【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
深夜のミッドタウン……廃墟のビル。
本来の時間なら、俺は自宅でぐっすり寝てる時間だ。
それがどうしてか、いつもの
つまり、今日の俺は『ショッカー』として残業中だ。
まぁ……これは仕事じゃねぇが。
金は貰ってねぇし……スパイダーマンをボコれるって聞いたから参加したのに……殺気立ってる奴ばっかだし。
『レッドキャップ』からは「危なくなったら帰れ」なんて言われるし。
ハァ……?
自分より年下のガキ置いて帰れるかって話だよ。
しかも、俺と違ってアッチは仕事らしいし。
趣味でやってる俺と違って帰れねぇだろ、アイツ。
とやかく理由を作っても、結局は俺のプライドが許せねーって事で、忠告を無視して来ちまった訳だが……。
ふと、隠れてる壁から顔を出す。
金色のエネルギーが俺の顔を通り過ぎた。
背後の壁に拳状の穴が空く。
慌てて俺は顔を隠した。
確か名前は『アイアンフィスト』。
『気』だか『オーラ』だか、よく分かんねーエネルギーで殴ってくる奴だ。
戦った事はなかったが、名前とかその辺だけは知っている。
俺は普段、傭兵をやってるからな。
フィスクに刑務所から脱獄させてもらってから、忠誠は誓わされてはいるが……金を貰って悪事を働くのは辞めてねぇ。
それで、裏の仕事をするなら『情報』が最も大切なアドバンテージになる。
仕事敵のヒーローについては、『それなりに』詳しいと自負している。
だから奴についても、『それなりに』知っている。
俺は左手を壁から出して、
黄色いマスクを被った変人、『アイアンフィスト』が両手を金色に光らせて受け止める。
そのまま手で受け流すようにして……俺が放った
「オカルト野郎が……」
悪態を吐きながら、粉塵に紛れて隠れる場所を移動する。
さっきからこれの繰り返しだ。
俺の放つ
圧縮させた空気弾に振動を乗せて放つ。
単純だが強力な破壊力を持つ『科学』だ。
対してアレは何だ?
拳が光って?
内なるエネルギーが?
発射される?
『オカルト』だ。
ヒーローのスーパーパワー全てが理屈立ってるとは言わないが、奴はその中でもマジで意味わからねぇ部類に入る。
『科学』と『オカルト』は相性が悪いんだよ。
アッチは俺の理屈をある程度分かっているだろうが、俺はアッチの理屈を1ミリも分かんねぇんだから。
さっきから、俺が放った
……逃げるか?
レッドキャップだって「逃げろ」って言ってたし。
だが、まぁ……俺が逃げて他の奴らに迷惑が。
……それは良い。
良いんだ。
意味わかんねぇ黒いバケモン、クソダサいサイ野郎、うさんくせぇ金魚鉢、悪ぶりたい坊ちゃん。
どいつもこいつも『仲間』じゃねぇ。
『シニスターシックス』なぁんてカッコつけているが、実際は個人技持ちの我の強え自己中集団だ。
俺が優先。
他人は後。
それは間違いない。
間違いないが……。
俺は、再度、
狙うのは『アイアンフィスト』じゃねぇ。
奴を支えてる足場だ。
足元が抉られ、『アイアンフィスト』と距離がとれた。
……懸念してんのは、レッドキャップだ。
俺が逃げちまったら、目の前の敵が合流しちまうかも知れねぇ。
そん時……アイツが不利益被るっつーのは見逃せねぇ。
せめて、アイツの仕事が終わるか、こっから撤退するのが決まってからだ。
俺が逃げるのは。
……もしもの時は、使うしかねぇか。
ここが廃墟だから、俺は出力を絞ってる。
マジで本気を出しちまうと、ビルが倒壊しかねない。
だがまぁ、負けるよりはマシだ。
そして……唯一の『仲間』を見捨てて逃げるよりも、マシだ。
『アイアンフィスト』から放たれる『気』の弾丸を避けながら、そう結論付けた。
◇◆◇
