銀の剣士は旅に出る   作:リード@

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ボーイ・ミーツ・ガール

だけど正直、何とも言えない。
またの名を主人公の災難ともいう。


そして、うん、この後、船は大破しました……


10話 第一印象?最悪だよ

SIDE:Unknown

 

澄ました顔が気に入らなかった。

あの時と違う姿が気にくわない。

こちらへ向ける何処までも透徹として温度のない眼差しも、微動だにせず、こちらを眺める人形の様な(さま)も何もかもがザギは気に入らなかった。自分の事をどうとも思わずに眺めてくるのが、どうしようもなく癪に障る。俺を路傍の石のように見るな。こちらを見ろ。俺はお前のその顔に、腹が立って仕方ない。

 

腹の底から湧き上がって来た感情任せに、その薄っぺらい肩を掴んだ。そんな自分の行動に人とは、感情のままに行動する時は荒っぽい行動を取るのだと改めて実感する。そんなことを思っている間にも体は動き、筋肉こそ薄くついてはいるが贅肉なんてものがない骨の硬さがわかるような、肩を指が食い込むほどの力で掴んで力いっぱい床に引き倒した(とっさのことでも音を立てないようにしている辺り、これは職業病の様なものなのだろうか)。それに押し殺したような呻き声をあげるのを聴きながら、素早く引き倒した体の上に馬乗りになって、これ以上の声をあげられないように細い首に片手をかける。

そして、そのまま首に軽く力を込める。…今、叫んだら首をへし折ってやると無言のままに伝えれば、痛みに歪んだ青い瞳に睨み付けられた。背筋をなぞるような、血を凍らせるような、いい感じの殺気にぞくりとする。

 

引き倒して間近で見下すことになった中性的な顔立ちは、花柳界の中でも選りすぐりの綺麗所を知っているザギが純粋に驚くくらいには整っていた。

暗い床板に散らばる抜ける様に淡い銀の髪は冠をかぶったかの様に煌き、キラキラとした輝きを部屋に散らしている。そして、その前髪がかかる額のなんとも賢しげなこと。

髪と同じ色の睫に縁どられた目は空のように冴えた青を写している。そして、そんな切れ長の瞳を飾るのは一筋で描いたような形のいい眉と凛とした鼻梁。どこか濡れ濡れとして赤い唇。

それらが絶妙なバランスを保ちながら彫刻か彫像のように冷たく整った白い顔に収まっている。

クロイツウェーグの若当主と似ている。普通ならば、男と判断すべきなのだろう。だが、俺はあのいけ好かない男とこいつが同じ顔には見えなかったし、こいつの方が整った顔をしていると思った。

それに、男としての本能なのか、この銀髪が女である、と殆ど直感的に確信した。

顔なんてどう足掻いても中性的であったし、体つきさえも男女どちらなのか厚手の外套のせいであやふやだったが、そんなものはどうでもよかった。目は大きくて、肌は白くて、睫毛は長い。中性的な男との噂は嘘だ。間近で見れば、すぐにわかった。肌理の細かい肌も、美しい天使の輪を描く髪も、仄かに女らしい甘い香りがする。だが、一応、俺の革新の確認の為に外套とシャツの隙間から手を突っ込んで薄い胸に手を付けば布を巻かれた様な感触。びくつく肢体を無視して、剥ぎ取るように手を動かせば、微かな悲鳴が耳朶を打つ。……あぁ、こいつは確かに女である。可愛らしい女の反応に、気をよくしてほっそりとした喉を撫でれば、手のしたの肌にぶわりと、鳥肌が立った。

……泣かせたくなる、いい反応だった。

 

俺の下で頬を怒りに染めて、這い出ようともがいている銀髪は、身長は特筆するほど高いというわけでなければ低いというわけでもないが、背筋がピンと伸びているせいか実際の数値以上に背が高く見えるタイプであるらしい。床板に押し付けた体を見下せば、それがわかった。

無遠慮に頭から足の先までを眺めてみれば、うっとりするくらい磨き抜かれた体だ。細腰の分かる服装が地味にエロイ。そして、他に特出すべき点と言えば僅かに左肩が下がっていることくらいか。だが、見て取れた其れとは裏腹に左腰に剣は挿してある。だから、恐らく両利きが出来る程度には矯正された左利き。そして恐らく、殺し合い等の生身の人間とやる剣の経験はまだそこまで積んではいない。殺気にはいい反応を見せたから魔物相手ならそこそこやれるんだろうが、俺が押し倒して剣を引き抜けなかったのがその証拠。駆け出しの、傭兵。

