【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

40 / 138
#40 シニスター・シックス part8

僕は目の前にいる赤いマスク……レッドキャップを観察する。

 

ヒビ割れた赤いマスク。

汚れの目立つ黒いアーマー。

グチャグチャに壊れた右腕の装甲。

左手にはスクラップ同然のナイフ。

 

右腕はどうやら使えないらしく……だらりと垂れ下がっている。

 

明らかな重傷だ。

 

……そして、恐らくそのダメージを与えたのは。

 

 

「ジェシカは……どうしたんだ?」

 

『……ジェシカ・ジョーンズか。……気になるなら下の階へ見に行けば良い。手当が遅れれば死ぬかも知れないな……もう、既に死体になっているかも知れないが』

 

 

……仲間の死。

それを予感した瞬間、背筋が凍る思いをした。

 

『パニッシャー』の言っていた事を思い出す。

コイツの目的は……僕を殺す事だ。

それならジェシカは巻き込んでしまった形になる。

 

マスクの下で、唇を噛み締める。

 

目前にある……臓物が見える程、腹を裂かれたミステリオの死体が見えた。

隣にいるハリーは顔を青くして……一歩下がった。

 

……そうか、ハリーは……死体を見るのは初めてか。

僕はヒーローをやっているから……見る事もあったけど。

これは普通じゃないんだ、異常だ。

 

怯えた様子でハリーが口を開いた。

 

 

「……何で、ミステリオを殺した……?仲間じゃなかったのか?」

 

『……違うな。元々、コイツを殺すために私はチームに参加していただけだ。『仲間』ではない』

 

 

冷めた口調で、冷静に語った。

 

……こんなにも、満身創痍という言葉が相応しい姿なのに。

どうして僕は……怖がっているのだろう。

 

 

「……お前が、父さんを殺したのか?」

 

 

確認するように……確信を持っているのに、ハリーはそう聞いた。

 

レッドキャップは僕の方を一瞥し、口を開いた。

 

 

『なるほど、聞いたか?……事実だ。ハリー・オズボーン。君の父……ノーマン・オズボーンを殺したのは私だ』

 

「……そう、か」

 

 

ハリーが視線を下げた。

横にいる僕では、その表情は窺えない。

 

 

『さぁ、どうする?ハリー……奴は死んで当然の男だった。そんな男の為に……私と殺し合うか?』

 

 

まるで挑発するように、反応を窺うようにレッドキャップが訊いた。

 

僕は慌てて、ハリーに声を掛ける。

 

ここで殺すとか……そんな悪意のある行動を取ってしまえば……また、ハリーはゴブリンに戻ってしまうと、そう思った。

 

 

「だ、ダメだ!ハリー!殺すとか、そんな……挑発に乗ったら!」

 

「大丈夫、分かっているよ……スパイダーマン」

 

 

ハリーが落ち着いた声色で、僕に語りかけた。

……存外、冷静で僕は安心した。

 

そして、ハリーが顔を上げた。

 

 

「でも分かっていても……『俺』は奴を殺したい。父の仇を……ブッ殺したいんだ、『俺』は」

 

 

その目は……先程までのように狂気に染まっていた。

 

 

「待っ──

 

 

声を掛けるより早く、ハリーがレッドキャップに駆け出した。

ハリーの右腕……そのプロテクターから仕込みナイフが飛び出す。

 

それを大きく振りかぶって、レッドキャップへ叩きつけようとする。

 

 

『……それがお前の答えか、ハリー・オズボーン』

 

 

レッドキャップが手に持った、黒く歪んだナイフで受け止める。

大きな音がして、互いのナイフが折れた。

 

武器を失ったハリーが、一瞬怯んだ所に……レッドキャップの左腕が伸びた。

 

そして、ハリーの首を掴み、持ち上げた。

 

 

「あ……ぐ……」

 

 

身長はハリーの方が高いが……それでも、途轍もない握力で首を絞められているようで、ハリーの顔が苦悶に歪んだ。

 

