【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
世の中、自分の中にある常識を疑うような事が唐突に起こるということを、私、ミシェル・ジェーンはよく知っている。
組織の殺し屋から『S.H.I.E.L.D.』のエージェントになったとか、実は悪魔に記憶を消されていたとか、いつも買っていたお気に入りのチョコバーが生産停止になったとか。
当たり前とは、往々にして裏切られるもの。
昨日と今日は地続きだが、連続性はないのだ。
そして、今日がその日だ。
仕事中、ピーターから連絡が来たので、アパートに来てみれば──
『…………』
スパイダーマンが4人いる。
正確には
まずは、いつもスパイダーマン……というか、ピーター。
他のスーツ姿のスパイディとは異なり、私服姿の彼氏だ。
今日もカッコいい。
次に、黒いスーツを着たスパイダーマン。
マスクを取っている所為で素顔が見える。
移民系の人種だろうか、褐色の肌を持っている。
歳はピーターより少し若め。
そして、赤と黒のスーツを着たスパイダーマン。
ピーターより幾分か歳を取っている……恐らくは30代中盤か。
気難しそうな顔で私を見ている。
最後に、スパイダーガール。
茶髪の可愛らしい女の子だ。
目を輝かせて、私を見ている。
以上、スパイディが4人。
そして、先程、ピーターが説明してくれた『別の世界から来た』という言葉。
この状況から導き出される答えとは──
似たような宇宙が幾つも存在し、それはほんの小さな違いから無限に分岐し、大きく姿を変えた異なる宇宙を生み出す。
世界によってはスパイダーマンは女性かも知れないし、老人かも知れないし、ゾンビかも知れないし、ロボットかも知れない。
そもそも、スパイダーマンが存在しない世界もある。
その知識が私にはある。
正確にはあった。
『
その危険性は、
だから、記憶はある。
しかし、曖昧な記憶だ。
『とにかく……自己紹介をしよう。私の名前はミシェル・ジェーン=ワトソン。国防機関である『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ。君達の名前は?』
視線を褐色に男と、中年の男に向けるが──
「はいはい!私はメイ!」
『それは先程、聞いた』
テンション高めで跳ねながら、手を上げる女スパイダーウーマン。
少し呆れた目で──マスク越しだから相手には見えないだろうが──見る。
私はそんなメイから視線を逸らして、残りの二人に目を向ける。
そんな中、褐色のスパイディが観念したように頷いた。
「ぼ、僕はマイルズ、マイルズ・モラレスだ。でも、驚いたな……本当にMJなんだ」
私をMJと呼ぶか。
MJは『スパイダーマン』のヒロインの愛称だ。
メリー・ジェーン……そのイニシャルだ。
疑っては居なかったが、この男、マイルズは『
『それで、もう一人は?』
視線をピーターより歳上の男に向ける。
「私はピーターだ。ピーター・パーカー」
なんとなく、そんな気はしていた。
何処となく、この世界のピーターと似ている。
だが……別人なのは分かる。
顔の作りが微妙に違う。
そして、その表情も。
このピーターは顔が険しい。
神経質そうな顔だ。
しかし、同じピーターか。
名前を呼ぶのもややこしい──
「ミシェル、彼のことは『ドクター』と呼べばいいよ」
ピーターが……ああ、いや、この世界のピーターが私にそう言った。
『分かった。では、ドクターと呼ぼう』
「フン」
私の言葉にピーター……ドクターは顔を顰めながら頷いた。
ややこしいな、ピーターが二人とは。
しかし、ドクターか。
医者か、博士か……どっちだ?
