【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#90 AKA ミシェル・ジェーン part2

朝起きて、顔を洗い、歯を磨く。

櫛で髪を整えて、薄く化粧をする。

 

鏡を見れば、いつも通りの……『ミシェル・ジェーン』が居た。

 

クローゼットからシャツを取り出し、ズボンを……いや、スカートを取り出す。

着替えながら、朝のニュースを流す。

 

そうして、鞄に最低限の支度を入れて、部屋を出た。

 

予定より5分早い。

少し、部屋の前で待つ。

 

木製のドアに背を乗せて、隣室が開くのを待つ。

この時間が、少しもどかしい。

 

少しして、ドアが開き……ピーターが出てきた。

 

私の方を見て、頬を緩める。

会えて嬉しいと、そう言ってるかのような表情だ。

毎朝会っているのに、いつもそんな顔をしてくれる。

 

その表情を見れば、私がここに居て良いのだと思えた。

 

 

「おはよう、ミシェル」

 

「ん、おはよう」

 

 

朝の挨拶に頷き、返事を返す。

 

クイーンズに来る前までは凝り固まっていた表情も……随分と動かせるようになった。

意図的に笑おうとすれば……ほら、私は笑えている。

 

私の今生は、何も楽しい事もなく……嬉しい事もなく……そんな人生だったけれど。

 

今は違う。

大好きな友人がいて、楽しい時間があって、こうやって日常の中で生きている。

 

それは、掛け替えのないもので……この時間を守る為なら、私は──

 

何だって出来ると、そう思っている。

 

外に出れば朝日が降り注いでる。

私は少し目を細めて、ピーターの横に並ぶ。

 

いつものサンドイッチ屋でサンドイッチを買って、デイリービューグルのビルの前を通り、学校へ向かう。

 

ピーターとお喋りをしていれば、気付けば学校に到着していた。

ロッカーに荷物を入れて、教科書を手に取る。

 

登校してきたグウェンにハグされて、他愛のない話をして……始業のベルに中断される。

 

卒業も間近になって、授業の内容も終わりが見えてきていた。

 

 

……卒業。

 

 

卒業すれば、私は……ここから離れる。

ミシェル・ジェーンという名前を捨てて、新しい名前を得て……違う場所へ、違う環境へ、違う人間になる。

 

共通しているのは、赤いマスク姿の私だけ。

ミシェル・ジェーンの存在は、期間限定だ。

 

私の根本はレッドキャップであり、ミシェル・ジェーンは仮初に過ぎない。

 

昼のベルがなって、授業が終わる。

グウェンが私の手を引き、その後ろをピーターが歩く。

 

屋上で集まり……サンドイッチを取り出す。

 

だけど……いつもと違って、一人、足りない。

 

 

「ネッドは?」

 

 

私がそう問うと、ピーターが口を開いた。

 

 

「ネッドは休みだよ。理由は分かんないけど」

 

「そう……風邪かな」

 

 

私が心配すると、グウェンが笑った。

 

 

「どーせ、夜更かしよ。大学の試験に合格したから、あとは出席日数さえ稼げば良いと思ってるのよ、きっと」

 

 

ピーターが苦笑し、私も笑う。

 

小さくなったサンドイッチを口に入れて、ペットボトルのミルクティーを飲む。

 

こうしていられる時間も有限だ。

そう思うと、無性に悲しくなって、胸が苦しくて……でも、表情は変えない。

 

残り僅かだとしても、最後まで楽しく……変わらず、笑顔のみんなと一緒にいたい。

 

 

 

午後の授業も受けて……隣の席に座っていたピーターが少し眠そうにしているのに気付いた。

私が脇をつついて起こすと……慌てた様子で取り繕った。

 

彼は昨日も『親愛なる隣人』としてパトロールをしていた。

だから、眠いのだろう。

 

私はデイリービューグルの新聞を毎日買っているから、知っている。

……批判的な意見だとしても、スパイダーマンについてのニュースはあの新聞が一番早い。

 

