢が忘れられない。僕が知らない彼女が頭から離れてくれない。あんな、無邪気で、わがままで、幼い彼女を僕は見たことがない。僕だけが本当の彼女を知ってると思ってて、僕だけが彼女の内側に入れてると自負していたのに。そんなちっぽけな自信は吹いただけで飛んでいってしまった。

彼は誰なんだろう。名前はマールじゃないことだけは分かってる。あとは多分グリフィンドール。小さな体躯は彼女と歳が近いことを察せさせた。

学生時代と卒業後の彼女は少し違う。学生時代は特に特大の猫を軍隊レベルで被っていたし、ホグワーツから一歩出れば彼女特有の傲慢さを限界まで表面に出して誰一人近づけさせなかった。結局は彼女の広すぎるパーソナルスペースは縮まることなく寧ろ広がっていってると言っても過言ではない。

そんな中知ってしまった僕の知らない彼女の内に入れた人。やっと家に入れたと思ってたのにそれが実は門扉で本当の玄関は山の頂上にあると知らされた気分だ。この例えじゃわからない?僕もわからない。

この一年、旅をして、研究をして、執筆をして、考えて考えて考えた。でも結局何も分からなくて堂々巡り。嫌になる。

何度も手紙を送ろうと思った。でも一言目で詰まるのだ。彼女はきっと僕なんかの手紙は必要としてないんだろうな、って。そしたらもうダメで。思わず便箋は散り散りに引き裂いてしまった。彼女に贈るために選んだ色気なくも品のある封筒はひとつ残らずゴミになり、残ったのは素っ気ない業務用のレターセットだけ。女々しい限りだ。

ボーと汽笛の音が鳴り響く。到着の合図だ。

 

トランクを持ち上げようとして、勝手に開いたロックを掛け直す。本当に油断も隙もない。抱き上げたそれを膝に乗せて、囁くように声を潜めた。

 

「ドゥーガル、頼むからいい子にしてて?」

 

宥めるように膝を揺らして、安心させるようにそっと。訴えるように聞こえた“別の”音に語りかけた。

 

「もうすぐだよ。」

 

もうすぐ、キミを帰してあげられるから。小さな鳴き声に応えるように返した言葉はご機嫌な羽音に重なった。

 

潮風が出迎えるように吹く。さあ、着いたよ、ニューヨークへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨークはマグルの巣窟だ。魔法使いは潜み、マグル共が堂々と闊歩している。気に触る街だ。

 

「そう言えば、」

 

そうやって話を切り出した男に視線を向ける。今日も澄ました顔は健在だ。ひとりきりがお似合いな孤高ぶった雰囲気をお持ちなのだから是非とも私を連れ回すのはやめて欲しい。とても、不愉快だ。

 

「彼は君と同年代ではなかったかな?」

 

男が視線を落としていた書類がふわり浮いて私の前に差し出された。マグルへの不可視呪文がかけられた特別製だ。無駄に凝った呪文が鼻につく。ここだとでも言うように波打つそれに渋々ながら内容を検めた。どうやら入国者リストのようだ。他国の人間にこんなものを見せてもいいのだろうか。それとも勝手に“身内”としているのか。

 

「ニュート・スキャマンダー。」

 

随分と、久しぶりに目にする名前だった。苦味の走る喉元を紙カップに入った甘いミルクティで飲み下す。何故私が態々マグルだらけの街を歩かねばならん。

 

「どうやら彼はなかなか…図太い神経の持ち主のようだね?」

 

態とらしくストールを整えて、こちらに意味ありげな笑みを浮かべるパーシバル・グレイブスに鼻を鳴らす。

どうせ、アイツは“あの”トランク片手にこの地に足を踏み入れたのだろう。あれはアイツにとって正に生きる意味とも言えるほどのものだ。自分より他のものを大事にするやつの気が知れない。

けれど“その中身”はこの国では特に禁じられている。マグルーこの国ではノーマジと言ったか、に魔法がバレることは厳禁。人間の意思ではどうにもならない“生き物”を許容することはないのだ。柔軟性のない石頭共め。従える度量のない言い訳にペットを使うな。

 

「さて、な、私の知る奴は臆病で人の顔色ばかり窺う大馬鹿者だ。」

「ほう。…どうやら彼は君のお気に入りのようだね。」

 

ビリビリビリッ。目の前の紙が刻まれる。ああ、しまった。資料の作り直しだ。

 

「それは、興味深い。」

 

気に食わない男の一振で元の一枚の紙に戻ったそれが不愉快で今度は灰すら残さず燃やし尽くした。

それに余裕ぶって肩をすくめる男が向いた先には一軒の建物だったもの。私にとっては屋敷しもべの小屋のようなそれは聞いた話によれば人が住む家屋だったらしい。しかもマグルの。拡張もせずにこんな狭い中で暮らすなんて正気の沙汰とは思えない。

 

「ああ…ここか…。」

 

もう一面ほどしか壁の残ってないそこは煉瓦だらけで入りたくもない。目の前の男は興味深そうに、玄関へ続いたであろう階段を上り中を覗き込んだ。もちろん、私はその瓦礫の五歩ほど後ろでティーブレイク。

