のんびりと更新していく予定です。
貴族の人の後見があるんなら、平民の身分だったとしても連絡ってされるよねって話。
SIDE:ギル
「災難だったな、ギル」
地下牢から出され、繊細なつくりの細工が施された城の廊下を抜けて、裏門から案内された先に居たのは四頭仕立ての馬車。
銀の紋章が刷り込まれた扉を見れば、何処に案内されるのかはすぐ知れた。
タラップに足をかけて音も立たずに開けられた扉の中へと入り、ふわふわとしたクッションやらなんやらが使われている馬車の座席へと乗り込んだ。
連絡が行ったんだろうなとぼんやりと考えているうちに、先に乗り込んでいた医師によって頬に治療が施される。馬車に乗ったとは言えど、白から目的の場所まではそこまで距離は離れておらず、すぐに馬車から下りることとなった。
目前に映るのは師匠に連れて来られた―――――後見人を務めてくれている瀟洒に整えられた貴族の館である。
面倒事の気配にため息をつきそうになるのを押し込める。
できる限り音をたてないように気を配りながら、踝まで隠れる丈のボルドーのスカートを履いたメイドに先行されながら文様が豪華についているランプの明かりが燈された絨毯張りの廊下を歩き、一度だけ来たと記憶している重厚な扉を開ける。
すると、すぐに軽やかな声の聞こえた。視線を巡らせ、窓辺を見れば、自分とよく似た顔立ちの青年が居た。
自分とほとんど、同じ顔なのに何と言うか……悪の組織の幹部っぽいというか。寧ろ、悪の総帥っぽい感じが半端ない奴である。
雰囲気なのだろうか。 自分には関係のない話だが。
暖炉の明かりに照らされて煌めく金髪が美しい。
切れ長の赤に近い紅茶色の瞳が私の顔を見て、心底愉快そうに歪む。
それを見て、私はついにとうとうため息をついた。
一度でも彼と面識がある人間に会うと、私と彼が双子の様にそっくりであるせいで、隠し子なんじゃねえのと影で言われるくらい自分とよく似た姿。
私が男顔なのか相手が女顔なのか、二人して中性的な顔立ちなのか。
それは過去、うっかり突っ込んでお互いに死ぬほどダメージを受けたので置いとく事にする。
からかう様に微笑する男の様な笑い方を私はできないし、鏡合わせの様に似てるとはいえ、男女の差異だってあるのだ。
私の方が眼つきが落ち着いているし、大きい。
唇の厚みだとか、睫毛の長さだとかその他諸々が違うのだ。
……女として言わせてもらうが、肌も私の方が滑らかだ。
まぁ、それは一旦置いといて。
「……そうだね、災難だったよ。アル」
どこか親しみが見え隠れする青年の微笑に、苦笑で答えた。
白い指が私の髪に触れる。
僅かに肩が震えたが、私に触るのを止めようとはしないらしい。
寧ろ、笑い声が増した。このサド野郎!!としか思えない。
本当に何なんだろうなこいつ。
このアルベルト・ウルリッヒ・クロイツウェーグという男は、何故かこの世界での私と血縁上の従弟になっている。
こいつは、ものすごくどうしようもない気分になってしまう事実なのだが、皇帝のおひざ元である帝都に貴族として長く存在する家の当主である。肩書きは大きく、しかし若さは人一倍あると言う色々と珍しい存在でありながら、代々続く貴族の家の家長になった辺りの経歴も凄いというか、襲名劇は貴族の中でも語り草になっているというから末恐ろしい。
貴族って言うのは権力争いを年がら年中行っている様な奴らである。
しかも、歳をとるごとに権力に沈溺するからか、妖怪みたいな存在が多くなる。
