SIDE:ギルべルティーナ
日常の境界線を越えてしまった誰かは帰り道がわからない。
見つからないから、帰れない。
――――――いや、もうそれが分かったところで帰れない。
だって、私はどうしてここに来たのかも分からないんだから。
それに加えて、まずい。
本当にまずい事に見つけてしまったのだ。
自分を姉として慕ってくれるどこか稚い少女を。
自身をなんだかんだで見てくれる師匠を。
異世界の人間を自分の身内だと認識してしまった。
時折だが、あの家よりも、あの人達の所へ帰りたいと思うようになった。
それは恐ろしいことだと思う。
無自覚の依存だ。依存は怖い。
とても、こわいことだと、私は思う。
そこまで考えた時、私の方へ向かってきたイノシシのような形をしたモンスターを叩き斬る。
ザシュと肉を斬る嫌な音。
それから一拍遅れて、斬ったモンスターから、まだ生暖かい血が噴出す。
顔と服に生臭いそれが降りかかった。
てん、てんと顔と、剣から、雨粒のように垂れる滴をぼんやりと見つめる。
この感触が嫌いか?と問われれば嫌いだと答えよう。
しかし、この感触に慣れたか?と問われれてしまえば、そんなのとうの昔に、としか答えられないだろう。
鋭く振り抜いた剣が肉を斬ることに、慣れてしまった。
剣と剣を合わせることで起こる剣戟の音にも、倒したモンスターや動物の毛皮や牙を剥ぎ取り売ることも、その後で余った肉を解体し、肉を捌き料理することにも、慣れてしまった。
とても、現代の人間とは思えない。
これでは、主人公の友人Eのポジションなんて、とてもじゃないけれど言えない。
私の非日常が日常になってしまった。
世界が変わっただけで、こんなにも変わる。
それなら、私には其れになれる要素でもあったのだろうか?
フッと歪んだ唇から洩れるのは歪んだ笑い。
自分がいた世界の常識と法律。
それとの差異に、目眩がした。
クラクラと地面が揺らぎ、目の前すら歪んで見えなくなる。
気持ちが悪かった。
「……しかし、人間離れしていくな」
どこの
そして、顔についた血液を拭った。
ボーッとした、茹だる様にボヤけた思考の中で考える。
そのうち、この感触を気持ち悪いと思わずに慣れてしまう時がくるんだろうか?
それは凄い、いやだ。
過去の自分が自分では亡くなる。
そのように感じられて、凄い嫌だ。
ひとつ溜息を落して、髪をかきあげる。
これで、今回の魔物討伐の仕事は終わりだ。
一呼吸。
まずは、自分の中のスイッチを入れ替える。
今の私は傭兵じゃあないんだ。
入れ替えないと、戻れなくなる。
そして、剣の血を払い。
カチッと音を立てて、鞘に納めた。
此処の世界に来て、僅かに長くなった髪が風に揺れる。
見上げた空は、故郷の空の色にそっくりで泣きそうになる位、綺麗だった。
視界が緩んだのは、きっと、気のせいだ。
「さぁて、帰ろう」
報酬は、結構多かった。
アスピオのリタには本を、師匠にはお酒でも帝都で買って帰ろう。
帰れなくても、帰りを待つひとがいるところがある。
それは、幸いなことだ。
この世界で、自分の帰る場所があるのだから、待っていてくれる人がいるのだから。
異世界に落ちた自分にも守るべきものがあるのだから。
泣いてもいい、けど、絶対にあのひとたちのもとではなかない。
そんな、事を考えていた筈だったのだけど、帝都には一日では辿り着かなかった。
ホーホーとどこかで梟が啼いている。
夜の帳は既に落ちて、痛いほどに静かな空気が場を支配している。
こんな夜は、嫌いではない。
特に色々考えこんだ日なんかは、静かに過ごしたい夜だってある。
その時は、例え師匠の友人で私の知人がいても構わない。
デュークさんはこういう時に察してくれる人だし、元々静かな人だ。
感情に聡い稀有な性質を持つ人。
へこんでいて静かな夜が欲しい。
その癖、人がいてくれたらなんて思う私は欲張りだ。
こういう時に黙っていてくれるこの人を好ましく思う。
パチンっと薪が音を立てて爆ぜる。
橙色の光を帯びて焔は燃える。
それに照らされるデュークさんの横顔は綺麗だった。
師匠の話だとここ十年彼は歳を取っていないらしい。
なにそれこわい………ではなくて、こう、人ではない美しさという表現があう男の人だ。
頃合いを見計らって焚火にかけていた鍋を匙でぐるりとかき混ぜる。
すると湯気と一緒に美味しそうな匂いがほわりと立ち上った。
今作っているのは、シチュー。
農村の報酬で貰ったお金と材料で作ったモノ。