彼は昨日、銀行強盗から街の人を守ったらしい。

見出しは『自警団気取り、今日も暴力で解決!』だ。

……ジェイムソンらしい偏向報道だ。

まぁ、思想は盛り込まれているが嘘は吐いてない。

 

 

私はピーターの横顔を見る。

 

 

ピーター・パーカー。

AKA(あるいは)スパイダーマン。

 

 

大切な友人と、大好きなヒーロー。

 

どちらの彼も私の心で、大きく存在感を放っている。

……グウェンやネッドには悪いけど、少し、特別。

 

私の視線に気付いたのか、恥ずかしそうに笑う彼を見て……胸が少し苦しくなる。

 

これは何だろう?

きっと、罪悪感だ。

 

騙している事の、罪悪感。

頬が熱くなるのは、恥ずかしいからだ。

ずっと一緒にいたいと思うのは、友達だから。

 

そう、思う。

 

これは恋なんかじゃない。

 

友情だ。

絶対に。

 

私は目を逸らし、白板の……少し上に掛けられている時計を見る。

 

針が進んで行く。

一定の間隔で、確実に進んで行く。

 

止まりはしない。

戻りもしない。

 

 

時間は過ぎて行く。

 

 

ゆっくりと。

 

 

ゆっくり。

 

 

少しずつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、ロッカーに教科書を入れる。

そのまま、周りに見えないよう携帯端末を確認する。

メールの着信……相手は……カモフラージュされているけど、組織からだ。

 

私は眉を顰める。

 

ミシェル・ジェーンから、レッドキャップへ。

無理矢理、引き摺り戻される。

 

ため息を吐いて、携帯端末を胸ポケットに入れる。

鞄を持って、私は振り返る。

スカートが翻る。

 

男子のロッカー……そこに居るピーターへ近付く。

荷物を片付けてる様子で……私の足音に気付いたのか、振り返った。

 

 

「あ、ミシェル……良かったらさ、これから──

 

「ごめん、ピーター。今日はバイト」

 

 

努めて、申し訳なさそうな顔をして、そう返す。

ピーターの眉が少し下がった。

 

 

「分かったよ……大変だね」

 

「ん、大変」

 

 

本当に……。

 

二人で並んで、出入り口まで歩く。

少しピーターが落ち着かない様子で、私に話しかける。

 

 

「あ、そうそう……明後日のプロム、なんだけどさ」

 

「ん……」

 

「待ち合わせ場所は……その、いつものアパートで良い……よね?」

 

 

何でも、プロムは男女で行くらしく、男が女をエスコートするらしい。

まず最初に学校まで行って出席簿に名前を書かなければならないらしい。

 

それから、ディナーを食べるための自由時間があって……また校内に戻る。

飾り付けられた大きな体育館でダンスパーティ……らしい。

 

どんなパーティなのか、詳しくは分からないけど……なんだか、デート、みたい……。

 

少し浮かれるような気持ちになり、楽しみになってくる。

頬が緩まる。

 

ピーターの目を見る。

その目は少し不安そうに揺れていた。

 

私は口を開いた。

 

 

「ん、それで良い」

 

「良かった……当日は頑張ってエスコート、するから。大船に乗ったつもりで──

 

「ふふ……」

 

 

意気込んでいるピーターが微笑ましくて、つい笑ってしまった。

そんな私を見て、少し頬を赤らめてピーターが視線を下げた。

 

私のために頑張ってくれている。

そう思うと、凄く嬉しくて……心の隙間が満たされるような気持ちになった。

 

校門を出て、私はピーターと別の方向へ行く。

 

 

「それじゃあ、ピーター……バイトだから」

 

「あ、うん。頑張ってね」

 

「ありがと」

 

 

別々の道へ、歩き出す。

ピーターが私の顔を見て、口を開いた。

 

 

「ミシェル……また明日」

 

「うん、また明日」

 

 

ピーターに背を向けて、離れて行く。

これからも変わらない日常が続くと、そう信じていた。

 

 