悩んでいるとマイルズは挙手した。
「それで、MJは──
「マイルズ。ミシェルはMJって呼ばれるの嫌がってるんだ。ミシェルって呼んであげて」
しかし、ピーターが割り込んだ。
のだが──
『……いや?私は別にMJと呼ばれても構わないが』
別にMJと呼ばれるのは嫌じゃない。
これは私の傲慢かも知れないが、名前の呼び方によってピーターの恋人という立ち位置をハッキリと明示されるのは嫌じゃないというか、私も満更ではないというか、他の世界のスパイディからも公認で恋人扱いされるというのは中々に自己肯定感がくすぐられるような──
「あの、ミシェル?」
『なんだ?』
「いや、反応がないから……」
しまった。
会話が進んでいたようだ。
『しかし、イニシャルで呼ばれるのを私は嫌がっていたか?そんな事を言った記憶はないのだが』
「……あー、記憶はなくなってるかも」
『……ああ、なるほど。そういう事か』
ピーターの言葉に納得する私。
そんな私を見て、メイとマイルズは首を傾げていた。
ドクターは私を訝しんでいる。
事情が分からなければ、この言動を不思議に思っても仕方あるまい。
私はあの日、あの夜……ピーターが私を救うために悪魔と取引をした日。
それ以前のピーターとの記憶を代償に失っている。
つまり、MJ云々の話は、それ以前の記憶だという事だ。
「でも、ミシェル。イニシャルで呼ばれたいなら、僕もこれから『MJ』って呼んだ方がいい?」
そうピーターが言う。
頷こうとして……私は思い留まった。
MJとは、『スパイダーマン』におけるヒロインの名前だ。
そう呼ばれることはつまり、私をヒロインとして認識する事だ。
それはいい。
だが、MJとは私の名前か?
私の名前ではあるが、私を指す言葉か?
これからMJと呼ばれる度に、私の脳内で
それは嫌だ。
私はミシェルだ、あの赤毛の女とは別人だ。
ピーターにはミシェルと呼んで欲しい。
『いや、やめておこう。今まで通り、ミシェルと呼んでくれ』
「うん、分かったよ……マイルズもそれで良いかな?」
「あ、うん」
ピーターの言葉に、マイルズが生返事した。
なんというか、若干呆れたような顔をしてる。
そんな中、メイがこそこそとドクターに擦り寄っていた。
「ねぇねぇ、ドクター……あの二人、あちあちだね」
「黙れ。私に話しかけるな」
聞こえてるぞ、メイ。
ドクターは怒って……なさそうだ。
メイを面倒な子供として扱い、あしらっているのだろう。
それにしては、語気が強いが。
『話を戻そう。マイルズ、話があったのだろう』
「あ、そうだった、MJ……じゃなくて、ミシェル──ミシェルさんは『S.H.I.E.L.D.』に所属してるって聞いたけど……僕達がこの世界に呼ばれた理由とか分かる?」
『それは分からない。私も、この事態を飲み込むのに精一杯なぐらいだ』
そう口にしつつ、手荷物の紙袋を机に置いた。
「えっと、ミシェルさん?これは?」
『ピーターから依頼されていた、成人男性用の服と、女性用の服だ。ドクターとメイ用の着替えだな……ピーター、マイルズのは?』
「僕の服を貸そうかなって」
『そうか。取り敢えず着替えたらどうだ?いつまでも、そんな格好で落ち着かないだろう』
私はスパイディ達に目を向ける。
赤と黒のスーツ、黒いスーツ、女性用のスーツ……それらを身につけた彼らへ。
そんな私に、ピーターが頷いた。
「とりあえず、メイは脱衣所で着替えて貰っていいかな?他の二人は悪いけど……場所がないからここで」
彼の言葉に三人が頷いた。
まぁ、女性にこの場で着替えろと言える訳がない。
そして、メイが私の持っていた紙袋を開けた。
「おー……これ、私の?」
『そうだ。ある程度、サイズに融通がききそうなものを古着屋で買ってきた』
メイが持っているのは白いパーカー、シャツ、チノパンだ。
一応はレディースで、サイズ差があっても着やすいものを選んできた。
そんな服に対して、ピーターが申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん、ミシェル。お金は後で払うよ」
『いや、構わない』
「でも──
『『S.H.I.E.L.D.』の事件捜査費用として経費で落とす。私の懐は傷まない』
「え?いい……のかな?」
『構わない』
古着の数着なんて、『S.H.I.E.L.D.』の捜査費用から見れば些事だ。
