「げほっ かハッ!・・・」
血を吐き出す。
口もとに吹きこぼれる血液を拭う手はなく、起き上がる足もない。
・・・ここは、あの大空洞ではなかった。もっと別の場所、そして遥か過去。ともすれば、と、怪物は悟る。
(聖杯戦争か。よもや、そんな奇跡に縋り付くなど)
そこまで自分は死にたくなかったのか。死ぬ間際にこんな夢をみるなど。いや、あれほどハッキリとした夢などあるものか。
(お前のしわざか、アポロン)
『・・・まあね。下手に未練がましく死なれちゃあ困るんだよ。じゃないと君、永遠と再構築しちゃうじゃないか』
怪物を見下ろす神がいた。
かの神は怪物を殺すためにこの場を整えた。怪物をカリュドーンの獣に仕立て上げ、愛するものにそれを討たせ、ダメ押しに英雄を差し向けた。全ては神代から続くこの物語を終わらすために。
ここは、怪物が死ぬ間際そのひとときの時間を停止した空間。
怪物が、『生』への執着を諦めるための空間だった。
『なるべく近い枝の未来を見せてあげたが、その様子じゃ碌な目に合わなかったんだろう?』
(まあ・・・結局は帰ることもできず。ただの怪物として・・・いや、怪物としてすら死ねない結末とはね)
自嘲気味に怪物は笑った。
『そうか。本来ない奇跡さ。君の選択次第では生まれるはずのない枝に過ぎない』
(このまま、縋り付いたらあの世界に辿り着くと?)
『そうだね。君は黒き怪物としてあらゆる英雄譚に登場する。ただ愚かな願いを抱き続けて腐りゆくだけのために』
(・・・そうか)
『だからさ、諦めて死んでおくれ。このまま塵となって消えてくれた方が世のため人のためさ。もう蓑虫状態なんだからさ、これ以上足掻いたってしょうがないだろう?』
真体を呼び起こす気力もすでにない。英雄に負けた。そして遥か未来で少年少女の愛に怪物は負けた。あとの役目はただ消えるだけ。
(———ただ)
諦めきれない未練があるのだと怪物は言った。
◇
アタランテを抱きかかえて歩き出すメラニオス。しかしながらその身体は既にひび割れてきており、風が吹く度に崩れ落ちていく。その歩みはあんまりにも哀れで、アポロンも黙ってそれを見送った。
『何かなヘラクレス?』
「いいのか?」
『慈悲を与えるのかって?・・・別にそんなつもりじゃあない。わざわざ死にゆくものに手を出すのはナンセンスだろう』
あっさりと引き下がり、アポロンは何処かへと消え去った。
その場に残されたのはヘラクレスただ一人。
【あなたは悪くない。どうか恨まないで。自分を信じて。あなたは強いから————私には、できなかった】
愛した女が最後にそう言い残したのを思い出した...私は正しいことをしたのだろうか。
―――あの怪物にも誰かを愛する心はあった。戦いの最中、アタランテを庇いながら自分に挑む怪物の姿を思い返す。
ヘラクレスは歩み続けるメラニオスの背中をただ見送った。
◇◇◇
「まって、待て・・・もういい、もういいのだメラニオス!・・・お願いだから・・・もうやめて」
ボロボロと崩れ去りながらも歩き続けるメラニオス。だがそれもここで終わり。身体を支えていた触手が崩れ去り地面に倒れこむ。それでも彼女を手放すことはなかった。
「ははっ・・・いやー、歩き続けるのは慣れたつもりだったんだけどなあ」
「なにを笑っているんだ!!」
涙を流しながら叫ぶアタランテとは真逆にメラニオスは笑った。彼女の涙を拭い、どこか懐かしむようにその頬を触手でなぞる。
ああ、ようやく触れることができた。
この一瞬のためにボクは何万年もの間歩んだのだ。多くの命を喰らい、自分の命を捨ててもなお、このために生きたのだ。
「そうだ、林檎。まだ林檎を全部食べたわけではないだろう⁉︎さあ、これを!」
差し出された黄金に輝く林檎をメラニオスは拒む。
「無駄さ。その林檎にそんな力はない。ただの・・・美味しいだけの果実にすぎないんだ」
たとえ神々が授けた林檎だとしても、毒を打ち消すことはなく、傷が癒えることはない。
その事実が、アタランテを絶望させる。
「私を置いて行くのか!いつまでも共に居てくれると言っていたではないか! 置いていかないで・・・私はまた一人に・・・ッ!」