私も、彼も。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

暗い地下通路を通り、拠点へ。

薄い緑色の電灯が照らす中、私は手元の携帯端末を見た。

 

それは組織からの任務。

だけど……違和感があった。

 

……普段とは、違う形式の暗号。

そして、依頼主は明記されていない。

 

組織の人事なんて知らないが、上司が変わったという話は聞いていない。

首を傾げながらも、疑問を飲み込んだ。

 

そんな事、考える意味はない。

組織の命令は絶対。

疑う事は……不信と見做される。

 

黒いアーマースーツを装着して……最後は真っ赤なマスクを被る。

 

鏡に映るのは醜悪な妖精。

赤いマスクが、私の顔と心を覆い隠す。

 

 

 

任務の内容を、脳内に反芻させる。

 

ターゲットの殺害、それが任務だ。

 

グリーンゴブリン……ノーマン・オズボーンの死後、その装備は警察に押収されていた。

だが、何者かが盗み出し、その装備を使って愉快犯的なテロ行為に励んでいるらしい。

 

今回の標的は、その盗人だ。

 

私はマスクの下で口元を緩めた。

こういう人間の屑相手ならば、歓迎だ。

 

心置きなく殺す事が出来る。

 

グリーンゴブリンの模倣犯……名を『ホブゴブリン』と自称しているらしい。

奴は犯行予告を行い、その後に爆破を行っている。

 

爆弾の設置は本人がしているようで……ノーマンの装備の上から、オレンジ色の外套を着ているらしい。

 

組織が持つ独自の情報網から、ホブゴブリンの犯行現場の予測は済んでいる。

先回りして……後は殺すだけ。

 

簡単な仕事だ。

 

私は地下拠点から出て、マンハッタンへと向かった。

手を強く握れば、金属の擦れる感触がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ニューヨーク、マンハッタン。

チャイニーズタウン……大きな商業施設。

 

夜も遅く、人通りは殆どない。

 

私は暗闇の中で気配を殺し、佇んでいた。

暗視機能を使って、屋上から見下ろす。

いつもは毒々しい光を放っているネオンの看板は暗い。

 

日中は人の行き来が激しいこの場所も、時間が変われば別の姿を見せる。

 

 

 

誰かが近付いて来ている。

オレンジ色の外套を来た何者か。

多少は派手に見えるだろうが、不自然過ぎる訳ではない。

 

……しかし、強化された視力で注視すれば……その該当の下にアーマーを着ているのが分かる。

顔だって、緑色のゴブリンマスクだ。

 

ノーマンとは違い中身は普通の人間らしく、グライダーにも乗らず……肩から麻のバッグをかけて歩いていた。

 

鞄の中には幾つかのパンプキンボムが顔を見せていた。

恐ろしい超能力を持った悪人(ヴィラン)には見えない……まるで仮装した一般人だ。

ハロウィンはもう、とっくに終わったと言うのに……。

 

 

 

そんな彼は、私に気付く事なく商業施設の裏へ向かう。

辺りを警戒する態度からは、特殊な技術を習得しているように見えない。

 

……私は気配を消しながら、その後ろを尾行する。

 

殺すなら、目立たない場所が良い。

私は腰からハンドガンを抜き取り、距離を詰めていく。

 

……どうやら、お眼鏡に適う場所が見つかったようで、ホブゴブリンが足を止めた。

換気口のすぐ側で膝を突いて、鞄を床に置いた。

 

中からパンプキンボムを取り出し──

 

 

 

私は発砲した。

 

サイレンサー付きのハンドガンだ。

空気の抜けるような音がして……オレンジ色の外套が血で滲む。

 

 

 

右胸の上に背中から一発……ゴトリ、とパンプキンを地面に落とした。

起爆スイッチは起動されていない。

 

ホブゴブリンは地面にうつ伏せで倒れた。

地面に赤黒い血が流れる……想定通りのダメージがあったようだ。

 

うめくような声が聞こえる。

……若い男の声だ。

まだ、未成年か?

