【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#70 キル・ゼム・オール part9

目の前にある、目と口を閉じて……呼吸もしていない『私』。

 

目を逸らし、ティンカラーを睨んだ。

 

……忘れていたが。

コイツは、組織(アンシリーコート)に繋がっている技術者だ。

 

社会悪とされている組織に協力する発明家……何か恐ろしい事をしていても、おかしくはない。

 

これが何かは分からない。

クローンか、それとも……。

だが、間違いなく違法行為なのは確かだ。

 

ティンカラーが『死体』が、私を見た。

仄かに、マスクから紫色の光が漏れている。

 

 

『これは『LMD』だよ』

 

「……『LMD』?」

 

 

事も無げに、彼が答えた。

さも、重大な事じゃないかのように……。

私にとっては、目の前にある現実を受け入れ難いのだが。

 

普通はそうだ。

自分の死体なんて見たら……失神してもおかしくはない。

気を病んでいれば狂ってしまうかも、知れない。

 

 

『そう、『ライフ・モデル・デコイ』……略して『LMD』だ』

 

 

ティンカラーがガラスで出来た蓋を開ける。

中には薄く、色の付いた液体が詰まっている。

 

……酸っぱいような刺激臭がした。

 

これは……防腐剤の臭いか。

思わず鼻を抑えそうになる。

 

 

『科学の進歩は凄くてね。人工的な筋肉、人工的な心臓、脳と同様のパワーがある小さなスーパーコンピューター……そして(ブルー)と呼ばれる人工血液。これらを組み合わせれば、人間を作る事だって出来ちゃうんだ』

 

「…………」

 

 

倫理観が、ない。

人殺しである私が言うのも何だが……ティンカラーは狂っている。

 

『出来る』と『やる』とでは全く異なる。

技術的に可能であっても、人は常識や倫理観で止まる、筈だ。

ブレーキが付いてないのか?

 

 

「これは『組織(アンシリーコート)』の依頼で作ったのか?」

 

『いいや?僕の私用だ。プライベートな理由さ』

 

 

組織の為でもない、か。

それなら何故、私の『LMD』を作ったのか……それが一番分からない。

何のためだ?

 

私が訝しんでいると、ティンカラーが口を開いた。

 

 

『君は人間の生命……いや、魂って何処にあると思う?』

 

「……それは今、必要な事か?」

 

『そうとも……まぁ、答える気がないなら『無い』でも良いんだけどね』

 

 

ティンカラーが私の『LMD』を見る。

……よく考えなくても、その私は全裸だ。

こんな奴に見られた所で羞恥心など少しも感じないが……少し、嫌悪感は感じる。

 

 

「魂なんて、そんな不確かなモノは……」

 

 

前世の記憶、なんてオカルトを持っている私が否定するのは……事情を知っていれば、さも滑稽に見えるだろう。

誰もその事は知らないが。

 

私は否定したが、ティンカラーは気にせず話を進める。

 

 

『人間の魂はね……ここにあるんだ』

 

 

そう言ってティンカラーが『LMD』の頭を指差した。

 

 

「……頭?」

 

『正確には脳……そこに刻まれた『記憶』だよ』

 

 

ティンカラーが再度、私の方を向いた。

……マスクの下で、どんな顔をしているのかは知らない。

どんな感情を持って語っているのかも、分からない。

 

 

『その人間の行動指針や、善悪の判断、人格を形成するのは『記憶』だ。今まで歩んで来た道、経験が人間の在り方を決める。逆に、それさえ無ければ……死んでいるも同然だ』

 

「……それは、短絡的過ぎないか?」

 

『そうかも知れない。ただ僕は『記憶』だと思ってる。実際、この『LMD』だって君の記憶をコピーすれば……君のように振る舞い出すよ。それこそ、自分が『LMD』だって知らずにね』

 

「…………」

 

『それってさ、『生きてる』と思わないかい?』

 

 

……何を言っているか分からない。

今ここで、こんな言葉を話す意味も……私の『LMD』を見せた意味も、分からない。

 

だが、彼の言葉を否定する気にはなれなかった。

私も……前世の記憶に思考を引き摺られ、趣味、嗜好、倫理観……性自認すら歪んでいるのだから。

 

 

『僕にはね。どうしてもやりたい事が……いや、違うな。やらなきゃならなかった事があったんだ。だから『コレ』を作った』

 

 

……ならな『かった』か。

 

 

「過去形だな……出来たのか?」

 

『いいや?不可能だと思い知っただけさ。僕は他人より少し頭が良いけど……僕のやりたい事は、人間に許された領分では無かった』

 