 

俺はこの銀髪の事を少しだけ知っていた。

傭兵業界はあまり広くない。それに新しく参加した人間、綺麗に整った面とそれなりの剣の腕、極悪なまでの精度を持つ魔術の腕。そのどれかではなく全てを持つ傭兵とくれば、そこそこ目立つ。そのうえ、興味がないので聞き流していたせいで俺は知らねえが、それなりに名の知れた師匠(後ろ盾)がいるとも聞く。おまけに貴族のお姫様を助けたとも幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)首領(ドン)であるカフスマンのお気に入りでもあるとも噂がある。

本人にはあまり自覚がないようだが、それなりに人目を引くような存在なのだ。

 

それに俺は一度、この女が血塗れになって吠える姿を見たときがある。

銀の髪を朱色に染めて、青い眼差しを狂気に染め、薄らと青く見える白貌を血と泥で汚した姿を見たことがある。

遠目では女であるなんて、分からなかった。

だが一度、この目で見た。あの鬼が、今、俺の下で無抵抗でいる。

獰猛に歪んだ炎を燃やして、俺の事を睨みつけている。

 

―――――――欲しい。

 

 

思わず、喉がなった。

ただ、それだけの言葉が胸に宿る。

こんな気持ちになるなんて、始めてだ。

どうしてもこの女が、欲しい。

 

 

何よりも此方を睨む、青い()がいい。

何かを諦めたような色を宿している癖に、絶望している癖に、何かに飢え、燃やし尽くさんばかりの熱を湛える瞳がイイ。こちらを睨みつけてくる、その鋭さにぞくりとした恍惚が奔った。

 

 

 

 

 

SIDE:ギル

 

 

男に押し倒された。

 

 

 

 

 

……ちなみに、甘い展開ではない。

この状況でそんな展開を夢見るスイーツなぞ犬にでも食わせてしまえ。

むしろ、この状況が甘く見えるのなら、眼科に行けばいい。きっと節穴が空いていることがわかるだろうから。後頭部と背中がずっと痛い。これ絶対に後頭部にたんこぶか何かが出来てる。さっきから地味に痛い。じりじりと熱に晒されているような痺れと痛みとが同時に襲いかかってくる。

 

大体、押し倒されたというよりも引き倒された、という方が近いのだ。

振るわれたのは正しく、暴力だった。

恐らく訴えたら勝訴できるから、誰か弁護士を呼んでくれ。

 

そもそも何でこうなったのかと考えれば、私に男の見張りを押し付けたギルドメンバーの顔が思い浮かぶ。お前ら全員、足の小指をタンスにぶつけろ。骨を折れ。指を深爪しろ。そして、仕事がし難くなってしまえ。

 

仕事とはいえど「こんな武装してる野郎なんて目が覚めるまでそばによりたくないし、放っておくのも怖いのでギルさんよろしくお願いしますね☆(意訳)」ってどうなんだ。せめて、もう一人くらい人員をよこせ。……船に乗る前に交わした契約もあるから、頷いたが私は本当に運がない。

この状況だって仕事だと納得しなければ、ならなかったのに。。私は文句を言えないが、なんかもっとこう…あるだろう幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)。それともあれか、私がギルドに所属していない個人の何でも屋みたいな傭兵だから、何かあっても懐が痛まないようにしているとでもいうのか。

 

確かに今の私は船舶護衛を兼ねているが、細身に見えても鍛えられた体をした男。しかも拳銃と剣を二振り、暗器類その他諸々を持っているような奴を一人で見張りとかいやだよ。絶対に裏稼業とかそういう面倒な類の男じゃないか。せめて、もう一人くらい男手(イケニエ)を寄越せよ。

そんなことを言ったのに押し切られた。商人この野郎。それでも、港に着けば町の自警団が居るからと自分を無理やりに納得させたら、この展開だ。

運がなさすぎるだろう。ふざけるな。

 

男を見張っておく仕事の為に私は男の眠る部屋の椅子に腰掛けて、しようと思いつつも時間がなくてできなかったリタへの手紙を書いていた。うん。ここまではいい。見張り役だったし、気を抜いていたのが私の不注意だから、仕方ない。

