森育ちのお嬢様にネットは難しい   作:ワクワクを思い出すんだ!

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 感想、評価ありがとうございます。
 返信はできていませんが全て目を通しています。おかげで続きができてしまいました。
 メルフィーは通す。だが十二獣は通さない。
 そんな拙作ですがよろしくお願いします。

 ちなみに時系列的にはアニメでは大体3〜5話くらいです。


ハノイの騎士編︰一撃必殺?

 財前葵は友人が少ない。

 

 幼い頃は兄の仕事で各地を転々としていたことが理由だった。今では心身ともに成長したことで色々と悪意や下心に目が向いてしまい、意図的に友人を作らずにいた。

 特にそれがSOLテクノロジーの重役で尊敬する兄に向けられているとなると尚更嫌になってしまう。高校生になってもそれは変わらないだろう。

 

 

「葵ちゃ〜ん」

 

「あ、結。おはよう」

 

 

 通学路を歩いていると背後から声がかけられる。

 振り向けば声の主は絹のように白い長髪を靡かせながら小走りで近づいて来た。

 

 

「おはようございます。こうして通学中にお会いするのは入学式以来でしょうか〜」

 

「そういえばそうかも。結って海の方に住んでるんだっけ? 遠くないの?」

 

「わたくし、体力には自信がありますので〜」

 

 

 むん、と慎ましい胸を誇らしげに張る結。

 冗談のように聞こえるが、この学校から結の家がある海岸まで十数キロあるかないかの距離だったはず。運動部の生徒でも毎日続けるのは骨が折れるに違いない。

 

 しかし見てみれば、汗の一つも浮かんでいない。

 葵も他人のことは言えないが、結は華奢なスタイルをしている。身長は葵よりも少し高い程度なのにどこからそのようなパワーが出ているのだろうか。

 

 

「うふふ〜。あまり通えてありませんが、わたくしもデュエル部の端くれ。日々鍛練ですわ〜。まっするまっする〜」

 

「さすがに体力は必要ないでしょ……また島くんから変な影響受けたの?」

 

「島くん? いえ特には──────あ、ですが早朝に部活動としてドローの素振りをやろうと部長に話をされて敢え無く却下されていたような?」

 

「よかった。もしやるなら私辞めていたかも」

 

 

 おそらくGo鬼塚あたりに触発されたのだろう。

 LINK VRAINS内が主戦場の葵にはデュエルマッスルは必要ないのだ。

 

 悪い人ではないのは知っているが、LINK VRAINSで活躍しているカリスマデュエリストのミーハーさが暴走しがちな傾向がある。

 この前、部活でブルーエンジェルのグッズコレクションを見せつけられた時は中の人的には複雑だった。

 

 まあ、最近はPlaymakerにお熱だが。男子はいつだってヒーローに憧れる生き物のようだ。

 

 

「でも実際あるらしいですよ。“一撃必殺! 居合ドロー塾”なるものが」

 

「え、嘘でしょ? 何そのインチキみたいなデュエルスタイル?」

 

「ライフが4,000ならば相手のフィールドに2枚以上カードがあれば勝ちですし、デッキの順番を操作できるようになれば意外と合理的のように思います。今度専用のデッキを組んでやってみましょうか〜?」

 

「お願いだからやめてあげて。これ以上部員の皆のデュエルモンスターズ観を壊さないであげて」

 

 

 ただでさえメルヘンチックな動物たちが急に巨大ロボになったり、突然強面のライオンが出てきたと思えばせっかくフィールドに並べたモンスターたちが件並み手札に戻されたりする光景を見ているのだ。

 

 余程温度差がありすぎたためか、感覚が麻痺して思考が止まるのも無理はない。

 

 

「冗談ですわ〜。わたくし、さすがにそこまでできるほどカードに明るくありませんので〜」

 

「はあ……結のそれ、冗談に聞こえないんだもん」

 

 

 普段はぼーっとしているのに、ことデュエルでは一切の容赦がなくなるのは果たして誰に似たのだろうか。

 こんな他愛のない話ができるほどに、葵にとって結は気の許せる数少ない友人だ。

 

