金色に光る目を見つめる。薄く瞳孔の開いたそれは美しい。滑らかな動きで私の腕に巻き付き、その口から鋭い牙を覗かせる。細長い舌が私にそっと意志を伝えた。
「いや、わからん。」
きょとんとする蛇。なんで分からないのと顔が言ってる。いやなんでわかると思ったんだと私は言いたい。
今は放課後。クラブでペチャクチャおしゃべりに洒落込むほど暇ではない私は禁じられた森の近くで“顔見知り”の蛇と伝わらないコミュニケーションをとっていた。
禁じられた森に生徒は近づかない。面白がって近付く生徒は真夜中にない肝を試しにくるものだから、まだ夕日にすらなってない今の時間この辺りは閑散としている。だからこそ、私は来るのだけど。
別に欲しくもない取り巻きが小バエのようにぶんぶんぶんぶんぶんぶん鬱陶しい。そういうとき、ちょっとしたお菓子やら軽食やらをカゴに詰めて、片手には“ちょっとした”本。もちろん、“見た目の割に”入るカゴの底には敷物。直に地面に座るなんて有り得ない!そうして、静かなそこで静かにティータイムに洒落込むのだ。
もちろん必要の部屋という選択肢もあったが、どこぞのタヌキに無い腹を探られても困る。きっとこんな私が必要の部屋に入れば、そこにまず見えるのは大鍋だろう。人間大のタヌキ鍋が出来そうなくらいの大きさの。
そんなこんなで私は一人の時間を過ごしているわけだ。おかげでホグワーツの屋敷しもべに私の好みが知られてしまった。そうそう、アップルパイにシナモンは要らない、わかってるじゃあないか!もしここがクビにされたらマルフォイ家で働くといい。
そして、出会ったのがこの蛇。目玉焼きもプリンも食べないくせにオムレツには目がない変なやつ。
オムレツサンドなる家では決して食べることのないそれで小腹を満たそうと口を開いた時、そいつは現れた。一心にこちらを見る姿に面倒だと抜いた杖には見向きもせず、ひたすらにパンに挟まれた黄色を見ていた。そっとそれを右にやれば顔も右に。左にやれば左に。上…と見せかけて背後にやれば気付いたらそいつも背後にいた。…やるな、お前。
仕方ないと端をちぎって近くに放る。そうすれば一目散にそれに飛びついた。器用に中の黄色だけを選んで。残ったパンが憐れで、杖先で近付ける。避けた。近付ける。避けた。近付ける。避けた。近付ける。跳ねた。…そうか、そこまで食べたくないか。
顔だけはこちらに向いたまま。心做しかキラキラと輝く目で残りのサンドイッチを見つめ続ける。
「…」
ぱかり、パンの間から落とした黄色は地面に着く前にそいつの無駄にでかい口に消えた。ケチャップだけが残る虚しいパンはほんのりと残る温かさだけが救いだった。
次の時はそれから1週間ほど経った時だったか。私は『占い学の始まり〜終わりに向かって〜』を読んでいた。そこにしゅるしゅるとした音が聞こえたのだ。クソほどつまらない文字から顔を上げて見たのはいつかの金色。瞳孔に似合わず丸っこい目が小さく小首を傾げた。
「今日はオムレツじゃないぞ。」
チョコチップスコーンだ。紅茶はアッサム。ひとさじの蜂蜜が入ったこれは絶品だ。
チラリ、カゴに目をやったその仕草は妙に人間臭くて、一瞬アニメーガスを疑ったが、オムレツ以外食べない偏食家のやつが人間になったところでコロコロしてるか、ガリガリかのどちらかしか想像出来なくて脅威を感じなかった。
そして、こちらを静かな動作で見たそいつはそっとその長い尾をこちらに差し出した。まるで人間の手のように。そこにあったのは鈍色の金属。その細い身にはとても重そうで、何となく手を差し出す。落とされたそれは思ったよりも重くなく、どうやらネックレスのようだった。細かい細工が施されたロケットペンダント。この突起を弄れば、知りもしない人間の顔が現れるんだろう。
「拾い物か。」
