【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
僕は目の前にいる赤いマスク……レッドキャップを観察する。
ヒビ割れた赤いマスク。
汚れの目立つ黒いアーマー。
グチャグチャに壊れた右腕の装甲。
左手にはスクラップ同然のナイフ。
右腕はどうやら使えないらしく……だらりと垂れ下がっている。
明らかな重傷だ。
……そして、恐らくそのダメージを与えたのは。
「ジェシカは……どうしたんだ?」
『……ジェシカ・ジョーンズか。……気になるなら下の階へ見に行けば良い。手当が遅れれば死ぬかも知れないな……もう、既に死体になっているかも知れないが』
……仲間の死。
それを予感した瞬間、背筋が凍る思いをした。
『パニッシャー』の言っていた事を思い出す。
コイツの目的は……僕を殺す事だ。
それならジェシカは巻き込んでしまった形になる。
マスクの下で、唇を噛み締める。
目前にある……臓物が見える程、腹を裂かれたミステリオの死体が見えた。
隣にいるハリーは顔を青くして……一歩下がった。
……そうか、ハリーは……死体を見るのは初めてか。
僕はヒーローをやっているから……見る事もあったけど。
これは普通じゃないんだ、異常だ。
怯えた様子でハリーが口を開いた。
「……何で、ミステリオを殺した……?仲間じゃなかったのか?」
『……違うな。元々、コイツを殺すために私はチームに参加していただけだ。『仲間』ではない』
冷めた口調で、冷静に語った。
……こんなにも、満身創痍という言葉が相応しい姿なのに。
どうして僕は……怖がっているのだろう。
「……お前が、父さんを殺したのか?」
確認するように……確信を持っているのに、ハリーはそう聞いた。
レッドキャップは僕の方を一瞥し、口を開いた。
『なるほど、聞いたか?……事実だ。ハリー・オズボーン。君の父……ノーマン・オズボーンを殺したのは私だ』
「……そう、か」
ハリーが視線を下げた。
横にいる僕では、その表情は窺えない。
『さぁ、どうする?ハリー……奴は死んで当然の男だった。そんな男の為に……私と殺し合うか?』
まるで挑発するように、反応を窺うようにレッドキャップが訊いた。
僕は慌てて、ハリーに声を掛ける。
ここで殺すとか……そんな悪意のある行動を取ってしまえば……また、ハリーはゴブリンに戻ってしまうと、そう思った。
「だ、ダメだ!ハリー!殺すとか、そんな……挑発に乗ったら!」
「大丈夫、分かっているよ……スパイダーマン」
ハリーが落ち着いた声色で、僕に語りかけた。
……存外、冷静で僕は安心した。
そして、ハリーが顔を上げた。
「でも分かっていても……『俺』は奴を殺したい。父の仇を……ブッ殺したいんだ、『俺』は」
その目は……先程までのように狂気に染まっていた。
「待っ──
声を掛けるより早く、ハリーがレッドキャップに駆け出した。
ハリーの右腕……そのプロテクターから仕込みナイフが飛び出す。
それを大きく振りかぶって、レッドキャップへ叩きつけようとする。
『……それがお前の答えか、ハリー・オズボーン』
レッドキャップが手に持った、黒く歪んだナイフで受け止める。
大きな音がして、互いのナイフが折れた。
武器を失ったハリーが、一瞬怯んだ所に……レッドキャップの左腕が伸びた。
そして、ハリーの首を掴み、持ち上げた。
「あ……ぐ……」
身長はハリーの方が高いが……それでも、途轍もない握力で首を絞められているようで、ハリーの顔が苦悶に歪んだ。
「や、やめろ!」
僕は遅れて、一歩踏み込もうとして──
『動くな、スパイダーマン』
レッドキャップはハリーの首を絞めたまま、僕へと向き直った。
『次に少しでも動けば……コイツの首を圧し折る。隙を見て助けようとしても無駄だ……私が殺すのに1秒もかからない』
……僕は、その場で動けなくなった。
もし、動いて……ハリーが死んだら。
そう思うと怖くなって……自分が動いた所為でハリーが死んだら……僕は彼女に……ミシェルに顔向け出来なくなる。
自分の浅ましさに幻滅しながらも、僕は二人から視線を外せずに居た。
『さて、ハリー・オズボーン。悪人見習いであるお前に……先輩から授業をつけてやろう』
「な……に……を……」
レッドキャップが手を緩めたらしく、ハリーの呼吸が安定してくる。
僕は怯みながら、その言葉に耳を傾けた。
『問題だ。悪人とは社会のルールを破る人間の事だ。では何故、ルールを破ってはならないか?』
「そんな……こと……当たり前……だろ……」
『問いには答えを返すべきだな。不正解だ』
レッドキャップがハリーの首を絞めた。
ギチギチと擦れるような音がする。
「ぐぅっ……あっ……」
「ハ、ハリー!?」
