戦争の結果は知っていた。勝敗が決まってる勝負ほどつまらないものはない。イカサマゲームより見応えのないものだ。これに次があると知ってれば、尚のこと。
「椅子取りゲームは一時休戦か。」
マグルのラジオ、新聞。どれをとっても戦争の終わりを喜ぶ内容ばかり。
お前らが勝手に始めたものなのにな。
魔法使い達も一息ついて、またマグルとの境界線を引き直した。私たちとあれらの生きる世界は違うのだ。そこに無枠にも首を突っ込んだのはどちらか。
日刊予言者新聞が一人の男をトップに据える。戦争の英雄、テセウス・スキャマンダーだ。さすが、英雄様。きらびやかなことだ。
―謎に包まれた薬学の天才、ティア・マルフォイに迫る!
写真もない私の記事とは大違い。
「まあ、こんな低俗なもの断ったのは私だが。」
私は安くないんだよ。不意打ちならもっと上手くやるんだな。
偵察魔法のかかった蝿をヴァシーがぱくりと飲み込んだ。次の記事は蛇の胃、大探検!なんてどうだ?
魔法省は嫌いだ。どこもかしこも古臭くて埃まみれ。そんなことにも気付かないいつ崩れ落ちるともわからない立場に縋り付く一部とそれの顔色を窺う一部、残りはかけても補充される歯車として壊れかけの機械音を鳴らす不良品の巣窟だ。
私は戦争後、個人的なラボを与えられた。次期局長を断った私をこの部署に縛るための手だろう。あまり意味はなしてないが。
歩けば、振り返った奴らがあからさまに欲に目を眩ませる。声をかけようとして、勝手に牽制し合ってるのが滑稽だ。どうでもいいことだが。私から声をかける?そんなことがあるわけないだろ。勝手に足を引っ張りあって無様に転び私の前から消えてくれ。
原因は、恐らく、最近出版した魔法薬学書だ。戦争で使った治療の上で必要な鎮静や治癒力促進、もちろん治療薬まで材料と作り方、効果を事細かに書いた。材料に関しては一つ一つどのような効果を齎すかまで書いてやったのだからきっと猿でも理解出来るものになったはずだ。
毒薬や強力な睡眠薬、拷問に用いられるようなものには一切触れなかった。そんなの世間に出せば、戦後まもない今、もう一度燻る火種にインセンディオするようなものだ。私は私自身を燃やすようなマゾヒストではない。
とはいえ、そんな穏やかながら、魔法薬を数歩進めた魔女のレシピだ。誰もが、絶賛し、手に取った。近々ホグワーツの教科書に採用する予定らしい。光栄なことだ。
しかし、馬鹿はどこにでもいるらしく私に直接話を聞きたいと猿が列をなしているのが現状だ。またはこの知識、そしてこの血を取り込みたいがための接近。こちらは頭だけでなく、性欲まで猿らしいのだから、呆れて何も言えない。
「おお!麗しきレディ・マルフォイ!」
「レディはバッドガイがお呼びじゃないんだ。学生からやり直してこい。」
「ハイ!ミス・マルフォイ!今日も君はセイレーンのように美しい!」
「ならそのまま海に沈んでくれ。子供からやり直してこい。」
「おお、なんと可憐な方だ。君のためなら世界だって捧げるよ。」
「ならまずはお前が視界に入らない世界を寄越せ。母胎からやり直してこい。」
「頼む!一晩だけでいいんだ!君とセッ」
「前世から、いややっぱりやり直すな、死ね。」
この脳みそトロールめ!いやむしろそういう目で見てこないトロールの方がマシだ!辛うじて被っていた淑女などとっくに投げ捨てている。実家から毎日のように吠えメールが届くが、呪文返ししてしまえば無問題だ。両親は毎日のように自身の怒鳴り声を耳元で聞いていることだろう。良かったな、お前らが娘に送った愛あるお言葉だぞ。
今は、半研究職のようなことをしてる。魔法薬学書の検分をしたり、押収した薬物を調査したり、材料となる生物や植物の生態系における変化を統計したり。これらならまだいいが、よくある魔法薬によるトラブル(主に異臭)を丸く収める雑用のような役人仕事など馬鹿馬鹿しくてやってられない。