 

正直、拍子抜けだ。

素人だったのだろう……体捌きも、警戒する態度も……全てが中途半端だった。

 

 

しかし、素人ならば尚更……どうやって警察署から盗んだのか気になる話だ。

 

 

だから、即死させなかった。

組織に言われた訳ではないが、私が単純に気になったのだ。

 

拷問して情報を吐かせよう。

私はナイフを抜き取り、手元で遊ばせる。

 

そのまま、ホブゴブリンへと足を進める。

 

 

『さて、どんな顔か……拝むとしよう』

 

 

痛みに耐性がないのか、苦しんでいるようで……身を悶えさせていた。

近付く私に気付いていないようだ。

 

私はホブゴブリンを蹴り、仰向けにする。

そして、マスクに手をかけ、無理矢理、引き剥がし──

 

 

 

 

 

 

『……ネッド?』

 

 

 

 

そこには、ここに居ない筈の……居る筈のない、友人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁっ……」

 

 

夜中だけど、僕は走っていた。

 

病院に到着して、受付を通り抜け……手術室の前に来た。

 

 

今日の夜、さっき……病院から連絡があった。

 

 

ネッドが撃たれて重傷を負っていたと言う事、そしてマンハッタンの商業施設で『全裸で』倒れていたと言う事。

 

第一発見者は不明。

匿名での通報に救急隊が駆けつけて、慌てて病院まで輸送されたらしい。

 

意味が分からない。

訳が分からない。

 

だけど、何かの事件に巻き込まれたのは確実だ。

 

友人である僕にも連絡が入って……今に至る。

 

 

待合室にはネッドの両親らしき人と、祖母らしき人がいる。

グウェンは……まだ来ていないみたいだ。

 

視線を動かして、他に誰かいるか探してみれば……待合室の隅で蹲っている人影があった。

 

 

「ミシェル!」

 

「……ピーター?」

 

 

その目は真っ赤になっていた。

頬は濡れていて、泣いていた事が分かる。

 

……今は泣いていない。

泣き疲れてしまったのだと、僕には分かった。

 

まるで、今すぐにでも死んでしまいそうなほど、生気のない姿に……僕は息を呑んだ。

 

 

「ミシェル、その……大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない……ネッドが……」

 

 

僕が聞いたのは彼女の事だったけど、思い違いをしているようだ。

だけど、訂正する必要はないと切り捨てる。

 

掠れたような声で、ミシェルが言葉を繋ぐ。

 

 

「……こんなの……私……酷い……なんで……」

 

 

口に出している言葉は支離滅裂だ。

異常な様子で怯えている。

 

パニック症状……彼女は錯乱している。

 

ネッドの事も心配だけど……僕に出来る事はない。

だけど、彼女を励ます事は出来る。

 

 

「大丈夫だよ、ネッドは死なないって……」

 

 

何も根拠もない希望的観測を言い切る。

 

 

「でも、私……」

 

 

僕は隣に座って……彼女と同じ、手術室のドアを見る。

 

そして、ミシェルの背中を摩る。

僕よりも小さな体は小さく震えていた。

 

 

「……何があったか分からないけど……大丈夫だから。落ち着いて」

 

「……ピーター、私……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「……私」

 

 

掠れた声で、呟く。

 

 

「信じて待とうよ。きっと、ネッドは大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

「だからさ、ネッドが起きた時に……そんな様子だと、心配させちゃうから……」

 

「……うん」

 

 

ミシェルから手を離して、僕は彼女を見つめる。

少し落ち着いたようで、震えは止まっていた。

 

安心して、僕はネッドの両親達と話そうとして……服の袖を掴まれた。

ミシェルの手が僕の服を掴んでいた。

 

僕は黙って、彼女の横に座り直した。

凭れ掛かる訳でもなく、小さく不安そうにしている彼女の側に寄り添っていた。

 

 

 

少しして、手術中のランプが消えた。

 

僕はミシェルの手を引いて、お医者さんの説明を受ける。

 

……どうやら、命に別状はないらしい。

数ヶ月の入院は必要らしいけど、大丈夫だとか。

 

後ほんの少しでも通報が遅ければ……死んでいたかも知れないって。

誰が通報したのか分からないけど、感謝しなくては。

 

安堵の息を吐いて、すぐ側にいるミシェルを見る。

……彼女は苦しそうな顔をしていた。

 

本当に大丈夫、だろうか?