 

黒いマスクが、俯いた。

私は声を掛ける事が出来なかった。

 

彼は確かに異常だ。

人のレプリカを作るなんて常識的に考えても、おかしい。

 

 

『……幻滅したかい?』

 

 

だが、彼が私を助けてくれているのは事実だ。

何度も、何度も……。

 

……私の複製品を作る理由は分からない。

だが、それだけで彼を判別したくはない。

 

 

「……別に」

 

『別に?』

 

 

……聞き直すな。

全くもって、ムカつく奴だ。

 

 

「……はぁ、私はお前に何度も助けてもらっている。だから……まぁ、許してやる。ハーマンも助けてくれたしな」

 

『……そっか、悪いね。君に嫌われるのは少しキツイ所があるから』

 

「それに」

 

『それに?』

 

「元々、お前が頭のおかしい奴だとは知っていたからな」

 

『……言うねぇ』

 

 

……随分と偉そうに語ってしまったが、頭がおかしいのは私もだ。

彼と大差ないだろう。

 

しかし、隠しておけば良かった物を……態々、私に見せたのだ。

そこは誠実さだと考えるべきだろう。

 

本音を言えば、彼の目的は知りたい。

だが、語らなかったと言うことは……言う気がないという事だ。

問い詰めても、口を割らないだろう。

 

円滑な関係のためにも、秘密は探らない方が良い。

どこに地雷が埋まっているかも分からないのに、手探りで地雷原に入るバカは居ない。

 

私は肘から先のない右腕を、撫でた。

焼けた傷口が痛む。

 

 

「それで、どうするんだ?腕の話は何処に行った?」

 

『おっと、そうだった……』

 

 

忘れていたかのような態度に、多少、ムカつくも何も言わない。

こちらは治療して貰う側の人間だからだ。

 

ティンカラーが私の『LMD』の腕を手に取った。

力なく手先がぶらぶらと揺れている。

 

……やはり、気色が悪いな。

まるでシリコンで出来た精巧な人形だ。

 

 

『この『LMD』の腕を切断して……君の腕に移植する』

 

「……出来るのか?そんな事が」

 

『これは君の血液から採取した生体情報と一致させている……君の治癒因子(ヒーリングファクター)を誤認させて、無理矢理くっ付けるんだ』

 

 

……メチャクチャだ。

現代医療に喧嘩を売っているのか?

 

神経や血管の接合なんかも、私の治癒因子(ヒーリングファクター)に任せた荒療治だ。

 

……いや、だがしかし。

ティンカラーは『LMD』の腕を切断すると言ったか?

この『LMD』は何か、重要な目的があって作った筈だろう。

 

そう思って、ティンカラーを見た。

 

 

「……この『LMD』の腕を切るのか?」

 

『ん?あぁ……そっか……別に良いんだよ。結局、僕の願いは叶えられなかったから。これは、ただの人の形をした廃棄物だ』

 

 

そう言って、ティンカラーが『LMD』の腕を手放した。

 

……しかし、勝手に人の死体を作って、勝手に『廃棄物』とか何とか言っているのは……。

 

少し複雑な気持ちになる。

胸の中にモヤッとした気持ちが残るのは確かだ。

 

だがまぁ、他に治療方法がないのであれば仕方がない。

……私は手術の準備をするティンカラーを手伝う事にした。

 

『LMD』の入っている引き出しを引き抜くと、底にはローラーが付いていた。

地面に置くと、ストレッチャーの完成と言う訳だ。

 

カラカラと、自分の死体を運んでいると、ティンカラーが向かいから話しかけて来た。

 

 

『あ、そう言えば……手術代とか、治療費とか……アーマーの代金とか、武器代とか……費用については──

 

 

全身が、硬直した。

 

前回の費用の件について、思い出す。

……リザードと戦った後の、請求された金額の話だ。

 

 

「う、あぁ……えっと、その──

 

 

思わず、吃る。

 

前回で溜め込んだ金の大半を放出した。

弾丸の代金だけで、だ。

黒い『ナイトキャップ』アーマーの代金や、手術費も含めれば……想像を遥かに超える金額になってしまう。

 

そんなモノは払えない。

今更になって、その事に気付いてしまった。

 

クレタス・キャサディに対する怒りと、グウェンに対する心配のあまり、余裕がなくなって思考もメチャクチャになっていたようだ。

……反省、しなければ。

 

神妙な顔をしている私が面白かったのか、ティンカラーが笑った。

 

 

