前話から一か月くらいたった後の時間軸。
* なお、主人公はTOX2のルドガーまでの借金はしていないので町への道を閉鎖されたりはしていない。していないけど、本人の気性的に借金していると言わないまでもやらかしてしまったことへの苦悩のせいか、遠出をしようとは思わないので基本的にダングレスト近郊でモンスター狩りつつ、夕飯代を浮かそうとユニオンで紹介された天を射る重星でバイトをしていたりする。
なお、この小説の一番のポイントは未だに主人公の性別を勘違いしているハリーである。
SIDE:ギル
不可抗力だとしても放火をしてしまった。
………いかん、本気でどうしよう。
紙の上の数字と文字に、すうっと冷えていく頭の中でそんな言葉が頭に浮かんだ。
そして、続けざまに未成年で前科持ちって色々やばいよね、とか変なところで冷静な声が脳内に響く。ずきんずきんと痛む頭を抱えて、へたり込みそうになった。いや、椅子に腰掛けてるから無理だけど。そして、周りの同情するような目が痛い。
やめてくれ、その眼差しは私に効く。
思わず顔を背けると、集まる視線。
だけど誰も何も言わない。気まずい、気まずすぎる。そんな、沈黙が落ちた部屋の中で私はただ何も見ないようにしながら、黙々と書類にサインをしていく。
……もう一人、私と同じことを仕出かした人間。
つまりは、事の原因の1人である男は逃げやがった。本気でくたばれ。
ここ何日かで、すっかりと見ることにも書くことにも慣れてしまった形式の書類にちょっと涙が滲みそうになるのを感じながら自分の名前(男装している時に名乗っている方)を書いて、ため息をついた。……本当にあの男、どうにかならないかな。
というか、私と一緒にあいつを捕まえてくださいよぉ!!と叫びそうになった。キャラじゃないから叫ばないけど。
正直、やるせなさが半端なく胸の内に溢れている。
なんで、私だけなのさ。
本当にいい加減にしろよ。あの野郎。
……まぁ、そんな碌なことにならなかった答えは置いとくにしても、この時点で救いになったことは、二つ。
まず、私が燃やした家が空き家だったこと。……これ、今初めて知ったんだけど、治安が悪いとこに住んでたんだな、私。兎も角だ。その空き家は正確に言えば、人魔戦争で亡くなった人の住んでた家らしく“いわく付き”の物件だったとかで土地代を含めた費用が安かった事。おい、私の借家もそれか? ちょっとまて初耳。どんどん告げられていく事実に強張っていく顔を見て、周りもあっ……みたいな顔になるのが忌々しかった。
管理者には一応、連絡も取れて「取り壊す手間が省けたから、基礎代くらいでいい(意訳)」と言われたのも正直、助かった…………助かったのだが、最初からそういう情報を伏せとくって卑怯だろ…という気分にもなるので思い返すたびに忌々しい記憶だ。そんな大家というか管理者との会話を聞いて、状況を考慮してくれたんだろうか。この街を支配しているユニオンに課せられた借金の金利がゼロだということだ。
――――――でも、いくらユニオンや管理者に認められたとしても、私は借金持ちだ。というか、街ん中でファイアーボール以上の技を繰り出すとか、やっちゃダメだろ。治安が悪い地域でも、常識的に考えてさ……最悪だ。
自己嫌悪に胃がきりきりと痛みを訴えている。
「(吐きそう……)」
右手で腹部をそっと抑えた。
恐らく、今頃はヨーロッパに居るであろう父さん母さん、あなたの娘は卒業する前に異世界強制移動を食らった挙句に放火犯になってしまいました。おじいちゃん、貴方の孫は放火魔になってしまいました。色々大変でしょうが、犬のフリッツの面倒はよろしくお願いします。
ここ半年間であったことを考える。ありえないことばかりだ。
普通に生活していれば、こんなの一つだって体験することなんてなかっただろうに。
はっはっはっは―――――――――消えたい。
そんなことを思っていたからだろうか。
周りから見ても死にそうな顔に見えたのだろう。
慰める様な眼差しに、うっかり止めを刺された。
そんな目で私を見るな………っ!