 

 

「……ごめん、ピーター。少し、電話してくる」

 

 

僕の服の袖から手を離して、ミシェルは離れて行った。

薄暗い病院の中、一人で行かせるのは少し不安で……だけど、彼女は電話すると言って態々離れて行った。

 

だから、追わない方が良いと……そう思って、彼女を待つ事にした。

待合室の自販機に硬貨を入れる。

 

甘いココアを買う。

帰ってきたら、彼女に渡そう。

 

そう思って、椅子に座り……待つ事にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

椅子に座り、僕は天井を見ていた。

手に嵌めている黒い手袋が、光を反射する。

 

欠伸を一つして……手元の携帯端末が鳴って、椅子から落ちそうになった。

 

慌てて、携帯端末を手に取り……その宛先を見て、目を細めた。

 

マスクを被り、声を変換し……『ティンカラー』として電話に出る。

 

 

『はぁい、もしもし?どうかしたかい?』

 

『…………』

 

 

しかし、無言。

僕は首を傾げる。

 

 

『何かあったのかい?困った事なら相談してよ』

 

『今日……の、任務で──

 

 

ポツリ、ポツリと。

彼女が話し始めた。

 

任務の殺害対象を殺さなかった事を。

殺害対象が友人だった事を。

友人はそんな事する筈がない事を。

 

……僕は眉を顰めた。

 

 

『私、は、一体どうすれば……良いと思う?」

 

『ごめん、ちょっと考えるから待ってね』

 

 

彼女……レッドキャップへの依頼は僕が全て管理している。

組織の上からくる指示なんかも、全部だ。

 

だから、分かる。

 

今日の任務は僕が送った物ではない。

……じゃあ、誰だ?

ハッキングは不可能な筈……少なくとも、現代の人間には。

彼女に任務を送るためのシークレット回線を知っていて、彼女へ指示を出せる人間……。

 

組織(アンシリー・コート)のボス。

直接、送ったのか?

僕に相談もなく?

それは何故だ?

 

いや、そもそも……殺害対象の正体は何故、彼女の友人だった?

偶然ではないだろう……前もって準備していたに違いない。

 

……脳裏に紫色のスーツを着た男が浮かんだ。

以前、彼女も……恐らく友人も参加していたであろうパーティに奴が居た。

 

ゼベディア・キルグレイブ……奴の仕業か。

それならば、警察署からノーマン・オズボーンの装備を盗めた事も理解できる。

 

……一つの、仮説が組み立てられる。

 

 

『……抜き打ちテストのつもりか?』

 

 

レッドキャップの組織への忠誠心……ボスはそれを疑っていた。

だから、それを試すために……彼女の友人をターゲットに仕立て上げて、殺させようとした。

人から指示される事を嫌うキルグレイヴが、そんな回りくどい事をする事も……ボスが絡んでいるのなら納得できる。

 

……そして、これが答えなら拙い。

彼女はターゲットの殺害に失敗している。

それどころか、手当し、証拠を隠滅して病院に通報までしてしまったらしい。

この話がボスの耳に入れば──

 

 

『ティンカラー……?』

 

『うん?あー、いや、何でもないよ……こっちの話』

 

 

慌てて取り繕う。

顎に手を置いて、悩む。

 

今すぐ医療センターから手当されていた形跡や、通報の履歴を削除しなければ。

机にPCを用意し、電源を起動する。

 

 

『ネッドは、何で……』

 

 

あまりにも落ち込んだ様子だから……僕は失言してしまった。

 

 

『君の友人は悪くないよ。恐らく洗脳されていたんだ。君の所為でもないし、彼の所為でもない』

 