中を見透かす事の出来ない、光を乱反射する球体のマスク。
鱗のように全身に張り巡らされた緑のパーツ。
目をあしらった金色のプロテクター。
赤紫色のマント。
「よく来たね、デアデビル……真実を操る魔術師が相手をしてあげよう。遺書は書いたかい?書いてないなら今のうちに書く事をオススメするよ」
……確かに、魔術師らしき姿をしている。
だが。
「お前は魔術師を自称しているが……本質は詐欺師だろう」
「……知ったような口を利くじゃないか。デアデビル……その名の通り、命知らずの死にたがりめ」
ミステリオが両手を重ねて、その後開いた。
中に二つの歯車を模した刃が現れる。
「私を舐めた事を……後悔すると良い!」
その刃が僕へと迫る。
だけど、それは
音は確かに、そこに大きな刃がある事を示している。
だけど。
風の流れを皮膚で感じて、反響する音から空間に発生しているズレを感じとる。
僕は手に持っていた『ビリー・クラブ』……二つに分かれた金属棒で『何か』を叩き落とした。
確かにそれは刃だった。
だけど、それは想定していたよりも小さい……10センチ程の小さくて薄い金属片だ。
「舐めてなどいないさ、事実だ……ミステリオ。すぐにお前の元へ向かわせて貰う」
「私の元に?何を言っているのか分からな──
僕は『ビリー・クラブ』を投擲した。
だけど、それは目の前のミステリオに向けて……ではない。
左右の何もない空間に投擲した。
ガシャン、と壊れる音がする。
地面に『それ』が墜落した。
ドローンだ。
光学迷彩を用いて視覚から姿を消していたのだろう。
だけど、僕の
2体のステルス・ドローンによる映像の立体投射、そして音響操作、攻撃。
それがミステリオの正体だった。
ドローンが哭くように異音を鳴らす。
弾けるような音と共に、動作を停止した。
同時にミステリオの虚像も消失した。
……ここに奴は居ない。
だが、どこに……?
今、廃ビルの至る所で戦闘が発生しており、
……奴が他の仲間を助けに向かうだろうか?
否、奴は独自の目的で動いている。
そして、奴は他人を駒として見ている。
助けに向かう事はないだろう。
ならば……人質か?
「ジェイムソンの所か……」
僕はドローンに突き刺さっていた『ビリー・クラブ』を回収し、最上階に居るジェイムソンの所へ向かう事にした。
◇◆◇
「チッ!思ったよりも気付くのが早い……」
私はジェイムソンを指輪の催眠ガスで眠らせて……悪態を吐いた。
『デアデビル』……名前だけは知っていた。
だが、想像以上に知覚能力に長けている。
私の天敵と言っても差し支えない。
スパイダーマンが呼んだ援軍……まさか、5人も集めてくるとは思わなかった。
……私の手駒では勝ち目がない。
ジェイムソンを囮にして、一矢報いる。
混乱した所を幻覚で相討ちさせる。
幾つもの策が、幾つもの演出が思い付く。
そうだ、まだやれる。
私はまだ負けていない。
……私は冷静だ。
そもそも、私はスパイダーマンへ直接の恨みは持っていない。
奴は踏み台だ。
私にとって……華やかな、素晴らしい栄光への道への踏み台。
私は両腕に搭載されたコントローラーを操作して、ドローンを──
『精が出るな、ミステリオ』
無機質な、何者かも分からない声がした。
私は振り返る……赤いマスクが見えた。
「あぁ……貴方でしたか」
レッドキャップだ。
安心すると共に、彼の姿を観察する。
赤いマスクはヒビ割れている。
右腕のアーマーは砕けて、流血している。
恐らく複雑に骨折をしているであろう……ぶらぶらとさせているのが信じられない。
見ているだけで痛々しい。
他のアーマー部分も所々煤汚れていて……満身創痍だ。
「負けたのですか?」
『馬鹿を言うな……始末してきたさ』
……彼が相対していたのは『ジェシカ・ジョーンズ』だったな。
