レッドキャップ:エンドゲーム   作:WhatSoon

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南アフリカ、ワカンダ。

古くからの歴史ある文化と、近未来的な科学文明が両立した国家だ。

 

その国を覆う城壁から光の扉が突き上がっている。

そして、その外では今、ワカンダ人達が武装して待機していた。

 

歴史ある装束と、ヴィブラニウム製の槍と胸当て。

それらを身につけた戦士達が並び立つ。

 

その先頭に立つのは国を守りし黒き豹の神、バーストの担い手にしてワカンダの王……ブラックパンサーこと、ティ・チャラ。

 

そして、そんな集団と相対しているのは誰か。

 

装飾もない機能美を追求した宇宙船達。

奇怪な見た目をした四つ足のエイリアン兵、アウトライダー。

宇宙から侵略しに来たサノス率いる軍である。

彼等の目的はワカンダで現在守られているインフィニティ・ストーンである。

 

この世界の理を司り、手にした者に超常の力を与えるインフィニティ・ストーン。

それは6つ存在する。

 

空間を司るスペース・ストーン。

心を司るマインド・ストーン。

現実を司るリアリティ・ストーン。

力を司るパワー・ストーン。

時間を司るタイム・ストーン。

魂を司るソウル・ストーン。

 

その6つ。

 

その中の一つ、マインド・ストーンが今、ワカンダに存在する。

マインド・ストーンはヴィジョンというヒーローの頭に埋め込まれており、それを取り除き、破壊すべくワカンダで手術が行われている。

 

それを守るため、そして破壊するため……ワカンダは戦う。

 

そのワカンダ軍の中には、余所者も居る。

世界各地のスーパーパワーを持つヒーロー達、そして、『S.H.I.E.L.D.』から参加したエージェント……。

 

私、ミシェル・ジェーンことナイトキャップも参戦していた。

 

 

『……ふぅ』

 

 

エイリアン集団との戦争。

だというのに澄んだ空の下、穏やかな空気が流れていた。

 

南アフリカの長閑な風景……果てまで広がる草原。

その先に浮かぶ宇宙船。

そこから降り立っていく、アウトライダー達。

 

風景と相反し、緊張して息を吐く。

 

 

「ミシェル、大丈夫?」

 

 

そんな中、すぐそばに立っていたピーターが声を掛けてきた。

といっても、親愛なる隣人……スパイダーマンとしての姿だ。

 

 

『問題はない。緊張していないと言えば、嘘にはなるが』

 

「それは仕方ないよ。宇宙人と戦うなんて、滅多な事じゃないし」

 

『ピーターには経験があるのか?』

 

 

互いの本名を口にする。

しかし、周りに居るのはワカンダ人か『S.H.I.E.L.D.』の人達だ。

名前がバレた所で何の問題はない。

 

 

「うん、あるよ。何年前だったかな……チタウリが攻めて来た時にね。ま、記録では居なかった事になってるけど」

 

 

ピーターは過去に、悪魔との契約を行った事により、世界から記憶と記録が抹消されている。

つまり、その思い出は彼の中にしか存在しない事実だ。

 

 

『……そう考えれば、その時と今の状況は地続きになるか』

 

 

チタウリはサノスの支配する惑星の住民。

あの時も地球にあるインフィニティ・ストーンを奪取するために侵略行為を行なっていたのだろう。

 

インフィニティ・ストーンは6つ、全て集まる事で如何なる事象をも引き起こす。

それこそ指を弾くだけで、宇宙中の全ての生命体、その半分を抹消できる程だ。

サノスの狙いとは、それだ。

 

宇宙の資源は少しずつ、熱量へと変わっていく。

規則性のあるエネルギー、生物的な生命のエネルギー、それらは乱雑な熱エネルギーへと変わり、いずれ宇宙は熱に灼かれて滅びる運命にある。

故に、世界を延命させるために切り捨てる。

 

宇宙全ての生物から半分を抹消することで、宇宙全てを延命させる。

 

宇宙規模の環境家なのだ、サノスは。

 

 

「とにかく、サノスは止めないと。例えどんな理由があろうと、宇宙規模の大量虐殺なんて、間違ってる」

 

『そうだな……』

 

 

ピーターの言葉の頷きつつ、私は装備を確認する。

兄が作り、ワカンダの天才学者シュリが改修したナイトキャップ・アーマー。

普段は対人の非殺傷制圧用に電圧調整をしている武器の、エネルギー出力を上げる。

 

戦闘用に作られた宇宙人の兵士相手に、対人出力が通るとは思っていない。

そして、相手が人でないのであれば……不殺などとは言ってられない。

 