ああ、そう言えば、今朝寮で女生徒が朝から金切り声で騒いでいたのだったか。隣の部屋でギャンギャンとうるさいものだったから早すぎる朝食を食べることになった。そいつは形見だとかででっかいネックレスをいつも首から下げていた。確か、こんな感じの。手元のそれは考えてみれば、見たこともある気がしてきた。この中にしまわれた写真を暴けば、ハッキリするのだろうが、彼女のそばかすだらけの顔を見る気分ではない。
肩を竦めて、目の前の生き物にそれを押し返した。
「私のものではないな。」
だから落とし主にお前が渡しに行け。
しゅるり、しゅるり、舌を鳴らしたそいつは、つるりとした頭でネックレスをこちらにもう一度押した。なんのつもりだ、コイツ。
「要らん。」
無理矢理、その長い尾に鎖を巻き付けた。締め付けない程度に緩く。持ってきたのだから、持って帰れるだろ。そんな古臭いものより新しい茶葉の方がそそられる。ティーカップに伸ばした手にそいつはまたその金属を押し付けてきた。
「だから要らん。アクセサリーも骨董品も腐るほど家にある。…ああ!要らないって言ってるだろ!?これやるからそれは返してこい!」
その口に押し込んだのはいつかの黄色。ああ…私のオムレツサンド…。今度こそ食べたかったのに…。
こうして、こいつとの交流が始まった。ここで過ごしていればいつの間にか寄ってきて、時には首をその冷たい体で冷やしてきたり、時には本を読む手を邪魔したり、時には私の軽食を丸呑みしたり。おかげでオムレツサンドを食べたことはまだ無い。
「おい!やめろ!服に入るな!そこはお前の巣穴じゃない!」
襟のところをちょろちょろとしたかと思えば、器用に入ってくるそいつをずるり、引きずり出す。尾を掴んで目の前で吊るしあげればあたかもてへっ☆とでも言うように顔を傾ける。きゅるりとした目も相俟って得意ではなかった蛇という生き物が可愛く思い始めたなんて絶対認めない。
じとり、睨んでもそいつは動じない。暴れもしないのだから、まあ、意思疎通は出来ているのだろう。もちろん私はパーセルタングでは無い。あんなのは生まれつき持ってるか、机に齧りつき動物を粘着的に付け回した歴戦のストーカーだけが身に付けることの出来る特殊技能だ。
でもまあ、見ての通り、コイツは表情豊かというか、人間臭いキメラのような存在なので例外。
ぺいっと投げたつもりが開いた手に絡み付き、安全に私の体を伝って降りるコイツに言ってやりたい。私は避難はしごじゃないぞ。
そのままどこかに行く蛇は私の不機嫌に気付いて逃げるつもりなのかとその身を睨んでいれば、またそこからひょこりと姿を現した。何かを引きずってきたことからして、どうやら貢物でもしてご機嫌取りしようという考えらしい。
賢いコイツは時折何かを持ってくる。それは年代物の古書だったり、古臭いブローチだったり、安直な金貨だったり。それを差し出してくる。何がしたいのかわからん。でも私はマルフォイ家の子女だ。そんなものいくらでも手に入るし、そもそももう既に持ってる。だから要らないと言えば、コイツは何故か嬉しそうにそれをもってどこかに行くのだ。それが持ち主の元に帰ったのか、コイツの巣穴に持ち帰られたのかは知らん。
さて、今回はどんなガラクタを拾ってきたのかと見れば、そこには枝。
「は?」
枝。
「は?」
つ…枝。
「…」
否、認めよう。杖だ。比較的新しいだろう杖。どうやら杖を蛇に拾われたマヌケがこの学校にはいるらしい。
杖とは魔法使いの最も重要な道具であると同時に利き腕だ。奪われても全く魔法が使えないわけでないが足でカトラリーを扱うようなもの。闇の防衛術でまず初めに学ぶのが杖を奪う術だと言えば、どれほど大切か分かるだろう。
「あ!あったー!!!!!!」
どうやら、腕なしの間抜けな魔法使いが私の平穏を邪魔しに来たようだ。
そっと蛇から杖を受け取り、顔を上げる。そこにはゼーハーと寧ろそちらの方が疲れるのではないか?と思うような深呼吸を繰り返す男がいた。顔を伏せてもそのローブが穴熊寮の無害だと記している。