……慰められるのもつらいし、どうにもならない世の中の世知辛さも辛い。
そして、胃は痛いし頭も痛い。しんどい。
「どーしろっていうんだよ………」
………後日、聞いた話によるとこの時の私の目は完璧に死んでいたらしい。
SIDE:ハリー
なんでさ。
そんな言葉を口の中でつぶやいた。
店内のわざと暗くしてある照明の下で、ハリーは世の無常という物を噛み締める。ひたひたと迫りくる、嫌な汗と嫌な予感がハリーの背中を舐めているのが分かってげんなりとした。それもこれも、自分の隣に座っていやがる赤毛の男のせいだと、ハリーは心の中で悪態をつく。
なんでよりにもよって俺がここにいる時にこいつが現れたんだ……恐らく秒読みになりつつある危機に目の前が真っ暗になりそうな心地だった。
そんな事を一人で悶々と考えているハリーに構わず、時間ばかりが過ぎていく。カチカチとなる柱時計が煩い。ついでに嫌な音を立てる心臓も煩い。煩わしい。
ハリーの横に座る青年のことを知っているのだろう。
先程から愉快そうに飲んでいる人間たちの中から、何人かがこの酒場兼大衆食堂から抜け出していた。俺も連れて行ってくれ、とハリーがどうあっても言えない言葉を血を吐くような思いで飲み込んでいると、いつの間にかハリーがかけているテーブルのすぐ側に一人の少年が立っていた。
肩にかかる程度の長さをした銀の髪を一つにくくって垂らし、飲食店の中で清潔さを保とうとしているのを感じる。やばい、常識人だ。だが、今この場に限っては爆弾のような存在でもある。馬鹿野郎、なんで来たんだ。
喉の奥からそんな言葉が漏れ出しそうになるのをこらえて、飲み込んだ。
色の白い皮膚が照明の明かりに照らされて、ぼんやりと浮かび上がる。
冷たさすら感じさせる顔立ちは色素が抜けたような肌も相まって、大理石で出来た彫刻のような印象を受けた。それでいて、優美なラインを描く顎先と、襟からわずかに覗くほっそりとした首筋が、健康的であるはずの彼から何処か怪しげな魅力を出している。
伏し目がちに微笑む青い瞳の上で長い睫が揺れているのを見て、ハリーは嘆息をついた。
まるで絵本の中の生き物のように美しい少年である……見れば見るほどに、好事家に人気のありそうな顔だった。
だから、あれだ。
物凄く、ギャップがあった。
………あったのだ。
「こんにちは、死ね」
それはハリーに向けられたものではなかったけれど、喉がおかしな音を立てるくらいには冷ややかさの込められた声だった。当事者でもないハリーなのに、ぶわり、と肌が総毛立つ。彫刻じみて美しい顔立ちの少年がにこにこと花が綻ぶような可憐な顔で微笑みながら、凄まじい毒を吐いた。
ついにとうとうハリーは戦慄した。
ハリーは
この街の治安を司る組織に属し、また祖父がその首領であるからこそ、まだ若いと言えるような年齢でもそれなりに場数を踏んでいる。………殺気になれるとまでは言わなくても争い事には慣れている人間だと言ってもいい。だけど、ハリーが今まさに感じたこれは、なんというか桁が違うというか、感情の方向性が違う戦慄だった。
横にいる男――――報告書に掛かれた赤毛の男がいけない。
少年から向けられる毒がふんだんに入り混じった刃のように鋭い言葉を向けられているにも関わらず、さも愉快そうに笑ったのをピンポイントで視界に収めてしまったからである。
正直、引いた。
「(ギル、お前本当に運がないな―――――――――っ)」
そっと、腰を浮かす。
ハリーは目の前の少年の友人みたいなもんであるが、これに巻き込まれるのは御免だとも思う。
どうすればいいのだっていうか、関わり合いになりたくない。
流石にこの場所は
少年も可哀想だがハリーも泣きたい。帰りたいけど帰れないなら、騒動を最小限に抑える努力をしなければならないのだ。
「つれないねぇ…あんな熱い夜を過ごしたってのに」
「ははっ、物理的に燃える様な夜の間違いだろ、くたばれよ」
軽やかな調子で笑いながら、目が笑っていない。
借金返済のために働く目の前の少年は、ユニオンにそこそこ出て仕事をするようになり、今までよりも顔を合わせることになったからハリーは彼の普段の気性の穏やかさを知っている。
それなのに、この吐き捨てっぷりである。
笑顔だからこそ、怖い。純粋にだ。
ハリーは空気の凍えっぷりに死にそうな気分になった。そもそも、なんで俺は無関係なのにこんな爆心地みたいなところに居るんだろう。………それはハリーが少年の友人で、この店を贔屓にしている人物の孫だからだ。自分で思って自分で撃沈する。
少年の薄手の白手袋に包まれた手がそれでも手つきばかりは丁寧にカップをテーブルに乗せるのが見えた。仕事はきちんとするタイプだと思っていたが、ここまでするのか。性格がきっちりしているのだろう。変なところで律儀。且つ、自分の仕事に対して神経質だ。
今、彼の目の前にいるのは天敵といっても言い過ぎではない男なのに、給仕の仕事に従事している。
でも、正直、俺は帰りたかった。