 

「あ、藤木くん。おはようございます〜」

 

「鴻上か。今日はタブレット壊すなよ」

 

「ご安心を〜、本日は島くんのを見せてもらう予定ですので〜」

 

「……なるほど、忘れたのか」

 

 

 ああやって独りぼっちでいる人に対しても億せず接する様子や普段の奔放さが、Den cityに引っ越す前に遊んでいた友人を思い出させる。

 

 

「ところで藤木くん。つかぬことをお聞きしますが、【一撃必殺! 居合ドロー】で先攻1ターンキルをするにはどうすれば良いのか知恵をお貸しいただきたく〜」

 

「……どうだろう。俺にはよくわからないな」

 

「わたくし的には【王立魔法図書館】などドローカードで徹底的にデッキ圧縮してから【謙虚な壺】で居合ドローだけデッキに戻した後に発動すればよろしいかと思いましたが、いかがでしょう〜?」

 

「相手の妨害がないことが前提だがな。それによしんば成功できてもフィールドにカードが2枚以上ないと相手のライフは削りきれ──────いや、たった2枚だけでいいのか?」

 

「うふふ〜、気付かれましたか〜?」

 

 

 加えて、共通項も多い。お互い親に事情があり、兄とともに暮らしている点や、さらにはデュエルに関してもカリスマデュエリストにも負けず劣らず造詣が深い点もあり、つい親近感を覚えてしまっている。

 

 忙しいのは知っているが、デュエル部に誘ったのもその延長線上だ。少なくとも今までの葵であれば考えられないとは思う。

 

 

「【闇の誘惑】、【黄金色の竹光】、それからええと……他に何かドローソースになりそうな物はございましたでしょうか〜?」

 

「そのターン中に決めきればいいのなら【無の煉獄】もいいだろう。あと、【魔法石の採掘】でドローソースを回収する必要もあるか」

 

「それならデュエル部にカードがありますわね〜。それでは、藤木くんも一緒に参りましょう〜。今日ならわたくしも放課後お時間に余裕がありますので〜」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 そうそうこんな風に誘われたんだっけ、なんてあの時のことを思い──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「え〜ですわ〜」

 

 

 すっとんきょうな声がちょうど三人分重なる。

 

 葵は単純に話を聞いていなかったため。

 遊作は財前葵との接触が目的だったのに、いつの間にか部活に参加することになっていたため。

 結はなんとなく二人の真似をしてみただけ。仲間はずれはちょっとだけ寂しいからね。

 

 

『何この強引な丸め込み方……』

 

 

 遊作の腕につけたデュエルディスクからそんな声が漏れる。人間よりも遥かに知能が高いはずのAIも、突然の飛躍についていけていなかった。一応、彼らの目的には合致しているため“渡りに船”ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「で、どうだったんだ遊作」

 

 

 Den cityの中央広場。ビルの壁面に取り付けられた映画館以上の巨大モニターがランドマークの観光名所だ。

 そこでCafe nagiと書かれたキッチンカーではホットドッグが売られている。固定客はいるが話題になるほどではない質だ。

 腕を振るうのは草薙翔一。しがないホットドッグ屋の店主だ。

 

 しかし、それは世を忍ぶ仮の姿。

 ここはLINK VRAINSで話題沸騰の決闘者Playmakerの拠点である。

 藤木遊作は卓越したデュエルタクティクスでPlaymakerとして表舞台でハノイの騎士を追い、

 草薙翔一は死にもの狂いで身につけたハッキングスキルで裏工作を続ける。

 

 遊作と、翔一の弟──────仁、二人の人生を歪めた『10年前の事件』の真相を知ること。

 

 互いが足りないところを補い、ひとつの目的に向けて突き進む様子はまさに“コンビ”と言って差し支えないだろう。今日も事件の真相に関する調査の一環としてSOLテクノロジーの財前晃、その妹の財前葵と接触したわけだ。

 

 遊作は(サクラ)の賄いとして貰ったホットドッグを食べながら淡々と答えた。

 