『授業に戻ろう』
また、レッドキャップが手を緩めた。
……そこで僕とハリーは気付いた。
この問いに正しく答えなければ……殺されると。
『ルールを破る事が忌避されているのは……社会という人間のコミュニティに於いて、法律と言うルールを互いに尊重しなければ……忽ち、弱者は殺されてしまうからだ』
ハリーが苦しそうに息を吸った。
『だから、弱者は他人に『善人であれ』『悪人にはなるな』と声高々に言う。これが一つ目の理由だ。だが、理由にはもう一つ……他人との繋がりを守る為だけではなく、もっと利己的な理由がある』
レッドキャップが僕へと一瞥する。
……彼が何を言いたいか、僕には分からなかった。
『何故、人は悪人になってはならないか?人を騙してはならないか?人を殺してはならない理由とは?それは──
レッドキャップがミステリオの死体を踏み付けた。
『より邪悪で。より狡猾で。より凶悪な悪人に喰い殺されるからだ』
「う……あぁ……」
ハリーが、怯えたような声を出した。
『ノーマンが死んだのもそうだ。彼は悪人だったが……より権力を持っていた男に疎まれて、私に殺された。足下の男もそうだ』
瞳孔の開いた目が、ハリーを眺めていた。
『さぁ、ハリー・オズボーン。お前はどっちだ?悪人に憧れる世間知らずか……それとも、狂気に堕ちた正真正銘の悪人か』
レッドキャップがハリーへ顔を近付けた。
「『俺』は……いや……僕は……」
『さぁ、どうする?どうなる?ハリー、お前は──
「そこまでだ」
声と共に、金属の棒がレッドキャップの頭部へと飛んで来た。
『チッ』
片腕しか使えない彼は、ハリーを地面に落として金属の棒を叩き落とした。
僕はハリーへ
呼吸は荒い……首を絞められていたのもあるが、恐怖からもあるだろう。
『……久しぶりだな、デアデビル。何も変わりがないようで……安心した』
レッドキャップの顔の先にはマット……デアデビルが居た。
「そう言う君は……随分と変わったな。感情的になったように見える」
『……黙れ、そんな事はない』
言葉では怒りながらも、レッドキャップはデアデビルの元へ駆け出さなかった。
ここには僕もいる。
今、彼は挟み撃ちという形になっている。
負傷している事もあり、迂闊に手を出せないのだろう。
「君は他人を必要以上に痛めつける趣味はないと思っていたが……どんな心境の変化があったか聞きたいな」
『私は何も変わっていない。必要とあれば行うだけだ』
「……どうだか」
ハリーの息が整ったのを見て、僕はハリーから離れた。
レッドキャップを中心に、デアデビルと対角線上に構えた。
◇◆◇
俺は吹き飛ばされて壁にぶつかった。
耐ショックスーツの吸収率を上回る衝撃に、思わず咽せる。
「チッ!オカルト野郎が……!」
俺を吹っ飛ばした黄色いマスクの男……『アイアンフィスト』に対して悪態を吐く。
「投降しろ。ハーマン……だったか?」
……しかも、何でか俺の本名を知ってやがる。
スパイダーマンの野郎のせいか。
本当にいけすかない奴だ。
「違う、俺はショッカーだ……そして、断る。まだ俺は負けちゃいねぇ」
バイブロ・ショック・ガントレットの出力を上げる。
……こうすっと、ちょっとエネルギー消費が激しくなって身体への負担が強まるから、あんまりやりたくなかったが。
俺は
「無駄だ」
拳を光らせて、俺の
受け流された
そして、ゆっくりと俺へと近付いて来やがる。
……もう少し引き付ける必要がある。
「く、くそっ!」
俺は慌てた『フリ』をしながら、出力を抑えた
そして、即座に
その頃には、アイアンフィストが……拳を伸ばせば届く距離にいた。
「……少し、眠ってもらうぞ」
そして拳を構えて──
「へへっ」
「……?何の──
俺は両手の
今まで、アイアンフィストが俺の
だが、そのエネルギーの塊同士をぶつける事で無作為に解放させた。
俺とアイアンフィスト、互いに吹き飛ばされてコンクリートの壁に衝突する。
「ぐっ!?」
「うげっ!」
だが、俺の着ているスーツは耐ショックスーツだ。
俺は即座に立ち直り、
「形成逆転だ……!お前が寝てろ!」
俺は
そして。
乾いた発砲音が聞こえた。
「あ?」
……そして、激痛が腹を襲った。
血だ。
血が流れている。
「あぁ!?なん……!?」
足元がグラつき、俺は倒れた。
息は……出来る。
致命傷でもねぇ。
だが、ダメだ。
「痛ぇ……!」
痛すぎる。
立ってられねぇ。
仰向けになって、撃たれた場所を確認する。
恐らく背後からで……腹を貫通している。
俺の耐ショックスーツを貫通する弾丸……拳銃みたいなチャチな銃じゃねぇ。
ライフル弾に違いない。
「……殺しは無しと言ったはずだぞ、『パニッシャー』」
パニッシャー……?