毎月結構な費用が割り振られており、使い切る事なんて出来ないほどだ。
そう口にすると、ピーターもマイルズに着せるための服を出してきた。
「分かった……なら、取り敢えず、みんなには着替えて貰おうかな。ミシェルも着替えるよね?」
『ああ、そうしてくれ……メイ』
「え?はい?」
『私も脱衣所で着替えてもいいか?』
「あ、うーん、いいよ」
まぁ、メイは客で、これから当分は居候のようなものだ。
どうこういう権利もないと思っているのだろう。
そんな訳で私はメイと共に脱衣所に入った。
周りの男性、特にマイルズとドクターは私がメイと脱衣所に入っていくのを訝しんでいた。
まぁ、この全身ヴィブラニウムで武装した姿は、男性に見える。
例え、中身が女性だと言われていても、飲み込み難いのだろう。
そうして、風呂場の外、脱衣所に来たのだが──
「ふーん?マグカップが二つに、歯ブラシが二つ……ピーターが使いそうにない化粧水。ミシェルってピーターと同棲してるの?」
洗面台の様子を見て、メイが話しかけてくる。
いいから早く着替えて欲しいのだが。
『いや、同棲はしていない。週に何度か泊まりに来るだけだ』
「へぇ、なるほどぉ、進んでるねぇ……」
目と口を細めて、メイが私を見ている。
鬱陶しい視線に、少し、気まずくなる。
『……はぁ、こんな話どうでもいいだろう。早く着替えろ』
「はいはーい」
目の前で着替え始めたメイを見て、私も着替えに専念する事にした。
腕の操作パネルを弄り、指部のセンサーを作動させる。
そうすれば、ヴィブラニウム製の全身アーマーは勝手に関節ごとに自動で分解されていく。
ガチャガチャと音を立ててアーマーが落ちていく。
身長を誤魔化すための厚底の靴を脱いで、頭部のマスクを脱げば──
「……はぁ」
素顔が見える。
そして、首から下にある、伸縮性のある耐刃防弾スーツが姿を見せた。
まぁ、見た目からすれば全身タイツでダサいのだが。
実用性重視だ。
それを脱ぎ捨てれば、金具のないゴム製の下着が見える。
昔に比べて成長はしたが、まだスレンダーと呼べる体躯が鏡に映る……が、その鏡越しに視線が見えた。
「メイ?どうかした?」
「えっ!?あ、いや、そのぉ……」
マスクについた変声機越しではない素の声で話しかけると、メイは露骨に狼狽えた。
「何か変?」
「いやぁ……なんというか、うん、想像以上というか、想像通りというか……びっくりしたというか」
「……うん?」
「まぁ、なんでもないよ……なんでもない」
変な物言いだ。
何でもあるような口調……想像以上?想像通り?相反する言葉。
何か言いたげだ。
「気になることがあれば、言えばいい。私は別に怒らない」
「え?いやぁ……スーツ着てた時と全然違うなぁって思って」
「……まぁ、仕事着を着てる時は、少し気を張ってるから」
「まぁ、いいや……そんな程度じゃないと思うけど」
ぼそぼそとメイが呟く。
別に私は二重人格じゃない。
ナイトキャップの私も、ミシェルの私も、両方とも私だ。
例えば、だ。
家に帰った父親と、仕事場の父親で態度や立ち振る舞いに差が出るだろう。
その程度だ。
誰もが無意識に行う対外的な振る舞いの延長線上であり、何か違和感を持たれる程ではないと思うのだが。
まぁ、他人の感情に私が正否を問うのも傲慢だろう。
甘んじて受け入れよう。
「さて、と」
脱衣所にある壁埋めのクローゼットとから、私は私服を取り出す。
量販店で売っているラフな紺色のワンピースを手に取り、それを着る。
部屋着はこういう量販店の服の方が着心地が良いので私は好きだ。
そうして着替えていれば、メイも着替えが終わったようだ。
私が買ってきたカジュアルな服装一式に身を包んでいる。
こうしてスパイディのスーツを脱げば、何処にでもいる歳頃の少女にしか見えない。
「……ねぇねぇ、どう?似合ってる?」
そんな事を私に聞かないで欲しいが……まぁ、似合ってはいる。
褒めて欲しそうだし、褒めてやるか。
「ん、似合ってる」
「へー、そっか……この服、貰って良い?元の世界に持って帰っても良い?」
「え?いいけど」
古着屋で買った服だ。
全身新品では目立つだろうと、敢えて古着にした。
元々、貸すつもりで渡していない。
返して貰っても仕方ないし、あげるつもりだった。
だから良いのだが、敢えて聞く程、その服が気に入ったのだろうか?