『フフ、意地悪だったかな?……特別に無料(タダ)で良いよ』

 

「……何?何故だ?」

 

 

思わぬ返答に、私は首を傾げた。

ティンカラーが自身の腕から、ホログラムを投影した。

 

デジタル時計だ。

そこには8月11日という日付が書いてあった。

 

 

『日が変わって……今日は君の誕生日だ。おめでとう、『ミシェル・ジェーン』』

 

 

……私の、潜伏している間の名前を、知られているのに驚いた。

一度も彼に話した事はない筈だ。

 

あの平和な日常は私の……誰にも邪魔されたくない、触れて欲しくない場所だ。

だから、ハーマンやティンカラーにも詳細は話していなかった筈だ。

 

だが……彼に、組織が設定した誕生日すら知られてしまっている。

私の想像以上に、組織と『ティンカラー』の繋がりは深いらしい。

 

しかし。

 

 

「誕生日など……組織に付けられた仮の情報でしかない」

 

『そうかもね。でも、もしかしたら君の本当の誕生日かも知れない。365分の1だけど、可能性は0じゃないし……だから誕生日プレゼントとして、ね?』

 

 

意味の分からない理屈に、私は渋い顔をする。

何で自分と遺伝子レベルでそっくりの『死体』を運びながら、誕生日を祝われなければならないのか?

摩訶不思議な状況だ。

 

まぁ、金銭的に助かるのは事実だ。

だが、一つ。

根本的に分からない事がある。

 

 

「……助かる。助かるが……何故、そこまでしてくれる?」

 

『うーん、何でだと思う?』

 

 

コイツは何故、私を助けるのか?

 

ドレスの件だってそうだ。

リザードの時も、今回だって。

組織に関係しない場所で、私を助ける理由とはなんだ?

 

……まさか、私の事が好きなのか?

ピーターの件を思い出す。

私は彼の好意もつい最近まで気付かなかった……考えたくはないが、私は鈍感なのかも知れない。

 

 

いや、自意識過剰か。

 

殺意は読み取れるが……どうにも、私は好意には疎い。

 

悩んでいると、ティンカラーが少し笑った。

 

その笑い声の意味が分からず、私はただ彼を訝しむ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ふっ……くぅっ……!」

 

 

全力で、身体にのし掛かっている瓦礫を押し退ける。

 

瓦礫……と言っても小さな破片程度じゃなくて屋根そのものが落ちてきたぐらいだ。

雨が瓦礫伝って、水滴となって僕の頬を伝う。

 

……足元にはブラックウィドウがいる。

下から僕の事を見てる。

 

 

「あ、のっ……手伝って欲しい、んだけど!」

 

 

ショッカー……ハーマンによって破壊された教会の屋根が、僕の全身にのし掛かっている。

こうやって支えていないと、僕とブラックウィドウはペシャンコだ。

 

 

「私が手伝っても、大した助けにならないでしょ?邪魔をしないようにしてるのよ」

 

「そう、かも、知れないけど、さ!」

 

 

ブラックウィドウは常人よりは強いパワーがある。

多分、一流のアスリートと同じぐらいだ。

 

だけど、僕はその数倍……いや、数十倍のパワーがある。

現にこうして、1000キログラム近い天井を持ち上げられてるし。

 

彼女の助けは……比率としてあまり助けにはならない。

 

 

「ぐ、ぎっ……」

 

「ほら、喋ったらシンドイでしょ?黙って頑張って」

 

 

だからと言って、こうして一人で頑張っているのも辛い所がある。

 

楽な状況で勝つのは誰だって出来る。

本当に重要なのは……こういう助けがない状況に打ち勝つ事だ。

 

……ぐぇっ、言ってて情けない気持ちになってきた。

酸欠で頭がクラクラして来た。

眩暈もする。

 

時間をかければ、ペシャンコになってしまう。

 

 

「ふっ!」

 

 

僕は全力で瓦礫を押し返した。

 

パラパラと破片が飛び散って、光が目に入った。

 

 

「はぁ、はぁっ……」

 

 

肩で呼吸していると、後ろからブラックウィドウに肩を叩かれた。

 

 

「お疲れ様。あと、ありがとう」

 

「はぁ……どう、いたしまして」

 

 

僕は息を切らしながら腰を下ろし、頭上を見る。

 

屋根が壊れて、月が見える。

いつの間にか雨は止んでいたようだ。

 

そのまま目を横に向けると……地面が砕けて、銀色の腕が生えてきた。

 

 

「わぁっ!?」

 

「バッキーね、手伝ってあげて」

 

 

バッキー……?