 

「や、やめろ!」

 

 

僕は遅れて、一歩踏み込もうとして──

 

 

『動くな、スパイダーマン』

 

 

レッドキャップはハリーの首を絞めたまま、僕へと向き直った。

 

 

『次に少しでも動けば……コイツの首を圧し折る。隙を見て助けようとしても無駄だ……私が殺すのに1秒もかからない』

 

 

……僕は、その場で動けなくなった。

もし、動いて……ハリーが死んだら。

 

そう思うと怖くなって……自分が動いた所為でハリーが死んだら……僕は彼女に……ミシェルに顔向け出来なくなる。

 

自分の浅ましさに幻滅しながらも、僕は二人から視線を外せずに居た。

 

 

『さて、ハリー・オズボーン。悪人見習いであるお前に……先輩から授業をつけてやろう』

 

「な……に……を……」

 

 

レッドキャップが手を緩めたらしく、ハリーの呼吸が安定してくる。

 

僕は怯みながら、その言葉に耳を傾けた。

 

 

『問題だ。悪人とは社会のルールを破る人間の事だ。では何故、ルールを破ってはならないか?』

 

「そんな……こと……当たり前……だろ……」

 

『問いには答えを返すべきだな。不正解だ』

 

 

レッドキャップがハリーの首を絞めた。

ギチギチと擦れるような音がする。

 

 

「ぐぅっ……あっ……」

 

「ハ、ハリー!?」

 

『授業に戻ろう』

 

 

また、レッドキャップが手を緩めた。

 

……そこで僕とハリーは気付いた。

この問いに正しく答えなければ……殺されると。

 

 

『ルールを破る事が忌避されているのは……社会という人間のコミュニティに於いて、法律と言うルールを互いに尊重しなければ……忽ち、弱者は殺されてしまうからだ』

 

 

ハリーが苦しそうに息を吸った。

 

 

『だから、弱者は他人に『善人であれ』『悪人にはなるな』と声高々に言う。これが一つ目の理由だ。だが、理由にはもう一つ……他人との繋がりを守る為だけではなく、もっと利己的な理由がある』

 

 

レッドキャップが僕へと一瞥する。

……彼が何を言いたいか、僕には分からなかった。

 

 

『何故、人は悪人になってはならないか?人を騙してはならないか?人を殺してはならない理由とは?それは──

 

 

レッドキャップがミステリオの死体を踏み付けた。

 

 

『より邪悪で。より狡猾で。より凶悪な悪人に喰い殺されるからだ』

 

「う……あぁ……」

 

 

ハリーが、怯えたような声を出した。

 

 

『ノーマンが死んだのもそうだ。彼は悪人だったが……より権力を持っていた男に疎まれて、私に殺された。足下の男もそうだ』

 

 

瞳孔の開いた目が、ハリーを眺めていた。

 

 

『さぁ、ハリー・オズボーン。お前はどっちだ?悪人に憧れる世間知らずか……それとも、狂気に堕ちた正真正銘の悪人か』

 

 

レッドキャップがハリーへ顔を近付けた。

 

 

「『俺』は……いや……僕は……」

 

『さぁ、どうする?どうなる?ハリー、お前は──

 

「そこまでだ」

 

 

声と共に、金属の棒がレッドキャップの頭部へと飛んで来た。

 

 

『チッ』

 

 

片腕しか使えない彼は、ハリーを地面に落として金属の棒を叩き落とした。

 

僕はハリーへ(ウェブ)を飛ばして、手元へ引き寄せる。

呼吸は荒い……首を絞められていたのもあるが、恐怖からもあるだろう。

 

 

『……久しぶりだな、デアデビル。何も変わりがないようで……安心した』

 

 

レッドキャップの顔の先にはマット……デアデビルが居た。

 

 

「そう言う君は……随分と変わったな。感情的になったように見える」

 

『……黙れ、そんな事はない』

 

 