「えへへー、プレゼント貰っちゃった」
嬉しそうに鏡にポーズをとっている。
そんなメイを見て、私は……どこか、飢えている……ように見えた。
足りないものを欲しているような感覚。
欠けたものを隠そうと強がっているような印象。
彼女はティーンエイジャーだ。
まだ子供だ。
らしいといえばらしい。
だが、らしくないといえばらしくない。
スパイダーマンはヒーローだ。
だが、輝かしい記憶の積み重ねとは程遠い。
大いなる力、その大いなる責任。
栄光の裏にある、仄暗い過去。
彼女もまた、スパイダーマンだ。
ならば、彼女の過去は……察するに余りある。
子供らしくないバックボーンに、子供らしく振る舞おうとする姿。
その意味は……そうだな。
少しは、彼女に優しくしてやってもいいだろう。
「ねぇねぇ、ミシェル」
「なに?」
「このゴミ箱に空箱あるんだけど、最後にしたのって──
私は彼女の持っていた箱を叩き落とした。
「いったぁ!?」
「前言撤回。優しくしてあげない」
「うわぁ、DVだ!暴力だ!」
どうせ嘘泣きだ。
彼女に暗い過去があるのは事実だろう。
それはそれとして、寂しがり屋で、承認欲求が強く、自己顕示欲が強く、目立ちたがり屋で、デリカシーが欠損しているのだろう。
泣き真似をするメイを無視して、私は脱衣所を出た。
そうして、目に映ったのはピーターと……私服に着替えたマイルズと、ドクターだ。
だが、マイルズとドクターは私を見た瞬間、面食らった表情を浮かべて、身体を硬直させた。
思わず、私も戸惑った。
ちょっぴりだが。
「え?なに?」
私が見渡すと、マイルズが手を小さく上げた。
「あ、あのぉ、どなたですか……?」
「え?」
「って、いや、その……もしかして、ミシェル、さん?」
「そうだけど」
マスクを脱いだ私が誰だか分かっていなかったようだ。
「いやいや、全然違うじゃん……さっきと」
マイルズがそう口にして、ドクターを見た。
ドクターも鬱陶しそうな顔をしながら、異論は唱えなかった。
消極的な同意と受け取って良いだろう。
なんだ失礼な奴らだな。
そんな二人を見て、ピーターが宥めるように手を振った。
「まぁまぁ……僕達もマスクを付けてる時はちょっとテンション上がるでしょ?そんな事ない?」
「いや、ないよ」
「ないな」
「……あれ?僕だけ?」
ピーターが撃沈した。
そんなピーターを無視して、私はマイルズに目線を戻した。
「話し方や態度がちょっと違うかもしれない。でも、私は私。ミシェルだから。改めてよろしく」
「……ちょっと、じゃないと思うけどなぁ……よろしく」
無理矢理納得させるために握手しておいた。
しかし、ナイトキャップの時とミシェルの時で、そんなに違うだろうか?
昔は確かに、かなりの差があったと思う。
でも、最近はナイトキャップでもカジュアルになってきたし、ミシェルの時もそれなりにクールな感じだと思う。
ここまで驚かれる謂れはあるだろうか?