『洗脳?』

 

 

気付いた時には遅かった。

彼女に、情報を与えてはならない。

 

 

『洗脳……まさか、あの時の……紫色の……』

 

 

先程の発言を無かった事にしたいと、思ってしまった。

 

 

『……キルグレイヴか』

 

 

怒りを込めた声が、電話先から聞こえた。

それはもう、悲しんでいる少女の声ではなかった。

 

慌てて僕は口を開いた。

 

 

『君は何もしなくて良い。頼むから……何もせず、大人しくしてくれ』

 

『分かっている』

 

 

あぁ、ダメだ。

分かってはいるだろうけど、大人しくはしないつもりだ。

 

 

『良いか?よく聞いてくれ。君の立場は今すごく不安定なんだ。今回の件だけなら……上手くいけば誤魔化せるかも知れない』

 

『…………』

 

『だけど、それ以上は拙い。君の立場が苦しくなるだけだ』

 

 

僕の言葉に返事はない。

冷や汗が流れる。

 

 

『分かった。世話になった、ティンカラー』

 

 

……僕と彼女は協力関係だが、親しい訳ではない。

今の彼女に聞き入れては貰えないだろう。

 

彼女は友人をその手で殺めそうになり……その原因を作った自分と相手に憤ってる。

自分の事はどうなっても良いと、それでもケジメは付けさせると……そう思っている。

 

それに、キルグレイヴが組織と繋がっている可能性を考えていない。

彼女はただ、自身の友人を害した者を殺そうとしているだけだ。

 

 

ブツリ、と通話が切れた。

彼女が切ったのだろう。

慌てて掛け直すが……繋がる気配はない。

 

 

彼女は自暴自棄だ。

自身の手で起こしてしまった惨事を、自らの手で決算しようとしている。

 

……だけど、それは……あまりにも自分の身を蔑ろにしている。

彼女は自分を心配する人間がいる事を分かっていない。

 

キルグレイヴを殺すのは拙い。

確実にボスにバレる。

そうなれば彼女は……間違いなく、手元に戻される。

 

……どうにか、彼女が殺す前に……別の人間に殺させるしかない。

キルグレイヴ……パープルマン、彼と因縁深い相手は……誰だったか?

 

……ジェシカ・ジョーンズか。

 

僕は手元のコンピュータに指を乗せた。

 

 

『……背に腹は替えられない、か』

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ネッドが倒れた翌日。

 

空席を見て、僕は少し気持ちを落ち込ませた。

ミシェルが欠席していた。

 

昨日の今日だからか……無理もない。

相当、ショックを受けていた。

 

今朝、ミシェルの部屋をノックしたが反応は無かった。

昼前に『今日は休む』とショートメッセージが来ていた。

 

……少し、心配になる。

 

授業にも集中できず、気付けば夕方になっていた。

 

 

「ピーター」

 

 

僕に声を掛けてきたのは、グウェンだ。

彼女もネッドが事件に巻き込まれた事に胸を痛めている。

 

少し、寝不足なように見えた。

 

 

「どうかした?グウェン」

 

 

明るく振る舞おうとして……掠れた声が出た。

そんな様子を見ても、グウェンは嘲笑しなかった。

 

 

「ネッド、起きたらしいよ」

 

 

その言葉に、僕はメールボックスを開く。

……ネッドの祖母が僕達の事を病院に話したようで、容態について病院が定期的に連絡を入れてくれている。

 

 

「よかった、じゃあ行こう」

 

 

僕は鞄を持って、ロッカーに早足で行こうとして──

 

 

「待って、ミシェルは?どうしたの?」

 

「ミシェルは──

 

 

思わず、言葉に詰まった。

 

 

「今日は休みだよ……ほら」

 

 

僕が彼女のショートメッセージを見せると、グウェンが眉を顰めた。

 

 

「……昨日、そんなに取り乱してたの?彼女」

 

「それは……うん、かなり」

 

 

