【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

39 / 138
#39 シニスター・シックス part7

深夜のミッドタウン……廃墟のビル。

 

本来の時間なら、俺は自宅でぐっすり寝てる時間だ。

それがどうしてか、いつもの手甲(ガントレット)を装備して、よく知らねぇ善人様(ヒーロー)と戦ってるのか。

 

つまり、今日の俺は『ショッカー』として残業中だ。

 

まぁ……これは仕事じゃねぇが。

金は貰ってねぇし……スパイダーマンをボコれるって聞いたから参加したのに……殺気立ってる奴ばっかだし。

『レッドキャップ』からは「危なくなったら帰れ」なんて言われるし。

 

ハァ……?

自分より年下のガキ置いて帰れるかって話だよ。

しかも、俺と違ってアッチは仕事らしいし。

趣味でやってる俺と違って帰れねぇだろ、アイツ。

 

とやかく理由を作っても、結局は俺のプライドが許せねーって事で、忠告を無視して来ちまった訳だが……。

 

ふと、隠れてる壁から顔を出す。

 

金色のエネルギーが俺の顔を通り過ぎた。

背後の壁に拳状の穴が空く。

 

慌てて俺は顔を隠した。

 

 

確か名前は『アイアンフィスト』。

『気』だか『オーラ』だか、よく分かんねーエネルギーで殴ってくる奴だ。

戦った事はなかったが、名前とかその辺だけは知っている。

 

俺は普段、傭兵をやってるからな。

フィスクに刑務所から脱獄させてもらってから、忠誠は誓わされてはいるが……金を貰って悪事を働くのは辞めてねぇ。

 

それで、裏の仕事をするなら『情報』が最も大切なアドバンテージになる。

仕事敵のヒーローについては、『それなりに』詳しいと自負している。

 

だから奴についても、『それなりに』知っている。

 

俺は左手を壁から出して、衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

黄色いマスクを被った変人、『アイアンフィスト』が両手を金色に光らせて受け止める。

 

そのまま手で受け流すようにして……俺が放った衝撃波(ショックウェーブ)は横に逸れて壁を抉った。

 

 

「オカルト野郎が……」

 

 

悪態を吐きながら、粉塵に紛れて隠れる場所を移動する。

 

さっきからこれの繰り返しだ。

 

俺の放つ衝撃波(ショックウェーブ)は科学由来の理論的な攻撃だ。

圧縮させた空気弾に振動を乗せて放つ。

単純だが強力な破壊力を持つ『科学』だ。

 

対してアレは何だ?

拳が光って?

内なるエネルギーが?

発射される?

『オカルト』だ。

 

ヒーローのスーパーパワー全てが理屈立ってるとは言わないが、奴はその中でもマジで意味わからねぇ部類に入る。

 

『科学』と『オカルト』は相性が悪いんだよ。

アッチは俺の理屈をある程度分かっているだろうが、俺はアッチの理屈を1ミリも分かんねぇんだから。

 

さっきから、俺が放った衝撃波(ショックウェーブ)も全部受け流されている。

 

 

……逃げるか?

レッドキャップだって「逃げろ」って言ってたし。

 

 

だが、まぁ……俺が逃げて他の奴らに迷惑が。

 

……それは良い。

良いんだ。

意味わかんねぇ黒いバケモン、クソダサいサイ野郎、うさんくせぇ金魚鉢、悪ぶりたい坊ちゃん。

どいつもこいつも『仲間』じゃねぇ。

 

『シニスターシックス』なぁんてカッコつけているが、実際は個人技持ちの我の強え自己中集団だ。

 

俺が優先。

他人は後。

それは間違いない。

 

間違いないが……。

 

 

俺は、再度、手甲(ガントレット)引金(トリガー)を引いた。

 

狙うのは『アイアンフィスト』じゃねぇ。

奴を支えてる足場だ。

 

足元が抉られ、『アイアンフィスト』と距離がとれた。

 

 

……懸念してんのは、レッドキャップだ。

俺が逃げちまったら、目の前の敵が合流しちまうかも知れねぇ。

そん時……アイツが不利益被るっつーのは見逃せねぇ。

 

せめて、アイツの仕事が終わるか、こっから撤退するのが決まってからだ。

俺が逃げるのは。

 

 

……もしもの時は、使うしかねぇか。

 

 

ここが廃墟だから、俺は出力を絞ってる。

マジで本気を出しちまうと、ビルが倒壊しかねない。

 

だがまぁ、負けるよりはマシだ。

そして……唯一の『仲間』を見捨てて逃げるよりも、マシだ。

 