いや、無いと思う。
うん。
腕を組んで頷いていると、メイが脱衣所から出てきた。
ベソをかきながらだ。
「ピーターぁ……!ミシェルが私の手を叩いた……!」
「え?……何か悪さしたの?」
「……私のこと全く信用してくれてないじゃん」
嘘泣きをやめて、メイがやさぐれた顔をした。
そんな彼女を表情豊かだなぁ、と私は思った。
そして、私は目線をピーターに戻した。
「それで?今後はどうするつもり?」
「うん。調査していく方向性になると思う。偽物のスパイダーマンの正体も知りたいし。取り敢えずはみんな、家がないしここに泊まって貰おうかなって」
「みんな?」
「あ、メイは女の子だし……ミシェルの家に泊まらせてあげた方がいいかな?」
ピーターの言葉に、メイが手を上げた。
「はいはーい。私も、その意見に同意しまーす」
「……だってさ、ミシェル」
私はこめかみを揉みながら、ため息を吐いた。
「はぁ……分かった。じゃあ、メイは私の家で」
「ありがとう、ミシェル。迷惑かけてごめん」
「大丈夫。迷惑だけど」
そんな私とピーターのやり取りに、メイが不貞腐れていた。
「うわー、酷い扱い……私が迷惑なんてかけると思ってるの?」
まぁ、冗談だ。
騒がしいとは思っているが、別に彼女のことは嫌いじゃない。
寧ろ何処か、親しげのようなものを感じている。
ちらと窓に視線を向けると、空が暗くなり始めていた。
「ピーター。そろそろ、夜だけど……全員分の夕食を用意した方がいい?」
「あ、うん……用意してくれるとありがたいかな」
「分かった。丁度、作り置きがあったから冷蔵から出して──
冷蔵庫を開けると、空っぽだった。
昨日、冷蔵庫にメイ叔母さん直伝のチーズマカロニをパンパンに詰めてたのに。
シンクに目を移すと、食器洗い機の中に幾つもの皿と……タッパー。
「あの……ミシェル、ごめん。お昼に食べちゃって……」
「ああ、なるほど。謝らなくていい。怒ってない」
これは本当だ。
元々、ピーターに食べて貰う予定だった料理だ。
どう食べようとも問題はない。
ならば──
「じゃあ、今から食材の買い出しに行く。ちょっと待ってて」
「ごめん……僕もついて行って方がいいよね?」
ピーターの言葉に、私は首を振った。
「家主は家に居ないと。お客さまが困る」
「それはそうだけど……5人分の食材ってなると、持てるかなって」
それは確かにそうだ。
私は超人血清により身体能力が高く、5人分の食材などまとめて持てるが……それだけの量を1人で持つのは目立つだろう。
身体的な限界というより、対外的な限界である。
どうすべきか、悩んでいると……横からメイの手が上がった。
「はいはーい、私、手伝おうか?」
その提案に少し悩む。
断ろうかと視線を向けて……私はため息を吐いた。
「……分かった。ついてきてくれる?」
「うん、力仕事なら任せて!昔、暴走するバスを止めた事もあるぐらいだから」
そこまでの力は必要ないんだが。
「じゃあ、ピーター。私はメイと買い出しに行く。ちょっと待ってて」
「うん、分かったよ。ありがとう」
ピーターに小さく手を振ると、メイが真似して手を大きく振った。
テンションが高い。
それでも私はメイを連れて行く事にした。
彼女の目を見れば、どうしても、断れる気がしなかったからだ。
甘いのだろう、私は。
小さくため息を吐いて、私とメイは部屋を出た。
◇◆◇
部屋を出ていくミシェルとメイの背中を見ていた僕の、肩を誰かが叩いた。
「ねぇ、ピーター」
「マイルズ?どうかした?」
「いや、ミシェルさ──ミシェルの事なんだけど」
敬称は捨てたみたいだ。
まぁ、マスクを付けていないミシェルは歳より若そうに見えるし、親しみやすい性格をしているから。
距離感を詰める事に反感はない。
だけど、マイルズの顔は真剣そのものだ。
「ミシェルがどうかした?何か、そっちの世界で悪い事でもあるの?」
あちらの世界で悪い事があれば、こちらの世界で悪い事が起こる可能性も高まる。
と、スティーヴンが言っていた。
だから、聞き直した。
そんな僕に対してマイルズは小声で──
「いや、ミシェルって、すっごく美人じゃない?」
どうでもいい事を言ってきた。
「あ、うん。そうだね」
「ビックリしたよ。すっごくエージェントらしい格好で来たから、マスクを脱いだら厳つい女戦士が出てくると思ってたし」
「あー……まぁ、そう見えるよね」
「なのに、マスクを脱いだら……ね?こっちの世界だとアイドルになれるよ、間違いない。もしくはモデルだね」
「うん」
僕の恋人が褒められている。
それに何と返事したら良いか分からないから、適当に同意するしかない。
「で、ピーター。そんなミシェルとの出会いって?どうやって、あんな美人と恋人になったの?」
マイルズの言葉に僕は記憶を遡る。
……出会いから恋人までって。
サンドウィッチ屋であって。
一緒にご飯食べて。
お隣さんで。
学校も一緒で。
ナイフで刺されて、殴られて。
殴って、殴り合って。
心臓が爆発して。
忘れられて。
積み上げて。
うん、どう説明したら良いか分かんないや。
「まぁ、色々あってね」
僕は遠い目をしながら、そう口にした。