そんな魍魎跋扈する宮廷の中で、血筋だけで家長になったものがいるのなら、そっくり身ぐるみを剥がれて家格が下がるか使い捨ての駒になる。傀儡になると言うのが当たり前らしい。……なんつー恐ろしい世界だ。きっと、平安とか幕末の公家もこんな風だったんだろうと、思わず思ってしまった。
一緒に腕を組みながら水面下で足の引っ張り合いをするのが宮廷だ。
着飾った女たちが扇の下で言葉を交わし、シガーの煙を漂わせながら男共が悪だくみや会合をかわす。きらびやかな光りの下、その下に出来る影で行われるのは優雅でありながら、一般人には理解できないほど血の気が引く足の引っ張り合いだ。
………そこを踊る様に生き抜いてきたのだ。
目の前の、当時若干16歳の当主がだ。
もう、こんな経歴を持っている時点で時点で関わり合いになりたくないタイプである。
私個人としては本当にもう、関わり合いになりたくないレベルでドン引きなのだが、周りが私を放っておいてくれない。なぜなら、男女の差異があるとはいえ血縁が疑われるくらいには顔がそっくり。そのうえに、戸籍上は親戚で従兄弟だ。
これで関わり合いにならずにいられるわけがない。
家に関する利権とか放棄してる(というかない)わけで巻き込まれる可能性は低いのだがこいつに顔が似てて、気にかけられている時点で中々に―――――ヤバい気がする。
「はは、まぁかけたまえ。いい葡萄が領地で取れた」
手が髪から離される。
にこやかに手招きされて、頭痛を感じながらも椅子に腰かける。
確かに、バケットに盛られているのは見事な粒の葡萄である。
艶艶と光る表皮は、黒に近い、濃い紫色。
夜食だからなのだろうかお酒の代わりに、湯気がまだ立っている琥珀色の紅茶が淹れられている。顔は似ているが……味覚は大分違うらしい。私は珈琲派だ。
そして、リンゴの方が好きだ。
「下がってよろしい」
私が片方の椅子に腰かけ、自分も目の前の椅子にかけた途端にそれを用意したのであろう侍女を下がらせている。
まったく嫌になるほど、優雅な仕草だ。
嫌みが嫌みにならないのが嫌みになる、そんな希有な素質をもっている。
難儀な男である。女にもてるが男にはもてない、人望があるけど人望がない。
矛盾を内包する様な男。
『私は君を利用するが、君も私を利用して構わない。君はただ、外に滅多に出れない僕に外で君が感じ取った事を、忌憚なく区別なく、あるがままに話せばいい。それだけしてくれるなら、“クロイツウェーグ”は君に庇護をあげる』
今でも克明に思い出せる言葉。
初対面のドッぺルゲンガー並みに似ている女相手によくもああ冷静な言葉をかけれたのか不思議に思ったが、こいつはただ、図太い奴なだけだと気づいてから楽になった。
多分、心がたわしで出来ているタイプだと思う、初対面の奴に利害関係を持ちだすなとか色々云いたい事があったのだが、楽だった。
行き成り、違う文化の世界とやらに放り出されて、疑われるのは仕方ないとは思ってもよそよそしいのは耐え難かったのだ。
気を使われているのが分かる。それが何よりも辛かった。
自分が厄介事を持ちこんだ。寧ろ、私自身が厄介者なのにそれを言ってくれないのに鳥肌が立った。あいつらは私を阻害して、厄介物の様に扱うべきだ。
居心地がよすぎて、死にそうになる。
迷惑ばかりかけているのにそれを表に出さないのが、云わないのが理解できなくて怖いのだ。理解できないものを見た。当たり前であるが故に恐ろしい。
だから、この男の言葉は耳に心地よかった。利用する・されるの関係の方が行き成り現れた異邦人にとっては分かりやすく、理解できる。
――――ギル?