 

「どうって、これ以上報告することはない。結局のところ財前葵よりも財前晃本人に接触しないと進展はなさそうだ」

 

「そうじゃない。俺が聞きたいのは部活動のことだ。何というか、お前の高校生らしい話を聞くのは初めてかもしれないって思ってな」

 

「別にそれはいいだろう」

 

 

 話は終わりだと草薙から背を向ける遊作。

 彼自身、事件のこともあり寡黙というか根暗な性格だ。そう言った人生を取り戻すための戦いをしている以上、今は答えることはないということだろう。

 

 ただ、その腕にいるおしゃべりなもう一人は許さない。

 

 

『そーそー聞いてよ草薙チャン。デュエル部に遊作クンは美女二人侍らせてたのよー。意外にもやることやっちゃってスミに置けないんだからもー。

 あ、もしかしてPlaymakerのPlayって──────』

 

「黙れ」

 

『へーい』

 

「なんだよ楽しそうなことあったじゃないか。お客さん来ないし、そういうのもう少し話してくれよ」

 

 

 しょうもないことを話そうとしたAIは黙らせる。

 ただ、草薙の方は引き下がるつもりはなさそうだった。

 ため息を一つ。

 観念した遊作は部活動での出来事を語り始める。

 

 

「意外と侮れないとは思ったな」

 

「へぇ、Playmakerに言わせるなんて中々じゃないか。そんな猛者たちがいるのか?」

 

『違う違う。一人やべーやつがいるんだって。ぽけーっとしてそうで意外とえげつないことやるんだわ。ちょっと見てみな』

 

 

 デュエルディスクから立体映像が投射される。

 旧型のデュエルディスクにそのような機能はない。草薙はもちろん、いつの間に改造されていたのか知らない遊作も驚いていた。

 

 

「お前、録画してたのか?」

 

『だって財前葵を見とけって言ってたのお前だろー? Aiちゃん何も悪くありませーん!』

 

 

 開き直る黒目玉に、遊作は諦めることにした。

 自分たちもハッキングなどして個人情報を盗んでいる立場上何も言えないし、何より人工知能に倫理観を説くの馬鹿らしい。

 

 映像に目を向けると、Aiが一目置いた決闘者がいた。

 至って人畜無害そうで、どこか抜けてそうな雰囲気の女の子だった。

 そしてさらにぬいぐるみサイズの動物たちに囲まれている。小さい頃に読んだことのある絵本のような光景が広がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライフが4,000なら、攻撃力2,000の【わくわくメルフィーズ】で2回攻撃すれば勝ちですわ〜。オーバーレイユニットを1つ取り除くことで【メルフィー】の皆さまはプレイヤーに直接攻撃できますの〜』

 

『え、せっかく【守護神エクゾード】出したのに……のわーーーーっ!!!』

 

 

 

『これで手札は同じ2枚ですわね〜。【魔轟神獣(メルフィー)ユニコール】さんの効果でそちらのカードは発動できませんわ〜』

 

『結、そんなカードないよ……』

 

『む、ロックされてしまったか。だが、攻撃力2,500の【マシンナーズ・フォートレス】を超えるモンスターは君のデッキには──────』

 

『わたくしのターン。【レスキューラビット】さんからラビィさんお二人を特殊召喚してオーバーレイ! 

【わくわくメルフィーズ】さんで直接攻撃しますわ〜。それでは皆さん、お願いします〜』

 

『はっ! これは僕のデータにあったはずグワーーーーッ!』

 

 

 

『皆さま戻ってくださいまし〜。それでは【獣王(メルフィー)アルファ】さん、手札に戻ったメルフィーさんたちの数まで島くんのバブーンさんたちをお暇させてあげてくださいな〜』

 

『俺様のバブーンが……完璧な手札に……』

 

『だからそんなカードないって……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは酷いな」

 

『ネ?』

 

 

 草薙も言葉を失った。

 