『アイアンフィスト』から放たれる『気』の弾丸を避けながら、そう結論付けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

(マット)は今、赤い鬼のようなコスチュームを着て……『デアデビル』として『ミステリオ』の前に立っていた。

 

中を見透かす事の出来ない、光を乱反射する球体のマスク。

鱗のように全身に張り巡らされた緑のパーツ。

目をあしらった金色のプロテクター。

赤紫色のマント。

 

 

「よく来たね、デアデビル……真実を操る魔術師が相手をしてあげよう。遺書は書いたかい?書いてないなら今のうちに書く事をオススメするよ」

 

 

……確かに、魔術師らしき姿をしている。

 

だが。

 

 

「お前は魔術師を自称しているが……本質は詐欺師だろう」

 

「……知ったような口を利くじゃないか。デアデビル……その名の通り、命知らずの死にたがりめ」

 

 

ミステリオが両手を重ねて、その後開いた。

中に二つの歯車を模した刃が現れる。

 

 

「私を舐めた事を……後悔すると良い!」

 

 

その刃が僕へと迫る。

だけど、それは(フェイク)だ。

 

音は確かに、そこに大きな刃がある事を示している。

 

だけど。

風の流れを皮膚で感じて、反響する音から空間に発生しているズレを感じとる。

 

僕は手に持っていた『ビリー・クラブ』……二つに分かれた金属棒で『何か』を叩き落とした。

 

確かにそれは刃だった。

だけど、それは想定していたよりも小さい……10センチ程の小さくて薄い金属片だ。

 

 

「舐めてなどいないさ、事実だ……ミステリオ。すぐにお前の元へ向かわせて貰う」

 

「私の元に?何を言っているのか分からな──

 

 

僕は『ビリー・クラブ』を投擲した。

だけど、それは目の前のミステリオに向けて……ではない。

 

左右の何もない空間に投擲した。

 

ガシャン、と壊れる音がする。

地面に『それ』が墜落した。

 

ドローンだ。

光学迷彩を用いて視覚から姿を消していたのだろう。

だけど、僕の超感覚(レーダー・センス)には無意味だった。

 

2体のステルス・ドローンによる映像の立体投射、そして音響操作、攻撃。

 

それがミステリオの正体だった。

ドローンが哭くように異音を鳴らす。

弾けるような音と共に、動作を停止した。

 

同時にミステリオの虚像も消失した。

 

 

……ここに奴は居ない。

 

だが、どこに……?

 

今、廃ビルの至る所で戦闘が発生しており、超感覚(レイダーセンス)で状況を掴むのは難しい。

 

……奴が他の仲間を助けに向かうだろうか?

否、奴は独自の目的で動いている。

そして、奴は他人を駒として見ている。

助けに向かう事はないだろう。

 

ならば……人質か?

 

 

「ジェイムソンの所か……」

 

 

僕はドローンに突き刺さっていた『ビリー・クラブ』を回収し、最上階に居るジェイムソンの所へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「チッ!思ったよりも気付くのが早い……」

 

 

私はジェイムソンを指輪の催眠ガスで眠らせて……悪態を吐いた。

『デアデビル』……名前だけは知っていた。

だが、想像以上に知覚能力に長けている。

 

私の天敵と言っても差し支えない。

 

スパイダーマンが呼んだ援軍……まさか、5人も集めてくるとは思わなかった。

……私の手駒では勝ち目がない。

 

ジェイムソンを囮にして、一矢報いる。

混乱した所を幻覚で相討ちさせる。

幾つもの策が、幾つもの演出が思い付く。

 

そうだ、まだやれる。

私はまだ負けていない。

 

 

……私は冷静だ。

そもそも、私はスパイダーマンへ直接の恨みは持っていない。

奴は踏み台だ。

私にとって……華やかな、素晴らしい栄光への道への踏み台。

 

私は両腕に搭載されたコントローラーを操作して、ドローンを──

 

 

『精が出るな、ミステリオ』

 

 

無機質な、何者かも分からない声がした。

私は振り返る……赤いマスクが見えた。

 

 

「あぁ……貴方でしたか」

 

 

レッドキャップだ。

安心すると共に、彼の姿を観察する。

 

赤いマスクはヒビ割れている。

右腕のアーマーは砕けて、流血している。

恐らく複雑に骨折をしているであろう……ぶらぶらとさせているのが信じられない。

見ているだけで痛々しい。

他のアーマー部分も所々煤汚れていて……満身創痍だ。

 

 

「負けたのですか?」

 

『馬鹿を言うな……始末してきたさ』

 

