ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは先駆者。

 

「マルフォイのお姫様見たか!?」

 

僕が3年生に上がったとき、彼女はこのホグワーツ魔法魔術学校に入学してきた。周りの子はソワソワ落ち着きなく天井を見上げてパッカリ口を開けてるのに、1人だけキュッと口を引き結んでつまらなそうにしてた。

やっぱり人間なのに、人間じゃないみたいで。魔法生物みたいな彼女をみんなが見てた。そうだよね、一目で特別だってわかっちゃう子。初めて見た時からなんも変わってないんだから、本当はシルキーだって言われても納得してしまいそうだ。

 

新入生が全員大広間に入ったのを確認すると先生は静かにスツールの上に帽子を置いた。3年ほど前に僕も被った帽子だ。ボロボロのそれはちょっと埃臭かったのを覚えてる。一体何人の人間が被ってきたのだろう。そんな考えを遮るように古びた帽子は歌い始めた。見た目に似合わぬ張りのある歌声だ。

 

 

 

 

 

ー私はきれいじゃないけれど

人は見かけによらぬもの

私をしのぐ賢い帽子

あるなら私は身を引こう

山高帽子は真っ黒だ

シルクハットはすらりと高い

 

私はホグワーツ組み分け帽子

私は彼らの上をいく

君の頭に隠れたものを

組み分け帽子はお見通し

かぶれば君に教えよう

君が行くべき寮の名を

 

グリフィンドールに行くならば

勇気のある者が住まう寮

勇猛果敢な騎士道で

他とは違うグリフィンドール

 

ハッフルパフに行くならば

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない

 

古く賢きレイブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

ここで必ず得るだろう

 

スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る

どんな手段を使っても

目的遂げる狡猾さ

 

かぶってごらん! 恐れずに!

興奮せずに、お任せを!

君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

だって私は考える帽子!

 

 

 

 

 

おー見事な歌だった。大きな拍手に囲まれながら、ぱちぱちと乾いた拍手をする。早く終わって欲しい。新入生の組み分けにも豪華な食事にも興味がないのだ。それより行きたいところがいくらでもあるのに。

そして、お待ちかね、組分けだ。次々呼ばれる初々しい彼らは帽子を被るか被らないかの辺りで高らかに叫ばれた寮に駆けていく。時折完全に被る生徒もいたが、きっと適性があり過ぎる天才か、箸にも棒にもかからない性質かのどちらかだろう。毎度思うが、どうしてこうも綺麗に生徒を四分出来るのだろうか。年によっては全員ハッフルパフ(癖がない)とかそういうこともありそうなのに、聞く限りではそういうこともなさそうである。もしや入学証明書が届けられてる時点である程度分けられてるとか?ホグワーツのブラックボックスに思考が飛びかけたとき、聞こえた名前に瞬きをした。ほんの少しあったはずの喧騒が完全に消え去る。もう殆ど分かりきったはずの組み分けにも関わらず、大きな緊張と少しの期待を持って、その少女を見ていた。

 

「マルフォイ・ティア!」

 

なめらかな動作で人波を掻き分けた彼女は淑やかな仕草でスツールに腰掛ける。それだけで平凡な木のスツールがショーウィンドウのインテリアに早変わりだ。

そして、そっと帽子が近付けられて、置かれた。彼女は微動だにしない。あるかないかもハッキリしない帽子の顔は訝しげに口をへの字に曲げ、悩むように目を寄せた。数秒、

 

「スリザリン!!!」

 

至極当然というような歓迎と的外れな落胆。とんがり帽子の長考に湧きかけた微かな期待はふっと吹き消された。まあ、マルフォイ家の直系がスリザリン以外なわけないよね。綺麗な子だとソワソワしてたルームメイトもガックリと落胆してる。特にハッフルパフなんて来るわけないと思うよ。

 

慣れたように迷うことなくスリザリンに向かった彼女は促されるまま空いた席に腰を落ち着けた。有力貴族達が集まるど真ん中だ。そして丁度僕の後ろ。僕がここにいる理由?動物の世話をしていて席選びに出遅れたからだ。みんな、怖い人達には近付きたくないってこと。

 

静かに溜息を垂れ流して。目の前の現れたチキンを鷲掴む。うん、まあまあ。パサつく口内をゴブレットを傾けて潤した。

後ろからは不自然なくらい話し声以外聞こえない。生まれた時から羽根ペンみたいに持たされてきたカトラリーを彼らは手足のように器用に扱えるらしい。

 