 1ターンでモンスターゾーンを埋め尽くすほどの獣族モンスターが現れたかと思えば、相手が対抗してモンスターを出せば手札へ戻る。

 代わりに出てくるのは何でも破壊するハリネズミやら文字通り“住む世界”が違う強力なモンスターたち。ダメ押しとまでに効果無効までやった後、ようやく出せた壁役をも無視して総攻撃。

 

 一体一体の攻撃力は高くなくても、積み重ねれば脅威となることを見せつけるプレイングだった。しかもリンク召喚だけでなく、シンクロやエクシーズと言った様々な召喚法を使いこなす。なるほど、確かにAiも目をかけるはずだ。

 ぱっと見、モフモフに囲まれてライフが0になる絵面が良いのが唯一の救いか。

 ちなみに、島は手札事故状態を作り出された後、何もできずに相手にターンを返し、最後は【獣王アルファ】で直接攻撃である。可哀想に。

 

 

『もうちょっとこう、手加減とかしてやるのが人間じゃないの? この娘、さすがに嫌われちゃわない?』

 

「いや、それはないだろう」

 

『え、なんで?』

 

「一つ、鴻上は勝ち方にこだわる時はあるが決して手を抜かない姿勢がある。

 二つ、デュエルの後には相手との反省会に付き合って負けっぱなしにしない。

 三つ……三つは……まあ、うん。あいつの名誉のために言わないでおこう」

 

「珍しいな。遊作が言葉を選ぶなんて」

 

 

 遊作はぼんやり思い返していた。

 部活動が終わり、教室から出ようとした際のことである。

 

 

『藤木くん、いかがでしたか〜? お楽しみいただけたのなら今後も是非──────あいたっ』

 

 

 他の部員が廊下に出て、最後に結が通ろうとした瞬間に自動ドアが閉まり、思いっきり扉に衝突した。

 さらに触れてしまったことで扉が猛スピードで開閉を繰り返し、結は部室から出られなくなってしまった。下手をすれば扉に挟まれて大怪我をしてしまう。

 修理業者が来るまでそのまま待つしかないことになり、何もできることがない遊作たちは途中で帰ることにした。葵はその場に残ってくれていたはずだが、そろそろ抜け出せた頃だろうか。

 いつもにこやかな表情を浮かべる結も、さすがに凹んだのか少し涙目になっていた。

 

 デュエルは強いし、人当たりも良いが、機械類に関してはもはや要介護の少女。

 完璧な人間よりも欠点がある人間の方が親しみやすい。果たして人工知能に説いても理解できるだろうか。

 

 

『遊作チャンだって彼女と居合ドローミラーマッチ楽しんでいたもんネー』

 

「黙れ!」

 

 

 理解できないだろうなコイツ。

 これ以上揶揄われるのも億劫なので胸の中にしまうことにした遊作であった。

 すると、広場から歓声が湧き上がる。

 モニターを見れば、LINK VRAINS内にブルーエンジェルがログインしていた。

 

 と言うことは、結の方も無事に袋小路から抜け出せたのだろう。少し肩の荷が降りた気がしたが、直後に財前葵(ブルーエンジェル)から藤木遊作(Playmaker)に向けてデュエルを申し込んできて心境が一転する。

 

 何を考えているのかわからないが、無論ハノイの騎士以外には相手するつもりはない。

 名声が欲しくてデュエルしているのではないからだ。

 

 

『Playmaker! 私の挑戦、受けないのー!!?』

 

「……また別の女の子からのお誘いだぞ? モテモテだな」

 

『ヒュー! これ昔で言う“モテ期”ってやつ?』

 

「……帰る」

 

「悪い! 悪かったって、遊作! 頼むからブルーエンジェルの動向見てようぜ!」

 

 

 必死に引き止める草薙だが、心境としてはどこかホッとしていた。

 復讐は復讐でやり遂げるつもりでも、遊作は数少ない高校生活に入ったばかりだ。草薙自身、弟のために部活動などを投げ売ってハッキング技術の研鑽に没頭していた。後悔はないが、未練がなかったかと言われると嘘になる。

 