 

……彼が相対していたのは『ジェシカ・ジョーンズ』だったな。

別名はジュエル……だったか、パワーウーマンだったか。

話は知っている。

戦闘能力が非常に高いヒーローだった筈だ。

それこそ、スパイダーマン以上に。

 

……それを始末、出来たのか。

 

 

「それはそれは……申し訳ない事を聞きましたね」

 

 

与えられた仕事は確実に熟す……素晴らしいエージェントだ。

 

……彼の弱みを知れたのは良かった。

 

レッドキャップはハリー・オズボーンにノーマンを殺した事を知られたくなかったらしい。

私はハリーを利用するために、ノーマンを殺したのはスパイダーマンだと偽装したい。

そして私達は共に、スパイダーマンを殺したい。

 

素晴らしい関係だ。

 

彼の秘密を守る代わりに、協力してもらう。

それが私と彼が交わした密約だ。

 

 

「それで……どういう用件ですか?こんな場所まで足を運んで」

 

『あぁ……一つ、渡し忘れていた物があってな。直接会えるこの瞬間を待っていたんだ』

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 

貰うものなんて有ったか?と私は首を捻った。

 

 

『お前はいつも、シニスターシックスの面々と会う時……ホログラムで参加していただろう?』

 

「……えぇ、そうですよ?」

 

 

私は……今まで本当の意味では顔すら合わせて居なかった。

別室に隠れて、ホログラムを投射し、会話しているフリをしていたに過ぎない。

 

その事実を見抜いた鋭さに恐れつつ、悪びれる様子もなく答えた。

 

 

『だから、お前が私の前に姿を見せる……この瞬間を待っていたんだ』

 

 

発砲音が聞こえた。

 

 

『受け取ってくれ、クエンティン・ベック』

 

 

レッドキャップの左手に……彼の拳銃があった。

その銃口は……私の方へと向いている。

 

 

少しして、激痛が走った。

 

 

視界を下げると、腹から真っ赤な血が流れていた。

 

 

『合成樹脂製の弾丸だ』

 

「う、あ……!?」

 

 

私は耐えきれず、足の力を失い……膝をついた。

手で押さえるが、血が止まらない。

これ以上、私の中身が溢れないように必死に留める。

 

 

「な、ぜ……?」

 

『単純な話だ、ベック。私の雇い主であるウィルソン・フィスクは、お前が考えるよりもずっと情報通と言う事だ』

 

 

私はレッドキャップを見上げる。

……普段は私の方が、身長は高かった。

だが今は。

惨めに膝をつく私よりも、彼の方が高い位置で見下していた。

 

 

『お前がノーマンを逃した事をフィスクは知っていた……なら、当然だろう?フィスクはお前を殺したがっていた。いや、お前はそもそも私が何故、ノーマンを殺したのかも知らなかったか?』

 

 

レッドキャップが拳銃を投げ捨てた。

 

 

『まぁ、それはどうでもいい。……お前は非常に臆病だった。私達が姿を捉える事も出来ない程に』

 

 

太腿のプロテクターが展開し、ナイフの柄が突き出る。

 

 

『だから、利用させて貰った。お前の屑みたいな脚本の演劇は……非常につまらなかったよ、ベック』

 

 

抜き出されたナイフは、先が折れてなくなっていた。

恐らく、ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で破損したのだろう。

 

 

『要約しよう。お前は優れた演出家ではなく……死刑台に登らされた道化だった訳だ』

 

 

ゆっくりと、私に歩み寄る。

私は後ろに逃げようと、這いずる。

だが、足が上手く動かない。

 

 

『……地獄で悪魔(メフィスト)に、その三文芝居を見て貰うと良い』

 

 

ぐさり。

刃の歪んだナイフが、私に突き刺さった。

 

 

「ぐ、うっ……!?」

 

 

内臓が傷付き、血が滲む。

切れ味の落ちたナイフが……寧ろ、痛みを引き立てる。

口の中に鉄の味が広がる。

 

繊維の切れる音がする。

私のコスチュームか、それとも肉か。

 

ナイフがそれ以上進まぬよう、手で抑える。

だが、私の力の何十倍の力で……それはゆっくりと私を引き裂いていく。

 

 

「や、め……」

 

『ベック。これでも私は今、怒っているんだ……』

 

 

怒り?

何故、怒る?

