ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは純血少女。

 

ペラペラと重い本を捲る。開いたことのないそれは見たことのある内容ばかりを綴っていて面白みのない。大釜の中身は腐ったドブ色。こんなのから出来上がるものを口にするなんて鳥肌が立つ。

同じネクタイカラーのペアの人間が混ぜるその手をぼうと眺めながら、ペラリ、教科書を弄ぶ。粗方刻むのも終わって綺麗な机の周りで他の生徒は慌ただしく手を動かしていた。

 

ホグワーツに入学して2年。寮はもちろんスリザリン。帽子には訝しげな顔をされたが、記憶を覗ける訳では無いそれはこの身を走る血の特色を叫んだ。

私の学年にはブラック家を初めとした聖28一族の子供はいなかったからか。マルフォイの家名を持つ私を誰もが持て囃した。猫撫で声ばかりが響く寮生活に私はいつから彼らのベイビーになったのかとうんざりする。

それでも都合よく手足になってくれる彼らを使ってるのだから私も私か。

 

1、2、3、4、5

 

「ストップ。」

 

匙を回すその手を止めて、1度ぐるりと反時計回りに回す。そして、もう一度時計回りに戻して手を離した。

 

「続きどうぞ。」

「え、」

 

戸惑ったようにこちらを見て、恐れるように魔法薬学の教授を窺う彼女を内心鼻で笑う。マルフォイの名を怖がってるのが丸わかりだ。

 

「あ!」

 

しかし、その反応も次の瞬間変わる。魔法薬が完成したのだ。綺麗に澄んだ翡翠色。純度の高いそれは下手すれば教授の見せた見本よりもずっと美しい色をしていた。

歓喜の色を浮かべる女生徒の反応に近くを通りかかっていた教授は鍋を覗き込んで賞賛の声を上げた。

 

「これはお見事!スリザリンに10点!」

 

それににこりと笑って教科書を片付け始める。あとはこれを瓶に詰めて提出するだけだ。それくらい任せてもいいだろう。

 

「凄いわ!さすがティアね!」

 

こそこそ、と興奮を隠し切れない様子で馴れ馴れしく名前を呼ぶ彼女の名前を私は知らない。もちろん、クラップでもゴイルでもないことだけは知ってるけど。

 

彼女に教えたのは“前の”時には当たり前だった調合方法だ。最後に時計回りに5回混ぜ、反時計回りに1回、もう一度時計回りに5回で完成。

それだけで純度がグッと上がるのだから、魔法薬とは不思議なものだ。

そういうのは結構ある。呪文はあんまり変わらないけれど、魔法薬はちょっとした違いが目に付いた。そして、魔法生物飼育学はこの時代まだなかった。

現在、魔法生物は危険視されている。それは何も分からないからだ。人は分からないことを理解しようとするのではなく、遠ざけようとする。理解するためにはそれに近づかなかければならない。言葉が通じない相手に歩み寄るのは危険を伴う場合の方が多いのだから仕方ない事だとも言えた。

 

まあどちらでも良いが。

 

だって私は知ってるのだ。その生き物に対する対処法を、生態を、特徴を。ならば恐れることはない。間違わなければいいのだから。

教室を出た私の視界の隅に小さな緑の影。

 

「ーー」

 

手馴れたように小さく音を口ずさむ。それだけでそれはパタリと動きを止めた。幼い頃よく聞いた魔法族の子守唄だ。マグルと違うのはそこに魔力が宿ること。簡易的な眠りの魔法。私に悪戯しようと付け狙っていたピクシーの寝姿をそっと木の上に移動させる。今日はいい天気だからきっと素敵な昼寝が楽しめるだろう。

 

時代が時代だからか、あの頃より魔法生物を見ることは少ない。きっと人間を警戒しているのだろう。だからなのか、認識しても危害を加えてこない私の反応を面白がって近くを彷徨うそれらには馴れた。適当に相手してやれば彼らも悪いようにはしないと私は知っている。変に突っかかれば大怪我するのはこちらだしね。傷のない腕を無意識に擦る。もう包帯生活は懲り懲りだ。

 

「やあ、ミス・マルフォイ。」

「こんにちは、ダンブルドア“先生”。」

 

知らぬふりですれ違おうとした相手に呼び止められ、眉を寄せた。それを押し隠し振り返るのも馴れたものだ。こんなことに慣れたかった訳では無いが。

“いつか”の校長ににこりと笑う。それに髭の短い口元で笑みを返すその人は若々しい。でもとてもタヌキに思えてしまうのだから、人とは変わらぬものだなと苦い唾を飲み込んだ。