別名はジュエル……だったか、パワーウーマンだったか。
話は知っている。
戦闘能力が非常に高いヒーローだった筈だ。
それこそ、スパイダーマン以上に。
……それを始末、出来たのか。
「それはそれは……申し訳ない事を聞きましたね」
与えられた仕事は確実に熟す……素晴らしいエージェントだ。
……彼の弱みを知れたのは良かった。
レッドキャップはハリー・オズボーンにノーマンを殺した事を知られたくなかったらしい。
私はハリーを利用するために、ノーマンを殺したのはスパイダーマンだと偽装したい。
そして私達は共に、スパイダーマンを殺したい。
素晴らしい関係だ。
彼の秘密を守る代わりに、協力してもらう。
それが私と彼が交わした密約だ。
「それで……どういう用件ですか?こんな場所まで足を運んで」
『あぁ……一つ、渡し忘れていた物があってな。直接会えるこの瞬間を待っていたんだ』
「……どういう事でしょうか?」
貰うものなんて有ったか?と私は首を捻った。
『お前はいつも、シニスターシックスの面々と会う時……ホログラムで参加していただろう?』
「……えぇ、そうですよ?」
私は……今まで本当の意味では顔すら合わせて居なかった。
別室に隠れて、ホログラムを投射し、会話しているフリをしていたに過ぎない。
その事実を見抜いた鋭さに恐れつつ、悪びれる様子もなく答えた。
『だから、お前が私の前に姿を見せる……この瞬間を待っていたんだ』
発砲音が聞こえた。
『受け取ってくれ、クエンティン・ベック』
レッドキャップの左手に……彼の拳銃があった。
その銃口は……私の方へと向いている。
少しして、激痛が走った。
視界を下げると、腹から真っ赤な血が流れていた。
『合成樹脂製の弾丸だ』
「う、あ……!?」
私は耐えきれず、足の力を失い……膝をついた。
手で押さえるが、血が止まらない。
これ以上、私の中身が溢れないように必死に留める。
「な、ぜ……?」
『単純な話だ、ベック。私の雇い主であるウィルソン・フィスクは、お前が考えるよりもずっと情報通と言う事だ』
私はレッドキャップを見上げる。
……普段は私の方が、身長は高かった。
だが今は。
惨めに膝をつく私よりも、彼の方が高い位置で見下していた。
『お前がノーマンを逃した事をフィスクは知っていた……なら、当然だろう?フィスクはお前を殺したがっていた。いや、お前はそもそも私が何故、ノーマンを殺したのかも知らなかったか?』
レッドキャップが拳銃を投げ捨てた。
『まぁ、それはどうでもいい。……お前は非常に臆病だった。私達が姿を捉える事も出来ない程に』
太腿のプロテクターが展開し、ナイフの柄が突き出る。
『だから、利用させて貰った。お前の屑みたいな脚本の演劇は……非常につまらなかったよ、ベック』
抜き出されたナイフは、先が折れてなくなっていた。
恐らく、ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で破損したのだろう。
『要約しよう。お前は優れた演出家ではなく……死刑台に登らされた道化だった訳だ』
ゆっくりと、私に歩み寄る。
私は後ろに逃げようと、這いずる。
だが、足が上手く動かない。
『……地獄で
ぐさり。
刃の歪んだナイフが、私に突き刺さった。
「ぐ、うっ……!?」
内臓が傷付き、血が滲む。
切れ味の落ちたナイフが……寧ろ、痛みを引き立てる。
口の中に鉄の味が広がる。
繊維の切れる音がする。
私のコスチュームか、それとも肉か。
ナイフがそれ以上進まぬよう、手で抑える。
だが、私の力の何十倍の力で……それはゆっくりと私を引き裂いていく。
「や、め……」
『ベック。これでも私は今、怒っているんだ……』
怒り?
何故、怒る?