俺はアイアンフィストが顔を向けた先にいた……俺の背後にいた男を見た。
ドクロのシャツを着た男で……手には銃器を握っていた。
「細かい野郎だ。助けてやったのによ」
「必要なかった」
「……ま、そう言う事にしてやるよ」
目の前の会話にムカつきながらも、俺は冷静に考える。
……スパイダーマンに仲間が複数いる事は知っていた。
コイツはヴェノムと戦っていた筈だ。
この廃ビルに入り込む前に見た。
なんで……?
そう考えていると、アイアンフィストが代弁した。
「『パニッシャー』、ヴェノムはどうしたんだ?」
「奴か?奴は逃げた」
「……そうか。元より、宿主の奴がスパイダーマンへの恨みなんてないからな……冷静だったのだろう」
チッ!クソ!
アイツ逃げやがったのか!?
……あぁ、だが俺もレッドキャップが居なかったら逃げてたか。
それはそうとしても、ガチでムカつくが。
パニッシャーが口を開く。
「兎に角、上の階へ応援に行くぞ。ルークもライノを捕縛した。残りはミステリオとレッドキャップだけだ」
もう既に負けた者として俺を見てるのが気に食わなかった。
……そして、俺がレッドキャップのお荷物になってるって事に……情けなくて、ムカついてきた。
俺自身と、コイツらに、マジでムカつく。
「うっ……ぎっ……」
血を吐きながら、身を捩らせる。
……クソ痛ぇが……ここで俺が止めなけりゃ……後で絶対に後悔する。
俺の姿を見て、アイアンフィストが振り返った。
「……パニッシャー、先にコイツの治療をしてやっても良いか?」
「チッ、そんな時間はねぇよ。後にしろ」
……そうか。
「う……死ぬ……死んじまう……!」
俺は敢えて情けねぇ声を出す。
屈辱だ。
だが、手段は選んでられねぇ。
「いや、やはり先に治療すべきだ」
「……勝手にしやがれ」
アイアンフィストが俺の方へ向かってくる。
どうやるかは知らねぇが、俺の手当てをするみたいだ。
流石は
反吐が出る。
アイアンフィストが俺に手を当てる……光ってるエネルギーみたいなもんが俺の中に入って来て……なるほど、手当の方法もオカルトかよ。
「へへ……アンタ……良い奴だな」
俺は声をかける。
だが、無視された。
腹の傷も殆ど治った。
まだ立てないが…………アイアンフィストが手を離した。
腰の布みてーなモンで、俺を後ろ手にさせて拘束する。
なるほど、底抜けのバカって訳じゃないらしい。
最低限の手当だけで止めて、俺を戦闘不能にしておくつもりだろう。
だが、まぁ。
俺は。
指一本ありゃ、攻撃出来んだよ。
出力を最大にした
……間違いなく、この廃ビルにダメージを与えちまう。
だがまぁ、レッドキャップなら何とかなるだろ。
瞬間、途轍もない衝撃が俺と……目の前の
コンクリートは捲れ上がり、鉄筋も捻じ曲がる。
轟音で耳が潰れて、耳鳴りがする。
……へっ、ざまぁみろ。
奴らの驚いた顔を目撃し、満足して……俺は気絶した。