具体的には言わないが、精神的にまいっていたと伝える。

 

 

「……取り敢えず、見舞いに行くってだけ連絡を入れておいて」

 

「分かったよ」

 

 

僕がメッセージを送ると……直ぐに既読がついた。

だけど、待っても返信は来ない。

 

懐にスマホをしまって、ロッカーに鞄を片付ける。

そのまま学校を出て……NYメトロポリタン病院へ向かう。

 

 

 

 

 

 

ニューヨークの市内にある大きな病院で……グウェンもここに入院していた。

受付で名前を名乗って、部屋まで案内して貰う。

 

花も果物も持ってきていないけど……到着して、ドアを開ける。

 

部屋の中にはベッドが一つ。

……ネッドがベッドで腰から上を立たせていた。

 

 

「ネッド!」

 

 

僕が声を掛けると、振り返って驚いたような顔をしていた。

 

 

「お、おぅ、ピーター……何で入院中の俺より元気が無さそうなんだよ」

 

「この……!心配してるからに決まってるだろ!」

 

 

ハグしようとして……あぁ、そういえば撃たれたのは右胸だったと思い留まる。

互いに手を広げて……直前で止まった。

 

かなり間抜けな様子に、僕もネッドも苦笑した。

そんな様子を見たグウェンが口を開いた。

 

 

「ふーん、思ったより元気そうね」

 

「げぇっ、グウェン!」

 

「げぇって何よ。げぇって」

 

 

コツコツと床を鳴らして、グウェンがベッドの横に座った。

 

 

「……うん、元気そうで良かったわ」

 

「俺もビックリしたわ」

 

 

その言葉に僕は首を傾げた。

 

 

「……何で怪我したか覚えてないの?」

 

「んー……いや、まぁな。覚えてない」

 

 

ネッドの言葉に、今度はグウェンが首を傾げた。

 

 

「……大丈夫なの?」

 

「あー……大丈夫じゃないな」

 

「……そう」

 

 

グウェンが眉を顰めた。

 

 

「悪いな、プロムは不参加だ」

 

「…………はぁ?」

 

 

グウェンが恐ろしく低い声を出した。

僕の背筋に凄く冷たいものが走った。

本人であるネッドはもっとだろう。

 

 

「い、いや。本当悪い……二週間は入院らしくてさ。明日の、その──

 

「プロムなんてどうでも良いわ。私が心配してるのはイベントじゃなくてアンタよ……あぁもう、心配して損した」

 

「え……あ、はい」

 

 

グウェンが深く、深く息を吐いた。

 

 

「……全く、心配させたんだから、怪我が治ったら何か奢りなさい」

 

「ハイ、スミマセン……」

 

 

グウェンが頭に手を置いた。

……少しして、面会時間の限界が迫っている事に気付き、僕とグウェンは病室から出て──

 

 

「あ、オイ……ピーター。ちょっと、話したい事がある」

 

 

グウェンが僕達から離れて、ロビーに向かっていた。

……僕だけ呼び止めたって事は、僕にしか聞かせたくないって事だろう。

 

病室に戻り、ネッドの前に座り直した。

 

 

「なに?」

 

「いや……お前はちゃんとプロムに出ろよ」

 

「え……?でも──

 

「出なかったら、罪悪感で俺がヤバい事になるんだよ」

 

「あ、そう……でも、ミシェル次第かな。元気、なかったし」

 

「ないからこそ、励ますんだろ。お前が」

 

 

そう言って、溜め息を吐いた。

楽しみにしていたパーティの前日に、こんな事が起こるなんて。

 

 

「あぁ、それと……ちょっと、耳貸せ」

 

「…………」

 

 

ネッドが手招きするから、僕は耳を近づけた。

 

 

「……俺が病院に来る前の最後の記憶、なんだけどさ」

 

「うん」

 

「俺を撃った奴、見たぞ」

 

 

その言葉に耳を疑った。

 

 

「本当?覚えてたの?」

 

「まぁ、な……でも、多分、信じてもらえなさそうだから黙ってたんだよ……これは蜘蛛男にだけ話したかった」

 

「そっか……それで、どんな奴だった?」

 

「黒い特殊部隊みたいなスーツ着ててよ……」

 

 

特殊部隊……?