言葉では怒りながらも、レッドキャップはデアデビルの元へ駆け出さなかった。

ここには僕もいる。

 

今、彼は挟み撃ちという形になっている。

負傷している事もあり、迂闊に手を出せないのだろう。

 

 

「君は他人を必要以上に痛めつける趣味はないと思っていたが……どんな心境の変化があったか聞きたいな」

 

『私は何も変わっていない。必要とあれば行うだけだ』

 

「……どうだか」

 

 

ハリーの息が整ったのを見て、僕はハリーから離れた。

レッドキャップを中心に、デアデビルと対角線上に構えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

俺は吹き飛ばされて壁にぶつかった。

 

耐ショックスーツの吸収率を上回る衝撃に、思わず咽せる。

 

 

「チッ!オカルト野郎が……!」

 

 

俺を吹っ飛ばした黄色いマスクの男……『アイアンフィスト』に対して悪態を吐く。

 

 

「投降しろ。ハーマン……だったか?」

 

 

……しかも、何でか俺の本名を知ってやがる。

スパイダーマンの野郎のせいか。

本当にいけすかない奴だ。

 

 

「違う、俺はショッカーだ……そして、断る。まだ俺は負けちゃいねぇ」

 

 

バイブロ・ショック・ガントレットの出力を上げる。

……こうすっと、ちょっとエネルギー消費が激しくなって身体への負担が強まるから、あんまりやりたくなかったが。

 

 

俺は手甲(ガントレット)をアイアンフィストへ向けて、衝撃波(ショックウェーブ)を放った。

 

 

「無駄だ」

 

 

拳を光らせて、俺の衝撃波(ショックウェーブ)を受け流す。

受け流された衝撃波(ショックウェーブ)は壁を抉り取った。

 

そして、ゆっくりと俺へと近付いて来やがる。

 

……もう少し引き付ける必要がある。

 

 

「く、くそっ!」

 

 

俺は慌てた『フリ』をしながら、出力を抑えた衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

そして、即座に手甲(ガントレット)のカートリッジ式バッテリーを射出し、腰のベルトに装着した換えのバッテリーと入れ替える。

 

その頃には、アイアンフィストが……拳を伸ばせば届く距離にいた。

 

 

「……少し、眠ってもらうぞ」

 

 

そして拳を構えて──

 

 

「へへっ」

 

「……?何の──

 

 

俺は両手の手甲(ガントレット)を突き合わせ……衝撃波(ショックウェーブ)を左右の手から同時に放った。

 

衝撃波(ショックウェーブ)は互いにぶつかり、その衝撃は相殺した場所を面として前後上下に放出された。

 

今まで、アイアンフィストが俺の衝撃波(ショックウェーブ)を受け流せていたのはエネルギーの塊として放っていたからだ。

だが、そのエネルギーの塊同士をぶつける事で無作為に解放させた。

 

俺とアイアンフィスト、互いに吹き飛ばされてコンクリートの壁に衝突する。

 

 

「ぐっ!?」

 

「うげっ!」

 

 

だが、俺の着ているスーツは耐ショックスーツだ。

手甲(ガントレット)が暴発した時に備えて、衝撃を吸収する能力が付いてんのよ。

 

俺は即座に立ち直り、手甲(ガントレット)を目前の善人様(ヒーロー)へ向けた。

 

 

「形成逆転だ……!お前が寝てろ!」

 

 

俺は手甲(ガントレット)から衝撃波(ショックウェーブ)を放とうと引金(トリガー)を引こうとする。

 

そして。

 

 

 

 

乾いた発砲音が聞こえた。

 

 

「あ?」

 

 

……そして、激痛が腹を襲った。

 

血だ。

 

血が流れている。

 

 

「あぁ!?なん……!?」

 

 

足元がグラつき、俺は倒れた。

 

息は……出来る。

致命傷でもねぇ。

 

だが、ダメだ。

 

 

「痛ぇ……!」

 

 

痛すぎる。

立ってられねぇ。

 

仰向けになって、撃たれた場所を確認する。

恐らく背後からで……腹を貫通している。

俺の耐ショックスーツを貫通する弾丸……拳銃みたいなチャチな銃じゃねぇ。

ライフル弾に違いない。

 

 

「……殺しは無しと言ったはずだぞ、『パニッシャー』」

 

 

パニッシャー……?