視線を上げる。

 

宇宙船から、アウトライダーが降り立つ。

理性のない凶暴な獣が地を蹴り、ワカンダの外周にある防壁に突撃する。

 

 

ギャアア──

 

 

エネルギーバリアに防がれて焼け焦げる音と共に、獣のような呻き声が聞こえる。

しかし、アウトライダーは仲間の骸を踏み越えて、エネルギーバリアへ殺到する。

このまま全て、バリアに防がれて焼けてしまえばいいのだが。

 

そうは上手く行かないだろう。

 

 

「……バリアが突破される。僕は少し前に出てくるよ」

 

『……そうか。無事で──

 

 

マスクの下部を展開して、口元を露出する。

 

 

「無事で帰って来てね。ピーター」

 

 

機械に変換された中性的な声ではなく、生の声で囁く。

どうしても、戦友(ナイトキャップ)としてではなく、一個人(ミシェル)として話したかったのだ。

 

そんな私の様子にピーターが振り返った。

 

 

「うん、帰ってくるよ。ミシェルこそ、無理はしないでね」

 

 

そうして、ピーターが走り出した。

 

 

「…………」

 

 

同時に私はマスクを戻した。

 

不安が見える口元を隠すために。

そして、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントとしての自分を確かめるために。

 

 

『…………』

 

 

アウトライダー達の死体がバリアに積み重なり、許容量を超えて、侵略を許した。

少しずつワカンダの領土へと足を踏み入れていく。

 

そんな中、先陣をきるアベンジャーズ。

ヒーロー達の中に、ピーター……スパイダーマンが居る。

 

ピーターなら大丈夫だ。

心配はいならない。

 

彼は強い。

私よりも遥かに。

 

だからそう、心配すべきは己の身だ。

だというのに、心配してしまう。

 

それは親愛からか。

だけど、それを上回る信頼がある筈だ。

 

スパイダーマンは負けない。

そう、私は信じている。

 

信じているのに。

 

 

『…………』

 

 

何故だろうか。

この胸騒ぎは。

 

じくじくと痛むように、心臓が締め付けらている。

気を抜けば呼吸が荒くなりそうだ。

 

ワカンダの防壁を抜け、ヒーロー達が撃ち漏らしたアウトライダー達が迫り来る。

ワカンダの兵と、『S.H.I.E.L.D.』の戦闘員……そして私は武器を構えた。

 

ワカンダの兵はヴィブラニウム製の槍と盾を。

私はパルスガンを。

 

そして、戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場は混沌を極めた。

 

アウトライダーに加えて、サノスの配下である精鋭ブラック・オーダーが参戦した。

その結果、ワカンダの外壁は完全に崩壊し、アウトライダーが流れ込んだ。

 

ヒーロー達の迎撃にも限度があり、後衛である私達の元に大量のアウトライダーが襲いかかってきた。

 

 

『……次から次へとキリがないな』

 

 

パルスガンでアウトライダーの頭部を蒸発させ、ヴィブラニウム製のアーマーで首を引き裂く。

一体、二体と殺害していくが、全体量に比べれば微々たるものだ。

 

前線も崩れて、乱戦のようになっており、陣形などあったものではない。

 

 

「ミシェル!」

 

 

呼ばれた声に目を向けつつ、別のアウトライダーを射殺した。

 

 

『ピーター……前線はどうなった。どうして下がって来た?』

 

「キャプテン達がサノスを追って、敵陣に。他の人達だけでは前線を維持出来ないから、みんな下がって来たんだ」

 

『なるほど……なら、このまま乱戦に耐えるしかないか』

 

 

ピーターが糸(ウェブ)でアウトライダーを転ばせる。

その瞬間に私は首元を踏みつけて、へし折った。

 

瞬間、私の背後から迫り来るアウトライダーに対して、ピーターが蹴り上げた。

アウトライダーは蹴られたサッカーボールのように宙を吹っ飛び、四回転をして地面に叩き付けられた。

 

周りの仲間……特にワカンダの兵士から感嘆の声が漏れた。

 

スパイダーマンは普段、人間を無力化するためにかなり加減をしているが、本来は凄まじい身体能力を持っている。

そもそも走るトラックどころか、電車を力づくで止めれるようなヒーローが非力である筈がない。

だから、この結果は当然なのだ。

 

それはそれとして、彼氏が褒められて私は鼻が高い。

 

 

「それと、どうせ乱戦になるならミシェルと一緒の方がやりやすいからね。少しでも多く、このトカゲ宇宙人達を減らさなきゃなんないし……ね!」

 

 

