【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#31 バース・オブ・ブラック part4

「え……じゃあ、1ヶ月も会えない……?」

 

 

私は病院で驚愕していた。

 

目の前にはベッドに腰を下ろしているグウェンの姿がある。

 

ここはNYメトロポリタン病院。

彼女が入院し始めた4日後、再度見舞いに来た私、ピーター、ネッド……そして入院中のグウェン、この四人が病室の中に居た。

 

 

「そう。最新の治療方法が見つかったらしくてね……上手くいけば足も動くようになるかもって……でも、結構大きな病院に転院する事になるから、1ヶ月は会えないんだって」

 

 

治療できるかも知れない……と言うのは嬉しい話だが、1ヶ月も会えないとなると……少し寂しい。

 

 

「ね、ミシェルは応援してくれる?」

 

 

でも、そう言われれば頷くしかない。

彼女のこれからの人生が、より良くなるように……私は協力できる事ならしたい。

後押しだって、勿論。

 

 

「うん、応援する。頑張って欲しい」

 

 

グウェンの手を握って頷くと、彼女は微笑んだ。

 

 

「夏休みまでには戻るから……上手く治ったら、一緒に夏期旅行でマイアミビーチに行こうね」

 

「うん」

 

「折角、水着も買ったんだし……絶対着て遊びに行かないと」

 

「……うん」

 

 

グウェンが未来について楽しそうに語る。

希望に満ち溢れているようだ。

 

私はそれを非常に好ましく感じていた。

先日の彼女は強がって、辛そうな事を隠して気丈に振る舞っていたけれど……今日の彼女は心の奥底から喜んでいるように見える。

 

私も自然と笑顔になって頷いている。

 

水着を人前で着るのは嫌だが。

本当に嫌だが。

恥ずかしいからだ。

グウェンやピーター、ネッドのような友人に見られるのは良い。

だが、見知らぬ人間に見られるのは……ちょっと。

 

そうして普段からは考えられないほど上機嫌なグウェンと、頷いてばかりの私。

 

それを遠目でピーターとネッドが見ていた。

 

 

「……あの、グウェン?」

 

「なに?」

 

「あの、二人……」

 

「あー、別にナード達は放っておいて良いでしょ。私達が仲良すぎて入って来れないんだよ、陰キャだから」

 

 

あまりに酷い言いように後ろの二人を見る。

ネッドは怪我人相手にあまり強く言い返せないようだった。

 

その後は、午前中にハリーがお見舞いとして買ってきたフルーツの盛り合わせを四人で食べた。

 

ハリーもこまめに来ているらしい。

グウェン曰く、来ても良いけど、別にそんなに来なくても良いのに……だ、そうで。

最近はそこそこ会話が弾んでいるようで、確執は解けたようだ。

 

うん。

グウェンは見る目があるし、ハリーは良い奴だから当然と言えば当然か。

 

 

見舞いの果物は私が切った。

ナイフの扱いは得意なのである。

年がら年中、振り回しているので上手くて当然だ。

 

それにしても……。

 

最近はグウェンからのスキンシップ……と言う名のボディタッチが激しい。

もし男だったら勘違いしていただろう。

 

……いや、男だったら、こんなにベタベタ触れ合ってないか。

 

 

「そう言えば、フラッシュとか、リズとか、その辺の奴らも来たよ。昨日だけど」

 

「「え?」」

 

 

他のクラスメイトならまだしも、フラッシュが来るのは意外だった。

そう言う繊細な部分があったのか、アイツ。

 

 

「最近、フラッシュも何か思う所があったのか……人が変わったように良い奴になったね」

 

「へぇ……?」

 

 

余り実感の湧かない私は、適当に返事をする事しか出来ない。

 

 

「ピーターもさぁ、うかうかしてらんないねぇ。ハリーもいるし」

 

 

……うん?

何でここでピーターとハリーが出てくるんだ?

 

ピーターが慌てた様子でグウェンに声をかけた。

 

 

「ちょ、ちょっとグウェン……!」

 

「え?何?図星でしょ?ライバルが多いと大変だね」

 

 

そう言ってグウェンがピーターの脇を突いた。

 

……あ、もしかして。

 

ハリーも、フラッシュも、ピーターも好きなのかな?