子供の様に無邪気に愛称を呼んでくる男にひとつため息をついて、苦笑した。
ずるずるとこんな関係を続けている癖に、変な所で子供の様な男だ。
どれがこの男の“本当”なのか。
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだが、全部なんだろうと納得して、口を開いた。
朝焼けにはまだ遠い。
それまでに、メイベリーの末娘と出会った経緯や、都市ではやっている噂。
交易の推移ぐらいは話す事が出来るだろう。
「なんでもないよ」
SIDE:アルベルト
「なんでもないよ」
まーた、面倒なことばかりぐちぐち考えてるんだろうな。
自分にはできないちぐはぐな笑い方をした銀髪の片割れにため息をつきそうになった。
この女は厄介なものばかり背負い込みたがる。
マゾではないとは知っているが、自傷癖を持っているのだから、酷い。
しかも、本人には自覚なしの、考えこみ過ぎてつぶれるタイプの自己破綻人間だ。
自覚なしの天才肌人間であるくせにこのざまである。
無駄に器用で、器用だから気付かれない不器用な女。
半月で文字を敬語まで含めて文法を完璧に理解し、剣術はおろか多少なりとも魔術まで覚えた。
「ふぅん。まぁ、どうでもいいけどさ」
「おい…」
じゃあ聞くなよ、そんな顔をする彼女。
苦虫をかみつぶした様な彼女の顔は結構好きである。
自分と似た顔をした彼女が、自分とは違う表情の歪め方をするのが面白い。
それを一度、口に出して言ったら、無言で引かれた。
『……生理的に気色悪い』
むしろ、一刀両断だった。
頬と云うかこめかみの辺りが無駄に引き攣っていた
意外と感情が豊かなのだ。自分とは違って。その証拠に瞳はどこまでも無機質で何かに悩み続けている。それでいてゆらゆらと定まらない辺りひどく分かりづらいけど、それ以外の事は結構顔に出るのだ。
「君は当分、帝都には来ない方がいい」
「……まぁ、妥当な判断だな」
それよりも伝えておかなければいけない言葉がある。
憮然としている彼女もそれには納得していた。
騎士団に目をつけられたというか、顔を知られたわけだし。
当主としては、彼女を当分帝都付近に近付けるわけにはいかない。
まぁ、彼女が今のところ本拠にしているアスピオは、帝国が直接治める学術都市な訳だからあまり意味がないのだけど騎士団の貴族連中を刺激しないことに意義があるわけだし俺としてはハルル辺りに一度、移動してもらって、そこから港町のほうへ行って海を渡って欲しいわけだが……それをいきなり告げるのは酷だろう。
そもそも彼女は特に悪いことはしてない。
剣を向けられた老人と子供を庇っただけだった。
そこで、有無を言わさず牢屋にぶち込んだのはいただけない。
アレクセイ団長が大ナタを振るって騎士団組織の抜本改革をしてのけたけれど、未だに騎士団の内情は腐ったままだ。汚職や横流し、暗部は中々消える事がない。
貴族は薄らくらい事ばかりしている。
なので特に彼女は悪い事をしたわけではないのだ
けど、結果的に貴族の騎士の顔に派手に泥を塗ったわけだ。
しかも、彼女は俺と似た顔をしていて血筋を感じさせるわけだけど、ファミリーネームが違う。後見されているだけの平民だとすぐに知れるわけだ。
……俺としては似た様な顔をしている従姉(ということになっている)が悲惨な事件やら可哀想な病気、
「騎士団長はともかく、貴族のボンボンにこれ以上目をつけられるのは避けた方がいい」
「……私に直接来るならともかくも、君や師匠、リタに危害が来るのは……」
「違う。 俺やギぺル大叔父様は平気だろうし、リタ・モルディオは城お抱えの魔導師だから、その騎士どもも手は出せない。――――問題は君だ、ギル。 戸籍上は君はクロイツウェーグの血を引いていて、外見も俺に似ている。けど、君の身分は平民の傭兵だ。 もし女性だとばれたら、大変なことになる」
そう、これで彼女が本当に男だったのだが俺だって放っておいた。
でも彼女は女性なのだ。自画自賛するようで嫌になるが、この美しい、嫌味のない整い方をした顔立ちは、不埒な男が下種な事を考えるにふさわしい顔立ちである。
瓜二つな顔を持つ俺が女顔なのか彼女が男顔なのか俺らが中性的すぎて性別が迷子になっているのかは置いておく。ちょっとデリケートな問題である。両者にダメージが来ると言う問題なので放っておけ。
俺にそんな事を言われると思っていなかったのか、蒼い瞳を瞬かせる彼女。
きょとり、と首を傾げる仕草はどこか稚い童女の様な風情である。
俺にはできない顔だ。眼は分かりにくく死んでいるけど、子供のよう。
自分がそう言うセクシャルなものに晒されるなんて考えていなかったんだろう。
というか、多分、ギルはこういう方面に疎い。
現に今も、首をかしげている。
まぁ、男である自分に似ているのだから、そう言う目で見られる事がないと思っていたのだろうか。
――――そうなら、あれか?
「……俺が、説明する様なのか……?」
子供みたいな顔をしている女性に、……俺が?
これって、セクシャルハラスメントで訴えられたら負けるんじゃないか。
子供の様に真っ直ぐな眼差しに思わず、めまいを感じながらため息をついた。
*アルベルトさんは頑張った