ピーターが糸(ウェブ)を放ち、アウトライダー二体に貼り付けた。

互いの動きに干渉して身動きが鈍る……そんなアウトライダーの頭部を、私はパルスガンで撃ち抜いた。

 

 

『それもそうだ。私も組むなら、ピーターがいい』

 

 

私は現在、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだが、ニューヨークで警察と協力し、超能力(スーパーパワー)を持った悪党(ヴィラン)相手の取り締まりを行っている。

ニューヨークで活動するピーターとは、私情抜きに共に活動する事が多い。

 

つまり、協力プレイはお手のものという訳だ。

 

そうして数を減らしていると……森で光の柱が突き上がった。

 

 

「えっ、何あれ?」

 

『分からないが、碌な事じゃないのは確かだな』

 

 

その直後、サノス軍の宇宙船が飛翔し始めた。

そして、その砲台をこちらに向けて来た。

 

 

「まずっ──

 

 

砲台にエネルギーが充填されているのが、遠くからでも見える。

光の粒子が漏れる中……雷撃がサノス軍の宇宙船に降り注いだ。

 

あれは……ソーの雷だ。

宇宙船が墜落しアウトライダー達を押し潰す。

 

更には流星のような輝きが別の宇宙船を撃ち抜いた。

あれは……誰だ?

 

分からない。

だがそれでも優勢となっているのは確かだ。

 

 

「……もう一踏ん張りってとこかな』

 

『ああ、そうだな』

 

 

私とピーターは、混乱しながらも爆走するアウトライダー達に向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、1時間程が経過した。

アウトライダー達の殆どが倒された。

ワカンダも『S.H.I.E.L.D.』も、全くの無事ではない。

それでもサノスの軍勢を退ける事が出来ていた。

 

宇宙船はその全てを破壊され、アウトライダー達は逃げ場を失った。

 

勝てる。

いや、勝った。

 

口には出さない。

しかし、実感はあった。

 

この戦いは終わった。

後はサノスを倒し、インフィニティ・ストーンを集めさせなければ──

 

 

「……ミシェル」

 

 

ピーターに呼ばれて、視線を向けた。

震えるような、不安そうな声だった。

 

 

『ピーター?どうかしたのか──

 

「何か、まずい……拙いんだ……気分が、悪くて……」

 

『気分が?どこか怪我でもしたのか?』

 

 

そう言いつつピーターを確認する。

スーツは破れていない。

直接的な怪我はない筈だ。

 

 

『まさか毒でも──

 

「違う……違うんだ。理屈は分からない、けど……頭に中がムズムズして、凄く……不安で、気持ち悪くて……吐き気も、するんだ……」

 

 

ピーターが地面に転けるように膝をついて、手を地面に置いた。

 

 

『ピーター……っ』

 

 

尋常じゃない様子に私はピーターのマスクを剥いだ。

顔は真っ青だ。

血の気が引いている。

 

まるでこれから死ぬんじゃないかってぐらい、生気を感じさせない。

 

この戦いの前から感じていた不安が大きくなっていく。

理由も分からない不安が、大きく。

 

これはなんだ?

何が起きているんだ?

 

 

『待っていろ。今すぐ活力剤を──

 

「そう、じゃないんだ……凄く、不安で、怖くて、気持ち悪いんだ……だからその、ミシェル……」

 

 

ピーターが何を言いたいのか、分からない。

だが、何を求めているかは分かった。

 

私はマスクを展開して、素顔を晒した。

 

 

「ピーター……」

 

「……うっ、あ」

 

 

呻くような声。

それと同時に周囲で悲鳴のような声が上がった。

 

周りを見渡す。

人が塵となっていた。

輪郭が崩れて、砕けて、消失していく。

 

瞬間、私は察した。

 

サノスは目的を達成した。

達成してしまったのだ。

 

この宇宙の全ての生命。

その半分を抹消する事に成功してしまったのだ。

 

そして、消失した彼らは……運悪く、コインの裏を引いてしまった。

消失される半分に、無作為に選ばれてしまった。

 

 

「……ミシェル」

 

 

そして、ピーターも。

 

 

「あ、あ……」

 

 

足先が崩れていた。

少しずつ、ピーターの身体が崩壊していく。

 

灰となり、塵となり、崩れて、無へと還る。

 

死んでしまうのだと。

私は察した。

 

 

「ピーター……っ、そ、んな……」

 

 

私は声を震わせた。

震わせる事しか出来なかった。

何も出来なかった。

無力だった。

 

ただ、愛する人が消えていくのを怯えて眺める事しか出来ない。

そう自覚して、己の無力さにどうにかなってしまうそうだった。

 

そんな私を見てピーターは、怯えたような顔を引き締めて……私に体重を預けながらも、私を見上げた。

 