ハッフルパフらしいノロマさでもって、そろり、上げた顔には見覚えがあった。と言っても親しいわけでは決してない。とある不快な会話でもって上がった人物、というだけだ。そうでなければ、直ぐになど思い至らなかったであろう。
「え、えーと。」
きょときょと、視線をうろちょろさせるそいつは明らかに言いたいことがあるはずなのに言葉にしない。周りにはいなかったタイプだ。
「その、えっと、ね?」
「どうぞ。」
「え!」
杖の持ち手を相手に向けた。取ればいいのに、何故か1度引っ込めた手で恐る恐る杖を握る。初めてマンドレイクに手を伸ばす反応に似ていた。触った途端私が癇癪を起こすとでも思われているのか。
引っ張られた杖をそのままにするり、離す。はい、これで用事も終わったことだろう。杖が無事に戻ってきて良かったな。そんな気持ちで本に目を戻す。やっぱり面白くない。
「、あの!」
まだ居たのか。寄った眉間を無理矢理平らにしてそちらに目を向ける。胡乱な色を宿してしまったのは見なかったことにして欲しい。
視線を行ったり来たり。髪を撫で付けたり、杖を意味もなく摩ったり、それに意味はあるのだろうか。
「何か?」
「え、えーと、その、」
ぐるり、首を回して、下を向く。そして、その顔がパッと上がった。目の色は碧。緑ではない。
「彼!君の友達!?」
…彼?男が指さした先には1匹の蛇。ふてぶてしくもカゴの中に頭を突っ込んでいる。おい、またオムレツだけ食べただろう。
「…さあ、どうでしょう。」
友達、友達…友達?言葉も通じないコイツが?ツンとその額をつつけば擦り寄ってくるコイツが私の友達だと?
「じゃあ、名前は?」
「ヴァシー。」
以前、何となく付けた名前はするりと口から零れる。
「うん、いい名前だね。友達にこんな素敵な名前が貰えるなんて彼も喜んでるよ、きっと。」
何故、この男が安堵するのだろう。酷く嬉しそうな様子がむず痒くて目を逸らした。
沈黙。
「あー、あの、さ。」
言いづらそうに硬い声は立ち去らない。まだ何かあるのか。
「はい。如何しましたか?」
「そ、それ!」
「…はい?」
今度は私を指さしてくる。折ってやろうか。
「それ、その、言葉遣い?やめて欲しい…みたいな…。」
何言ってるんだ、コイツ。胸の前で何かを捏ねくり回すようにモゾモゾと動かす。ちらちらと向く視線は何を伝えたいんだか。
「私は貴方とそこまで親しいとは言い難いと思いますが。」
「え!?あ、そういうんじゃなくて!なんていうか、その、違和感が凄いっていうか、なんか、えっと、その…そう!」
歯の奥に挟まったものが取れたようなスッキリした顔でそいつは私を見た。きらきらとした目で。
「厳ついドラゴンがみゃおみゃお可愛らしく鳴いてる感じ!!」
これは喧嘩を売られてるのだろうか。
「いや!そのミス・マルフォイが厳ついとか可愛子ぶってるとか言ってる訳じゃないよ!?君のその容姿は綺麗だしヴィーラみたいに整ってると思う!だから、違う。そう、えっと、そんなことが言いたいんじゃなくて、その…普通に話せばいいと、思うんだ。僕みたいなやつに気を張ってるのは勿体ないし…。」
首元にやった手を落ち着きなく動かして、先程の勢いはどこに行ったのか、小さく縮こまる姿は捕食者を前にしたハリネズミみたいだ。
「別に気を張ってる訳じゃない。」
「え!あ、そうだよね、余計なお世話だよね、ごめん。」
「…そっちの方がゴチャゴチャ言われなくて楽なんだよ。そんなこともわかんないのか?これだから頭の回転の遅いウスノロは。」
「…う…そこ、まで…言わなくても…。」
「お前が良いと言ったんだろ?自分の言ったことにくらい責任を持てよ、先輩。」
トントン、自身の隣を叩いた。
「遠慮、しなくていいんだろ?なあ?」
重さだけのつまらない本よりよっぽどいい退屈しのぎになりそうだ。