「ミス、マルフォイは組み分けに時間がかかってたけど何を話してたの?」

「君は誰だと聞かれたわ。」

 

何故か、その問いと応えはよく聞こえた。ちょっと嫌味な質問に思えた。本当に貴方はスリザリンに相応しいの、と疑ってるような。

 

「だから私は言ったの。私はティア・マルフォイよ。この身に流れる真っ赤な血が分からないなんて、貴方、犬以下ねって。ふふ、冗談よ。少し、先祖のことを聞いたわ。代々スリザリンなんですって。当たり前よね。」

 

思わず、顔を顰めた。チョコレート味だと思って食べたら鼻くそ味だった時のような不快感。別にその言い草が嫌だったのではない。その傲慢なまでの言葉は誇り高さとも思えたから。寧ろあの襤褸を生きてるように“貴方”と扱った方が意外だった。だってあんなヘンテコな帽子、魔法族の子供でも滅多に見たことない。それなのに話しかけようなんて“変わってる”。違う、そうじゃなくて、僕は、ただ、後に続いた取り繕うような言葉達が気持ち悪かったのだ。自身の性質を誤魔化すような淑やかな笑い方。ぬいぐるみの口で無理矢理笑みを作ってヘタクソに縫いつけたような歪さ。

 

きみはそのままがいちばんうつくしいのに。

 

「古いだけの帽子でも私がわからなかったみたい。」

 

何故かその言葉が耳の奥に遺った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミス・マルフォイはよく人に囲まれていた。よく、1人でいた。よく、笑っていた。

 

「あっ、」

 

思わず漏れ出た声を手で抑える。多分、全く押し留められてない。1人歩く彼女の後ろ姿に呼吸を止める。ミス・マルフォイのローブの中、その見事な金糸の隙間、そこで深く呼吸する何かを見つけた。

 

「スニジェット…。」

 

呑気にすぴすぴと寝息をたてる丸々としたそれ。君、本当に絶滅危惧種?と聞きたくなるような無防備さで居心地良さそうにフードを寝床にしている。

ミス・マルフォイはそんなもの知らないと颯爽と歩いてるが、恐らく、多分、絶対気付いてる。だって偶に寝相なのか黄色いもふもふがその華奢な背中に頭突きしてるもの!その度に鬱陶しそうに髪を払ってるもの!

 

こういう光景は時折見かける。よくよく見なければ分からないがミス・マルフォイの近くを魔法生物が彷徨っているのだ。なんで、彼女に近付くのか、僕はわかる気がした。

魔法族はみんな魔法生物を嫌がる。それか、利用しようとする。偶にいる保護しようって考え方の人はみんな彼らを哀れんでいるのだ。彼らはそんなに弱くはないのに。

彼女は良くも悪くも関心を寄せない。だから能動的になんて決して危害を加えてこないし、受動的に反応することも無い。居ないものみたいにそのまま行動する。宛ら彼女は木みたいだ。誰がいてもいなくても変わらない。だからこそ、安心する。

 

彼女の金糸の間でオレンジ色が瞬いた。くあり、欠伸をするみたいに嘴を動かして小さな翼でクシクシと顔を拭う。そして、お礼を言うみたいに首筋に懐いて、ころり、落ちるみたいにローブを抜け出した。さり気ない動作で自然に。誰も絶滅危惧種が高貴な彼女から飛び立ったなんて気付いてない。

彼女も彼女で歩みを止めることも、振り返ることもせず庭を突っ切って行く。次は占い学の授業なのだろう。隔離されるように建つ塔をちらりと見上げた。

 

その顔が仕方ないな、と言ってるのように見えたのは僕の都合のいい思考のせいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして1年とちょっと。人気者で、孤高で、憧憬の彼女と変わり者と囁かれる僕が話す機会なんてありはしない。これからもきっとないだろうし。いつかの邂逅も忘れられているだろう。

 

そう思ってた。

 

それがどうしてこうなったのだろう。

 

「おい、聞いてるのか。」

「え、あ、うん。」

「…お前は聞いてなかったことも覚えてられない阿呆なのか?それとも何も耳に入らないことが普通なのか?そんな耳なら杭で穴を開けた方がいいんじゃないか。」

 

即死呪文より鋭い言葉を僕に突き刺す彼女の手にはキャラメルナッツクッキー。言葉は刺々しいのに、甘いものが好きなのか表情は柔らかだ。見た目は優雅にティータイムを楽しむ彼女と隅に座った僕の間には焼き菓子が入ったカゴ。ご自由に、と置かれ独り占めされることのないそれが器の違いを表していた。