やっぱり、ネッドは何かの事件に巻き込まれてしまったのだろうか。

 

 

「顔が……赤かったんだ。表情もついてないマネキンみたいな──

 

 

その言葉に息を呑んだ。

 

レッドキャップ。

何を考えてるか分からない奴だ。

僕の命を狙っているらしい、そんな殺し屋。

 

そして、ネッドが言葉を繋げた。

 

 

「それで、そいつさ……俺の名前を呼んでたんだ」

 

「……な、まえ?」

 

「そう、『ネッド』って言ってた」

 

 

思考が一瞬、停止した。

何故、アイツが……ネッドの名前を知っているんだ?

 

レッドキャップは……スパイダーマンの命を狙っている。

そして、レッドキャップはネッドの名前を知っている……偶々なんかじゃない、狙って襲撃されたんだ。

 

まさか──

 

 

「アイツ……僕の正体に気付いた……?」

 

 

そして、僕の周りに居る人間を、標的にしている……のだろう。

そうとしか、考えられない。

そうでなければ、ネッドを撃つ理由がない。

 

もし、僕の周りの人間を狙っているのだとしたら──

 

 

ミシェルの顔が頭に浮かんだ。

 

 

グウェンは……シンビオートの力があるから自衛できる。

ハリーもそうだ。

 

ネッドが狙われたのはスーパーパワーを持っていないから……だと思う。

 

だから、次に狙われる可能性が高いのは。

そして、狙われた際に身を守る術が無いのは。

 

 

「ミシェル……?」

 

 

僕の脳裏に……小さく微笑む、彼女の姿が映った。

焦燥感に駆られて、心臓が早鐘のように脈打つ。

 

手元の携帯端末を取り出し、ショートメッセージを送る。

 

 

『今、何処にいる?』

 

 

既読は返ってこない。

……そのまま電話を掛ける。

 

 

コール、コール、コール……。

 

 

出ない。

 

 

息が荒くなる。

最悪なイメージを妄想して、不安が胸を占める。

 

 

「ネッド、ごめん。帰らなきゃ」

 

「お、おう……」

 

 

ネッドのいる病室を出て、グウェンの横を通る。

 

 

「……ん?ピーター?どうかし──

 

「ごめん!先に帰るから……本当にごめん!」

 

「ちょっ、何!?説明しなさいよ!」

 

 

 

 

彼女の引き止める声を無視して、病院を出て……路地裏でスーツを装着する。

 

グウェンが追いつく前に(ウェブ)を射出して、宙を舞う。

スイングして、ニューヨークの街を駆ける。

 

 

もっと早く、もっと……。

 

 

アパートに到着した僕はスーツを解除して、ミシェルの住んでいる部屋をノックする。

 

 

「ミシェル!」

 

 

返事はない。

物音はなかった。

 

 

「居るなら、頼む……返事を……!」

 

 

苦しい程の静寂に、焦燥する。

 

 

……居るのなら、返事をする筈だ。

寝ていたとしても、この音に気付く。

 

居ない?

何でだ?

どうして?

何処に行ったんだ?

 

廊下の外、空は赤くなっている。

 

……誰かが彼女を攫ったのだとしたら、犯人は……赤い、マスクの──

 

 

「……僕が助けないと……守らないと」

 

 

自室に戻って、スーツを再起動する。

鏡に映るのは『親愛なる隣人』だ。

 

大切な隣人を助ける為に。

幸せな日常を守るために。

……僕は、ヤツと戦う決心をする。

 

ウェブシューターのカートリッジを差し替えて、手を強く握りしめる。

 

この手で守れる人は……誰も、傷付けさせないと誓ったんだ。

叔父さんが、死んでしまった時に。

だから、僕は。

 

僕は窓を開けて、外へと飛び出した。

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