ティア・マルフォイは過去の人   作:祕(himeru)

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ティア・マルフォイは雨に乞い。

 

分かっていた。こんな日が来ることを。私は所詮、“ティア・マルフォイ”だから。

真っ黒な梟。毛並みの整えられたそれに舌打ちして睨みつければ、そんなことは知らぬと優雅に羽を繕った。ふてぶてしいその態度は誰から学んだのか。

そいつから受け取った内容の割にしっかりと手紙の形をしたそれ。こんな短い文章ならば、それこそメッセージカードで充分だったように。九割白紙の時代に合わせた厚紙は手の内でくしゃりとゴミになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、ミス・マルフォイ。今日このあとどう?」

「ごめんなさい、ミスター。週末でもないのにホグズミードにでも行く気?」

「それはまた次の機会!今日はもっといい所に連れてくよ。…僕の秘密の場所。」

 

耳元で囁かれた声にぞわりと泡立った肌をなだめすかして、にこり、笑った。教科書を抱き込む手には青筋が立っている。

 

「校長にも見つからない場所だったらお受けするわ。例えば、そう禁じられた森とかいかが。」

 

小首を傾げた私に男は目を泳がせて、退散した。その先で仲間らしい奴らに肩を叩かれている。何が惜しかっただ。何も掠りもしてない惜しいがあるもんか。

禁じられた森は野放しと言っても過言ではない魔法生物が彷徨う場所だから、禁じられなくても今の時代の生徒は滅多に近付かない。しかもデートでそんな所に行こうとするなんて嫌がらせか脈ナシ、それか脳みその代わりにトフィーでも詰まった頭の持ち主だけだろう。

 

「彼、格好良かったのにいいの?」

「クディッチのシーカーでしょ!」

「勿体ない!!」

 

ワチャワチャと周りで煩い奴らの口をヘタクソに糸で縫い付けてやりたいのを我慢するなんて、私はなんて忍耐力があるんだろう!そんなにあのオークが魅力的に見えたならその無駄に空けた胸元にでも手を突っ込ませてやれ。勿体ない?寧ろあいつが私に釣り合うわけがないだろ!

最近、こういうことが多い。イライラして、思考がまとまらない。私は暇じゃないのに!

 

「クディッチより、かぼちゃジュースの方がもっとずっと素敵だわ。」

 

頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

最近、ティータイムの過ごし方を変えた。必要の部屋や秘密の部屋ほどでは無い。仕掛けのないちょっと行きづらいだけの扉さえ見つければ誰でも入れる普通の部屋。私の家にもあるかもしれないが入ったことのないここは話に聞く“屋根裏部屋”程度の広さしか無かった。

窓が1つあるだけのそこで具なしのサンドイッチを食む。喉元を中々通らないそれを男の飲み物とか言われるコーヒーで流した。くだらない。

腰元ではぐるり、ベルトの代わりに居座る蛇が黄色を貪る。私のサンドイッチの中身はコイツの細い体に消えていった。

外はいい天気だ。昨日も一昨日も1週間前だっていい天気。きっとこんな日に木陰で過ごしたら気持ちいいのだろう。証拠に窓の外では見覚えのある赤茶色がウロウロしてる。“何か”を探してるみたいだ。

 

「馬鹿め。」

 

雨が降ればいい。外に出ようなんて思わない位の雨。湿気の残る部屋で体を小さく丸めた。ここは居心地がいい。地下にある寮に少し、似ている。“前”の7年で太陽が苦手になった私には丁度いい日差しだ。

 

「お前もそう、思うだろう?」

 

つるりとした頭を撫でれば、しゅるしゅると舌を鳴らすそいつを愛でた。野生だったコイツは私があの場所に行かなくなった数日後に現れた。放しても懲りずにベッドの下に潜り込む細身に諦めてそっと連れ歩くようになったのは最近のこと。同室のやつはよっぽど鈍いのか部屋に潜む蛇に気付かないため、頭の痛くなるような悲鳴は未だ聞いたことはない。これからも聞くことはないことを祈るばかりだ。

外を見る。赤茶色はもう居ない。代わりにここ数日執拗い男共がふざけ合いながら通り抜けていった。気取ったようにローブを翻す彼らの色は緑。どいつもこいつも家名ばかりの品のない奴らだ。

 

「降れ。」

 

睨んだ空には雲ひとつない。

 

「降れ。」

 

信じてもない占い学の占い結果は晴れのち晴れ。

 

「降れ。」

 

去年の今頃も確か照りつける太陽にウンザリしてた。

 

「降っちまえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その蛇、アンタのペット?」

「さあ?」

「それ、何食べてるの。」

「オムレツ。」

「…はあ?」

 

どうやら、私の居場所はいつも誰かに侵される運命にあるらしい。いつかのビンタ女は私と同じように膝を抱えて、今日は首を食事所にしたらしい爬虫類を観察していた。

 