 

あ、レッドキャップが言っていた『ウィンター・ソルジャー』って人か。

面識がないから、ちょっと気後れするけど……小走りで近づき、大きな瓦礫を投げ捨てる。

 

すると、そのまま瓦礫の下から……銀色の腕をもつバッキーが現れた。

 

ジャケットについた埃を払っているけど……石の角とかで結構な傷が入ってる。

ボロボロだ。

 

それに気付いてか、バッキーが顰めっ面をした。

 

 

「……すまない、助かった」

 

「どういたしまし、て?」

 

 

バッキーは無傷……とは言わないが、大した怪我はしていないらしい。

彼は瓦礫を蹴り分けて、ブラックウィドウの方へ近づいて行く。

 

……多分、普通の人間じゃないんだと思う。

僕みたいな超能力(スーパーパワー)を持ってる超人っぽい。

普通だったら骨折とかして、動けなくなってる筈だ。

 

って、そんな事より……グウェンだ。

ハーマンが人質として連れ去ろうとしていた。

……アイツがまさか、そんな事するとは思わなかったけど。

 

それだけ切羽詰まっていたのだろう。

だけど……ハーマンは女子供には優しい……いや、違う。

優しいってよりは傷付けないように気をつけるぐらいの良識はあるって話だ。

 

だから、グウェンに対して乱暴は働かないと思うけど……そもそも、人質作戦だって彼らしくない話だ。

 

それでも、グウェンが心配なのは確かだ。

ハリーが先に追っていたけど……合流しなきゃ。

 

 

「あの、二人とも!先に行ってるからね!」

 

 

僕はハーマンが逃げた先、扉の向こうの廊下へと飛び出す。

 

……屋根が崩れていたのは、幸いにも僕達がいた部屋だけだ。

廊下は問題ないようで、来た時と同じ景色になっている。

所々、石畳が剥がれているけど。

 

早足で歩いていると、人影が見えた。

一人は倒れていて、一人は壁に背を向けて座っている。

 

……倒れているのは、グウェンだ。

 

 

「グウェ──

 

 

声に出そうになったけど、思い止まる。

 

この姿……スパイダーマンとしては彼女の名前を知っていると不自然だからだ。

 

どう呼んだら良いかも分からなくて、僕は走って側に寄る。

 

床の上に、直に寝かされている。

慌てて抱き起こすと……良かった、息はある。

意識を失って寝ているだけのようだ。

 

僕は視線を横にずらして……足を抱えて壁にもたれ掛かっているハリーを見た。

……震えている。

 

 

「……ハリー?」

 

 

僕が声をかけると、ビクッと体を反応させて……顔を上げて、僕を見た。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

その返答に不安になった僕は、グウェンをゆっくりと降ろして、ハリーの肩を掴んだ。

 

 

「……何があったんだ?何で、そんな……」

 

「ぼ、僕が……う、うぅ……」

 

 

歯を食いしばって、辛そうな顔をしている。

……どうして、こんな事になっているんだ?

 

 

「もしかして、レッドキャップに何か──

 

「違うんだ、僕がやったんだ!」

 

 

僕が訊こうとすると、大きな声で遮られた。

ちょっと、驚いてしまった。

 

そんな様子の僕を見て、ハリーが申し訳なさそうな顔をして……口を開いた。

 

 

「……グウェンを連れて逃げるハーマンを追って…僕は、どうにかして助けなきゃって思って……彼の背中に……武器を……うぷっ──

 

 

地面に向かって、ハリーが吐いた。

……こんな時でも、僕やグウェンにかからないように顔を背けて、見えないように気を付けていた。

 

しかし、先程の言葉から推測すると……ハーマンからグウェンを救ったのだろう?

何か、困る事が……そんな、辛い気持ちになるような事があるのだろうか?

 

 

「ハリー、何で今……そんな、落ち込んでいるんだ?」

 

「……落ち込む?違うんだ、僕はただ……自分は、ヒーローになんかなれないって……君のようにはなれないって自覚しただけだ」

 

「僕?」

 

 

ハリーは……僕みたいになりたいと思ってたのか?