 

「今は授業中では?」

「課題は提出したので一足早く抜けさせてもらいました。読みたい図書があるので。」

 

“前”は禁書になっていた本が今はまだ禁書に指定されていないことがある。そういうものを読んでおくのも悪くない。誰も知らないけれど、禁じられたことをしているようでスリルを感じられる。淑女でいなければいけない私の小さな“悪戯”だ。

 

「ほう!勉強熱心なようで結構、結構!変身術にもその熱心さを出してもらいたいものだ。」

「あら、私としてはとても頑張ってるつもりなのですが…どうも苦手なようで。」

 

貴方が。そう口には出さないが喉の奥で呟く。

 

その煌めく目が嫌いだ。希望を夢見て、どこかで後悔を抱え続けるその目が私を哀れんでいるように思えて。私なんか見捨てて勝手に明日を見続けていればいいものを。善人ぶって差し出してくる手を切り落としたくなる。

 

「そうかい、そうかい。人には向き不向きというものがあるから仕方ないな。」

 

杖を一振。それで抱えた教材の上にポトリと落ちたキャンディは頭の痛くなるような甘い匂いがした。いつか、父が母に内緒でくれたものはこの時代には既にあったらしい。

 

「おお、そうだ。君はスキャマンダーくんを知ってるかな。」

「ああ、あの監督生だった?」

 

確か名前は…テセウス・スキャマンダーだったか。ハンサムで人当たりもよく、成績優秀。“前”のハッフルパフの誰かを思い出す。

顔も思い出せない私にゆるゆると目の前の人は首を振った。

 

「ああ、違う。その弟の、ニュートン・スキャマンダーくんだ。」

 

ニュートン、ニュート…。ああ、あの変人で有名な。

 

「ええ、存じております。」

 

とてもヘタクソな生き方の彼。この時代には珍しい魔法生物保護派であることを隠しもせず、人付き合いが苦手なのか人と顔を合わせない。そのくせ、魔法生物には屈託もないふやけた表情をする変わり者と囁かれるハッフルパフの男。

 

「あー、彼はとてもユニークな頭をしている。話してみるといい。君の見たことの無いものが見えるかもしれない。」

 

何を言ってるんだコイツは。あのタイプは自分の思考に閉じこもるのが好きなのだ。それを外野が邪魔することを酷く嫌う。自分自身の世界で完結してるある種、完成された人間。それをズカズカと荒らしに行けと言うのか。遠回しに空気の読めない貴族として名を落とさせるつもりなのではないかと疑いつつ、引き攣りかけた頬を綺麗に持ち上げ直す。

 

「機会がありましたら。」

 

面倒なタヌキめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リタってほんとよくわかんない。」

「だって普通じゃないもの!」

「そうね、そうね。もしかしたらあの事故…。」

「ああ、あの。」

「そう、あの!あれもセイレーンに弟を捧げて自分が助かったのかもね!」

「わあ、怖いわ!」

「本当に!」

 

内緒話にしては大きく、推理にしては品がない。廊下の曲がり角、聞こえた甲高い声に顔をしかめる。そんな“相応しくない”話をしてるのはどんな蛮族なのかと顔を上げてギトギトなフィッシュアンドチップスを出されたような気分になった。我らが偉大なる魔法使いサラザール・スリザリンが掲げる寮色が見えたからだ。そして、同時に感じた魔力の動きに振り返れば、杖を構える褐色の女生徒。このままでは何の関係もない私の口は綺麗に無くなることだろう。魔法のレベルは違えど、いつかを彷彿とさせる立ち位置におざなりに杖を振るった。

 

「エクスペリアームズ。」

 

飛んできた杖をキャッチする。しっかりとした芯を使ってるいい杖だ。

 

「リタ!」

「またリタなの!?」

 

ザワつく観衆をわらう。何言ってるんだか。彼女は“まだ”何もしていない。杖は私の手の内にあるのだから、それこそ一目で分かるだろうに。彼らは目にインクでも塗りたくってるのか、それとも脳がトロールのものなのだろうか。

 

「ご機嫌麗しゅう、我が思慮深き深緑を纏う先輩方。」

 

1歩、踏み込むように口を開いた。歌うように、それこそ演劇であれば、スポットライトを奪うようなその動きに下劣な攻撃を繰り出そうとした彼らはこちらを睨めつけた。

 