この褐色の肌に汗を滲ませながら、ここに飛び込んで来たのは数時間前。潜めるような息は私を見つけた途端、大きく飲み込まれたのが分かった。睨みつける目を無視して、外を眺める。放り出した腕はそのままだ。警戒してるその焦げ茶に言ってやりたい。先客は私だぞ、と。

でもそんな一言すら面倒で、カップに注いだ黒を啜る。冷めたそれは嫌な苦味を残して喉を滑り落ちた。

 

「何、してるの。」

 

そっと、絞り出す様な声だった。ちらり、そちらを見て、またコーヒーを嚥下する。湿らした口で小さく言葉を吐いた。

 

「シュガータイム。休憩中よ。」

「それコーヒー?美味しい?」

「人による。苦いわ。」

「何それ、美味しくなさそう。」

「美味しいんじゃない。」

「嘘つき。」

 

1歩、2歩、警戒するように目を逸らさないまま、こちらに近寄る。その刺すような目線は見なくたって分かった。無駄な疑心だ。お前に構ってるほど暇じゃないし、そこまでの興味もない。

ストン、目の前に座る。褐色の手は杖を握ったままだ。またコイツは奪われたいのか?

 

「これは?」

「サンドイッチ。」

「中身は?」

「デザートのフルーツサンド。軽食は少し前までオムレツサンドがあった。今あるのはこの具なしサンドだけ。」

 

ひらひら手元のライ麦パンを揺らしてちぎり食べる。トマトソースの味と、よく、それはもうよく味わえば卵の味が微かにする気がした。

 

「なんでこんなところにいるの。」

「なんで君は逃げてきたのかしら。」

「…質問に質問で返さないで。」

「あら私は先生じゃないわ。なんでも質問に答えると思わないで。」

「っ!、…。」

 

瞬間、女が苛立ったのが分かったが、それもすぐさま鎮火する。何故かは知らない。知りたいとも思っていない。

 

「…聞いていい?」

「内容によるわ。」

「オーケイ、聞くわ。」

 

潜められたその質問は、ここ数日騒がしくなった周囲から聞いたことのないもので。笑ってしまった。なんだ、いじめられっ子の彼女でも知ってたのか。誰から聞いたんだか。この調子では知らない人間など、このホグワーツにいないかもしれない。嬉しくもない「おめでとう」をあと何度聞けばいいのだろう。

不安がるような、期待するような、諦めたようなその目が私の答えを待つ。だから私は言ってやった。残念、

 

「お前に言う義理はないな。」

 

釣り上げられた茶色にははっきりと安堵が浮かんでいた。貴族の娘ならもっと隠せよ。呆れながら、不味い黒を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の呪いが通じたのか、外は今にも雨が降りそうな厚い雲がかかっていた。まあ、降り“そう”であって、降ってはいないのだが。しかし、雨の気配があることは変わらない。重々しく感じるそれに自然と人々は自身の巣に帰った。

そんな中で出歩く私と、目の前からやってくる怪しげなアイツ。こそこそとローブとひょろりとした腕で何かを隠すような動き。ある程度高い常から猫背気味の背中を更に丸めるその姿は正に不審者だ。ホグワーツは外からの侵入者には素晴らしいセキュリティを発揮するが内から怪しいヤツが発生した場合はどうすればいいんだ。

 

「や、やあ…。」

「…。」

 

私の訝しげな目に耐えかねたのか、上げた手はチラリ、私が少し窺えた腕の中に視線を移したことによって素早く元の位置に戻った。ローブの前をかき集めて更に陰気な姿勢をダンゴムシのように丸める。本人はさり気ないつもりかもしれないが、バレバレだ。

 

「それは?」

「…!」

「…おい、口すら失くなったのか?なら私から見えているその具合の悪そうな青紫は飾りか?飾りなら飾りらしく綺麗に私が塗り替えてやろう。色は赤でいいな。ちょうどここにタバスコがある。」

「い!いい!!」

 

ブンブンと振られる首はそのまま吹っ飛んでいきそうな勢いだ。持ち主がこんなやつだったばかりに酷使されて可哀想に。

視線をちょろちょろと動かしたあと、足早に私に身を寄せた。性格の割に1歩はでかい。

 

「これ、その、やばい子とかじゃなくて、危険性もない!…ほとんど。水辺で弱ってて、湖に還すだけじゃダメで、えと、このままじゃ死んじゃうんだ!だから、えっと、その…。」

 

興奮したように詰め寄ってきたかと思えば、自信なさげに1歩下がる。しかし、バッと上げられた瞳はキラキラと輝いていた。

 

「危なくないんだ!!」

 

強い輝きに押されて、1つ、頷いた。それだけでホッと息を吐く彼の後ろから足音。怯えたように肩を竦めたソイツには先程の威勢はない。…呆れた。

 

「え、」

「来い。」

 

黄色のネクタイを掴んでリードのように引っ張る。苦しそうにもがきながらも着いてくるその姿は従順だ。曲がって人1人通れる隙間にその身を押し込む。

 