こんな場面じゃなければ嬉しかったかも知れない。

だけど、今は喜んでいられるほど、気楽な状況じゃないみたいだ。

 

 

「僕はハーマンの背中を刺した……殺してしまったかも知れない。レッドキャップも凄く、怒ってた。悲しんでいた……僕は、どうしようもない屑だ。父と変わらない。人を殺す事しか、出来な──

 

 

一人ぼっちの子供のように、震えて涙を流すハリーに……僕は。

 

 

ビンタした。

 

 

「う、えっ……?」

 

「ハリー、僕は『泣くな』なんて言わない。だけど、『諦める』のはダメだ」

 

 

呆然とするハリーの肩を強く揺する。

 

 

「僕達をヒーローたらしめているのは、超能力(スーパーパワー)じゃない。諦めない強い心なんだ」

 

「強い、心?」

 

「何度負けても、何度挫折しても……それでも、立ち上がって前に進む、強い心だ。君がもし、取り返しのつかない事をしてしまったとしても……それでも、より多くの人を助けるために立ち上がらなくちゃならない」

 

 

……スパイダーマンとして僕は沢山の人を救って来た。

だけど、犠牲は少なくはなかった。

 

助けられなかった人もいる。

僕のミスで、取り返しのつかない事になった事だってある。

悪人にブチのめされて死にかけた事だって、両手の指で数えられない程ある。

 

後悔した。

泣いた。

沢山、苦しんだ。

 

何度、スパイダーマンをやめようか悩んだか。

 

それでも、何度でも僕は戦った。

 

今まで助けられた人の応援と、助けられなかった人に報いる為に。

 

誰かを助けられるとして……僕が何もしなくて、その人が苦しむ事になったら。

僕はきっと、後悔する。

 

だから、僕はヒーローをやめない。

僕はスパイダーマンだ。

 

僕の言葉に、ハリーが口を開き……小さな声で喋る。

 

 

「大いなる力には……大いなる責任が、伴う」

 

 

独り言で……まるで、自分に語りかけるように。

 

 

……僕が昔、彼に言った言葉だ。

ベン叔父さんが昔、僕に言った言葉だ。

 

スパイダーマンの、本質だ。

 

 

「そうだよ、ハリー。君は強い。そして、優しさだって持っている筈だ。君はヒーローなんだ。だから……責任から逃げようなんて、甘えるのは僕が許さない」

 

「……スパルタ、だな」

 

 

涙はもう、止まっていた。

 

 

「まぁね。ヒーローは軽い気持ちで出来ないから……悩んだ時はいつでも呼んでくれよ?尻を蹴ってやるから」

 

「……フフ、それは痛そうだから、勘弁して欲しいな」

 

 

ハリーが笑ったのを見て、僕は手を伸ばした。

彼が握り返してきて……彼を立たせる。

 

……シニスターシックスの時と一緒だ。

彼は数ヶ月前までは普通の人だったんだ。

僕が先輩ヒーローとして、しっかりしないと。

 

 

「……話は終わったか?」

 

 

後ろから、声を掛けられた。

驚いて振り返ると、バッキーとブラックウィドウがいた。

 

 

「うわっ……いつから聞いてたの?」

 

「君が彼を殴った所の……少し、前からだ」

 

 

じゃあ、殆ど最初からじゃないか。

……ヒーロー歴の浅い新人である僕が語ったけど……バッキーは僕よりも歳上だし、きっとヒーロー歴も長い。

 

何だか恥ずかしくなってきた。

マスクの下が暑くなってる……気がする。

 

僕が恥ずかしがってるのを他所に、バッキーがハリーを見た。

 

 

「俺から言う事は殆どない。だが、誰かを守るために、誰かを傷付けてしまう事は……不可抗力だ。そして、傷付けないように手加減をするには……相手よりも数倍は強くないと成り立たない」

 

 

バッキーが銀色の腕で、ハリーの頭を軽く小突いた。

 

 

「お前は未熟だ。後悔する暇があったら鍛錬しろ。強くならなければ、信念も守れない」

 

 

……うーん。

僕よりも説教向いてる。

 

やっぱり、若輩者である僕が語るべきじゃなかったかな。

そう思っていると、ブラックウィドウが僕の脇を肘で突いた。

 

 

「貴方の感動的なスピーチも悪くはなかったわ」

 

「あ……えっと、慰めてる?」

 

「本心よ」

 

 

……今すぐ穴があったら入りたい。

 

ブラックウィドウが、そのままグウェンに近付いて肩に背負った。

結構、力持ちだ……やっぱり。

……瓦礫の撤去だって手伝ってもらった方が良かったかも知れない。

 

そして、一つ、大事な事を思い出した。

 

 

「……あ、キャサディは!?」

 

「奴はあちらの広場で拘束している」

 

 

振り返って目を凝らすと……金属製のメダルが貼り付けられて、動けなくなっているキャサディがいた。

 

……ハイテクな手錠なのかな?