 失った記憶を取り戻しても、時間は取り戻せない。

 だからこそ、遊作には学生としての楽しみが見つかってくれたらいいなとは思っていた。

 ──────同じ傷を持つ弟にとっても希望になるはずだから。

 

 遊作が友達を連れてきたらサービスしてやろう。

 草薙は密かに心に決めた。

 だが彼らは知らない。宿敵となるものの関係者は意外と近くにいるものだと。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「ふん〜ふふん〜♪」

 

 

 少々時は飛び、陽が落ちたᎠen cityのとある某所。

 ようやく教室から抜け出せた結は鼻歌交じりに帰路についていた。

 少し顔がヒリヒリするようなトラブルはあったが、それもいつものこと。今はすっかり忘れて、何週間ぶりの部活動を満喫できたこときご機嫌な調子で歩いていた。

 

 

「あら〜?」

 

 

 ふと、鞄もぞもぞと動き出す。

 開けてみれば、中のデュエルディスク──────正確にはデッキから丸いモフモフが飛び出す。

 

 【メルフィー・パピィ】。

 結の数ある“おともだち”の一匹であった。

 普段は結の部屋の中でしか出てこないのだが、こうして外で現れるのは初めてかもしれない。

 

 パピィは道路をとてとてと歩き始める。

 ちょうど歩く速さは結の歩調と同じくらいだ。

 ついてきてほしい、そんな意図が結には読み取れた。少し時間は心配だったが、何か意味があるものとして結は後を追う。

 

 辿り着いたのは人気のない路地裏。

 明かりの少ない暗い道で、ひとりの女の子が通るには躊躇するだろう。

 

 

「おばけが出そうですわ〜」

 

 

 しかし、結は迷わずに足を踏み入れる。

 危機管理がないわけではないが、何かあれば“おともだち”が何とかしてくれるという自信が感覚を麻痺させていた。

 

 コツン、コツン。

 

 結は自身以外の足音が聞こえたため、その場に留まる。道案内をしていたパピィはデュエルディスクに吸い込まれるようにデッキに戻る。

 逃げたように思えるが、パピィにとってはこれが警戒の動きだ。何かあれば、すぐに【森の聖獣(メルフィー)カラントーサ】が現れて攻撃に──────ならなかった。

 

 

「スペクターさん?」

 

「──────お、お嬢様?」

 

 

 暗闇から認識できる距離に現れたのは、昔から親交のある男だったから。

 “おともだち”たちは未だいつでも飛び出せるようにしているままだが、結は警戒を解いてしまった。

 

 彼──────スペクターは兄の了見に仕える使用人のような者だ。

 昔は結とも何度か会っていたが、兄の仕事を手伝う関係でここ暫くは顔を合わせる機会がなかった。

 

 

「まあ、お久しぶりですわ〜。今日もまたお仕事ですか〜?」

 

「え、ええ、お久しぶりです。お嬢様もお元気そうですなによりで──────」

 

 

 スペクターの顔が一変する。

 いや、結が現れてから元々驚愕した顔だったが、より険しいものに変わった。

 

 

「どうされたのですか!? 一体誰にそのような傷をつけられたのですか!?」

 

 

 ずい、と顔を近づけるスペクター。

 一方で特に表情を変えず、はて、と首を傾げる結。

 傷、と聞いて思いついたのは部活動での出来事だった。

 

 

「こちらはわたくしの不注意で扉にドーン、とぶつかってしまいまして〜。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね〜」

 

「扉……! ソイツがお嬢様のお可愛らしいご尊顔を……! 