「やあ、ミス・マルフォイ。」
「微生物からやり直して…あ、」
片手を上げ爽やかに笑う男は、知人ではない。しかし、私はコイツを知っていた。そしてそれはコイツも。私を一方的に知ってる。もう原型など留めてもいない本当が1ナノでも混ざっていたらいい程度の噂話で。
「はは、これでも現状には満足してるんだ。やり直そうとは思わないかな。」
にこやかなコイツの顔は引き攣った様子などない。隙ひとつない鉄壁の相対だ。差し出された手を見て、顎を引いた。ふむ、
「テセウス・スキャマンダーだ。薬学の魔女様?」
コイツ嫌いだ。
お茶しよう、なんて平凡な誘い文句。面白みのないそれにこんなヤツを好く気持ちがさっぱりわからない。モテる男は私をティーサロンに連れ出した。運の悪いことにコイツに出くわしたのは終業直前。
ディナーでも、と笑ったコイツに「初めましてでディナー?随分と軟派なことで。せめてクリームたっぷりのケーキでも出せよ。多少は苛立ちも治まるだろうさ。」笑いさえしなかった。気分を害した様子も“見せず”に私をエスコートしてみせるのだから、面白くない。
「ここはサンドイッチが最高なんだ。ソースに隠し味があるらしくてね、どんな偏屈な上司でもイチコロさ。」
コーヒー片手に喋り倒すコイツの手には、その“最高なサンドイッチ”とやらはない。私が頼んだ紅茶はそもそも茶葉のレベルが低すぎて、一口でやめた。これなら水の方が遥かにマシだ。
「もちろん、君の御要望のクリームたっぷりのケーキもあるよ。フルーツタルトも絶品だがね。」
「そこの君、オペラを一つ。」
「…。」
通りかかったウェイトレスに手を上げれば、恭しくオーダーを受けた。接客はまあまあだな。どれほど店が良くてももう来ることは無いが。
「で?そろそろ無駄話ばかりするその煩い口を閉じろ。用件がその程度なら私は帰るが?」
「まあ、待ってくれ。まだ“オペラ”も来てないだろ?」
「お前が目の前から消えてくれるならケーキの一つや二つ食べれなくても一向に構わないんだよ、私は。」
水を一口。悪くないグラスだ。見た目だけのものより、この無駄を省いた機能美がある。目の前の男と違って。
「なんだ、君は案外せっかちなんだね。もっと、」
かちゃり、コーヒーを置いた。その手で頬杖をついて、青の目を細めて、わらう。
「余裕のある子かと思ったよ。」
私は地に足がついてない子供とでも言いたいのかコイツ。
「それは期待外れなようでなにより。私は身の丈に合わない自尊心をお持ちなのだろうと思っていたから何も意外ではなかったな。」
「…。」
ピクリ、片眉を上げて、わざとらしく肩を竦める動作に瞬きをして。視線を逸らした。
ウェイトレスが銀盆を片手にするするとテーブルの間を縫うようにやってきた。
「オペラでございます。」
「ん。」
目の前に置かれた美しい黒。シンプルだからこそ、味に期待出来るというもの。添えられたフォークで一口。まあ、及第点。もう少しバタークリームにコーヒーを加えた方がいい。
目の前のコーヒーだけの男など知らぬとケーキを味わう。分かるか?私にとってお前はケーキより、下。
「君…性格が悪いと言われないか。」
「いいや、覚えがないな?意地が悪いと言われたことはあるが。」
「っ……、はあ。」
言いかけた言葉、奴の口から飛び出る前に喉奥に押し込まれた。代わりに“何か”を吐き出すように深く息をする。
気を取り直したように胸を張った男がまずしたのはシュガーポットを開けること。そしてポチャポチャポチャポチャと四角をコーヒーに溶かすこと。勢いよくそれを飲むこと。そんなスリーステップ。パブにいる下品な酒呑みのような仕草はとてもよく似合っていた。
少し落ち着いたように、ゆっくりとソーサーにカップを戻す。ほら、苛立ちには甘いもの、だろ?