いや、手だけじゃなくて全身が動けなくなってるみたいだけど。

 

でもこれで……僕がここで出来る事は終わりかな?

 

ハリーにグウェンの事を聞きたかったけど……バッキーとブラックウィドウがいる。

ハリーとグウェン、両方の知り合いだってバレたら、正体を探られる可能性だってある。

 

……まぁ、彼等が態々、僕の正体を探るなんて事はないだろうけど。

 

僕がこっそり、その場から離れようとすると──

 

 

「スパイダーマン」

 

 

バッキーに呼び止められた。

……忘れてはいないけど、僕は政府非公認のヒーロー……自警団員(ヴィジランテ)だ。

 

違法行為だって詰められて……逮捕される可能性だってある。

バッキーに体を向けながらも、少し後ずさった。

 

そんな様子の僕に、苦笑しながらバッキーが言葉を続けた。

 

 

「フューリーが、君を『S.H.I.E.L.D.』に勧誘しようとしている」

 

「フューリー……?」

 

 

聞き覚えのない名前に首を捻ると、ブラックウィドウが口を開いた。

 

 

「ニック・フューリー。『S.H.I.E.L.D.』の長官よ?一番偉い人」

 

「へ、へぇ……え?いや、何で僕?」

 

 

僕が聞き直すと、バッキーが呆れた顔で返事をした。

 

 

「何でも、若い候補生を探しているらしい」

 

「若い、候補生?」

 

 

……ハリーや、グウェンが『S.H.I.E.L.D.』に所属しているのもフューリーが絡んでいるのか?

 

僕はブラックウィドウに背負われて、気を失っているグウェンを見た。

 

……無意識に、僕は歯を食いしばっていった。

 

 

「……『少なくとも、僕は貴方の下では働きません』って言っておいて下さい」

 

「随分とフューリーを嫌ってるんだな」

 

 

嫌い……嫌い、か。

そうかも。

 

軽く頷いて、僕はバッキーに問いかける。

 

 

「話は終わり?それだけ?」

 

「あぁ」

 

 

……よし。

政府非公認のヒーロー活動については怒られないらしい。

 

……バッキーが腕のような物を拾った。

いや、『ような』じゃなくて、腕だ。

カーネイジによって切断されたレッドキャップの腕。

 

……そう言えば、彼は大丈夫だったのだろうか?

結構血を流していたけど……敵対はしたけど、別に死んでほしい訳じゃない。

 

ニューヨークで活動していれば、いつかまた、会う事もあるだろう。

 

 

僕は彼等に背を向けて、窓に足をかける。

 

 

「……いや、待て。彼女の件について話したい」

 

「……え?彼女?」

 

 

彼女……女の人……一人しかないな。

消去法的にグウェンのことだ。

 

 

「あぁ、奴と出会い……もし、勝つ事が出来たのなら、拘束して『S.H.I.E.L.D.』に引き渡して欲しい」

 

「……何の、話?」

 

 

まるで、その『彼女』が悪人かのような言い方だ。

だから、グウェンじゃないと言う事は分かった。

 

それなら、誰だ?

 

 

口が、乾く。

 

 

数時間前から水を飲んでないのに、沢山運動したからだろうか?

それとも、思い付いたとしても……考えたくない情報が頭に入って来たから、だろうか?

 

 

「レッドキャップの話だ」

 

 

息が、一瞬止まった。

 

少し遅れて、僕は首を振った。

 

 

「はは……それじゃあ、レッドキャップが……女、みたいな──

 

 

……彼が、女?

何故、無意識のうちに男だと思っていたのか。

口調、だろうか。

 

それとも、あの残虐性と言うか……殺意のせいか。

僕に馬乗りになって殴ってくるような所か。

 

 

「……そうか、知らなかったのか。良いか、スパイダーマン。君にとっては聞きたくない話かも知れないが──

 

 

バッキーが、諭すように僕の肩を叩いた。

 

 

「レッドキャップは女だ。それも……成人すらしていない、子供の女だ」

 

 

僕の中で、彼の……いや、彼女に対する感情が、揺らいでいた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ここはカフェ。

ニューヨークのミッドタウンにある、安っぽいカフェだ。

 

私は新聞を見る。

普段は新聞なんて読まないけど、今日は特別だ。

 

 

『逃走していた死刑囚、クレタス・キャサディ逮捕!』

 

『死者、複数!ニューヨーク市の悪夢!』

 

『奇跡の生還!パトリック・マリガン刑事へ独占インタビュー!』

 