 

「……大丈夫」

 

 

そして、ぽつりと呟いた。

 

 

「だ、大丈夫なんかじゃ……」

 

「大丈夫……心配しなくて、いいから……」

 

 

根拠のない励まし。

それが怯える私に対する慰めなのだと理解した。

 

今、身体が消えていく中、不安なのはピーターだというのに。

私を励まそうとしているのだ。

 

それが恥ずかしくて、情けなくて、悲しくて、辛くて、怖くて。

目から涙から溢れて……ピーターの頬を伝う。

 

本当に辛いのはピーターだというのに、私は泣いていた。

 

 

「……あ、ぁ、ピーター……ご、め……ん、なさい……」

 

 

ぼろぼろと、崩れていく。

輪郭が、形が、愛する人が、未来さえも。

 

 

「……謝らなくていいよ……辛いのは、残される人の方だから」

 

「そんなこと……っ、ない……!」

 

 

消えゆくピーターの方が辛い筈だ。

苦しい筈だ。

怖い筈だ。

 

なのに、どうして。

 

 

「……だから、僕のほうこそ……ごめんね、ミシェル」

 

 

そんなに穏やかで、申し訳なさそうな顔をするのか。

 

 

「ピーター……」

 

 

手足も体も支えるべき肉体が、消えていく。

手の内にあった重さが、存在が、消えていく。

 

 

「い、いや、こんなのって……」

 

 

身体が崩れて、塵になる。

ピーターという形が失われて、零れ落ちる。

 

 

「あ、いや、だめ……ま、待って……!」

 

 

縋っても意味がない。

最早、手遅れだ。

 

言葉を交わす事もできない。

人としての形はもう、失われていた。

 

消える。

 

 

「あ、あ……」

 

 

消える。

 

 

「あぁ……」

 

 

消える。

 

人も。

夢も。

想いも。

 

形あるものと、形のないものが。

 

 

「…………」

 

 

消えた。

 

手の中にはもう何もない。

元から居なかったかのように、何もない。

 

ここには何もない。

未来にも何もない。

本来あるべきものがない。

なければならなかったものがない。

 

 

「……あ、ぁ、あ……あ……」

 

 

押し殺して、それでも漏れる嗚咽と慟哭が……私の内から零れ落ちる。

 

耐え難い喪失感と、絶望が胸の内を占めた。

 

もし、この消失がバスの席なのだとしたら。

ピーターではなく、私が座るべきだった。

 

彼はこれからも人を救う、救える存在だった。

私よりも遥かに、人の為になる存在だった。

 

なのに消えてしまった。

私ではなく、ピーターが消えてしまった。

 

その事実に私は膝から崩れ落ちた。

 

 

「…………」

 

 

ぼんやりと、空を見上げた。

今はただ、この清々しいほどに青い空が憎かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界から半分の生命が消え失せた。

それでも、世界は続いている。

 

サノスによって宇宙の生物、その半数が消滅させられてから──

 

 

 

5年後、ニューヨーク。

 

 

 

この未曾有の事態に人々は混乱していた。

国は国という形を保てなくなり、国境は崩壊した。

 

治安は悪化する一方で、私の仕事は増えるばかりだ。

 

今のニューヨークは混沌としている。

サノスによる大量虐殺が原因で、職や家族を失った人達が暴徒と化している。

マフィアやヤクザの配下となって、悪事を働いている。

 

 

「てめぇ、マスク野郎……こんな時代に自警団気取りとは随分と良い趣味してやがるぜ」

 

 

最近はザ・ハンドと呼ばれる組織が台頭している。

忍者を源流に持つ闇の組織だ。

 

目の前にいるスーツ姿の日系人。

彼もザ・ハンドの下部組織であるヤクザの構成員だ。

 

 

『世界に何が起ころうと、私の役目は変わらない。彼の望みと信念を引き継ぎ、遂行するだけだ』

 

 

活気のあった頃とは見違えるニューヨークの大通り。

夜に中、過剰に装飾されたネオンの街。

半ばスラムのような姿を見せている。

 

 

「気でも狂ってんのか」

 

 

『S.H.I.E.L.D.』は存在しない。

所属メンバーの大半、そしてニック・フューリーが消滅したからだ。

組織を束ねる者も、管理する者も居ない。

 

だから、私はどこにも所属していない。

強いて言うならば、元ヒーローの身内の集まりに参加しているぐらいか。

 

 

『私は正気だ。狂っているのは世界と、お前達だ』

 

 

刀を構えたスーツ姿の男を前に、私はヴィブラニウム製のナイフを構えた。

これは、崩壊したワカンダで譲り受けたナイフだ。

 