俺はアイアンフィストが顔を向けた先にいた……俺の背後にいた男を見た。

ドクロのシャツを着た男で……手には銃器を握っていた。

 

 

「細かい野郎だ。助けてやったのによ」

 

「必要なかった」

 

「……ま、そう言う事にしてやるよ」

 

 

目の前の会話にムカつきながらも、俺は冷静に考える。

 

……スパイダーマンに仲間が複数いる事は知っていた。

コイツはヴェノムと戦っていた筈だ。

この廃ビルに入り込む前に見た。

 

なんで……?

 

そう考えていると、アイアンフィストが代弁した。

 

 

「『パニッシャー』、ヴェノムはどうしたんだ?」

 

「奴か?奴は逃げた」

 

「……そうか。元より、宿主の奴がスパイダーマンへの恨みなんてないからな……冷静だったのだろう」

 

 

チッ!クソ!

アイツ逃げやがったのか!?

 

……あぁ、だが俺もレッドキャップが居なかったら逃げてたか。

 

それはそうとしても、ガチでムカつくが。

 

パニッシャーが口を開く。

 

 

「兎に角、上の階へ応援に行くぞ。ルークもライノを捕縛した。残りはミステリオとレッドキャップだけだ」

 

 

もう既に負けた者として俺を見てるのが気に食わなかった。

 

……そして、俺がレッドキャップのお荷物になってるって事に……情けなくて、ムカついてきた。

 

俺自身と、コイツらに、マジでムカつく。

 

 

「うっ……ぎっ……」

 

 

血を吐きながら、身を捩らせる。

……クソ痛ぇが……ここで俺が止めなけりゃ……後で絶対に後悔する。

 

俺の姿を見て、アイアンフィストが振り返った。

 

 

「……パニッシャー、先にコイツの治療をしてやっても良いか?」

 

「チッ、そんな時間はねぇよ。後にしろ」

 

 

……そうか。

 

 

「う……死ぬ……死んじまう……!」

 

 

俺は敢えて情けねぇ声を出す。

屈辱だ。

だが、手段は選んでられねぇ。

 

 

「いや、やはり先に治療すべきだ」

 

「……勝手にしやがれ」

 

 

アイアンフィストが俺の方へ向かってくる。

どうやるかは知らねぇが、俺の手当てをするみたいだ。

 

流石は善人様(ヒーロー)だ。

反吐が出る。

 

アイアンフィストが俺に手を当てる……光ってるエネルギーみたいなもんが俺の中に入って来て……なるほど、手当の方法もオカルトかよ。

 

 

「へへ……アンタ……良い奴だな」

 

 

俺は声をかける。

だが、無視された。

 

腹の傷も殆ど治った。

まだ立てないが…………アイアンフィストが手を離した。

腰の布みてーなモンで、俺を後ろ手にさせて拘束する。

 

なるほど、底抜けのバカって訳じゃないらしい。

最低限の手当だけで止めて、俺を戦闘不能にしておくつもりだろう。

 

 

だが、まぁ。

 

俺は。

 

 

指一本ありゃ、攻撃出来んだよ。

 

 

出力を最大にした手甲(ガントレット)を起動する。

 

……間違いなく、この廃ビルにダメージを与えちまう。

だがまぁ、レッドキャップなら何とかなるだろ。

 

 

瞬間、途轍もない衝撃が俺と……目の前の善人様(ヒーロー)達を襲った。

コンクリートは捲れ上がり、鉄筋も捻じ曲がる。

轟音で耳が潰れて、耳鳴りがする。

 

……へっ、ざまぁみろ。

奴らの驚いた顔を目撃し、満足して……俺は気絶した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。