 

 

 

グウェンの事が。

 

 

「なるほど」

 

 

私は腕を組んで頷いた。

 

確かに、グウェンは非常に魅力的だ。

可愛いし、お洒落だし、スタイルも良いし、カッコいいし、優しいし。

 

納得した私はピーターに声を掛ける。

 

 

「ピーター、恋の応援なら任せて」

 

 

ぐっと拳を握ると、三人とも何とも言えない顔をしていた。

 

そして、グウェンが呆れたように口を開いた。

 

 

「……ミシェルってさ」

 

「うん」

 

「頭は良いけど……ちょっと抜けてるよね」

 

「うん?」

 

 

何故かお馬鹿認定を受けてしまった。

 

……人とのコミュニケーションは難しい。

私はそう思った。

 

 

 

2時間ほど病室で話した後、帰る事となり、ピーターとネッドが持ってきた荷物の片付けをしていた。

 

これはグウェンの父、ジョージ・ステイシーから頼まれた替えの歯磨きブラシとか、着替えとか、その辺だ。

 

下着はネッドとピーターが持っている袋に入っていないが。

それは私が持つ。

男には持たせられないからだ……え?

じゃあ私もアウトなのでは……とは言わない。

生物学的に私は女だ。

なので問題ない。

 

 

「ねぇ、ミシェル」

 

 

そして、二人が部屋から出て行った後、グウェンに呼び止められた。

 

 

「どうかした?グウェン」

 

「うん、一つだけ聞いても良い?」

 

「一つじゃなくても、幾つでも」

 

「ありがと」

 

 

グウェンが深く息を吸って、意を決したような顔をしている。

 

 

「もし、さ」

 

「うん」

 

「もしも、だよ?」

 

「うん」

 

「もし私が……今までと違う人間になったとして……それでも友達で居てくれる?」

 

「うん、当然」

 

 

要領を得ない質問だった。

だけど、彼女が不安に感じている事に私は肯定を返した。

 

何があっても、私はグウェンの味方だ。

それこそ、もしも……グウェンと私、どちらかが死ななければならなくなったら……迷わず私は自死する程に。

 

 

「ありがと。……うん、それだけ。今日は来てくれて、ありがとね?ホントに」

 

「私も楽しかったから。……今度は1ヶ月後になっちゃうけど」

 

「大丈夫!絶対治してみせるからね」

 

 

お互いにぎゅっと抱きしめあって、別れた。

これが今生の別れになる訳ではない。

 

人は生きてる限り、望んでいれば何度でも出会う事が出来る。

 

私は手を振って、病室を出た。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

僕、ハリー・オズボーンは少しずつ……少しずつだが心を持ち直して来ていた。

 

自宅の書斎で日記を開く。

これは僕が昔から、父に日記帳を買ってもらってからずっと書いている日記だ。

 

前日以前の記録を読む。

 

数日前。

ミシェルと会話して……父の被害者であるグウェンとの仲を取り持ってくれた。

 

グウェンは性格の良い女の子で、直ぐに打ち解ける事が出来た。

……だからこそ、父……いや、父を狂わせた『グリーン・ゴブリン』と言う存在に──

 

 

『憧れている』。

 

 

……いや、違う。

憎いんだ。

憧れてなんかいない。

 

僕の父は薬品によって身体能力が強化されたが、精神が汚染されてしまった。

結果的に際限なく欲望が増幅し、人を傷つけて、奪って、不幸をばら撒いた。

 

なんて『羨ましい』んだ。

 

違う。

僕はそんな事を望んではいない。

 

理性を失って、獣のように暴れるような姿なんて『最高にイカすぜ』。

 

違う、違う、違う。

『俺』はそんな事を『望んでいる』。

 

『俺』は『欲しいもの全てを手に入れる』。

 

無理だ。

人には限界がある。

『俺』に『そんな物はない』。

 

グウェンだって『メチャクチャにしてやりたい』。

彼女は『俺』を信じている『からこそ、その顔が歪むのが見たい』。

 

 

違う、違う、違う、違う──

 

 

「違う!」

 

 

僕は自分の思考を散らすため、机を強く叩いた。

日記が捲れる。

 

開かれたページにはペンで塗りつぶされた醜悪な悪鬼(ゴブリン)の絵が描かれていた。

 

こんなモノを描いた記憶なんて、僕にはない。

 

 

あの時。

父が死んだあの日から、僕の心に邪悪『で、偉大で、カッコいい』何かが住み着いている。

それは僕の思考を蝕んでいる。

 

誰も周りにいない時、悪鬼が僕に囁く。

 

復讐(アヴェンジ)しろ』。

『仇を討て』。

 

……でも、そもそも無理だ。

父を殺した犯人は分からない。

知らない。

 

新聞に乗っていたのは、脱獄した父の死体が廃駅で見つかった……と言う情報だけだ。

警察だって犯人を探している。

 