今は銃火器の弾丸や、火薬の補充すらままならない。

使いまわせる近接武器は重宝している。

 

 

「死ねや!」

 

 

刀が迫る。

だが、何も恐れる事はない。

 

ヴィブラニウム製のアーマースーツ、その腕部で受け止める。

そして、ナイフで男の指を切断した。

 

 

「あ、が!?」

 

 

そうすれば刀も握れない。

私は痛みにふらつく男の腹部を、蹴り飛ばした。

 

 

「ぐ、う……っ!?」

 

 

地面を転がる男を、私は見下した。

 

 

『これで終わりだ』

 

「て、てめ、ぇっ、こんなことして、何の意味があるんだよ……!今は法なんて、無視する方が賢い世界だ!」

 

 

男が私を見上げながら、吠えている。

 

 

「力ある奴が、好き勝手できる世界だ。そうなったんだ!お前もこっち側だろうが!なのに何故──

 

『一々、うるさい。耳障りだ』

 

「ぐわ……!?」

 

 

私は男の頭を蹴飛ばして気絶させた。

水溜りの中に顔を埋めた男を見て、一つため息を吐きながら振り返る。

 

殆ど廃墟のようなビルの窓から中が見える。

何人も、何人ものヤクザ達が気を失っている。

大小、怪我はあるが死んではいないだろう。

 

痛みは、警告だ。

この世界に今、まともに機能する法も牢獄も存在しない。

 

だから、警告する。

悪事をすれば私が来ると、警告する。

 

私は彼等にとっての恐怖だ。

そして恐怖とは心の檻だ。

 

そのために痛めつけた。

物資を破壊して、悪さを出来ないようにした。

後遺症が残るように身体を半壊させた。

 

 

『……力ある奴が、好き勝手できる世界、か』

 

 

男の言葉を反芻しながら、視線を元に戻した。

 

彼の口にした言葉は、事実だ。

だが、それを私は否定したかった。

 

大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

この世界にはもう存在しない、彼が口にした言葉だ。

そして、今の私の信念でもある。

 

 

『……ピーター』

 

 

記憶は永遠ではない。

少しずつ薄れてしまう。

どれだけ大切でも、どれだけ忘れたくなくても。

薄れて、消えていってしまう。

 

それでも、瞼を閉じて、思い出す。

 

私だけは忘れない。

忘れたくないから。

 

あの笑みを、優しさを、温もりを。

そして……別れ際の、宥めるような顔も。

 

 

『…………』

 

 

私は踵を返した。

 

少しでも、ピーターに近づけただろうか。

少しでも、彼の理想に近づけただろうか。

答えは分からない。

 

死ねば分かるのだろうか。

死後の世界でピーターと会えるのだろうか。

それも分からない。

 

答えはない。

あの頃から、少しは成長できたと思いたい。

しかし、私を評価してくれる人は居ない。

 

それでも、夢を見た後の微睡のような世界で、私は生きていくしかない。

 

 

『帰ろう』

 

 

どこに帰るというのか。

帰った所で、待ってくれる人など居ないのに。

 

ピーターも、グウェンも、ハリーも、ネッドも……みんな、みんな消えてしまった。

だからもう、孤独だ。

 

どうせなら、私も消えたかった。

そう思えてしまう程に、孤独だった。

 

 

 

セーフティハウス。

古びたコンクリートの家の中、ボロボロのベッドの上で膝を立てる。

 

割れた鏡に映るのは、薄汚れた黒いマスク姿の私だけだ。

 

 

『…………』

 

 

マスクを脱ぐ。

歳を取って、大人の女性らしくなった私が見える。

すっかり、あの頃のピーターと並べば……自信を持って歳上と見られるような姿になった。

 

なってしまった。

 

思い出の中に居るピーター達は、少しも歳を取らないのに。

現実に取り残された私だけが、歳を取ってしまった。

 

 

「死んだら……死んで、あの世でみんなと会えたら……ビックリするだろうな……」

 

 

腕のアーマーを外して、膝を抱える。

指に付けた飾り気のない指輪が、目に映る。

 

それを指でなぞる。

愛おしい思い出、愛おしい人。

そしてもう二度と会えない人。

 

思い出しながら、指でなぞる。

 

私は彼等の生きられなかった未来で生きている。

だというのに、過去に縋り続けていた。

 

少しずつ、ニューヨークの空が明けていく。

私の心とは裏腹に、少しずつ。

 

ゆっくりと。

 

私はその光が鬱陶しくて、目を閉じた。

強く、強く。

 

今はただ、夢を見られない体質を呪っていた。

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