上半身のみで身体を起こしアタランテを抱きしめる。アタランテは泣きじゃくりながらもそれを受け入れた。それは、ほんの短い時間だったのかもしれない。それでも彼らにとっては永遠とも感じられるほどだ。
・・・だめだ。
死にたくない。キミを離したくない。邪魔者は皆殺しにして、君を傷つけないように閉じ込めて、犯して、その全てを喰らってしまいたいような、
汚くて、黒くて、醜い愛情が湧き起こる。
だからこそだめなんだ。
『わたしは汝を恨み続ける。わたしに寂しさを教えた汝を嫌う。どれだけの時間が経とうと、記憶に刻み続ける。いつまでも、いつまでも、永遠に汝を恨み続ける』
その結末をボクは知っている。
だからここで終わり。
「いやだ。いやだ・・・」
・・・困ったなぁ。最期までキミの笑顔が見れないのは。思えば、あの嵐の夜も、まともに顔も見れずに別れたなあ。
ボクは彼女の頬に触手を添わす。
「・・・少し、夢をみようか」
「え?」
アタランテの視界を真っ白な光が染める。彼女が思わず目を瞑り、再び目を開けたそこには、鬱蒼と葉が生い茂る森があった。夜空には星々が輝き、綺麗な満月が彼女たちを照らしていた。
「ここは・・・」
ここはあの森だった。彼女達が出会い、食事をし、思いを語り合った場所。
「————どうしたんだい?」
顔を下げると、膝の上で眠っているメラニオスの姿があった。
四肢もちゃんとある。あの頃の優しい笑みを浮かべる彼がそこにいた。
「ッ・・・悪い、夢を見ていたんだ。汝が、どこかへ消えてしまう夢を」
そうなんだ、と言ってボクはそっと彼女の涙をふく。
「・・・汝が家を空けている間にな、料理を練習したんだ。汝には、まだ敵わないけど」
うん。
「あ、あの子達も美味しいと言ってくれたんだ。だ、だからな、汝にも・・・食べてほしくて」
うん。
「・・・これは、夢なのか?」
うん。
ごめんね。キミと話したかったからさ。だって泣き止んでくれないんだもん、子どもみたいにさ。
「汝が悪いんだ」
そうだね。
結局、約束を守れなかったね・・・恨むかな、ボクのこと。
「当たり前だ。いつまでも恨む。どれだけの時間が経とうと、永遠に忘れてたまるものか」
ははっ、手厳しいなあ。
「————それでも、メラニオス」
そう言って彼女はボクの頬に手をそえる。彼女が静かに頭を下げてくる。
「——————」
柔らかな唇が触れ合う。
言葉がない。ただほんとうに呆気に取られ、今度はボクが涙を流す番だった。
「愛している」
その笑顔は涙で溢れていながら、何よりも華やかだった。
何万年もの歳月を歩き続け、英雄に討たれ、怪物と呼ばれ続けた男は、そのたった五文字の前では、あまりにも無力だった。
「……まいったな」
笑おうとして、声が震えた。
「最後の最後で、君には勝てないや」
「……もう、行くのか」
「うん」
「嫌だ」
「うん」
「汝がいない世界など・・・私はこれからどうすれば」
言葉が続かない。
メラニオスはゆっくりと身体を起こし、彼女の額にそっと自分の額を当てた。
「聞いてほしい——————生きて」
アタランテは首を横に振る。
「できない」
「できるさ」
「できない!」
初めてだった。誇り高き狩人が、子どものように泣き叫ぶ姿は。
「私は……!」
嗚咽に声が潰れる。
「私は汝がいたから・・・!独りでは・・・!」
「君は一人じゃない。子供たちもいる」
「そこには汝がいない!」
傍にいたかった。
共に、生きて欲しかった。
「ありがとう。君のおかげで、ボクは怪物じゃなくなれた」
その瞬間。森の風が止まった。星々が一つ、また一つと光を失っていく。
木々は白く霞み、月は輪郭をなくし、世界そのものが夢から覚めようとしている。
メラニオスの腕が淡く光り始める。指先から、砂のような光となって崩れていく。
「待て!」
アタランテは必死にその手を掴む。光は指の隙間から零れ落ちた。
「行くな!お願いだから、置いていくな・・・!」
その叫びに、メラニオスは困ったように笑った。
「また、会えるさ」
「それは!!・・・いつになるんだ」
「さあ?10年、100年、ひょっとしたら1万年後かもしれない」
「そんなの、生きているわけないだろう」
「———でも、きっと。また会える。きっと、キミとまた巡り会う」
そうして、メラニオスはアタランテに笑みを向けた。
「だから、次に会ったときは、1万年分の恋をしよう、アタランテ・・・!」