「で、何の用だ」
あ、其処は聞くのかお前。
ちょっと、あっけにとられた隙に、本格的な話し合いが始まる気配が濃くなっていく。
それを知って席を立とうとしたハリーに向かって、目の前の少年の青い目が「逃げるな」と無言で圧力をかけ始め、横に座った男はそれを面白そうに眺めている気配がする。
……あ、逃げ場がない。
そうハリーが悟るが早いが、巻き込まれた事実に変わりはない。
もうこいつらわけわかんねぇ……とハリーが嘆きそうになる横で赤毛の男と銀髪の少年は話をし始めたのである。
SIDE:ザギ
しかしまあ、なんというか造作の整った女だろう。
色素が薄いと一目で分かる髪は決して明るいとは言えない酒場の僅かな灯にも輝きを反射してキラキラと星屑のように煌めき、此方を物か何かの様に見てくる凍えきった眼差しは帝都で貴人の指や首元を飾る大粒の宝石の様に透徹な蒼を宿している。
その目が収まった優美な輪郭の小さな顔は、彫刻か彫像のように整っていた。
つまりは、貴族とかの好きそうな顔である。
だが、性の対象になるかといえば、微妙なラインだとザギは踏んだ。
中性的且つ、目とか眉とか花とか口元とかがいっそ無駄なくらい精緻に整っている。そして、顔のパーツを彩る色が滅多にない淡い色合いをしている分、無機質っぽさが無駄に漂っているので、気圧されるような容姿だからだ。
親しみのある美しさとか綺麗さとかではなく、近付きがたさを感じる整った顔と言える。
……まぎれもない美人ではある。年齢的には美人というより美少女と言うべきなんだろうが、中性的でそこそこ大人びているから美人と形容するのが正しいんだろう。
だが、性的な意味で燃えるかと聞かれたら微妙と答えるしかない。
…………いや、本当に造作は整っている。いるのだが
「―――――――――――好みじゃねえな」
「……上手く聞き取れなかったが、なんか腹が立つことを言われたような気がしてならないんだが………?」
ひくり、と引き攣る声の主に、へらりと笑う。
俺は幾ら容姿が整っていようが体が薄っぺらくて細い女よりも、腰とか胸とかにボリュームがある女の方が好みである。そもそも、明かりを消せば暗くて顔も見ないで済む。寝台になだれ込めば、顔もくそもない。こんな、いかにも色事を知らん女に対して劣情を抱くよりも、とこ上手な商売女を選ぶ方がいい。あとくされもない。
と、まぁ……そんな事までつらつらと考えたわけだが、流石の俺もこの言葉をまるっきり相手にたたきつける程、外道でもなければ、自分の趣味なんかでもなかったし、口を噤むことにする。
此処でキレられて、頭に氷を投げつけられるのは御免こうむる。
あの闘いをもう一度、と思う気持ちも無きにしも非ずだが、俺はドン・ホワイトホースにぶん殴られるのは御免だ。あの爺さん、あの分厚い筋肉であれだけ早く行動するとか頭おかしいだろ。あの爺さんを思い出せば、後頭部がじんわりと痛む。口の中に苦い味が広がった。
そういえば、俺の隣に居る金髪はあの爺さんの孫なんだよなぁ……似てねぇ。
「まぁ、大したことじゃねぇよ。気にスンナ」
「なら言うなよ」
そらそーだ。
じとりと向けられる青い瞳に頷く。
今回は俺が悪い。
「で、お前何しに来たの?」
隣に居る金髪が口を挟んでくる。
はよ、終われと言わんばかりの苦い顔だ。
俺が言うのもなんだが、強制的にこの展開に巻き込まれたのには同情する。
客観的に見て、魔術の操作が可笑しなくらいできる銀髪と、性格に難があるくせに腕の立つ俺に挟まれた、この孫はやばい立ち位置に居る。戦闘をおっぱじめることになったらまずこいつから焼かれて果てることになるだろう。
それを分かっていて巻き込んだ俺が同情するのもおかしな話になるが。
「――――――ちょいと一つ提案をしに来た。お前、今、
「お前のせいだけどな」
寒々しい声が耳朶にとどろく。
店の中だからこそ、遠慮をしているのか抑えられた声だが逆に恐ろしい温度を伴ってきている。相当、機嫌が悪いらしい。というよりも、キレる三歩手前と言ったところだろうか。ザギの首筋を冷気にも似た怒気が撫でる。自分の事を律している割には抑えきれないものもあると分かっただけで収穫だろうが、巻き込まれた側から見れば、たまったものではないだろう。
その証拠に、ドンの孫が若干逃げ腰だった。
「まぁ、そう怒るなって、遅れたがユニオンに出頭したんだから、話くらいは聞けるだろう?」
席を立ちかけた女を言葉であやして座らせる。
忌々しいものを見る目で見られるのもいい気分だが、今回はそれを見る為に来たんじゃあない。
「これを見ろよ」
懐から、少しばかり皺の寄った紙を投げ渡す。
目の前の金と銀が驚いたような顔をするのに俺は笑った。
さぁて、これからどう巻き込むかが今回の胆だ。
こいつら三人は割と三竦みになってる。
ザギがギルに強く
ギルがハリーに強く
ハリーがザギに強い
みたいな。
第一印象と最初に出会った時のやり取りって重要だよね!