私は必死に自身の頭の中から、彼が怒る理由を探す。
分からない。
『君は私の友人を巻き込んだ……二人もだぞ?それは、私には許せない事だ』
「あ、あ、あ……」
『だから、お前には死んで欲しいんだ。分かるだろ?クエンティン・ベック』
ナイフがゆっくりと、私を引き裂く。
激痛に意識を失いながらも、何度も痛みで強制的に覚醒させられる。
……右手を目の前の赤い悪魔へと向ける。
「違う……私は……ミス、テリオ……だ……」
そうだ。
私はクエンティン・ベックではない。
私はミステリオだ。
幼い頃から映画に憧れていたベックではない。
愚鈍な監督に扱き使われるベックではない。
この世界に何かを刻み付けたいと足掻くベックではない。
私は、ミステリオなのだ。
スパイダーマンを倒して……英雄になるミステリオだ。
私は優れた存在であると世界に証明するんだ。
私の夢の為に。
最後の力を振り絞り、私は指輪から催眠ガスを発射し──
『効く訳ないだろう?最後まで……本当につまらない人間だったな』
腹にグッと力が込められる。
「あ……」
ブツリ。
と、決定的な『何か』が切れる音がした。
それは私を生かすために必要な『何か』で。
急激に暗くなっていく視界の中で、私は考える。
何を間違えてしまったのか?
どこで、間違えたのか?
……分からない。
例え、分かったとしても、やり直す事はできない。
無意味で蒙昧な思考の渦に、私は沈んで行った。
◇◆◇
目の前で光を乱反射していたマスクが割れる。
苦悶の表情を浮かべているのは……クエンティン・ベック。
SFXやVR技術のプロフェッショナル……映像技能の天才だ。
……別に、それほど功を焦らなくても。
真面目に映画でも作っていれば……それなりに成功を収める事が出来ただろうに。
本当に愚かな男だ。
……しかし、ステルス機能とホログラム投射機能を持つ軍事ドローン、か。
何処から手に入れた技術かは知らないが……彼に技術提供をした者が居るのだろうか。
……直ぐに殺したのは早計だったか?
私は腹に突き刺さっていたナイフを拾い上げる。
……ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で鈍になってしまったな。
切っ先はへし折られ、幾度となくぶつかったせいで曲がっている。
もう使い物にはならないだろう。
ちら、と自身の足元にある拳銃を見る。
これも弾丸は空だ。
持ち帰りはするが、今は武器として使えない。
……ジェシカとの戦闘を思い出す。
紙一重だった。
だが彼女は物理攻撃主体のヒーローであり、私は物理攻撃を吸収するヴィブラニウムアーマーを着たヴィランだった。
相性の差は明白だった。
それでも、ここまで私を追い込めたのは彼女の戦闘センスによるものか。
……彼女は今、気絶した状態で……下の階に放置されている。
いずれ目が覚めるだろう。
この場は早く離れなければならない。
私はナイフの血を拭った。
……先程、私はベックを殺した時……不必要に痛めつけていた。
それは私怨だ。
彼の所為でグウェンは足を失った。
彼の所為でハリーはゴブリンになってしまった。
……今でも、私は彼の死体を踏み躙りたい感覚がある。
だが、死体は死体だ。
もうそれは、ベックと言う人間ではない。
命を失えば、それは骨と肉と臓物でしかない。
私は無意味な事をしたくない。
倫理的なモノで踏み躙らない訳ではない。
合理性の話だ。
ナイフを左手に握る。
……右腕を覆うアーマーはヴィブラニウム製ではなかった。
故に、ジェシカとの戦闘に耐えきれず砕けた。
砕けた金属片は私の右腕に突き刺さり……神経を寸断した。
異物が入っている状態では、
歪な状態で治ってしまうからだ。
確かに痛むが……耐えられない程ではない。
困るとすれば……。
足音が聞こえる。
そうだな……。
「ミス、テリオ……?」
死体を見つけたスパイダーマンが驚いた声を上げた。
ハリー・オズボーンは顔を青ざめて沈黙している。
……右腕が使えなければ、戦闘で困ると言う事だ。
私は口を開いた。
『今日は遅かったな、スパイダーマン。止められなくて残念だろうが……仕方ないモノだと割り切ってくれ』
私は……私のように捻じ曲がったナイフを、二人の友人に向けて構えた。