 

私は必死に自身の頭の中から、彼が怒る理由を探す。

分からない。

 

 

『君は私の友人を巻き込んだ……二人もだぞ?それは、私には許せない事だ』

 

「あ、あ、あ……」

 

『だから、お前には死んで欲しいんだ。分かるだろ?クエンティン・ベック』

 

 

ナイフがゆっくりと、私を引き裂く。

激痛に意識を失いながらも、何度も痛みで強制的に覚醒させられる。

 

……右手を目の前の赤い悪魔へと向ける。

 

 

「違う……私は……ミス、テリオ……だ……」

 

 

そうだ。

私はクエンティン・ベックではない。

 

私はミステリオだ。

 

幼い頃から映画に憧れていたベックではない。

愚鈍な監督に扱き使われるベックではない。

この世界に何かを刻み付けたいと足掻くベックではない。

 

私は、ミステリオなのだ。

 

スパイダーマンを倒して……英雄になるミステリオだ。

私は優れた存在であると世界に証明するんだ。

 

私の夢の為に。

 

 

最後の力を振り絞り、私は指輪から催眠ガスを発射し──

 

 

『効く訳ないだろう?最後まで……本当につまらない人間だったな』

 

 

腹にグッと力が込められる。

 

 

「あ……」

 

 

ブツリ。

 

と、決定的な『何か』が切れる音がした。

それは私を生かすために必要な『何か』で。

 

急激に暗くなっていく視界の中で、私は考える。

 

何を間違えてしまったのか?

どこで、間違えたのか?

 

……分からない。

例え、分かったとしても、やり直す事はできない。

 

無意味で蒙昧な思考の渦に、私は沈んで行った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

目の前で光を乱反射していたマスクが割れる。

苦悶の表情を浮かべているのは……クエンティン・ベック。

SFXやVR技術のプロフェッショナル……映像技能の天才だ。

 

……別に、それほど功を焦らなくても。

真面目に映画でも作っていれば……それなりに成功を収める事が出来ただろうに。

 

本当に愚かな男だ。

 

……しかし、ステルス機能とホログラム投射機能を持つ軍事ドローン、か。

何処から手に入れた技術かは知らないが……彼に技術提供をした者が居るのだろうか。

 

……直ぐに殺したのは早計だったか?

 

 

私は腹に突き刺さっていたナイフを拾い上げる。

 

……ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で鈍になってしまったな。

切っ先はへし折られ、幾度となくぶつかったせいで曲がっている。

 

もう使い物にはならないだろう。

 

ちら、と自身の足元にある拳銃を見る。

これも弾丸は空だ。

持ち帰りはするが、今は武器として使えない。

 

……ジェシカとの戦闘を思い出す。

紙一重だった。

 

だが彼女は物理攻撃主体のヒーローであり、私は物理攻撃を吸収するヴィブラニウムアーマーを着たヴィランだった。

相性の差は明白だった。

 

それでも、ここまで私を追い込めたのは彼女の戦闘センスによるものか。

 

……彼女は今、気絶した状態で……下の階に放置されている。

 

いずれ目が覚めるだろう。

この場は早く離れなければならない。

 

 

私はナイフの血を拭った。

 

 

……先程、私はベックを殺した時……不必要に痛めつけていた。

 

それは私怨だ。

 

彼の所為でグウェンは足を失った。

彼の所為でハリーはゴブリンになってしまった。

 

……今でも、私は彼の死体を踏み躙りたい感覚がある。

だが、死体は死体だ。

もうそれは、ベックと言う人間ではない。

命を失えば、それは骨と肉と臓物でしかない。

 

私は無意味な事をしたくない。

倫理的なモノで踏み躙らない訳ではない。

合理性の話だ。

 

ナイフを左手に握る。

 

 

……右腕を覆うアーマーはヴィブラニウム製ではなかった。

故に、ジェシカとの戦闘に耐えきれず砕けた。

砕けた金属片は私の右腕に突き刺さり……神経を寸断した。

 

異物が入っている状態では、治癒因子(ヒーリングファクター)による自己再生も期待できない。

歪な状態で治ってしまうからだ。

 

 

確かに痛むが……耐えられない程ではない。

 

 

困るとすれば……。

 

 

足音が聞こえる。

 

 

そうだな……。

 

 

「ミス、テリオ……?」

 

 

死体を見つけたスパイダーマンが驚いた声を上げた。

ハリー・オズボーンは顔を青ざめて沈黙している。

 

 

……右腕が使えなければ、戦闘で困ると言う事だ。

 

 

私は口を開いた。

 

 

『今日は遅かったな、スパイダーマン。止められなくて残念だろうが……仕方ないモノだと割り切ってくれ』

 

 

私は……私のように捻じ曲がったナイフを、二人の友人に向けて構えた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。