 少しお待ちください。ただ今その不貞の輩を調べ上げてウイルスで再起不能に……!」

 

 

 フフフ、と変なオーラを纏いながら邪悪な笑みを浮かべる。

 何か面白いことでもあったのか、と更に首を傾げる結だったが、兄の了見から紹介された時に「変なところがあるが気にしないでやってくれ」と言われたことを思い出す。なので気にしないことにした。

 

 

「よくわかりませんが扉さんはもう直ったのでお気にならさらず〜。わたくしの怪我も、もう痛くありませんので〜」

 

「……本当ですか?」

 

「もちろんですわ〜。“おともだち”の皆さまが、痛いの痛いのとんでけ〜、ってしてくださいました〜。元気元気です〜」

 

 

 むん、と慎ましい胸を張る。

 朝も同じことをやりましたわ〜、とちょっとした既視感を覚え、つい笑ってしまう結。

 

 ふと次の瞬間、結は思い出した。

 

 

「あ、ですがもう門限ですわ……お兄さまに叱られてしまいますの……」

 

 

 別に厳格に決められているわけではないが、あまりに帰りが遅いと兄は心配することを思い出した。

 それに、今から帰ると晩御飯に間に合わない。そうなると了見は近場で売っているホットドッグなど体に悪いもので食事を済ましてしまうだろう。

 それは結にとって甚だ不本意だった。

 

 目に見えてしゅんと落ち込むと、ごほんと咳払いをしたスペクターが笑顔で応える。

 

 

「であれば、了見様には私から理由を申し伝えましょう。お嬢様は何も悪いことなどされておりません。堂々とお帰りになられてください。不肖、スペクターもお送りいたしましょう」

 

「まあ、ありがとうございます〜。スペクターさんは心強いですわ〜」

 

 

 では参りましょう〜、と小走りで路地裏から出ていく結を追いかけながら、スペクターはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 スペクターにとって、鴻上結は主の妹君であると同時に唯一と言っていい“理解者”だった。

 10年前──────大樹を亡くしたスペクターが途方に暮れ、あの事件を求めて現場を彷徨っていたところを了見に拾われた。

 

 まもなく対面したのが結だった。

 直前のことも相まって、初めは了見以外の人間を信用するつもりのなかった中で紹介されることになる。

 主の妹だから無下にはできないな、程度にしか考えておらず、さして興味もなかった。

 

 

『まあ〜、そうなんですの〜。うふふ、お可愛らしいですわね〜』

 

 

 ただ、挨拶を終えると彼女は急に何かと話し始めた。

 目線はスペクターの方を向いているが、スペクターを見ていない。気味が悪くなり、一体どうしたんだと後ずさった。

 

 

『いえ、息子をよろしくお願いします、と仰られまして〜。素敵なお母さま(・・・・・・・)をお持ちですのね〜』

 

 

 晴天の霹靂、とはこのような事を指すのだろう。

 

 スペクターはまだ自分のことを話していない。

 了見からも話しておらず、この対面自体も全くの初めてなのに母の事を言い当てた。

 いや、他にも衝撃的なことを口にしていた。

 

 

『おかあさんは、ずっと、僕の傍に……?』

 

『ええ、ずっと(・・・)貴方のことを守ってくださっておりますよ〜』

 

 

 亡くなったと思った大樹は、今もなお彼の傍にいる。この事実にスペクターの感情は決壊した。

 泣き崩れるスペクターの涙をそっと拭った彼女の表情を生涯忘れることはないだろう。

 改めて了見に、否、鴻上兄妹(・・・・)に忠誠を誓った。

 

 ただし、そんなスペクターも悩みはある。

 偶には兄以外ともデュエルをしたいと言われて結の相手になることがあった。

 

 彼は事件の中で、勝ち進んだ側の人間だ。ハノイの騎士の中でも、実力は了見(リボルバー)に次ぐと言っても過言ではない。

 頼まれた際は、結と共にいられる時間が増えてラッキーと思い、接待のつもりで請け負った役目だったが、認識が甘かった。

 

 大量のモフモフが押し寄せて身を削りに来る。

 それはまだいい。あの獣たちは単体の力はそこまで強くない。彼の【聖天樹】はライフが残っていればいくらでも巻き返すことができる。

 

 

『なら【団結の力】をメルフィーズさんに装備しますわ〜。これでむきむきになりますの〜』

 

『えっ』

 

 

 スペクターは忘れない。突然パンプアップした獣たちの群れが押し寄せてきたことを。

 極めつけには雰囲気が一変し、巨大なロボが全てを焼き払い焦土を作り上げたことを。

 