「貴方は関係ないでしょう!」

「残念ながら。私も、貴方方も、彼女も、この緑に属する者。無関係とは周囲は思いますまい。」

「なんなの貴方!」

 

にこり。

 

「ティア・マルフォイ。スリザリン寮2年生。」

 

それだけで押し黙る彼女たちはスリザリン“らしい”。はて、名乗った“だけ”の私に何も言えなくなった彼女達に魔法を放ったのは誰だろうか。

 

「先輩方、小鳥はお好きですか。」

「、え、ええ。」

 

1人がぎこちなく頷くのに鷹揚に相槌を返して、チラリ、見える外を眺める。陽の当たる草上では数羽の小鳥が戯れていた。

 

「まあ!とても可愛らしいですよね!」

 

ピーチクパーチク囀っているそれら。

 

「私は蛇が好きです。寮のシンボルですもの、やはり愛着が湧くというものでしょう?」

 

突然の話題転換に目を白黒させる先輩方は気付いて居ないのだろうな。あの黒く長い優美な姿に。

するり、木の影で光る目はそれらを見ていた。

 

「ああやって、小鳥が元気に戯れる姿は、ああ、本当にとても愛らしい。」

 

黒い影は息を潜めて、擦り寄り、

 

「思わず、」

 

ごくり、一息に丸呑みする。

 

「縊り殺したくなるくらい。」

 

わらう。我が寮らしく、青ざめた肌となった先輩方は先程よりずっと素敵だった。

鳥は蛇の天敵だ。ならば弱いそれは食らって殺して消してしまうのが妥当というところ。

 

「なあ、そう、思うだろ?」

 

きっと私の表情は“私”らしい笑みだった。

 

 

 

 

 

階段を登る。動くそれらには慣れたもので。気分屋なそれを宥めるように手摺を撫でた。

 

「で、どういったご用件で?」

 

振り返ったそこには褐色の鋭い瞳。私より年上のはずなのに、まるで子供が駄々を捏ねる姿に似ていて鬱陶しい。私は子供が苦手なんだ。

 

「余計なことしないで。」

 

はて、余計なこととはなんだろうか。

 

「、はは!」

「何よ。」

 

わらってしまった。だって、なんだ、コイツは。

 

「もしかして、助けたとでも思ってるのか?」

 

私が、お前を?

 

首を傾けて見せれば訝しげにこちらを見る焦茶に片眉を上げる。何を勘違いしてるのだろう、コイツは。

別に誰が虐められようが、蔑まれようが、それにどう仕返ししようが、どうでもいい。ああ、構わないとも、好きにやってくれ。出来たら見世物として面白可笑しくやってくれれば尚良し。どうせなら派手にやってくれたまえ。

コイツがどのような立場の子供だろうと、コイツの弟がどんなだろうと、本当に、本当に、どうでもいい。今日の夕飯のデザートより興味が無い話だ。

ただ、私が気になったのは一つだけ。

 

「リタ・レストレンジ。」

 

レストレンジの、純血の娘。穢れた血を持たぬ、美しきブルーブラッド。

私が知るべきことなどそれだけで十分だ。

 

「この血は尊ばれるべきものだ。」

 

私も、お前も。あのような穢らしい血に蔑まれていい存在などでは無い。あれらはもっと頭を垂れるべきだ。こちらを敬うべきだ。私はお前を助けたのではない。あれらに立場を教えてやっただけ。

お前がどんな罪を犯そうが、お前がどんな人間だろうが、

 

「分かるか?この身は全てが許されるんだよ。」

 

純血こそが全てだ。私はそんな家で産まれた。

 

憎々しげにこちらを見る純血の娘の表情は酷く嫉妬に染まっていた。何故、分からないのだろうか。

 

ーバチンッ

 

瞬間、熱を持った頬に触れる。交差する視線。痺れるようなその感覚に眉を寄せた。手の中から私のものでは無い杖がひったくるように奪われる。走り去っていった黒髪を目で追って、唇を噛んだ。自由に動き回る階段に振り回されながら逃げるその姿は滑稽だ。

それが階下に消えて、見渡せば気まずげに目を逸らす絵画達。それに杖を振って分厚く真っ黒な布を被せてやった。しゃがみ込んだこの姿を見る者はいない。

 

「いたいよぉ、父上ぇ、母上ぇ。」

 

なんで、私が、

 

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