 

あの日、僕のいつも通りイライラさせる言葉達はどうやら彼女の本心を刺激したらしい。それから皮肉げな顔と共に贈られる毒を拒否できたことは無い。ただ予想に反していたのは、決して彼女は怒った訳では無いことだ。のろのろと踏み込んでしまった僕にイラつき癇癪を起こされても仕方なかっただろうに。なにが面白かったのか、彼女は僕を否定することなく(ある意味全否定されているが)、こうしておしゃべり(ほぼ一方的な)をする仲になっていた。貴族の娘らしいロシアンブルーは破り捨てられ、現れたスウェーデン・ショート・スナウト種は迂闊に近寄った僕をおもちゃで遊ぶように爪先で転がす。本人はじゃれているつもりなのだろうが、こちらとしては致命傷張りの口撃を放ってくることが最近の僕の小さな悩みだ。

 

しかし、彼女は嫌味なだけの人間ではない。彼女の放つ他人にとっての嫌味は、彼女にとっては軽口と同義なのだ。パーソナルスペースがクディッチのスタジオ並に広い彼女は本心を語ることは滅多にない。よってその人物に対する心象など話すわけが無いのだ。だって、その人がどう見られようと、逆にその人にどう思われようとどうでもいいのだから、言わない方が面倒は少ない。

 

愛らしい口から飛び出す罵詈雑言。それはニヒリスティックな彼女の飾らぬ本心とも言えて、僕は嫌ではなかった。変に言葉を飾り立てる人間よりよっぽど素直で好ましく思えたからだ。僕がどうしようと、どう思おうと関係ないと振る舞うその生き方は酷く動物的だった。

 

「…これ。」

「え?」

「やる。」

 

そう言って差し出されたのはハナハッカ・エキス。光に透かしたその色は酷く美しくて、見た目だけで素晴らしい出来だと伝えていた。

 

「今日の課題だ。ペアのやつがあんまりにも酷い手際だったから殆ど私が作る羽目になった。あいつの教科書は古代文字でも書いてあるのか?八割方違うことをやってたぞ。」

 

彼女が魔法薬学の天才なのは知ってた。ホグワーツでは暴れ柳の荒ぶりくらい有名な話だ。教授より素晴らしいものを作るとか、教授でも知らないアレンジで最高のものにするとか。教授以上に出来る生徒なんて人によってはやっかまれるのに、彼女の対応が上手いのか、教授の性質なのか、寧ろとても気に入られていて。将来的には私の助手に!なんて熱心に誘われてるらしい。彼女自身もそのしつこさに時折顔を顰めて「蛇にテディベアとして生きろだなんてバカバカしい!」と唾を吐いていた。いや実際にはお淑やかに(?)舌打ちしただけだったが。それに君は決して蛇なんて可愛らしい存在ではない。

まあ、つまり、このハナハッカ・エキスは類を見ないくらい素晴らしい傷薬ってこと!

 

「え、でも、悪いよ!」

 

低学年で習う魔法薬だとしてもこんないい出来ならきっと皆欲しがるだろうし。念の為に彼女自身が持っておくのだっていいだろう。魔法薬っていうのは何も一瞬で出来るわけじゃないんだから。

そりゃあ、魔法生物の世話を趣味としてる僕としてはこれはありがたい。杖を向けられるのを嫌がる子には魔法薬で対応するから治療薬っていうのはいくらあってもいい。それにここまでの良品は僕じゃ作れないから。教授や保険医に頼んでもいいけどやっぱり使う先が魔法生物ってところがいい顔はされないのだ。

 

「ふんっ。この程度いくらだって出来る。そもそもお前は私をエピスキーさえ唱えられない赤子だとも思っているのか?」

「そ!そういうわけじゃない…けど…。」

 

ちゃぷり、慌てた僕の手元で液体が揺れる。そんな荒々しい扱いはダメだと直ぐに両手で小瓶を包んだ。

その細い手が重い本を開く。彼女は性格に似合わず読書は雑食派だ。愛と希望を歌う物語から小難しい論文、信じようなんて気も起きぬほどスピリチュアルな話だって暇そうに手繰る。その伏せられた目を飾る金を見ながら、そっと囁いた。

 

「えっと…その、ありがとう。」

 

ごにょごにょとした言い方はきっと人をイラつかせる原因の一つだ。それでも彼女はチラリ僕を見てまた顔を本に戻した。

 

「ん。」

 

そのツンと立った鼻筋の先で口端が小さく上がったのを目に焼き付けて。

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