僕は……。

 

 

「お困りですか?」

 

 

……僕は後ろに振り返った。

彼は最近雇った使用人のベックだ。

 

父の凶行が原因で、この屋敷の使用人の殆どが逃げ出してしまった。

オズボーン家は沈み行く船のようなものだ。

逃げる事は正しい事だ。

 

だからこそ、新しく使用人を雇ったのだ。

 

 

「……すまない。何もないさ、大丈夫だ」

 

「そうでしょうか?私には何か、悩んでいるように見えますが……」

 

 

そう言ってベックが窓際で埃を払った。

 

ベックは父と友人らしい。

自称……だから、本当に友人なのかは知らない。

 

だが、父が本当に辛かった時に助けた事があると言っていた。

 

 

「いや、君に言っても仕方のない事だ」

 

 

僕は開かれていた日記を閉じて、机に仕舞う。

見られないように暗号鍵も付いている。

 

……少し待っても、ベックがこの場を離れない。

 

 

「……どうした?何かあったのか?」

 

「えぇ……貴方に見せたいモノがあります」

 

 

そう言うベックの手には大型のタブレットがあった。

 

……使用人の服には、そんなモノを隠し持てるような場所は無いはずだ。

不可解な現象に僕は眉を顰めた。

 

 

「……どこから取り出したんだ?」

 

「その前に一つ、ハリー坊ちゃんには謝らなければならない事があります」

 

「何を……?」

 

 

使用人らしからぬ言動に顔を顰めた。

 

 

「私、自分のことを『使用人』と言っていましたが、アレは嘘です。実は私……『魔法使い』なんですよ」

 

「……ふざけているのか?」

 

「いいえ?正真正銘の大真面目、ですとも」

 

 

ベックが指を弾くと、手元のタブレットは消えて、部屋の中央にプロジェクターが現れた。

 

 

「これは……」

 

「是非とも、貴方に見ていただきたい物があるんですよ」

 

 

そう言い切るとプロジェクターから、書斎の白い壁に向かって映像が投射される。

それは寂れた廃駅の、監視カメラ映像だった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「そん、な…………」

 

 

僕は驚愕した。

何故なら、今見た映像は警察も掴んでいない父の死の真相だったからだ。

 

 

「酷いでしょう?」

 

 

父は何度も殴られ、痛めつけられ、最後は首を裂かれて死んでしまった。

薬物でおかしくなってしまったとは言え、父は父だ。

目を覆いたくなるような真実に、僕は『憤りを隠せなかった』。

 

 

「まさか……彼が」

 

 

映像に映っていたのは父と──

 

 

「『スパイダーマン』が父さんを殺した、なんて……!」

 

 

スパイダーマンだった。

母が亡くなってから一人で僕を育ててくれた父を……容赦なく痛めつけて、命乞いをする父を笑いながら殺した。

 

映像には、そう映っていた。

 

 

「あぁ、なんて酷い……ノーマンは素晴らしい人間だった。それにも関わらず、彼は私刑によって彼を殺害した……命乞いを無視して、戦う意思を無くした男を殺したのです」

 

「……うっ……くそっ」

 

 

誰かが僕に囁く。

父だ、父の声だ。

 

『私の復讐をしろ』

『復讐だ』

『仇を取れ』

『蜘蛛男を殺せ」

 

 

「私もそうです。彼に怒りを抱いているのは貴方だけではありません。私は貴方と共に協力し……スパイダーマンを討ちたい」

 

 

『討て!』

『殺せ!』

 

 

「……討つ……殺す……」

 

 

『俺』は復唱する。

父の怨念が僕を突き動かす。

これが『俺』の『やるべき事』だ。

 

 

 

「安心して下さい、私達以外にも仲間はいます。貴方と同じ……スパイダーマンに復讐したい者達ですよ」

 

 

演技じみた仕草でベックが笑った。

 

僕はその姿を見て、ベックの正体が気になった。

きっと、今僕の前に晒している姿も偽りなのだろうと、そう思った。

 

 

「……ベック、貴方は……一体、何者なんだ?」

 

 

だから、そう訊いた。

 

 

「私ですか?私は──

 

 

再度、ベックが指を鳴らすと、緑色の雲が彼の体を包んだ。

 

 

『『謎の男(ミステリオ)』……そう呼んで下さい』

 

 

くぐもった声でそう返事をした。

 

だが、そこにベックの顔はなかった。

全てを反射する球体状のマスクと、緑色のコスチュームを着た男が立っていた。


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