 彼は泣いた。

 今度は感動ではなく容赦のなさに。

 しかし、母は言ったらしい。

 優しさも愛の形だが、遠慮がないこともまた愛の形だと。

 

 

「フフ」

 

 

 今の任務の都合上、了見との直接の接触は避けなければならない。必然的に結と会う機会も減ってしまった。だが、一段落したらこちらからデュエルを申し込むことにしようとスペクターは心に決めた。

 

 ああ、自分はなんて幸福なのだろう。

 忠誠を向けられる相手がいて、理解してくれる相手がいる。そして、あれほどまで苛烈に攻め立ててくれるあの方は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなく私のことが好きですね」

 

 

 

 お前マジ? 

 何か致命的に捉え方を間違えていたスペクターであった。

 

 




???「いいだろう。お前にも“愛”を与えてやろう」

 今回カードがそれなりに出たので、解説にもならない雑記でまとめました。
 作者自身、マスターデュエルで復帰したばかりの凡骨なので多分参考にならないと思いますが、足りない部分はwikiを見てください。


・一撃必殺! 居合ドロー
 相手フィールドのカードの数だけデッキの上からカードを墓地に捨てる→1枚ドローして【一撃必殺!居合ドロー】であればフィールド全破壊+破壊した数✕2,000ポイントダメージを与えるとか言うトンデモカード。
 本作では図書館エクゾの延長のような方法が提案されているが、【未開域】とかに組み合わせる方が主流らしい。いや主流ってなんだよ。
 アニメの遊戯王GXでは、実際にこのカードを主軸としたワンキルデッキが出ているが、アニメ効果だとダメージが『破壊した数×1,000』となっている。
「さすがにこんなのアニメでやらんだろう」と思われていることは大抵アニメGXがやっていたりする。

・獣王アルファ
 名誉のメルフィーその1。展開と妨害が得意な反面、『攻撃力が低く決定力に欠ける』というメルフィーの欠点を補うすごいお友達。
 さらには自分フィールド上の獣族を手札に戻すことで相手モンスターをバウンスするという能力が『手札に戻ることで効果を発動する』メルフィーたちと噛み合いすぎてロボよりも実用性が高い。K○NAMIはこの使い方を想定していた……?

・魔轟神獣ユニコール
 名誉メルフィーその2。相手と手札の数が同じであれば魔法・罠・モンスター効果を無効にする永続効果を持つすごいお友達。メルフィーの効果で相手ターンに手札の調整が可能なためシナジーが生まれ、元々強力な妨害性能をさらに高めることができる。四足歩行の馬なので実質メルフィー・ポニィ。

・森の聖獣カラントーサ
 名誉メルフィーその3。特殊召喚された時にフィールドのカードを1枚破壊できるすごいお友達。レベル2の獣族という点がメルフィーによるリクルートを容易にさせ、手札・墓地・デッキのどこにいても颯爽と現れ、除去と妨害の要を担ってくれる。マスターデュエルでもSRなので上記2枚よりは容易に手に入りやすいのもgood。本当の過労死枠はこの子かもしれない。

・わくわくメルフィーズ
 正規メルフィー。レベル2獣族モンスター2体以上で召喚されるメルフィーの切り札枠。素材を1つ取り除くことで【メルフィー】のモンスター全て相手に直接攻撃できるようになる。
 実際はもう一つの効果の方がメインではあるが、初期ライフが4,000のアニメ世界で攻撃力2,000の直接攻撃が飛んでくるのは充分脅威になる。
 マスタールール3ではリンクモンスターを介する必要があるが、その気になれば2体並べてワンキルも可能なはず。誰だよ決定力に欠けるとか言ったヤツ。

・団結の力
 皆大好き最強の装備カード。自分フィールドの表側表示モンスターの数×攻守800アップという昔のガバガバテキストは展開力のあるメルフィーと相性バツグン。戦いは数だよ兄貴!

・お前もメルフィーだ。
 主人公にとって自分の部屋こそがメルフィーの森になっているため、“おともだち”である以上は皆メルフィーなのだ。



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