 

キャッチーなタイトルの書かれた新聞、その一面は数日前の事件ばかりだ。

 

でも、どこにもスパイダーマンや、シンビオートの話は載ってない。

勿論、私……エージェント・グウェノムについても。

秘密裏に情報操作されたのだろう……ニック・フューリーの手によって。

 

……読みながら手を伸ばして、ココアを手に取る。

口に含むと、カカオの風味と、濃厚な甘味が口に広る。

あまり、好きな味ではない。

 

けど……まぁ、グウェノムは頑張ってくれたし。

チョコレートを摂取して、ご褒美と言う訳だ。

 

私は新聞を下げて、机の向かい側に座っている少女を見る。

 

……私と同じ物を飲んでいる。

だけど、私と違って真剣な表情でストローを吸っている。

まるでリスみたいだ。

 

 

「ミシェル、美味しい?」

 

「ん……」

 

 

口に含みながら、ミシェルが頷いた。

 

これは先日の……誕生日会がお開きになってしまった事への穴埋めだ。

私の奢りで、カフェまで来ている。

 

……彼女の手を見る。

白い……傷一つない肌だ。

 

……でも、何だろう……少し、違和感を感じていた。

 

 

「……ねぇ、ミシェル?」

 

「ん、何……?」

 

 

飲んでいたココアを机に置いて、ミシェルが問いかけてくる。

 

 

「ちょっと右手、出して?」

 

「……え?右手?」

 

 

恐る恐ると言った様子で伸ばして来た手を、私は手に取る。

 

……いつも通り、ミシェルの手だ。

おかしい事なんて……何もない。

 

撫でると……シルクのような肌触りで、掴むとモチモチしている。

筋肉が付いてるのか心配するほど、柔らかな手だ。

 

だけど、意識を集中すると……違和感を感じたのは鼻だ。

グウェノムによって強化された嗅覚。

 

ミシェルの手に鼻を近づけて、嗅ぐ。

 

 

「うぇっ……グ、グウェン?」

 

「あ、分かった」

 

 

私の言葉に、ミシェルが少しビビったような顔をしている。

 

……あ、急に手を嗅がれたら、そりゃそうなるか。

側から見れば、私はヤバい奴に見えてるだろう。

 

 

「ミシェルさ、香水付けてるでしょ?」

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

「…………うん」

 

 

少し間が空いたが、ミシェルが頷いた。

 

やっぱり。

手からちょっと、酸っぱいような……多分、果実の匂いがした。

でも、ちょっと強過ぎだと思うけど。

 

そんな事より、香水を付けている、と言うのが大事だ。

 

私は頬が緩んだ。

 

……ミシェルがついに、自分からお洒落を気にするように……。

化粧もしてなかったミシェルが。

ベージュのパンツしか持ってなかったミシェルが。

香水を……。

 

 

「グウェン……?」

 

「フ、私は嬉しいよ」

 

「え?何で……?」

 

 

困惑するミシェルを見て、私は……あぁ、やっと平穏に戻って来たんだなぁと実感した。

 

父が死んで……フューリーの養子になって。

辛い事が沢山起こったけど……それでも、私は私で。

友達も私に対する態度を変えなかった。

可哀想な女だって、憐れむ事もなかった。

 

だから、それが嬉しかった。

 

これからも日常は続く。

父は居なくなってしまったけれど……父と過ごした日々の記憶は残る。

 

ココアを飲み干し、ミシェルの手を握る。

遠慮した様子で、握り返して来た。

 

事件の後、少し落ち込んだ様子だったけれど……少しはマシになったようだ。

 

……彼女は私の父とも面識があった。

だから、知人の死に悲しんだのだろう。

 

優しい子だ。

 

何があっても、彼女を守りたい。

 

父の死は、私の考えに強く影響を及ぼしたみたいだ。

人は……急に死んでしまう。

父のように……私だって、助けがなければグリーンゴブリンに殺されてたかも知れないし。

 

もし、ミシェルが……例えば。

事件の時に出会った『悪い奴ら』に危害を加えられそうになったとしたら、私が絶対に助けに行かなきゃ。

 

……まぁ、その為には訓練を頑張らなきゃね。

 

私は時計を確認し、ミシェルの手元のココアを見る。

……結構残っている。

味わって飲んでるみたいだ。

 

急かすのも悪いし、お金を置いて席を立つ。

 

 

「じゃあ、お先に」

 

「……グウェン、用事?」

 

「まぁね……養父(パパ)がうるさいんだよね」

 

 