「・・・・・・・ッ」
「君の笑った顔が、一番好きだった」
何度も何度も失敗する。それでも。ほんの少しだけ。泣き顔のまま、不格好に笑った。彼は最後まで彼女から目を逸らさなかった。
夢が砕ける。
世界は白く染まり、すべての音が消えた。
気が付けば、冷たい大地だった。アタランテは膝をつき、何もない腕の中を抱き締めていた。そこにはもう、誰もいない。ただ、風だけが吹いている。長い沈黙のあと。彼女は震える声で、小さく呟く。
「……馬鹿者」
返事はない。それでも彼女は立ち上がる。涙を拭い、胸に手を当て、空を見上げた。
そこには、あの日と変わらない満天の星が輝いていた。
遠く、その星空の向こうで。
一匹の黒い怪物は、ようやく長い夢から目を覚まし、静かに世界から消えていった。
◇
声が聞こえた。助けを求める声。その声にこたえるように手を伸ばす。
気づけば、そこに立っていた。
「召喚に応じ参上した———汝がマスターか。よろしく頼む」
目の前にはまだ幼さが残るマスター?らしき者がいた。このような子供が英雄を召喚するなどどういう状況なのだろう。聖杯戦争というわけではないのか。
「あっ、ああ!!ちょっとごめんマシュ、説明おねがいできる!?用事ができちゃった!」
「え!?先輩、何処へ!?」
そういうと眼鏡をかけた少女にこの場を任せたのちどこかへと走り去ってしまった・・・元気な子だ。あの子たちを思い出す。
「え、えっと...まず私たちの状況を説明させていただきます。ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア――」
ふむ・・・どうやら大変な状況ということは分かった。このような子供でさえ戦わないといけないなど。とはいえ耳を疑ってしまった。様々な時代の英雄達がこの場に集っているとは・・・もしかしたら彼も。いや期待は辞めておこう。
「了解した。私でよければぜひ力を貸そう...ところであのマスターはどこへ向かったのだ?」
一向に帰ってこないマスターのことが気になった。挨拶ぐらいはしておきたいものだが
「すみません。もう間もなく戻られるかと・・・」
少し困ったような顔で眼鏡少女は答えた。
「———早く、早く!!もっと急いでよ!」
「こらこら、そんなに引っ張らないでよマスター。一体どうしたっていうんだい?」
どうやら戻ってきたらしい。足音からして二人?誰かを呼びに行っていたのだろうか。
召喚室のドアが開き二人が入ってくる。
「じゃじゃーん!連れてきちゃいましたー!!」
振り向くとそこには
「「——————」」
あっけにとられた様子で彼はこちらを見ている。
想いが結ぶ。瞳に映るその姿は、あの時と何一つ変わらず、ずっと求めてきた青年が———
「アタ———ちょ!?・・・どうしたの?」
いつのまにか私は彼のもとに飛びつき、その胸に顔を埋めていた。この時をずっと、ずっと待ちわびていた。彼はちょっと困った顔をしながらもあの頃と同じように頭を撫でてくれる。
「・・・うぅ・・・ううううう・・・ずっと待っていたのだ・・・うぅぅ」
別れではなく再会による喜びからアタランテは涙を流した。
誰が見てようが構うものか。この時間は二人だけのものなのだから。
頬染めながらメラニオスは口を開く。
「・・・ただいま、アタランテ」
叶うことのなかった、聞くはずがなかった言葉。ようやく、ようやく私たちの願いは叶ったのだ。
「———お帰り。メラニオス」
時代、場所は違えど再び出会えた。願わくばいつまでもこの幸せが続きますようにと二人は願うのだった。
『さあ、一万年分の恋をしよう———』
悠久の時を経て怪物は歩き続け、苦しみ続け、時には月を見上げ、久遠の時をもって少女と再開した。
これは、それだけの話。
fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?
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イチャイチャ
-
つよつよ奥様
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しっとり/依存
-
無関心/やり直し