 

音が聞こえた。

 

「は?」

 

決していいとは言えないそれと共に辛うじてあった赤い壁に線が入る。亀裂だ。それに目を奪われた瞬間、崩れていた瓦礫の山から小爆発のように“何か”が駆け出した。

舗道を抉るようにそれは進んでいく。人など知らぬ。馬車など知らぬ。車など知らぬ。迷子の子供が親だけを探し求めるように走り、人々の悲鳴の間を駆け抜けて行った。

 

その道を眺めるように追っていったグレイブスはもう私など目に入らぬというでもいうように、どこかへ去った“何か”を見続けていた。

 

舌打ち一つ。

 

どうせならばこの気に食わない男を轢いていけばいいものを。

 

 

 

 

 

 

 

…しまった。もう何が“しまった”なのかわかんないくらいに“しまった”。

アメリカに着いたのはいい。少しだけ入国審査で怪しまれたけど、マグル用のトランクを見せれば躱せたんだからこれも無問題。マグルにシーカーかって言われて、咄嗟に学生時代のボジションーチェイサーだって応えたのだって僕にしては上出来じゃないかな。キミより先にスニッチを捕まえられたことない、なんて思った僕の口から思い出話が出てこなかっただけマシだろ?

でもその後がまずかった。銀行でニフラーを逃がしたことかもしれないし、オカミーの卵を落としたことかもしれないし、“ちょっと”騒ぎを起こしてしまったことかもしれないし、マグルにオブリビエイトしそびれたことかもしれない。…いや、多分、恐らく、嘘、絶対全部“しまった”。

ああ、こんな時、彼女がいたらいいのに。そしたら彼女がお気に入りのニフラーなんてすぐ見つかるし、卵を落とすなんてミスは皮肉交じりに指摘してくれただろうし、騒ぎなんて起こすことなくスマートに解決しただろうし、彼女はそもそもマグルを寄せ付けない。ああ、本当に、これだから僕は…。

 

出会ったのはティナ・ゴールドスタインさん。鋭く、隙あらばこちらを食い殺してやると、淡々と狙ってくる目がとってもチャーミングだ。僕は御遠慮願いたいけど。

彼女はアメリカ合衆国魔法議会の人らしくて、その、まあ、連行された。魔法生物違法所持法違反で。あとついでに第三条のAに反するらしい。…どんなのか知らないけどまあ多分マグルにはオブリビエイトしないといけない法律があるようだ。なんて面倒な。

そうして連れて来られたアメリカ合衆国の魔法省。案外堂々と存在していて驚く。時代遅れなこの国ならもっとヒソヒソと隠れていると思っていたのに。行き交うマグルは気にした様子もないし、建物全体にマグル避けが施されているのかもしれない。

ゴールドスタインさんに腕を引かれてる中、乱暴なことは出来ない。学生時代に培ってしまった(とある純血のご令嬢が手を差し出さない僕に向けた刃物が如き眼差しが忘れない)僕は英国紳士としてやってはいけないことくらいわかっているのだ。ならばそっと魔法を使おうにも新たに罪を重ねて拘束時間が長くなるであろうことを考えて、まだ一応回収されてない杖の出番を見ぬ振りをした。半ば思考を放棄して思う。ああ、逃げたい。

 

「悪いけど、僕、他に用事があって、」

「あっそ。」

 

う、素っ気ない。

 

「それはまた今度にして。」

 

今度に出来るなら今来てないんだよ…。そんなこと言いたいけど言えないのが、僕だ。

 

「そもそも何しにニューヨークへ?」

「…バースデープレゼントを買いに。」

 

彼女の誕生日はまだまだ先だし、そもそも渡せるかわかんないけど。もし“こんな状況”で渡す度胸があったら、そもそも一方的に避けてないんだろうなあ…なんて言わない、言えない。

 

「ロンドンでは買えないわけ?」

 

…ニューヨークにあって、ロンドンにないもの…は…、

 

「アパルーサ・パフスケインのブリーダーはここニューヨークにしかいないんだ。だから…、」

 

アパルーサ・パフスケインは愛玩生物として人気がある。フォルムも小さくて丸くてふわふわで、きっと、多分、彼女も嫌いではないはずだ。……好物は魔法使いの鼻くそだけど。

 

ゴールドスタインさんがドアマンに「第三条のAよ。」と告げる。うん、そんなに繰り返さないでくれないかな。重罪人みたいじゃないか。

 

「ほら。」

 

鋭い目線。もしも彼女がメデューサだったら僕は今頃カッチコッチを通り越して化石になってる。うん、そうだな、ああ、えっと、好きなだけ連呼すればいいよ。その代わりと言ってはなんだけど僕の頭にジャケットでも被せてキミの目から逃がしてくれないかな。

 

「言っとくけど、ニューヨークでは魔法生物の飼育は禁止なの。そのブリーダーは廃業させたわ。」

 

ごめん、ティア。キミへのプレゼントはまた考え直しみたいだ。


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