だが、いきなり起き上がった男に声をかけようと多少警戒しつつも近づいたら、角張った指先をした、なめし革の様なごつごつとした手に二の腕を掴まれ、間髪いれずに床に叩きつけられた。受け身を盗ったとはいえ、したたかに頭と背中を打って痛い。そのうえ、両手は押さえつけられ頸を絞められかけで、今まさに生命の危機とか、泣きたい。私の表面筋は命の危機なのに仕事をしていないあたり、痛みに慣れてきたというか世界に順応しかけているのだなとか思うが、動揺していないかと言われれば話は別である。こんなものに慣れてたまるか畜生。スカした顔しやがってとか低い声でぼやくのをやめろぉぉぉぉ!!

 

のたうち回りたいとかそんなことを背中に嫌な汗をかきながら思っている間に漸く突き抜けるように鮮明な痛みが湧き上がってくる。じわじわとした痛みよりもこういう痛みの方が私は嫌いだ。

しかも頭に響く痛みと、じわじわと体を嬲るような痛みは継続中だ。

今も若干、息が詰まって視界が揺れている。

本当になんなんだこれ。今まで体験したことのない経験に色々と頭の中のねじが弾け飛んでる。やばい、嫌に心臓の音が聞こえるくせに思考がクリーンになってきやがった。

 

私は床にたたきつけられて仰向けに倒れた。

そのうえに鳩尾の上あたりにまたがられ、身動(みじろ)ぎすら出来ないように器用に体重を乗せられて、首には手をかけられた。先ほどからみしり、と骨の軋む音が耳元で聞こえる。動けない。いや、首を折られる覚悟で動くのならば一矢報いる事は出来るだろうが、そんな面倒なことはごめんだった。後が怖い、というのもあるしこの状況は不愉快極まりないが、命を懸ける程ではない。というよりも、割に合わない。

そこまで、考えていたのだが。

 

「ナニを考えてんだ?」

 

ぎしり、と頸の骨が軋む音が聞こえたような気がした。

腕と背中が痛みを訴える。私は男に蔑みの目で見られて、喜ぶような特殊な性癖は持ち合わせていない。

どちらかといえば、背中を踏みつけてやるタイプであると自覚している。

だから、左程大きくもないがよく通る声にいらだちが増した。

 

しかも、高めの襟に守られた私の首筋から腕が外されたかと思えば、どこに隠し持っていたのか分からない錐の様な小型の刃物が首筋に突きつけられる。そのまま肌の上を滑る様に動かされ、一筋の線を引いた。それに武装解除が意味を成していなかったことを知る。

 

遠い場所にいる友人よ、やはり君の言うことは私には理解しがたい。

最低の展開から芽生える友情なんてものはこの世には存在しないぞ。今、最低の展開にいる私から言わせてもらえばな。

 

「特に何も。……で、さっさと、どけてくれないか?」

「却下だ。――――お前は誰で、ここは何の船だ」

「私の上から教えてやる……ってのはどうだろう」

「…ハッ、よく言うなァ。てめぇが手を解放した途端に魔術を展開させようとしてんのはわかってんだ。……その珍しい銀髪に碧眼、人形のように整ったツラ。“僧衣の騎士”さまは魔術も嗜むそうじゃねぇか」

 

ばれてーら。

思わず、真顔でそんなことを思ってしまった。

私はこの男が少しでも離れた瞬間、魔術をぶつけてやろうと思っていた。

それを見抜かれたのが悔しい。

 

……火だと船が燃えるので風か水の魔術をお見舞いしてやろうと思っていたのに。

――――私の魔術は教えてくれたリタ曰く「気持ち悪いくらい精密なコントロール」らしい。

……………撃つ前に(あた)ると分かっていれば、どんな状況だろうと中るのが普通だと思うのだが、それは普通ではないらしいのだ。

 

 

この所々染めた朱色の髪を持つ男は……この一見儚くも見えないことのない色合いや見てくれに騙されてくれるつもりはないらしい。面倒だ。どうあがいても荒事一択としか思えない。むしろ、この状態で荒事にならない結末をだれかどうか教えてくれ。

そもそも、この世界に来てから、暴力が当たり前のように選択の候補に増えているのが嫌だ。

この世界に適合している自分が嫌だ。

 

