所用は委員会の当番。面倒だが、足取りは軽い。
なぜなら――
放課後。俺は一人、廊下を歩く。
少し伸びた陽が廊下に差し込む。
誰ともすれ違わず、一人歩き辿り着くは校舎の端に建つ図書室。
本を置くには適さないジメジメとした場所である。因みに隣は雑木林。
ガラガラ
油の効きが落ちた引き戸を開ける。
視界の隅でピョコンと髪の毛が動いた。
「お、来た来た。それはさておき、落合クン、遅いじゃないか」
「ホームルームが長引いた。悪いのは俺じゃなくてハゲ」
生意気そうな表情をした女がカウンター越しに俺へ馬鹿にしたように言う。
彼女にいつものように俺は愚痴る。
「いつも他人のせいにする。キミは全く変わってないね」
こいつの名前は大山。小学校からの腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうかい」
「ああ、そうさ」
俺がぞんざいに言うと、見透かしたかのような表情で言い返す。コイツ、ホント変わんねぇなあ。
「まあいいや。んで今日の調子は?」
「二人っきりだね。ほら、御覧の通り閑古鳥が鳴いてるよ」
俺が尋ねると、大山は手を広げて答えた。
本当は図書室なので静かに。が正しいのだろう。が、この図書室、誰も利用しないのである。
因みに当番も大抵サボり。これだから底辺高校は……。しゃあない、近所に他の高校が無いのが悪い。
「利用者ゼロ。いつも通りだな、じゃ俺、本読んでるから」
「ご自由に」
通学カバンから適当なラノベを取り出すと、俺は大山に告げる。
大山も視線を戻して読書に戻った。
平日の放課後を無意味な委員会活動に潰すのは大変もったいないが、それもまあ、学生生活の醍醐味なのではないだろうか。
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……危っない。本音が出るところだった。
全くもう、キミと居ると調子が狂う。私はこう見えてクラスじゃ誰とも話さない孤高な存在なのに。
友達が居ないだけ?仕方ないじゃないか、私が本を読んでいる中、他の連中はしょうもない事を話してる。その内容も分かんないし興味もない。テレビもユーチューバー?とやらもこれっぽっちも知らないからね。
頂戴した綽名は『
後、自慢だけどちょっと顔が可愛い。首を傾げて椅子に座ればお人形さんみたいと今でも言われる。
この綽名は白い髪は雪を連想させ、静かに座る姿はまるで冷酷な女王を想起させる……からだと思う。
……白髪は私にとってはタダのトラウマ、なんだけど。でもキミと出会った理由でもあって。
うーん、フクザツ。
なんて思いながらキミを見る。時々、クスクスと笑うキミ。
文庫本の開き方がいつもよりも遠慮がちなのは、時々現れるエッチな絵を警戒してだろうか?ちょっと可愛い。
じゃなくて、ええと。
気にしてないからね、絵も本の内容も。
それはさておき、ちょっと解説を。
落合クンと私の関係は幼馴染。まあ、小学校からの仲だけど。
大体文庫二冊分ぐらいの話になるかな?それは省略して。
まあ、ハイ。恋に落ちまして、片思い七年目ぐらいです。
でも、まだ実る気配はない。
戻ろう戻ろう。読書に戻ろう。
私は紙面に視線を落とす。丁度、読んでいる小説が佳境なのだ。一気に進めちゃおう。
「もう六時近いし閉めちゃうか。大山は?」
読書に集中していたせいで聞き逃してしまう。ええと。
「おーい?帰ろうぜ大山」
「へ!?あっ、いいよ。いい。うん、一緒に、ね」
危ない危ない。大切なところを聞き逃すところだった。
――え?私今一緒に言った?言っちゃった?
「……一緒に?」
「気にしないで。うん」
「そうか。戸締り確認して帰るぞ」
一瞬、首を傾げるキミを誤魔化して私は続けた。
特に気に留めなかったのか、キミは立ち上がると続ける。
「うん。私は準備室を確かめるから、キミは閲覧室の方を頼むよ」
それに続いて私も立つ。
準備室なんて窓は一つしかない。それはキミも知っている事。
「楽な方やりやがって。いいけど」
愚痴をこぼしながらキミは誰も居ない窓際へ。
「先に言った者勝ちだよ。ほら」
「へいへい」
その後姿に話しかけると、キミは適当に答えるのだった。
夕方、帰り道。すっかり陽が落ちるのも早くなり、辺りは宵口色。
「それで、どうかしたか?」
むっすりと歩く私にキミは話しかける。
「何でもないさ。強いて言うなら読んでいた小説が読み終わらなかった」
「タイトルは?」
「『絵のない絵本』アンデルセン作の掌編さ」
少ししつこく聞くキミに、私は答える。
するとキミは首を傾げ、続ける。
「……小説か?それ」
「さあ、どうでしょう?」
確かに小説か?と聞かれると判断に困る。ええと……文学作品?
説明に困るから、私は曖昧に答える。
「またはぐらかす。ってもアンデルセンかぁ……長靴を履いた猫とか?」
「それはグリム童話だよ」
「っとスマンスマン。人魚姫だったわ」
「全く。キミは私が居ないと直ぐにこうなる」
私は呆れ気味に言うのだった。だって、アンデルセンとグリムを間違うなんて論外でしょ?
ペローとグリムなら似たような話が多いから私だってこんがらがっているけど。
「へいへい。無教養なもんでね」
私がネチネチと追及すると、キミは無責任に言うのだ。
夕焼け続く道を歩く。きっと、明日も、明後日も。
けれど、それはいつまで続くのだろうか。
勇気があれば、もっともっと長く続くのかもしれない。でも、私には勇気が無い。
だから、言えずにいる。言えなくても、こうやって居られるなら言わなくてもいいなって。
――キミが優しいのがいけないんだ。
キミを見ると、キミは少し視線を上げて空を見ていた。
視線を揃えると、そこには薄っすらと紅い半月の姿が。
もう少しだけ、夕方は続きそうだ。