先日の事件の結果も踏まえて。

私が勝手に独断行動をするなら、それに耐えられるように訓練しよう!と言う結論に達したらしい。

 

まぁ悪いのは私だ。

ハリーにだって迷惑を掛けちゃったし……。

 

とにかく、バッキーって人に近接格闘術を教えてもらったりしつつ、走り込みしたり、筋トレしたりしている。

足手纏いにはならないよう、頑張らなきゃ。

 

そう意気込んでいると、ミシェルが心配そうな顔をしつつも笑った。

 

 

「……がんばってね」

 

「うん、ありがとう。ミシェルもがんばってね」

 

「…………え?何を?」

 

 

困惑するミシェルに後髪を引かれつつも、私は席から離れる。

 

そして、店の外に出て……ミシェルの方を見ると……店員を呼んで、追加の注文をしていた。

彼女は食いしん坊だ。

店員が何度か頷いて……驚いたような顔をしている。

何個注文しているんだ、彼女は。

 

面白くて少し笑って……アベンジャーズタワーに向けて、足を進めて──

 

 

「あっ」

 

「おっと」

 

 

誰かとぶつかって、転びそうになり……手を掴まれた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

それは黒い髪……鋭い目付きの中には、緑色の瞳がある。

私と同い年ぐらいの少女だった。

黒いジャケットのボタンは全て開かれており……下には露出の高い服を着ていた。

 

具体的に言うと、ヘソが見えている。

 

かと思えば、下はジーパン。

穴すら空いてない、ピッチリとしたヒップラインの良く見えるジーパンだ。

 

手には……今時珍しい、紙の地図を持っていた。

 

観光客……だろうか?

 

思わず目を引かれそうになるが、目線を上げて、口を開いた。

 

 

「ごめんなさい、前を見てなかった……かも」

 

「私も。地図を見てたんだけどね……ちょっと、集中し過ぎた。ニューヨークって入り組み過ぎだと思わない?」

 

 

……田舎から来た人、なのだろうか?

愚痴る彼女に、思わず口を開いた。

 

 

「行きたい場所があるなら……案内とか、いる?」

 

 

……おっと、しまった。

ニック・フューリーとの約束があったのだった。

 

訂正しようと思って口を開こうとし──

 

 

「それ、ホント?助かるわ」

 

 

言葉を引っ込めた。

考えなしの善意は身を滅ぼす。

 

私は内心を悟られないように気をつけて、地図を覗き込んだ。

 

 

「で、どこに行こうとしてるの?」

 

「えーっと、ここ」

 

 

黒いマニキュアがされた指の先、そこに赤い丸が書いてあった。

 

……あれ?

結構近い……と言うか、かなり、見覚えのある場所だ。

 

 

「アベンジャーズタワー……?」

 

 

思わず、声が漏れた。

 

 

「そうそう!それそれ」

 

「へぇ……」

 

 

奇遇だ。

私も行こうとしてた所だ……と考えて、少し停止。

 

アベンジャーズタワーに用事?

と言う事は……彼女も『S.H.I.E.L.D.』のエージェント?

それとも……アベンジャーズ?

いや、それはないか。

 

 

「私も行こうとしてたから、一緒に行きましょ」

 

「そりゃ凄い偶然ね。ビックリしたわ……あ、そうだ。貴方名前は?」

 

 

彼女と目が合う。

 

……視線は鋭い。

多分、内心で探っているのだろう。

 

私と同じく、アベンジャーズタワーに用事があるなんて……一般人ではないだろう。

だから、互いに警戒している。

 

 

「私はグウェン・ステイシーよ」

 

「グウェン……ね。うん、分かったわ。よろしく」

 

 

警戒を解いて、握手を求めて来た。

……名前を聞いただけで、私がエージェント候補生だと分かったのだろうか?

だとしたら、凄い記憶力だ。

 

……それとも、私の事を調べていたのか。

自意識過剰かも知れないけど。

 

満足そうに手を離した彼女に、私も慌てて質問をする。

 

 

「逆に……貴方の名前は?それと……アベンジャーズタワーに行く予定って?」

 

「はは、質問が多いね……」

 

 

苦笑いをしながら、彼女は口を開いた。

 

 

「私の名前はローラ・キニー。好きなように呼んで」

 

 

にこりと笑った。

 

そして。

 

 

「で、用事の方は──

 

 

笑顔が吊り上がり……まるで、凶暴な獣のような笑みを浮かべた。

 

 

「私の頭をブチ抜いた奴を、ブッ殺しに来たのよ」

 

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