旅をしてるからなかなか持ち運べない牛乳と生クリームをベースにホワイトソースを作り、鍋に放り込んだ。中に多めのじゃがいもに玉ねぎ、人参、キャベツにマッシュルーム、鶏肉を入れてある。
かき回すと、我ながらうまくできたのかふわりと香りが広がって食欲を擽る。
とろみもちょうどいいシチューの状態を見て、器にシチューをそそぐ。
匙と一緒に器を手渡してから、宿の女将さんに焼いてもらった丸パンを二つ取り出した。
デュークさんに一つ、私に一つ。
浸して食べるようだ。
いただきます。
そう呟いてから、シチューを一掬いして食べる。
うん、上出来。
デュークさんは何も言わないけど、文句も言わないのでそれはそれでよし。
不味くは無いし、取り合えず口には合うようだ。
いつかはこの人に美味しいと言わせてみせる。
この人、綺麗に食べてくれる。いや、それは作り手として嬉しいんだけど、この人からは感想なんてほぼないから…なんか、作り手としての妙な敗北感が湧き上がってくる。
まぁ、それは今は置いといていい。
へこんで人寂しい癖に、静かじゃないと駄目。
そんな我が儘な私の調子が狂っている事に気付いているのに何も聞かずに、傍にいてくれる。
分かりにくい優しさをくれる。
こんな人が傍にいてくれるならば、こんな夜も悪くない。
SIDE:デューク
焚火の炎に照らされて、うっすらと橙色に染まる幼い少女。
初めて会った時は、正直少年かと思った。
異郷の空気を纏った不思議な雰囲気を帯びていた、あやふやな容貌を持った少女。
冷たい印象を人に与えるアイスブルーの瞳。
それに加えて、綺麗だが見る者を斬りつけるかのような真っ直ぐな眼差し。
私と同じ銀の髪は僅かに私とは違い、硬質な輝きを放っている。
肌も雪の様に白いからか、全体的に白い印象を人に与える。
顔立ちでさえも、色素の薄く硬質に整った顔は雪像の様で酷く冷たく見えるのだから。
一見して、整いすぎて男に見えたのだ。
中性的な顔をしているからしょうがないと笑っていたが申し訳なく思った。
それが初めて会った時の話だ。
今だって、細いが鍛えられている事が分かる体躯。
それに加え、体型を隠す様な服装。
首元も隠している。
中世的な顔立ちだからか、何方の性にも見える。
初対面の人間には分からないだろう。
意図的にどこまでも本気で、分からないようにしている。
そんな子供と、私を引き合わせたのは戦友でもあるギペル・クロイツヴェーグ。
このギルべルティーナ・ミヅキ・ベルンシュタイン言う名前の少女。
クロイツヴェーグの孫ということになっていて実際孫のように可愛がっている存在であり、あいつの剣を唯一受け継いだ剣士。
私にあった時に驚いた顔をしたから、あの男が私に会いに行くのも、自分も一緒に行くのも初耳だったのだろう。……あの男も無茶をする。
戸籍のない少女を、死んだ娘の子供と言う扱いにして戸籍を与え。
実家の系統の顔に似た弟子の子供の顔立ちを利用して実家を黙らせたのだから。
それを知った子供の驚いた顔は、凄まじかった。
呆気にとられた後、白い肌を紅くして、その後に青ざめた。
軽くパニックを引き起こしてたと言っても過言ではない。
それをどうにか押し込めて、落ち着かせたのだからギぺルもあれな男だった。
クロイツヴェーグは随分昔の友人だ。
エルシフルを通じて友人になった。
それが最初出会ったと思う。
気難しいところがある偏屈な友人だ。
引き合わされた時に、孫と言って紹介された子供。もとい…弟子にあわされたのには驚いた。
剣を捨てたと話していたのに剣を持っていたのにも驚いたが、あの生きた瞳は人魔戦争の前しか見た時が無い。
まぁ、あの気難しい友人が弟子にするのも無理はないと思う。
少女が持っている沈黙を保ってられる気質は好ましい。
静かに一を聞いて十を知り、空気や心境を読み取る類の人間だ。
あの偏屈な友人と相性がいいのも頷ける。
適材適所と、いうやつだ。
私がそんなことを考えていると、焚火のまきが音を立てて割れる。
炎が音を立てて、火花を散らした。
それを伏し目がちに見つめる少女。
それは、初対面の時と変わらず、やはりどこか異郷の雰囲気を携えていた。
それと次くらいは、料理の腕を褒めてやろうと思う。
何故だか、剣とギぺルの事に関してしか共通の話題がないせいか。
間に伝わるのは沈黙で、話題が殆ど無いのだ。
口下手な事もあるとは、自覚している。
デュークさん視点むずい・・・!!
まぁ、多分、時間軸的には矛盾していないはず。
これからもがんばります。