「え、えっ。」

「シッ!シ、シ、シ、シー…。」

「…。」

「奥、扉あるでしょう。開けて。」

 

黙ったまま首振り人形のように何度も相槌を打った体が更に奥に向かう。そして、潜り込んだ先で小さく溜息を吐いた。何でこんなやつ助けてるんだか…。

狭い入口で止まるその体を押して扉に身を預けた。場所があるのに身を寄せ合う意味が無い。

 

「その、最近、見なかったけど…ここにいたの。」

「ふんっ、私がどこにいようと関係ないだろ。」

「そう…だけど…。」

 

ソイツが抱き締めたものをゆっくりと置いた。そこで息するのは小さな命。水魔の幼体だ。

 

「水魔か。」

「うん、グリンデロー。凄く…弱ってるんだ。」

 

ガラス越しに撫でる手は柔らかで。思わず顔を顰めた。湧き上がった澱みにここでは息苦しいことに気付いて、扉の取手に手をかけた。

 

「ここは好きに使え。偶に野良猫が紛れ込んでくるが、どうせソイツは友達なんて居ないし。話を聞くやつも居ない。お前が何を世話しようと大事にはならんだろうさ。」

「待って!」

 

吐き捨てるように去ろうとした私の背中に声がかかる。こんな時ばかりハッキリとした低音に喉がムカムカとした。

 

「あの…その…」

 

その先を聞きたくないと思った。コイツは鈍いようで鋭い。

 

「なんか…あった…?」

「関係ないって言ってるだろ!!」

 

慣れた動作で開いた木製の扉は少し軋んだ音がした。それを無視して、走り出す。後からあわてたような足音が聞こえるが無視だ。

外は雨が降っていた。

 

「ねえ!」

 

庭先に出れば一瞬で濡れ鼠。顔に張り付く髪が鬱陶しい。

 

「待って!」

 

雨が地面を刺して、足音をかき消す。こんな天気の中、外にいる人間がいるなんて誰も思わない。

 

「待ってよ!」

 

腕を掴まれた。

 

「待ってってば!!」

 

振り払う。勢いが良すぎて足を滑らした。無様だ。

 

「あっ、ごめん、その、」

「ああ、そうさ。」

 

ぐちゃぐちゃの土を掴む。爪の間を黒く染めた。

 

「当たり前だろ。」

 

思い出すのは、あの土色の瞳。その口は私に“殺意”の有無を訊ねた。

 

「憎いに決まってるだろ!!!!」

 

「死ねよ!死ね!」

 

「私から愛を奪ったくせに!」

 

「なんで生まれてきた!」

 

「どうして私じゃダメなんだ!」

 

「私は還りたいだけなのに…!」

 

「お前らが私を必要ないことなんて知ってる!!」

 

「私だってお前らなんか要らない!!!」

 

「要らないんだよ!」

 

ガラガラの声で叫ぶ。喉から少し血の味がした。後ろの気配は身じろがない。早くいなくなってしまえ。

 

「弟が、生まれた。元々なかった私の立場なんて、更に降格だ。しかも今まで散々優秀だと褒めそやしてきたくせに今度は疎ましく思ってるのが丸わかり。何が邪魔するな、だ。跡取りが木偶の坊だったとしても自業自得だろ。そうならないように洗脳でもなんでも今から始めればいい。私はそんなことどうでもいいから。お前らの方こそ邪魔しなければ、それで…。」

 

口が止まらなかった。こんなこと、それこそこいつには関係ない。なのに、頭の中から言葉が零れていく。

 

「そうさ、そうとも。死ねばいい。両親も、使用人も、分家も、弟も、みんなみんな死ねばいい!」

 

でも、そんなことになったら父上も、母上も、いなくなっちゃう…。

滑稽な姿で頭を伏せる。こんな私が1番愚かだ。

 

「マルフォイの娘はこんな醜いやつさ。わらえるだろ。」

 

無理矢理上げた口角が震えた。

 

「わらえ。」

 

背後の存在は動かない。ガーゴイルみたいだ。

 

「わらえ。」

 

本当に石になってしまえばいいのに。私がバジリスクだったら真っ先にコイツを見てる。

 

「わらえ。」

 

息が苦しい。

 

「嗤えよ!!!!」

 

制服も髪も顔もぐちゃぐちゃだ。誰から見てもきっと憐れで、こんな私が1番嫌い。

 

「わらわないよ。」

 

べちゃり、視界の隅に黄色が踊る。髪の隙間から仰向けに倒れ込む変人が見えた。

 

「わらえないよ。だってわらうようなこと何一つだってないじゃないか。天気は最悪だし。まだ宿題だって手をつけてない。今日は普通の日だから夕食も期待出来ないし。明日の替えの制服は持ってない。そのくせ、明日はレポートの提出日!ほら、わらえない。」

 

決して赤茶色がこちらを見ることはなかった。

 

「笑えないよ。」

 

呼吸が、しづらい。

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