「……それに、あれだ。あのクロイツウェーグの若当主と同じ顔の野郎なんざ、警戒しておくに越したことはないからな」

 

―――――取り敢えず、女だとばれてないことには感謝しよう。

面倒ごとが増えないことはいいことだ。

男装しているのまで、バレたら目も当てられない。

男に間違われるのは微妙な気分になるが、あのアルベルトの顔を知っていれば、それと相違が殆どない中性的な顔立ちで女と思うのも難しい。瓜二つな顔してて片方が男だと知っていたのなら、双子か年齢差がさほどない兄弟かなにか関係のある人物だと思うのだろう。貴族の家だと、スペア代わりに双子の兄弟を幽閉していたり、妾の子を引き取ったりとかあるらしい(何処の小説の話だと聊か引いたのだが、事実の一側面をついているらしい。ドン引きした)。

 

そして、私もそのような存在だとこの男に思われているようだ。

ははっ。なんだこの喜劇。馬鹿馬鹿しい。

なんでこうなった、私にとってここは異世界だから本当はあいつと一滴たりとも血が繋がっていないのにドッペルゲンガー並みに顔が似てるからだな。うん、知ってた!!

そして、こんな明らかに裏社会の男に顔を知られているとか何をしたんだアルベルト(後見人)……っ!!

 

見上げた視界に映るのは所々染められた朱色の髪に、こちらを射抜く真紅の瞳。

海に沈みかけていた割に顔色はいい。

凶悪な表情で気づきにくいがそれなりに端正な顔をした男。

 

至極、不愉快だった。

 

 

 

SIDE:UNKNOWN

 

クロイツウェーグの当主の名前を出したとたんに、一瞬で死んだ魚の目のようになった、この銀髪(ようへい)をどうしてやろうかとふと悩んだ。

その切れ長の双眸に床にたたきつけて罵った時、一瞬だけ(刹那に)垣間見えた、生意気なくらいに獰猛な光はない。嫌悪に歪んだ瞳もない。踏みつけた脚に力を込めてやれば、僅かに呼吸を詰まらせただけだ。………それが、詰まらなかった。

 

 

「ツマんねぇ」

 

首に突き付けていた刃物を退ける。

背中を一度、思い切り踏みつけてからどかしてやると、すぐに起き上った影が見える。

なんというか、変なところで詰めが甘いが技量というか素質だけはいい。

 

「そいつは結構。…君みたいな人間に気に入られたくなんかないね」

 

嫌悪感をたんまりと顔に映し出しながら、悪態をつく青い目の傭兵。

さりげなく、指が腰の剣に触れられている辺り、隙を見せたら飛び込んでくるだろうと想像がつく。

強くはないだろうと、ザギは思う。魔物相手には相当強いだろうし、距離を取られたら弾幕を張られると分かるので相当メンドクサイ相手だろうがこの距離、自分の間合いならば、左程、強いというわけでもない。今の疲れている自分なら、多少なりとも手こずるだろうが、普通に殺すことが出来るだろう。

だが、そういう意欲がわかない。さっきまでなら気分も高揚して、ぶち殺そうとしてたのだが……こう、なんというか………

 

「―――――――萎えた」

「………ハァ!?」

 

おう。この表現がぴたりと当てはまる。

俺の言葉に絶句したように目を見開いて、白い頬を引き攣らせて、わなわなと肩を震わせている女の横を通り抜けて、ドアに手をかける。

 

「じゃあな、銀髪(チェリー)

 

人殺しをしていない傭兵なぞ童貞(チェリー)で充分である。

ドアを潜る前に最後、笑ってやろうと振り返れば、俺の顔すれすれを業火球がぶち当たった。乾いた風が頬を打ち、火花が目の端で散る。火球は魔力の調整をしたんだろうか壁に当たる前に立ち消える。……何つーコントロールだ。噂はマジだったのかよ、と内心、舌を打ちながら、銀髪の女に向き直ると、青い目がドロドロとした熱を宿して俺を見据えていた。

 

「まぁ、そんなに急いで帰りなさんな―――――――――――手足をブチ折って、海に叩き込んでやるよ」

 

辛辣な言葉とともに巻き起こされた疾風を避けながら、俺はぞくりと湧き上がる感情のままに哄笑した。

 

 

 




心の内を知らないって幸せだよね。
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