「ああ、そうだな、君は“とても”意地が悪い女性のようだ。」
オペラの最後の一口。口端を拭く。もちろん、ナプキンは綺麗なままだ。汚れが付くような品のない食べ方はしていない。
「お褒めいただきどうも。それで?私は暇じゃないんだ。ご覧の通りデザートも終わってしまった。」
「……僕には弟がいるんだ。名前はニュートン・アルテミス・フィド・スキャマンダーといってね。」
随分と仰々しい名前だこと。そしてそれを全部覚えてるなんてなんなんだ、コイツ。自分以外はファーストとラストだけで充分だろ。ミドルネームなんてセカンドを覚えてれば良い方だ。
「ニュートは八歳年下でさ。学生時代は一年も被らなかったからか、結構価値観が合わなくてね。アイツが使ってる教科書を見た時は驚いたものさ!僕の時はこんな面白いことしてないぞ!ってね。」
身振り手振りでオーバー気味に取られるリアクションはパントマイムのよう。一種の芸を見てる気分になってきた。
「だからかな、ニュートは僕と話すのが苦手らしい。でもね、アイツは優しいからさ、話しかければ、まあ、話してくれる。ぽつぽつとだがね。ヘタクソなんだ、コミュニケーションが。人間より動物と話してる方がずっと愛想がいい。」
竦められた肩は全く困ってはいなかった。仕方ないなと言うような仕草。
「アイツを変人だって言うヤツらは多いが、僕はそう思わない。ニュートはさ、出来るやつなんだ!興味があればどこまでも執拗く追求できる!研究者気質の天才になりうる自慢の弟!!」
「お前、もしかしなくてもブラコンだな?」
興奮したように頬を紅潮させて、力強く力説する姿はどう見てもバカだ。分類は簡単、兄バカ。
「そんな弟が、滅多に動物のこと以外話さない弟が、偶にポロッと零すんだ。あんまりにも自然だから、違和感なんて感じてなかったんだが、一度気付くとどうにも目についてね。」
言ってることがストーカーなのは気付いてるのか、コイツ。もしくは粘着系彼女。彼氏じゃないところに悪質さを感じて欲しい。
「弟はどうやらとある人物にご執心らしい!その人物はホグワーツの後輩らしくてね、2つ歳下のスリザリン!しかも先輩後輩ってだけじゃない。まだふくふくのほっぺをしてた頃、同じ女性に会ったことがあるらしくてね。華麗に初恋も奪われてたって話さ!…それは忘れられてたようだが。」
「それは、それは、何とも印象に残らない陰気なやつなんだろうな。」
「それが何があったのか秘密の場所で密会するような仲になったらしいじゃあないか!あの頃はホリデーに会った時は驚いたよ!何ともまあ浮ついた顔をしてる!ってね。同時に寂しくて寂しくて死んじゃう兎みたいな顔をしてたが。」
「器用な表情筋を持つ弟殿なようで。」
「まあヘタレな我がハッフルパフ出身の弟は何をしたのやら卒業前から話してもらえなくなったらしい。それでも女々しく未だに想い続けてるんだから始末に負えん。おかげでこの歳まで女性経験はゼロ!ゼロだ!0.00000…とにかく1ビットもない!!!ああ!ああ!哀れな弟よ!」
「…。」
本当に哀れだな。兄に女性遍歴をこんな公共の場で語られる弟とは。
大袈裟な動作で目元を手で覆っていた男は静かにその手を下げた。そこから現れたのは問うような視線。
「どう思う?高嶺の花と名高いミス・マルフォイ。」
「とても弟君と仲良しなようで。もしくはそいつは随分とお喋りらしい。」
「ああ、仲良しさ!とてもね。でもアイツは口下手だ。好きな女の子に謝りに行くことすら出来ない。しかも勢いで押せば流されやすいんだから、あとは簡単だ。零していった言葉を繋ぎ合わせれば単純な弟の事など兄にはお見通しなんだよ。」
「ふん、探偵の真似事か?」
「名探偵と呼んでくれたまえ!家族限定のね。…だって君のことは全然読み取れる気がしない。君、本当に生きてるのかい?さっきから表情が石のようだ。前評判と違うな?喜怒哀楽…怒りがわかりやすいと聞いたんだがね。君はさっきから“無”だ。」
「お前のために何故私が表情を変えねばならないんだ。」
「…ああ、前言撤回。」
ゆっくりと乗り出すように肘をテーブルにつける。その青は私を舐めるように見た。不快だ。
「君は、確かにわかりやすい。」
ほら、そうこちらを指さす。その人差し指は要らないということで構わないな?
「今、押さえつけた。君は理解が嫌なんだろ。もっと言うなら他人に知ったかぶりされるのが。でも身内には違う。理解してくれないのがそれはもう嫌で嫌でしょうがない。まるで駄々をこねる子供みたいにね。」
「そうか。お前のプロファイリングによれば、お前は私の一番嫌悪するタイプのようだ。」
「はは、僕は案外君のこと好きになれそうだよ。」
口の中に苦い味が広がるようだ。虫を噛んだような不快感にうがいでもしに行きたいところ。
「ニュートは一途なんだ。きっとその子が振り向いてくれなきゃこの先一生独り身さ。」
「そうか。私には関係ないな。」
「本当に?」
そろそろ帰るか。カバンが勝手に動き出してる。中の腹ぺこが愚図ってる証拠だ。
「わかってるんだろう、マルフォイ。」
「知らんな。」
「ニュートン・スキャマンダーの想い人は君だよ。」
「なら言っておけ。お前はティア・マルフォイに相応しくないと。」
「おや、やり直してこい、とは言わないんだね。」
「…。」
「散々遠巻きにされる変人を、変人だけを、君は否定しないんだね。」
「あんなやつ、やり直したところで変わるまい。」
「そうかもね。そして、それを君は許容するってことでいいかな。」
立ち上がった。カバンを引っ掴んで、財布の中身を叩きつける。
ーバンッ
予想した通り響いた音に、店内のヤツらは沈黙した。
「ニュートには君以外もいるよ、良い奴だから。でも、マルフォイ、君にはニュートしかいない。そしてニュートも君以上はいない。どうか、これだけはわかってほしい。」
知ったような口を聞くな。